【赤い靴】翼の生えた踊り子

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:04月22日〜04月27日

リプレイ公開日:2007年05月01日

●オープニング

『私は‥‥もっともっと踊りたかったのに‥‥』

 むかし、キャメロットに一人の踊り子がおりました。
 彼女は天使のように美しい舞を舞うと人々の評判で多くの人に愛されていました。
 彼女の元には毎日山のように贈り物が届けられました。
 宝石や金銀、ドレス。花束。
 その中で彼女を何よりも喜ばせたのは真っ赤な絹の靴だったのです。
 赤い靴を履いて踊る彼女は誰より、何よりも美しかったと見た人々は語りました。
 でも、彼女がその靴を履いて踊る姿が見れたのはそれほど長い時間ではありませんでした。
 何故なら彼女はそれから暫くの後、命を落としたからでした。
 彼女に恋していたファンの犯行だったと聞いた者達は彼女を惜しみ見送りました。
 ですが、不思議な事に彼女がもっとも気に入っていた赤い靴は、死の瞬間まで履いていた筈の靴は、どこにも見つからなかったのです。
 それ以来、踊り子の間で不思議な噂が囁かれるようになりました。
『踊り子に翼を与える不思議な赤い靴がある。その靴を履いた踊り子は空を舞うように踊る事ができる。だが引き換えにこの世の幸せの全てを靴と踊りの神に捧げる事になる‥‥』
 と‥‥。

 彼らは、最近キャメロットに渡ってきた旅芸人の一座だと言った。
 入ってきたのは男と女。そして‥‥支えられるようにして歩く不思議な老婆。
「ここは、冒険者ギルドじゃね?」
 よろめくような足元、だがその瞳に感じる力にやや気圧されるようにして係員は彼女を迎えた。
「頼みがあるのじゃ。聞いてくれまいか?」
「それは、勿論。ここは依頼を引き受けるためのところですから」
 どうぞ、と差し出した椅子に礼を言って座ると彼女は静かに息を吐き出して依頼を告げた。
「我が一座の娘を救ってやって欲しい。名はマレーン。あの子は赤い靴の呪いに囚われてしまったのじゃ」
「赤い靴の‥‥呪い?」
「踊りを生業にする者達の間で密かに囁かれている噂です。世にも美しい赤い靴。その靴を履いた踊り子は空を舞うように踊る事ができる。けれどもそれと引き換えにこの世の幸せと命の全てを踊りの神に差捧げる事になる、と」
 伝説に過ぎないと思われていたその赤い靴を
『この靴はお前さんを選んだよ。大事におし‥‥』
 露天商から旅芸人の一座の娘マレーンが手にした時から悲劇は始まった、と老婆は言う。
 いや、マレーン自身は悲劇とは思ってはいないだろうが‥‥。
「目立たない見習いだったマレーンはその赤い靴を見つけ、履くようになってから一座で1〜2を争う踊り子になりました。ですが、それからと言うもの彼女は日に日に衰えやつれていくのです。もっと、もっと踊りたいと寝食も忘れ、恋人の思いも忘れ、ただひたすらに一日の全てを踊りに費やす日々‥‥。舞台から降ろされても彼女は街の中で踊っています」
 男は悔しそうに俯く。恋人のところに込められた微かなイントネーション。
 おそらくこの青年がマレーンの恋人だったのだろう。
「あの子の履く赤い靴には、私は邪悪なものを感じるのじゃ。何か良くないものが憑いておる。‥‥マレーンはそれに支配されているようじゃ。靴を履く前に気付けば良かったのじゃが、『見る』ことしかできぬ私には今はどうすることもできぬ」
 赤い靴を媒介にして少女に憑く何か。それは死霊かそれとも‥‥。どちらにしても良いものであろうはずが無い。
「依頼はその憑依対象の消去、ですね。ただ‥‥話を聞くとマレーン嬢はおそらく‥‥」
 依頼書を見ながら係員は呟く。これは、今までいろいろな依頼を見続けてきた者のカンであるが‥‥。
「抵抗してくるじゃろうな。あの子はもうわしらの言う事など聞かぬ。赤い靴に完全に魅入られておるのようじゃ。それに、靴が脱げないとも言っておった。本当かどうか解らんが‥‥あの子自身が赤い靴を拒絶しない限りは強制的に引き剥がすしかないじゃろう」
「でも! でもできるならお願いします。マレーンはなるべく傷つけないで下さい。あの子は本当にいい子で、才能もあるんです。あんな靴に頼らなくても‥‥きっと舞台の上で輝けるときが来ます!」

 心配そうな仲間たちの思いも知らずマレーンは踊り続ける。
「ああ、幸せ。まるで翼が生えたように踊れるわ。もっと、もっと踊り続けたい」
 仲間たちは靴を脱げ、捨てろと言うがそんなことは考えられない。
「どんなに努力しても、こんなに上手に踊れなかった。私は羽を手に入れたんだわ」
 舞台でも路上でも、人々は拍手をくれる。羨望の眼差しも感じる‥‥。
『もっと‥‥もっと踊りましょう』
 そうだ。
 他のものなどもう何もいらない。
 ずっと踊り続けたい。永遠に‥‥。

 そして少女は踊り続ける。
 もはや、痛みも感じていないのだろうか?
 つま先から滲んだ赤い血が靴をより一層深い赤へと変えた。

 

●今回の参加者

 ea0665 アルテリア・リシア(29歳・♀・陰陽師・エルフ・イスパニア王国)
 ea3071 ユーリユーラス・リグリット(22歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea8189 エルザ・ヴァリアント(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb0207 エンデール・ハディハディ(15歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 eb7109 李 黎鳳(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb7721 カイト・マクミラン(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb8942 柊 静夜(38歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

小 丹(eb2235)/ カメノフ・セーニン(eb3349)/ リスティア・レノン(eb9226

●リプレイ本文

○呪われた赤い靴
「見つからないデスぅ。もういないというのは本当みたいデスぅ。どうしましょうデスぅ」
 泣き出しそうな顔でエンデール・ハディハディ(eb0207)は李黎鳳(eb7109)の胸元に飛び込んだ。
 噂はいくらでも耳にする事ができた。
「確かにいろいろと怪しげなもの売ってたね」
「旅の商人みたいだったな。姿を見なくなって久しいよ。やたら綺麗な男とシフールでさ」
「もういない‥‥か。なんだかヤな感じがするなあ。あたしが思う奴らじゃないみたいだけど」
 黎鳳は、賑やかな露天商が集まる広場の隅でそう唸った。
「こちらも見つからなかったですね。彼らがいたのはもうかなり前らしいので、バーストは使えなかったの。でも気になる話を聞いたわ。赤い靴の話で」
「赤い靴の‥‥?」
 赤い靴。その靴を手に入れたものは踊る翼を得る代わりに全てを失うという。
 踊り手の間で囁かれていた靴を踊り子マレーンが手に入れた。
 そして噂の通り彼女は今、優雅に踊る翼と引き換えに全てを失おうとしている。
 彼女を助ける為には情報収集が必須とサクラ・フリューゲル(eb8317)は仲間と共にやってきたのだ。
 入れ替わりの激しい露天街ではもう有力な情報を得られないかと諦めていたのでサクラはそう告げたカイト・マクミラン(eb7721)に向けて目を瞬かせる。
「踊り子の間で囁かれている噂、ってあったでしょ? それがどうも怪しいのよね」
「怪しいってまさか?」
 黎鳳の表情もまた動く。
「赤い靴の噂は誰かが故意に撒き散らしたもの。そういう可能性があるということなの」
 思い出すようにカイトは呟く。
 その露天商が靴を売り始める以前、あるシフールのバードが街で歌を歌っていたのだという。
 赤い靴の‥‥悲劇の歌を。
「例えば普通の靴があったとするでしょ。その靴は普通、靴としての値段でしか売れない。でも伝説を作って歌を歌い、その伝説の靴だと言えば付加価値が付くでしょう?」
 時に吟遊詩人の歌はそんな風に利用される事がある。それ自体は決していいことでは無いが仕方の無いことだとも言える。
「でも、今回のは違うね。そんな単純じゃない‥‥何かが‥‥」
 遠い誰かを睨みつけるような思いで黎鳳は唇を噛み締める。
「とりあえず‥‥戻りましょう。皆さんが待っています」
 サクラの促しに頷いて冒険者達は賑やかな町並みに背を向ける。
 当たり前の町並みに潜む悪意を感じながら。

○囚われの踊り子
 街の広場で彼女は踊っていた。
 一座の花形踊り子マレーン。
 座頭や仲間は彼女を踊らせたくないと願っても、客は彼女の踊りを求めている。
 そして何よりマレーンは踊りを止めようとしない。
 ならせめて目の届くところでと、踊らせている。
 長老と呼ばれる老婆はそう言っていたが
「マズイわね」
「そんなに‥‥ですか?」
 小さな仲間の呟きに柊静夜(eb8942)は微かに首を捻った。
「私にはよく解りません。確かに美しく見事だとは思いますが?」
「ええ。綺麗で見事な踊りよね。でもそれだけ‥‥」
 思わず口をついた言葉がイラついていることをエルザ・ヴァリアント(ea8189)は自覚していた。
 話を聞いたときからエルザが腹を立てていることに仲間たちは気付いている。
「るるるのる〜。あんまり怒っちゃダメですよ〜。皺が増えるです〜」
 竪琴を弾くユーリユーラス・リグリット(ea3071)の言葉にはきっぱり説得力が無い。大小の差はあれ冒険者達は皆同感であり、同感であるからこそここにいるからだ。
「でも、あれは放ってはおけないわよ。うん‥‥あのままだと遠からず自滅するわ」
 アルテリア・リシア(ea0665)は真剣な目で頷く。
 踊り手と楽士。踊りに関しては専門であるが故に彼女達の『診る』目は厳しい。
「自滅??」
「そうよ。踊りっていうのは身体を作る事から始まる。彼女の場合、高度な踊りに身体がついて行っていないのよ」
「彼女は踊る事そのものが目的になってる。賞賛や利益や、身体の都合は二の次。ただ踊るから楽しい‥‥」
「それじゃダメなの。本来自分のものではない踊りを踊り続けてる彼女の身体は、もう限界に近い。早く止めないと!」
 アルテリアは手の中のカードを捲る。崩れ落ちる塔のカードは偶然にしても暗示的だ。
 ふと、思い出したようにユーリユーラスはエルザの肩に止まった。
「そうそう。エルザさ〜ん。おばあちゃんから伝言ですよ〜。後ろに見える影は一つ。かなり強い力を持つ女っぽいって〜」
「‥‥ならば‥‥お役に立てるでしょうか?」
 静夜は両手に持った矢の無い弓を握り締める。友人リスティア・レノンから借りたものだ。
 彼女の状態が本当に『そう』だとすれば、そしてこのまま自滅させてしまったら‥‥あまりにも救いが無い。
「あ、今、エンデさんたちが行きました〜」
 人々がざわめいている。
「いよいよね。行きましょう!」
 駆け出す冒険者達。
「‥‥だからこそ。許せない。私が解き放って見せるわ」
 風のように彼女達が去った後にはそんな小さな囁きだけが残っていた。

○翼持つ挑戦者
「どうして、みんなあんなステキな笑顔をしているの?」
 呆然とするマレーンに
「どうしてだと思う?」
 アルテリアは静かに微笑んだ。

 今からほんの少し前。
「マレーンさん! 勝負デスぅ〜!!」
 突然の客席からの乱入にマレーンは驚きの眼差しを浮かべていた。
「貴女は‥‥どなたです?」
「あたしはエンデ。踊り子デスぅ〜。どっちが皆を楽しませるかいくデスよ〜」
 シフールの踊り子はマレーンの返事も待たず
「ハイ! ハイハイハイハイ!」
 手拍子でリズムをとり観客達に向けて笑いかけた。
 蝶のように軽やかに踊るエンデ。竪琴が要求する複雑なステップは空に飛んでいても花のようにエンデの中で開いて、観客を楽しませている。
 そう、手拍子とハミングと共に見つめる観客達は突然の乱入を差し引いても彼女のリズムを楽しんでいた。
「どうし‥‥て?」
 その光景をマレーンはただ、呆然と見つめている。
 勝負以前の問題だった。
 エンデは技巧も確かに卓越している。だが、それだけなら今のマレーンをここまで驚愕させるものではない。
「どうして、あんなに楽しそうに踊るの? キレイに踊れるから? だからあんなにステキな笑顔なの? みんなにステキな笑顔をさせられるの?」
「逆よ!」
「えっ?」
 背後からの声にマレーンは首を振る。そこには剣を持って立つエルザがいた。
「彼女はステキな笑顔だから皆が惹かれるの。彼女は自分自身の力で道を選び、自分自身で踊りを磨いてきた。だから彼女は笑顔で踊り、だからこそ観客を笑顔にするのよ」
 満場の拍手に感謝の礼を捧げたエンデの待つ舞台にエルザも上がっていく。
「貴女はまだ自分だけのものを見つけていないのでしょう? それなのにそんな借り物の力に魅入られてちゃ、見つけられるものも見つけられないわよ?」
 すれ違いざま、そんな言葉をマレーンに落として。
 観客とは現金なものだ。さっきまで魅入っていたマレーンの踊りなどもう覚えている者は誰もいまい。
 〜♪〜〜!
 始まったエルザの踊りにユーリユーラスの竪琴が今度は勇壮な音を添える。鮮やかで激しい炎の舞。
 全てが彼女の踊りを見つめている。マレーンを含めて。
「どうして?」
「心の入ってない形だけの芸事が人々の心を打つことは無い。それが心理よ」
「もう、答えは解っているのでしょう?」
「私の踊りに心が無い‥‥と」
 カイトの言葉に震える少女の肩をアルテリアはそっと抱きしめた。
「貴女はいったい何の為、誰の為に踊っているの? どんなに技巧があってもそれを忘れては価値はないの。例えおぼつかない踊りでも、それが充実している人の方があたしは素晴らしいと思うもの」
「誰の‥‥為? ‥‥私は皆が笑顔になるのが‥‥嬉しくて‥‥、あの人の竪琴で踊るのが‥‥楽しくて‥‥、いいえ、私は、ただ‥‥踊りたくて‥‥」
「一座の皆さんがおっしゃっていました! 貴女の踊りは優しくて、人の心を暖かくする力を持っていたって。思い出して下さい! 本当の貴女の踊りを!」
 空虚な眼差しで空を見上げるマレーンにサクラは必死で呼びかけた。
 感じる。
 マレーンの中の、いや靴の中の『彼女』が反応しているのが‥‥。
 舞台の裏にマレーンごと冒険者達は身を潜めた。
「黎鳳さん。お願いします」
 弓を握り締めた静夜の真剣な眼差しに黎鳳は頷いた。もう横ではカイトが準備に入っている。
「‥‥解った。任せて!」
「悪霊退散! 彼女から離れなさい!」
 ピーーン!
「うっ!!」
 響いた音と聖水の雫にマレーンの身体が雷に打たれたように爆ぜた。同時に小さな石から溢れる不思議な力が彼女を包み込む。
「マレーンさん! しっかり!」
 彼女を抑えていたアルテリアは微かに唸り声を上げた。
 暗い影がマレーンの身体から抜け出てくる。
『‥‥私はもっと‥‥踊りたい。私は‥‥踊らなきゃ‥‥』
「踊りたかったんだね。でも‥‥もう終わりにしよう!」
 黎鳳は高く手を上げた。自らに白い光を纏わせて。
「赤い靴からの呪縛の解放を! 貴女も‥‥マレーンさんも」
 カイトの指から紡がれるのは銀の光。
 構えられた刀に銀剣。そして炎の刃。
「もう、赤い靴は必要ない!!」
 誰からとも知れない言葉と、行く筋もの光。竪琴の音色。そして遠い満場の拍手に送られるように暗い影は静かに消えていった。

○人の翼
 黒く細い筋が空へ立ち上っていく。
「そう、そこでステップ。上手デスぅ〜」
「ねえね、私にも教えて〜」
 楽しげに踊る少女達を見つめながら冒険者達はその炎を見つめていた。
「あの伝説が真実か、あの靴が本当にそのものかどうかは、解らないんだって」
 カメノフ・セーニンや小丹の報告を聞きながらカイトは静かに目を閉じる。
 あの赤い靴の正体は気になるが
「もうどうでもいいわ。もう後腐れなく燃やしちゃいましょ。こんなもんに頼っていいことはないわ」
 黒い影が消え、エルザの提案どおり靴も燃やした以上真実は解らない。
「でも大丈夫よ。彼女はちゃんと大事なものを取り戻したから。靴になんか頼らないわ」
「遠回りでも自分で得たものだからこそ人は感銘を受けるのです。長い道のりかもしれませんが一人でも‥‥無いですしね」
 シャン! お礼にと貰った鈴をアルテリアは手の中で揺らした。
 恋人の救出のお礼にと依頼に来た青年がくれたものだ。
 彼女を支えてくれる者がいるなら、きっと同じ轍を踏む事は無いはずだ。
 静夜の言うとおりどんなに長い道でも
「夢は自分の手で叶えてこそ、だもんね」
 黎鳳にとってそれは、彼女にそして、自分に向けて告げた言葉でもある。
「遠い夢に向けて、人は高みを目指す。
 人には翼はないけれど‥‥誰でも翼を持っている。
 それは鳥の翼のようには見えないけれど。
 それは鳥の翼のようには飛べないけれど。
 人の背おう翼は夢へとたどり着く為の想い。
 その翼があるなら人はどこへでもいけるし、何にだってなれる‥‥」
 立ち上る煙と、少女にむけてサクラは静かに手を合せた。

「貴女にも翼がある事を私は祈ります」

 冒険者達が少女マレーンの『初舞台』の噂を聞いたのはそれから暫く後のことである。