【星の彼方】海と空と星と

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月06日〜08月11日

リプレイ公開日:2007年08月14日

●オープニング

「はあ〜〜っ」
 窓から外を見つめ溜息をつく姉に
「どうしたの。ヒコボシ。浮かない顔してさ」
 弟は心配そうに問いかけた。
「だって、オリヒメ。もう直ぐ『時間』でしょ?」
「ああ。そうだね‥‥」
 頷く弟。その一言で彼女の言わんとしていることが解った。
「もっといたかったなあ〜。もっと遊びたかった〜」
「いいところだよね。イギリス。人も、国も‥‥さ」
 空を見上げる。晴天の青空。
 でも、二人に見えるのは別の光景のようだ。
「ねえ、ヒコボシ。お願いがあるんだけどさ」
「ん? なあに?」
 いつも自分について歩くばかりの弟が珍しく口にした『願い』に姉は首を捻りながらも聞く体制に入った。
「地上にいられるの、あと少しなら、僕、最後に行きたいところがあるんだけど‥‥」
 そう言って彼は自分の憧れの場所を口にする。
「そうねえ〜。いいかも! おじいちゃんにお願いしてみようか!」
 姉も頷き立ち上がる。
「冒険者さんにも、一緒に来てもらえないか頼んでみよう! 皆でパーッと遊ぼうよ」
 明るく、溜息と思いを吹き飛ばすように笑って。
 おそらく、これがこの国との別れになるだろうから。

「海に行きたいの!」
 突然少女がぴょこりとカウンターに顔を出す。
「わっ!」
 驚きながらも驚きを最小限にして係員は客を迎えた。その辺はプロである。
「これ、ヒコボシ!」
 後ろから諌めるような声がする。ヒコボシと呼ばれた少女は肩を竦めた。
「ちゃんと説明しないと解らないよ。‥‥すみません。僕達を海に連れて行って欲しいんです」
 前半は姉に向けて、後半は係員に向けて後ろで控えていた少年は話し、説明する。
「僕達、もう直ぐイギリスを出て故郷に帰らなくてはならないんです。それで、その前に、最後に憧れていた海を見たくて‥‥」
「私達のところから一番良く見えたのが海だったからね〜」
「? 一番良く見えたのに憧れ?」
 意味がいまひとつ通じないが、二人を連れた老人は、宮廷図書館長は小さく微笑んで言った。
「前回、冒険者に遊んでもらったのが楽しかったようでな。最後にもう一度だけ助力を願いたい。本当に最後の思い出作りじゃ」
「図書館長殿‥‥」
 その寂しそうな眼差しに気付いたのか。右にヒコボシ、左にオリヒメが図書館長の手をぎゅっ、と抱きしめる。
「今度はおじいちゃんもいっしょなの」
「海までの道のりにはモンスターも出るかもしれないから‥‥どうかよろしくお願いします」
 頭を下げた二人。そして図書館長。
 彼らの瞳は同じものを湛えていた。
 それは、別れの予感。というものだろうか。

 残り僅かと言う子供達の蜜月。
 なればその僅かな時間を最後に輝かせてあげたいと。
 思いながら係員はその依頼をそっと張り出したのだった。

●今回の参加者

 ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea4910 インデックス・ラディエル(20歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb2020 オルロック・サンズヒート(60歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3530 カルル・ゲラー(23歳・♂・神聖騎士・パラ・フランク王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec3458 風見 聖十郎(24歳・♂・浪人・パラ・ジャパン)
 ec3542 ハリス・ネク(21歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

クリステル・シャルダン(eb3862

●リプレイ本文

○真夏の旅行
 この季節の旅は辛いものがある。
「暑いね。茹で上がっちゃいそうだよ〜」
 出すようにカルル・ゲラー(eb3530)は呟くと、それでも横を歩く少女と老人を気遣うように声をかけた。
「ヒコボシちゃん、おじーちゃんも大丈夫?」
「これくらいは平気じゃ」
 比較的平気な顔をしている宮廷図書館長エリファス・ウッドマン。
 彼も横の少女を気遣う。
「ヒコボシ。お前は平気か?」
「大丈夫じゃないけど大丈夫。でも地上の夏って暑いよねえ」
 ヒコボシと呼ばれた少女は溜息をつく。
「オリヒメいいなあ〜。風に吹かれて涼しいだろうなあ‥‥」
 彼女の視線は空の上を飛ぶ白き天馬に注がれていた
「ああ、そういうことですか?」
 ユリアル・カートライト(ea1249)は笑って頷く。
 地上の夏、彼女の言った意味を彼はそうとった。
「確かに空の上は気持ちよさそうです。弟さんに譲ってあげて偉かったですね」
「だって‥‥オリヒメに懐いてるんだもの」
 拗ねるように頬を膨らませオリヒメは足元の石を蹴った。
『あれ? ライデンくんが懐いてる?』
 自己紹介の時にインデックス・ラディエル(ea4910)も驚いていたものだ。
 気位が高いのか、人見知りなんだかのペガサスがヒヒンと鼻をこすり付けているとは。
 双子の、特にオリヒメに。
『一緒にライデンくんに乗ってみる?』
 遠慮していたオリヒメの背をヒコボシが押して、そして彼は今空の上。
「ちょっと羨ましいかな。あたしも動物好きだし」
「なら海についてからはハルシアンと遊んでやって頂けますか?」
 少し寂しそうなヒコボシにユリアルは笑いかける。
「それは良いけど海って水がいっぱいあるんでしょ? この馬泳げるの?」
 優しい少女にハルシアンと呼びかけられた馬は頭をもたげる。
 大丈夫と頷くように。
「ハルシアンさんに海で遊んで頂けるなんて光栄です。憧れていたんですよ」
 シルヴィア・クロスロード(eb3671)は丁寧にハルシアンに騎士の礼で頭を下げた。
「?」
 首を傾げる少女を見守るように笑みが包む。
「ま、向こうについてからのお楽しみってことだ。と、そろそろ昼飯にするか?」
 クロック・ランベリー(eb3776)が声をかける。彼の手にはクリステル・シャルダンが持たせてくれた弁当が下げられている。
「? そう言えばオルロックさんは?」
 ふと心配そうにカルルが周囲を見回したその時。
 ゴオオオッ!
 突然炎の鳥が冒険者の間に飛び込み燃え上がる熱風の渦を立ち上げた。
「ほれ、いい若いモンが何をしておる。道草喰っとらんと、チャキチャキ進むんじゃよ」
 周囲にはた迷惑な熱を撒き散らした老人は、けらけら笑いながら『若い者』達を叱咤する。
 何かを言いかけた者も思いは口の中に飲み込む。
 今まで一番遅れていたのは彼オルロック・サンズヒート(eb2020)であろうとかそんな事は。
 代わりに
「お弁当はどうなさいます? そろそろお昼にしようかと思ったのですが?」
 ニッコリとシルヴィアは微笑んでクロックに持ってもらった荷物を指差す。
「おお!」
 あからさまにオルロックの表情も変わった。
「そう言えば昼飯はまだじゃったのお」
「どうしたの? 凄い炎が見えたけど、ってここなんか暑いね!」
 空の上から天馬を降下させたインデックス。
 彼女と馬から下りてきた少年になんでもないと、ユリアルは首を振った。
「大丈夫です。そろそろお昼にしましょうという話です」
「オリヒメくん、ヒコボシちゃんも一緒に食べよ〜」
「はい!」
 暑さを吹き払う爽やかな笑顔が彼らの中に弾けていた。

○憧れの海
「これが‥‥海」
 初めて海を見た時、自分はどう思っただろうか?
 言葉無く立ち尽くすオリヒメを見て冒険者の幾人かはそんな事を考えた。
 どこまでも続く水の連なり。
 波頭は白馬が嘶き踊るかの様に飛沫を立てている。
「あの先にも海が続いているんだよね?」
 水平線の先を指差してヒコボシが問う。
「そう。あの先にも海が続いて、陸地があって人が住んでいるのじゃ」
 珍しく真面目にオルロックが答える。最年長者の言葉を噛み締めるように頷くヒコボシ。
「来て良かったな。見なければ解らなかったもの‥‥」
 無言で佇むオリヒメと、呟いて視線をもたげるヒコボシ。
 二人がどんな思いで海を見つめているか彼らには知る由も無い。
 ただ、同じ思いで同じものを見つめる。
「海は、綺麗ですよね。飛沫が跳ねて光にきらきら輝くのが素敵です。水音もまるで鈴が鳴っている様。そう思いませんか?」
 静かにシルヴィアは佇む双子に問う。双子は無言。でも表情が同意であると答えていた。
「波の音は水精霊がお喋りしているのかもしれませんね」
 くす、小さく微笑んだ次の瞬間。
「隙あり! です」
 バシャーン!
 ヒコボシとオリヒメ。物思いに浸っていた少年と少女は目を瞬かせた。
 顔にかかった水飛沫を拭くこともせずに。
「しょっぱい‥‥」
「何ボーっとしてんのよ。ってそうじゃなくていきなり何!」
 ぼんやりと唇をなめる弟よりも姉のほうが反応は早かった。喰ってかからんばかりの様子にシルヴィアは嬉しそうに笑う。
「せっかく海に来たんですからもの思いに耽るのもいいですが、遊びましょう? ね、ハルシアンさん?」
 気がつけば鎧を解いて服のまま水辺に足を浸しているシルヴィアの横で嬉しげにユリアルの馬が嘶きを上げていた。
 尻尾でバシャン! 水を叩いて。再び冒険者と双子の顔が水に濡れる。
「へえ、あの子海馬なんだ。ライデン君、お友達になれそうじゃない?」
 顔を背けるようにした馬に肩を竦めるとインデックスも、シルヴィアの横に駆け寄った。
 カルルも靴を投げ出して波打ち際に立って、手招きをする。
「ヒコボシちゃん、オリヒメくん、あ・そ・ぼ〜!」
 暫く顔を見合わせていた二人は‥‥
「よくもやったわね〜。見てらっしゃいよ〜」
「僕もいきます!」
 頷きあって駆け出した。腕をまくり、草履を投げ捨て駆け出す少年と少女。
 水精霊の歌声と楽しげな笑い声が入り混じって響く。
「食事の材料は準備しておくからな〜」
「ハルシアン、みんなを頼みますよ」
 はしゃぐ子供達を見つめながら、残された大人達は見守るように手を振る。
「? どうしたんです? 図書館長様?」
「いや、なんでもない」
 どこか寂しげなエリファスにオルロックは何も言わず、問おうともしなかった。

○星空と海
 楽しい時はいつの世も直ぐに過ぎ去る。
 今、冒険者達は静かに浜辺に腰を下ろして同じ満天の星空を見上げる。
「あー美味しかった。お腹いっぱい♪」
 お腹を撫でるヒコボシに良かった。とカルルは微笑んだ。
「夏と海、みんなでわいわい食べれるものだとおいち〜んだよね!」
「それに加えてカルルさんのお料理も美味しかったんですよ。あのドリンクも最高でした」
「本当は噂のスイカとか入れたかったんだけどね。でもベリー入りも美味しかったよね!」
「スイカは月道が開いた時でもないとと言うことでしたね。噂に聞くスイカ割りとかしてみたかったですが」
「でも、スイカの代わりに砂の玉で遊んだじゃない。これなら遠慮なくできるって」
「私は砂で顔が真っ黒くなってしまいましたけど。どうしてあそこで転んでしまうかな」
「そういえばさっき何してたの? タリスマン出して‥‥」
「! 見てたんですか!」
 話は続く。
 騒々しく、それぞれに尽きぬ思い出を確認しあうように。
「本当に楽しかったなあ」
 オリヒメは髪に結んだ虹のリボンを指でいじりながら目を閉じた。目蓋の下に今日の思い出を写しているのかもしれない。
「そうだね。この国での事は忘れない。お土産もいっぱい貰ったし、それよりも沢山ここに貰ったから」
 膝の上に乗せていた、雪玉妖精を下ろして立ち上がるとヒコボシは胸を叩く。 
 胸元で十字架が微かに揺れる。
「僕も忘れません。皆さんの事、イギリスの事。そして、皆さんと一緒に見たこの海を‥‥」
 並び立つオリヒメの視線の先には、空を写し境目なくどこまでも続く海があった。
「ぉぉ、もぅその時が来てしまったかぃのぅ」
「もう帰っちゃうの?」
 立ち上がった二人は無言で頷く。
「今日は楽しかったですね。さよならはなしにして、また会いましょうにしませんか? 」
「僕もそれがいい。また会えるようにね!」
 シルヴィアが励ますようにカルルの肩に触れた。浮かんだ涙をカルルは慌てて手で拭う。
『うん。おじいちゃん。みんな‥‥今までありがとう』
 佇む二人の背後には小さな光。だがそれは大きく膨らんでいく。
 目も開けていられない程の輝き、でも冒険者はぎりぎりまで目を離しはしなかった。
 光が大きく爆ぜる。
 冒険者が閉じた瞳を開いた時、そこにはもう幻のように何も残ってはいなかった。
『また会いましょう。皆さんの上に星の祝福がありますように‥‥』
 残された最後の言葉以外には。

○星の彼方
 照りつける日差しも夜の星の数も昨日までと変わらない。
 ただ、二人がいないだけ。
 帰路の夜。寂しげに空を仰ぐ老人に
「天の星の輝きがより一層、輝いて見えるのお」
 オルロックはそう寄り添うように告げた。図書館長は答えずただ空を見上げる。
「星の世界‥‥その星界人に会えるとは。ほんに、長生きはしてみるもんじゃのぅ」
「そうとは限らぬ。ただの子供かもしれんぞ」
 呟いた老人に、老人はカカと楽しげに笑う。
「ただの子ならなおよし。また会う機会もあろう」
 静かに頷く老人。
「また、来るんじゃよ」
 そう呟かれた思いはどちらものだったか。
 ただ静かに言葉は空に、星の彼方へと吸い込まれていった。

「また何時か、お2人に会える日が来ると良いですね」
 二人の老人達を見つめる冒険者達の足元でカルルは旅の思い出を羊皮紙に描く。
 そこにはエリファスと冒険者、そして双子達の笑顔が光り輝いていた。
 水晶のようにキラキラと‥‥。

 彼らは思い出すだろう。
 星空を見るたびきっと。
 この夏の思い出を。