【英雄2 外伝】狙われた月と太陽の街

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:16 G 29 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月07日〜10月17日

リプレイ公開日:2007年10月15日

●オープニング

 ことは、慎重と人手を要する。
「人数は‥‥かなりいるな。十‥‥ニ十弱というところか‥‥」
 一人では、いかに彼と言えども問題解決は困難と思えた。
 エイムズベリーから始まった調査は、ここで終着を見た。
「墓参りの筈が、結局仕事になったな」
 苦笑しながらも彼はまた気配を消して様子を伺う。
 盗賊の襲撃。被害に合った人の証言を元に追跡を進め敵のアジトらしいところををようやく発見した。
 だが、まさか、ここまで堂々とキャンプを組んでいるとは思わなかった。
 以前の奴らは古い洞窟などにすみついていたのだが‥‥。
 聞けばこのオールド・セイラムと呼ばれる場所は今の街が出きる前に使われていた古い街で、今は住民の移動は完全に終わりは廃墟になっていたのだとか。
 そこを彼らは狙ったのだろう。
「時間があるのなら、キャメロットから騎士団を呼ぶという手もあるのだが‥‥」
 残念ながら今回は時間が無い。
 彼自身にも、それから事件の解決の為にもだ。
 余裕は見れて一週間から十日。それ以上だと被害はさらに広がり、奴らはさらにのさばるだろう。
「見たところ統率はいまひとつだ。首領は不在なのか‥‥?」
 もし、首領が彼の思うとおりならこんな事は許すまい。
 狡猾かつ、残忍な集団が見せたこれは、隙だ。
「ならば、この隙を見逃すわけにはいかないな‥‥」
 物陰で気配を消していた戦士は呟いて、今度は気配ごと姿を消す。

 そして‥‥キャメロットまでの早馬が走っていった。
 冒険者ギルドに向かって。

 それは、円卓の騎士パーシ・ヴァルからの正式な依頼だった。
『ソールズベリー、オールド・セイラムにて盗賊団を発見。退治を依頼する』
 少し前からウィルトシャー地方では盗賊団の噂が聞かれるようになっていた。
 金持ちなどを重点的に狙い、下調べも完璧で目撃者はもれなく消すが、無駄な事はしない狡猾かつ残忍な盗賊団。
 統率も取れていて、今まで殆ど尻尾が掴めなかった。
「だが、最近奴らの動きに変化が見られるようになった。行動が雑になりキャラバンや商店などを意識せずに襲うようになったのだそうだ」
 係員はパーシからの依頼書と報告書を読み上げる。
「間一髪難を逃れたものもいて、彼らの証言や追跡調査から奴らがオールド・セイラムと呼ばれる廃墟に住み着いているらしい事が解った。オールド・セイラムはソールズベリーが今の場所に移る前に使用されていた街でしばらく行き場の無い住民が住んでいたが、今は完全に無人になっていた」
 なっていた。過去形なのは何故だろうと思う冒険者に、係員は続ける。
「近いうち新しい街の為の石材にする予定だったが、そこを今、あるキャラバンが税金を払って借りている。どうやらそのキャラバンの留守中に盗賊たちが住み着いたのかもしれないな」
 あまり目立たず、だが速やかに彼らを監視し、証拠を掴んだら殲滅して欲しい、というのが今回の依頼だった。
 実は調査に当たっているパーシ自身も彼らの犯罪現場を目撃したわけではない。
 周囲の街での聞き込みと足跡、そしてキャンプの様子から判断したようだ。
「騎士団を派遣して、警戒されると尻尾がつかめなくなる。パーシ自身は依頼が受理された後、どうしても外せない用事があってキャメロットに戻るという。故に密かに、そして速やかに、できるか?」
 できるか? と問われてできない、などと言う冒険者はいない。
 盗賊団の殲滅と言うのは大仕事だが、彼らはきっとやりとげてくれるだろうと、依頼人も、係員も信じていた。 

「おい? やるのか?」
「勿論だ。首領がいたらいつも首根っこを押さえられながら仕事しなきゃなんねえ。今が大きなヤマで稼ぐチャンスなんだぜ」
「そりゃあ、そうだが‥‥」
「それに、いい加減男同士のむさい生活にも飽き飽きしてるんだ。領主の女‥‥さぞかしな‥‥」
「確かに美人ではある。まるで月の化身のようだ。よしやるか‥‥」
 獣のような男達の眼の向こうには、
「ルイズ様〜〜」
 孤児院で子供達と笑いあう、美しい女性の姿があった。

●今回の参加者

 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5322 尾花 満(37歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6284 カノン・レイウイング(33歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb5422 メイユ・ブリッド(35歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

アルミューレ・リュミエール(eb8344

●リプレイ本文

○攫われた月の姫
「ほ、ホントなんですかぁ? それはぁ〜」
 旧知の冒険者エリンティア・フューゲル(ea3868)の問いに、ソールズベリー領主ライル・クレイドは頷いた。
 その表情は苦いを通り越して、苦しげでさえある。
 彼の気持ちを察して冒険者達は暫く声をかけることさえできなかった。
 
 今から数刻前。冒険者たちはウィルトシャー地方、ソールズベリーの首都セイラムにやってきていた。
 彼らは円卓の騎士パーシ・ヴァルの依頼を受けこの地方で増加の一途を辿る盗賊団の調査と捕縛を目的としている。
「こっちに来てよかったのか? あっちの仕事とパーシの旦那ほってきてさ」
 今更と思いつつリ・ル(ea3888)は横目でキット・ファゼータ(ea2307)を見やって声をかけた。
 帰った答えは半分予想通り。
「いいんだ! あんな奴! 怪我人のくせに、平気な顔して。殺したって死なないんだから!」
 ぷいと膨れ顔でキットは顔を背ける。
「それに放ってきたわけじゃないわ。嫌な予感がするの。この盗賊団‥‥まさか‥‥」
 キットの視線はクァイ・エーフォメンス(eb7692)の言葉に上がり、そしてまた下がる。
 彼らのいう予感の意味がなんとなく解るから、リルもそれ以上は問わずに前を向いた。
「でも、まあ俺はそんなにウィルトシャーと縁深いわけじゃないんだが‥‥、なんかこの街ざわめいてるな。落ち着かないと言おうか‥‥。いつもこうなのか? 祭りでもあるのか?」
「確かに‥‥な。どうなのだ? フレイア?」
 友と夫、尾花満(ea5322)に問われたフレイア・ヴォルフ(ea6557)は目を閉じ考える。彼女にとってもソールズベリーは久しぶりの来訪。
 どうこう言えるほど熟知しているわけではない。だが
「なんだかおかしいですぅ〜」
「そうだね。確かに何か‥‥ざわめいている‥‥」
 エリンティアの言葉には完全に同意だった。どこか落ち着かないこの空気は‥‥。
「何か、大変な事が起きたのかもしれない。ちょっと、急ぐよ。エリンティア! 話は通っている筈だ!」
「解りましたですぅ〜。急ぎましょ〜」
 早足で進む二人。その後を冒険者達は追い、進み‥‥領主館にて彼らは事情を知ることになる。
「誘拐‥‥ですか? 奥様‥‥が?」
 話を聞いてメイユ・ブリッド(eb5422)は瞬きした。これは、もう物騒どころの話ではない‥‥。
「そうだ。昨日の事になる。妻ルイズは今、孤児院で子供達の世話をする仕事をしている」
 メイユが視線を前に戻す頃には真剣になった冒険者達にライルは事情を説明していた。
「昨日は子供の一人が熱を出し、妻がその子供を医者に見せるために孤児院を出たらしい」
「孤児院で、貴婦人が仕事を? 奥方というの彼女のことだとは聞いていましたが‥‥」
 ルーウィン・ルクレール(ea1364)はさりげに告げたライルの言葉を確認するように問う。
 ルイズという名は以前、この街である種の犯罪を犯した一族の長と同じ。彼女にはルーウィンも僅かながら面識があった。
「領主の妻となっても態度が変わるような女ではあれはない。だからこそ、私は愛したのだ‥‥」
 どこかの誰かが聞けば怒りそうな惚気セリフだが、幸い今、ここには彼も、彼の代理人もいない。
「話を続けましょぉ〜」
 エリンティアに促され、ライルは続きを話した。
「医者に薬を貰い、孤児院に帰る途中で妻は賊に襲われたようだ。一人二人の犯罪者が妻を襲うのは偶にあるので普通は別にかまわんのだが」
「賊に襲われるのが偶に? 別にかまわんって、それでいいのですか?」
 またまたさりげにライルは、他人が聞けば怖い事を言う。だが、これに関してはカノン・レイウイング(ea6284)以外はあまり驚かない。
 話には聞いていたからだ。エリンティアが微笑んで言う。
「ルイズは〜月魔法の達人なんですぅ〜。不埒な男の一人や二人だったら返り討ちにできますよぉ〜」
「だが、今回は事情が違ったのだ。ルイズは黙って連れて行かれてしまい子供と共に戻ってこない。住人の何人かや裏路地の住人達が怪しい男達と歩くルイズを見かけ、そして昨日‥‥これが届いた」
 差し出されたのは一枚の羊皮紙。
『奥方は預かっている。無事返して欲しければ一万Gを用意しろ。三日後取引について連絡をする』
「なるほど‥‥な」
「金銭的な余裕は正直あるとは言えないが、それは問題ではない。二人の命に代えられるものではないからな。だが‥‥金を渡して二人が戻ってくる保証は無い。だから、冒険者に我々も依頼を出そうと思っていた」
 奥方誘拐。それが街の空気を重くしている理由だろう。
「事情は連絡を受けている。正直、我らにとってもお主達の来訪は天の助けなのじゃ」
 ライルの言葉と思いをタウ老人、ライルの後見人にして相談役が引き継ぎ、
「どうか、妻と子供を探し出し、助けて欲しい。報酬は無論出す」
 また戻した。ライルの願いは領主として以前に、妻を思う夫の願いだった。
「報酬なんて気にしなくていいよ。‥‥その代わり、協力してくれないかい?」
「手紙での依頼の件か? オールド・セイラムに盗賊が巣食っている可能性がある‥‥と?」
 腕組みをしながらフレイアは頷いた。
「そう。計らずもライル殿。あんたの危惧が現実になったって訳だけど、‥‥タイミングが良すぎるからね。このソールズベリーに二組も犯罪集団がやってくるってことはさ。あたし等が調査を続けて証拠を掴む。ルイズの居場所も探す」
「俺達は依頼された仕事がスムーズに進み、あんたは奥方救出の人手が手に入る。悪くない話だと思うが‥‥」
「私も行く!」
 突然の声にリルは少し目を丸くする。声の主はライル。
「妻の救出。街を狙う盗賊団の退治。どれを取っても私のすべき事だ。冒険者が力を貸してくれると言うのなら私も‥‥」
 彼の声と顔は真剣そのもの。だが
「ダメですぅ〜」
 いつも通りの気が抜ける声で、だがきっぱりとエリンティアは告げた。
「ライル様が動いたら気付かれてしまいますぅ、ここは僕達に任せて欲しいですぅ」
「しかし!」
「僕達がしんじられないですかぁ〜?」
 ニッコリ、笑うエリンティア。だが、ライルも彼との付き合いは長い。
 いつもと変わらぬ笑顔。だが、彼がいつもと同じではない事に直ぐに気がつく。
 笑顔に隠した思いに。だから答えた。
「いや‥‥信じている」
「ありがとうございますぅ〜。大丈夫ですよ〜。ソールズベリー‥‥ウィルトシャー地方で悪さする人にはきっちり、しっかりお仕置きですぅ」
 彼は笑う。その笑顔をライルは信じて‥‥
「解った。お前達にソールズベリーと私と、妻の命運を預けよう」
 と、頷いたのだった。
「御領主、代わりと言っちゃなんだが後方援助と‥‥頼みたい事があるんだがいいだろうか?」
「タウ老。今は、オールド・セイラムには一般人はいないんだろう? 使用に足る建物とかはどんなだい? 無理を言って悪いが地図とかないかな。さらに無理を言うと裏の人らが使ってた隠し部屋とか通路とかも解るとありがたいんだけど」
 早速始まる相談。
 その最中、開かれた窓から、一羽の鷹が空へと舞い飛んで消えていった。

 そして、ここはオールド・セイラムと呼ばれる廃墟。
「あれが、パーシ殿の言っていた盗賊団でござるか‥‥。静かにするのでござるよ。茶助」
 葉霧幻蔵(ea5683)は街を取り囲んでいたであろう塀の壊れた場所から『中』を覗いていた。
 中、と言ってもここから見えるのは壊れかけた町並みだけ。
 詳しく見るにはもう少し近づいた方が良さそうだ。
 空から見るのも一つの手だが、グリフォンの長飛丸では目立ちすぎる。
 やはり、自分の足で、と後一歩を踏み出しかけた時。
「ん? あれは‥‥?」
 幻蔵は慌てて身をもう一度隠す。桶を持って歩いていく女性。あれは‥‥知人の家の肖像画でよく見た‥‥。
「まさか‥‥ルイズ殿? 何故、このような所に‥‥」
 その疑問に答える存在が、今、彼の頭上を旋回していた。

○囚われの友
 からから、ころころ。ガラガラ、ゴロゴロ。
 小さな荷馬車に大きな荷物。
「おい! もっと力を入れて押せ! ハロウィンまでもう間もない。急いで荷物を届けなきゃならんのだからな!」
 馬を操る御者は後ろで荷物を押す青年に声をかけた。
「解っているよ。でも、ものが酒なんだからこぼしたり、樽を壊したりしたら元も子もないだろう?」
 プンと、周囲にエールの匂いが立つ。確かに荷物は酒のようだ。
「この辺には盗賊も出ると言う噂だし、早く通り抜けるんだ!」
「そんな事言ったって、穴に車輪が嵌っているんだ。お前さんも手伝えよ。一人じゃとても無理だ!」
「仕方が無いなあ。待ってろよ!」
 手綱をから離し、男は馬車の後ろへと回り込んだ。
 男二人が力を合わせ車輪を持ち上げ
「「よいしょおお!!」」
 やっと馬車は街道に真っ直ぐ立った。
「やれやれ。とんだ時間を浪費した。早く行くぞ‥‥!」
「ちょっと待て!」
 車輪を持ち上げるのに手一杯で気付かなかった。そんな顔で男と青年は周囲を見回す。
 自分の周りを取り囲む男達を。
「金と食い物を出せ! あと積荷も置いていってもらおうか?」
 ナイフにショートソード。大剣を構えるものもいる。その数は十人と言ったところだろうか?
 誰もが暴力を生業とするものだと護衛役‥‥だったのだろうか? 青年の方は気付いたようだ。
「金と食い物はともかく、積荷は渡せん‥‥これは大事な‥‥」
 抵抗する男の手を慌てて引いて後ろに下がる。
「バカっ! 何言ってんだよ。命あってのものだねだ。逃げるんだよ!」
「何を言って‥‥お前は護衛のくせに‥‥」
「一対十で叶うか! 文句は護衛代をケチったあんた自身に言え! とにかく逃げるんだ! ほら! 財布ならやるよ!」
 ポーン、護衛青年は高く財布を空に投げる。盗賊たちの視線と手がそれに向かった隙を見て二人は逃げていった。
 盗賊たちは軽く舌打ちはしたものの‥‥追おうとはしない。
「ボスにバレたらどやされるかな。‥‥まあいい。とりあえず今は酒だ」
「ちっ。この財布殆ど入っていやがらねえ。逃げるための策だとしたら頭のいい奴だぜ」
「おい! 早く酒を運ぶぞ! 今日は久しぶりにうまいメシとうまい酒にありつける! 宴会だ!」
「いい女もいるしな。ボスが戻る前に命の洗濯と行こうぜ!」
 どやどや、がやがや。そんな事を煩く騒ぎながら男たちは荷車を押して去っていた。
 そんな彼らを草陰から伺う声が聞こえてくる。
「‥‥なるほど。確かに雑な仕事ですわね。あれなら足跡を追うまでもありませんわ」
「後ろにも警戒していないようであるな。このまま跡をつければ本拠地にたどり着けるかもしれん‥‥おや?」
「お帰り。キット。リル。ご苦労さん。名演技だったよ」
 振り返りフレイアは一仕事を終えてきたばかりの仲間を向かえた。さっき逃げていった商人と護衛。
 リルとキットの二人だ。
 ユイエや満と共にフレイアは旅人を装って、二人の跡を付けていたのだ。
 二人を守るためではない。彼らが危険な目に合うとは思ってはいない。
 彼らの実力を信頼している。
 だからこれは相手の人数と様子を把握し、追跡するためだ。
「もう少し本気で追いかけてくるかと思ったが気が抜けたぜ。‥‥確かに隙が多い奴らだ。頭も悪そうだな」
 腕組みしながらリルは思う。簡単な情報収集で領主の奥方誘拐犯と盗賊団への共通点が見つかった。
 別チームの仲間達が調査をしているが、ほぼ間違いないだろう。
「計画も成功したしこのままなら予定通りいけるな。問題は‥‥囚われている人質の方がどうだか、だけど‥‥」
 心配げなキットにフレイアは呟く。
「今のところ、オールド・セイラムの方からの連絡は無いから大丈夫だと思いたいけど」
「もし、何かあったら作戦は即座に破棄して救出に入る。行こう。なんとしても人質を救出する!」
 気付かれないように声こそあげなかったが、仲間達の心は一つとなって首は前に、身体は敵を追って動いていた。
 
 目を閉じて彼女はしゃべらない友たちの声を聞く。
「そう。‥‥ありがとう。助かったわ」
 羽ばたき、遠ざかる鳥や獣達を見送ってカノンは仲間達の方に向かった。
「やはり、オールド・セイラムにいるのは盗賊団に間違いないみたいね。動物達が女性と子供が囚われているって言っていたから」
「ダウジングでもオールド・セイラムに、奥方がいると反応したわ」
 愛用のペンデュラムを握り締めクァイも言う。
「そうですか‥‥ならば、後は二人の報告を待つだけですね」
 あの二人なら大丈夫だろう、そう思いながらも心配を消す事ができず待っていたルーウィンは
「おや。戻ってきたようですね」
 森影から現れた二人にホッと胸を撫で下ろした。
「どうでしたか? お二方。向こうの様子は‥‥」
 そして出迎え、問う。二人はオールド・セイラムの偵察に行っていた。
 その情報は重要だ。
「なんとかルイズ殿を見つける事ができたのでござる。今のところはまだ無事のようで少し安心したでござるよ」
「どうやらぁ〜、ルイズは料理をすることと、魔法でとりあえず自分と子供の身を守ったようなんですぅ〜。さすがですぅ〜」
 昔、不幸な子供を助けるために犯罪も辞さなかった彼女の強さ、賢さを再び垣間見た気分で、エリンティアは少し嬉しく思っていた。
 無論、
「もっとも彼女が無事だからと言って誘拐の罪が消えるわけではないですけどねぇ〜。フフフ‥‥地獄送りですぅ〜」
 彼の怒りが収まったわけではないのだが。
 敵を壊滅できたらエリンティアからの保護も必要かもしれないと、半分冗談、半分本気でルーウィンは思う。
 口には出さなかったけれども。
「魔法でぇ〜、敵の大体の位置や見張りの場所は把握してありますぅ〜。後で報告しますよ〜」
「でも、無事だというなら救出は急いだ方がいいわ。向こうの作戦が成功したら今日は酒盛りになるかもしれないから、女性にとって危険度が増加する‥‥」
「そうでござるな。皆の下に急ぐのである」
 肩に止まっていた鷹を空に放って幻蔵は言う。
 走り出す仲間から、一度だけ足を止め外れてエリンティアは木々の向こうのオールド・セイラムを見る。
「待ってて下さいねぇ〜。必ず助けますからぁ〜」
 聞こえてはいないだろうが囚われの友に向けて彼は静かに思いと、言葉を送ったのだった。

○天国と地獄
 その夜。 
 オールド・セイラムには大きな篝火が焚かれ、男達の下卑た笑い声が響き渡った。
「いや〜。いい酒に旨い食い物。やっぱり男の夜はこうじゃなくっちゃ! なあ!」
「まったくだ! あの人との仕事に間違いないが、安全過ぎてちーっとばっかり物足りねえ。やっぱりもっとスリルが欲しいよなあ。大人しい商人ごっこもそろそろ飽きてきたぜ」
「首領は今狙ってる獲物が終わったら、大きなヤマに入るって言ってたからそれを楽しみにしてる、っていうのによお!」
「まあ、いいじゃねえか? 煩いのがいない間のなんとやら。今のうちに思う存分楽しめばよお!」
 彼らは目の前に並べられた料理に舌鼓を打ち、盗んできた酒を樽から直接汲んで飲む。
 言葉通り、思う様夜を楽しんでいた。
「スリルか‥‥。そんなに欲しいなら‥‥」
 見つめる瞳にも、キットの小さな囁きも耳に入らないほどに。
「しっかし、男同士で酒を飲んでいてもつまらんな」
「そうだ! 例の女に酒を注がせよう! ついでに歌や踊りでもさせればいい退屈しのぎになる」
「そりゃあいい! 聞けばあの女元は旅の歌姫だったんだとよ。歌や踊りはお手の物だろうよ!」
「あの美貌と、歌と身体で領主を垂らしこんだんだろ! そろそろ頂いちまってもいいんじゃねえか?」
「そうだな。あの子供さえいればどうせ逆らえないんだからな! おい! 誰かあの女呼んで来い!」
 下っ端らしい男が立ち上がる。
 行き先は一軒の古びた家。男達が厨房代わりに使っているその家の扉を開け、乱暴に入っていった。
 奥には太い綱で足を繋がれた女性が、料理を作っている。
 その細い腕を
「ここはもういいから、来い! こっちで俺達の相手をするんだよ!」
 男は掴んで引き寄せる。
「止めて下さい! 放して!」
 抵抗する女性。だが、力では叶わない。身体ごと引き吊られ抱き寄せられてしまう。
「逆らうつもりか! お前が逆らえば子供がどうなってもしらんぞ!」
「! 卑怯ですわ‥‥」
 女性は俯き唇を噛む。彼女一人であれば魔法で逃げ出すことは不可能ではなかった。
 だが、病で動けない子供を人質に取られて、彼女はなすすべが無かったのだ。
「ふん。ほざくがいい。とにかく来い! こっちで俺達を楽しませるんだよ!」
 固定されていた足の縄を外し、男が彼女を外に連れ出したその時。
「そこまでだ!」
 シュン! シュンシュン!!
「キャア!」
 風を切る音と共に悲鳴と呻き声が同時に上がった。
 呻き声と同時に女性を引っ張っていた手は離れ‥‥地面に倒れた。
 男と共に崩れかけた女性の身体を
「大丈夫ですか? ルイズさん、ですね?」
 カノンは手で支えた。
「‥‥あっ」
 震える身体を自分で持ち上げルイズと呼びかけられた女性は頷き、自分を助けてくれたカノンの顔を見る。
「その声は‥‥冒険者ですわね? さっき、声をかけて下さった‥‥カノンさん?」
 カノンは頷き微笑みかける。
「そうです。ご無事でしたか?」
「‥‥はい。助けて下さってありがとうございました。でも‥‥まだ私と一緒に捕らえられた子供が‥‥」
 頷きながらも心配そうな顔で、今にも走り出さんとするルイズを、
「大丈夫ですよぉ〜」
 聞きなれた、気の抜けるような優しい声が止めた。
「あ! 貴方は!」
「お久しぶりですぅ〜。こんな場所ではなくのんびり会いたかったですけどねえぇ〜。クレイド伯爵夫人。ご結婚おめでとうですぅ〜」
 父祖の名を告ぐ輝かしき笑顔の者。懐かしい顔との再会に彼女は喜びに震えていた。
「エリンティア! こっちは頼んだぞ!」
「解りましたぁ〜。向こうはお任せしますぅ〜」
 走り出していくリル達。彼らがさっき、自分を助けてくれたのだと気付いたルイズは、同時にエリンティアの言う大丈夫の意味も察した。
「では‥‥あの子も」
「はい。今頃はきっとぉ〜、綺麗なお姉さん(?)に助けられている筈ですよぉ〜」
 このイギリスでルイズがもっとも信頼する中の一人に言われて、初めて彼女は安堵の笑みを浮かべる。
 と同時。瞳には雫のような涙が浮かぶ。
「ありがとう‥‥ございます」
「おやおや。泣くならライル様の所に戻ってからにしましょうねぇ〜。早く片付けて帰りましょう。僕達も反撃開始ですぅ〜」
 目元の涙を指で拭いて、エリンティアはルイズの手を取る。
 一緒に走り出した二人はまるで、金と銀の月が輝くように夜目に美しく光っていた。

「リル。アレ! 行くぞ! クロスソニックブーム!」
「アレか。よし! ツインソニック!」
 二人の技名はそれほど息が合わなかったが、戦闘の方は正反対に完全に息が合っていた。
 二筋のソニックブームは確実に、敵に当たり、その数を減らしていく。
 冒険者による奇襲攻撃に、盗賊たちは最初から防戦一方だった。
「覚悟はいいですか、下種ども」
 ルーウィンはクァイの背中を守りながらオーラショットで敵のバランスを崩していき
「一人たりとも逃がしはしない!」
 その隙を見逃さず、クァイはスマッシュで一人ひとりを仕留めていく。
 強い決意と思いで剣を握る歴戦の冒険者達に、勝つのは誰であろうと簡単ではない。
 まして、今の今まで酒に溺れていたふらついた足ではなおの事。である。
 鋭い剣先の一撃、迷いなき矢の一矢に
「腰抜け山賊ども、命が惜しくなければ出て来い!」
 一人、また一人と切り倒されていく。
「くそっ! 何故、こんないきなりの襲撃を受けなきゃならない!」
 彼の言葉は憎しげでした。
「右だ! そっちの女を集中して攻撃するんだ!」
 リーダー格らしい男がそれでも懸命に部下達に指示を送る。
 だが、彼らの作戦のことごとくは
「どうやら命が要らぬらしいな‥‥」
 冒険者達の連携と技の前に崩されていった。
 遅れながらも戻ってきたエリンティアとルイズを含めた三人の魔法使いの使う月魔法は夜になって心なしか効果を増したようでさえある。
「くそっ! 女まで。見張りの連中はどうした!」
「今頃、おねんねかもな。ほら! スリルが欲しかったんだろう? やるよ! その代わり高くつくけどな」
 男は瞬きした。いつの間にか目の前にキットが立っている。
 男達の背後に回り、自慢のスピードで彼はここまで肉薄したのだ。
「おまえらああ!!」
 破れかぶれに近い声で、男は大剣を振り回す。その攻撃をキットは紙一重でかわしつつ、少しずつ、少しずつ剣を振るいダメージを与えていった。
 そして、彼の背後に視線を合わせ、微笑む。
「よし! キット! もう一度行くぞ」
 声が上がった。
「解った!」
「えっ?」
 男の前と後ろ。そこから同時にキットとリルはタイミングを合わせてソニックブームを撃ったのだ。
 胸に食い込む風の刃に男の膝は完全に折れて、地面に倒れこむ。
「今度はうまくいったな」
 パンと手を叩き合って、リルとキットは微笑みを交わす。
 その頃にはもう男達の数は半分以下に減っていた。
「あと少し。気合入れていくぞ!」
 リルが意気をあげたその時、‥‥頭上から声が降りてきた。
「待ってください!」
「どうしたんだ? メイユ!」
 足元に迫ってくる男を、もう一体倒して、リルは顔を上げた。
 頭上には白き翼の天馬が月光の光を受けて輝いている。
 空の上から取りこぼしの残党がいないかとメイユは調べていたのだ。
「何人かが、街の方に逃げました。人質をとるつもりなのかもしれません!」
「解った! 追うぞ!」
 方向を指差したメイユに従ってリルは走り出す。キットもそれに従っていた。
 さっき、ルイズは救出した。エリンティアも傍についている筈だ。
 ならば‥‥
「奴らの狙いは‥‥。急ぐぞ。キット!」
「ああ! 人質は絶対に取り戻す!」 
 広場の方はもう残る敵の数はもう僅か。もう大丈夫だろう、と事後処理を仲間に混ぜて後を追いかけた二人は
「うぎゃあああ!」
 やがて悲鳴を耳にする事になる。
 駆け寄った二人は、そこで見た。
「おや! お二方。こちらは大丈夫でござる!」
 美しく笑う見た事も無いハスキーボイス。うなじの美しい美女と、彼女の守る家の中で、すやすやと眠る子供の姿を。
 彼女が誰であるかは言わぬが花、だろう。
「うっふ〜ん☆」
 真実を知ってしまったら最後、そこで倒れている男と同様に、天国と地獄を見る事になるであろうから。だ。

○ささやかな約束
「そうそう。紹介するよ。これがあたしの旦那」
「‥‥料理上手な方でいらっしゃいますのね。とても美味しいですわ」
「そう言えば、人質だった子は大丈夫でしょうか?」
「熱も下がり、今は元気にしているようです」
 ソールズベリーに戻った冒険者達は残った日程を、領主館に招待され、穏やかに過ごしていた。
 今日は、みんなでの茶会。
 テーブルの上にはルイズ手製のハーブティと満の手作りの料理が並べられていた。
「お二人が幸せそうで良かったですぅ〜。お孫さんを早く見られるといいですね。タウ老人?」
「まあ、それは気が早いですわ。でも、今回の件で、子供の愛しさを改めて感じましたの。私も我が子が手に抱ければいいのですが‥‥」
「大丈夫。絶対できるよ!」
「僕もそう思いますぅ〜」
 微笑むフレイアにエリンティアも心から同意の思いで笑顔を見る。
 そう、それは依頼を終えての本当に幸せの時間だった。
 その穏やかな空気の中で、ライルは
「今回は妻を助けてくれたことに感謝をする。しかも、ウィルトシャーを騒がせていた盗賊団まで潰して貰えた事。領主として感謝の言葉も無い」
 ソールズベリー領主として、そしてルイズの夫として心からの感謝の気持ちを冒険者に表して頭を下げた。
「いいんだよ。これは、あたし達の仕事でもあったんだ。どっかの言葉で言う『一石二鳥』って奴さ」
「その通りだ。しかも依頼の経費に、報酬。おまけに保存食まで貰えれば返って恐縮する。フレイアの思い出の土地の力になれた事が嬉しいので、気にしないで欲しい」
 冒険者の多くは夫妻の言葉に微笑み、頷くが、ふと気がつくと
「そうなんだよな‥‥」
 一人キットは考え、悩んでいた。その肩を
「どうした? 何を考えてやがるんだ?」
 ポン! リルは強く叩く。手に持っていたエールを置いて側に座る。
「あいつらの事だ。あの盗賊団、やはりウルグと関わりがあるようだから‥‥」
「ウルグ? ああ、パーシの旦那に関わってるっていうあの男か」
「そうだ‥‥」
 言いながらキットは思い出していた。盗賊達を尋問した時の事を。だ。
 捕らえた盗賊達は、被害に合ったさまざまな宝物を隠し持っていたという。
 後にフレイア達の手引きで押収されたそれらは、いくつか紋章つきのものもあり盗賊団の証明にあたり動かぬ証拠となるだろう。いずれ被害者に返却される事もあるかもしれない。
 だが、それより先に彼には確かめたい事があったのだ。
『お前達の親玉はウルグ、だな? 顔の半分を隠している男。違うか?』
 キットが何度も問うたが男達は顔を背けて答えようとしなかった。
 思わず拳を向けてしまいそうになった事もある。それを‥‥
「ちょっと待て。俺が替わろう」
 見かねたリルが尋問と質問を変える。BGMにはカノンのメロディー。
『もう、話は聞いているんだぜ。下の者達は正直に答えてくれた。ウルグのこともな』
『上の奴らは言ってたぞ。首領のウルグはいろいろとやっているようだってな』
『あなたは知っている事を何でも話したくなります〜♪ 恐れることはありません〜♪ 話せばとても楽になるでしょう〜♪』
 メロディーに誘われたのか、それとも諦めたのか‥‥男達はぽつぽつといくつかの事を話した。
 盗賊団の首領の通り名が確かにウルグであり、顔の半分を隠した男であること。
 彼は大仕事でキャメロットに向かっていること程度であるが、冒険者達。
 特にキットとクァイにとっては。重要な情報だった。
「ウルグか‥‥。正式にオールド・セイラム使用の借用書も書いてあったし税金も納めていた。まさか、犯罪者だとは思わなかったのだが‥‥」
 ライルは悔しげに唇を噛み締めていた。自分自身の監督能力の無さを露にされた気がしたのだろう。
「なんにしろ、今回の騒動もあったし、暫くはオールド・セイラムの監視を強化する。取り壊しも急ぐつもりだ。このような犯罪の温床にならないようにな」
 決意を示すようにライルは冒険者にはっきりと約定する。
 それを
「おねがいしますぅ〜。何かあったらぁ〜、教えて下さいぃ〜。必ず駆けつけますからね〜。勿論それが無いのが一番ですけどぉ〜」
「信じているぞ。冒険者」
「今度は、このようなことでなく、純粋にソールズベリーに遊びに来て下さいな。大歓迎を致します」
「是非。楽しみにしていますわ」
 心からの笑顔で冒険者達は受け止めたのだった。

 そして帰路。
 彼らは全速力でキャメロットへと戻る。
「キャラバンは、やはり隠れ蓑。ウルグの正体はおそらく‥‥」
「ああ、多分間違いない。でも、俺達は運がいい。部下達が暴走しなければなかなか、尻尾はつかめなかったろうからな!」
 空を駆け、大地を走り全速力で。
 穏やかな時を、甘い時間を振り払うように。

「待っていろよ!」
 仲間と大事な人の為に、一つの真実の欠片を持って。