【冒険者の少年】海と真珠

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月25日〜03月30日

リプレイ公開日:2007年04月02日

●オープニング

 私はこの村に生まれて、この村で生き、結婚し、そして死ぬだろう。
 彼とは違う。
 特別な力や才能があるわけではないから、それを不満に思ったことは無かった。
 私は来月、結婚する。
 彼は私のことを愛してくれているし、きっと幸せになれると思う。
 でも‥‥。握り締められた手の中で小さく白い光が弾ける。
『ほら、リンテ! これさ、真珠って言うんだって。キレイだろ?』
『海に抱きしめられた貝の中で生まれる真珠。キレイよね』
 彼は知らないだろう。その時、自分がどんな思いで二人を見つめたか。
 自分だって、この気持ちが解らないのだから。

 その少女はどこか人待ち顔‥‥、いや人探し顔でギルドの中、キョロキョロと目線を動かしている。
「どうしたい? 誰かお探しかい? それとも依頼かい?」
「いえ! あ、はい!」
 どっちか解らない返事をした少女に声をかけた係員が首をかしげたその時。
「リンテ! リンテじゃないか?」
 冒険者の少年が声を上げた。
「フリードお兄ちゃん!」
 不安げな表情がパッと花が咲いたような笑顔に変わる。
「お前さんの知り合いかい? フリード?」
 係員の問いに少年は、少女の肩を軽く叩いて頷く。
「僕の村の女の子でリンテと言います。両親がいないんで、村長の家で育てられてたんですよ。僕らより一つ年下。僕らにとっては幼馴染みたいなものかな? ‥‥で、どうしたのリンテ。こんなところで?」
 スッとまるで音を立てるように笑顔の色が変わった。
 無垢な少女の笑みから、落ち着いた女性の笑みへ。
「あのね。私、来月結婚する事になったの。相手はバルドよ覚えてるでしょ?」
「バルド兄か。兄さんは村でも腕利きの羊飼いだもんな。おめでとう!」
「今日もね。バルドがキャメロットに結婚の品を買いに来るって言うから一緒に来させてもらったの。一つ、頼みがあって」
「頼み? 僕に?」
「ううん」
 首を横に振ると、リンテは依頼書をカバンから取り出して係員に差し出す。
「結婚式の前に、私は海に行きたいと思っています。その為にどうか護衛をお願いできないでしょうか?」
「海に?」
 依頼書を確認する。期間は5日。
 ロンドンから東南にある海沿いの街までの少女の護衛と確かにあった。
「そこは、僕らの村から嫁いだ女性がいて、僕も以前、行った事があるんですけど‥‥でも何をしにいくつもりなんだい? リンテ?」
「真珠を探しに」
「えっ?」
 瞬きするフリードにリンテはそっと服のポケットから小さな布袋を取り出す。中から指輪が転がり出た。
 真珠と言うにはあまりにも不恰好な、だが確かに真珠の色合いをした小さなものがついた指輪が。
「それ、ずっと前、僕が君にあげた真珠じゃないか?」
「そう。バルドが指輪にしてくれたの。バルドはね、君と結婚できるだけでいい。君は身一つで僕のうちにおいで、って、結婚式の衣装や道具も全部用意してくれたの。だから‥‥せめて私、指輪だけでもおそろいのものをバルドにあげたくて‥‥」
 その真珠の取れた場所に行きたいのだと彼女は言うのだ。
「でもさ、あの街でだって真珠はいつも取れるわけじゃない。僕が見つけたその真珠だって、浜辺に流れてた貝から偶然出てきただけだし」
 心配げなフリードにリンテはまた静かに首を横に振る。
「見つからなかったら、それはそれでいいの。ただ、結婚式前に一度だけ村の外に行ってみたい。そう思っただけでもあるから。結婚したら、多分、村を出てくることなんてそうそうないでしょうから。だから、お願いします」
 報酬はそう多くは無いが、このコースならそう危険なモンスターが出てくることも無いだろう。
 ほとんどとんぼ返り、海にいられるのは1日だけになるが、それで彼女の気が済むのであれば‥‥。
 依頼の受理を確認し、出発まではキャメロットの宿屋に婚約者と共に泊まる。と言った少女は帰って行く。
 扉の向こうに婚約者の姿が見えた。
「どうしたんだ? フリード?」
 その背中を呆然と見送る少年に係員は、ふと問うた。
「リンテ‥‥。一度も僕に一緒に来てって言わなかった。どうして‥‥?」
 係員はその問いに答えてやる事はできなかった。

 歩き去っていく少女の背中を、三月の、でもどこかまだ冷たい風が吹きぬけて行った。

●今回の参加者

 ea3245 ギリアム・バルセイド(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7984 シャンピニオン・エウレカ(19歳・♀・僧侶・シフール・インドゥーラ国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb3087 ローガン・カーティス(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3310 藤村 凪(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb5450 アレクセイ・ルード(35歳・♂・神聖騎士・エルフ・ロシア王国)
 eb7109 李 黎鳳(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

楊 書文(eb0191)/ タケシ・ダイワ(eb0607

●リプレイ本文

○冒険者の少年
 ギルドの隅の小さなテーブルで微かな音が響いている。
 木を削る音? 一心にナイフを動かす少年は‥‥
「よお、フリード!」
 頭上からかけられた大きな声に顔を上げた。
「ギリアムさん‥‥。あ! お久しぶりです!」
 瞬きを一回。状況を把握してフリードと呼ばれた少年は慌てた顔で立ち上がる。
「どうした? 浮かない顔だな? ‥‥ん?」
 真面目なお辞儀を手で払うとギリアム・バルセイド(ea3245)は少年の手と、顔とそして机をじっと見つめる。
「あ、いえ、その‥‥これは、ちょっと‥‥」
「こんな暗いところで作業していると目に悪いぞ。これ、急ぎの仕事か?」
「いいえ、仕事とかではなくて‥‥」
 慌てた顔のフリードを見つめ、にやりと笑ったギリアムは、よしっ! と声を上げるとフリードの手首を強く引いた。
「! なんです?」
「これから俺達は仕事なんだ。お前も来い! 依頼人の許可は貰ってる」
「えっ? 仕事ですかって‥‥わっ! 待って下さい。まだ準備がぁ〜、片づけがぁ〜〜〜」
 ジャイアントと細身の少年の力比べに万に一つの番狂わせも無い。
 ずるずるずると引きずられていくフリードを冒険者達は生暖かく見つめていた。

○思いの欠片
「へえ、それが真珠の指輪なんだ。うん、とっても可愛いね」
 暖かな春の日差しの中を、楽しげな話し声と笑い声と共に歩く一団があった。
「そんなに高価なものじゃないらしいですよ。形もいびつだし、金銭的な価値はあんまりない、とお店の人も言っていました」
 少し恥ずかしそうに笑う少女の肩に
「そんなことないない! リンテちゃん!」
 シャンピニオン・エウレカ(ea7984)は乗ってその瞳をじっと見つめた。
「宝石や装飾品の価値はお金じゃなくて自分にとって気に入ってるかどうかと、誰に貰ったか、どうして手に入れたかの思い出だもん! お揃いの真珠の指輪って素敵だね〜♪ いいなぁ‥‥ボクもいつか、カッコいい王子様とらぶらぶしたーい!」
 夢見るように目を閉じてふわふわと気持ちと一緒に空を舞うシャンピニオン。
 だから、彼女はあんまり気付いてはいなかった。
 微かに目を伏せたリンテも、その横を歩きながら微かに眉を顰めたフィーナ・ウィンスレット(ea5556)も最後尾で困りと悩みと反省を混ぜて割ったような顔のフリードも。
「ねえねえ! 王子様との馴れ初めは? 出会いはどんな感じだったの?」
「‥‥王子様?」
「ほらほら、旦那様のこ・と。今後の参考に聞かせて欲しいなあ」
「リンテさん。お疲れではありませんか? もう少ししたらお昼ですから休憩しましょうね。まったく、馬車が借りれれば良かったのに」
「フィーナさん?」
 意図的に会話を切られた気がして、シャンピニオンは小さく瞬きした。
 フィーナの視線が‥‥何かを言っている?
「お昼の時はお弁当は任せてね! キャメロットで準備してきたんだ」
「んじゃま、飲み物はうちに任せてもらおうか? こっちでは茶っ葉が手に入れ難うて困るわ」
 その意図を汲むようなタイミングで李黎鳳(eb7109)と藤村凪(eb3310)が会話に割ってはいる。
「それは楽しみですね。私も料理はなかなか得意で‥‥」
 話は変換され料理や家事など女性的な話になっていった。
「なんで話の邪魔するのかなあ? せっかく聞きたかったのに二人の馴れ初め‥‥」
「指に輝く白き星‥‥恋の形見の誰ぞ彼知る‥‥」
 膨れた様子のシャンピニオンに少し後ろで、歩きながら本を読んでいたローガン・カーティス(eb3087)は意味不明の呪文を唱える。
 彼が古い恋歌集を読んでいて、彼の言葉がそのアレンジだなどとは勿論シャンピニオンは解らないだろう。
 だが言葉の流れと意味は‥‥解る。
「‥‥形見? 変な表現するね。恋って旦那様じゃないの?」
「シャンピニオンさん! ちょっと‥‥」
 小さな声でワケギ・ハルハラ(ea9957)がシャンピニオンの肩を人差し指で突く。そしてある方向を指差して‥‥。
 話から弾かれて疑問符を浮かべていたシャンピニオンは、その時やっと気付いた。
「あっ‥‥そうか!」
 最初の挨拶以降一言の口も聞かない幼馴染同士の不自然な関係と、彼らの間に流れる空気の意味を。
「うわ〜。空気読めなかった。ヤバイかも〜。ごめんね。フリード君」
 小さく囁くとシャンピニオンは女性達の方へと戻っていった。
 残されたのは男衆。
「ふむ。何をそんなに俯いているのかね? 青少年。聞けば君には好きな女性がいるという話だが?」
「アレクセイ!」
 腕組みしたまま暗い顔の青年をアレクセイ・ルード(eb5450)はいじめるような口調で楽しげに問うた。
 ギリアムに睨まれても彼の表情はどこ吹く風。
「あ‥‥はい。僕にとってリンテは確かに妹みたいなもので恋愛感情は無いんです。結婚も心から嬉しいと思うし。でも‥‥だからこそ」
 力になりたかったのに。俯く青年にワケギも声をかけられない。楊書文やタケシ・ダイワなどにアドバイスを貰ったがこういう時に男児というものはけっこう無力である。
「人の心や恋愛感情って難しいですね」
「難しいからこそ、いつの世も多くの人の心を悩ませ、また歌となってきたのであろう。恋愛に明確な答えは無いから難しいな」
「何か人生に関わる決定をした直後は何かと不安になるもんさ。お前はどうだった?」
 フリードから答えは返らない。長い沈黙にまたアレクセイはふむとあごに手を当てた。
「では、質問を変えようか。フリード君。君は自分が特別だと思ったことはあるかい?」
「いいえ」
 今度の答えは早い。謙虚な青年に微笑みながら
「では、誰かにそう思われたことは?」
 アレクセイはその顔を見た。
「えっ? あの‥‥それは‥‥」
 フリードは胸元に手を当て、顔が朱色に染めていた。
「どうした? フリード」
 服の襟元から見える紐を握り締めている。その下に何があるのか付き合いの長いギリアムさえ知るまい。
「休憩だそうですわ。皆様」
「おべんと旨そうやで〜。早く早く〜〜」
 先で手を振る女性陣にアレクセイは軽く手を振って返す。そして
「ヒントはそこまでだ。君はまだ若い。悩みたまえ青少年」
 一度だけ振り返って彼は笑った。少年に答えを渡さないまま‥‥。
 少年はそれを見送る。ポケットの中の作りかけの何かを握り締めたまま‥‥。

○海と真珠
 春の海はまだ少し風が波を荒らしている。
 波頭が白い飛沫を上げまるで雪が踊っているようだ。
「海か‥‥。イギリスに渡ってきた時以来だな。懐かしいと言えば懐かしいかな」
 ずっと下を向いていたせいで軽く痛んだ腰を叩きながらギリアムは海を見つめた。
 海と言うのは確かに人の心に何かを与える力があるようだ。と思いながら。
 ならば、彼女はこの海に何を求めているのだろうか。思ったより岩の多い海岸で貝を真剣に探す少女を横目に見ながらギリアムは手の中の貝を開く。
 どうやらこれにもそれらしいものは入っていないようだ。
「とりあえず、人海戦術しかありませんね。浜辺に流れ着いた貝や、水辺の貝をできるだけ集めましょう」
 フィーナの言葉に従って冒険者達はまだ手で触るには冷たい水の中から貝をいくつも拾い集めていた。
「‥‥すみません。僕はまだまだ未熟者です‥‥」
 金貨を握り締めたままうな垂れるワケギを慰めるようにシャンピニオンは肩に乗った。手には小さな二枚貝。はい、と手の中に落としてからぽんと頭を叩いた。
「気にしない気にしない。まー、お日様だって解んないよね。真珠が入ってる貝なんて〜。そもそもこれ、って言われても僕らにはわかんないし〜」
「慰めになってないよ。それ‥‥でも元々駄目元だったんでしょ? あとは魔法温存しておいてよ。ね?」
 仲間達の言葉に頷いてワケギはコインをポケットにしまった。
「本当にいいんですか? お手伝い頂いて‥‥」
 遠慮がちなリンテに、気にしない、気にしないと凪は笑いかける。
「うーん、貝さん中々顔出さへんな〜。でも、楽しいわー」
 実際、服が濡れるのも気にせずに探す冒険者達の想像以上に真剣な様子にリンテは少し戸惑いさえ見せていた。
「私も海や貝。そして‥‥海が育てる真珠と言う奇跡に興味がありますから‥‥」
「でも‥‥私などの願いにそんな価値が‥‥」
 微笑を作るローガン。だがリンテの顔はさらに強張るばかりだ。
 貝は積み重ねられていくのに、不安は募っているというように‥‥。
「昨日も言っておられましたが『私など‥‥』それが、貴女の不安ですか?」
「えっ?」
 いつの間にか後ろにいたフィーナが静かに言う。昨日休憩の時などには隠したつもりだった思いに気付かれていた事にリンテは顔を白くした。
「ご自分に自信が無くていらっしゃるのですね。だから真珠を探しに来たのだろうとアレクセイさんがおっしゃっていましたわ。でも‥‥」
 そこで言葉は止まった。仲間をワケギが呼んだからだ。
「随分集まったな〜。で、これどうするん? 全部開けるんか?」
 凪が指でいくつかの貝を突いた。目に見える二枚貝を全て集めたので種類も数も豊富だ。
 小さな小山になっている。
「いいえ。少し時間を下さい。食べもしない貝を開けてしまうのも気の毒ですからできるだけ魔法で調べてからにしようと思って」
 スクロールを広げ、ワケギは貝を前にして呪文を唱える。
 透視の魔法を使う彼の邪魔をしないように冒険者達は少し離れた場所に座した。
 凪が暖かいハーブティを用意する。ほのかな温もりが冷えた冒険者達の手と、心を暖めてくれる。
「‥‥さっきの言葉の続きを聞いてもいいですか?」
 リンテは横に座って無言のままのフィーナにそっと問うた。冒険者達の視線が集まる中、
「あ、あたしちょっと用事を思い出したから! フリード。一人じゃ怖いからちょっと来て!」
 黎鳳はフリードを連れて立ち上がった。
 俺も行こうとギリアムも追う。それを確かめてから、フィーナは
「結婚にストレスを抱いて、不安になるのは誰でも当たり前の事。自信がなくなるのは皆同じですわ。皆同じ‥‥でもこの世にリンテさんはお一人しかいないんです。バルドさんが愛したリンテさんは」
 静かに微笑んだ。邪笑ではなく本当に優しいそれで。
「不安もあるかもしれないけど、リンテちゃんの中にあるのはそれだけじゃないよね? リンテちゃんの中で変わっていくものも変わらないものも、全部大切だから、その思いごと大事にしよう。ね?」
 リンテの頬に真珠のような涙が零れた。それを為したのはシャンピニオンやフィーナの言葉だけではない。手から伝わってくる凪の温もり。寄り添うように優しく響くローガンのオカリナ。自分を見守るような冒険者の眼差し。
 そして何より、顔を上げた先に見えた。昔と変わらぬ憧れの人と今ここにはいない大切な人‥‥。
「皆さん! 来て下さい!」
 ワケギの声に冒険者達は駆け寄った。差し出されたのは岩に張り付いていた大きな牡蠣貝。
 震える手でリンテは差し出された貝とナイフを手に取った。
 二枚貝の間に入れた刃が微かに揺れ‥‥
「あっ!」
 音を立てて開いた。白い肉に差し込まれた刃が微かに何かに当たる音もする。
 冒険者皆の頷きに励まされるように動かされた刃はころん、微かな音と共に小さな白い玉を転がし出した。
「キレイだね〜」
 シャンピニオンは嬉しそうにリンテの肩に降りて覗き込む。
 大きさは小指の先の半分。輝きも大したことは無い。商品価値はきっと薄いであろうと思わせる。
 だが、それでもそこには紛れも無い真珠が、海の奇跡が輝いていた。

○海と真珠 
「‥‥そんなわけでな。あいつとベルの運命もなかなかに大変みたいだ。でも、きっと心は通じていると俺は思うぞ」
「はい!」
「俺なんか、友人はいるが、恋人は未だにいないぞ。自慢にもならんがな」
「はい!」
「こら! ここはそんなにいい返事をするところじゃない!」
 苦笑し、背後からフリードを抱きあげるギリアム。師弟か親子のようなその姿を冒険者達は帰路、心底楽しげに見つめていた。‥‥真珠を守る海のようだ。と。
「男の人って本当に子供みたいだよね。リンテさんの旦那様もあんな感じ?」
「そうですね。子供っぽいところがあって、でも何にでも全力投球で大きくて優しい人です」
「そうか‥‥それなら良かった」
 黎鳳は今度ははっきりと彼女の口から聞けた思いにホッとした顔で微笑む。
 最初はぎこちなくても、きっと一歩一歩二人で力を合わせて幸せを掴んでいくだろう。
 夫婦二人で。
「頑張って! 結婚は終わりでもゴールでもないからね」
「道の先は見えないから不安もあると思うが、共に歩む人達を信じて仲良く乗り越えていけることを願っている」
「はい‥‥ありがとうございます」
 懐紙に包まれた小さな真珠を胸に抱いてリンテは静かに微笑み頭を下げた。
 前に見えるはキャメロットの門。ふと気が付けばそこに
「あなた!」
「リンテ!」
 彼女の婚約者が待っていた。きっとここでずっと彼女が帰ってくるのを待ち続けていたのだろう。
「‥‥大丈夫ですか? もし良ければ私も同席しますけれども」
 心配そうなフィーナが声をかけるが、リンテはそっと首を横に振った。
「大丈夫です。ここまでで‥‥皆さん、本当にありがとうございました。できれば結婚式にはぜひ来て下さいね!」
 しっかりとした若婦人の顔でお辞儀をすると彼女は自分を待っている者のところへと戻っていった。
 指と胸に小さな輝きを抱いて。真珠よりも輝く笑顔で
「もう‥‥大丈夫ですわね」
「うん、きっといいお嫁さんになるよ。ああ〜。ボクも早くステキな王子様と出会いたいなあ」
「うちも‥‥なんだか〜」
 見送る女性陣の顔にも笑顔。それを後ろから見守る男性陣の顔にも笑顔があった。
「彼女には奇跡がついている。きっと幸せになるよ。フリード君」
 手の中の小さな何かにキスをしたアレクセイの言葉にはいと頷くとフリードは
「黎鳳さん!」
 彼自身の思いを伝えるために勇気を握り締めた。
「なに?」
「お願いがあります。もし、いつかあの人に出会うことがあれば‥‥これを‥‥」
 差し出された木彫りの贈り物を黎鳳は、手を重ね受け取った。
 必ず、と約束をして‥‥。

 少女はこの旅で一つのことに気付いた。
『特別である事に特異な才能や力などは必要ないものだよ、誰もが誰かの特別なのだからね』
 こんな自分でも抱きしめてくれる人がいる。
 普段は気が付かないがいつも誰かが自分の側にいてくれる。一人でも、一人じゃないのだと。
 真珠は貝の中で孤独に見える。だが、貝に守られ、それを抱く海があるからこそ美しく輝くのだと。
(「私には誰よりも大切な海がある。彼と共に生きていこう」)
 そして、いつかは自分も真珠を守り育てる海になりたい。誰かを愛し守る彼らのような、彼らと共に見つめた海に。大切な人と共に‥‥
 少女は帰っていく。
 自らの海の下へ、真珠を心に抱きしめて‥‥。