【水仙の夢】ナルシス・ホワイト

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月01日〜05月06日

リプレイ公開日:2007年05月08日

●オープニング

 ‥‥いつも夢を見る。

 一人ぼっちで泣いている自分。
「拾われっ子のお前の代わりなんかいくらでもいるんだからな! ちゃんと働け!」
 辛い日々の終わり、慰めてくれるのはいつも、水に映った自分。
 いや、違う。自分はあんなふうに微笑む事はできないのだから。
 同じ顔をして水の中で幸せそうに笑う『あの子』は少女にとってはまるでお姫様のよう。
「‥‥は‥‥一人じゃない。‥‥が付いてる‥‥」
 水に映ったその手に手を伸ばす。
 もう少しで掴めそうなのに‥‥いつも手はあと少しのところで届かない。
 そして、いつも目が醒める。

『一人じゃない‥‥』
 夢の中のあの子はそう言った。
 でも自分は変わることなく一人ぼっちだ。
「寂しいよ‥‥、誰か、助けて‥‥」
 涙に答えてくれるものは、誰もいない。
 部屋の片隅に置かれた小さな空き瓶に刺さった白い水仙の花だけだった。


「あの‥‥お願いが、あるんです」
 息をきらせて冒険者ギルドにやってきた少女はそう言って頭を下げた。
 その姿に係員は思わず目を瞬かせカウンターから飛び出した。
 もう春とはいえ、少女は裸足。しかも半そでで上着も着てはいない。
 しかも、あちらこちらに青い痣が見えている。
 髪は荒れているが長い栗色で、青の瞳には知性の光がある。
 整った顔の美しい少女であるだけに、痛々しい。
「どうしたんだい? 君。その格好は? 盗賊にでも襲われたのかい?」
 両腕を優しく握る係員に、少女は慌てて首を横に振った。
「あ‥‥いいえ。仕事の途中、抜け出してきちゃったので。すぐ戻らないとおかみさんに怒られるんです」
 キョロキョロと周囲を伺いながら少女はポケットからたった一枚だけの銀貨を差し出して言った。
「お願いです。私を探してください!」
「えっ? どういうことだ?」
 膝を折り‥‥おそらく十歳前後の‥‥その少女と目線を合せていた係員はその唐突過ぎる依頼に目を瞬かせた。少女も、言葉が足りなかったと気付いたのだろう慌てて、依頼を補足する。
「私はナルシス。この近くの野菜売りの店の拾われっ子です。子供の頃、おかみさんに拾われて家事や店の手伝いをしています。身よりも兄弟も無くて‥‥何より拾われる以前の記憶がなにも無いので‥‥あ、ナルシス‥‥って名前も、拾ったところに水仙の花が咲いていたからって‥‥。だから私はずっと一人だと思っていたんですけど‥‥最近店に来た人が言うんです」

『ナルとよく似た奴を向こうで見かけたよ』
『おや? 背が伸びたと思ったのに違うのかい? この間すれ違った時、随分背が伸びたと思ったのに』
『そう言えばあの子の髪は短かったっけ。背も高かったしな。でも、よく似てたなあ〜』

「そして、この前、私も見たんです。人ごみの向こうだったからよく見えなかったけど私と同じ顔の人を‥‥」
 買い物の荷物もちの最中。必死にかけた声は人ごみにかき消され、伸ばした手は届かなかった。
 でも、確かに見たのだ。
「宿屋の方に向かって歩いていきました。一人なくて、上品な服を着た紳士と一緒で。夢だったのかもしれません。でも私、知りたいんです。それが誰か‥‥」
 その『子』はとても幸せそうに見えた。夢に見たもう一人の自分だとは思わないけれど、自分を助けに来てくれたとは思わないけれど‥‥。
 震える少女の手を係員は強く握り締めた。
「‥‥本当の依頼はそれだけじゃないね?」
 暖かいぬくもりに、少女はためらいがちに首を前へと傾けた。
「ひょっとしたら、その人は、私を知っているかもしれない。その人に合えば‥‥ひょっとしたら私が誰か解るかもしれないから‥‥。私、一人なんです。友達も家族も誰もいなくて‥‥だから‥‥」
 解った、と言いかけた係員の後ろで
「お母さん! いたよ!!」
 怒鳴り声と共に扉が開いた。開けたのは体格のいい少年。そして後ろから恰幅のいい女性が足音を立てて入ってくる。
「ナル! こんなところで何をしているの! 仕事の途中で抜け出して! さあ、帰るわよ!」 
「あっ! おかみさん」
 少女は力任せに手を引かれていく。
 その途中女性は思い出したように踵を返して係員の前に立った。
「うちの子がお騒がせしたようで。この子が何をしにここに来たかは知りませんが、うちには依頼をするようなことは何もありませんから! この子は記憶を失って彷徨っていたのを息子が拾ってきたので‥‥時々変な事を口走るんですよ。自分を呼んでるような声がするとか。まったく迷惑な話ですよ。では、これで!」
 言葉は一応敬語であったが、彼女が苛立っているのは様子から簡単に見て取れた。
 半ば引きづられるように去っていく少女に係員はウインクする。
 それを顔で遮り後を追う少年は係員に舌を出していった。
 見る限り、彼女の周囲は彼女にとって幸せな環境であるとは言えないようだ。

「だからこその、依頼なんだろうな‥‥」
 係員の手の中には少女が残していった汗に汚れた一枚だけの銀貨が残されていた。

 
 

●今回の参加者

 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb9112 グレン・アドミラル(34歳・♂・侍・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec2438 レイシオン・ラグナート(27歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

木下 茜(eb5817)/ トレント・アースガルト(ec0568

●リプレイ本文

○二つの依頼。
 冒険者ギルドにはいつも複数の依頼が貼り出されている。
 その中から冒険者は自らに合った依頼を探し、受ける。
 受けた依頼に全力を尽くすため、本来、自分の依頼以外のことまで気を配るものは少ない。
 だが‥‥。
「すみませーん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど‥‥? 受付係さん、不思議そうな顔をされてますね、どうなされたんですか?」
 ギルドに戻って来たヒルケイプ・リーツ(ec1007)は冒険者に囲まれた係員に問いかけた。
 普段なら話中の相手の邪魔をすることはあまりしない。だが‥‥
「少し気になる事があって‥‥」
 グレン・アドミラル(eb9112)は話の邪魔をした事を詫びるように頭を下げる。
「失礼し‥‥ん? これは」
 ふと一枚の絵姿に動きが止まった。少女の笑顔がある。
「何でこんなところにナルシスさんの絵姿が‥‥」
 さっきまで見てきた少女のありえない笑顔が。
「? これはエリュシスさんという方が探している妹さんの絵姿ですよ。‥‥想像図ですが」
 似顔絵を描いたと言う女性が微笑する。彼らは別の依頼を受けている、という冒険者達。
 その少年エリュシスの依頼こそが、冒険者達も気になり足を運ばせた理由だった。
「これは、偶然? いえ、偶然と呼ぶにはあまりにも不思議なめぐり合わせです」
 レイシオン・ラグナート(ec2438)は祈りを捧げるように手を前で組んだ。
 二つの依頼に集う冒険者と仲間の顔。
 係員の顔と似顔絵の少女を見つめて。
「ひょっとしたら、私達の考えている仮説は同じかもしれませんね」
 彼ら全ての顔を見つめ言う青年は静かに微笑んだ。
「ご協力、頂けませんか? けなげな思いを抱く花達を助けるために‥‥」
「勿論」
 瞬間の躊躇いも無く九紋竜桃化(ea8553)は頷いた。
 花の季節。
 笑顔という花を、少女に開かせる為に彼らは既に心を決めていたのだから。

○銀色の希望
「すいませーん、このお店って配達とかしてもらえます?」
「はい、いらっしゃい。毎度ありがとうございます。配達ですね。大丈夫ですよ。どこまででしょう?」
 客の来訪を女主人は手もみして出迎えた。
「冒険者街までなんですけど、ちょっと量が多いんですよねえ。桃化さん?」
「そうなんですわ。私達これから他の方にも回らなければならないから、誰かに持ってきて欲しいのですけど」
「お急ぎですか?」
 いい客へのあからさまな態度。思いを胸に隠し、彼女らは周囲を伺った。
「いた!」
 店の奥に昨日も見た少女ナルシスがいる。
 木下茜の報告どおり彼女の生活環境が良くないことは、ここから見ただけでも解った。
「間違いないわね‥‥」
「ええ、彼らに連絡を」
「お客様?」
 声を潜めて会話を交わしていた二人は慌てて話を切る。
「できれば今日中に。大丈夫かしら」
 お客様は神様。できなくてもやる、というのが商人というもの。ちらりと奥を見た婦人は予想通りの言葉を言ってくれた。
「かしこまりました。今日中ですね。それなら、うちの子供たちに向かわせますわ」
「ではお願いします。ヒルケさんは品物を選んでくださいな」
「はーい!」
 婦人と桃化の会話。
 その隙をそっと見て、ヒルケは
「ナルシスちゃん?」 
 奥で働く少女に声をかけた。
「‥‥なんでしょうか?」
 少女は怯えたように身を縮ませている。小さな溜息が思わずヒルケの口から漏れた。そして‥‥
「大丈夫。心配しないで‥‥私達はね‥‥」
 婦人に見つからないようにそっと、少女の耳に希望を囁いた。銀の光と共に。
「はい。了解しました。本日の夜までには必ず‥‥! ナルシス! 何やってるんだい! お客様に失礼してるんじゃないだろうね!」
 咎める様な厳しい声が少女の上に降る。
「あ、ゴメンなさい。おかみさん!」
 庇うようにヒルケは手を横に振った。
「違う、違う。この子にね、品物の説明をしてもらってたの、だから怒らないで。‥‥じゃあ、注文の品持ってきてくれるの、あなたかな? じゃあ、後でまたね」
 離れながら小さくウインク。
 何事も無かったかのように離れて去っていくヒルケに、婦人もそれ以上の不審を抱きはしなかったようだ。
「こら! サボるんじゃないよ! 早く掃除をする! それから今の人たちの注文の品を運ぶんだからね。ハンス! 一緒に」
「解りました。今すぐにやります」
「あ‥‥うん」
 いつになく笑顔の少女とは対照的にハンスと呼ばれた少年の顔は、曇っていた。
 その意味に気付いていたのは彼の様子をじっと見つめ
「君? ちょっといいかな?」
 呼びかけたレイシオンだけだったろうけれど。

○双子水仙
 結果としてナルシスは一人で店を出たようだ。両手一杯の籠に山盛りの野菜を持って。
 少女一人で運ぶには重すぎる荷物だが、出発直前に入った大量注文に一緒に行くはずだったハンスが手を取られてしまったから仕方が無いだろう。
 無論、それも冒険者が仕組んだ事であったのだが
「グレンさん達、うまくやってくれたみたいだね。あ、来た来た! ナルちゃ〜ん!」
 こっちだよ〜。ヒルケは嬉しそうに手を振る。
 その手招きに答えるようにナルシスは思い荷物を持ったまま足を早めていた。
「ごくろうさま。重かったでしょ?」
「大丈夫です。それより、ありがとうございます。私の依頼を受けてくれて。私を信じてくれて‥‥」
 ナルシスは籠を地面に置くとペコリ、頭を下げた。
 さっき、ヒルケはナルシスにこう囁いたのだ。
『私達はあなたの依頼を受けた冒険者よ。私達の野菜を持ってそっと出てきて』
 今まで、ずっと一人だった。
 誰も彼女の話を聞いてくれる者はいなかった。
 自分のちっぽけな依頼に応じてくれた冒険者がいる。ナルシスにとってそれが実は何より嬉しかったのだ。
「あれは、夢の話です。おかみさんに怒られたし‥‥もういいんですけど‥‥」
 冒険者に迷惑をかけてはいけないと思ったのだろう。ナルシスの背後で
「女の子に、こんな重い荷物を持たせるなんて!」
 後ろからどこか怒るようなそんな声が聞こえてきても
「大丈夫です。これくらい‥‥。いつものことですから」
 気にならないくらいに笑う。
「ねえ、ナルシスさん。その声に聞き覚えは無い?」
「えっ?」
 桃化はそう言って微笑む。彼らはもう実は確信できていた。
『彼』が後ろに立った時点で。二人が並んだ時点で。
「神は貴女を見守っていますよ」
「シアティス!」
 呼び声に思わず振り向くナルシスの眼前には、水面に写り揺れる水仙のようなもう一人の自分が立っていた。
「貴方は‥‥まさか‥‥」
「君は一人じゃないんだ。僕が、皆が付いてる!」
 声、そして差し出された手と共にナルシスの脳裏で記憶がフラッシュバックする。遠い昔、あまりにも遠くて消えてしまっていた思い出。
 生まれた時から一緒にいたもう一人の自分。
「ずっと、探していたよ。シア‥‥僕の妹‥‥」
「お兄‥‥ちゃん?」
 抱きしめあう二人。彼らにもう余分な言葉などは不要だろう。
「‥‥二人にしておいてあげましょう」
 桃化の言葉に護衛の白い青年も遠くから見ていた冒険者達も静かにその場を離れた。
 長い間離れ離れだった双子水仙は今、やっと再会の時を果したのだ。

○白水仙の願い
「いろいろ、お世話になりました」
 キャメロットの門の前でシアティス、いやナルシスは笑顔で冒険者達に頭を下げた。
「いいの。いいの。ノルマンに行っても元気でね!」
「はい!」
「これからは僕が、必ずシアを、ナルシスを守ります」
 兄に守られた少女の微笑みは本当に花のようでヒルケも思わず嬉しさに微笑んでしまう。

 二人の再会の後、冒険者達は総出でナルシスの今後の為に動いた。その成果がここにある。

「本当の家族が見つかったのです。やはり家族は一緒に暮らすべきでは無いでしょうか?」
 桃化の言葉に婦人は半ば剣幕を起こして反論した。
「あの子はうちの子ですよ。育てるのにどれほど苦労したか‥‥」
 その説得に冒険者は見事な連係プレーで当たった。
「ではあの子は養子なのですか? 使用人なのですか? 聞けばだいぶ酷い扱いをされていたようだが‥‥。場合によっては虐待の事実を公的に‥‥」
 騎士であるグレンが相手の言い分を聞きつつ強気であたり、
「ノルマンで噂の破滅の預言をご存知ですか? 『死神の顔は赤い発疹に覆われ、腫れ膿んでいる』‥‥ああ、この果実の様ですね。『相似の片割れを失いし青い目の破壊の主は災厄を撒き散らし‥‥』おや彼女は青い瞳ですか。何たる偶然。彼女に酷い事をしていたのなら災厄はさらに広がるやも。おおこの店に神の慈悲があらん事を」
 さらに罪の意識を呪いの恐怖で後押ししたレイシオンの演技は婦人を怯えさせた。
 そして最終的にはナルシスの兄エリュシスの養父が彼女を引き取り養育費を出すということで解決させたのだ。

 だが総出、とは彼ら四人だけのことでは実は無い。
 双子の身元を調べ、手続きに動いてくれたもの。
 何よりエリュシスの養父を説得し共にノルマンで養育してくれるという約束を取り付けてくれた冒険者達の力も大きかった。
 だから、彼らは総出で見送る。
 お礼にと貰ったワイン以上の宝、少女の笑顔と言う報酬を皆で確かめるために。

「ありがとうございました。またいつか‥‥!」
 少女は笑顔で旅立っていく。
 それを影から見送る少年がいたことを冒険者はあえて少女に知らせず伝えなかった。
『今、彼女の笑顔はあなたに向けられはしない。神は助けたあなたの行いは喜んでも今の行いは‥‥解りますね?』
 レイシオンの言葉に涙した少年の思いは、今の彼女には重いだけだろうから。

 もし、運命が許すなら二人の未来がまた交差する時があるかもしれない。
 旅立った少女がイギリスから持ち行ったのはしおれかけた一輪の白水仙と名前のみ。
 その両方の送り主がこの少年であるなら。きっと‥‥。

 花々と笑顔に見送られ、少女は新たなる人生に向けて旅立っていった。