【命の酒】紅い宝石の誘惑

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:5

参加人数:4人

サポート参加人数:4人

冒険期間:11月14日〜11月20日

リプレイ公開日:2007年11月19日

●オープニング

 下級デビル、というのは酒好きで有名である。
 基本的に彼らが好むのはエールである筈なのだが‥‥。
「うわあ〜〜っ!」
 覆いかぶさってくる黒くて硬い身体、長い爪。
「なんでインプがうちの樽を狙うんだよ〜〜〜!」
 青年は、家の窓から涙目で外を見つめていた。
 彼の視線の先には大事な貯蔵倉があり、その前にはさっき盗ったシードルの樽を、もう開けてしまったであろうデビルたちが
 ガリガリ、ドンドン! ガリガリガリガリ! ドンドンドンドン!
 蔵を壊さんばかりの勢いで壁を引っ掻いている。
 扉の前から今日も、彼らは一歩も離れる様子を見せない。
「ああ‥‥。せっかくの一年越しのシードルが‥‥。しかも蔵の前があんな状態じゃ新しい酒も作れないよ‥‥」
 もうじき、待ちに待ったリンゴの収穫シーズンなのに。
 旅に出た友人の為に、今年は特に美味しいお酒を造りたかったのに。
 このままでは‥‥収穫期を過ぎてしまう。
 このままでは‥‥もうどうしようもない。
「やっぱり、冒険者さんにお願いしよう!」
 そう思って彼はマントを羽織ってそっと裏口から家を出た。
「待っているんだよ。必ず助けてあげるからね」
 蔵と農場に愛しげに、呟いて‥‥。

 係員は冒険者に一人の青年を紹介した。
「彼の名はアンリ。キャメロットの郊外でリンゴ農場とシードルの醸造をやっている」
 紹介された青年は頭を下げる。
 冒険者ギルドで、冒険者に紹介される者は勿論、依頼人の他には無い。
 想像通りアンリは冒険者達にモンスター退治の依頼を出した。
「僕の農場と醸造所に最近、インプとグレムリンが集団で居ついてしまったんです。数にして10匹前後。そいつらはうちの酒を狙っていて‥‥」
 農場のリンゴをもぎ取って食べたり、夜毎大騒ぎしたりするという。
 醸造所の扉の前に居座り、農場自慢のシードルを狙って扉を壊そうとするとも。
「酒の貯蔵場所は地下なので簡単には入れませんが、扉はもう限界なんです。扉が壊されてしまったら中の酒造りの道具は‥‥」
 確かにデビルたちが酒造りの道具を理解してくれるとは思えない。
「もうじきリンゴの収穫なのに、このままでは収穫の手伝いの人も来てくれません。お願いです。デビルたちを退治して下さい!」 
 報酬は小額だが食料と酒と寝泊りする場所は依頼人持ちだ。
 下級とはいえ相手はデビル。油断は禁物だがちゃんと対処できれば怖い敵ではあまりない。
「こいつのとこのシードルは最近人気なんだ。かく言う俺もけっこう好きでな。力になってやってくれないか?」
 係員に頼まれた冒険者達は、横で頭を下げた青年から、ふわり甘い秋の香りを感じた気がした。

 

●今回の参加者

 ea6484 シャロン・ミットヴィル(29歳・♀・クレリック・パラ・フランク王国)
 eb2933 ベルナベウ・ベルメール(20歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb5350 レイチェル・ダーク(31歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb7017 キュアン・ウィンデル(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

若宮 天鐘(eb2156)/ 日高 瑞雲(eb5295)/ デカンダ・ガンテンブリンク(eb5298)/ エレイン・ラ・ファイエット(eb5299

●リプレイ本文

○リンゴの香りの農場で
 季節は秋から冬へと向かいかける頃。
「うわ〜♪ な〜んだかいいにおい〜♪」
 周囲に漂う甘い香りにベルナベウ・ベルメール(eb2933)は嬉しそうな声を上げた。
 セブンリーグブーツでの全力疾走。その疲れも忘れさせる優しい香りだ。
「本当に‥‥これはリンゴの香りですわね」
 微かに鼻を動かしてレイチェル・ダーク(eb5350)は言う。
「今、収穫期ということだったからな‥‥む?」
 足元に当たったものをキュアン・ウィンデル(eb7017)は拾い上げる。それはリンゴの芯だった。
 見ればあちらこちらに食べかけのリンゴやリンゴの芯が転がっている。
「んも〜! 小悪魔さん達だね。まえにあれだけめいわくかけちゃだめだ! っていっぱいめっ! したのに、またちらかしてめーわくかけてわるい子なんだから!」
 ぷんぷん。腰に手を当てて怒るベルナベウにレイチェルは首を傾げる。
「前に?」
「そーだよ! 前にも小悪魔さんたちとたたかったことがあるんだけど、そのときも小悪魔さんたちは、お酒をつくってるひとたちにめいわくをかけていたの! だから、こんどはしっかりおしおきしよう!」
 どうも話のつじつまが合わないとよく聞いたら以前に受けた別の依頼の事だそうだ。
 なるほど、と思い納得するとレイチェルは改めて農場を見つめた。
 食べ散らかされたリンゴ畑。
 そして昼だと言うのに聞こえてくる
 ドンドンドン!
 扉を叩く音。
「どうやら‥‥急いだ方が良いようですね。行きましょう」
 冷静に告げ、スタスタ歩き去るシャロン・ミットヴィル(ea6484)
「おい! 一人は危ないぞ!」
 キュアンの言葉も足を止めない彼女の背後。顔を見合わせると
「まって〜。ベウも行く〜」
「私も行きますわ」
 冒険者達は大急ぎでその後を追いかけたのだった。

○作戦会議
「さてさて、どうするか?」
 キュアンは腕を組んで考えた。
 醸造所前の扉は、なんとか確保する事ができた。
 扉を叩いていたのはインプが主で姿も見えたし、冒険者の登場に慌てて逃げたものも多かったのだ。
 残った敵もシャロンのホーリーやキュアンの槍で退治できた。
 ベルナベウの武器はデビルスレイヤーでもある。たとえまだ駆け出しであったとしても若宮天鐘の協力も受けて装備を整えた冒険者に雑魚デビルが叶うわけが無い。
「けれども、これで終わりというわけにはいかなそうです」
 倒され、消えたデビルを冷静に数えていたシャロンはそう断言する。
 まだ数にして7〜8匹のデビルが残っていそうだ。
「しかも残っているのは話から聞くにグレムリン。インプより知恵が回るやっかいな相手です」
「そうみたいだね〜。それにデビルにはすがたが消せるのもいるからゆだんしちゃだめって言われた〜」
 アドバイスをくれたレイン・ラ・ファイエットの言葉を思い出しながらベルナベウもキュアンの真似をして腕を組む。そして、ポン! 手を叩いた。
「そうだ〜。すがたが消せるのがやっかいなんだから〜見えるようにしちゃえばいいよ〜」
「それはそうですけど、何か良い案がありますか? ベルナベウ様?」
 レイチェルの問いかけにベルナベウは、うん! と思い切り大きく頷いた。
「あのね〜。前に戦った時にこむぎここーげきが効いたの〜。小悪魔さん達がいそうなほーこーに向けてどばーん! って」
「なるほど。それなら敵がたとえ姿を消しても他の生き物に変身したとしても大丈夫そうだ。うん、なかなか良いアイデアだ」
 キュアンに褒められ嬉しそうにベルナベウは微笑む。
「確かにいいアイデアです。私がデティクトアンデットをかけたところに向けて攻撃すればかなりロスは少なくてすみそうですしね」
 頷くシャロンにそうだな。とキュアンも同意する。
「ただ、ここで戦うのはどうかと思います。正直、本当に扉はよくここまでもってくれたと思う程ですから」
 トントントン。背後の扉を懸命に直すアンリを見ながらレイチェルは仲間達に提案する。
 彼は大工ではない。デカンダ・ガンテンブリンクが持たせてくれた修理道具があったとしても完全に扉が直るまで後1日はかかるだろう。
 しかももう直ぐ夜だ。
 ふんわりと開いた扉から漂う酒の‥‥リンゴの気配を漂わせつつ人を酔わせる甘やかな匂い。
「いい香りですわ。この香りのよさが解らず嗜みを持って楽しむことのできないデビル。彼らに道理を説いても無駄ですわね。良いですわ、全て塵に還して差し上げましょう。策略をもってしても」
「さくりゃく?」
 首を傾げるベルナベウに微笑み、レイチェルはニッコリとキュアンに笑いかける。
「協力して下さいますわよね。キュアン様?」
「私とて故郷の香り高いシードルを飲めなくなったらと思うと寂しい気分になる。力を貸す事は無論だが、何を?」
 問うキュアンにレイチェルは黙って微笑むと彼のバックパックを指差したのだった。

○八岐のデビル?
 ジャパンの古い伝承に酒でモンスターをおびき出し、酔わせたところを倒すというものがある。
 それを冒険者が知っているかいたかは定かではないが、夜。酒蔵から少し離れたリンゴの木の根元にいくつもの酒が並べられた。エールにシードル。詩酒「オーズレーリル」 神酒『鬼毒酒』 珍酒「化け猫冥利」黄金の蜂蜜酒。ゴヴニュの麦酒、 シェリーキャンリーゼ。スイートベルモットまである。
「酒好きの者がこれだけの銘酒に逆らえる筈はありませんわ」
 自信を持ってレイチェルは断言した。日高瑞雲が持たせてくれた物も多いが、確かに銘酒揃いである。
 そして予想通りその酒の香りに誘われるように微かな月明かりの中。石の中の蝶が踊った。
「来た!」
『キキーッ』『キュキュキュ!』
 キュアンの言葉通りデビル達が集まって来た。昼間冒険者達に叩きのめされた事を忘れたのか。覚えていたとしてもこの酒の香りに抗えなかったのか。
 嬉しそうに集まったデビルたちはまず、一番手近に蓋の開けてあったシードルとエールに寄って酒盛りを始める。
 グビグビと音がするように酒を飲みふけるインプやグレムリン。だが、それほど量は多くなかった筈なのにもう足取りがおぼつかなくなってきているようだ。
「効いてきたようですわね。‥‥何の変哲もない薬草も、組み合わせ次第では劇薬に変わりますのよ。皆様お気をつけ遊ばせ。ほほほ。今ですわ!」
 レイチェルの合図に合わせ、木陰で様子を見ていた冒険者達は一気に飛び出していった。
 酒の中にはいろいろと毒系統や、睡眠系統の薬草が混ぜられていたのだ。
 酔いか、それとも薬の効果か。確かにデビル達の動きは鈍っているようだった。その隙を見逃さずキュアンとベルナベウは
「背後には行かさぬ! ここで掃討する!」
「おねーさんたちいじめちゃだめ! リンゴとるひとあぷ! だよ」
 全力で武器を振るう。
 二人ともまだ洗練された戦いぶりではない。けれども相手も弱いし協力体制も整っている。
 ビカムワースで生命力を削ったところを倒したり二人で一匹を攻撃したり。
 確実に一匹、一匹を倒していくことで倍の数だった筈のデビルを彼らは減らしていく事ができていた。
「ベルナベウさん! 後ろ!」
「えっ?」
 あと少しと油断したところでベルナベウは声を上げた。とっさに後ずさりして訳もわからぬまま攻撃をかわす。見えない何かが巻き起こした風がベルナベウの鼻先を掠めたのが感じられた。
「なに?」
「そこにデビルがいるようです。あれを!」
「うん、わかった! でてこーい。でてこーい!」
 ぼむっ!
 服の中から取り出した小さな包みを開いてベルナベウは思いっきり目の前に向けて投げつけた。
 白い煙が舞い上がり闇夜の中、粉を見に纏ったデビルの姿がはっきりと見える。
「みーつけた! かくれんぼはおしまいだよ! えいやああっ!」
 大きく振られた槍がデビルを吹き飛ばすように叩きのめす。
『ギギャア!!』
 悲鳴を上げたデビルは慌てて逃げようとするが
「逃がさん!」
 言葉通りキュアンの投擲したゲイボルグがデビルの背中に突き刺さった。消失するデビル。
「やったね。キューちゃん!」
 嬉しそうに駆け寄るベルナベウに少し照れた顔でキュアンは頷き、パン! 手を叩き合ったのだった。

○秋の実り。冬の楽しみ
 デビル退治の夜から二日。
 念のため冒険者は農場に留まって様子を見た。
「この近辺にもうデビルの気配は無いようですね」
「あれだけ痛い目にあったのですからもう懲りたでしょう。また来たとしても塵に返してあげるだけですが」
 周囲を見回ってきたクレリックによかった。とベルナベウは笑う。
 彼女の手には抱えられた山のようなリンゴが。
「う〜ん。おいしい。べう。し・あ・わ・せ」
 収穫を手伝う代わりに貰えたリンゴを幸せそうにベルナベウは微笑む。
 木々からはもう木の葉は落ち始めている。今年の収穫も後僅かというところ。
 新鮮なリンゴを味わえるのもそろそろ最後だろう。
 けれど、お礼としてもらった昨年のシードルと、新鮮なリンゴで作ったジャム。
 甘いリンゴの香りはこれからの冬を紅く楽しく彩ってくれるだろう。
 それを守れたことを冒険者達は嬉しく思っていた。
「扉の修理も完了した。これでシードルの仕込みにも入れるか?」
「はい。ありがとうございます。本当になんとお礼を言ったらよいか‥‥」
 頭を下げるアンリに
「良くお休みになっていないのではなくて? 頑張りすぎてはいけませんわ。少しお休みになる事も大事です」
 そう言ってレイチェルはいつの間に用意したのか飲み物を差し出した。
 不思議な香りが鼻腔をくすぐり、カップを持った手を温める。
「ベウもちょーだい!」
「いいですわよ!」
 仲間も含め皆に渡されたその薬湯。
「‥‥美味しいです」
 おおむね好評だったがレイチェルは断固としてその中身を教えてはくれなかったという。

 とにかくこうして秋の農場は冬を迎える準備を整えることができたのだった。