シークレット・ガーデン

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月03日〜08月08日

リプレイ公開日:2007年08月10日

●オープニング

 キャメロットの街中。
 あるパン屋の奥の奥でこんな会話があった。
「ダメよ。無理しちゃ‥‥、まだ完全に治っていないんだから」
 ベッドから身体を起こそうとした少女を見つけ、慌てて母親はそれを止めた。
「だって‥‥、今、ベリーのシーズンなのよ。私が採りに行かないと今年のジャムが‥‥」
 無理にでも立ち上がろうとする少女。
 だが、身体のほうが言うことを聞いてはくれなかった。
 なんとか足を床につけるが、くらっと感じた眩暈にまたベッドへ逆戻り。
「ほらほら、無理しちゃダメ。大丈夫。そっちの方はなんとかするから」
「なんとか‥‥って?」
 心配げな娘に毛布をかけながら母親はニッコリと優しく、微笑んだのであった。

 秘密が守れる人、とその依頼人は冒険者に条件を出した。
「大したことじゃないんですが、森にベリーを摘みに行って欲しいんです。いつもだったらうちの娘が行くんですが今年、ちょっと病気にかかってしまって」
 苦笑しながら言うのはキャメロットでけっこう人気のパン屋の主人。
 特に初夏の季節のベリージャムとそれを使ったパンはファンも多いと言う。
「ベリーっていうのは季節ものでね、一年のうちでごく僅かの時期を逃してしまうと本当に食べられなくなってしまうんですよ」
 だから、時期を逃さず摘み取って保存する。貴重な砂糖を使うだけに店にとってもこれは大事な収入源であると言えた。
「かといって病み上がりの娘に無理をさせるわけにはいかない。だから、今年は冒険者の皆さんに採取をお願いしようかと。我が家の秘密の場所をお教えしますから‥‥」
 依頼内容はベリーの採取。
 場所はキャメロットの森。どうやらそのかなり奥になりそうだ。
 実はこの少女のベリー摘みには今まで何度か冒険者が同伴したこともあるのだが今回の場所はさらに奥、ずっと秘密にしていた彼女のベリーガーデンだという。
 モンスターが出る可能性もあるので多少は警戒したほうがいいだろう。
「あ、場所はできれば他言しないでくださいね。沢山の人に知れて乱獲されると今後にも影響するので‥‥」
 店主はそう言った。
「勿論、お礼はします。終わったらうちの自慢のベリージャム一瓶進呈しますから‥‥」

 夏の宝石。ベリー。
 その魅力的な輝きが、冒険者達を手招きしていた。

●今回の参加者

 eb5339 シュトレンク・ベゼールト(24歳・♂・ナイト・エルフ・フランク王国)
 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec1110 マリエッタ・ミモザ(33歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ec2497 杜 狐冬(29歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)
 ec2813 サリ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec3256 エルティア・ファーワールド(23歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3512 ガーネット・ムーン(20歳・♀・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ec3536 アーサー・ペントラゴン(29歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

○8月の森
 8月になって太陽も、夏であることを思い出したらしい。
 ギラギラと照りつける太陽の中
「やっぱり夏は暑いですね〜」
 マリエッタ・ミモザ(ec1110)は頭の汗を手で拭った。
「夏だから、暑いのはまあ仕方が無いさ。もう少しだ。頑張ってくれよ」
 マリエッタの馬の横で、シュトレンク・ベゼールト(eb5339)もまた自分の馬の背を叩いた。
「そうね。それに森の中は風が通って石造りの街よりも遥かに気持ちいいわ。この天気ならお弁当もきっと美味しいだろうし」
 木陰から差し込む光を眩しげに見つめエルティア・ファーワールド(ec3256)は微笑む。
 皆も、それはまったく同感だった。
「ベリーかあ、私も昔はよく野苺を摘んではおじいちゃんと食べてたなあ。あ! リス♪」
 故郷を思い出させる柔らかい緑の森。良い季節のベリー摘み。
 どこか楽しい気分になってサリ(ec2813)の口からも鼻歌が零れた。
「でも、どういう意味なのでしょう。あのエレさんの言葉‥‥」
 首を傾げる杜狐冬(ec2497)。華国出身の彼女にとってはベリー摘みなど初めての経験だろう。
 だから、ピンとは来なかったのだ。
 仕事前依頼人と、その娘に挨拶しに行った時、ベリー摘みの達人エレが教えてくれた『コツ』
『嫌がる実は摘まないで下さいね』
「嫌がる‥‥実?」
 首を捻ったのは狐冬一人ではないが、とにかくエレの信頼と、森の恵みを預かるのだ。
 託された籠に賭けて、期待に沿わねばならないだろう。
「約束しましたからね。たくさん集めてくるって。エレさんを安心させる為にも頑張りましょう!」
 ヒルケイプ・リーツ(ec1007)の言葉に頷いて、冒険者達は森を行く。
 秘密の庭に向かって‥‥。

○赤と青の宝石
「うわ〜。綺麗♪」
 冒険者達はその光景に思わず声を上げた。
 森の奥の奥。少し迷いながらも目印の木を潜り抜けたその先にはまさに秘密の庭があった。
 光を浴びて輝く、緑の葉陰に見え隠れする赤と青のコントラストは声も出ないほど美しい。
「森の完全自生のものと違って、ここはエレさんやその両親、祖父母が少しずつ自生の苗を植えて広げていったって、言ってたかしら」
 ヒルケイプは足元と木々を何度も見返す。
 折に触れやってきて余分な草を取り。地面を整える。決して楽ではない作業。
 森と恵みと人の努力の結晶がこの庭なのだ。
「皆、見惚れてばかりもいられない。そろそろ仕事に取り掛かろう」
 真面目に告げるシュトレンクの言葉に冒険者達も頷いた。
 手に籠をかける。まずはブルーベリー。それからラズベリーだ。
 たわわに実った木から丁寧に優しく。一粒ずつ実を摘み取っていく。
 時々、いくつか口の中に入れながら。
「‥‥そういう意味でしたの」
 何故か納得したように笑って狐冬は摘み取った木の実を籠の中に並べていく。
「まずは何をさておき一粒味見!」
 プチンと青い実を契ったヒルケイプは
「うわっ! これスッパイ! というか苦いかも!」
 思わず顔を顰め口を押さえた。
 どうして? とエルティアの顔が問うている。
 新鮮、採りたて。滅多に見ないほどに上質のベリーが何故酸っぱいのか。そんなことある筈無いのにと‥‥。
「そうですか?」
 狐冬は小首を傾げて‥‥そしてヒルケイプに微笑いかける。
「私は、とても美味しいと思いましたけど? すっきりとした味。酸味と甘さが絶妙のバランスで交じり合ったこのブルーベリー。華国では食べられなかったので嬉しいですね」
「えっ? なんで?」
 はい、狐冬の差し出したブルーベリーをヒルケイプも口に含む。
「‥‥ホント。美味しい‥‥なんでかしら? 同じ木から摘んだ同じ実なのに‥‥」
「なるほど‥‥そういう事か」
 くすと、小さく笑ってシュトレンクは微笑する。首を傾げるエルティアを仲間達の笑顔が包んだ。
「‥‥! ああ! そういうことなの!」
 やがてヒルケイプも気付いたようだ。
『嫌がる実は摘まないで下さいね』
 葉陰のブルーベリーにそっと手を触れる。まだ緑の粒、白の残った実、小さなブルーベリーは落ちてこない。引っ張っても揺れない。
 だが‥‥
「あっ!」
 いくつかの実は触れただけで、エルティアの手の中に落ちてきた。
 小さな雫を口に運ぶと‥‥甘い‥‥幸せの味がする。
「自然というのは偉大なものですね」
 普段は忘れていてもこういうとき改めて感じる。森の巧みさと厳しさ。そして優しさを‥‥。
「さあ! もう一頑張りしましょう。持ってきたお弁当食べて! 森の中でのランチはきっと美味しいですから」
「飲み物もあるわよ。‥‥デザートは勿論、嫌がらなかったベリー達ね」
 エルティアとマリエッタ、いや冒険者達の明るい笑い声が森の中に響いて木霊し消えていった。
 
 そして、夕方。帰り道。
「モンスターは幸い出なかったけど‥‥大丈夫かしら。この暑さで悪くなってない?」
 心配そうにヒルケイプはカゴを覗き込んだ。
「大丈夫ですよ。これだけ新鮮で上等のベリー達です。ちょっとやそっとの事で痛んだりはしません」
 二頭の馬の背中。籠いっぱいのベリーは実も美しく、香りも高い。
 ジャムにして潰してしまうのは惜しいと思う程に。
「勿論早く料理したほうがいいのは事実でしょうけどね。‥‥でも、こんなに質のいいベリー。いろいろ料理に使ってみたいわ! 新作料理にチャレンジよ!」
 エルティアの手にも力が篭る。
 笑顔と、柔らかく甘い香りに包まれて、冒険者達は森の小道を急ぎ足で帰っていった。

○赤紫の幸せ
 翌朝一番。
『臨時休業』
 の札が出されたパン屋の厨房は、まさしく戦場と化していた。
「これはこれは‥‥」
 最初は見学だけのつもりで、病室からエレを抱き上げてきたシュトレンクだったが目のまで繰り広げられる光景に目を瞬かせる。
 エレを椅子に座らせるのも忘れて。
 少し前までは、果物を洗って煮詰めて、長閑な料理風景だったのに、いつの間にこうなったのだろう。
「瓶を洗って! お湯に良く浸して下さい」
「ジャムを瓶に入れます。熱いから火傷に気をつけて!?」
「鍋‥‥重っ。これは横着はするなってことですかね?」
 甘く、暑い空気の中、ジャム作り作業は最終段階の瓶詰めに入っていた。
 ジャムは、果物と砂糖。それだけでできる。新鮮なものなら水さえもいらない。
「でも最終工程のここで手を抜くと、直ぐにカビが生えてしまうんです。熱い内に密閉しておかないと‥‥」
「そうか。料理と言うのは面白いものだな」
 シュトレンクはエレを椅子に静かに下ろして座らせると
「手伝ってきてもいいか? 力仕事くらいなら役に立てるかもしれん」
 優しく問うた。
「勿論。お願いします」
 返すエレの笑顔に送られてシュトレンクは腕まくりして戦場の中へと入っていく。
 それを、料理好きの少女は少し寂しげに見つめていた。
「私も料理がしたいなあ。‥‥えっ?」
 ふと、甘い香りがエレの周りを包み込んだ。
 甘いベリーの香りのパン。そして、鼻腔をくすぐるジャムの匂い。
「出来立て、一番のジャムです。味見して頂けませんか?」
「こちらはフレッシュベリーを生地に混ぜ込んでみたパンなの。お腹すいてるでしょ?」
 ヒルケイプと孤冬が差し出したそれらからの匂いだとエレが気付いたときには、周囲には笑顔の花が咲いていた。
「夏場は体調を崩すと長引くことが多いですし、そうならないようしっかり寝て栄養を取って養生しないといけませんよー?」
「早く元気になられますように‥‥」
 赤と紫の二色のジャムがパンの上でまるで宝石のように煌いている。
 エレはそれを大事そうに受け取ると、サックリ。一口を噛み締めた。
「どうです?」
 心配そうにマリエッタは問う。その返事は涙。
「‥‥美味しいです。‥‥とっても」
「良かった。来年は一緒に採取して、一緒にジャムを作りましょうね」
 微笑みかけるヒルケイプに冒険者達も頷く。そして、エレもまた
「はい‥‥。必ず‥‥」
 そう頷いたのだった。ブルーベリーよりも蒼くその澄んだ瞳と涙で。

○新作ジャム登場
「摘み立てのベリーのジャムにお菓子。そしてパンはいかが?」
 パン屋の前の路地に臨時の出店が出きる。元気な声で道行く人たちの足を止めるのはマリエッタだ。
「お料理では役に立てなくても、これくらいはできますからね」
「そんなに卑下するほどでも無いと思いますよ。上手にジャムを混ぜて下さったじゃありませんか」
 サリの慰めにマリエッタは首を振る。
「混ぜるだけなら、誰でもできますよ。私、料理ってぜんぜんダメで‥‥。そもそもウィザードは、『家事』を全く覚えられないのですよ‥‥。でも‥‥」
 手にした小瓶を大事そうに撫でながらマリエッタは呟く。
「料理も一つの錬金術、いえ、魔法ですね。人を幸せにする‥‥。私が混ぜたジャムも誰かを幸せにしてくれるのでしょうか?」
「ええ‥‥ええ、きっと」
「すみません。これ、もらえますか? ブルーベリーとラズベリーのミックスタルト」
 二人の横でお客が新作菓子に指を指す。
 エルティアがお茶会の為に作ったお菓子のアレンジ版だ。
「私はジャムを一瓶。ミックスのものを」
「はい。お待たせしました! 旅のお供にぜひ美味しいベリージャムを!」
 扉には
『新作ジャム 入荷しました』
 の張り紙。
 夏の花々に囲まれたそれに足を止め、目を引かれまた、新しいお客がやってきた。
 冒険者達が作った新しい味は、人々に新しい幸せを与えてくれるだろう。

 ベッドの中でエレは目を閉じる。
 マーガレット、ラヴェンダー、遅咲きのライラックに森外れのヒース。シロツメクサ。
 大好きなベリーの香りとは違うけれども、甘くて優しい香りが彼女を包み込む。
「早く治したいな。そして‥‥みんなと‥‥一緒に‥‥また‥‥」
 今年のベリーはそろそろ終わり。
 来年の夢を見て、少女は安らかで幸せな眠りについた。
 明日目覚めれば、きっとパン屋の看板娘の澄んだ呼び声が聞こえることだろう。