【オーガと少女】鬼の瞳の涙
|
■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 50 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月25日〜09月30日
リプレイ公開日:2007年10月03日
|
●オープニング
少女はオーガにと託したハンカチの片割れを手にし祈る。
「オーガさん。どうか無事でいて‥‥」
「オーガを助けて下さい!」
やってきた青年絵師はそう言って頭を下げた。
彼がオーガを退治してくれと依頼を出してきたのは今からまだ一週間前の事。
その依頼と180度違う彼の方向変換を、係員は不思議には思わなかった。
「僕が間違っていたんです」
彼、リドはそう言って俯き手を握り締める。
彼と妹が住む別荘の近くの森。
そこに一人の傷ついたオーガが住み着いた。
妹はオーガを友とし、傷の手当をした。
兄はオーガを敵と見て逃げ出し退治の依頼を出した。
そして妹は友を守るためにオーガを守る依頼を出したのだ。
重なった二つの依頼はオーガを森から離す事。
だが、それは叶わなかった。
オーガが何故森に留まるのか、オーガの『行動の理由』に一手及ばなかった為だ。
「オーガはあの怪物と戦っていたのだと思います。何にでも化けられる変身するモンスター。最初に出会った時に僕に石を投げたり妹を突き飛ばしたのはあのモンスターから身を遠ざけ守るためだったのだと、今なら解ります。僕が、間違っていました‥‥」
目の前で繰り広げられた攻防。
自分達を庇って戦ったオーガの声が耳からまだ離れない。
『ニゲロ!』
テレパシーを使えないものたちですら彼の気持ちは解った。
だからこそ、このまま放っておくことはできなかったのだ。
「お願いします。あの怪物を倒すのに力を貸して下さい。そして、間に合うならあのオーガを助けて下さい!
僕はもう彼を恐れたりしませんから‥‥。お願いします」
リドはそう言って別荘に戻っていく。
安全を考えるなら街に戻ってきた方がいいと解っている。
だがそれでも、今はあの家にいようと決めたという。
何もできない自分達だから、ただオーガと冒険者を信じて近くにいよう、と‥‥。
今回の依頼は怪物退治。
だが、簡単な依頼では無論無い。
「敵の正体はよく解っていない。だが変身する怪物だって事だけは確かだ。しかもモンスターからオーガに変身したということは下手したら人間にも化けられるかもな‥‥」
係員は注意する。
気をつけないと仲間に化けられて油断したところをバッサリとか、依頼人に化けられて後ろからグッサリなんてことは恐ろしいくらいありうる話だ。
勿論、守るべきオーがに化けられている可能性もありうる。
油断は命に関わるだろう。
そして問題のオーガは今は生死不明だ。
リドとリーフィアは森に近づけない。
前回冒険者がいくらか食べ物を置いてきたので餓死していることはないだろうが、怪我は治ってはいないだろう。むしろ深まっているかもしれない。
生きていれば‥‥の話だが。
それでも‥‥係員は思い願う。
青年の真っ直ぐな願いを、オーガの思いやりを。
そして少女とオーガの友情を、できるなら守りたいと願って‥‥。
オーガは唸り声を上げる。
身体が軋む様に痛む。
だが、立ち上がる。
手首の白いハンカチを見て自らを奮い立たせるように‥‥。
森の中の敵にこれ以上、大切なものを奪わせはしない、と。
●リプレイ本文
○一つの欠片
出会った時のこと思い出して、リドは唇を噛み締めていた。
「思い直してみれば、確かに。僕に投げられたあの石は、ひょっとしたら後ろにいたモンスターを狙って‥‥」
「お兄ちゃん?」
俯くリドにリーフィアも悲しげに目を伏せた
「そっかー。変な怪物が原因だったとはねぇ。全然見当違いだったんだ。悪い事をしたなあ」
手に布を巻きながら李黎鳳(eb7109)は呟き
「そうですわね。私達を助けてくれたのですわ」
サラン・ヘリオドール(eb2357)も頷く。
見落としてしまった大切な欠片。彼の心と思い。
それは今も彼女らの後悔である。
「リド君達と、何より僕達のことまで守ってくれようとした彼の為にも、絶対オーガを助けるんだ!」
アルディス・エルレイル(ea2913)の手にも力が篭る。
「冒険者がオーガを助けるなんてな‥‥笑えねえ話だぜ」
自嘲するようにジェイス・レイクフィールド(ea3783)は肩を竦めるが、口ほど彼が今回の仕事を嫌がっているわけではないのは、依頼人の子供達でさえ解った。
本当に嫌だったら依頼そのものを受けはしまい。
「さって、とこれでよしっ。で、悪いけど貴方達はここで待っていてくれるかな」
立ち上がったインデックス・ラディエル(ea4910)はリーフィアの手に包帯のように巻いた白い布を叩いて言う。
「嫌です」
とは流石の依頼人達も言わない。足手まといになることは解っている。
「相手は、変身する怪物じゃからのお。下手におぬし達に変身されると守りきれなくなる可能性があるのじゃよ」
オルロック・サンズヒート(eb2020)の言葉は悔しいが事実だった。
「奴の名も正体も結局、解らなかったですからね‥‥厄介な相手です」
事前にロッド・エルメロイ(eb9943)や友人の黄桜喜八で調べてみたがイギリスでは出現がめったに確認されていないようではっきりとした情報は何も得られなかったのだ。
「でも、彼の行為は、十分紳士的だと思います。必ず助けてみせますよ」
「そ! だから、信じて待ってて。必ず怪物をブチのめしてオーガを助けてみせるから! 大丈夫、この目印もあるしね。祈っててくれると嬉しい。私達の勝利と、オーガの無事を」
白い布に大事そうに手を触れ、リーフィアは頷いた。
「はい‥‥。解りました。どうか無事でお戻り下さい」
少女の祈りを背中に受けて無表情のヴァル・ヴァロス(eb2122)にも何かが頬に浮かぶ。
森に踏み込んでいく冒険者達。それを見送る青年と少女。
彼らはまだ気付かなかった。それを見つめる怪しい瞳があったことに‥‥。
○現れた少女
「前に、彼を見つけた時はここにいたんだけど‥‥いないね」
ひらひらと目印の木の周りを飛んでアルディスは下に降りて残念そうに溜息をついた。
「まあ、仕方ないだろう。敵に見つかったんだ。同じ場所にいつまでもいるわけもない」
軽口を言いながらもジェイスは警戒を解かない。
「けれど、それほど遠くには行っていない筈ですわ。怪我も治りきっていないでしょうし、リーフィアちゃんも心配でしょうから。木の陰にでも隠れているのかサンワードには反応ないのですが‥‥」
「あ、見てみて。これ‥‥血じゃないかな。オーガ君の‥‥」
「えっ?」
インデックスが指した指の先をサランと黎鳳が駆け寄ってみる。
確かにそこには既に黒から褐色になりかけた血溜まりがある。その場所は‥‥
「うん、確かに彼がいた場所だ。彼の血だね。きっと」
思い出し、黎鳳は頷く。そして周囲を指差し確認した。
「ここから立ち上がり‥‥そして向こうに行った。敵を追ったのか、それとも逃げたのかは解らないけど‥‥」
「ならば、行く先はあちらじゃな」
血の匂いを嗅いだ犬達が同じ方向に鳴き声を上げる。
「まだ怪我は治りきっていないだろう。早く見つけてあげないとな」
頷きあって冒険者達は、その後に向かって歩き出した。
ワン! ワンワンワン!
犬の声が森に響いて、探し人の存在を告げた。
「待って! 逃げないで!」
草がガサッと音を立て動き出そうとしたのを見てアルディスは必死の声で呼びかけた。
テレパシーを使う事も忘れるほどに。
「グ? ガガッ?」
声に気付いたのだろうか。動きを止めた影に今度はテレパシーを使って呼びかける。
『ねぇ、僕が判る? また来たよ、今度こそ君を助ける為に!』
犬達も唸りを止め待っている。冒険者の思い、それが通じたのか草を踏む音が一歩、一歩と近づき影はやがて人‥‥いやオーガの姿をはっきりと冒険者の前に表しだした。
「この間はありがとう‥‥。私達のことが解る?」
オーガの首は動かない。だが、手には白いハンカチが結ばれている。
そして‥‥何よりも優しい瞳が彼の正体をはっきりと告げていた。
「大丈夫。みんな、間違いないよ! 彼は本当のオーガ君だ」
わあ、冒険者達の間に笑顔が広がった。その笑顔のまま駆け寄り
「今、怪我の手当てするから動かないで!」
「あの時、私達を守ってくれた傷だね。本当に‥‥ありがとう」
彼の周りを取り囲む冒険者達。
驚いた顔をするオーガであったが、暴れる事もなく、怒る事もなくその笑顔を受け入れていた。
「オーガは見つけた。後は敵を探す事だが‥‥ん?」
冒険者達にとって後ろの方で、見張りをしていたヴァルがふと、顔を上げる。
今、何かの気配がしたような気がしたのだが‥‥。顔に浮かべた感想を
「何か、近づいてくるようじゃの」
オルロックや動物達も肯定する。
がさがさと動く音はやがて大きくなり‥‥
「みなさん! 大丈夫ですか?」
「リーフィア‥‥さん?」
冒険者が一番良く知る少女の姿となって、冒険者の前に現れたのだった。
○姿の無い敵
現れた姿に、一番驚き、そして一番怒りを浮かべたのは冒険者の背後に立つオーガだった。
今にも掴みかからんとする彼を
「待って!」
黎鳳や女性陣たちが止める。槍で動きを制したジェイスの横を通って
「心配するな。戦場では、偽装は茶飯事だ。確認を怠った者から死ぬ」
ヴァルは一歩前に出た。
「お前はリーフィアか?」
「はい!」
少女と同じ声音。澄んだソプラノ。服装も同じでこうしているとまったく見分けがつかない。ロッドも何度も瞬きしていた。
(「手に巻いた布まで同じか‥‥。だが‥‥」)
「ならば、目印をみせてくれんかのお‥‥。わしも歳で物覚えが悪くてのお〜」
「これ?」
オルロックの問いに少女は右手を差し出す。そこには白い布が巻かれている。
「なるほど‥‥。解った!」
顔を見合わせたヴァルとジェイス。二人はそして、同時にそれぞれの武器を持って少女に向かって切り込んでいった。とっさに身体を避ける『少女』だが、その剣と槍は手と腹を掠めていた。
「‥‥な‥‥ぜ?」
人間のそれとは違う傷を押さえて唸る『怪物』にオルロックは勝ち誇ったように笑った。
「愚か者め。本当の目印はこの白い布の下のこれじゃよ‥‥」
結んだ白い布の下にはインクで描いた黒い×印。
『くっ‥‥』
崩れかけた身体で森の木の後ろに隠れた『怪物』。それを追う冒険者。
ほんのわずかの間に、その姿は
「ちっ! 武器までコピーしやがるのかよ!」
苦笑するジェイスと同じ外見、ポーズをとっていた。手に持つ自慢の槍さえも不思議な光を放つ。でも
「まったく、同じじゃないよ!」
「そうだな。もうはっきりと解る! 合言葉を使う必要も無い!」
「何よりも変身ってのは目の前でやられては意味がないのですよ!」
「同感。行くよ! ムーンアロー! この森の生き物たちを傷つける悪い怪物に当たれ!」
『ぐあああっ!!』
悲鳴にも似た声をあげた偽ジェイスに冒険者達の、剣が、槍が魔法が迫っては振り落とされていく。
そして‥‥
「大丈夫。あれは、私達が倒します。無理を‥‥えっ?」
弱りきった『怪物』の首と言うとどめは、オーガの斧が吹き飛ばし下した。
命と一緒にその姿を失っていくのを、冒険者と一緒に見つめる『彼』。
その目には、小さな雫が光っていた。
○出会いと別れと夢
「リーフィアちゃん? 大丈夫?」
ふと振り返りインデックスは後ろからついてくる少女に声をかけた。
急かしたのは自分だが少女は病み上がりだから心配になったのだ。
「だ、大丈夫です。急がないと‥‥」
「待ってくれんかのお〜。年寄りに急ぎ足は堪える」
足取りおぼつかないオルロックの方がある意味心配だが、それはさておき依頼を終え彼らはある場所に急いでいた。
そこは約束の場所。
「もう少しでいいから、待ってあげててくれないかな? ね、少しだけ」
「あっ! 来ましたわ」
今にも去らんとするオーガが振り返る。そこには数週間前、初めて出会った時と同じ構図があった。
「オーガ‥‥さん?」
少女は白い、小さな手を差し伸べた。
「う‥‥が‥‥」
『彼』の大きな手はその手を握り締めた。
「ありがとう。リーフィアや、みんなを助けてくれて‥‥」
テレパシーではない、ただの言葉。
だが、心は確かに伝わっていると冒険者達は解っていた。
やがて少女の手を解き、彼は歩み去る。
「お別れを言うには早すぎるんじゃないかな?」
黎鳳は言ったが、彼の足は止まる事は無く森に消える。
「オーガさん!」
「彼は、大事な者をあの怪物にやられたみたいだった。きっと家族のところに戻るんだよ」
アルディスは彼が残していったハンカチを握り締めて少女を慰める。
「でも、きっとまた会えますわ。いつか‥‥」
「‥‥はい」
サランの手を握り涙を目に浮かべ彼を見送る少女。
そして、冒険者達もまた名前も聞けなかったオーガを少女と共に無言で静かに見送っていた。
それから暫くの後、冒険者は一枚の絵を目にする事になる。
冒険者に礼代わりにと送られたその絵は、花畑の中、冒険者が穏やかに休んでいる図が描かれていた。
彼らが見守るその中央にはオーガと、その膝の上で遊ぶ少女の姿。
みんなの夢が絵の中で叶えられたのである。