【ラーンス説得】花陰の闇

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:10 G 95 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月02日〜05月12日

リプレイ公開日:2007年05月10日

●オープニング

 大規模なデビルによる騒動もなく、イギリスには少なからず戦の時よりも平穏な時が刻まれていた。
 アーサー王は救出されたグィネヴィアの元へ頻繁に足を運び、日々精神的にも安定して来た王妃に安堵の色を浮かべる余裕も出て来たようだ。
 先のマレアガンス城攻略戦の後に姿を晒した凶悪なデビル。冒険者の情報や円卓の騎士による検証が日々王宮で行われたが、推測の域を越えた確証を得るには至っていない。
 ――そんな中、アーサー王は三人の騎士を呼んだ。
 円卓の騎士であるボールス・ド・ガニスとパーシ・ヴァル、そして王宮騎士の一人であるヒューイット・エヴィン。
「おまえ達に私の願いを委ねたいと思う。決意に変わりないか?」
「‥‥はい」
 ボールスはいつものように静かに答えた。
「彼を連れ戻し、円卓を回復させる事は、一族である私の責務であると心得ております」
「元より王の決定に異議はありません。俺の望みは王と王国の民全てへの最善です」
 そう言ったパーシの言葉には僅かの躊躇いも無かった。
「選ばれた事、光栄であります!」
 と、背筋を正した姿勢でヒューイット。
 アーサーの願いとは、ラーンス卿を王宮に連れ戻す説得であった。
 本来は自分が説得に赴きたかったのだが、三人の騎士は是非にと進言して来たのである。
 デビルの去り際に放った言葉の意味が判明しない以上、王自ら王国を離れる事を危惧する理由もあった。そして何より、それぞれのラーンスへ対する想いも強い。
「必ずやラーンス卿を説得したく存じます」
 アーサーは三人の決意に力強く頷き、口を開く。
「よいか、私がラーンスに王国へ戻って欲しいと願っている事を伝えてくれ。今回の件はデビルの策謀と、グィネヴィアが無事に戻って来た事から、罪には問わない。‥‥私も怒りで冷静な判断を欠いてしまったかもしれぬからな。ヒューイットには経験を積んで貰う為にも、今回の遠征を許そう」
「王の期待に応えられるよう、精一杯努力する所存です」
「‥‥陛下、ひとつよろしいでしょうか」
 ボールスは訊ねた。
「アグラヴェイン卿を傷付けた事に関しては、どのようにされるおつもりでしょうか?」
 理由はどうあれ、円卓の騎士が同胞に剣を向け、重症を負わせたのだ‥‥恐らく、ただでは済むまい。
 アーサーは顎に手を運び、暫し沈黙した。
「‥‥うむ、騎士道に反した件は不問とはいかぬな。アグラヴェインが決闘を求めるなら、ラーンスに拒否する資格はないだろう」
「王よ。一つ、確認させて頂きたい。ラーンス卿自身の復帰はともかく、暴走して悪事を為したラーンス派の騎士の件は? 彼らを不問にすることは大きな遺恨を残しましょう」
 続いてパーシが口を開いた。
 物資確保の件および森の捜索時に命令を無視し、悪事を働いた騎士が幾人か確認されたのである。
 そう、ラーンスに処分を任せたあの者達も。
「騎士達の件はラーンスに一任する。あの男とて無闇に騎士道を破る者ではない。然るべき処置を執るだろう」
 ――ラーンスに一任する。
 その答えはアーサーが彼を信頼している顕われだったに違いない。それぞれが思案する。円卓の騎士とて、共に戦場を駆けた彼が間違った選択を下す訳がない確信があった。
 ならば、その場で処分するか? 王国に帰還した後、罪人として処刑するだろうか?
 その時、裁きを受ける騎士は如何なる行動を取る? 剣を向けるか、逃げるか?
 王国での裁きならば隙を突いて逃げ出す事も考えられる。
 考え込むように口を閉ざしたパーシ。そして彼らの上に勅命が下った。
「説得を頼んだぞ! 必ずラーンスを余の許へ連れて帰るのだ」
 三人の騎士は約束する。王の願いとそれぞれの想いに答える為に――――。

 その直後。人気の消えた謁見室にて
「用件とは何だ? パーシ・ヴァルよ」
 アーサーの瞳が円卓の騎士を映し出す。個人的な話があると伝えられたのだ。
「先のラーンス卿説得の件で、聞き入れて頂きたい事があります」
「おまえらしくもない。その場で言えぬ程の事なのか? よい、話してみよ」
「ラーンス卿の説得は二人と、冒険者で十分かと。そこで俺は別行動をとらせて頂いて良いでしょうか?」
「‥‥なに?」
 王の瞳が鋭利に研ぎ澄まされた。今更なにを言う? ラーンスに戻って欲しくないのか? それとも降りる程の訳があるのか? 二人の決意を確かめていたのか? それとも‥‥。
 沈黙の中でアーサーは様々な推測を脳裏に巡らした。
 その疑問に答えるようにパーシは胸に手を当て、答えた。
「そうではありません。万が一二人が説得に失敗すれば俺も動きましょう。ですがおそらく、そうはなりますまい。ならば、俺は俺なりのスタンスで動いた方がお役に立てるかと」
「ならばパーシよ、おまえはどうしたいというのだ?」
「馬車での長旅の間、注意を注ぐのは労力の伴う事。仮にラーンス卿が悪事を働いた騎士を王国で処罰すると決めたなら、キャメロットが近付くに連れて恐れ慄く事でしょう。奴等とて騎士の端くれ、僅かな隙でもあれば逃げ出し旅人や村民に危害を及ぼすかもしれません」
 パーシの言葉にアーサーの口元が不敵に緩む。
「おまえは罪を犯した騎士の事を尋ねておったな。騎士に名を連ねる者として許せないという訳か。だが、おまえの行動は無駄になるかもしれぬぞ?」
 ラーンスがその場で騎士を処罰したなら、または説得が失敗したとすればパーシの行動は徒労に終わる。
 その問いに円卓の騎士は薄く微笑んだ。
「俺の心配が無用のものになるならそれが一番良いことです。その時には春の散歩でも楽しみながら、冒険者に稽古でもつけるとしましょう」
「なるほど」
 アーサーが笑う。思えば王が愉快そうな表情を顕すのは何日振りだろうか。
「好きにするがよい。せいぜい冒険者達に無駄骨を見透かされぬようにするのだぞ」
 忠誠を誓う王に膝を付き円卓の騎士は頭を下げた。
「我が王の御前に、必ずや我が最善を」

 それは円卓の騎士パーシ・ヴァルからの誘いだった。
「散歩‥‥ですか?」
 私服のパーシはああ、と楽しそうに笑った。
「たまには気晴らしでもと部下が煩くてな‥‥」
 苦笑しながら彼は言う。係員は思わず微笑を返した。
「冒険者はパーシ卿が飛んでいかないように、監視役ということですね?」
 さらなる苦笑と竦めた肩は肯定の意味だろうか?
「まあ、せっかく王から賜った旅の許可だ。俺も久々に旅を楽しませて貰うつもりだ。北の方、喜びの砦のあたりは美しい花が咲き始めているそうだから。ああ、保存食は俺が持とう」
 だから一緒に、そう誘うパーシ。
 今、ある固有名詞が入ったことに係員はまだ、気付いてはいない。
「ついでに人に危害を加える獣や怪物共が少し警戒して、いたら退治してくるつもりだ。少し前、統率の無い輩が暴れて人々を苦しめたということがあったからな。そんな奴らと出会うことは多分無いとは思うが、出会ったらその捕縛に手を貸してくれ。仕事を手伝う事で保存食代はチャラだ」
 ? また変な言葉が混じった。捕獲ではなく‥‥捕縛? 仕事?
「先に行った連中が頑張ってくれれば俺達は用無しかもしれないから気楽にな。では楽しみにしている」
 と颯爽とギルドを後にしたパーシ。

「先に行った連中って‥‥どうもあの方の言う事は解らないな」
『ベテラン』の冒険者に託されたこの『依頼』の真意に、依頼を貼り出した係員はまだ気付いてはいなかった。

●今回の参加者

 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb4646 ヴァンアーブル・ムージョ(63歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)

●サポート参加者

タケシ・ダイワ(eb0607

●リプレイ本文

○花陰の願い
 五月からのイギリスは花の香りに包まれる。

「うわ〜キレイ〜〜!」
 嬉しそうにスキップしたティズ・ティン(ea7694)は、身体をぐーん、と大きく伸ばして笑った。
「天気もいいし。絶好のピクニック日和。う〜ん。楽しみだなぁ」 
 少女の無垢な喜びに冒険者達の頬からも知らず笑みが零れている。
 水仙、クロッカス、足元にはクローバーの白い花。早咲きの野バラも咲き始めている。
 甘い香りの道を気心の知れた仲間と小鳥の声を聞きながら森の街道を行く。
 これ以上の幸せがそうそうあるだろうか?
「本当にキレイですねえ〜。同じ道をぉ〜、つい先日ぅ〜馬車が全速力で走っていったそうですぅ〜。彼らは花を楽しむ余裕は無かったでしょうねぇ〜。もったいないことですぅ〜」
 さりげないエリンティア・フューゲル(ea3868)の呟きは、実は重く、深い。
 聞こうとしなければただの噂話に過ぎない。深く聞こうとすればそれはまた別の意味と姿を見せるであろうが
「まったくだな。だが、彼らとて仕事だ。覚悟はしているだろう。‥‥我々はその分楽しませてもらおう」
 依頼人パーシ・ヴァルが今は、そう言っているのだ。
 仕方ない。ツッコむのは止めておこう。ルシフェル・クライム(ea0673)は小さく肩を竦めた。
「しかし‥‥『散歩』なのに『獣』退治ね。卿らしいというかなんというか」
「その獣は頭に重点的に毛が生えていて、二本足で歩くのでしょうか? 春の花の山野には無粋な獣ですね」
「ですね〜っ!」
「ニャアーッ!」
 猫と小妖精の図ったような相槌に楽しそうな笑い声が広がる。
 気晴らしの散歩、ということなのでペットを連れてきて‥‥恥ずかしさに頭を掻くワケギ・ハルハラ(ea9957)の頬は朱に染まる。
「楽しそうですね。皆さん。‥‥本当にいい天気ですこと。こんな陽気ならヴィアンカ様ともご一緒して花々を見たかったですわね。ねえ、パーシ様?」
「あら? ヴィアンカさんというのはだれなのかしら。興味あるのだわ。ロマンスの気配なのだわ」
 微笑むセレナ・ザーン(ea9951)に呼びかけられた方は苦笑するのみ。
 吟遊詩人とシフールの特性。好奇心で周囲を飛び回るヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)にシルヴィア・クロスロード(eb3671)は代わって告げた。
「ヴィアンカというのはパーシ様のご息女ですよ。ロマンスの忘れ形見ですね」
 シルヴィアの言葉には噛み締めるような思いがある。あの小さな少女に持つのは紛れもない好意。
 パーシは我が娘を愛し、シルヴィアもまた彼女を愛しいと思う。
 でも自らが言ったロマンスの忘れ形見という言葉はきっと彼の心を刺しているだろう。
 ‥‥自分でさえそうなのだから。
「そこである!」
「うっ! なんだ?」
 突然眼前に現れた怪物にパーシは後ずさった。
 思わず後ろに控える冒険者達も身構える。
「わるいごはいねぇか〜!」
「なまは‥‥げ?」
 ワケギはずっと昔に噂で聞いたジャパンのオーガの名を思い出す。
 確か、そんな事を言って子供を脅かす怪物がいるとかいないとか。
 無論、本物のオーガ、ではない。よく見ればそれが着ぐるみであることは解るから冒険者は武器を放つまではしなかった。だが警戒は解かない。
 襟元にレースのスカーフを巻いて手には扇子。
 殺気こそないが異様な物体の正体把握に若干の時間がかかったのは仕方あるまい。
「幻蔵、だったか? ‥‥脅かすな。趣味が悪すぎる。状況次第では切り付けられても仕方ないぞ。何がそこ、なのだ?」
 槍を下げたパーシに言われてああ、とクロック・ランベリー(eb3776)手を叩く。
 いつの間にかいなくなったと思っていた仲間のそれは、名だ。
 だが、言われた方の葉霧幻蔵(ea5683)は珍しく(?)いたって真面目(?)な顔で告げる。
「ご息女ヴィアンカ殿のことである。パーシ殿!」
 ビッ!
 真っ直ぐ前に伸ばした指と手。幻蔵はパーシの鼻先に人差し指を文字通り指し伸ばす。
「なんだ。その事か?」
 軽く笑みと共に吐き出された息を幻蔵は鼻先荒く吹き飛ばす。
「なんだ、では無いのでござる。パーシ殿。ここしばらくの間にヴィアンカ殿の所に顔を出してるでござるか?」
「家に戻るときには、教会に顔を出している。だが‥‥」
「戦の前後から今日までずっと、城に爪切り、ではなく詰めきり。そうでござろう! 調べはついているのでござる!」
 円卓の騎士をここまで苦笑させ詰問できる度胸のあるものはそう居まい。その迫力を止められるものはそうおらず、止める事ができる者。例えばフィーナ・ウィンスレット(ea5556)などは面白そうだから止めない。
「パーシ殿。‥‥ヴィアンカ殿はきっと心配しているでござる‥‥」
 緩急取り混ぜた説得攻撃にいつの間にか
「そうですね。私も同感です。リトル・レディの所に‥‥用事が済んだらで構いません。行ってあげて下さいませんか?」
「私もお供いたしますから、どうか‥‥」
「僕も、同感です。子供にとって親と過ごす時間はかけがえの無いものですよ」
「私もヴィアンカちゃんに会いた〜い」
 援護射撃まで入る。はあ、と深く、わざとらしいため息をついて‥‥パーシは微笑んだ。
「こう見えても、一応気遣ってはいるつもりなのだがな。‥‥だが解った。仕事が終わったら行くと約束しよう。まったくおせっかいなオーガもあったものだ」
 勝利! サインを切る幻蔵。だが冒険者達の空気は逆に緊張を孕む。その理由の一つはパーシが呟いた『仕事』の言葉。
「あれぇ〜? これは気晴らしの散歩ではないんですかぁ〜?」
「! エリンティアさん!」
 シルヴィアが顔を顰めるが無論、聞くエリンティアではない。それを気にするパーシでもない。
「散歩だ。多分、俺達の出番は無いだろう。‥‥だが、キャメロットを出る以上少しはこの近辺を歩きやすくしておかないとな。どうやら最近、本当に性質の悪い獣も出るようだし、街道を歩く者を守る後片付けも騎士の務めだからな」
「へえ、後片付けですかぁ〜。大変ですねぇ〜」
 平然とした会話に同行の冒険者達はこの依頼の意味を改めて再確認する。
「‥‥少しでも早く戻れるようにしてやりたい。俺などより我が子思いのあいつの為にも‥‥」
 遠くを見つめたパーシ・ヴァルの思いも。
 だから、力が求められるのなら全力で助けになりたい。
 そう思ったのはシルヴィアだけでは無かった。

○春の日の夢
「う〜ん。思ったより少ないですわね。微妙に時期が早かったでしょうか?」
 袋の中身を確かめながらフィーナは残念そうに呟いた。
「それでも随分採れたように思いますが。でも、知りませんでした。自分達に身近な森にこんなにいろんな種類の薬草があるなんて‥‥」
 シルヴィアは木々の足元、川辺や水辺、時には木の上を見ながら歩く。野営準備を終えた後、暗くなるまで少し薬草採取をしたいというフィーナに手伝いがてら、とついて来たのはいいのだが、土地勘と知識の違いを彼女は正直、思い知らされていた。葉っぱの見分けも、花の違いもよく解らず最初は正直何を採っていいのかまるで解らず右往左往するだけだった。
「薬草採取には知識が必要なんですよ。経験を積めばいろいろ解ってきます。ほら、こんなありふれた葉っぱでさえ乾かして使えば薬になるんです。でも、気をつけて下さいね。使い方を間違えると毒になるものも多いですから‥‥」
 差し出された葉っぱをシルヴィアは表にまた、裏へと返す。
「こんなありふれた葉っぱが‥‥」
「錬金術というのは金を作り出す為だけのものではありませんから。向こうに戻ったら皆さんに香草茶でも‥‥あら?」
 思いにふけるシルヴィアよりも、少し早くフィーナは気がついた。それに遅れてシルヴィアも顔を上げる。聞こえてくるのは剣戟。打ち合う鋼の音と、音。
「まさか。敵襲!」
 駆け出した二人はすぐにそれが杞憂であったとホッとする。そして次には目の前で繰り広げられる光景に目を輝かせる事になる。
「くっ!」
 ルシフェルは、数度目の踏み込みがかわされた事に悔しげに唇を噛んだ。
 レオン流が誇る剣筋は鋭く、巧みにパーシの胸元を狙う。幾度も雷と呼ばれるパーシの槍の間を掻い潜っているのに、どうしてもあと一歩の所で剣は届いてくれないのだ。
「槍と言うのは、本当に有る意味反則な武器だな‥‥」
 思わず肩が上がる。真っ直ぐに点として付いてきたかと思えば、横に凪いでくる。その旋風に飛ばされ、体勢を立て直そうと足踏みすればその足元を穂先が切ってくる。
 的を絞らせないようにフェイントで逃れてはいるが、一瞬たりとも槍全体の軌道とそれを操るパーシから目が離せない。
 切る、点く、凪ぐ、払う。投げる。こと、生き残るためにオールマイティに戦うとなれば槍というのはある意味最強の武器なのかもしれない。
「だが、このままやられてたまるか! やああっ!!」
 ルーンソードを思いっきり高く掲げ、ルシフェルは正面に向かって真っ直ぐに駆け込んでいく。
「危ない!」
 思わずワケギは声を上げるが、戦士達は誰一人その攻防から目を放しはしなかった。構えられた槍の穂先はその正面を見据えている。このまま突進すれば餌食になる。だからこそ! ルシフェルは槍の間合いに入る直前フェイントをかける。正面から攻撃したと見せかけて横に剣を回したのだ。
(「槍は動かない。いける!」) 
そう思った瞬間。
「えっ」
 地面とほぼ平行を保っていた槍が、垂直に立つ。槍の立体的な動きに瞬きする一瞬で、横から胸元を狙った攻撃はその柄に止められた。
「ここまで、か」
 剣を下げたルシフェルは深く息を吐き出した。
「最善を尽くしたが、まだ一歩及ばぬ。今後とも精進を続けよう。お手合わせ感謝する」
 礼をとるルシフェルにパーシは手を、真っ直ぐに差し出す。ルシフェルに向けて。
「皆、日に日に腕を上げる。俺もうかうかしてはいられないな。まだまだ追いつかせるわけにはいかないがな」
 彼の手が自分を認めてくれた。自らを敗北させたその手を、ルシフェルは強く握り締めた。心からの感謝と敬意を込めて。
「すごい、すご〜い! 面白かった〜」
 二人の握手を確認するかのようにティズは大きく手を叩いた。呼応するかのように残りの八対の手も音を紡ぐ。
「いいものを見せてもらったのだわ」
「僕には決してできない戦いですね。でも、素晴らしかったです」
「勉強になった。俺もあそこまで戦えんが、今度はぜひ手合わせを頂きたいな」
「何だかよく見えなかったですぅ〜。でもぉ〜、面白かったですねえぇ〜。ルイズ、ソウェル」
 膝に猫達を乗せたエリンティアまでもが手を叩く。
 拍手の花畑に‥‥人に見せようと思っての手合わせでは無かったので、少し気恥ずかしげにルシフェルは頭をかいていた。
「お疲れでしょう? 少しゆっくりなさるといいですわ。暖かいものでも今、用意しますから」
 フィーナが微笑んで火の準備を始めると、そうだ! と慌ててティズもバックパックの中をかき回す。
「こんなに花が咲いてステキなピクニックなんだもの。保存食じゃ味気ないよね。美味しいもの作ってここでパーティしようよ!」
 パンや果物、野菜やハム。そんなものを並べたティズは‥‥
「あっ、そうだ!」
 いきなり手に持っていたナイフをパーシの鼻先に向ける。
「勝負だよ! パーシさん!!」
「何の勝負だ? 料理勝負か?」
 小さく笑うパーシ。ティズはビックリした顔でその頬に笑顔を載せる。
「すごいね。うん、そうだよ! どっちが皆に美味しいって言わせるか勝負〜ぅ!」
「俺は別に料理の達人ではないぞ。まあ、奢ると言った以上シチューでも作るつもりではあるが‥‥」
「パーシ様のお料理は久しぶりですわね。楽しみですわ」
「じゃあ、私は何を作ろうかな〜。やっぱりパンに野菜を挟んで〜っと」
「お茶が入りましたわよ〜。せっかくですから、ゆっくり身体と心を休めましょう」
 そんなこんなで夜は、更けていく。
「わ〜い。私の勝ち! 皆、私の料理の方が美味しいって、円卓の騎士に勝った〜♪」
「今度、作り方を教えて頂けませんか? 女性として‥‥男性よりも料理に難有りというのは‥‥やはり恥ずかしいものがありますし‥‥」
「いいよ〜。美味しいの作ろうね〜」
「この緑の香草茶、ジャパンの香りがし‥‥、あっ」
「わり〜ごはいね〜かあ〜!」
「ちょっと、私達の前を走るのはお止め下さいません? せっかくのお茶が台無しで・す・わ(ニコッ)」
「は、はいでござる‥‥。(なんだか、めっさ怖いのである。いつかのパーシ殿よりも‥‥)」
「ちょっと、歌を歌ってもいいのかしらだわ。なんだか、楽しくなってきたのだわ」
「僕も‥‥いえ、なんでもないです。あ、何か御用ですか? セレナさん」
「お願いがあるんです。この花冠をできれば萎れさせずに持って帰りたいのですが何か方法はありますでしょうか?」
 夜。野営の炎が消えるまで、そんな冒険者の楽しい声が消えることは無かった。
 後で思い起こすとき、冒険者は思う。
 あれは、あの日は花の香りに包まれた、穏やかで夢のような一夜だった。と。

○『獣』の咆哮
 戦いは初めてではない。人の命が消える瞬間さえも何度も見てきた。
「なのに、今日のこの光景が、いつもより苦しいのは‥‥何故でしょう」
 シルヴィアは胸を押えながら呟いた。
 昨日までの旅路があまりにも楽しかったせいだろうか? それとも‥‥
 逃げるつもりは無い。敵を彼も真っ直ぐに見据えている。
 彼の眼前には、その手を槍を、剣を赤く染めて戦う、仲間たちと円卓の騎士の姿があった。

「パーシ卿」
「ああ、解っている」
 幻蔵がそう持ち出したのは目的地がだいぶ近づいてきたというある日の事であった。
「また何かやらかすつもりですか?」
 シルヴィアは眉を顰めるが、今回の幻蔵はいたって真剣な顔つきである。
「そうでは無いのである。最近夜盗が出没し、村々を荒らし、困らせているという噂があるのであるが、それがこの近辺なのである!」
「その話なら僕も聞きました。タケシ・ダイワさんが言うには夜盗というには身なりや装備が良いらしくてどこかの騎士や戦士のようだとも‥‥」
 腕組みをしながら話を聞くパーシの表情は驚きに動いたりはしない。
 小さく頷き冒険者達を見る。
「パーシ様、ここから真っ直ぐ行った森の先に人の呼吸が感じられますわ。近くの村を窺っているのかもしれませんわ」
「一昨日の村が襲われたのは数日前でぇ〜、彼らが向かったのは北の方らしいですからぁ〜距離関係も多分合うですぅ〜。こちらに気付いた様子は多分、無いですがぁ〜」
 広げていた魔法の網を閉じたフィーナの言葉を裏付けるように、木々の上を飛んでいた箒が静かに落ちて、情報を捕捉する。そうか、とシルヴィアは気がついた。周囲に警戒を向けていた冒険者達は、既に索敵を始めていたのだ。そして、敵を捕捉した。小道などに気をつけていたつもりだったが、つい考え事をして気が抜けていたのかと反省する。
「あ‥‥。そうなのですね。失礼を致しました」
 幻蔵に頭を下げてシルヴィアはパーシを見つめた。仲間達と共に。
「よし。今なら、多分先手を打てるだろう。冒険者。『獣』退治だ。これ以上近隣の村々に被害を出すわけにはいかない。ここで食い止める。可能であれば捕獲を。だが、手加減の必要は無い。責任は俺が取る。特に、絶対にここから北へ向かわせるな」
『獣』退治は依頼のうち。覚悟はできているし、準備もしていた。だが
「北へ、向かわせるな? どういう‥‥事です?」
「戦えば、多分解る。予想通りなら。俺が、奴らを『獣』と呼ぶ意味もな。‥‥行くぞ!」 
 説明は後。そう告げるパーシの背中に従って、冒険者達は森の中に踏み込んだ。
「向こう! その木の影です!」
 フィーナの指し示した指の先に、ここまで来れば魔法を使わない者にも人影が見えてくる。ざわめき、武器を取り始める気配。
「無駄な抵抗は止めて、投降して下さい!」
 自分の一番大きな声でワケギは呼びかけた。だが、返事は翻る白刃。
「避けて下さい。ワケギ様!」
 突き飛ばすようにセレナはワケギの前に立ち、迫り落ちる寸前の刃を自らの剣で受け止めた。
「お止めください。騎士とは主君に使え、領民を守る者。皆様は一度ラーンス卿を信じて従うと決められたのでしょう!」
「黙れ! この国を偽王などに渡してたまるものか。マレアガンス卿には偽王討伐は荷が重すぎたが、我らの元にラーンス卿が来れば今度こそ!」
「我らの元に?」
 キン! 鈍い剣と共に競り合った刃を飛ばしたセレナはもう一度目の前の敵を見る。服装。鎧。刃。装備はどれも決して安物というわけではないが、昨日や今日ついたのではない血糊で黒く染まっている。彼らの心栄えの如く。
「あなた方はラーンス卿を信じて砦に集まった騎士ではないのですか?」
「我々はマレアガンス卿と共に戦った、真に王国を憂うる者。再起の為の準備を邪魔させぬ!」
 やはり、戦争の敗残兵か! 思わぬ集団攻撃にたたらを踏むティズは涙ながらに訴え、問うた。
「折角、戦争が終わったのに! 戦わないで平和にする方法を考えられないの!」
「人の世など所詮、力あるものが勝利する。なれば我らが力をつければ偽王を討伐しイギリスを正しき王国騎士の手に取り戻す事に何の問題があろうか! そこ! 後方の魔法使いを狙え! 右。複数で取り囲むのだ。1対1では勝ち目は無いぞ」
 後方で指揮を取る騎士が一人。ティズの心からの思いを鼻で笑って吹き飛ばした。その会話から冒険者達はパーシの言った、意味を察する。
 彼らは『ラーンス派』の騎士ではない。『反アーサー王派』の騎士なのだ。ラーンスに忠誠を誓った騎士とは別に最初に喜びの砦に集った者の中にはアーサー王を偽王と蔑み、王国転覆を企んだ者もいた、と聞いている。彼らの多くはマレアガンスの呼応に応じ、先の戦乱に参加した。奴らは、その残党なのだ。
「主の命に従わず、領民に迷惑をかけ、見境なく暴力を振るう…それでは野盗と変わりありません。騎士の誇りを取り戻して下さいませ!」
「領民など、騎士によって守られているからこそ、安穏に暮らしていられるのだ! なれば騎士を助け騎士の為にその財を差し出すのに何が迷惑か! 我らを野盗と呼び退治にお前達を呼び寄せたのだろうが、お前達を倒し、その金をも頂いてやろう」
「ラーンス様も王妃様も、アーサーなどに愛想をつかせている筈。もう一度お迎えするのだ!」
「‥‥なるほど。な。確かに愚かな獣だ」
 ルシフェルは、ほんの少し抑えていた敵意を解放すると敵を睨み付けた。
 彼らは知らない。ラーンスの本当の思いも囚われの王妃の顛末も、あの戦乱の真の黒幕も。
 おそらくアーサー王軍が交戦した前線の後衛騎士だったのだろう。伝令すら取り逃がさない冒険者の働きがあった為、マレアガンス城周辺にいた騎士とは考え難い。最初の戦乱の最中逃亡したからこそ、あの地獄の光景を知らず、アーサー王の思いも、ラーンスの苦しみも王妃の真実も知らずに、いつまでも夢を見ているのだ。
黒き指揮者達に操られ、遊ばれた愚かな道化達。
「ラーンス卿も下に集った騎士たちも一歩間違えれば、ああなっていたのかもしれませんね」
 私利私欲、勝手な思い込みに支配さえ、分別を忘れた騎士は、もう騎士ではない。何の為に戦うか。誰にその剣と意思を捧げたのか。それえ忘れた騎士などはもう‥‥。
 パーシの言葉の意味を改めて理解して、彼らは剣を握りなおした。
「冒険者達よ! 我らは必ず再び偽王討伐に立ち上がる。我らの思いに一度袂を別ったとはいえラーンス様もきっと答えてくれるはずだ」
 どこから、そんな根拠が出てくるのだろうか。冒険者の呆れ顔に気付かず彼は笑い
「お前達の、我々に手を貸すがいい。さすれば‥‥うぐっ!!」
 言葉と笑みを永遠に封じられた。彼の胸からは刃の花が咲き、そして‥‥赤い血の花びらを撒いて‥‥散る。 
「マレアガンス派残党騎士には、処刑命令が下っている。剣の意味を見失った騎士など、人を傷つける獣に過ぎん」
 刃を引き抜いた先には円卓の騎士パーシ・ヴァルが立っている。
 円卓の騎士と冒険者。
 ざわり、残された騎士や兵たちの間に動揺が走った。
「こんな筈じゃ!」
「このままじゃ、俺達は!!」
 指揮官である騎士を失い統率が無くなった集団は、あっと言う間に雪崩のごとく総崩れになる。その隙を見逃す冒険者では無論、無い。
「悪いが、好きにはさせんよ」
 あとは、もうあっという間である。
 獣達の半分は降参し、剣を捨て、残りは冒険者の刃に倒れた。
大ガマに潰された者もいる。眠っている者も‥‥いる。
「私達の剣は人々を助ける為にあります‥‥。過ちは、償おうと思えば償えます。それを忘れないで下さい。どうか‥‥」
 捕縛された兵士の中の一人がシルヴィアの言葉に涙ながらに頷く。
 その様子をパーシ・ヴァルは血に濡れた槍を握り締めながら黙って見つめていた。

○毒と薬
「やっぱり男って馬鹿ばっかなのだわ。そこがいいところで、その辺をデビルも心得ていて突いてくるのだけれど」
 軽く鼻歌を歌いながら飛ぶヴァンアーブル。
 だが、今は冒険者達を暗い思いが包み込む。
こうしていると数日前、ここで取った野営の一時が本当に夢のように思えるほどに。
 冒険の帰路。静寂の中彼らが夜を過ごしているにはいくつかの理由がある。
 一つは冒険者が捕らえた敗残兵たちが縛られているとはいえ、同行していること。
 第二に彼らの先、半日ほどをラーンス・ロットとその部下達が歩いている事。
 数十名の集団を守り、また導くようにボールス卿やヒューイット。見慣れぬ若い騎士や冒険者達が付いている。
 どうやら説得は成功したようだ。と冒険者達は知る。ラーンス自身も、部下達も一人残らずキャメロットに向かって歩を進めているのだから。
 道すがら邪魔になるようなモンスターがいないことは調査済みであるし、精神的に足を止めかねない『獣』たちも処理をした。
そして、万が一にもラーンス派の騎士の逃亡が無い様に彼らは後ろについている。気付かれないように息を潜めて。
「このフォローがぁ〜、目的だったのでしょうぉ〜」
「まあな。だが‥‥どうやら無用の心配に終わりそうだ」
「なんだか嬉しそうですねぇ〜」
「パーシ卿らしい話だ」
「ラーンス派の騎士さんたちがぁ〜、あんなお馬鹿な騎士さんたちのようにならないでよかったですぅ〜」
 と、ここまでは笑顔さえでた会話である。
 だからここまで空気が凍った理由は、最大の理由は別に有る。
「そういえば、パーシ殿。あの騎士達の処分はどうなるであるか?」
 幻蔵の問いに答えたパーシの一言だ。
「‥‥言っただろう。全員処刑だ。キャメロットに戻り事情聴取が終わり次第、執行される事だろう」
「そんな! 彼らに償いのチャンスは与えられないのですか?」
 冒険者達全員の言葉を代表するようにシルヴィアは声を上げる。だが、パーシの返事は揺らぐ事は無かった。
「今回の戦争に直接関与しなかったラーンス派の者たちには、まだチャンスが与えられている。具体的にどうなるかはラーンス卿の説得に動いた者と王次第だが、な。だがマレアガンスに組した者達にはそれはない。彼らは王国に明確に反旗を翻したのだ。まして、我々が捕まえた連中は盗賊として近隣の村を襲い、金品を強奪した。その責は取らねばならないだろうな」
「ですが! 彼らとて信じるものの為に戦ったのです。人を襲ったのも食べるものにさえ困って‥‥!」
「シルヴィアさん!」
 シルヴィアは唇を噛み締めると、そのまま木々の陰に走り去っていった。走り追いかけたティズをクロックは制する。
「彼女とて解っている。少しそっとしてやるといい」
 そう。誰もが解っている。けれども、それでも、やるせない思いは消えないのだ。
 火の中に薪を投げながら冒険者達は罪と罰、戦いの意味にそれぞれの思いを巡らせていた。

『過ちは償える。償おうと思えば‥‥』
「図らずも嘘をついてしまったことになりますね」
 シルヴィアは自嘲するように笑って、俯いた。
 犯罪を犯した騎士たちを弁護するつもりは無い。
 だが戦闘とはまた違う厳しい騎士の世界。命のやり取りを目の当たりにするにつけ納得のいかない思いを抱かずにはいられないのだ。
「私の言葉が、彼らに絶望を与えてしまったかもしれません」
 こういう時、解る。まだ、自分にはパーシの言う『覚悟』が足りなかった事が。
 パーシに追いつきたくて先を見るばかりで足元を見ていなかった事が。
「私は‥‥本当に‥‥」
 細かく揺れた服の間から、ひらり何かが落ちた事を視界の端で確かめる。何だろうとも拾おうとも思わなかったそれを、拾いシルヴィアの手に握らせた者が居た。そのぬくもりにシルヴィアはハッと顔を上げる。
「パーシ‥‥卿」
「騎士の‥‥いや、人の力というものはこの薬草と似ているな。正しく使えば人を癒し、守り助ける事ができる。だが使い方を誤れば、毒となし人を傷つけ、苦しみ殺めることさえある。だが、薬草と人が違うのは人には自らの心と頭がある事だ。そして、自らの行動と力に責任を取れるのは自分自身だけ。それができぬというのならば、責任を人に預けるというのであればその結果がどうあろうと文句は言えぬはずだ」
 下を向いていた顔と思いが上がる。自分を見つめる新緑の瞳に。
「人は誰しも過ちを犯す事はある。だが、その過ちを償う機会が与えられるという事は幸運なのだと知らなくてはならない。過ちの多くは、失われたものはけっして取り返しなどつかないからだ」
 その瞳は、思いは果てしないほどの優しさを帯びていた。
「我らの選択が絶対であるなどとは俺は言わない。現に円卓第一の騎士であろうと選択を誤ることがあった。だから、お前達は誤るな。などとも言わない。喜び、楽しみ、悲しみ、悔しさ、理不尽、恨み。多くのことを見て、体験し、自らに養うがいい。そして同じ選択肢を前にしたときより少しでも良い選択を選べるなら、間違わずにすむのなら、正しく己の力を使えるなら、それはきっと、先の過ちも含めて意味のあることとなるだろう」

『旅立つ父さんを ボクはただ見送った‥‥
 ボクはまだ幼く ついて行く事さえ出来なくて
 変わらず 父さんといつまでも
 いられなかった事 悔しくて涙流す

 生まれたばかりの雛は飛べないけど
 いつかは風を切って飛ぶ
 届かない場所も きっとたどり着ける
 想いと意志を積み重ねて‥‥

 ボクもまた 父さんの理想(みち)を進む
 風が吹き 山がそびえても‥‥
 思い出す 幼かった日々を
 希望と夢に満ちた日を〜』

 遠くに聞こえる静かな歌声を聴きながら、シルヴィアは止まらない涙を拭きながら花闇に消えた遠い背中をいつまでも、いつまでも見続けていた。

○そして、再び。
 そして、再び彼らはキャメロットの門を潜る。
 王城が青い空に眩しいほど映える。
 帰還した騎士達を出迎えるように。
「ご苦労だったな。礼を言う」
 鮮やかに笑う円卓の騎士の右腕を
「あら、お礼を言うのはまだ早いですわ」
 ニッコリと笑ってガッチリとセレナは掴んだ。
「お、おい?」
 空いている左手もまた捕まれる。
「約束を忘れて貰っては困るのである。仕事も、散歩も終わった。いざ、教会へ連行でござる!」
「こら、俺はまだ報告が‥‥おい!」
「ヴィアンカさんが待っていますよ」
 ずるずるずる。左右から逃亡を封じられてイギリスに名高き円卓の騎士の一人は引きづられていく。
「おもしろいんだわ〜。歌でもつくろうかしらなのだわ〜」
「ま、結局あの人はおひとよしなんですぅ〜」
「逃げる気になれば逃げられるでしょうからね」
 くすくすと、微笑む冒険者達は仕事の終了ついでに、家族の下に帰還する滅多に見られぬ円卓の騎士の一場面を見にその後を追っていく。
 たった一人を残して。
「‥‥今はこの思いを大切にして行きたい。‥‥お許し頂けますか?」
 シルヴィアが呟いた思いは誰に捧げられたものか知る者はいない。
 それは、静かにそして遠く春の風に溶けて消えていった。

 冒険者達が、ラーンス・ロットの帰還とその顛末を知るのは、まだ先の話である。