【弔いの祈り】祈りの森
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:04月17日〜04月22日
リプレイ公開日:2007年04月25日
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●オープニング
「おや? 図書館長殿」
戦争も終わりざわめく町並みの中を、一人の老人が歩いてくる。
来訪者にギルドの係員は深い礼をとって頭を下げた。
その礼を受けるのは呼ばれたとおり、宮廷図書館長エリファス・ウッドマン。
この時期、彼がここにやってきた。
それだけで、係員にはもう彼がここにやってきた理由が解った気がしていた。
「また‥‥行かれるのですね?」
「うむ」
「解りました」
確認の言葉に頷くエリファスに、黙ったまま彼は書類を差し出し、エリファスはそれを無言で受け取った。
「今回も‥‥あまり、気持ちのいい仕事にはならんぞ。それだけは言っておく」
依頼人はまず最初にそう告げたという。
宮廷図書館長エリファス・ウッドマンはマレアガンスの森に向かうという。
その目的はは、戦いの記録と、死者の埋葬。そして身元調査を行うためにだ‥‥。
マレアガンス城はすでに崩れ、瓦礫と化している。
森も、草原もし死者やアンデッドの身体が今も、積み重なりうち捨てられてっている。
その中で、エリファスと冒険者が行うのはこの戦いで死亡した者達の確認、そして遺品の回収だ。
可能な限り死者から身元を表すものを探し、遺品として家族の元に帰す。騎士なら装備に紋章を意匠している者も少なくないだろう。
家族から何かを預かっていたり、名の記された物を持っているものもいるかもしれない。
遺体の特徴を記録し、遺品を回収する。
特に今回は、敵もまたイギリス騎士が少なくない。
アンデッドやモンスターを除いて敵も、味方も可能な限り調査をするという。
それらは知人を探して渡したり、冒険者ギルドで引き取ってもらい、後に家族や身内を探して届ける。
「お辛い役目ですね。いつもながら‥‥」
彼は戦争のたび、この仕事を引き受けてきた。
イギリスで誰よりも多い死者と向かい合ってきたのは、実は彼かもしれない。
「ワシの辛さなど、大したことは無い‥‥。直接戦場で血を被り戦って国を守る事は我らにはできないからな。しかし、文官には文官の役目があるのだ。考えた事があるか? 誰が戦場で武器や薬を整えるか。野営の為のテントを用意するか。死者にかける弔いの一枚も文官の手続きを経ないと戦場には届かない。それぞれが、それぞれの戦場を生きる、それぞれの役目を果すだけじゃ」
エリファスはそう優しく、だが強く微笑んだ。
悲しく辛い仕事。
だが、誰かがやらねばならない仕事だ。
血に染まった野原も、森もこのままでは草も萌えず、花も咲かない。
まだ、問題の全てが解決したわけではいが‥‥区切りをつけるために、新たなるイギリスの復活の為に今、冒険者の力が求められていた。
●リプレイ本文
○弔いの野
伝説や英雄譚ではいつも戦争は勇壮で華々しく唄われる。
多くの者が戦場で繰り広げられる物語に心はせる。
かくいう自分もその一人だった。
「‥‥けれど、それは物語のほんの一部でしかないのですね」
現実を知る前の自分を恥じるようにレティシア・シャンテヒルト(ea6215)は呟いた。
だが目を伏せたりはしない。
バードとして人々に正しき物語を伝えていくためには真実から顔を背けてはいけないと知っているからだ。
「まったく何の被害も生まれぬ戦などこの世には無い。華々しき戦いの影には必ず血と涙があるものだ」
悲しげな目で血に染まった大地を見つめる宮廷図書館長エリファス・ウッドマン。
草も、血で固まって風に揺れる事さえしない。
「図書館長殿、どうぞご無理はなさらないで下さい。俺達もできる限りお手伝いいたしますので」
後ろからそっとシャノン・カスール(eb7700)は彼の心と身体を支え言った。
「ああ、頼りにしておるぞ」
心からの思いでそう告げる。
無論、頼りにしているのはシャノンだけではない。
「‥‥エリファス様。この荷はこちらでいいんですか?」
馬の手綱を引きながらジャンヌ・シェール(ec1858)がエリファスを呼ぶ。
テントや保存食、野営道具に羊皮紙や白布。
頷くエリファスの視線を受けて冒険者たちは動き始める。
少女には少し重い荷物を運んでやるトレント・アースガルト(ec0568)。
スイフリィ・ハーミット(ea7944)やロッド・エルメロイ(eb9943)ももうテキパキと仕事の準備を始めている。
「図書館長、ご指示を」
丁寧な礼をとりリドル・リンカー(eb6179)は頭を下げた。最初、この光景に眉を顰めた青年も覚悟を決めたようだ。
冒険者達の眼差しを受け、エリファスは手を伸べる。
「では、仕事を始めるとしよう。この戦争を本当の意味で終わらせるためにな‥‥」
目の前に広がる草原と森に、そしてそこに眠る者達に、言い聞かせるように。
○生きた死者、死んだ死者
「煉淡さん。そちらの方はいかがでしたか?」
森の方から歩いて戻ってきた雀尾煉淡(ec0844)にジャンヌは駆け寄った。
「俺の方はほぼ完了というところだな。そちらはどうだ?」
「こちらの方も完了です。あとはシャノンさんの調査が終われば、森は一通り調査完了でしょうか?」
お互いの手に握られた羊皮紙を互いに照らし合わせながら二人は地図を見せ合った。
今、仲間達が調査を進めている草原と違い、森はかなり木々が多くしかも深く広い。
無思慮に踏み込めば二次遭難の恐れがある、と言うのは決して大げさな言い草ではない。
だから3人が事前に調査に出たのだ。
専門的な知識は無いがそれを努力で補って、羊皮紙はビッチリと細かに解る限りの遺体の場所や捜索の目印が書き込まれた解りやすい地図になっていた。
「マレアガンス城の周辺は別の冒険者が入っているから‥‥これであとはシャノンさんが来れば‥‥。あ、来たようですね」
森奥から歩いてくるシャノンにジャンヌは駆け寄った。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
ふと、気付いてジャンヌはシャノンを見上げた。
表情は‥‥暗い。この仕事は確かに図書館長の言ったとおり、気持ちのいいものではない。だが‥‥何を見てここまで‥‥。
言葉にならないジャンヌの思いを読み取ったのだろう。
「大丈夫ですよ」
シャノンはふわりと笑って少女の髪を撫でた。そして煉淡に顔を向ける。
「確か、今回の同行者の中にペガサスをお連れの方がいらっしゃいましたよね。お力をお借りできるでしょうか?」
「‥‥ああ、確かに。呼んで来よう」
走り出した煉淡を見送りながら‥‥
「本当は皆さんにあまりこういうものを見せたくは無いのですが。特に女性の方には‥‥」
シャノンはジャンヌを見て、一度だけ目を伏せた。そして‥‥
「でも、見ておいた方がいいかもしれません。これから、戦場に立ち続けるなら」
「シャノンさん?」
肩に触れた手の震えと自分を見つめる眼差しの意味を、ジャンヌはまだ知らなかった。
その光景を見た者は誰もが暫し言葉を失った。
「酷い‥‥。こんなのって‥‥うっ」
ジャンヌは自らの手の武器さえも取り落とし口元を押える。
「地獄と言うものがもしあるとしたら、こういうものを言うのかもしれないな」
握り締めた数珠が無意識に音を立てたのを煉淡はおそらく気付いてはいまい。
それほどまで、その『地獄』は冒険者達を動揺させた。
倒れ伏す騎士たちの遺体は確かに悲しく悲惨でもある。だがそれ以上に‥‥
「彼らは、まだ幸福だったのかもしれないな‥‥」
獣たちのそう思わせるもう一種の遺体がそこに散乱していた。
アンデッド達の‥‥死体である。
ズゥンビとして蘇った者達。戦場で戦った時には気付かなかったがよく見てみれば彼らもまた鎧を身に纏っている。
王国の騎士がかなり混ざっていたのだろう
「一番身近に会って新鮮な死体だった、と言う訳か‥‥。くそっ」
リドルは思わず木に拳を打ち付けていた。
「‥‥。ミューゼル。お願い‥‥」
主たる乙女の涙にペガサスは高く嘶き、死体に群がりかけている獣たちを追い払う。
シャノンはその姿に一礼すると一際、腐りかけたズゥンビの死体から、そっと鎧を外した。
「皆さん。仕事です。逃げる訳にはいきませんよ。図書館長様もそして‥‥遺族の方たちも待っているのですから」
「ごめんなさい。‥‥逃げたりなんかしません。手伝います!」
駆け寄るジャンヌも同じように死者の遺品を丁寧に集めていく。
「偽りの正義に踊らされ、無念に散った騎士の方々を、このままにして良い訳は無いな」
「私も、及ばずながら‥‥」
「死者よ‥‥語れ。そして汝の名前を教えてもらえるだろうか?」
血と腐臭漂う森。
地獄の森。
けれどもそれは、彼らのように真っ直ぐな心を持つ者たちの手によって少しずつ、少しずつ浄化されていったのだ。
○戦いの意味
‥‥思考を止めるな
手を休めるな
死者が求むは、祈りにあらず
死者の祈りの声を聞け
探求の徒よ、今この時この場が汝の戦場也‥‥
「夜遅くまで何をしておる?」
野営の焚き火の番をしている、といういい訳は通じまい。
スイフリィは正直に隠した羊皮紙を自分に声をかけた、宮廷図書館長に差し出す。
「これは?」
「今回の戦いに何か裏があったのでは。王宮にマレアガンス派に通じていた者がいたのでは? そう思い、調査を続けていました」
これは、単なる推論に過ぎない。
「そうか。で、何か解ったか?」
いいえと、スイフリィは首を横に振る。現にできうる限りで仲間の手も借りて調べてみたがそれらしい結果は出なかったのだから。
「戦場で死んだ者達、特にマレアガンス派の者などは、自分が信じたものに裏切られて死んでいったのです。あげく命を失った後も死なせてもらうことさえ出来ず苦しんだ。それがあまりにも気の毒で‥‥」
「犯人探しをしていた。と言う訳か」
エリファスの問いに彼の返事は返らなかった。
「図書館長様?」
「なんじゃ?」
呼びかけたのはレティシアだった。
いつの間にか眠りについていたはずの冒険者が炎を囲み集まっていた。
声をかけたはいいが、は言葉を探して俯くレティシアを見て、エリファス・ウッドマンは
「質問が無いなら一つ、問おう。お前達ももう薄々解っているはずだ。この戦いは迷極まりない痴話喧嘩。それに巻き込まれ多くの者が命を失った。あまりにも無駄かつ、迷惑な戦いであったと」
「エリファス殿!!」
暴言にも近い、率直な言葉にトレントが顔を顰める。
「だが無意味ではない。とわしは思っている。‥‥お主達。この度の戦にどんな意味があったと思う? 多くの命奪われたその死に、だ」
「どんな意味‥‥ですか?」
その場で即答できる冒険者は誰もいなかった。
答えが返らないのを知り、エリファスは立ち上がり冒険者に背を向ける。
「図書館長殿! 答えは?」
呼び止めたロッドに、見送る冒険者に、言葉は指し示されなかった。
ただ彼の立っていた場所には、一輪のスミレだけが残されていた。
○死者への花束
たった五日間でできることは限られている。
今回の戦争の死者総数、約500。
彼らを調べ、並べ埋葬しエリファスを手伝い全力を尽くして働いてきた冒険者達はそれでも、己の無力を噛み締めてきた。
生きている事にさえ罪悪感を感じるほどに。
けれども‥‥最後の日。
「よくやってくれた。ご苦労だったな」
エリファスは敵も味方も含め埋葬された十字の墓標の前で冒険者達にそう告げた。
「いいえ、私は埋葬しながらも、これが自分ではない事に、知人がいないことに心のどこかでホッとしていたのですから」
「それでも、お前達の真面目な仕事ぶりのおかげで多くものが待つものの元へと帰れる。これはお前達のおかげだ‥‥彼らは意味なき死から救われたのだからな」
「意味なき死‥‥」
彼の言葉に誰ともなく冒険者は宿題を思い出し
「エリファス殿。あの夜の答えは、彼らの死に遺された者が思うこと‥‥ですか?」
誰とも無く呟いた。
エリファスは答えない。
ただ死者の眠る森を、平原を見つめるのみ。
「エリファス様。よろしいですか?」
頷く彼に小さく頭を下げレティシアは鎮魂のメロディを贈る。
その音楽に合せる様に
「この森で散った全ての方々の冥福を祈ります」
「死後の安らぎを祈る」
冒険者達はその思いを捧げた。
祈りと
「私は誓います。貴方方を忘れません。そして‥‥貴方方の分も生きて騎士としての勤めを果すと」
誓いと一輪のスミレ。
煉淡の緑に力を促す魔法に導かれこの大地に咲いた命の花。
それが今は手向ける花も持たない彼らが捧げる精一杯の花束である事を、眠る死者達はきっと解っているだろう。
数年後、この大地はきっと花に溢れることだろう。
そして人々はその花と墓標を見る度思うのだ。
死者達のことを。彼らの死の意味を‥‥。