【ハロウィン】まるごと・ザ・ハロウィン!

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月30日〜11月04日

リプレイ公開日:2007年11月07日

●オープニング

 キャメロットの外れの方に、比較的大きな屋敷が一軒ある。
 そこは息子に家督を譲った老男爵が僅かな使用人と悠々自適の生活をしていた。
 この老人、実はある趣味においてキャメロットで、少し名の知れた人物であった。
 グラフム男爵と言う本名を誰も呼ばない。
 彼のあだ名。それは‥‥

「まるごと男爵様。お届けものです」
「おお! 待っておったぞ!」
 彼は、たった今届いたばかりの荷物を頬ずりしながら受け取って中身を開いた。
 頼んだのはハロウィンの為に頼んだ特別の品々。
「おお! これが噂のジャパンのまるごとだいぶつか。いや、見事見事。こっちは噂の着ぐるみじゃな。まるごとすくろーる。無地もいいが、文字の書いてあるのも捨てがたい!」
「男爵様?」
「このまるごとふるあーまーもよいのお。まるごとせいけんもまた‥‥(うっとり)」
「男爵様!」
「だが、やはり着ぐるみは動物か‥‥。このまるごとヤギさんの愛らしさといったら♪」
「男爵様!!」
「だが‥‥少しつまらんのお。着ぐるみはやはり人が着てこその着ぐるみ。だが、ワシ一人では‥‥う〜む」
「男爵様!!!!」
 大好きな着ぐるみに囲まれて至福の表情だった彼は、家令の叫び声、もとい呼び声にハッと我に返った。
「なんじゃ! おお、お前、いつから来ておったのじゃ?」
「先ほどからで、ございます。ノックも致しましたし、何度もお声をおかけしたのでございますが‥‥」
「すまん、すまん。気が付かなかった。で、何のようじゃ?」
 はあ、と深い溜息が家令の口から落ちた。
 振り返った主の頭に揺れるのはネコ耳。
 お気に入りのまるごと猫かぶりを着て、実に楽しそうではあるが、正直見るに忍びないところもある。
 もうじき60を超えようという老人には‥‥。
 だが、彼もプロ。そんな思いは胸に隠して用件に入る。
「何のようじゃ、ではございません。男爵様。もうじきハロウィンでございます。お坊ちゃまとマリサ様もお戻りになりますし、おもてなしの用意を致しませんと‥‥」
「そうか‥‥。マリサが来るか。久しぶりじゃのお〜」
 孫を思ってか、彼の目じりが下がる。‥‥さっきの荷物を見た時と同じくらいには。
「あの子は賑やかなパーティが大好きじゃから‥‥。そうじゃ! ハロウィンにパーティを開こう! 屋敷の庭を開放し、冒険者や一般の者も招いた仮装パーティを開くのじゃ!」
「マリサ様の為に‥‥仮装‥‥パーティでございますか?」
 家令はどこか不審の眼差しで主を見る。
「どんな仮装でも自由。仮装をしてきたものは誰でもパーティに参加できるものとする。仮装の衣装が無いものにはワシのコレクションを貸し出そう!」
「ご主人様?」
「そうじゃ! ついでに仮装の着こなしとそれに合わせた出し物のコンテストも行おう! 優勝者には世界にただ一つの超豪華景品ぷれぜんつじゃ!」
「‥‥ご主人様。本当にマリサ様のお為でございますか?」
 自分の提案にすっかりご機嫌な様子の主に、家令は問う。どこか睨むような目で。
 あのジト目はおそらく意図的なものだろう。
「む・むろんじゃ! ハロウィンは子供の祭りじゃ。マリサにも友達を作ってやりたいしな。街の子供や冒険者を沢山招いてみんなで楽しむのじゃ!」
 どう贔屓目に見ても、主の性格を鑑みても孫のためというのは半分口実であろうが‥‥(彼はそれでもこの主がけっこう好きであるので)静かに一礼をして、部屋を後にしたのだった。

 そして、こんな依頼、というか招待が冒険者ギルドや街中に貼り出された。
【ハロウィンのまるごと仮装パーティ開催 
 開催日 ハロウィンの夜
 まるごとシリーズで仮装してきた人物は参加費無料
 食べ放題、飲み放題。おみやげ有り。
 レンタルもOK。
 まるごとパフォーマンスコンテスト同時開催。
 優勝者には世界で唯一つの豪華商品プレゼント!】
 
「この爺さんはまるごとシリーズのコレクターとして有名なんだ。着ぐるみが大好きで、着ぐるみを愛しているとのもっぱらの評判だから、いろんなまるごとに囲まれたくてっていうのがパーティの口実だろうな」
 係員はそう言って笑った。
 でも、実際に実現したらさぞかし面白いパーティになるであろう。
 このまるごとパーティは。
「衣装のレンタルもするらしいから、何ももって無くても大丈夫だとさ。興味があったら行ってみたらどうだ?」
 ハロウィンの夜。
 まるごとに顔を隠して思いっきり騒ぐのも悪くは無い。
 あるいはロマンティックに過ごすのも?
 まるごとを着た身にロマンティックは無理かもしれないが、ひと時の楽しい時間は過ごせるかもしれない。
 そんな期待を張り紙と、添えられた星と飾りで飾られたジャック・オ・ランタンの笑顔が与えてくれていた。

【レンタルまるごと一覧
 まるごとウサギさん、まるごとえんじぇる、まるごとおうまさん、まるごとおーが、まるごとオオカミさん
 まるごときのこ、まるごとクマさん、まるごとぐりふぉん、まるごとこあくま、まるごとこっこ
 まるごとコリーくん、まるごとすくろーる(文字)まるごとすくろーる(無地)まるごとすたぁ
 まるごとせいけん、まるごとどらごん、まるごととれんと、まるごとネズミー、まるごとハトさん
 まるごとふるあーまー、まるごとぺがさす、まるごとホエール、まるごとメリーさん、まるごともーもー
 まるごとヤギさん、まるごとらんたん、まるごとわんこ、まるごと猫かぶり】

●今回の参加者

 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb3349 カメノフ・セーニン(62歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb5817 木下 茜(24歳・♀・忍者・河童・ジャパン)

●サポート参加者

ロッド・エルメロイ(eb9943)/ ガルム・ダイモス(ec3467

●リプレイ本文

○同好の友
 世の中には同好の士という言葉がある。
 いわく同じ趣味、興味、関心を持つもの。
 彼らはそうでない者同士よりも仲良くなり、心を開きあう率が高いと言われている。
 その例は今回も例外ではなく
「いやあ〜、さすがはまるごと男爵。おみそれしたでござる」
「いやいや、貴殿こそ。その博識と行動力には感服した。ぜひぜひ、もっともっと話を聞かせて欲しいものじゃ」
 二人はすっかり意気投合していた。
 この二人、元はパーティに参加した冒険者とその主催者。
 しかも一人は貴族である。
 本来ならば立場の違いもあってここまで無遠慮に話をする事はなかなかできないだろう。
 だが
「ぉお! 着ぐるみ業界の重鎮、まるごと男爵殿のお招きとは光栄至極でござるぅ〜♪」
 数日前、パーティへの参加表明に冒険者達がやってきた時から。
 最初に出会ったときから二人のうちの一人、葉霧幻蔵(ea5683)はいつにも増して楽しげでいつもの数倍ハイテンションだった。
「ほお。わしの事をご存知とは珍しい‥‥。この歳のこのような趣味。なかなか理解してくれるものは少なくてのお‥‥。お主もなかなかの腕前とお見受けする」
 主催者グラフム男爵、もといまるごと男爵(‥‥いやグラフム男爵の方が本名なのだが、ここから先はまるごと男爵と呼称する)も心から嬉しそうかつ、楽しそうな顔で応じる。
 目の前の男性の言っている事が単なる社交辞令では無いのは話を聞く前から解っていた。
 いや両者とも一目会った時から、互いが同じ趣味を持つ、同好の士であることが解ったのだという。
「‥‥まあ、そりゃあ、解るよね。うん」
 二人の出会い、そして意気投合の過程を見てティズ・ティン(ea7694)は頷く。
 確かに誰でも解るだろう。
 出迎えたまるごと男爵は、その名に相応しく立派な豪華素材の‥‥まるごとおーがを身に着けており、幻蔵はと言えばこれまた見事(?)なまるごとなまはげを着ていたのだ。
 出会った瞬間の僅かな空白時間に互いが
(「「こやつ‥‥できる!」」)
 と思った‥‥かどうかは解らないが、その出会いから数日。
 パーティが始まる今日まで、二人はすっかり仲良くなって、楽しげに
「‥‥さすが、男爵。拙者の倍のコレクション数でござる」
「そうじゃろう、そうじゃろう。イギリスで手に入るまるごとは、おそらく全てあるはずじゃ!」
「でも! 男爵の持ってない着ぐるみもあるとです!」
「なんじゃと! 見せてくれ。直ぐに、すぐにじゃあああ!!」
 互いの家を行き来してコレクションの見せ合いっこをしていたと言う。
「男爵、キッチン借りま〜す」
 とパーティ開始半日前にやってきたティズが挨拶に来た時も
「‥‥楽しそうなのはいいこと、だよね。うん。‥‥でも、おおい! パーティもうすぐだよ〜」
 そのティズが自分の準備を終えた上で呼びに来ても
「ふむ、やはりジャパンのものはミヤビでよいのお。これは、次に月道が開いたらぜひ注文せねば!」
「いやいや、しかしイギリス産のものもなかなかなのでござる。これもひとえにまるごとシリーズの着ぐるみ職人の育成に尽力している男爵のおかげと‥‥」
「確かに、イギリスの職人達の腕は保存していくべきじゃと思っておる。独創的なセンスと丁寧な裁縫技術があってこそじゃなあ‥‥」
「そういえば、究極の着ぐるみと至高の着ぐるみの対決があったという噂は本当であろうか? もしそうだとしたらその結果はまるごとたこ‥‥ではなくいかに?」
 二人の話は止んではいなかった。
 誰かが止めなければいつまでも、いつまでも、いつまでも二人で話し続けていただろう。
 一般人にはどうでもいい、というか解らない、同好の士の共通言語で。
「だあ! もう! パーティ始まるってば!」
「男爵様もご用意下さいませ! マリサ様や皆さんももうお待ちなのですから!」
 幻蔵をティズが、男爵を家令が引きずっていく
「だ・男爵。また後ほど!」
「おお! 楽しみに、しておるぞ!!」
 ずるずる、ずるずるずるずる。
 賑やかなハロウィンの祭り、その始まりを告げる月はもう直ぐ側まで来て、太陽と交代を待っていた。

○ハロウィンパーティ(表)
「では、これよりパーティを開始する。皆、思う存分楽しんでくれ!」
 まるごとふるあーまーで凛々しく告げたまるごと男爵の発声から暫し、男爵邸の庭はたくさんの人と、その笑い声で溢れていた。
 パーティはまるごと男爵邸の庭で行われている。
 庭のあちこちには篝火やランタンがいくつも美しく灯り、いくつも飲み物やご馳走が揃った卓が並んでいる。
 人も招待客や、興味を持ってやってきたであろう一般客も含めてかなり集まってきており、かなり賑やかだ。
 着ぐるみを着ていない者もいるが、夜風が寒い事もあって殆どの者が着ぐるみを纏っている。
「おお! なかなか壮観なのでござる!!」
 幻蔵の言葉にも納得がいくほど、オオカミさんあり、猫ぐるみあり、犬あり、ウサギあり、鎧あり、スクロールあり。
 バラエティに富んだ着ぐるみが並んでいる。
 これほどたくさんの種類の着ぐるみを着た人間がこれほど集まる機会はそうそうはあるまい。
「流石はまるごと男爵なのである。むぐむぐ‥‥」
 パーティが開始されてすぐ、食事に手が伸び、動きを止めた大人達とは反対に
「とりっく・おあ・とりーと〜」
「おかしちょーだい! くれないといたずらしちゃうぞ〜」
「ぞ〜」
 色とりどり、形さまざまな着ぐるみを身に纏った子供たちは元気よく会場内を駆け回り始めた。
 その中には
「そういえば、ハロウィンだね。ちょっとやってこよう!」
 と混ざったティズとその妖精もいる。
「あら、可愛いいちごさんとエンジェルさんですね。こんばんは」
「わしはカメノフ、エルフのウィザードじゃ。よろしくのう、お嬢さん方」
 二匹の犬達と一緒に参加した木下茜(eb5817)も、まるごとメリーさんを纏ってパーティの手伝いをしていたカメノフ・セーニン(eb3349)も勿論子供たちの可愛らしい脅迫に応じてクッキーを渡した。
 茜の外見も今日ばかりは誰も気にしない。
 嬉しそうに子供たちはお菓子を受け取ると
「うわ〜、美味しそう。いっただきま〜〜す!」
 布の袋から漂う香りに我慢できなかったのだろう。すぐに袋を開けてお菓子を頬張りはじめていた。
 ちなみに子供たちに渡す用のクッキーやお菓子は事前にちゃんと会場側が用意していたのである。
「ティズさんも随分と楽しそうですね」
 微笑む茜にうん! とティズも元気に頷き返す。
「メイドをしたい気分だけど、せっかくだしね。今日はパーティをおもいっきり楽しむよ!」
 そう言うと、クッキーを一枚口に入れる。
「あっ! 美味しい! 焼き立てでサクサクしてる。クルミの味も香ばしくていいね」
 家事も得意とするティズは、貰ったお菓子にも興味津々のようだ。
 だが‥‥服(まるごと)を引っ張る感覚に後ろを向く。
 そこには真っ白のエンジェルが少し膨れっ面で待っていた。
「ティズおねえちゃん! お話ばっかりしてないであっちにも行こうよ! おじいちゃんがいるの。きっと何かもらえるよ!」
「ハハ‥‥。ごめんね。マリサちゃん。うん、じゃあ行こうか! トリック・オア・トリート! まるごときぐるみくれなきゃ悪戯しちゃうぞ〜〜〜」
 照れたように笑うとティズは少女に手を差し出した。少女は満面の笑顔をその顔に浮かべるとティズの手を取り一緒に走り出す。
「ほほう‥‥。すっかり意気投合したようじゃのお〜」
 カメノフは顎に手を当てて笑う。いつもならふさふさの顎ひげが触れるところだが、今日は羊の毛が先に当たる。
 さっき、パーティの開始前、カメノフは見ていた。
 ティズが一番先に主賓席に座る少女の元へ行っていたのを。
「はじめまして。マリサちゃん!」
「えっ?」
 白い天使の着ぐるみを可愛く着こなして、でもどこか不安げな顔をしていた少女は突然のことでビックリしたという顔で自分を呼んだ相手を見つめる。
「私、ティズ。メイドナイトしてるんだよ」
「メイド‥‥?」
「ああ、でも今日はベリーだね! マリサちゃんは、天使?」
「うん‥‥」
「こっちはリッリ。ねえ、一緒に遊ぼう!」
「遊んで、くれるの?」
「もちろん! ハロウィンは子供のお祭りだもの。いっぱい、いっぱい遊ばなくっちゃ! ねっ?」
 自分と年頃のそう変わらない女の子が、明るい笑顔で声をかけてくれる。
 あまり良く知らない場所で、知らない人に囲まれて、緊張気味だった少女にとってこれ以上の誘いかけは無い。
「うん! ティズおねえちゃん!」 
 元気に駆け出すマリサを見て男爵も、マリサの父親も使用人達も目を細めて喜んでいた。
 残念そうだったのは
「おしいのお〜。素材はいいのじゃが。本当にあと数年育っておればのお〜」
 と呟くカメノフくらいなものだろう。
「あら? どういことです?」
「いや‥‥こちらの話じゃよ。‥‥さて、仕事仕事‥‥」
 茜の追求を軽くかわしてカメノフは背を向ける。
(「流石にいなせなやぎさんでは、スカートは捲れぬからのお〜。お! たーげっと発見じゃ!」)
 視線の先に向けてカメノフは口の中で小さく呪文を唱えた。
「キャアア!!」
 どこから吹いたのか解らない、イタズラな風に巻き上げられたスカートを押える召使を、あるものは驚きながら、あるものは楽しげに見つめていた。
 軽くウインクするカメノフには誰も気付いてはいなかったろうけれども‥‥。

○ハロウィンパーティ(裏)
 子供たちも一通り会場内を回り終えると、保護者の下に戻り、料理に手を伸ばし始める。
「へぇ、ビーフシチューってこういう味付けをすればいいんだ。肉がとろけそうで、味もすっごくイイ!」
「イイ、イイ!!」
 並べられた料理はどれもなかなかのもので、冒険者達はそのご馳走に満足し舌鼓を打っていた。
 ティズなどは真剣にプロの腕前を味わい、自分の技に生かそうとしていたほどだ。
 そして、一通りの料理が参加者のお腹に消えた頃。
「では、皆の衆!」
 テーブルの片付けられた広場の中央でお色直しのまるごとすたぁに身を包んだまるごと男爵は声を上げた。
「これより、ハロウィンの余興を始める。優勝者には豪華賞品とまるごとキング、もしくはクイーンの称号を与えよう!」
 大きな拍手と、喝采(?)が上がる。
 賞金ではないので一般人にはとことんいらないもの、かもしれない。
 でも、ここに集まり招待に応じた者達は皆、大なり小なりまるごとに興味を持つもの。
 我先にと作られた即興ステージに立つ。
 たくさんのまるごとの中で演技をする、というのは一種独特な雰囲気だが
「これはこれで、なかなか楽しいのでござる。燃えるでござる〜〜〜!」
 拳握り締め力の入る幻蔵をはじめ、
「強敵だね。でも、負けないよ〜〜!」
「勝てるかどうかはさておき、楽しんでもらえるように頑張ります」
 冒険者達も負けん気とやる気を顕にして準備に取り掛かっていた。
「頑張るんじゃぞ〜〜」
 笑顔で見送るカメノフの声援を受けて。
「キャア! 何よこの風!」
 スカートを押える招待客たちの嬌声はとりあえず聞こえないフリをして。

 冒険者一番手はティズだった。
 既に何人かの客が喝采、もしくは生暖かい拍手を貰い終えた中、可愛らしいベリーの着ぐるみを纏った少女は登場に、文句の無い満場の拍手を得た。
「ありがとー! それではティズ! 芸をします! リッリ!」
 ヒラヒラヒラ。ティズの肩から飛び立った小さな妖精は白い布をひらめかせまるで雪のよう。
「わあ!」
 観客達が声を上げる中、ティズは妖精リッリを手招きするとくるりと膝と手を丸めた。
 そして舞い降りたリッリはティズの上に覆いかぶさって
「はい! ベリーのクリームがけ! できあがりだよ!」
 ひゅう〜〜〜。
 微かな風の音が聞こえるほど、一瞬の沈黙が場を支配した。
「えっ? あれ? 受けなかった?」
「た?」
 立ち上がり、首を傾げる少女達。
 見れば男爵は苦笑し、マリサさえも困ったような顔をしている。
 やがてパチ、パチパチ。と拍手が広がる。それはとても柔らかい拍手だった。
「ありがとう‥‥でも、これは‥‥む〜〜〜」
 不機嫌な、納得のいかない顔でティズは舞台を降りていく。
「ごくろうさんじゃの」
 出迎えたカメノフに
「どうして、受けなかったのかなあ〜」
 ティズは正直な不満を打ち明けた。 
「‥‥まあ、のお〜。ベリーのクリームがけ、というネタはちょ〜っと高度過ぎたかもしれんのう〜」
 カメノフは冷静に第三者として感想を述べる。
 今の時代、砂糖は高級品。甘いものなど一般庶民は口にする機会もそう多くない。
「あ、そうか‥‥ベリーのクリームがけ‥‥っていうのそのものがみんな解らなかったんだ‥‥」
 ちょっとした認識の違いが生んだ結果に、しゅんとなるティズをまあまあ、とカメノフは慰めると
「アレをご覧」
 と別方向に指を差し向けさせた。
「アレって‥‥? ああ!」
 ティズはカメノフの指差した方向を見つめる。そこにあったものは‥‥
「これ、美味しい!」
 微笑むお客や子供たちの姿だった。
 彼らが食べているのは男爵家で分けてもらったイチゴジャム入りのお菓子。ティズのお手製だ。
「良かった。仮装はいまいちでも、皆に喜んで貰えて、本当に良かった」
「よかった、よかった」
 慰めるように飛び回る妖精を肩に乗せながらティズは微笑んだ。テーブルの上からお菓子を一つ取る。
「でも‥‥これって共食いかなあ〜」
「おやおや‥‥」
 カメノフとティズは顔を見合わせて笑った。
 ほんの少し前の寂しさを振り払うような大きく、明るい声で笑っていた。

「さあて、いよいよ、本命真打の登場でござる!」
 ドン、ドン、ドドン、ドンドン!
 和太鼓の音と重なって、
 ズシン、ズンズン。
 地響きのようなものが背後から聞こえてきた。
 参加者達は慌てて後ろを振り向き、道を開ける。
「キャア! なんて大きなカエルなの!?」
 悲鳴を上げる女性もいる。
 だが、観客の多くは巨大カエルとその口元に銜えられたロングクラブの上で逆立ちをする怪しげなまるごとに目を奪われていた。
 彼の着ぐるみは、イギリスでは見たことの無いもの。あれは、オーガだろうか?
「これは、カエルでは無く、ガマでござる。そして、拙者はジャパンの妖怪なまはげ! さあ、いくでござるよ!! トオ!!」
 ガマの移動の間殆ど微動だにしなかったその『なまはげ』はくるりと一回転をすると地面に見事に着地した。
 湧き上がる喝采の拍手。
 だが、その拍手を止めさせてニッカと笑うのはなまはげの下の素顔。
「本番はここからでござる。行くでござるよ皆の衆。パフォーマンス“なまはげの舞”!!」
 軽快な太鼓のリズムに合わせて、なまはげに扮した幻蔵は忍者のワザと技能をフルに生かしたアクロバットを披露し始めたのだ。
 分身の術で二人に分かれ、右へ左へのダンブリング。トンボを切ってポーズを決めたかと思うと、反対側に回って側転をしたり、見るものの目を奪う、いや一箇所に止めないそれは、見事で美しい動きだった。 
 さらにそれに美しさを添えるのは、美しい鈴の音。彼が足に付けている鈴が、彼が動くたびに澄んだ音色を響かせるのだ。
 重いまるごとを身につけているのに、よく、と思う人々が思ううちにも演技は進みいよいよ、舞台はいよいよ最終段階を迎えようとしていた。
「では、いくでござるよーーーーお! よおお!!!」
 ダダダダダダダダ‥‥ダン! タイミングを合わせた太鼓の音に答えるように走り出した幻蔵は、ガマの背を踏み台に高く、高く飛び上がると‥‥
「やあああーーっ!」
 一回転して見事に着地した。
 大きく手を上に挙げ、威嚇のポーズで幻蔵は見得をきる。
「あるいご、いねがぁ!」
 ダダン!! 
 太鼓の音が止むと同時、拍手喝采が響き渡った。伯爵も、マリサも笑顔で拍手を送ってくれている。
「や、やったので‥‥あ‥‥る」
 舞台を終えて下がるのが精一杯で、流石の幻蔵のそれ以上は動く事もできず木に背中を預けたが、彼は満足していた。
 こうして、人々に忍びの技で笑顔を、贈る事ができたのだから‥‥。

 そうしているうちにも幾人かの出し物が終わり、いよいよ最後の一人を残すのみとなった。
「ふむ、今のところ優勝最有力候補は、幻蔵かのお〜」
 羊の執事ならぬ、羊のカメノフは腕を組んで考え始めた。
 確かに客を沸かせたパフォーマンスといい、着ぐるみの着こなしといい今の時点で優勝に一番近いのは幻蔵だと思えた。
 観客の多くもそう思っているだろう。
「だが‥‥」
 思いながらカメノフは、最後に自分の出番を待つ茜を見ながら思った。
 このハロウィンの夜に、一番相応しいかもしれない彼女の演技はどんなものだろう、と。
「ひょっとしたら‥‥かもしれんのお〜。お、始まる。始まるぞい」
 カメノフの言葉通り、たくさんの拍手を受けて茜が舞台の中央へと歩み出た。
 本来だったら彼女の顔を見た瞬間、空気がざわめくだろうが今日だけはその心配は無い。
 お面を被るか変装している、と思っているのだろうか。お客達も静かに彼女の事を見つめている‥‥。
 両脇には犬が二匹。忠実に控えていた。
 纏うまるごとは、まるごとうめさん。うめといってもプラムに有らず。
 鉢巻を巻いたいなせなヤギさん、である。
「ようこそ、ハロウィンへ、今日は不思議な幻想の日をお楽しみ下さい!」
 美しい声が呼びかけた瞬間、
『今日は、おいら達もいるぜ』
『一緒に遊ぼうぜ! 楽しもうぜ!!』
 観客たちは目を瞬かせた。
 犬の泣き声と重なって、人間の声が聞こえたのだ。
 しかもタイミングを合わせて犬が前足を挙げ、挨拶するように顔を上げたから
「ねえ! あのワンちゃん達、しゃべったよね!」
「うん! スゴいね、スゴいね!!」
 子供などはもう大喜びだ。
「なるほど、やるでござるな!」
 茜を見て楽しげに彼は笑って、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
 今の仕掛けが解ったのは幻蔵だけだろう。
 声色と話術を使った仕掛けである。忠実な忍犬に合図を送り、タイミングを合わせてしゃべる事でまるで犬がしゃべっているような感覚を感じさせたのだ。 
 だが彼女が巧みだったのはそれだけではない。
「で、次はこの木箱の中に炎王丸が入ります。こちらの箱には水王丸が‥‥さあ、蓋を閉めて、鍵をかけて‥‥、お嬢さん、手伝ってもらえますか?」
「えっ? 私?」
 観客の注意の惹き方、集中の集め方、そして‥‥何より人の楽しませ方が上手かった。
「さあ、ご覧下さい。ワン、ツー、スリー!!」
 不思議な手妻、いわゆる手品で人々の心と視線を、今も集めている。
「では、次はこのリンゴの刺さったナイフが‥‥!」
 魔法が生きるこの世界、手品などは子供だましと思うものも多い。
 だが、今宵はハロウィン。子供心をときめかせて楽しむ夢の祭り。
 いなせなやぎさんが紡ぎだすファンタスティックなひと時と
「さあ! ナイフの行方やいかに‥‥どうぞ!!」
「「「わああっ!!」」」
 輝く子供たちの瞳、それを見つめる大人たちの笑顔。
 舞台上では茜が最後の手品を成功させて、明るく挨拶をしている。
 それを見届け幻蔵は
「今日のところは負けを、認めるでござる‥‥」
 静かに帽子ならぬ、頭を覆っていたまるごとを外したのだった。 

「優勝! アカネ・キノシタ!」
 呼び上げられた名前に会場中が祝福の拍手を贈った。
 嬉しそうに、前に進み出た茜は丁寧にお辞儀をする。
 まるごとヤギさんを纏った男爵は最高の笑顔でまるごとうめさんを着たまま膝を付く茜に
「今宵は、よく、皆を楽しませてくれた」
 花冠と
「汝にまるごとクィーンの称号を与える」
 巨大な、一抱えもある袋を授けたのだった。
 拍手喝采の中、戻ってきた茜にティズは駆け寄った。
「おめでとう! で、ねえねえ。その袋って例の世界に一つの着ぐるみでしょ? どんなだか見せて?」
 ティズだけではない。
 いつの間にか集まって来た人だかりに押される形で、無論、彼女自身も興味があって袋を縛っていたリボンを解いた。
「ほお! これはこれは!」
「なるほどのお〜」
 冒険者達も感心の声を上げる。
 中に入っていたのはまるごとらんたん、である。でも、それはただのまるごとらんたんではなかった。
 頭の部分や、服装部分その他のあちらこちらに星飾りや、煌く石などがちりばめられ飾られた美しい、美しい(機能性は完全に無視されているが)まるごとらんたんだった。
 思えば招待状に描かれていたマークとも似ている。男爵のオリジナルデザインなのかもしれない。
「さしずめまるごとらんたんでらっくす、というところかのお〜」
「私も欲しかったなあ〜。でも、本当におめでとう!」
 冒険者の声に、そして観客達の改めての拍手に、もう一度茜は丁寧に、心からの思いを込めてお辞儀をしたのだった。   

○祭りの終わり
 男爵の伝説を、祭りの終わり頃、冒険者達はいろいろ聞く事になる。
 領主としては有能で、領民からも慕われていたとか、独特の発想で地域の産業育成に大きく力を貸したとか。いろいろだ。
「ふむ、拙者の知らない伝説も多いのであるな!」
 無論、まるごと男爵と呼ばれるほどの人物。奇行による悪名もあったが、意外なほど彼は愛されているようだった。屋敷の使用人、招待客、そして家族にも‥‥。
「おじいさまはね、絶対に人のこと笑ったりしないのよ。そして大切なものを大事だって言ってくれるの。どんなことでもくだらないなんて言ったりしないの。ステキだね、って言ってくれるの」
 マリサは大好きな祖父の事をそう、自慢げにティズや茜に話してくれた。
 自分自身で夢中になれるものを持ち、他人の大切なものも認めることができる。
 簡単なようで難しい、大切な事を彼は日々実践している。
「やはり‥‥まるごと男爵は素晴らしい方なのである!!」
「うむ、いつかまたゆっくり酒を酌み交わしたいものじゃのお」
 来客達に囲まれ遠くに見えるまるごと男爵。
 カメノフはサイコキネシスで運んだ酒とカップを取ると、幻蔵に渡して酒を注いだ。
「素晴らしく、楽しい夜と」
「まるごと男爵と、まるごとシリーズと、それを大好きな者達全てに‥‥」
「「「「乾杯!」」」」
 いつの間にか重なった声に互いに微笑みながら、冒険者達は杯をゆっくりと飲み干したのだった。

 美味しいクッキーとやぎ角ヘアバンド。そして楽しい思い出を持って冒険者は帰っていく。
 忙しくてそれを見送る事ができなかった男爵は
「いつかまた会おうぞ。我が友。我よりさらに上手を行く『まるごとますたー』よ!」
 そう言って遠ざかっていく友人に自分の部屋の窓から静かに呼びかけた。

 その後、パーティでの冒険者の活躍はさまざまなところで噂となった。
 特に優勝者の茜だけではなく、皆を驚かせた技の持ち主として準優勝の幻蔵もファンが付いたとか。
 幻蔵が自らをファンが呼ぶ称号に気付くのは、その名付け親が誰であるか知るのは、もう少し先の話である。