【子供達の領域】Gの恐怖

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 40 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月10日〜05月15日

リプレイ公開日:2007年05月17日

●オープニング

 古い石造りの屋敷は、窓を閉め切っていると暗く、陰気臭ささえ感じさせる。
「うわっ。やな匂い‥‥やっぱり。レンが心配したとおりね」
 扉を開けた少女は大きくため息をついた。
『俺、暫く仕事頼まれて家を空けるんだ。残るチビ達が心配だからさ、時々様子見てやってくれねえか? リン』
 そう言っていた少年は、自分の目が離れる事で、子供達が羽目を外して遊びすぎないか、と心配していたようだ。掃除、洗濯、食事の支度。子供だけで暮らす以上やらなければならないことは沢山あるが、子供は本当はそんなことしたくない。
 監視の目が無ければサボり倒すのは自明の理である。
「仕方ないわよね。大掃除、しましょうか?」
 独り言のようにいいながら、彼女は髪を縛り腕をまくった。
「みんな! もう昼よ。今日は仕事お休みだとか言ってたけど、いつまで寝呆けてるのよ!」
 屋敷に響く澄んだ声に気付いたのだろう。屋敷のあっちから、こっちから覗き込む顔がいくつも出てきた。
「‥‥リン?」
「そうよ。レンに頼まれて様子を見に来たの。さあ、早く着替えて手伝って。ずっと掃除とかしてなかったんでしょ。大掃除するんだから!」
 怯えたような顔つきの子供達は、なじみの少女の言葉に、仕草に目を見開いた。
「だ、ダメだよ。リン! 窓開けちゃダメ〜〜!」
 幼い男の子の声に、リンと呼ばれた少女は不思議そうに首を捻る。
 だが、窓を開ける手は止らない。
「どうして? せっかく外はいい天気なのに。こんなに暗くっちゃ掃除も‥‥って‥‥え゛」
 ポトン。
 頭上から彼女の手の甲に何かが落下してくるまでは。
 落ちてきたのは小さく硬いもの。痛みは無い。
 だがその感触に何故か全身がざわついてリンは、おそるおそる手を眼前に持ち上げた。
 そこには黒くテラついたあのアレが‥‥。
「キャアアアアアア!!! コックローチ!!」
「リン!!」
 膝をついた少女の足元から頭上に向けて数匹の黒害虫が駆け上る。
「止めて! 来ないで!!」
 少女の上げた悲鳴がどこまで届いたか、後で知った子供達は驚いたが、そんなことは今はどうでもいい。
「ヤバイ! また増えてるぞ。しかも、なんかヘンなのもいる!」
「仕方ない。皆、逃げるぞ。扉と窓だけはしっかり閉めとけ!」
「リン! しっかりして!」
 こうして、子供達はほぼ着の身、着のままで屋敷から逃亡する。
 子供達の居場所、古い屋敷は今、黒き侵略者に支配されていた。

 敵は名前さえ呼ぶのも汚らわしい黒い害虫 コックローチ。
 それが数十匹。古い石造りの屋敷を占拠している、とその商人は告げて冒険者ギルドに依頼を出した。
「私が面倒を見ていた子供達が住んでいたのですが‥‥、男の、しかも子供ばかりだったのでいつの間にか沸いてしまったようです。油断しました‥‥」
「‥‥ごめんなさい」
 横ですまなさそうに頭を下げる子供達。
 まあ、無事で何よりだという言葉に子供も保護者も苦笑する。
 少女はまだ意識が戻らないというし、周囲にも逃げ始めた黒害虫が数匹ずつであるが姿を現しかけている。
「でもなあ、いくらなんでもコックローチ退治に冒険者頼むってのは‥‥。しかもなんで中堅の冒険者に?」
 係員は子供達と、依頼人の顔、そして依頼書を見比べて問うた。
「それは理由があるんです‥‥ほら、ちゃんと説明しなさい」
「うん‥‥」
 背中を押されて前に出た少年は、唾を飲み込んで決心したように答える。
「僕たちさ‥‥、あのムシ達が出てきた時にね、ちゃんと退治しようとしたんだ。でもね‥‥」
「はあ? ホントに?」
 係員は自分の耳を疑ったかと思い、聞きなおしに入った。少年は二度目の質問にも変わらず、頷く。
「うん。退治したムシたちがゴーストになって襲ってくるんだ。触られるとね、ちょっとチクってなったような感じがして気分が悪くなるんだよ。しかもゴーストになったムシ達はいくら叩いても死なない。ホンモノを殺すと全部ゴーストになりそうで怖いんだ!」
 つまりはその館にいるコックローチの何匹かはゴーストでありゴースト対策をしないと退治できない、と言うわけなのだ。
「あの家に住めなくなったら僕たちが安心して暮らせる家がなくなっちゃうよ。お願い。もう掃除サボらない。ご飯もちゃんと作って片付ける。洗濯もなんでもやるから、ムシたちを退治して!」

 石造りの館に100に近いという黒害虫がいるという。
 その退治の依頼、冒険者の中には気が進まない、と言うものもいた。
 耳を澄ませば聞こえてきそうだ。
 そこにあるだけで人に不快感を与える、
 あの黒い悪魔の足音が‥‥。

●今回の参加者

 ea0717 オーガ・シン(60歳・♂・レンジャー・ドワーフ・ノルマン王国)
 ea4910 インデックス・ラディエル(20歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb5347 黄桜 喜八(29歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb7109 李 黎鳳(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)
 eb7628 シア・シーシア(23歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

ファルナ・フローレンス(ec1519)/ マリーシャ・ディアヒメル(ec2107

●リプレイ本文

○戦いのはじまり
「ほへ〜っ」
 子供達は目の前に立つ彼(?)に向けて丸い瞳を真っ直ぐに向けた。
 身長丈は子供達とほぼ同じ。だが服の下から覗く筋肉質の身体は彼が歴戦の冒険者である事を物語っている。
 まあ、別に冒険者が珍しい訳ではないのだ。
「こらこら、君達。人をそんな風にジロジロ見ちゃいけないよ! それってけっこう失礼なんだからね?」
 メッ! そんな表情で李黎鳳(eb7109)は子供達を見るが、それでも彼らの表情は変わらない。
 ジーッとひたすらに彼を見つめている。
『やれやれ。そんなに珍しいものか?』
 苦笑の溜息を浮かべる黄桜喜八(eb5347)に
『まあ、無理も無いと思うのですが。でも、嫌がっている様子ではないですよ』
 陰守森写歩朗(eb7208)も通訳がてら正直な感想を述べた。
 冒険者に喜八の印象を問えば
「噂には聞いてたけど会うのは初めてかも」
 くらいの返事が返る。でも目の前の子供達にとってはそうではない。キャメロットに生まれ街から出た事のない子供達に彼はリアルな『自分の知らない世界』となった。
「おじさんって、オーガ?」
 単刀直入の質問に黄桜は首を横に振る。
『違う。河童、という種族だ』
「う〜ん、簡単に言うとジャパンのマーメイドみたいなの。水の中が得意なんだよね?」
 振り返ったインデックス・ラディエル(ea4910)には答えず喜八は子供達に目線を合わせた。
『おいらが怖いか?』
「「「ううん!」」」
 首を横に振った子供達。その瞳には嘘は無い。
 それどころか
「かっこいい!」「すげー。この手ホンモノ?」「ねえ! 一緒に遊ぼうよ!」
『へ?』
 いきなり両手を掴まれもみくちゃにされる。 
「これは通訳の必要は無さそうじゃのお」
 楽しそうにオーガ・シン(ea0717)が笑う。なかなか微笑ましい光景だ。
「そうだな。だが、遊びは仕事の後にするとしよう。黒害虫君達がお待ちかねだ」
「あ‥‥っ」
 ごくり。
 少年達も、そして冒険者もシア・シーシア(eb7628)の言葉に唾を飲み込む。
 彼らの視線の先には家がある。
 子供達にとって、大事な家。でも今は黒害虫たちに支配された‥‥館。
「虫は嫌いでは無いけれど、黒害虫となれば話は別、ですからね。彼らは敵、天敵です」
「そうだね。一匹居ると三十匹は居るっていうから、今あの家には‥‥どのくらいいるんだろうねえ。単純計算で四十匹×三十匹でにせ‥‥」
「うわあ、言わないで!! そんなにいない! 絶対にいないってば!」
 冒険者達の言葉に子供達は怯えるように頭を抱えた。
 家を出ている兄がじき帰ってくる。それまでにあの『アレ』をなんとかしないことには‥‥考えただけで恐ろしい。
「ふむ、ならばしっかりと手伝ってもらおうかのお。頑張ってくれた子には褒美をだすでな」
「うん!」
 元気よく答えた子供達に好々爺は
「よしよし、よいか?」
 頷いて指示を出す。喜八も微笑んで少年達の頭を撫でた。
 いよいよ戦闘開始だ。
「主よ、多くの命を詰む事をお許しください」
 膝を付いて懺悔する様に頭を下げたインデックス。
 彼女だけではなく腕まくりした仲間たちも自らに言い聞かせるように覚悟を決めてGの屋敷へと乗り込んで行ったのである。

○黒害虫撲滅大作戦
 カサカサカサ、ワシャワシャワシャ!
 背筋が冷えるような音が、回り一面から響いてくる。
『おい! そっちに行ったぞ』
 黄桜の声に
「よ、よしっ! 来い!!」
 覚悟を決めるように扉を開け、黎鳳は手に力を込めた。
 彼女は目を閉じて見ないようにしていたが、生理的嫌悪を与える『アレ』の足音が足元に迫ってくる。
 おそるおそる目を黎鳳が開けると
「キャアア〜〜!」
 屋敷全体どころか外にさえ響く悲鳴が響き渡った。彼女とて決して声を上げるつもりだった訳ではない。
 ただ『アレ』には強靭な精神を持つ冒険者でさえ、恐れおののかせる魔力があるのだ。
「黎鳳くん! 目を合わせてはダメだ。早く戸を閉めて!」
 身体を支えるように触れたシアの手にやっと、自らの体の感触と役目を取り戻して黎鳳は慌てて全力で、扉を閉めた。
 バタン!
「大丈夫かね?」
 気遣うように顔を除きこむシアに黎鳳は肩を落としながら頷く。
「あ‥‥ごめんなさい。う〜ん、一匹、一匹だったら平気な自信あったけど、あそこまで大量に居ると‥‥ねえ〜」
「確かになかなか壮観ではあったな。うん、来たかいがあった、というものだ」
「そんな事を言ってる場合じゃ‥‥」
 どこか楽しげなシアに黎鳳は微かに眉を上げる。
「まあ、彼らの知性だ。悲鳴を上げたところで作戦に影響は無いだろう。歌も聞く耳を持たない虫だ。遠慮なく叩き潰してしまうとしよう」
 笑いながらもシアは怒りを漂わせている。せっかく歌った歌を無視されたのが堪えたらしい。
「そうだね。罠が効くまで向こうの様子見てこよっか」
 扉を椅子で押さえ、黎鳳は走り去る。
 その場から一刻も離れたいというように。

 指先につままれたのは一匹の黒害虫。
 何度も振った蜂比礼に逃げ損ねたのろまな奴だ。
 遠慮せず黄桜は手に持った剣でプチッ。潰してみる。
 ぶわっ!
『くっ!』
 命が消えた瞬間、黒い命が湧き上がるように黄桜の足元で爆ぜた。
『ちっ! やっぱりゴーストになるか!』
 蠢く影にもう一度魔法武器で止めを刺す。
『今度は迷わず昇天しやがれ!』
 その言葉に従うように二度目の死を受けた黒害虫の魂は今度は静かに消えていく。
『やはり、屋敷の中で潰すのは止めて置いた方がよさそうですね』
『そうだな。ゴースト共の退治は外の連中に任せよう』
『解りました。虫の追い込みはお任せします。自分はアンデッドの方を』
 了解、と黄桜とファルナ・フローレンスは頷いた。
 主だった虫たちの方は、今頃最終処理に入っているだろう。
『さて、二度と戻ってくんなよ!』
 右手に蜂比礼、左手に虫殺しの剣を持った喜八は同じように装備を整えて布を握る森写歩朗と視線を交し合ったのだった。

○黒害虫の死(?)
「とりもちのついた木はそのまま焼くのじゃ。情けは禁物じゃ」
「お湯は沸かしたね。それを壷の中のゴキブリにかけたまえ。それで彼らは即死するはずだ」
 庭の片隅で、子供達は冒険者の指示に頷いてそれぞれの仕事をこなしていた。
 豆のようなものを抱いたゴキブリがいる。それを火の中に投じると、パンパン。微かな嫌な音を立てた。
「あれは、卵かな。あの卵が孵ったら、また増えてたかもしれないね」
 手製ハリセンで虫を潰していた黎鳳の言葉に子供達は顔を見合わせ、泣き出しそうな顔をする。
「これ‥‥以上?」
 冒険者が捕まえて外に連れ出したゴキブリは複数回で200を数える。
 茹でた黒害虫は不思議な色に変わるとか、面白いと思えることもあったが、この大量の黒害虫を見れば同居など、二度とゴメンだとだれもが思うだろう。
「あは、大丈夫。徹底的に駆除してあげるから」
「その代わり、終わったら大掃除じゃぞ」
「はい!」
 心から反省した顔で頷く子供達を横目で見ながら
「あっちは、もう大丈夫かな? ライデンくん。もういいよ」
 インデックスは微笑んで、ゆっくりとフィールド歩み出る。
「黒いのが大量にワシャワシャしているのは衛生的に大問題だし!」
 と退治は仲間に任せてしまったが、ここからはもう逃げてはいられない。
「うん、やっぱり屋敷に“負”の力が多いのかも‥‥。死者が戻ってきやすいのかも」
 唾を飲み込み腕まくりする。
「ゴーストの方は、ちゃんと主の御許に送るからねぇ〜。GO!」
 扉を開けた数刻後。
「うわっ! なんでこんなに集ってるの〜〜! 消えて、消えて〜〜!!」
 屋敷の中に再び悲鳴が響き渡った。
 やけくそのように飛びかう光。そして声は外はおろか遠い隣家まで届いたという。

○逃げの王者
 彼が家に戻ってきた時、家は木戸、窓全てを開け放しての大掃除の真っ最中だった。
「あれ? 何をしてるんだろ?」
 首を傾げる少年を窓から見つけたのだろう。息を潜めて近づいて
「だ〜れだ!」
 黎鳳はその目を隠した。
「黎鳳さん? どうしたんです? 一体これ?」
 見知った冒険者の名前を呼んでレンと呼ばれた少年は丸い目で問う。
「あはは、実はね‥‥」
 名前を覚えていてくれた。その喜びにぎゅうと少年を抱きしめて黎鳳は、事情を説明した。
「‥‥と、言う訳。もう黒害虫は全部ゴーストも一緒に追っ払ったから大丈夫だよ。今は皆で大掃除してるの」
 黎鳳に肩を抱かれたまま、レンは怒りに手を強く握り締める。
「あいつら! あれほど言ったのに! リンや冒険者にまで迷惑かけて」
「まあまあ、あんまり怒らないで。あの子達も懲りただろうからね。それに私達もけっこう楽しんでるから♪」
 怒ったまま走り出しかねないレンを留めつつ、黎鳳はくいと室内を指差す。
「もう、ゴーストとはいえ、あんな黒いのがわしゃわしゃ集られたら一人じゃ退治するの大変なんだからね!」
「だから、手伝ったでしょう。ああ、まずは上の方の埃から。掃除は丁寧に。頑張ったらオーガさんが下さったお菓子でお茶にしましょう」
『あっちに香草いぶしてきたぜ。マリーシャ・ディアヒメルが寄越した奴があったんでな』
『ご苦労様です』
「これくらいの散らかり、大したことは無いぞ。ほれ、しっかり掃除じゃ!」
「貴重品は元に戻したかね。タンスの中などはちゃんと確認しておくんだよ」
 本当に、笑顔で冒険者は動いてくれている。子供達も滅多にない頑張りで働いているようだ。
 レンは溜息をつく。だが、それは辛さからのものではないのだろう。表情は明るい。
「‥‥今回だけだよ」
「うん。今回だけに私達もして欲しいな」
 顔を合わせ、二人は笑顔も合わせた。
「僕も手伝うよ」
「よろしくね! もうすぐリンちゃんも差し入れ持ってくるって言ってたよ」

 楽しげに二人が入っていく家の足元。
 まるで夜逃げするように幾筋かの小さな影が館から出て、いずこともなく消えていった。