【水仙の夢】ナルシス・ブルー
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月01日〜05月06日
リプレイ公開日:2007年05月08日
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●オープニング
‥‥いつも夢を見る。
一人ぼっちで泣いている少女。もう一人の自分。
「拾われっ子のお前の代わりなんかいくらでもいるんだからな! ちゃんと働け!」
彼女は遠い水鏡の向こうで苦しんでいる。
自分はこんなに幸せなのに。
「君は一人じゃないんだ。僕が付いてる!」
水に映ったその手に手を伸ばす。
もう少しで掴めそうなのに‥‥いつも手はあと少しのところで届かない。
そして、いつも目が醒める。
『一人じゃないんだ』
夢の中のあの子にこの声は願いは届いているのだろうか。
水辺を歩いていた少年は、水面を見つめる。そこには同じ顔が映っていた。
「ごめんね。もう一人の僕‥‥。必ず助けるから‥‥」
「エリュー。行くぞ!」
駆け出した『彼』の足元には静かに寄り添うように並んで咲く水仙の花が空を見上げていた。
まだ駆け出しの係員はその北方から来たという親子の依頼を丁寧に聞いて書き取っていた。
「えっと依頼人はお子さんの方でいいんですか? エリュシスくん。で、探して欲しいのは妹さん?」
はい、とその少年エリュシスは柔らかい栗色の髪を揺らし頷いた。
この国の言葉が堪能ではないという父に代わって十四歳という年に合わない落ち着きを持ったエリュシスは、テキパキとした態度で依頼を出していく。
「今から八年前、両親と一緒に旅をする最中、盗賊に襲われて両親を失いました。そしてそのまま連れ去られてしまったんです」
追われた彼らが逃亡の人質にするつもりだったのか。それとも他の意図があったのか解らない。
だが、最悪の状態になる直前、盗賊は捕らえられ彼は解放された。
彼を解放したのは若い戦士だったというがエリュシスは正直覚えていない。
その後、身寄りを無くし行き場をなくした彼に、ノルマンの旅人が目を留め家族として迎えてくれて今に至ると言う。
「僕を引き取ってくれたのは裕福で暖かい家庭で、僕は幸せに暮らしています。でも、どうしても心残りがあって‥‥今回父に頼んで無理を言ってイギリスに連れてきてもらったんです」
「心残り? それが妹さん?」
もう一度エリュシスははい。と頷いた。
自分達は男と女の双子で、一緒に同じに生まれた妹がいたはずなのだ。と。
「盗賊に襲われた時の記憶はあやふやで‥‥長い間、僕は妹も死んだものだと思っていました。でも、最近良く夢を見るんです。僕と同じ顔の少女が一人ぼっちで寂しいと泣いている夢を」
それは、ひょっとしたら死霊の声なのかもしれない。
けれども、もし生きているのなら会いたい。そして‥‥助けたい。
「手がかりは、正直ありません。生きているのか死んでいるのかも、よく解らないんです。でも、少しでも可能性があるなら探したい。確かめたい。そして、生きているなら助けたい。よろしくお願いします」
その青い瞳に浮かべた涙に偽りは無いと見ただけで解る。
二週間イギリスに滞在し、ノルマンに戻るという彼の連絡先を聞いて係員はその依頼を大事に受け取り、受理した。
「ん?」
戻って来た係員は、何故か入れ違いに出て行った親子の後姿に足を止めた。
「お帰りなさい。先輩。今、依頼人がきて‥‥」
先輩の帰還に新米係員は受理したばかりの依頼書を差し出し説明する。
「なんだか‥‥似たような依頼をついさっき受けたな」
呟く係員は、まさかな。と首を横に振る。
いくらなんでも背と年が違いすぎる。20センチは身長差があったはずだ。年も随分違って見える。
「でも、よく似ていた‥‥、まさか‥‥」
二つの依頼を並べながら係員は、脳裏に浮かんだ一つの仮説がいつまでも頭から離れなかった。
●リプレイ本文
○二つの依頼
冒険者ギルドにはいつも複数の依頼が貼り出されている。
その中から冒険者は自らに合った依頼を探し、受けるのだ。
受けた依頼に全力を尽くすため、本来、自分の依頼以外のことまで気を配るものは少ない。
だが‥‥。
「あの‥‥この、依頼書は‥‥?」
そう呟いて指を指したエスナ・ウォルター(eb0752)に係員は説明してくれた。
二つ同時期に並んだ依頼の共通点に係員も、気付いていたからだ。
「ふむ、夢に見る家族を探す美少女ですか‥‥。ということはですね。ちょっと失礼」
がさごそがさごそ。
ギルドの掲示板にでも貼り出す予定だった尋ね人の張り紙をレジーナ・フォースター(ea2708)はバックパックから取り出した。
「はい! これ、依頼主さんから聞いたウォンテッド予定の妹さんなのですが〜」
「ん? ぬあああーっ!」
半ばダメ元、冗談のつもりでの確認だったのに、係員はいきなり大声を上げる。
「のあー!なんですか?」
「あの時は一瞬だったけれど、こうしてみれば‥‥この子は‥‥、この顔は‥‥」
こんな偶然の一致があるのだろうか? 驚き震える係員の手にエスリン・マッカレル(ea9669)はそっと自分の手を重ねた。
「どうした? 係員殿、その話詳しく聞かせて貰えるかな?」
係員の、そして冒険者達の脳裏へ浮かぶ一つの仮説。
折りしも丁度その時明るい銀髪の女性がカウンターに割り込んでくる。
「すみませーん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど‥‥? 受付係さん、不思議そうな顔をされてますけど、どうなされたんですか?」
「少し気になる事があって‥‥失礼‥‥ん? なんですか? 何でこんなところにナルシスさんの絵姿が‥‥」
やってきた冒険者達は、一様に不思議そうで怪訝そうな表情を浮かべている。
「ナルシスさん? これはエリュシスさんという方が探している妹さんの絵姿ですよ。‥‥想像図ですけど」
レジーナの返事に顔を見合わせあう別の依頼の冒険者達。
「これは、偶然? いえ、偶然と呼ぶにはあまりにも不思議なめぐり合わせです」
祈りに手を組む青年が、彼らの思いを代弁する。
仲間と別の依頼の冒険者。
係員の顔と似顔絵の少女。
「ひょっとしたら、私達の考えている仮説は同じかもしれませんね」
彼ら全ての顔を見返して、ロッド・エルメロイ(eb9943)は頷いた。
「ご協力、頂けませんか? けなげな思いを抱く花達を助けるために‥‥」
「勿論」
躊躇わずに頷きが返る。
花の季節。
二つの希望という花が今、開こうとしていた。
○心からの願い
八年ぶりの故郷など異邦の地に等しい。
「エリュシス。あまり‥‥出歩くな。土地勘など無いのだろう?」
きょろきょろと首や顔を動かしながら周囲を見るエリュシスにアザート・イヲ・マズナ(eb2628)は静かに声をかけた。
「だって、じっとなんかしていられないよ!」
「解った。かまわん」
アザートはそれだけ言うと口を閉じる。逆にエリュシスの方が焦ったように目を瞬かせた。
「あれ? 止めないの?」
「止めたら止めるのか?」
「止めない。こうしている間にもシアが泣いているかもしれないのに!」
冒険者ギルドに依頼を出した時とは違う、少年の素の姿、素の願いにアザートはそれ以上何も言わなかった。
自分の予定を聞いて来た時からアザートは自分に付いて来ている。それは見知らぬ街をうろつく自分が危険だからだろう。だから、戻れと止められるのだとも思っていた。
「そうじゃない。一応の護衛だ」
嘘の無い思い。エリュシスは足を止め深く頭を下げた。
「ごめんなさい。ありがとう‥‥。本当だったら僕はもっと早くシアを探し出すべきだったんだ。人の手を借りなきゃシアを探せない。こうして皆に心配かけて‥‥」
落ち込むように下を向いた顔はなかなか戻らない。
「何をどう思おうとお前の勝手だが‥‥。まあ、ちょっと来い」
ふと何かを思い出したようにアザートは半ばエリュシスの手を引いた。
「えっ? 何を??」
連れて行かれたのは彼らの宿屋。エリュシスの部屋の隣の部屋の前だった。
「父さんの‥‥部屋? 何で?」
首を傾げるエリュシスの疑問に答えたのは一本の指と
「差し出がましいとは解っていますが、お願いがあります」
静かなで小さな声。だが心から人を思う願いだった。
「その‥‥もし、妹さんが見つかったら‥‥もし、彼女が助けを求めていたら‥‥彼女も、引き取ってもらえるんでしょうか‥‥?」
『それは、今は解らないと言っておこう』
エスリンの通訳は養父の思いを率直に冒険者に伝える。
「でも! ならば何故ノルマンからわざわざ」
元は跡継ぎを求めてエリュシスを引き取ったこと。
どうせ見つからないだろうという思いを持っていたということまで。
「では、改めてお願いできませんか? 夢にまで出る程の二人の絆を守るために、どうぞお力を‥‥」
「皆さん‥‥」
冒険者達の自分達を気遣う思いが、願いが扉越しにも伝わってくる。
それは、直接思いをぶつけられた養父も同じだったのだろう。暫くして
『解った。息子は幸せ者だ』
そんな答えがどこか嬉しそうな声と共に聞こえてきた。
「お前は、一人ではないということを忘れない事だ。それこそ妹に伝えたい事だったのだろう?」
「はい‥‥」
自分の幸福をエリュシスは噛み締めていた。そして、その幸福を妹に伝えようと改めて心に誓ったのだった。
○再会のぬくもり
冒険者達とエリュシスの元に連絡が届いたのは、それから暫くの事だった。
二つの依頼の冒険者達の裏付け確認が終了。
探していた少女と思われる人物が見つかった、と。
「向こうの冒険者達が再会の為の段取りもつけてくれたそうです。ただ、彼女は記憶を失っているとか。‥‥後は貴方次第です」
ロッドはエリュシスに笑顔で囁いた。
「はい!」
強く手を握り締めるエリュシス。エスナはその肩に入った力を抜くように抱きしめた。
「大丈夫。絶対上手く行きます。頑張って!」
「ありがとうございます。行きます!」
見れば、約束の場所で銀の髪の冒険者が手招きしている。
いよいよ、再会の時だとエリュシスは駆け出して行く。
「‥‥再会は本当に良い事だと思うか?」
「えっ?」
エスナはふと隣で呟くアザートを見た。
「お前達はあの娘が妹であった時、兄妹が共に暮らせるように、と手を尽くしていた。だがそれは今の生活と離別させ、連れて行くこと‥‥交渉は本来我らの仕事ではないだろう」
「それでも‥‥唯一の肉親と再会できる可能性が僅かでもあるなら、逢わせてあげたい。そして共に暮らせるならきっとそれが一番幸せなことだと思いますから」
目深に被ったフードの下でエスナがどんな表情を浮かべていたかは解らない。
無表情でそうか、とだけ答えたアザートが何を思ったかは解らない。
だが、それでもとロッドは思っていた。
きっと胸に抱く思いは同じだと。その証拠に彼らはここにいる。
調査という依頼は終わったけれども最後まで見届けるために‥‥。
大きな籠に山盛りの野菜。籠を持つ手は真紅に染まっている。
「女の子に、こんな重い荷物を持たせるなんて!」
震えるエリュシスの言葉に
「大丈夫です。これくらい‥‥。いつものことですから」
少女は切ないまでに澄んだ笑顔を見せた。
「ねえ、ナルシスさん。その声に聞き覚えは無い?」
「えっ?」
黒髪の女性はそう言って微笑む。彼女の笑顔と
「神は貴女を見守っていますよ」
その言葉に背中を押され
「シアティス!」
エリュシスは勇気を込めた声を上げた。振り返る少女は水面の如き瞳にエリュシスを真っ直ぐに映し出す。
「貴方は‥‥まさか‥‥」
「君は一人じゃないんだ。僕が、皆が付いてる!」
膝を折りエリュシスは夢で届かなかった細い肩にそっと手を回す。手に伝わってくるぬくもりは夢ではない。
「ずっと、探していたよ。シア‥‥僕の妹‥‥」
「お兄‥‥ちゃん?」
白い手が差し伸べた手に答えた。交差した二つの手。二つの魂。
「‥‥二人にしておいてあげましょう」
冒険者は促しに従いその場を離れた。
長い間離れ離れだった双子水仙は今、やっと再会の時を果したのだ。
○白水仙の願い
「いろいろ、お世話になりました」
キャメロットの門の前。上等な服を纏った少女の美しさは見違えるようだとレジーナは思った。
最初の辛そうな顔ではなく、この笑顔なら自分が描いた絵姿にも良く似ている。
「これからは僕が、必ずシアを、ナルシスを守ります。皆さんに助けて頂いた分まで‥‥」
エリュシスはナルシスと呼ばれていた妹の手を二度と放さないと言うように強く握り締めている。
「ここ数日で、ナルシスさん。心なしか大人っぽくなったみたいですね」
よかった。エスナは心からそう思う。
彼女は心配だったのだ。彼女は自分と同じ宿命を背負っているのではないかと。
だがエスリンの調査の結果、二人は間違いなく人間の双子。
身長差、成長差は生育過程によるものだと解った。
それを少女虐待の事実の一つとして冒険者はナルシスを兄の下へ引き取らせる為の交渉役を買って出た。
説得に忠告、あげくには脅し半歩手前の手段を使い、最終的に二人は共に海を渡る事ができるようになったのだ。
養父はさっき、息子が世話になった礼だと言って冒険者にワインを一本ずつ配ってくれた。
「きっと、あの人は‥‥」
「ええ。口ではどう言ってもそうでなければ、わざわざノルマンから来てなどくれないはずですから」
顔を見合わせあいロッドは仲間達と共に見送る。
「ありがとうございました。またいつか‥‥!」
手を振る二人を、その姿が見えなくなるまでいつまでも、いつまでも‥‥。
帰り道、エスナは足元に寄り添うように咲く双子水仙を見つけ手を差し伸べた。
あの少年に向けたのと同じ手を、同じ思いで。
「ずっと、待ってたんだよね。逢えて、よかったね」
水仙は頷くように静かに風に揺れていた。