●リプレイ本文
養蜂の最盛期は春。だが夏が終わり、秋、そして冬に向けての準備の為、蜂達はまだまだ元気に飛び回っている。
「わー、蜂がいっぱいだー。刺されたくないから巣に近寄るのは止めとこー」
「君子危うきに近寄らず、って危うきに近づくのが冒険者ってものですけど」
周囲を飛び交う蜂の群れに驚き気味のアルノー・アップルガース(ea0033)の肩でカルノ・ラッセル(ea5699)は苦笑した。
「あれ依頼人かな? うわ〜重そ〜暑そ〜」
蜂の群れの奥、人影らしきものが見える。ミル・ファウ(ea0974)はギリアム・フォレス(ea5444)の背後に隠れて正直すぎる感想を口にした。
まだ暑さも残るのに分厚い皮の長袖、長ズボン。体中に蜂をつけて働く彼らの姿は尊敬に値する。
ふと、中の一人が冒険者に気付いたのか こちらにやってきた。帽子から垂れる顔の前の網。その下から現れた赤銅色の肌、明るい目の男は頭を下げた。
「やあ、いらっしゃい。今回はお世話をおかけします」
彼はこの養蜂場の主人エドアールと名乗った。エドとでも呼んでください。と気さくな彼に冒険者達の頬も緩む。
「ところで皆さん、蜂蜜はお好きですか?」
突然の質問にはーい♪と元気良くレフェツィア・セヴェナ(ea0356)は手をあげた。
「僕、蜂蜜大好きだよ」
「私も甘いものには目がありませんの」
シスカ・リチェル(ea1355)も同じエルフであるレフェツィア(僕のことはレフィって呼んでと彼はウインクする)の笑顔に同意の笑みを送る。
「この依頼を受けるものに蜂蜜嫌いは少ないでござろう」
皆も同意見ではあるようだが、それを言ったのがやや年嵩の忍者、葉霧幻蔵(ea5683)であることにシーダ・ウィリス(ea6039)はちょっと意外に思えた。意外といえば自分の職業と装備のギャップもかなりなものだが、それは口にしない。
「いあ、いあ、はすたー‥」
「は?」
「いえ、美味しい蜂蜜酒を期待しています」
エドは機嫌を良くしたようだった。冒険者達に家にある必要なものは自由に使っていい、と気前良く告げそして‥
「ちょっと待ってくださいね」
作業場に戻り何かを持ってくると、小さく割って冒険者達の前に差し出した。
「?」
「これ食べてみて下さい。そのままパクっと!」
それは白い塊に乗せられた黄金の蜜。いわゆる巣蜜というものだ。抵抗もあるが‥一口。
「これ本当に蜂蜜?」
捕れたての蜂蜜の濃厚な甘さは冒険者達にとって始めて初体験。完全に魅了されていた。レフィやシスカなどは恍惚状態ですらある。
「無事採取が終わりましたら特製ミードと蜂蜜をご馳走しましょう。よろしくお願いします」
餌に釣られた、と言われてもいい。彼等は明らかにやる気を出した(比較1.5倍ほど)
「美味しい蜂蜜の為に!」
「おー!」
養蜂場は森に面した場所に置かれていた。いくつもの丸い壷のようなものが台の上に置かれている。
そこからスープが冷めないくらいの距離に家族と使用人の居住空間があった。
蜂の巣から少し離れた倉庫を拠点に彼等は作業を始める。
「レフィ殿、そのロープをお借りできまいか?」
「これで罠を作る予定だったんだけど‥いいよ」
「かたじけない。これで罠の鳴子を作るとしよう」
「あ、私も手伝うよ」
「ミル、無理をするなよ。ゲンちゃん、これでいいかの? 材料を貰ってきたぞ」
幻蔵を中心に罠の鳴子作りをするグループ。そして
「ふむふむ、やっぱり森の方から来る動物が多いのね。蜂の巣は一箇所に集めたり出来ない?」
「夜警も必要かしら‥あ、アルさん、お帰りなさい。どうでした?」
カルノを肩に乗せたアルノーが森のパトロールから戻ってきた。去年までの獣の出現場所の聞き込みをしていたシスカとシーダが出迎える。
「うん、森のあっちの方に足跡があったね。小動物と、それから熊らしい爪あとも」
「森の出口辺りを警戒すれば有効に戦えると思う」
こちらは具体的な警戒対策をするグループ。それぞれが綿密に準備を始める。
彼らを頼りにしているかのように、蜜蜂達は彼らの周囲で優しい羽音を立てていた。
一日目、二日目は大きな動きは無かった。
狸や、狐らしい小動物が近づいてきた形跡はあった。だが、多くは‥
カラカラカラ〜ン!
自らがひっかけた鳴子の音に怯え逃げていく。
「こういう素直な子ばかりだと楽でいいですね」
シーダは何度目かの鳴子の音に顔を上げ、微笑んだ。
「そだね、このまま終わるといいんだけど」
おやつに出された木の実の蜂蜜漬けをつまむレフィはひょいと横を見た。
さっき見張りを交代したアルノーとカルノが二人でのんびりとお昼寝中だ。合図用に作った旗を毛布代わりにお腹にかけて‥
寝返りをうったアルにお腹の上で寝ていたカルノーは潰されそうだ。
「ふみゅ‥アルさん‥重い‥」
向こうでは
「ほら、ミル。落ちるでないぞ」
「シフールに何言ってんの? でも蜂蜜とりも大変なんだね。蜂蜜トーストに蜂蜜ミルク、蜂蜜レモンに蜂蜜ティー‥。蜂蜜のお世話になる事はよくあるからね。蜂蜜はきっちり守っていくわよ」
まるで親子のように仲良さげに森の周りを見回るギリアムとミルの姿がある。
周囲を飛ぶ蜂たちも自分達に攻撃を仕掛けない限りは決して刺さない。
のどかな一時‥
「このまま何も無く終わればいいんですけど‥ね」
シーダの願いは叶わなかった。
三日目のまだ暗さが残る早朝‥、ランタンと松明を持って見回る幻蔵とシスカは、同時に森の奥からあるものを感じた。
自分より強い何かが来る‥気配
「! 来たでござるか‥シスカ殿、皆に合図を!」
「了解!」
熊との間に間合いを取る幻蔵の言葉に頷くと、シスカは近くの鳴子を思いっきり鳴らした。
ガランガランガラン!
「分身のじゅ‥うわっ!!」
幻蔵の横を巨大な影が走りすぎていく。かすかに生まれた分身を突っ切って、影は近くの蜂の巣に向かって突進した。
「‥グワッ!」
蜂の巣の丁度前に罠が仕掛けてあった。幻蔵が仕掛けた中動物用罠(by猟師セット)熊には大した効果は無かったが、一瞬の足止めにはなる。
「悪いね。これ以上先に行ってもらっちゃ困るんだ」
一番最初にたどり着いたアルノーは剣を構えて仲間の到着を待つ。その時、星も見える晴れた夜空に一陣の雷光が鳴り響き、熊の頭上に落下する。
「ライトニング‥サンダーボルト!」
「‥ウガア‥!」
獣がまったく警戒していなかった頭上からのサンダーボルトに、一気に熊の前足が折れた。
「一気に決めましょう。お願い!」
「月の光に導かれて、穏やかな眠りを‥。スリープ」
「動きよ。止まれ!」
熊の魔法抵抗は強くは無い。サンダーボルトで弱っていたところにかけられた二重の魔法は心と肉体両方の抵抗をあっさりと奪っていった。
8人の連係がとれれば本当に困る敵はない。たとえ熊であろうとも‥
「こちらの都合だけど‥ごめんね」
4本の剣と雷と炎が同時に落ちる。一つの願いを胸に。それは叶っただろう。
せめて、苦しませずに‥
「皆さんのおかげで無事採取は終了しました。今日はご存分に楽しんでください」
エドの言葉にワーッと歓声が上がる。並べられた蜂蜜酒、蜂蜜入りミルク。ケーキ。心づくしの、でも養蜂場でもなければ食べられない料理が並ぶ。
「クハー! やっぱり蜂蜜酒は発酵が進んだものが美味いのお。この酸味がたまらんわ」
「そう? 私は甘い方が美味しいと思うんだけど‥」
依頼の最終日、打ち上げパーティで杯をあけるギリアムの横でペロンと舐めた蜂蜜酒の味にミルは顔を顰めた。
「ならこっちで一緒に蜂蜜入りミルク飲もうよ。ミルさん」
「ケーキも美味しいですわ」
レフィとシスカの手招きにわーいと笑顔で飛んでいくミルを見送るギリアムの背を幻蔵はポンと叩く。
「新鮮な甘み。こくのある旨み。本当に美味しいです」
小さい身体のどこに入るのか、シーダも黄金の酒を静かに、だが確実に喉に流していく。
「いいですねえ♪ 蜂蜜酒。あ、おかわりお願いします」
カルノーもまた自らの杯を何度目かあけている。シーダ以上にどこに入るのか謎ではあるが。
「僕は未成年だし、これがあればOK。熊鍋も美味しいよ」
料理に舌鼓を打ちながら、アルノーは貰った保存食の中の瓶をちらちらと覗いた。当分楽しめそうだ。
鍋の中で熊の肉が煮える。
鳴子や罠をかい潜ってまでやってきたのはこの熊一匹だった。無益な殺生はしたくない。だからせめて皆で食べようと。そう決めた。
熊鍋を神妙な顔をして突く冒険者に
「ご存知ですか?」
給仕をしながらエドは言った。金色の蜜が一すじスプーンから滴り落ちる。
「このスプーン一杯の蜂蜜を作るために、蜂百匹が百の花から蜜を集めないといけないんですよ。蜂蜜は正に蜂たちの命の結晶なんです」
熊には熊の、蜂には蜂の言い分があるだろう。
食べられるために生きたわけでも、取られるために蜜を集めた訳ではないのだから。
だが‥
「食べることは力を貰って生きること。生きているということは自分以外の者の命と共にあること。それを忘れないで下さいね」
翌朝、報酬を彼等は受取った。
「言ってくだされば必要経費はお出ししたのに」
ギリアムのカンテラ、油、ロープなど依頼のために用意された品はエドが買い取る形で報酬を割り増した。
「‥報酬よりも‥あのな‥」
ギリアムの耳打ちに、エドは笑って頷くと酒瓶を一本渡した。中身は‥ギリアムが破顔する。
「お陰で今年も蜂蜜酒を作ることが出来ます。また酒場に卸しますからぜひ、飲んでくださいね。気の抜けたエールばっかり飲んでちゃダメですよ。身体に悪いです!」
冒険者たちは苦笑いを浮かべた。素直にはハイとは言えないが‥
「でも‥今度はちょっと蜂蜜酒も飲んでみようかな」
自分達を見送る家族と、蜂たちに手を振りながらほんの少し、そんなことを考えて彼等は街へと戻っていった。