【弔いの祈り】願いの木板
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:12人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月16日〜04月21日
リプレイ公開日:2007年04月24日
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●オープニング
新緑に染まるはずの森が血の赤で濡れた。
春三月末。
イギリス王国を揺らせた一代醜聞の末。
王妃グィネヴィアを擁したマレアガンス軍との戦いは思いもよらぬデビルやモンスターとの戦いもあったが、最終的には冒険者の協力を得た王国軍の勝利に終わった。
しかし、その勝利に酔う事ができるものは、そう多くは無かった。
理由はいくつもある。
第一にマレアガンス軍に属した騎士たちの殆どが壊滅したということ。
彼らの殆どが主君の為に命を賭して戦い、投降した僅かの兵を除いた多くの騎士達がその命を戦場に散らした。
その数は多すぎて今は、簡単に把握もできない。
第二に、勝ったとはいえ王国軍の被害も0では在り得なかった。
‥‥彼は一人、草原に立っていた。
足元には見知った顔の騎士が剣を握り締めたまま絶命していた。
隣の戦士は兜ごと頭が砕かれている。それに比べれば運がいいと言えるかもしれないが。
『パーシ様、息子が騎士になりたいと言ってくれたんです』
そう嬉しげに笑っていた唇が、もう開く事は永遠にない。
膝を付き、マントをその身体にかける。
ふと足元に一枚の小さな木板が触れた。そっと拾い上げ手の中で返す。
『おとうさん、悪い奴らをやっつけて、はやくかえってきてね』
きっと『彼』は最後までこの願いを握り締めて戦っていたのだろう。
「すまない‥‥。許してくれ」
生者にはそれは、決して告げることの無い思い。
無意識に握り締めた『願い』と共に彼の手と心を刺していた‥‥。
最初に冒険者ギルドの扉を開いたのは
「子供?」
まだ、少年と言える年頃の男の子だった。
ギルドに子供の依頼人が来るのはとりたてて珍しい事ではない。
しかし、その背後に円卓の騎士が立っているのは、とても珍しい事だった。
「ここが冒険者ギルドだ、ウィンスロット」
「パーシ様!」
銀鎧を纏ったパーシに肩を捕まれた少年は呼びかけにも応えず顔を横に背けていた。
「何の御用でしょうか?」
この格好で現れている、ということは円卓の騎士としての仕事であり、依頼であるということは解っている。
だから
「一応仕事は三つある。その三つのうちの一つなんだが‥‥」
前置き無く係員は問い、パーシもそれに答えた。
「先の戦いでは世話になった。王妃は王宮に戻られた。これから審議も行われるであろうしラーンス卿の事も有る。手放しで勝利を喜べはしないが、とりあえず我々は目的を達する事ができたのだ」
冒険者達の活躍を心からの思いで労う円卓の騎士。その場にいた冒険者達の頬にも微かな笑みが浮かぶ‥‥。
「だが戦の後処理はこれからが本番だ。宮廷図書館長殿が被害状況の確認に出ておられる。そして、今日、俺は王より一つの命令を賜った。崩れ落ちた城の中からマレアガンス候やモルゴースなど今回の首謀者達の死体を探し出す事だ」
先の戦いの最後、マレアガンス城は恐ろしい力を持ったデビル達によって完全に崩壊した。
状況からしてまともな遺体として残っている可能性は少ないが、装備や遺品や遺体の一部ででも彼らの死が確実に確認できれば、それは今後に十分な意を持つ事になる。
その手伝いをして欲しい、とパーシは言う。
「俺の部下は戦後処理の手伝いに狩り出されているから手が足りないし、捜索には冒険者の方が長けているだろうからな。戦いの心配は殆ど無いだろうから、今回は広く希望者を募ろうと思う」
「またパーシ様との手合わせを望むものがいるかもしれませんね。円卓の騎士に稽古をつけてもらいたいと思うものは多いでしょう」
「希望があれば受けるが‥‥?」
「‥‥なに‥‥が‥‥」
楽しげな二人の会話に小さな呟きが被る。
それに気付いたようにパーシは腕を組んで少年を見た。
「言いたいことがあるならハッキリと言え。ウィンスロット」
ウィンスロットと呼ばれた少年は、瞬間、その迫力に気圧される形で思いを思わず爆発させた。
「何が円卓の騎士だよ! お父さんを守れなかったくせに!! 偉そうな事を言うな! それにマレアガンスなんて諸悪の根源だろ。放っておいて獣の餌にでもなっちゃえばいいんだ!」
「ちょっと、君!」
呼び止める係員の言葉も振り切ってウィンスロットはギルドを走り出て行く。
パーシ・ヴァルはそれを止めはしなかった。
「パーシ卿。あの子は?」
「‥‥冒険者へのもう二つ目の依頼だ。あの子、ウィンスロットは俺の部下の息子だったんだが、先の戦いで死亡した。以降ろくに食事もしないまま怒りに暴れていた。その上につい最近投降してキャメロットにやってきたマレアガンスの残党を相手に傷害事件を起こしたんだ」
攻撃を受けた騎士は重傷。捕らえられたウィンスロットは殺人未遂で保護観察の処分となりパーシに預けられているのだという。
「俺は、あの子を今回の依頼に同行させようと思っている。目を離すこともできんし。だが俺はどうも嫌われていてな。ろくに顔も合せようとはしないんだ。だからあいつをウィンスロットを護衛し、できるなら声をかけてやってくれないか?」
ウィンスロットは正義を夢見て騎士に憧れる少年だった。
しかし、今はやりばのない怒りをマレアガンスやその部下、そして‥‥パーシにぶつけているのだ。
「あの子に騎士としての夢を、とは言わない。だが他者を恨むだけの道から開放してやりたい。その手助けをして欲しい」
「解りました。それで三つ目の依頼は?」
「‥‥手が開いたら、死者の埋葬の手伝いを。じゃあ、頼んだぞ」
そして、少年を追ってパーシは去っていった。
残されたのは依頼書と‥‥。
「?」
一枚の小さな木板のみだった。
拾い上げてみる。
「こいつは‥‥」
『おとうさん、悪い奴らをやっつけて、はやくかえってきてね』
所々、血が染みたその木板には小さな願いが込められていた。
これを何故パーシが置いていったのか。ワザとかそうでないかも解らないけれども‥‥。
さっきの少年の泣き出しそうな顔と相まってこの依頼が冒険者には、妙に重く感じられていた。
戦争は、始まる前も、後も大きな傷を国に、大地に、人に残す。
それでも何故人は戦わなければいけないのか‥‥。
少年にかける言葉と共に冒険者達もまだその答えを探せずにいた。
●リプレイ本文
○死の森
森のあちらこちらに横たわる死骸。
立ち込める死臭にはもう鼻は慣れてしまったようだが、何度繰り返してもこの光景になれることはできなさそうだと藤宮深雪(ea2065)は思う。
「大丈夫か? ウィンスロット。落ちるでないぞ」
馬上で微かに動揺するように揺れた少年の背中からそんな、気遣う声がする。
「だ、大丈夫だ。ボクは、騎士の子だもん。こんな、死体くらい‥‥」
それが強がりであることは誰の目にも明らかであるが誰もそれを告げる事はしなかった。
「少年の父親がパーシ殿の部下ということは突撃隊で轡をともにした誰かということか」
顔も覚えていない仲間を思いトレーゼ・クルス(eb9033)は目を伏せた。
『彼』はきっと誠実に我が子を育てたのだろう。
ここに来るまでの間にその教育の確かさは伝わってきた。
真っ直ぐで一途。礼儀も正しい。パーシとだけは顔を合わせようとはしなかったがこんなことさえなければ、しっかりとした騎士に育ったことだろうと思う。
「本当に、こんなことさえ無ければ、でござるな‥‥」
葉霧幻蔵(ea5683)は呟いた。
少年には決意がある。
彼は目的を持って一緒に来た事も冒険者には解っていた。
「大切な者を失った気持ちは、まあわからんでもない」
思わず口に出た本音をアンドリュー・カールセン(ea5936)は少年の耳に届かないようにそっと封じる。
「パーシ殿が憎いか、親に捨てられた自分には父親の死が悲しいかは実感が無いが‥‥憎いのだろうなだが‥‥」
トレーゼもそこから先の思いを今は口に出さない。二人の思いと推察は多分同じだ。
彼の思いは理解できる。
だが認めるわけにはいかないのだ‥‥。
‥‥そっと幻蔵が森の影に消えたのを知ってか知らずか。
「そうか。ならば先に進むぞ。覚悟をしておけ。ここから先はデビルやアンデッドどもとの激戦区だ。状況はもっと酷くなるからな」
前を行く騎士が振り返って告げた。
「うっ‥‥」
少年の手が声に反応する。口元を押えるように。その心の揺れを表すように。
だが視線は前に。決意は動かないと見える。少年の思いにほんの少し頼もしさと、‥‥ほんの少しの悲しさを感じながらシルヴィア・クロスロード(eb3671)は前を行く声の主を見た。
心を揺らすことなく歩み続ける円卓の騎士。
「それにしてもパーシさんは相変わらずだねぇ。それが彼なんだろうけどさ‥‥」
肩を竦めて笑う李黎鳳(eb7109)。
その言葉に頷く事も、近くて遠いあの背中に声をかけることもできずシルヴィアはいまはただ後を追いかけていた。
○真実の涙
城一つが崩れた瓦礫。
それは冒険者にとって、少なからず想像を超えていた。
目の前に文字通り山なす石、崩れたレンガ、木。そして‥‥血と‥‥人の手。
「うぅん、本当に酷い有様だね‥‥」
ティズ・ティン(ea7694)の手が微かに震えた。
城からの騎士達が既に撤去作業に入っているが人の手でこの瓦礫の山をどかすだけでも一苦労どころではすみそうに無い。
生存者がいれば救出を、という考えが甘いものであったことをシルヴィアも黒畑緑朗(ea6426)も知る。
この状況下、どこを探しても絶望以外見つからない‥‥。
「でも、掃除のしがいはあるけどね! みんな、がんばろう!」
手の震えを隠すように元気を装って大きく飛び跳ねるティズ。 その思いを無駄にしてはいけないとワケギ・ハルハラ(ea9957)も手に力を入れる。
「ティズさん‥‥。そうですね。いつまでもこのままにしておくことはできませんから。朱さん。お約束の品お借りしてもよろしいでしょうか?」
「無論じゃ。役立ててくれ。では、仕事に入ろうかの」
朱鈴麗(eb5463)の言葉に頷くように冒険者達は動き始める。
まずは調査を始めるにしても少しはこの瓦礫を除けないことには始まらない。
「マレアガンスと戦った場所も‥‥このままじゃ近づけないものね」
瓦礫の山を見つめながらクァイ・エーフォメンス(eb7692)は呟いた。
豪奢に見えた室内も今は面影すらない。あの、運命の場所を見つけ出すのにはその場に立った彼女らでさえも手こずりそうだ。
「とりあえず、今日は状況の調査と明日以降の仕事の準備だな。‥‥リースフィア。お前はウィンスロットとキャンプの設営をしていてくれ」
「えっ? あ‥‥でも‥‥」
突然のパーシの指示に珍しく戸惑うようにリースフィア・エルスリード(eb2745)は顔を上げた。
考え事をしていたらしい彼女は横で瓦礫を睨みつけるウィンスロットに気付き、はい。と返事をする。
「ウィンスロットから目を離さぬようにな‥‥」
「はい。さあ、ウィンスロット君。行きましょう‥‥。まだ、向こうは時間がかかりそうですから」
「うん、‥‥解った」
リースフィアに肩を押されウィンスロットはその場から去っていく。
彼が振り返りざま残した眼差しは暗く、それを見送る冒険者達の思いも暗くした。
それを振り払うように仕事に戻る冒険者。
だから‥‥彼らは気付かなかった。一人いつの間にか消えた仲間の存在。
「このままではいかんのでござる。ここは拙者が人肌、じゃなかった一肌脱ぐでござる!」
その様子を彼らとは違う眼差しで見つめる者を‥‥。
冒険者と騎士たちの仕事は夜遅くまで続いた。
「お疲れ様です。いかがでしたか?」
リースフィアと一足早く戻ってきていた深雪が冒険者や騎士たちを暖かい笑顔で労う。
「思ったよりあれは時間がかかるな。少しは目処もついてきたのだが‥‥ん? ウィンスロットはどうしたんだ?」
ふと声を上げたアンドリューにリースフィアは後方を目で指した。
そこには木陰で膝を抱える少年がいる。
「‥‥何かあったのでござるか?」
「確かに‥‥ありましたね‥‥」
心配そうな緑朗に、仲間達にリースフィアはさっきの事を思い出して‥‥話し始めた。
「お父さんを返して!」
突然投げつけられた石に少年は怒りより先に戸惑いを顔に浮かべた。
それは、リースフィアとて同じ事。キャンプと食事の用意の手を止めて振り返った声は驚きに揺れていた。
そこにいるのはこんな場所にいる筈の無い者。
「女‥‥の子?」
そう、小さな女の子だった。少女と言うにはさらに幼く見える。
ウィンスロットは12歳になったばかりだと、ここに来る途中聞いた。背の低いティズが背伸びしながら
『私のほうが少しだけお姉さんだね』
と笑っていたが‥‥丁度そのティズと同じくらいだから、普通に考えれば7〜8歳。悪くしても10歳というところか‥‥。
「なんで、こんなところに‥‥」
「私はお父さんを探しに来たの! 貴方達はお父さんを殺した冒険者と王国の騎士なんでしょ!」
スカートを掴んで仁王立つ女の子は、身体を小刻みに揺らし‥‥その瞳に大粒の涙を浮かべている。
「お父さん悪い人をやっつけたら帰ってくるって約束したのに! お父さんを帰して!」
「あっ! お待ちなさい!!」
最後に投げた大き目の石がウィンスロットの肩を掠めていく。
「冒険者も、お兄ちゃん達も大っ嫌い!!」
そのまま踵を返して木陰に消える女の子。
彼女を、リースフィアは追おうとした。
「ウィンスロット君。私は、あの子を‥‥」
振り返った時、ウィンスロットが崩れるように膝をついているのを見るまでは。
「どうしたんです? まさかさっきの石になにか‥‥?」
一瞬逡巡したが、リースフィアはウィンスロットの方を選んで駆け寄り、その肩を揺すった。
見かけに変わりは無い。血も出ていない。
でも、何かで悪い仕掛けや呪いでもあったのかもしれない。
ここはデビルとの激戦地。死の森だ。
蒼白になったリースフィアの手に
「?」
ぽつん、と雫が一つ落ちる。
「‥‥えっ?」
「‥‥ボクの父さんも‥‥」
それが俯いたウィンスロットの瞳から落ちたものであると気付くまでリースフィアは少年を見つめ続けていた。
夕闇に沈んだ森が無言で話を聞いていた冒険者達の代わりにざわり、と揺れる。
「私が戻った時には、もうその少女の姿は見えませんでした。ウィンスロット君の怪我は本当にかすり傷です。リカバーをかけるまでもないでしょう」
静かに告げた深雪の言葉にほんの少し安堵の表情を浮かべながらも
「この森に女の子が?」
「子供が一人で入れる場所ではない! まさか、死霊では‥‥」
「でも、石を投げた‥‥と」
冒険者や話を聞いていた騎士たちのざわめきは止らなかった。
「騒ぐな!」
円卓の騎士が一喝するまでは。
「この森でそんなものに心を揺らしていたらキリがない。とっとと眠ろ。明日は早いぞ」
そう言うとパーシ自身は言葉通り早々テントに戻ってしまった。
「あんな物言い‥‥パーシ卿には珍しいですね」
今日の調査の結果を羊皮紙に纏めていたワケギは彼の後姿を見送りながら言った。いつもならウィンスロットに言葉をかけ労うくらいの事はしそうなのに。
「なんだか、妙にイラついているようなのでござるな」
いつの間にか戻って来た幻蔵が的を得た表現をする。そうだ。彼はどこかイラついている‥‥。
彼の平常心を崩すものは何なのだろうか?
「彼も人間です。落ち着かない時もあるでしょう。彼の言うとおり今日は明日に備えて休みましょう」
言ったシルヴィアの促しに反対するものは無く、見張りを残してその場は開かれた。
ただシルヴィアは自分が言いながらも暫くその場から動こうとはしなかったけれども‥‥。
深夜。
そっとパーシのテントの入り口が揺れた。
「眠れないのですか?」
「!!」
真っ暗だった森に指した白い光。
テントから出てきたばかりの影は動揺を浮かべたまま光のほうに顔を向けた。
「貴方は‥‥冒険者の」
「深雪、と言います。ウィンスロット君。私もなんだか寝付けなくて‥‥もしよろしければ少しお話しませんか?」
差し伸べられた深雪の手をウィンスロットは拒まなかった。
少し森の中を歩き、深雪は野営地の隅。一本の木の根元に腰を下ろす。
自然、ウィンスロットも隣に座る形になった。
「動揺‥‥しておいでですか?」
「動揺なんか‥‥して‥‥」
いないと、告げられないのがこの少年の正直なところ。深雪は少年と瞳を合せた。真っ直ぐに、でも優しく。
「もう、気付いておいででしょう?」
「何が、だよ!」
「皆、同じなんだ。と言うことが。です」
微笑む深雪から逃げるように逸らされた顔を深雪は両手で元に戻す。
「敵に回った人達も自分の正義を信じて戦ったのです。彼らにも故郷に家族が居て、きっと亡くなった事を悲しんでいる。思いは‥‥同じなのです」
「なら! 間違っているかもしれない正義の為に父さんは死んだのか? そんなの馬鹿みたいじゃないか!」
立ち上がり少年は肩を揺らす。その細くて小さな身体を深雪はしっかりと抱きしめた。
「今は、まだ難しいかもしれませんね。でも、覚えておいて下さい。人はみんな愛する事と許すことができるということを‥‥」
少年の返事は無い。
ただ‥‥揺れる肩は、思いは深雪の暖かな腕の中で静かな寝息へと変わって行ったという。
○決意の重さ
翌日からは冒険者も総出で瓦礫の撤去と調査作業が行われた。
パーシは早朝から仕事に入っている。
王宮から派遣された作業員や騎士達の指示にあたっているようだ。
森と草原、今回の戦場に残された遺体の数は三桁を遥かに超えていた。
500にも及ぼうかというその遺体の身元確認と埋葬は宮廷図書館長と冒険者だけはとても終わらない。
ひとまず騎士たちの多くがそちらに向ったので現状マレアガンス城の調査とウィンスロットへの対応は冒険者に任されていた
十三人での調査と瓦礫撤作業。
猫の手も借りたい状況で
「いいか? ウィンスロット」
アンドリューは強く、少年の名を呼び見つめた。
「荷運びや瓦礫の片付け。子供でもやるべきことはたくさんある。騎士を目指すならこれも仕事だぞ」
「どんな戦いだって、終われば敵味方は無いもんね。いろいろ思うところはあるかもしれないけど遺体を野晒しにしておくのは可哀想でしょ? だから手伝って欲しいな」
黎鳳は優しい眼差しで少年の顔を覗き込む。
唇をかんだまま、だがはっきりと少年は
「はい」
と頷いた。
「リースフィアや鈴麗の指示に従って動くんだ。だが、一つだけ言っておくぞ」
声音が迫力を帯びる。
「死者を辱めることだけは許さん。いいな」
そう言うと冒険者達は動き始めた。ウィンスロットもあとを追いかけて現場へと走っていく。
そこではすでに
「ムーンアローよ! 一番近くにある人型の遺体に乗っている一番大きな瓦礫を打て!」
爆発音にも似た音と声が響いていた。
「ふむ。またも失敗か‥‥」
スクロールを閉じた鈴麗は石の上にしゃがんで小さくため息をついている。ムーンアローが射抜いた瓦礫を手で避ける。下にあったのは若い騎士の死体だ。
服装も質素で‥‥マレアガンスでは無いと簡単に解った。
「人型の遺体が多すぎるな。もう少し絞り込まぬと難しいか‥‥」
「瓦礫の下も、また瓦礫‥‥死体も多いですし、このままではマレアガンスの遺体を見つけ出すのは難しいですね」
こちらも魔法のスクロールから顔を上げて息を吐き出すワケギ。
「最上階に近いところにいたなら、そんなに深くは埋まっていないはずですが‥‥」
「だが、デビル共が飛び出して行った場所でもあるからな。方向的にはこの辺だと思うが‥‥どう思う?」
マレアガンスの特徴を仲間に教えていたクァイもトレーゼの質問には
「多分‥‥」
と、自信なさげである。
でもやるしかない。
黙っていても瓦礫は動く事は無いのだから。
「おや。ウィンスロット。皆も来たんだな。じゃあ、本格的に探すとするか。まずはこの辺を中心に、少しずつ範囲を広げていこう」
それぞれがスコップや道具を持って動き始める。
最年少の少年もまた真剣な顔だ。その眼差しにトレーゼは
「失われたものは還りはしない‥‥か」
かつてこの場で自分が告げた言葉を思い出し、噛み締めるように呟いていた。
捜索も折り返しを迎えたある日。
「これは‥‥修理できるかな‥‥。ウィンスロット君。これ深雪さんの方に持って行ってって」
瓦礫の間から出てきた剣をクァイは少年に手渡した。
頷いて少年は瓦礫の山をトントンと降りていく。
犬達も特定個人の捜索はできなかったが血の匂いに反応し、いくつもの遺体を発見していた。
身体が原型を留めていなかったり、顔がつぶれひしゃげているものも多い。
それら全てを掘り出し、簡易担架で運び出すと冒険者達は可能な限り姿形を整え、並べ‥‥祈りを捧げていた。
「どうぞ‥‥安らかに‥‥」
だが、一番の目的の人物達はまだ見つからない。
「首謀者の死亡を確認しないことには影武者の可能性もあるからな‥‥」
その時。
「ん! トレーゼさん! ちょっと来て!!」
珍しくも大きいクァイの呼び声に、冒険者達の手が止まった。
呼ばれたトレーゼは瓦礫の上を走り渡りクァイの横へと飛んだ。
「これ、覚えてる?」
差し出されたものをトレーゼは見つめる。無論、集まってきた冒険者もだ。
「ああ」
小さな木片。だが上質の技で作られ精緻な模様が掘り込まれているそれは何か調度の欠片に見える。
「何かの破片。だね‥‥これに心当たりでもあるの?」
黎鳳の質問への答えは頷き。
テーブルの欠片でもタンスの破片でも、普段ならおそらく覚えてなどいないだろう。
だが、二人は唇を噛み締める。
例え何を忘れてもこれだけは忘れられそうに無かった。あの時、決意と共に開けた扉とその奥であった戦いは今も胸から離れる事はない。
「これはマレアガンスの部屋の奥。王妃の部屋への扉と同じなんだ」
「! ホント!」
駆け寄った冒険者達は興味深げに見つめる。
「う〜ん、私は覚えてないなあ。私達が入ったのは遅かったし、その頃はもう扉開いてた気もするし。あ、でもその扉の側にマレアガンスは倒れてたんだよね」
ティズも答える。そうこれは待ち望んでいた手がかりだ。
「‥‥ならばこの近辺にマレアガンスの遺体があるかもしれない、ということだな。‥‥ワケギ!」
「任せて下さい‥‥」
スクロールを広げ、精神を集中させるワケギ。暫し、冒険者達の呼吸以外の音が止まる。そして‥‥
「この瓦礫の真下を!」
一際大きな岩をワケギは指差した。大きく‥‥それは冒険者数人がかりでも運ぶのは難しそうだった。
「解った。皆、下がっておれ」
剣を掲げかけたティズを押さえ鈴麗が手を上げる。開いたスクロールから鈴麗の指先へと魔法が紡がれる。そして‥‥
「ムーンアロー! この瓦礫を打て!」
魔法の矢が石を打ち抜いた。石の中心に刺さった矢は楔となって石に皹を入れる。そして‥‥緑朗の小太刀がその皹を打った時。
「あっ!!」
冒険者達は砕けた石の下に銀の鎧を見つけた。
そっと手で石を除けるとそれは奇跡にも近い幸運に恵まれた遺体があった。
瓦礫に守られたのだろうか‥‥上半身と顔がほぼ無傷に近い状態で『彼』は地上に姿を現したのだ。
「どうです? お二方」
リースフィアの言葉にトレーゼとクァイの目が言葉よりも先に答えていた。
「間違いない‥‥」
と。
いくつもの刀傷にマントも服も血にまみれた騎士その表情は安らかとはいえない。
『そんな‥‥馬鹿な‥‥!?』
最後まで疑問を持ったまま死んだあの時の表情のままだと、トレーゼは思った。
横には彼の剣がある。それをクァイが拾い上げようとしたその時!
「わっ!! 何?」
ドン! 彼女を押し飛ばしその剣を奪った者がいた。
「ウィンスロット君!!」
見れば黎鳳が呼んだ少年は剣を両手で構えている。その剣の切っ先が向けられているのは冒険者でも騎士でもなく‥‥死者。
「こいつが‥‥こいつがいなければこんな戦争はおきなかった! こいつがいなければ‥‥父さんは死ななかった。こいつさえいなければ!!」
がむしゃらな震える手が真っ直ぐに剣を振り下ろそうとする。
それを
パーン!
乾いた音と
ガシャン!
重い音が静止した。
気付けば後ろからウィンスロットを羽交い絞めに押えるトレーゼと幻蔵。緑朗やシルヴィアはマレアガンスの遺体の前に立ちふさがり、パーシの槍が彼の手から剣を落としていた。
そして‥‥
「一つ聞こう」
高く上げた手を落としてアンドリューはウィンスロットの目を見つめた。
赤くはれ上がった頬を押さえ、だがウィンスロットの目はアンドリューから離れる事はできずにいる。
「この騎士が死んで悲しむ者はいると思うか?」
「それは‥‥」
少年の脳裏に少女の泣き顔が浮かぶ。目の前の男に家族がいるかどうか、など彼は知らない。
だがあの涙の雫が彼にそんなものいない、と叫ぶ力を奪っていた。
「君の憎悪は誰に向けたものだ? 今は亡きマレアガンスか、引き金を引いた円卓の騎士や王か、共に戦いながら生き残ったパーシ殿や自分のような冒険者か、それとも、苛立ちを誰かにぶつけるしか出来ない不甲斐ない自分自身か?」
トレーゼの静かな言葉がウィンスロットの熱情を冷ましていく。
「被害の全くでない戦争など無い。どんな形であれ死者は出るのだ。そして、誰も死んで悲しまない者もいない。若人なら父母や恋人が悲しむだろう。壮年の騎士ならば、妻やお前のような子が悲嘆に暮れるだろう。だが彼らは戦場に赴いた。君主との間に結ばれた深き忠誠から。戦争が終われば平和になるという思いから。そして平和を願い、自分を待つ者の為に‥‥」
「こいつさえいなければ‥‥じゃないよね。もう貴方は解っているはず。本当に言いたい言葉は『父さんを返せ。父さんと一緒に暮らす日常を返せ』でしょ。でも‥‥お父さんはその日常を守る為に戦った。貴方が精一杯生きてくれることをきっと祈りながら‥‥」
「仕える君主の違いとはいえ、双方は同じ思いで戦ったのだ。その死者を汚すことは、お前の父を汚すことにもなる。それでいいのか?」
「ねぇ、自分が何もできなかった辛さは分かるんだけど、大切な人を守れなかった力のなさを恨むなら、これから自分の手で大切な人を守れる様に努力するしかないんじゃないかなぁ。後悔する前に、努力して、それでもだめなら、また努力するしかないよ」
俯いた少年は震えた肩でただ落ちた剣を見つめている。
その剣を横から伸びた手が拾い上げた。
「パーシ卿‥‥」
「何を!」
制止の声を手で封じて
「!」
熱情の醒めた少年の手へと真剣を握らせたのだ。
「お、重い‥‥」
少年の震える手は剣の重みを両手で必死で支える。
それで、精一杯だ。
「重いか?」
答える事ができない。何故、こんなに重いのだろう。父や騎士や冒険者はそれを軽々と扱うというのに。
「剣の重さは人の命の重さだ。戦いに生きるものは、人の命を自らの奮って戦うのだ。己の守るものの為に。‥‥その重さを忘れた時、欲望に負けた時、剣が人の命だけではなく大切なものを奪うと忘れた時、その者は騎士でも戦士でもなくただの殺人者となる。この男のようにな‥‥」
カチン。
剣の重みに耐えられなかったか、それとも別の理由か。ウィンスロットの手から剣が滑り落ちた。
それをクァイは拾い上げて見つめる。自分に向けられたこの剣。
この男が騎士としての志を持っていたかどうかはあのほんの僅かな時間では解らなかった。
でも、一つ確かな事がある。剣をマレアガンスの胸元に置いてクァイは静かに告げた。
「思いをぶつけて前に進めるなら、私達にぶつけなさい。死者に、恨みに囚われ足を止めることをきっと貴方のお父さんは望んではいないわ」
「お主はこの男と同じ間違いを犯すな。そなたと同じように苦しむ者を増やす事になるのじゃからな‥‥」
そして、鈴麗は少年を胸元に深く抱きしめた。
少年の瞳に浮かんだ水が零れないように、誰にも‥‥見えないように。
ほんの少し前同じように、抱きしめてくれた者がいた。
彼女の言葉と冒険者達、そしてパーシの言葉を受け止め、ウィンスロットは涙を流す。
その光景を冒険者達は、ただ静かに見つめていた。
○祈りの木板
キン! カチン! カン!!
鉄の音が響き渡った。
埋葬の済んだ草原に、死者達に捧げるように真っ直ぐな思いと思いのぶつかり合う鮮やかな戦いが繰り広げられていた。
緑朗との戦いを終えたパーシは、連戦に疲れた様子も見せず黎鳳の攻撃をその剣で受け、弾いている。
あえて得意の槍ではなく、マレアガンスの剣で戦っているのは
「あの人が使っていた時よりも、剣が踊ってる。剣はやっぱり人の心を映すんだね」
遺品の剣を手入れしながら呟くクァイに同意するように頷く冒険者と、無言で戦いを見つめる少年に見せる為だろう。
「ウィンスロット君」
食い入るように戦いを見つめる少年に
「貴方は何を望みますか?」
リースフィアは静かな声で問いかけた。
彼女はこの依頼の中、ずっと迷いを抱いていた。有る意味少年以上に後悔を抱いて‥‥。
埋葬の仕事の最中。彼女は少年にそっとその思いを語り
「たくさんの人が亡くなりました。それぞれに想いがあり、待っていた家族がいるでしょう。家族がどんな思いをしているのか‥‥それはその人にしかわかりません。ただ、一つ言えることがあります。何を選ぶにしても、貴方の中の父君が何と思われるか、それを考えてみて下さい。‥‥貴方は、何を望みますか?」
こう問うた。
ウィンスロットはその時返事をしなかった。リースフィアも返事を無理強いはしなかった。するつもりも無かった。
けれどももう一度聞いてみたかったのだ。
あの経験と、埋葬を経て‥‥そして剣戟を見て、彼がどう思ったか。を。
「父さんは‥‥王やパーシ様に仕えられる事が誇りだと言っていた。戦争に正義なんか無いんだと解っても。僕は‥‥できるならあの時の父さんのように生きたい‥‥。僕にはまだ剣を握る力も、資格さえないから‥‥努力して‥‥それから答えを出すよ」
彼は真っ直ぐな瞳でそう答えた。
「君のお父さんの教えと姿は‥‥君の心の中に生きているのですね。その思いある限り‥‥お父さんはいつでも君の側にいるでしょう」
「答えが出たなら、それがお前の進む道だ。だが、答えを焦る必要は無い。‥‥進む道は、いつでも変えられる」
冒険者達は微笑んだ。一つの答えを得た少年を祝福するかのように。
そしてリースフィアも
「貴方は答えを出せたのですね。私は、まだどうしたらいいかわかりません。答えなんてないのかもしれません。‥‥でも、考えながら進もうと思います」
小さく微笑む。彼女もまた、彼女なりの答えを見つけ出していた。
「こんな理不尽を、戦争を起こさせない為に強くなる!!」
そう真っ直ぐにパーシに向っていった黎鳳の思いを眩しく見つめていた騎士がいた。
シルヴィアの手には行き場を失った剣がある。
「今の私は相応しくないと解っています。でも、私の主になって下さい!」
剣を捧げる事を望んだ騎士は
『誰にとって自分が相応しくないと思うのだ? お前はそれだけの価値しか無い人間だというのか?』
思いもかけず声を荒げ
『お前は、何の為に剣を握っている? 何の為に戦う? 何の為に騎士であらんとする? 我らが戦わんとするものは何だ?』
彼女にそう問うて返した。剣と共に。
あれは彼からの宿題。それに答えられなければ彼の横に立つ事さえも許されないと言う事だろう。
これは自分が出さなければならない答え。
自分を気遣うように微笑んでくれた忍者にも、誰にも頼れない。
カチン!
鈍い音が鳴った。
剣が黎鳳のナックルと腕を打ち‥‥彼女は敗北を悟ったようだ。
手を挙げでも晴れ晴れと笑う黎鳳。
だがシルヴィアの目に映るのは、金の髪を風に揺らす騎士の背中のみだった。
王国の守り。誉れ高き円卓の騎士。
剣の意味を知り、いつも、誰よりも前で戦う者。
けれどもシルヴィアには彼が誰にも抱きしめられず、誰にも縋らない孤独な一人の男に‥‥見える。
「私は貴方を守り、抱きしめたい。それでは‥‥ダメなのでしょうか?」
風に呟かれたその問いに答えてくれるものは誰もいない‥‥。
高く澄んだ声が歌う。
〜悲しみが溢れ 瞳閉じました
零れ落つ嘆きは 大地に染みゆく〜
人はいつしか朽ち果てゆくけれど
歌となり語り継がれてゆくでしょう〜
貴方の瞳に映る 世界は何色ですか
安らぎ覚えたなら そこに私はいる〜
貴方の瞳に映る 世界は何色ですか
うら深き望むなら 渡そうこの想いを〜
渡そう この全てを〜
低く、でも静かな歌声が響く。
戦いの狭間に残る貴方達〜
沈み込む景色に重なって
あの時の無念は蘇り 貴方達を蝕む〜
忘れない 戦場で 己の心に殉じた貴方達
伝えたい それを 貴方達の大切に想う方へ〜
今 貴方達が安らかに逝く為
唱を捧げるの 私達が そっと〜
クァイの、そしてワケギの歌声を聞きながら冒険者と少年は並べられた墓標を見つめていた。
「ご苦労様」
手を合せたティズの横に立つウィンスロットの手には二枚の木板が握られている。
パーシに渡された父の形見と、もう一つは冒険者達から渡された誰とも知らぬ子供の思いの欠片。
彼は墓標の前に膝を折った。それは父の物ではないと解っている。けれども、いやだからこそ彼は膝を折ったのだ。
「僕は、誓う。どんな道に進んでも忘れない。剣の重みと命の意味を。そして‥‥目の前に立つ者がいつも自分と同じ人間だという事を‥‥」
「憎しみに負けないで」
そう励ました黎鳳の言葉に頷いた少年の眼差しは、ここに来る前よりも確かに前を向いていた。
彼と共に死者の野に冒険者がどんな思いで立っていたのか。
ある者は
「私は、平和を願った貴方方の思いを受け継ぐと誓います。そして‥‥必ず責任を果して見せます」
自らの悔いと決意を捧げ、
ある者は
「義姉さん、自分は何かを守れるほど強くなっただろうか?」
遠き家族への問いかけを空に放ち、
またある者は経文と共に
「このように祈りを捧げるのは二度目じゃ。できれば‥‥最後にしたいものじゃ」
純粋な祈りを贈った。
「鎮魂の聖騎士の初仕事には相応しいが、死せる魂は鎮めれても喪われるのを救えねば意味はないか。次が無い事を祈るがその時はさらなる全力で‥‥」
十字架に真摯な祈りを捧げる騎士。
彼らの思いは違えど、一つだけ確かに同じことがある。
それは死者を前に、真実の心を捧げたと言う事だ。
酒と祈りと歌声と、真実の心。
それを手向けに死者達は大地へと還っていく。
彼らの眠りが静かであることを、冒険者達は心から願っていた。
マレアガンスの遺体は後に王宮に運ばれた。
調査の後適正に処理されたと後で、冒険者は噂に聞くことができた。
だが、モルゴースの遺体は冒険者の調査の後、さらに長く‥‥瓦礫が撤去され石の一つまで運び出され‥‥城が森から消えても最後まで発見される事は無かったという。