勇気を下さい

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月18日〜10月23日

リプレイ公開日:2007年10月26日

●オープニング

「だって‥‥泣き顔がとっても可愛かったんだ‥‥」
 その少年は俯きながらそう言った。
 お小遣いを握り締めてやってきたその子供はまだ10歳前後、というところだろうか。
 背伸びをしてカウンターから顔を覗かせると冒険者に手伝って欲しい、とそう頼んだ。
「何を、冒険者に頼みたいんだ?」
 係員の問いに少年フィルスと名乗った少年は、森までの護衛と言った。
 近くの森の奥に野生のリンゴの木がある。
 小ぶりだが真っ赤でとても甘い秘密の木だと少年は言う。
「そのリンゴを取ってきてあげたい人がいるんだ」
 フィルスはそう言って森まで一緒に来て欲しいと依頼に来たのだ。
 正直頑張れば日帰りもできる森とはいえ、依頼料は子供の小遣い銭。
 冒険者を雇うにはあまりにも心もとない。
「どうしてだか聞いてもいいか?」
 係員はもう一度フィルスに問う。
 彼はこう答えた。大事な友達にあげたいんだ。と‥‥。
「俺の家の側に、ミリーって女の子が住んでいるんだ。とっても可愛い子。今度その子が引っ越す事になっちゃって、お別れにリンゴをあげたいんだよ。あの子が好きで美味しいって言ってたリンゴをさ‥‥」
 去年の秋の終わり、その家族はフィルスの家の裏に引っ越してきた。
 出会った女の子にほぼ一目ぼれ状態だったフィルスはミリーを誰にも教えなかった野生リンゴの木に案内したのだという。
 無論、二人で森に行った事がバレてこっぴどく怒られたのだが、ミリーが喜んでくれてよかったと、フィルスは本当にその時は思った。
「でもさ、それからはミリーと仲良くできなくなっちゃったんだ。ミリーのお母さんに嫌われたし、なにより‥‥僕が、ミリーをいじめたから‥‥」
「いじめた?」
「うん。いろいろやったよ」
 フィルスは指を折る。背中に毛虫を入れた。顔にいたずら書きをした。大事にしていたおもちゃを壊した。などなど‥‥。
「あと、スカートもめくった。そしたら口きいてくれなくなった‥‥」
「あ〜。そりゃ女の子は怒るわ。その子が好きだったんだろ? なのになんでそんなことしたんだ?」
「だって! 俺以外の奴とも仲良くするんだもん! それにいじめて‥‥泣く時の顔が可愛かったから‥‥つい‥‥」
 思わず悪いとは思いながら係員は口元を押さえた。
 よくある話と言えばよくある話だ。自分にもなんとなく覚えがある。
 やられた方には嫌な気持ちしか残らないということをまだ解らない、子供の頃、最初に感じる苦く悲しい思い出。
「でもさ! 引っ越す村、すっごく遠くて、馬車でも何日もかかるところなんだって。もう会えないかもしれないって‥‥だから‥‥せめて最後にリンゴを渡したくて‥‥」
 本当に言いたい、少年の最後の言葉は言葉にはならなかった。
 引き受けてくれる冒険者がいるかどうかは解らないと、言い置いた上で係員は依頼を受理した。

 その後、偶然ある家の前で耳にしたこんな会話。
「ごめんね。ミリー。急なお引越しになってしまって」
「いいの。おばあちゃん病気なんだもの仕方ないわ。それに、ちょっとうれしいの」
「どうして?」
「だってフィルスにもういじめられなくってすむんだもの。私、あの子大嫌い!」
 そして目にした、フィルスの逃げ姿。
「ああ‥‥そうか」
 静かにその場を離れ、係員は思った。
 フィルスが本当に渡したいものは、きっとリンゴではないのだ。
 そして冒険者が彼に渡すべきものも‥‥。きっと。

 普段、教会に行くのもサボるわんぱく少年は今だけ真剣に神様に祈る。
「お願いです。俺に‥‥を下さい」
 と‥‥。
 神様は遠くてその声を聞いてくれるか解らないけれども。

●今回の参加者

 eb0529 シュヴァルツ・ヴァルト(21歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb9531 星宮 綾葉(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec2813 サリ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec3769 アネカ・グラムランド(25歳・♀・神聖騎士・パラ・フランク王国)
 ec3793 オグマ・リゴネメティス(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3974 アロ・ディシュバラン(22歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ec3994 スイ・スリーヴァレー(20歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

クァイ・エーフォメンス(eb7692

●リプレイ本文

○見上げた思いとリンゴの木
 風に揺れる木の葉影に、早なりの紅い実が見える。
 ルビーのように輝き眩しい。
「これが君のリンゴの木なんだね。うん、とってもキレイだ! 採ってもいい?」
「‥‥うん」
 頷きを確認して、背伸びして取ったリンゴを一つ。
 服の端で磨いてからシュヴァルツ・ヴァルト(eb0529)は瞳を閉じた。
 その口から紡いだのは呪文。浄化と祈りの‥‥願い。
「はい。フィルス君」
 そして彼は依頼人にリンゴを差し出す。心からの真心を込めて。

 冒険者達が彼フィルスと出会ったのは今からもう丸二日前の事だ。
 自分の依頼に思った以上の多くの冒険者がやって来てくれた事に驚きを見せつつ、その思いを必死に隠して彼は
「早く、行こう! ミリーの引越しに間に合わなくなっちゃう!」
 そう言って冒険者達を促した。
 勿論フィルスの依頼を受けてやってきた者達だ。出発の準備に怠りは無いし、直ぐ出発できる。
 見ればフィルス自身も小さなバックパックを背負っている。
 それなりの準備はしてきたようだ。やる気はいっぱいの男の子に、だが
「悪いけど、僕は一緒に行かない」
 その思いを削ぐようにアネカ・グラムランド(ec3769)ははっきりとそう告げた。
「! なんでだよ。俺と一緒にリンゴ取ってきてくれるんじゃなかったのか!」
「待って下さい。フィルスさん!」
 飛び掛らんばかりの勢いのフィルスを慌てて後ろからサリ(ec2813)が押さえる。
 子どもとパラ二人。身長は殆ど変わらないので見かけは子ども同士のケンカにも思える。
 けれどもフィルスを見つめるアネカの目は静かで‥‥そして悲しげであった。
「リンゴとりは皆が手伝ってくれるよ。でもその間、僕はやりたい事があるんだ。キャメロットで待ってるよ」
「僕もこっちを手伝うね。大丈夫。みんな君の味方であることは変わりないから」
「こっちを‥‥手伝う?」
 スイ・スリーヴァレー(ec3994)の言葉に瞬きするフィルス。彼にアネカはくるり背を向けて去っていこうとしている。
「ちゃんと伝えないと‥‥後悔するよ。会えなくなってから遅いんだからね‥‥」
 小さ声、でもはっきりとした言葉を残して。
「アネカさん‥‥」
 見送るオグマ・リゴネメティス(ec3793)は酒場でのアネカとの会話を思い出しながらフィルスの肩に手を置いてその背中を見送っていた。

 そうして今、ここに来る事ができた。
 下調べをしたクァイ・エーフォメンスや冒険者達のおかげで、傷一つなく思ったより早く彼はリンゴを手にしている。
「‥‥お礼、言っておく。ありがとう‥‥」
 少年は、手にしたリンゴをまだ無言で見つめている。
「なあ、ちょっと聞いてもいいか?」
 そのタイミングを見計らったようにアロ・ディシュバラン(ec3974)は顔を覗き込んで問うた。
「‥‥なに?」
「以前、ミリーって子を連れて二人でりんごを取りに行ったことがあるんだよな?」
 フィルスは無言の頷きで答える。
「ってことは一人でも大丈夫なのに‥‥ギルドにわざわざ依頼に来たのはなぜだ?」
「それは‥‥」
 口ごもるフィルス。沈黙が広がる。
「そろそろ夕食の支度をしませんか? 秋の日が落ちるのは早いですから」
 沈黙を切るようにサリは告げた。星宮綾葉(eb9531)も準備をしている。
「話したくないなら‥‥仕方ないな」
 アロは、目線をワザと逸らして仲間達のほうへと向かう。
「‥‥教えてくれれば、お前がミリーと仲直りするのを手伝ってやれるんだけど」
「ミリーさんは今のままではりんごは受け取ってくれないと思うけど‥‥ね」
 こういうタイプは押すより引いた方がいい。歩き出したアロや冒険者達の背中に
「待って!」
 少年の祈りにも似た言葉が響く。頭上にはリンゴの木とそれより紅い太陽が見守るように輝いていた。

○勇気を下さい。
 炎を囲んで少年の長い話が終わった。
「最初は、面白かったんだ。すぐ泣くから。その泣き顔が可愛かったから‥‥でも、いつの間にか」
「大体のお話はギルドで聞いていましたが‥‥よく、勇気を出して相談に来てくれたね」
 励ますようにサリは微笑むが少年の顔は沈んだままだ。そして
「どうしてミリーに嫌われたのか、わかるか?」
 と、問うアロと
「貴方がしたことは見知らぬ国の見知らぬ宿屋で、旅人にいきなり平手をくらわせたようなもの。自分の立場だったら、どんな気分かしら‥‥」
 例えて話したオグマの言葉に‥‥
「解ってる。僕が‥‥悪いんだ。僕が‥‥ミリーの気持ちを解ってあげられなかったから。でも‥‥どうしたら」
 泣きながらフィルスは手を握り締める。そんなフィルスに
「な〜んだ! なら、後はもう話は簡単だよ!」
 思いっきりの明るい声でシュヴァルツは答え笑いかけた。
「えっ?」
 真っ直ぐにフィルスはシュヴァルツを見つめる。
 心に伝わってくる言葉にならない思い。
『なら謝らなきゃね?』
 首を傾げるフィルスに綾葉は微笑みかけた。それにシュヴァルツも大きく首を前に動かした。
「そうだよ。ちゃんと謝って伝えよう、本当は大好きなことを。泣き顔より、自分に向けてくれた笑顔の方が何倍も嬉しいはずだよ」
「人と接するときは思いやりが大切なのよ。 まずは謝って‥‥そしてどうして嫌がることをしてしまったのか、ミリーちゃんにありのままに伝えてごらん。きっと、気持ちは通じるわ‥‥」
「本当?」
 サリの言葉にフィルスの瞳は援けを求めるように揺れる。
『そうね‥‥。確かに謝ったからってミリーちゃんは許してはくれないかもしれないわ。決めるのは貴方。どうする? 謝る?』
「いい子ね」
 ふわり、柔らかい感触がフィルスを包む。
「決めるのは貴方。どうすればいいか『考えて』ミリーちゃんに自分の思いを伝えるの。どうなるかは解らない。でもこれだけは約束するわ。貴方がどんな結論を出し行動しても私達は貴方を嫌わない」
「そして、できる限りの力になろう」
「練習のお手伝いもしますわよ」
 冒険者達の優しさにフィルスは
「うん‥‥勇気出して謝るよ。ありがとう!」
 大きな笑顔で頷いた。

○リボン結びの恋
「こっちの荷物は、向こうでいいの?」
 一家の荷物運びを手伝っていたアネカは見かけによらぬ力と手際のよさで仕事を進めていった。
「助かりますわ。少し、休憩して下さいな。お菓子を置いておきましたから」
「ありがとう! 外で食べよっか」 
 夫人に頷くとアネカはミリーを促してお菓子の盆を持って出る。家の外へと。
(「アネカさん!」)
 スイと軽く目配せをしあって外に出る。
「どうしたの? お姉ちゃん達?」
「ミリーちゃんを誰かが呼んでいるみたいなんだよ。聞こえない?」
 引越しの手伝いに来た二人にすっかり懐いていたミリーは、
「えっ?」
 その言葉にミリーは瞬きをし、目を閉じた。確かに誰かの呼ぶ声が聞こえる。
『おばあちゃんからのお手紙を届けに来ました‥‥』
「えっ? おばあちゃんから? そんなことが‥‥」
 あるわけない、とアネカ達に言いかけたミリーは、いきなりその足を止めた。
 目の前に一人の少年が立っている。
「フィルス‥‥」
「ミリー、待って!」
 いきなり回れ右して逃げかけるミリーを、慌ててアネカとスイは止めた。
「待って! ミリーちゃん!」
「ミリーちゃんが 一度だけでいいから‥‥」
「だって‥‥」
 スイはミリーの手をしっかり握り締めて言う。ここ数日でミリーの口から出てきたのはいじめっ子フィルスの悪口ばかりでも、冒険者は彼の気持ちも解っている。だから
「フィルス君の行為は意地悪では無く愛情の裏返しによるものではないかな」
 精一杯の思いで仲介をする。それでもまだ頑な顔のミリーに
「ねえ、ミリーちゃん」
 アネカは静かに告げた。
「彼の事はキライでも仕方ないと思う。でも、今話を聞いてあげて。でないと二人とも絶対に後悔する。会えなくなってからじゃ、仲直りも出来ないんだから」
「お姉ちゃん‥‥」
 ミリーはアネカとスイに励まされ、フィルスは冒険者に背中を押されて向かい合う。
「ミリー!」
 真っ赤な顔のフィルスから差し出されたのはリボンが結ばれ、磨かれた真っ赤なリンゴ。
「これは‥‥フィルス‥‥」
「今まで、意地悪して‥‥ゴメン」
 冒険者から貰った勇気と彼自身の勇気。全てを振り絞って差し出されたその手とリボン、そしてリンゴは
「ありがとう‥‥」
 冒険者に優しさと許す事を教わった少女に、しっかりと受け止められていた。 

○リンゴの見る夢
 遠ざかっていく馬車をフィルスと冒険者達は無言で見つめ、見送っていた。
 あれから二日。ミリーは家族と共に遠い土地へと引っ越していった。
 完全に仲直りした、とは言いがたかったし、夫人にも少し渋い顔をされたがミリーはフィルスのリンゴを受け取り、見送りを受け入れた。これは大きいと言える進歩だろう。
 それに‥‥
「あれ、それは?」
 ふと気付いたとスイはアネカの指先を見て呟く。彼女は四葉のクローバーを手の中でくるくると動かしていたのだ。
「あ、これ? ミリーちゃんから貰ったんだ。お礼だって」
 手作りの菓子と一緒にミリーがこれを渡した時の事をアネカは目を伏せて思い出す。ミリーに話した自分の後悔。そして‥‥彼女からの返事を。
『私も本当は仲直りしたかったの。‥‥フィルスのこと好きだったから』
 好きだからいじめられたことが悔しかった。好きだからそんなことして欲しくなかった。好きだから‥‥。
『きっと、お姉ちゃんのお兄ちゃんもお姉ちゃんの事好きだったと思う。絶対』
「‥‥ありがと。ミリーちゃん」
 アネカは呟いてクローバーを握り締めた。
 時は戻りはしない。悔いても取り戻せないものはある。誰も誰の代わりにはならない。
 けれども‥‥自分と同じ思いを彼女にさせずにすんだ。
 その事をアネカは仲間達と共に心から嬉しいと感じていた。

 遠ざかっていく馬車を見送る少年。
 その顔は、最初に見た時より少しだけ大人になったようだった。