●リプレイ本文
○『円卓の騎士』との旅
ドベチッ!
彼らと依頼人との最初の出会いは、そんな鈍い音から始まった。
「えっ? ‥‥お前は!」
振り返った青年は瞬きして自分が叩き落したシフールを見つめている。
「わっ! アルディス卿! 大丈夫ですか?」
突然叩き落され、地面に突っ伏したアルディス・エルレイル(ea2913)に同じシフールであるアドムン・ジェトルメン(eb2673)は急いで駆け寄‥‥もとい飛び寄った。
「イテテテテ‥‥。あー大丈夫、だいじょぶ‥‥」
幸いアルディスは直ぐに身体を起こした。叩かれた後ろ頭を撫でながらではあるが。
それを見てホッとしたのだろう? アドムンはキッと顔を上げると加害者であるところの戦士の顔前にふわり、飛び上がり浮かんだ。
「貴殿! ヴァル殿と申されたな! 何故いきなりこのような事をなさる! 一角の武人のなさることではなかろう!」
驚きの表情が下を見て苦笑に変わる。膝を折る『ヴァル』の背中に
「聞いておられるのか! 貴公は‥‥」
続け怒りをぶつけようとしたアドムンに
「そうじゃないわ。アドムンさん」
「えっ?」
「だからね。人並み外れた武人であるからこそ、背後からのとっさの攻撃に反応してしまったのよ」
エルティア・ファーワールド(ec3256)は諌めるように優しく声をかけた。
瞬きして、アドムンは前を見る。
正確には前に立つ人物をよく見直したのだ。
「大丈夫か? すまなかったな」
「もー! ちょっとは手加減してよ。あー痛かった」
「いきなり後ろから飛びついて来られたからな。とっさの事で手加減はできなかった」
「単にパーシ卿がいたから親愛を込めて挨拶しただけなのに〜」
差し出された手にぴょん、と飛び乗ってアルディスは頬を膨らませている。
「パーシ‥‥卿?」
「こら! 声が大きい! お前達には隠しても無理だとは解っているが一応、お忍びなんだ。少しは気を使ってくれ」
「もが! もが、もがっもが!‥‥(訳:苦しい! 手を離してってば!)」
アルディスの口元を大きな手で塞いだ青年は、どこか呆然とした表情でこちらを見つめるアドムンや仲間達にニッコリと笑いかける。
その笑顔がかつて遠くから見つめた遠い誰かの顔に似て
「あっ!」
瞬間アドムンは全て理解した。目の前に立つ青年の『正体』と行動の意味を。
「失礼致しました。ご無礼を平にお許しを」
イギリスで騎士を名乗るものとしてアドムンは、目の前に立つ人物に取るべき礼をとる。
すなわち、膝をついての最敬礼を。
「気にしないでくれ。今の俺は皆への依頼人。戦士『ヴァル』だ。そう思って気楽に相手をしてくれ」
人を導き守るイギリス最高の騎士としての威厳も今は無く、冒険者に溶け込み笑う彼に
「なあんだ、そういうこと? なら最初からそう言ってくれればいいのに」
「そう言って頂けるとこちらも恐縮だが、ありがたい。私はスイフリィ・ハーミット(ea7944)。よしなに」
まだ緊張気味のアドムンやタイラー・プライム(ec3704)と違いアルディスやスイフリィは楽しげに『ヴァル』に話しかける。
「そういうことか」
タイラーはここに来てやっと一連の展開の意味を理解した。
『やっほ〜 久しぶりパーシ卿♪ 何処に行くの〜?』
待ち合わせの時間、場所。待っていた依頼人に向けてアルディスはそう言って後ろから飛びついていったのだ。
お忍びの騎士に背後から、しかも本名で呼びかければ‥‥まあ叩き落されるのも仕方あるまい。
本人も納得しているようだ。
「これからキャメロットを少し離れて、地方の視察に行く。範囲がかなり広いので協力をしてもらえるとありがたい」
前置きが長くなったがいい自己紹介になった。
「勿論、その為にやってまいりました。私の名はアドムン・ジェトルメン。ご高名なる円卓の騎士のご依頼とは光栄です。なんなりとご命じ下さいませ」
改めて礼儀正しくアドムンは頭を下げる。それにパーシはかえって苦笑し手を振った。
「だから、硬くならなくてもいい、会話も敬語は使わなくていいぞ」
「そういうことならそうさせてもらおう。慣れるまで少しかかりそうだが」
タイラーもエルティアもまだ僅かに残る緊張をなんとか笑みに変える。
「目的地まではかなりかかるのですか? パーシ‥‥いえ、ヴァル殿?」
誰に対しても礼儀を崩さないアドムンに軽く肩を竦めながらもヴァルは頷く。
「目的地ウィルトシャー地方は、急いで歩いて片道三日というところだ。今回は馬も置いていくからちょっとした長旅になるだろうな」
「では!」
アドムンはもう一度胸に手をあて、騎士の礼をとる。
「お時間のある時でかまいません。どうか、一手お手合わせを。凄腕の戦士とご一緒できる期間を無駄には過ごせません」
今度は微笑。笑みを浮かべヴァルは腕を組んだ。
「それは、構わないが手加減はしないぞ」
「無論。しごいて頂ければ幸いです」
「私も、お願いしますわ」
「俺も、噂に名高い腕を見せてもらうとしよう。本当にそこまでの力があるのか」
「おやおや、モテモテだねえ。ヴァル?」
よじよじと、いつの間にかパーシの頭に上り、腰をかけたアルディスが笑って言う。
椅子にされたパーシは、何も言わず彼を頭から、肩へと移した。
「?」
「こっちの方が安定するだろう。落ちるなよ」
軽く首筋にしがみついたアルディスは0距離で見た。
本当に楽しそうな笑顔のパーシ・ヴァルを。
「解った。用意ができたらいつでもかかってくるがいい。但し、仕事の方もよろしく頼むぞ」
頷く五つの頭。それを確認し槍と荷物を持って『ヴァル』は歩き出した。
後ろからついてくる四&一つの心を信じるかのように、振り返ることなく。
だから、冒険者達も慌てて後を追った。
その信頼について行く為に‥‥。
「皆様にセーラ様の御加護がありますように」
ユキ・ヤツシロの白い祈りが彼らを見送った。
○旅行き、道のり、その目的
「あ‥‥? 今、一体何が?」
地面に尻餅をついたエルティアはまだ、自分に何があったか状態が解らずにいた。
落ちた両手のナイフ。
目の前には聖者の槍の銀の穂先。
敗北は理解したが、理由がまだ解らない‥‥。
「ひゅう〜。さすがヴァルだね〜」
愛犬ヴォル(ヴァルにあらず)の背中に腰をかけアルディスはぱちぱちと小さな手を叩いた。
ここは街道沿いの小さな広場、今日の野営の準備を終えて日が落ちるまでの僅かな時間。
冒険者達はヴァルに手合わせを申し込んだのだ。
「いいだろう」
そう言って彼は愛用の槍を掴み身構えた。それがほんの数分前の話だ。
「接近する一瞬の間に槍で足を払い、柄で手を打った‥‥か。流石円卓の騎士の名は伊達ではないということだな」
鷹揚に、だが、口以上の賛辞をタイラーのその目は贈っていた。
「両剣使いならスピードで敵を翻弄した方が、有利に戦えるだろう。回避や懐に踏み込む技を習得したほうが良いのではないか?」
エルティアに手を差し伸べ立たせながら、ヴァルは告げる。
微かに唇を噛み締めながら、はいと頷きエルティアは立ち上がった。
正統派の騎士のしかも国内最高峰の技。
まだ経験の少ない、しかも我流の技では仕方ないと頭で解っていてもここまで相手にもさせてもらえないとやはり、戦士として悔しい。
「女性は、どんなに努力しても力では男性には及ばない、ならば女性としての武器や特質を生かし、自分に合った戦い方を選ぶのが得策だ」
「はい。ありがとうございます」
「なるほど、奥が深い」
アドムンもうんうん、と心から納得、という顔で頷いた。
彼自身は既に、もう三度、ヴァルの槍の前に叩き落されている。
オーラを纏って正面から突っ込んだのだが、一度も触れさせてさえ貰えなかったのだ。
ヴァルの今のアドバイスの『女性』を『シフール』に置き換えると自分にも当てはまるようだと彼には解っていた。
「自らの身体と特性に合った、で御座いますね」
「ああ。俺も、昔は小柄な方だった。力ではどうしても敵や仲間に打ち勝てなかったんだ。だから、リーチの長い槍を進められ、スピードを一心に鍛えた。そうする事でやっと同等以上に戦えるようになったんだ」
彼の言葉には沢山の戦場を駆け抜け、幾多の苦悩を潜り抜けてきた戦士の思い説得力があった。
だから、タイラーも相手を見下すことなく真摯にその言葉を受け止める。
「では、今度は俺と。よろしくお願いする」
「筋肉質だな。君は彼女とは反対に力で押す戦いや技を選んだ方がいいかもしれない」
「スピード戦では勝てないと?」
「言ったろう? 苦手を克服するのも大事だが得意な分野を磨いた方が強くなれると‥‥な」
試してみるか、と彼は槍を構える。
相手雷と呼ばれた国内最速の騎士。
(「上等!」)
微かな震えを武者震いに変えて、目の前で笑う戦士に、到底勝てる気のしない相手に迷うことなくタイラーは飛び込んでいった。
夏から秋にかけては日の落ちるのがいつもよりも早く感じる。
井戸のつるべを落とすようというのは異国の言葉かもしれないが、それを実感で感じながら冒険者達は同じ炎を囲んでいた。
「明日はエイムズベリーに向かう者とは道が別れる。気をつけろよ。女一人。一番危険かもしれないぞ」
道の説明をするヴァルにはい、とエルティアは素直に頷いた。
ヴァルが同行しようか、と言ったがかえって目立つ可能性を考慮して彼女はそれを断ったのだ。
ハーフエルフにとって単独行は慣れなくてはならないことでもあるし、逃げてもいられない。
大きな街よりも、エイムズベリーくらいの村の方がハーフエルフを迫害するものも少ないだろうとヴァルも許可を出してくれた以上逃げてはいられない。
「ソールズベリーまで後一日。シャフツベリーはそのさらに一日先、とのことだったな」
「そうだ。紹介状は書いておいた。領主ディナス伯に見せればいろいろと便宜を図ってくれるだろう」
渡された羊皮紙をスイフリィと確認し、タイラーは荷物の中にそれを入れた。
「俺は暫く用事がある。ソールズベリーで別れたら、後はしばらくいないものと思ってくれ。帰りの日、待ち合わせの時間と場所には必ず戻るから」
「解りました」「りょーかい♪」
ソールズベリーでの調査を担当するアドムンとアルディスも手を上げて応じた。
「調査するのは盗賊団の噂で御座いましたな。きな臭くならねば良いのですが‥‥」
「その盗賊団ってどんな人たちなのかしら? ヴァルさん、心当たりがあるのでしょう?」
聞かせてもらえないかしら、そう続けかけたエルティアにヴァルは首を横に振った。
「それは、まだ言えないと言ったはずだ。事前情報を得てしまうと、どうしても先入観が入るからな。最終的な判断は俺が‥‥する」
今回の件に関して冒険者達はあくまで情報収集に徹せよ、と彼は言う。言わば駒扱いだ。
ベテランの冒険者なら、怒るところかもしれないが実力と立場の差に彼らは静かに頷く。
無論、素直に頷いた理由の一つはパーシの真剣な眼差しにもあっただろうが。
「解った。だが、一ついいかな? パーシ殿」
それでもスイフリィは悪戯っぽく笑った。ちょっとした策謀を考える。
「なんだ?」
彼は答えた。
「我々の調査は信じてくれるのだね?」
「勿論だ。そうでなくては依頼など出さない」
「ならば、私達も信じてくれるとありがたい。貴公は自分の思うとおりに。君の数倍は生きている年寄りからのこれは忠告だ」
微笑むスイフリィにパーシ少し、驚いた顔を見せる。
策謀の成功にスイフリィは楽しげに微笑むと、丁寧にお辞儀をしたのだった。
○それぞれの調査 シャフツベリーの場合
「昨夜は偉そうな事を言ったが、タイラー殿が同行してくれて助かる。正直私一人だと逃げる事もままならない‥‥」
シャフツベリーの街を歩くスイフリィは小さく肩を竦めてタイラーに笑いかける。
平服に着替えて夜の街を歩く彼らは、普通の旅人にしか見えなかった。
「俺もどの程度の事ができるか解らないがな。まあ、雇われた以上はできる限りの事はして見せるさ。っとここだここだ」
タイラーは街から少し外れ、門と壁に囲まれた一軒の館にたどり着く。
周囲には門番が数名。
見回りの自警団いるようだし領主の館とはいえ、随分ものものしい警戒だと思いながら彼らは紹介状を差し出して、領主への取次ぎを兵達に願った。
「パーシからの紹介状、か。二人、というのは少し心細いが調査と言うのなら仕方あるまい」
面会に応じたディナス伯はそう言って二人にこう告げたのだった。
「実は我が家も被害にあっているのだ。家宝が盗まれている。ブラン鋼で作られた白い鈴だ」
「ブランの鈴?」
他にも金銀は盗まれているがもし、彼らを捕らえる事ができたらそれだけでも取り戻して欲しい、と伯爵は言う。
「白い鈴は二つ、対になるもの。一つはずっと失われており、もう一つは今まで殆ど外に出した事は無かった。先年、それが久しぶりに二つそろい祭りに使用したのが久しぶりの事。それがブランで作られているとまで知る者はそう多くないはずだが、奴らはまごうことなくそれを盗んでいったのだ」
「二つとも?」
スイフリィは問うが、伯爵の答えは否、だった。
「いや、一つのみだ。もう一つは街を離れた娘が持っている」
「娘? 彼女は未婚なのか? 実は俺は結婚相手を探し‥‥」
「何か残されたものは? 痕跡などは?」
花嫁を探す騎士というのは有力者に近づくための方便で、こうして領主に紹介してもらった以上無意味なのだが、どこかタイラーは本気の口調になっていた。
でもスイフリィの方が一枚上、軽く手で口元を押さえて話を続ける。
「倉庫ではなく、いつも目の届く応接室においてあったのだが丁度ごとやられてしまった。痕跡なども殆ど残されておらず、相当の腕利きの印象を受けた。そうそう、壁に大きく×の印が刻まれていたな」
「印? ですか?」
タイラーも真剣な顔になる。
「そうだ。聞けば街で何件か襲われた家も×の印が刻まれていたそうだ。共通点がある、ということは同一犯なのかもしれないな」
調査をよろしく頼む、できるなら犯人を早く捕らえて鈴を‥‥。
そんな言葉を聞きながら、スイフリィは伯爵がなんの気なしに言ったであろうある一言を胸の中で引っ掛けていた。
○それぞれの調査 ソールズベリーの場合
静かな弔いの鐘が集まった人々の涙と共にその一家を見送っていた。
「ねえ、おにいさん。ぎんゆうしじんなんでしょ? フランシアにたてごとひいてあげて?」
小さな少女の願いに頷いてアルディスは弦を合わせ、竪琴をかき鳴らした。
奏でた音楽は優しく古いわらべ歌。
葬儀には似合わないかもしれないが、止める者は誰もいなかった。
ソールズベリーの中心市街セイラムにたどり着いたその日のうちにヴァルと別れたアルディスと、アドムンはまずは広場に行って情報収集を始める事にした。
街で一番広いのは建設中の大教会前。そう聞いてやってきたアルディスはアドムンに準備を手伝ってもらいながら大きな声で道行く人々に声をかけた。
「流浪の演奏家、アルディス・エルレイルだよ〜 損はさせないから聴いてってよ♪」
賑やかな通りに、その言葉がどれほど響いたかは解らないが、幾人か、足を止めた人々は目を丸くした。
「凄い‥‥、綺麗。そして‥‥上手」
まさしく素朴な竪琴から流れるメロディーは天上の調べ。
地方都市では滅多に聞けないほどの巧みな演奏に、聞いたものは足を止め、聞かない者も集まってきてくる。
犬の背に腰をかけ竪琴を鳴らすシフールは直ぐに街中の評判になった。
人が集まり、拍手喝采を送る。だが‥‥
「あれ?」
演奏をしながら、集まった人々の顔を観察していたアルディスは、動きに出さず首をかしげた。
側で観察に専念していたアドムンはさらにもう少し早く気付く。
「どうも、皆の表情が冴えないようであるな。何か、あったのであろうか?」
と。
やがて何曲かの演奏を終え、弦も薄紫の夕闇に溶け始めて来たことに気付いたアルディスは、愛犬ヴォルの背に立つと優雅にお辞儀をした。
「ご静聴ありがとう。この続きはまた明日」
拍手と共に人々は散っていく。名残惜しそうに残る人々もいるのでアルディスは
「ところでさ‥‥」
とさりげなく彼らに声をかけた。
「‥‥今夜の宿に良さそうな所と最近物騒な話しとかってあるかなぁ? やっぱり旅をしていると何が起きても不思議じゃないけど、危険な事には近付きたくないモノ。ね、噂でも良いから何か情報ある?」
実のところ、演奏よりもこちらを聞くことがメインである。
そして人々は微かに反応し、微かに顔をゆがめる。
「どうか、したの?」
「アルディス殿!」
問いかけたアルディスの背を、トン、トントンと叩いた。
振り返ればそこには、白い服を着た教会のシスターが立っていた。
「先ほど、竪琴を演奏されていたのは貴方でしょうか?」
「そうだけど‥‥、あっ! ここで演奏しちゃいけなかった?」
アルディスにいいえ、とそのシスターは笑いかけて首を振った。
「そうではないのですが、明日、午前中はどうか演奏を控えて頂けないでしょうか?」
「? なんで?」
首を捻ったアルディスはその理由に言葉を失った。
そして、同時に自分達が目的の一つを手に入れたことに、気付いたのだった。
集まった人々の周りを飛びながら、アドムンは呟いた。
「一家皆殺しか‥‥可愛そうに‥‥」
昨日の酒場と、今日の葬儀でソールズベリーでの噂や情報をかなり入手することができた。
ヴァルが言っていた盗賊団は、ソールズベリーにもやはりやってきている。
領主家を初めとして何件かの家が被害にあっていた。
おおよその場合、その家の留守や警戒の緩い時を彼らは何故か狙っていたので財産以外の被害は少なかったのが不幸中の幸いだが、それでも被害は完全0ではなかったらしい。
室内物色中に見つかってしまったのか。父親と母親、そしてまだ10歳の女の子の三人の死体が一昨日発見された。
一家惨殺。裕福だった商家の家族は悲しい事に一人も残らなかった。
喪主のいない葬儀。親戚や隣人達とアルディスの竪琴に見送られ、彼らは静かに大地に帰っていく。
「彼らは入念な下調べをして、盗みに入る家を決めているようだ。荒らす部屋も最小限だ。犯人は複数のようだがかなり統率が取れていると言えるだろう」
そう事件を担当した騎士が教えてくれた。
「急な話だったんだよ。親戚の家に行くはずだった一家が家に戻ったのは。なんでもフランシアちゃんが熱を出したとかでね」
彼らの家の近所の夫人はそう言っていた。家に戻る途中の親子と会った婦人から聞いたと婦人同士の情報網の確かさに感嘆したいところだが、アドムンは正直それどころではなかった。
「綿密に下調べをし、最小の手順で目的を果たす。だが、目撃者は容赦なく殺す‥‥。最悪な奴らなのである!」
握り締めた拳が震える。
もし、こちらにスイフリィがいてくれたらもう少し情報が得られただろうかと、少し悔しい。
そして一際大きな鐘が鳴る中、アドムンは目を閉じた。
思い返し、怒りを新たにする。忘れないようにと心に刻み込む。
あの被害現場。真っ赤な血で溢れた寝室と、壁のあの×印を。
○それぞれの調査 エイムズベリーの場合
「あんた、丁度時期が悪いときに来たよ。もう少し早ければ夏野菜が最盛期だったし、祭りもあった。もう少し遅ければ秋の味覚が、森の恵みが森から溢れてくるのに」
「そうですか? でも、このパンも、ジャムも、焼き菓子も美味しいわよ。特にこのパイ包みなんかレシピを教えて欲しいほど」
村で一軒のみの酒場兼宿屋で、出された料理にエルティアは舌鼓をうちながら心からの思いを口にした。
彼女は冒険者ではなく、今は料理人を目指して修行の為に諸国の味や食材を勉強している旅人である。
ナイフも服の中にそっと隠してある。
「いいよ。後で教えてやる」
「わあっ! ありがとう!」
雉肉のパイ包みを大きな口で頬張ったあと、それを飲み込んで軽い言葉遣いでエルティアは聞いてみた。
「ねえねえ、今度ソールズベリーに行くんだけど、街道を普通に行って大丈夫かしら。危ない事は‥‥ない?」「多分、無いんじゃないか? この間少しゴースト騒ぎがあったが、それも終わって今はこの辺は平和そのものだ」
「えっ? そうなの? なんだかウィルトシャー? この近辺で盗賊が出るって話を聞いたんだけど?」
デザートの焼き菓子を口に運びながら確認するように聞きなおす。それでも主人の返事は
「盗賊だって盗みに入る場所を選ぶだろうよ。この村は少し前まで税金も高くて村人はかつかつの生活だったんだ。泥棒や事件事故なんて最後に起きたのは十年くらいってもんだ」
だった。
「ふ〜ん、それなら良かった。じゃあ、明日には行ってみよう!」
嬉しそうな顔をしてエルティアは立ち上がる。
心は裏腹に
(「おかしいわね。ヴァルさんは確かにエイムズベリーもって言ったのに」)
と思っていたのだが。
帰り際、何かを思い出した、と言うように酒場の主人はポン、と手を叩く。
そしてエルティアの背中に声をかけた。
「ああ! 村にはいないが街道には偶に追剥が出るらしいから気をつけな! この間もな旅の商人が盗賊に襲われて荷をあらかた取られたってよ!」
ピタリ、エルティアの足が止まった。くるり踵を返し確かめる。
「へえ、その盗賊ってどんな奴らなの?」
聞かせて欲しいな。美少女の笑みでエルティアは問う。
「数人の男で、顔は隠してたそうだよ。けど、その中の一人は手に変な十字の傷があったとさ。まったく昔そんな盗賊たちがいたらしいが、真似でもしてんのかねえ〜」
「ふ〜ん、ありがとう。気をつけるわ」
二階への階段を上り、部屋に戻ったエルティアは鍵を閉めつつ、目を閉じた。
思い返すのはさっきの店主の言葉だ。
「彼らがそう、なのかしら。後で皆とも情報交換をしてみないと‥‥? あら?」
ふと、目を開けた先に見たものに驚いてエルティアは瞬きした。
「気の‥‥せい?」
目を擦り、もう一度確かめる。今はもういない。
でも今、見た気がしたのだ。
「どうして、こんな所にあの人が‥‥? あの家に何かあるの? 後で確かめてみなくっちゃ」
村はずれの古い家。もう十年は誰もいないと言う小さな家。
何故、その家の前にパーシ・ヴァルが佇んでいたのだろうか? と。
○十字の悪魔達
そして数日後、ソールズベリーの街道沿いで彼らは待ち合わせをした。
「と、言うわけだ。ヴァル殿。訪れる商人達にも聞いてみたが犯行現場に×の印を残す盗賊の集団がシャフツベリーを狙っている事は間違いようも無いとの事だった」
「ソールズベリーでも同じである。綿密に下調べをし最小の手順で、最大の成果をあげていく。そして、目撃者には容赦をしない。そんな盗賊達に人々恐怖を抱いているようなのである。早急に何らかの手配が必要に思われるのである」
シャフツベリーとソールズベリー。二つの都市を調べた冒険者達は互いに協力し合って集めた情報をヴァルに提示する。二つの街では犯人の目撃証言は出なかった。狙われるのは商家や貴族の家ばかりだったので、幸か、不幸か冒険者達もその被害に合うことは無かった。勿論、注意深く冒険者とばれない様に行動した彼らの作戦のそれは成果でもあるのだが。
「そうか‥‥ご苦労だったな」
報告を聞き、考え込むように口を閉ざしたパーシにエルティアは一歩前に進み出た。
「エイムズベリーには盗賊団の直接の被害は無かったそうよ。でも、街道沿いで襲われたという話と、それからもう一つ、気になる事を聞いたの。十数年前にその地方にいたという盗賊団の話とある人物の噂を」
彼の表情が凍りついた。これを言えば多分彼の口はさらに閉ざされるだろうが情報収集が冒険者に与えられた仕事だ。言わない訳にはいかない。
「もう忘れてしまった人も多かったけれども、十年以上前まだ村が裕福だった頃、村はある盗賊団に狙われたことがあったって。綿密な下調べと目撃者は容赦なく消す非情の態度が恐れられていた『悪魔の十字団』‥‥。貴方が言っていた共通点を持つ盗賊団というのはこれかしら?」
ヴァルから戻るのは沈黙。それでもエルティアはさらに続ける。
「彼らの犯行の最後は一人の少女とその養い親が殺された丁度十年前の事件だそう。兄を殺された少女はその養い親も失ってある商人に引き取られたとか‥‥彼女に毎年送られるお金はその商人を通じて届けられているはずだと教会の方は言っていましたが‥‥」
「解った。よくやってくれた。情報は十分だ」
ヴァルは立ち上がり、そこで話を切った。
彼の顔に浮かぶものはただ一言で言い表せるものではない。
さまざまな思いの入り混じった決意の顔だ。
「古い過去の亡霊が再びよみがえった、と言う事だな。確かに早急に戻っての対応が必要そうだ。悪いが、先にキャメロットに戻る!」
「ヴァル!」
「パーシ卿!」
冒険者達は手を伸ばすが、雷という二つ名のごとく彼は愛馬に乗って駆け去っていく。気がつけばもう見えない程に。
「私達は役目を果たせたのでしょうか?」
心配げなエルティアに大丈夫だろうとスイフリィは頷くが、彼の顔も依頼をやり遂げた達成感あるものではない。
「これで終わりではない。これから始まるのだな。何かが‥‥」
駆け出しの冒険者とはいえ、それは解る。ここから先のことに彼らはおそらくあまり手を出せないだろうということも。
それが、ほんの少し胸を突く。
「そう言えば‥‥ヴァルは何をしてたのかな? 結局姿をあんまり見なかったけど‥‥」
アルディスのぽつりとした呟きにエルティアは口を開く事はできなかった。
あの姿は見てはいけないものだったような気がするからだ。
彼は何かを胸に抱き、キャメロットに戻っていった。
そして過去と対峙するのであろう。
ならばせめて、とエルティアは手を合わせる。
その行く先に光があれ、と。
帰路を行く冒険者達の頭上を白い天馬が飛ぶ。
まるでこれからの運命を暗示するかのように。