【春の吹雪】白き少女

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 50 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:03月20日〜03月25日

リプレイ公開日:2007年03月28日

●オープニング

 それは、突然の季節はずれの吹雪だった。
 ほんの少し前までいい天気だったのに、今は先も見えないほどの大雪。
 商人達は舌を打つ。どうやらいつの間にか街道を外れてしまったようだ。
 もう春も近いと少し防寒に手を抜いたキャラバンは、あわや遭難の一歩手前というところで
「あっ! あそこに家が‥‥」
 小さな小屋に身を寄せていた。
 猟師の狩小屋だというその家は小さい。そして‥‥寒かった。
「吹雪の中、お困りでしょう。老人と子供の三人暮らしで大したおもてなしもできませんが、どうぞごゆるりと」
 迎えてくれた老夫婦に礼を言いながらも、商人は火の気の薄い部屋に微かに身震いをする。
 暖炉はある。薪もある。だが‥‥何故炎がこんなに小さいのだろう。
「あつかましい願いとは思うが‥‥火を強めていただくわけにはいかないでしょうか? 身体が冷えてどうにもならないので‥‥」
 寒さにたまりかねた商人が手近な薪を数本炎に投じた。音を立てて炎が立ち上がる。
 部屋の温度も急速に上がっていく。
 まさに生き返ったと言う顔の商人と対照的に‥‥
「ん?」
「これは失礼を‥‥ミルトナ。お前は下がっていなさい」
 老婦人を手伝って料理を運んでいた少女は、小さなお辞儀を商人達にして部屋の外に出て行った。
「お嬢さんを追い出すつもりは無かったのですが、ご無礼を」
 言いながら商人は眼球を注意深く動かした。
 去った少女と、目の前の老人を見比べるように。
「あのお嬢さんは、ご夫婦の?」
「孫でございます。身体が弱く、外へ出るのもままなりません。特に急に温度が高まると体調を崩すようなので‥‥ご無礼を致しまして」
 商人の質問に、老人はそう答えたが、どう考えても無理がある、と質問した方は思っていた。
 目の前の老夫婦は金髪と、茶髪。瞳の色は緑と黒。
 さっきの少女とあまりにも違いすぎる。純白の髪、真紅の瞳のあの少女とは‥‥。
「ところで、皆様はこれからどちらへ?」
「キャメロットへの荷物を運ぶ予定なのです。この雪で予定より少し遅れてしまったので、少し休憩をさせて頂いたら発つつもりですが‥‥」
 今度は老人の言葉に商人は答える。それを聞いた老人は、少し考えるように下を向いて‥‥顔を上げた。
「では、一つ、お願いできませぬか?」
 言う老人の顔はためらいに揺れている。商人は自分達に気を使っているのかと思って
「私達にできることならなんでも」
 と、心からの思いで答えた。商人の答えに老人は
「キャメロットの冒険者ギルド、というところに依頼を出していただきたいのです」
 一袋の金貨と羊皮紙を差し出した。
「近頃、この家の周囲にモンスターが現れるのです。吹雪をものともせずに現れるそ奴らは、特に夜になると家を壊さんとばかりに、夜毎扉や壁を叩き続けるので‥‥ただでさえ止まぬ吹雪に困らされている我らは今、一歩たりとも外に出られないのです。娘も怯えています。だから‥‥どうか」
 だから、そのモンスターを退治してもらいたい、と彼は告げた。
 金貨は報酬で、羊皮紙は依頼書だと確認して商人は解ったと、頼みを請け負った。
 恩人の頼みを無碍にはできない。
 やがて商人達は家を出ると、老人から教えられたように真っ直ぐに南へ向った。
 途中、小さな石の塚に転びそうになったり、何かとすれ違ったような気がしたりしながら歩く事しばし、冬の家を旅立ち僅か四半刻。
「街道が見えて来た‥‥って、ええっ?」「な・なんでだ?」
 冒険者はあっけにとられて空を見上げ周りを見回す。
 青い空。小鳥の歌う風、足元に咲く小さなスミレ。
 ‥‥そこには紛う事なき春があった。

 依頼はすぐに受理された。
「依頼内容はモンスター退治。正体は不明。だが体型は子供くらいで、ずんぐりむっくりのよう‥‥か。ん?」
 情報を確認し、張り出す直前。未だにカウンター前で留まる商人に
「どうしたんだ?」
 係員は声をかけた。彼は依頼人の使い。依頼を出してしまえばもう用は無いはずなのに何故? と疑問に思うのも当たり前の話。
 だから彼は全てを話す。
 大雪から、老夫婦の事、娘の事まで。そして
「あの後、近くの村であの老夫婦の話を聞きました。‥‥あの老夫婦の孫は去年の秋に死んでいるのだそうです。私達は確かに少女の姿を見たのですが‥‥」
 溢れる不安な思いも全て。
「仲間の商人達に話を聞くと、皆言います。あの近辺だけ、いつも雪が振っている、と。なんか、嫌な予感がするんです。行くなら気をつけてくださいね。大雪にも‥‥」
 扉を開けて出て行く商人の前で、季節はずれの風花が踊っていた。

 まるで、誰かを迎えに来たかのように‥‥。
 

●今回の参加者

 ea8189 エルザ・ヴァリアント(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea9513 レオン・クライブ(35歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5868 ヴェニー・ブリッド(33歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb6596 グラン・ルフェ(24歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7109 李 黎鳳(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb7721 カイト・マクミラン(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 eb9033 トレーゼ・クルス(33歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

シエラ・クライン(ea0071)/ ジークリンデ・ケリン(eb3225)/ ルナ・ルフェ(ec0764

●リプレイ本文

○冬と春の分け目
 それは、驚くほどだった。
 何がと問われれば、雪が。である。
 三月だというのに何故、これほどまでに雪が積もっているのであろうか?
「う〜ん、これほどだとは思わなかったねえ。よいしょぉ〜」
 李黎鳳(eb7109)は目の前にぐいと、スコップを立てる。
 白い雪の立方体が崩れて黎鳳の目の前に落ちた。
 それを力を入れて横に投げる。それを、繰り返し、繰り返し、繰り返す。
「あたしは力仕事には向かないのよね。かんじきもあることだし、‥‥ダメかしら?」
 窺うようなヴェニー・ブリッド(eb5868)の様子に
「「ダメ!」だよ」
 黎鳳だけでなく仲間から借りたスコップを肩に担いだグラン・ルフェ(eb6596)も唱和する。
「この吹雪がもっと酷くなる前に、目的地に着かなきゃならないだからね! しかも! そのおっきな荷物持った小馬さん・ご・と!」
「うっ!」
 そう言われてはヴェニーも黙るしかない。
「まあ、スコップは二つしかないから、動物達の面倒はちゃんと見てよね‥‥っと、よいしょ〜〜っ!」
 吹き付ける雪を懸命に払いながら、冒険者達は道を行き、ようやく、目的地が見えて来た。
 雪道を歩くこと約一刻。
 冬に包まれた小屋へと。

 この村には目立った雪は無い。
 ここに来るまでに冒険者達は春と冬の両方を見てきた。
 真冬のような雪が吹き付けたかと思うと、太陽が顔を見せ、春の光が降り注ぐ。そんな天気の入れ替わりが目まぐるしく起こって‥‥。
「ここは、春。やっぱりあの場だけ冬が残っているのね‥‥」 
 防寒具を脱ぎながらクァイ・エーフォメンス(eb7692)は空を見上げた。どこか水色混じった青が途中まで広がっている。
 そう、途中まで。
 キャメロット側とこちら側。まるで線を引いたかのように雲が空を二つに割っていた。
 逆に足元も見てみる。
 微かに底冷えはするが、足元には水仙の蕾が顔を覗かせはじめている。
 これが三月というものだ。とトレーゼ・クルス(eb9033)は思った。
「となると時期に雪は、やはり不可解だな」 
「だよね。私も依頼書読んだんだけど、しっくりこないことが多すぎなのよ」
 呟くカイト・マクミラン(eb7721)。
「そうかな。私は逆に、なんとなく想像付くけどな‥‥」
 ちらりとエルザ・ヴァリアント(ea8189)は横を見た。
「不自然なまでのこの大雪は、誰かが術を施していると見るのが自然だろうな。まったく。移ろう季節を留め置くなど、いつまでも出来る事ではないだろうに‥‥」
 マントを除けることもせずに太陽を見つめ、レオン・クライブ(ea9513)は目を伏せた。
「季節を‥‥留め置く?」
 カイトの疑問符に耳を止めず、逆にレオンは足を進め始めた。
「のんびりしている時間はないぞ。可能な限り速やかに情報収集を行い、依頼人の小屋に向う。雪が相手だ。時間を置くほど状況は悪化していくだろうからな」
 仲間たちを置いてスタスタと。だがちゃんとやるべきことを言い置いてレオンは去って行った。
 くすっ。誰からともなしに笑みが零れる。
「そう‥‥ね。なら急ぎましょうか?」
 小さな村だ。それほど時間はかかるまい。冒険者は待ち合わせの時間を約束して
「解りました。‥‥すみませ〜ん。夜中に扉や窓をバンバン叩きまくるモンスターが出るってことでギルドから派遣されてきたんだけどお話を聞かせてもらえないでしょうかぁ?」
 それぞれのやるべきことを始めたのだった。

○無言の少女
「お疲れ様。大変だったでしょう?」
 老婦人はそう言って外から戻って来たグランと黎鳳に暖かいハーブ湯を差し出してくれた。
「ありがとう。やっぱり寒いね。外は‥‥。ふう、生き返る気がする〜」
 カップから伝わってくるぬくもりが、本当に心と身体を温めてくれる。
 グランもカップを煽り、息を吐き出しながら優しい笑みの夫妻に笑いかける。
「雪かきは出来る限りしてきました。この分だと明日には埋まってしまうかもしれないけど‥‥なんとかなると思いますよ」
「本当に嬉しいねえ。こうしていると息子夫婦が帰ってきたようだよ」
 とたんに二人は慌て顔になる。驚くほどに。
「ちょっとそれは‥‥かも! いや、グランさんがどうのこうのじゃないんだけどさ」
「李さん! それフォローになってない! 大体ブラックリストだのの根源はネ‥‥いや、いいんだけど、とりあえずは今回はお仕事が先だからね‥‥」
 丁度その時
 トントントン。
 軽い音がした。外扉を誰かノックする音だろう。
 目の前の老夫婦の顔が青ざめる。
 だが
「遅くなってゴメンなさい」
 扉は人の手によって開かれ閉じられた。
「仲間の冒険者達ですわ。どうでした? 何か情報は得られました?」
 ヴェニーはエルザの肩の雪を払いながらそう問うた。前半は老夫婦に向けて、後半は仲間たちに向けて。
「まあ、いろいろ‥‥ね。あら、あの子がお孫さん?」
 顔を上げたクァイが奥の廊下に繋がる半開きの扉を見つめる。
 そこから除く赤い瞳は冒険者の視線を感じると慌てたように扉を閉めて軽い足音と共に奥に去っていった。
「噂のお嬢さんとは外見が違うのね。お父さん譲りの茶色い髪と聞いていたんだけど‥‥」
 ピキンと、まるで音を立てるように老夫婦の顔色は変わった。
 今まで、冒険者に向けられていた親しみの篭った眼差しが、どこか敵意を孕んだものへと変わる。
「‥‥とにかく、皆さんがおそろいになったのでしたら、今夜、モンスター退治をよろしくお願いいたします。なんとしてでも退治してこの雪を止ませて下さい。この部屋は皆さんにお貸ししますので。では」
 一方的にそれだけ言うと老人は婦人を連れて部屋を出た。
 僅かながらも暖炉の火が燃える部屋に、今は冒険者だけ。
「彼女に何度か話しかけたのですが、答えてくれませんの。こちらの言っている事は解っていると思うのですが‥‥」
「ふう。やっぱり依頼人夫婦の覚悟次第ってところかしらね‥‥」
「ねえ、やっぱりそういうことなの?」
「うん、そういうことみたい」
 黎鳳の言葉に静かに頷いたクァイは、同行の仲間達の視線を確認して話し出す。
 村で聞いた悲しくも、寂しい物語を‥‥。

○冬の少女の帰還
 頃は夕刻。日も沈んだというのに周囲の光景は黒よりも、城に支配されていた。
「昼よりも雪、酷くなってきたみたいだね」
「うん、そろそろ来るのかな?」
 小屋の外で黎鳳とグランは顔を見合わせ頷いた。
 足元に在るのは雪に埋もれた小さな石の塚。
 さっき雪かきをしながら見つけたこの塚の意味が
『孫は確かに死んでいるようだな、なら老夫婦と共にいるのは何だろうな』
 トレーゼに言われてやっと解ったのだ。
「名前は彫られていないけど‥‥きっとここよね‥‥」
 呟いたエルザは微かに瞳を閉じた。そう。ここが全ての始まり。
 だから‥‥ここを冒険者達は彼らを迎える場へと選んだのだ。
「呼吸の気配は無い。‥‥だが、来るぞ。皆!」
 レオンの声に冒険者達は身構えた。地面の揺れるような音が響きやがてそれらは現れた。
 白い着ぐるみを着てヴェニーは微笑む。
「いらっしゃい。皆さん。お待ちしていましたわ」
 目の前に立つそれらは、ヴェニーの服とそっくりの、いやそれらの姿とヴェニーの服が似ているのだろう‥‥スノーマン。
 幾十もの雪だるまの集団だった。

『貴女は、誰?』
『君は一体何者ですか? 何の目的で夫妻と暮らしているのですか?』
『私達はこれからモンスター退治をするわけだけど。貴女は本当にそれでいいのね?』
『貴女は‥‥どうしたいの?』
 部屋の中で少女は、一人、悲しそうに俯き膝を抱えていた。
 そこに
「ミルトナ!」
 老婦人が入ってきて彼女を抱きしめる。
 今にも泣き出しそうな顔の婦人の後ろでは老人が、辛そうな‥‥だがどこか決意を決めた顔で少女を見つめていた。
「‥‥行くのか?」
 少女は何も言わず、ただ婦人に見えないように微かに首を、縦に動かしていた。
「そうか‥‥。すまなかったな。ありがとう‥‥。もう‥‥お行き」
「何? どこに行くというの? またどこかへ行ってしまうの! ミルトナ!!」
 老人の言葉に頷くと、自分を抱きしめていた婦人の手をそっと外して、微笑むと少女は外に出て行った。
「ミルトナぁ!!」
「もう、止めよう。あの子を‥‥いかせてあげよう。お前‥‥」
 老人は
『私の予想が正しいなら、そのお孫さん夏まで耐えられないから』
『これからどう生きるかは貴方がたの自由。でも、今代わりがいるからって、亡くなったお孫さんの事は忘れないであげて』
 冒険者の言葉を噛み締めながら、半狂乱の妻を強く、強く抱きしめていた。

 こちらの意図が通じているのかいないのか。
 表情も読めないし、顔色も解らない。
 だが、こうして対峙していると一つの事が解った。少なくとも彼らはこの家の住人や、冒険者に害を加えようと言う思いを持っていないと言う事が。だ。
「どうしたのです? 黎鳳さん?」
 顔を心配そうに除きこむカイトに黎鳳はいつの間にか下を向いていた目元を上げる。
 思わず零れた雫は手で拭って。
「なんでもない。‥‥あの子達の心にあるのは心配、なんだと思う。迎えに来た‥‥かえろう、かえろう‥‥って」
「やはり、そうか‥‥」
 レオンは吐き出すように呟いた。シエラ・クラインだけではない。今回の件を聞いて調査や手伝いをしてくれたルナ・ルフェやジークリンデ・ケリンも今回の騒動に関わる存在に一つの推理を出してくれていた。曰く
「雪の精霊‥‥」
「あの子が、そうなんだね‥‥。君達が心配するのは解るよ。でも‥‥お願いもう少しだけ待ってくれるかな? あの子が選んで‥‥来るまで」 
 黎鳳は心からの思いをテレパシーに乗せて送る。雪だるま達がその身体を微かに揺らしたその時だった。
「あっ! ミルトナさん!」
 扉が開いたのは。そして白い少女が現れたのは‥‥。
「‥‥そう。帰るのね。お母さんのところへ‥‥」
 小さく微笑んで少女は静かに冒険者の横をすり抜けていく。そして雪だるま達の方へと‥‥。
 雪だるま達は飛び跳ねている。彼女を取り囲んで嬉しくて飛び跳ねているかのように。
 冒険者の依頼は雪を降らせ、夜毎扉を叩くものの退治。
 けれど、彼らは目的を果せば二度と同じ事を繰り返しはすまい。
 だから、目の前の雪だるま達が冒険者達に背を向け去っていこうとするのを、追撃するつもりは最初から誰にも無かった。
 ただ‥‥
「「ミルトナちゃん!」」
 一言だけ告げたくて黎鳳とクァイはその名を呼んだ。ミルトナ、いや少女は振り返り冒険者の顔を見る。
「これは私個人の勝手なお願いなんだけど。もし、ご夫婦のことが好きだったら、また冬の季節だけこのご夫婦の『孫娘』になってくれないかしら?」
「うん、また会いにきてあげて欲しいな」
「たまにだったらいいんじゃない?」
 冒険者達の言葉への少女の答えは‥‥笑顔だった。それは間違いなく、心からの微笑み。
「ミルトナ‥‥」
 追いかけた婦人の動線をレオンとトレーズは軽く封じた。婦人もそれ以上は追おうとはしない。
 少女は雪だるま達と共に、冬の森へ消えていった。
「伝言だよ。また‥‥会いましょうってさ」
 一言だけの思いを残して静かに‥‥静かに‥‥と。

○優しい冬、暖かい春
 雪はたった一日でもう水へと変わりつつあった。
 ぬかるんだ庭の片隅。
 その小さな墓標の前に冒険者達はそれぞれの思いを抱いて立ち、それぞれの思いを持って手を合わせた。
 名前も無い小さなこの石碑の下には、老人達の本当の孫娘ミルトナが眠っている。
『息子夫婦を早くに亡くした老夫婦にとって、たった一人の孫娘で忘れ形見のミルトナちゃんは、本当に生きがいってくらいの宝物だったんだよ』
 そう街の住人は話してくれた。見ていて微笑ましくなるほど仲が良かったと。
 だが、悲劇は突然襲ってくる。
 今年の冬の初めのこと。
 ミルトナは祖母の作った手袋を遊んでいるうちに無くしてしまったのだという。
 寒空の下、森を、街を彼女はあちらこちらを必死に探し、結果風邪をひいてしまった。
 そしてその風邪はまるで蝋燭の炎を吹き消すように簡単に、ミルトナの命を吹き飛ばしてしまった。
 誰もが驚くほどに‥‥あっけなく。
『夫婦の悲しみようって言ったら無かったよ。特に婦人の方なんかそのまま後を追って死ぬかと思ったくらいだね』
 葬儀に向った者達は皆口々にそう言った。
 皆が、彼女を心配し早く立ち直って欲しいと願っていたから、それから数日も過ぎぬうちに笑顔を見せるようになった婦人に驚いたとも。
 だが実はその時
「少女が‥‥我が家を訪ねてきたのです。手袋を持って‥‥」
 ミルトナとあの少女の外見は全く似ていない。
 だが、老婦人は少女をミルトナと思い込み、彼女を手放さなくなった。
 家から一歩も出さず、大事に大事に囲い込んで。
 少女は一言も言葉を発しなかったから彼女が老夫婦の所に来た本当の理由や思いは定かではない。
 けれど‥‥。
「優しい子なんだね。孫を亡くした老夫婦を放っておけなかったんだよ。きっと」
 黎鳳の言うとおりだと冒険者は皆思っていた。
 そして、雪だるま達は少女を迎えに来た。おそらく春と雪の精霊は共に同じ季節にはいられないから‥‥消える前に‥‥と。
「ありがとうございました‥‥」
 老人はそう冒険者達に頭を下げた。
 きっと、彼も解っていたのだろう。彼女の正体も夜毎の怪物のノックの理由も。
 でも、解っていても彼女を還すことは彼にはできなかったから、冒険者への助力を頼んだのだ。
 自らの気持ちを振り切り、彼女を在るべきところへと還すために。

「ミルトナちゃん。おじいちゃんも、おばあちゃんも貴女の事を忘れたりしないわ。だから、今回の事許してあげてね。貴女の名前で呼ばれた精霊さんも‥‥」
 エルザの手にはミルトナの形見として預かった手袋が嵌っていた。
 二人目のミルトナとの別れは老夫婦の心に僅かならぬきっかけを与えたようである。
 辛い思いと向き合う為の‥‥。
「これから、辛いかもしれませんね。お二人とも。でも、きっと乗り越えていけると信じましょう。‥‥あら?」
 冒険者のやるべきことは終わったと、祈りを奉げて立ち上がったカイトはふと目線を止めた。
 雪の合間から、小さな緑の芽がいくつも覗いていた。
 空を見上げれば快晴。
 太陽が明らかな冬とは違う色合いで光を大地に差し伸べる。
 冬の精霊達の帰還と共に、季節は確かに春へと変わったのだと冒険者は知った。

 季節は留まることなく進む。誰も留置くことはできない。
 でも、いつか再び巡ってくる事もあるだろう。再び出会う事も。
「いつか‥‥また会いたいな」

 南風に木々は枝をそよがせ、頷いている。
 まるで遠くに消えた少女の思いを伝えるように‥‥。