オーガと少女

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月13日〜09月18日

リプレイ公開日:2007年09月20日

●オープニング

 何が最初のきっかけだったか。
 仲間同士のケンカだったのか、それとも他の理由があったのか。
 草むらで何かが動く音を聞きつけそれを見つけた時、彼女には解らなかった。
 とにかく『彼』は最初に見たときから全身血まみれだった。
 今、一人だったのが幸いだった。と彼女は思った。
 もし、家族が一緒だったら絶対にこう言っただろうから。
「側に寄っちゃいけないわ。リーフィア!」
「危ない! 早く逃げるんだ!」
 でも‥‥
「大丈夫?」
 少女は白い、小さな手を差し伸べた。
「う‥‥が‥‥」
 朦朧とした意識の中『彼』の大きな手はその手を握り締めた。
 感じあった体温と体温。
 それが、始まり‥‥。

「オーガを退治して下さい! できるだけ早く!」
 やってきた青年はギルドに飛び込むなりそう告げた。
「どうしたんだ? 珍しく慌てて。お前さんらしくも無い。依頼は引き受けるからまず落ち着け」
 係員に言われ、青年は深呼吸をして手を握り締めた。
 彼の名はリド。見習い絵師として何度か依頼を出しているギルドの常連だ。
 だが、多くの場合このおっとりした青年は珍しいモンスターを見るための護衛を依頼してきた。
 ここまで焦る理由は、きっとただ一つ。
 溺愛する妹のこと。
「リーフィア‥‥うちの妹を、近くの森に現れたオーガが傷付けたんです!」
 聞いてみれば夏の避暑に借りた小さな家の近くに手負いのオーガが出るのだという。
「森の中を散歩していたとき傷を負っているオーガを妹が見つけたのだそうなのです。可愛そうだと手当てをしてやったというのにあろうことか奴は刃を向けて!」

 今から少し前、リドとリーフィアの兄妹は暑い街中では過ごし辛いだろうと病弱な娘の為に親が、町外れに借りてくれた小さな家に夏の間だけ引っ越した。
 川があり、森があり、静かで療養にはもってこいだった。
 冬を越せないだろうと言われた妹が、春を越え、猛暑の夏をなんとかやり過ごすことができたのはこの穏やかな住環境のおかげだろうと思う。
「でも、そのせいで、リーフィアはオーガに出会ったんです。なにかがあって怪我をしていた手負いだった、と言っていたんですがこともあろうにリーフィアはこっそり手当てをしていたらしいんですよ」
 傷に薬を使い、食べ物を与えた。
 食べ物を隠して持ち出す妹に気付いたリドがリーフィアを追ってその場を見つけたときには、オーガはもう身体を起こし動けるまでになっていたのだ。
 オーガに妹が近づいて驚かない兄はいまい。
「リーフィア! 何をしているんだ!」
 リドは慌て妹に近づく。
「大丈夫よ。お兄ちゃん。このオーガさんは、優しい‥‥!」
 リーフィアはオーガを庇うように笑いかける。
 だが、その瞬間。
『ウガアアッ!』
 オーガはその態度を豹変させた。
 ほんの一瞬前までは穏やかな顔に見えたのに、相手を威嚇する表情をリドに見せ、自分の側にいたリーフィアをいきなり突き飛ばしたのだ!
 リドから遠ざけるように。
「キャアア!」
 そして、リドの耳元をオーガの手から投げられた巨大な石が飛ぶ。
 鈍い音が背中で響き、リドは大声を上げる。
 驚きと怒りに心が弾けた。
「な、なんだ? こいつ。いきなりなにをする。リーフィア! 逃げるぞ。こいつはやっぱりオーガなんだ」
「で、でも‥‥!」
「いいから! 早く!」
 妹の手を引きリドは全力で走り去る。
 まだ歩けないのかオーガはそれを追っては来なかった。
 いつまでも唸り声は上げていたけれども‥‥。

「あのオーガはまだ傷が治りきっていませんでしたから、まだ森の中にいると思います。あいつはひょっとしたらリーフィアを狙っているのかもしれないし、そうでなくてもあんなのが森にいたら、僕達は外へも出られません。お願いです。あいつを退治して下さい」
 リドはそう言って去っていった。
 普通ならそのままオーガ退治の依頼として出す。
 一枚の羊皮紙が届かなければ。
『‥‥お兄ちゃんが、オーガさんを退治する依頼をギルドに出したと聞きました。でも、あのオーガさんがそんなに悪いひとだとは思えません。お願いします。オーガさんを殺さないで。そして、できるなら逃がしてあげてください』
 依頼人の妹からのシフール便。
 どうしようかと考えたあげく、係員は両方の情報を貼り出した上で冒険者の判断を仰ぐ事にした。
 オーガ退治とオーガ救出。

 二つの願いのどちらを選ぶか‥‥。
 それによって未来は変わるだろうけれども。

●今回の参加者

 ea2913 アルディス・エルレイル(29歳・♂・バード・シフール・ノルマン王国)
 eb2357 サラン・ヘリオドール(33歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb5463 朱 鈴麗(19歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb7109 李 黎鳳(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

○上から見た光景
 そっと、木の上から下を見る。
「いたいた。あれが、例のオーガ君だよね?」
 木の根元に身体を預け、目を閉じている彼の周りには小鳥や動物が戯れていた。
「やっぱり話に聞いてた通り優しいオーガ、なんだよね。よしっ! 頑張ろう!」
 高い枝の上から見ていたアルディス・エルレイル(ea2913)は手を握り締めた。
 
「依頼を見てやってきた冒険者じゃ。詳しい話を聞かせてはもらえぬだろうか?」
 やってきた朱鈴麗(eb5463)の手を
「ありがとうございます!」
「へっ?」
 いきなり彼は掴むとがっしと握り締めた。口調は独特だが鈴麗も年頃の娘。少し驚いた顔で依頼人の青年を見つめている。
「僕の依頼を受けて来て下さったのですね。お待ちしておりました。僕はもう心配で心配で、もう街に戻ろうかと。でもリーフィアが‥‥」
「リドさん、でしたわね。まずは、落ち着きましょう。私達は確かに依頼を受けて来たわ。でも依頼解決の為には情報が必要なの。お話を聞かせてもらえないかしら。リドさんと妹さんに」
「リーフィアにも‥‥ですか?」
 少し驚いた顔をしながら手を離したリドはサラン・ヘリオドール(eb2357)の言葉に瞬きする。
 明らかに嫌そうな顔をしているリドに鈴麗は警戒を解くように笑みを浮かべ答えた。
「リド殿がリーフィア嬢を心配しているのは判っておるつもりじゃ。だがオーガの怪我の程度等も知りたいのでな」
「そういうことなら‥‥こっちです」
 案内された部屋の木戸を鈴麗はノックした。
「失礼する。いいかの?」
 細い少女の声が答える。
「はい‥‥どなたですか?」
「リーフィアさんですね。依頼を受けた冒険者です」
「‥‥どうぞ、お入り下さい」
「失礼しますわ。‥‥リドさんは少し、待っていて下さいます?」
「? はい」
「あ! じゃあ、その間私が話を聞いておくよ!」 
 お願いする、と頭を下げて鈴麗とサランが部屋に入っていくのをリドは寂しげに見つめていた。

 ベッドから身体を起こした少女は冒険者の言葉に顔を輝かせ微笑む。
「皆さんは、やっぱりあのオーガさんが悪い人じゃないと信じて下さるんですね」
 鈴麗は優しく頷き答えた。
「ああ、リーフィア嬢を守ろうとしたのでは無いかと思うておる。驚いて声をあげ、駆け寄ってきたリド殿がリーフィア嬢に危害を加えると思うたのでは無いかのう」
 と。  
「私も、今ならそう思います。あのオーガさんは絶対に優しい人なんです。先に来たアルディスさんにもそう言ったんですけど‥‥」
 懸命に『彼』を庇おうとする少女。サランの頬にも笑みが浮かぶ。
「大丈夫よ。最近この近くの森で獣の死体がよく見られるとかの噂があるらしいから、お兄さんも心配しているだけなのよ。話せばきっと解ってくれるわ」
「でも、お兄ちゃんは、私の言う事じゃ‥‥」
 顔を伏せるリーフィアの髪を鈴麗は優しく撫でた。
「そちらも大丈夫じゃ、我らはその説得も含めてお主達の力になる為に来たのじゃからな」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 リーフィアはベッドの上から頭を下げた。心からの思いで。
 二人はそれを見下ろし再び微笑み、頷いたのだった。

○触れ合う心
 部屋の中から出てきた二人を待っていたのは李黎鳳(eb7109)一人だった。
「あら? リドさんは? どうしたのかしら?」
 探すサランに黎鳳は頭を掻く。
「あー、考えたいって部屋に‥‥。ごめん、ちょっと余計な事言っちゃったかも?」
「何をじゃ?」
 廊下で話をしていた三人は、暫く後また二人と一人に別れて動き出した。
 そのうちの一人の方。黎鳳は準備をして外に出るとトントン。
 窓の外からノックをした。
 閉じられていた窓は開かれて‥‥中から浮かない顔のリドが顔を出す。
「黎鳳さん‥‥」
「さっきはゴメンね。一緒にオーガの所に行こう、なんてちょっと急すぎたね」
「あ、いえ‥‥。僕の方こそ‥‥」
 まだリドの歯切れは悪い。
 黎鳳はリドの話を聞いた後、こう言ったのだ。
「‥‥ねえ、オーガに一緒に会いに行ってみない?」
「どうして! あいつは僕に向かって石を‥‥!」
「まあ、その状況を見ていなかったからはっきりとは言えないんだけど、怒鳴り声を勘違いしたのかもしれないからね。リーフィアちゃんに危害を加えるって思ったのかも」
「そんな‥‥オーガに人を思いやる気持ちなんて」
「ない、とは言えないよ。ノルマンには冒険者と心通わせたオーガがいたって言うし、本当の友情に種族なんて関係ない気がするな」
「友情に種族は‥‥」
 リドは言葉を失う。それに続いた言葉が追い討ちをかけた
「これは言っちゃっていいかどうか少し考えたんだけど、私達はね、実はリド君以外にもう一人の依頼人からも依頼を受けているんだ。同じオーガについて」
「同じオーガについて? まさか‥‥」
 黎鳳の返事に彼は部屋に篭ってしまったのだ。逃げるように。
 冒険者はきっと自分よりリーフィアが正しいと感じている。
 それが解ったから。
「私、先にアルディスさんがオーガのところに行っているから行って話を聞いてみるよ。もし、来る気になったら来てみて!」
 じゃあ!
 そう言って走りだした黎鳳にリドが何か声をかけようとした時だった。
「ぐわああっ!!」
 背後から突然声と手が伸びたのは。
「わあっ!」
 窓から乗り出した身が危うく落ちかける。それをサランが慌てて引き止めた。
「大丈夫かしら。リドさん? 鈴麗さん、脅かしすぎよ」
「すまん、すまん。じゃが‥‥驚いたであろう? オーガ殿も驚いたであろうな」
「‥‥あっ‥‥」
 振り向いた鈴麗の瞳がリドの顔と心を透かすように見つめている。
 妹可愛さと突然出会ったオーガに失いかけていた冷静さがリドにはもう戻りかけている。それを感じ
「貴方は、とっても優しいお兄様ね」
 サランは続けた。リドの気持ちに寄り添いながら。
「心配するお気持ちはとてもよく分かるのだけれど‥‥でも、このままオーガさんがいなくなってしまったら、リーフィアさんはとても悲しまれると思うの。どうか彼女の気持ちもわかってあげて」
 冒険者達の思いを噛み締めるようにリドは胸に手を運んだ‥‥そして
「解りました。行きます」
 頷いたのだった。
「僕は絵師です。先入観を持った心で見たものなんていい絵にはならない。だから、もう一度真実を確かめなおしてみます」
 真っ直ぐな瞳、真っ直ぐな心に二人は真っ直ぐな心で返す。
「良い返事じゃ。万が一の時には我らが守るゆえ心配はいらぬ」
「きっと話せば解って下さる方だと思うの。人里から離れたところに移動していただけるようにお話しましょう」
「はい!」
 そして黎鳳とサラン。そしてリドは準備を始める。
 オーガに会いに行くために。
 差し伸べた手がきっと握られると信じて‥‥。

○悲しい背中
 ゴン!
 森を進む三人は突然、森に響いた鈍い音に顔を上げた。
 鳥達の羽ばたく音がした次の瞬間のそれが聞こえてきたのだ。
「なんじゃ!?」
 耳をすませる。聴覚はあまり良くは無いが、鉄が空をきる音。そして何かに当たる音
「戦いの音?」
 冒険者達にはそれがそう聞こえた。
 慌てて走る彼らの前に突然開けた場での光景に彼らは我が目を疑っていた。
 そこにあるのは二匹のオーガの戦い。
 傷まみれのオーガがもう一人のオーガを相手にその斧を振るい攻撃しているのだ。
 冒険者にオーガの顔の見分けなど人のそれほどよく解りはしない。
 だが二人は驚くほどに似ていた。いや似過ぎていた。
「危ない! 下がって!」
 アルディスの声が聞こえた。
 慌てて後退する冒険者のいた場所に、飛びのいたオーガの一人がたたらを踏む。
 そしてまた攻撃。
「な、なんじゃ? これは?」
 驚く鈴麗に黎鳳が駆け寄った。肩口からかすかに血が落ちている。
「オーガさんと話をしようと思ってやってきたらね、急にもう一匹のオーガが現れて攻撃をしかけてきたんだよで、最初からいたオーガさんの方は私達を守るようにあのオーガに向かっていってくれてるの」
「オーガは二匹いたというのか?」
「違う! オーガじゃない。あれはもっと違うモンスターなんだよ!」
「アルディスさん!」
 頭上からの声が全てを告げる。アルディスは木の上から全てを見ていたのだ。
 最初はありふれた森の獣だったのが、木の陰に隠れた次の瞬間、オーガに変わった。
「あれが、この近くの動物の死の原因?」
「そう! そしてオーガの怪我の原因だよ!」
 冒険者は全てを理解した。そして後悔する。
 今回は戦いの準備を何一つしてこなかった事を。
「グオオッ!!」
 森に木々を揺るがせるような太い声が響く。
「! 行こう!」「くっ‥‥逃げよう!」
 アルディスと黎鳳。二人はついたばかりの仲間と、リドの手を引き来た道を戻ろうとする。
「どうして?」
「今は戦えない。彼の邪魔になるだけだから」
 苦渋の思いの二人に従って走る三人。
 だが、誰ともなしに一度だけ振り返った向こうでは赤い大きな背中がなお、それを紅く染め戦っていた。

○間違いではない間違い 
 冒険者の思いに間違いは無かった。
 ただ、間違っていたことがあるとすれば‥‥。

 扉を閉じ荒い息でだが、リドは呟く。
「あの日、まさかあのモンスターは僕の後ろに?」
 そしてリドとリーフィアを守ろうと? 遠ざけようとした?
 だとすれば『彼』は冒険者の思うとおり優しいオーガだった。
 ミスはただ一つ。
『彼』を見くびっていた事。
『彼』が理由と明確な意図を持って行動したとまで考えなかった事だ。
 情報が足りなかった事もあるのだが悔しさが胸に溢れ詰まる。
「どうしたの‥‥お兄ちゃん。冒険者さん、オーガさんは?」
 冒険者の帰還に気付いたのだろうか。出てきたリーフィアの肩を抱き
「ゴメン。許しておくれ」
「お‥‥兄ちゃん?」
 リドは泣きじゃくる。

 意味が解らず佇むリーフィアとリド、そして窓の外の森。
 それらを冒険者は今は、ただ無言で見つめていた。