恋色調理実習

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月12日〜12月17日

リプレイ公開日:2007年12月19日

●オープニング

 BONN!
 暖炉の炎が大きく、爆ぜる様に飛び上がった。
「うわっ!?」
 少女は半泣きの顔で、暖炉の上の鉄板を引き出す。
 木の実入りのクッキーになる筈だったそれは、見事なまでに炭と化していた。
「なんで? どうしてうまく行かないの」
 半泣きの顔は涙目に変わる。
 テーブルの上の皿は、もう同じような炭で溢れていた。
「私は、ただ、教えてもらった通りに作っているだけなのに‥‥。このままじゃ間に合わないよ‥‥」
 大好きなあの人の誕生日はもう一週間後に迫っている。
『僕の理想の女性? そうだなあ。お料理の上手な、優しい人かな? 一緒に料理をしたらきっと楽しいと思うんだ』
「誕生日に告白しようと思ったのに‥‥。美味しいお菓子を作って、一緒にお料理をしましょうって伝えたかったのに‥‥」
 元々料理が得意な方ではないが、ここまで失敗するのは初めての事だ。
 せっかく彼から教えてもらったレシピなのに。彼の好物だというのに‥‥。
「お母様には、‥‥頼めない。レオニーが好きなんて言ったらきっと反対される‥‥」
 だったら、どうしたらいいか。
 彼女が出した答えは一つだった。
「どうしたというの? まあ、何? このキッチン! エウロラ!」
 散らかし放題のキッチンに、炭だらけのテーブルに母親は悲鳴を上げる。
 でも飛び出していった少女を呼び止めることができるものは誰もいない。

「料理を教えて欲しい?」
 冒険者に頼むものとしては珍しい依頼にギルドの係員は首を捻った。
 依頼人エウロラは衣服も上等で身なりもいい。
 聞けば傍流だが貴族の血を引く少女だと言う。
「そうなの。私、一週間後までに美味しい木の実のクッキーを焼けるようになりたいの。大切な人にプレゼントしたいから。でも、お料理なんてした事無くて、何度やっても失敗してしまうのよ。ほら、こんな風に‥‥」
 エウロラは俯きながら小さな布包みを差し出す。
 中を開き、一つ口に運ぶ。
「あ〜、悪いがこりゃあ、食えたもんじゃないな‥‥」
 正直な係員の言葉に、エウロラは頷いて俯いた。
「そうなの。だけど、家族とか家の料理人に教えてもらうわけにはいかないのよ。料理をしている事は別にいいんだけど、プレゼントのお菓子を作っている、とバレるのは困るの。だから‥‥」
「だから、冒険者を頼むってか?」
 そう、とエウロラは再び頷く。
 友達と一緒に教えてもらいながら料理を作る。
 その口実なら家族や家人をごまかせるだろう。と。
「私はクッキーが作れればいいんだけど、カモフラージュに何か料理を作る、と言う時には材料は出すわ。勿論、クッキーも一緒に作ってくれるなら、材料はこっちで用意する。お願い。私と一緒に料理を作って」
 そう言って帰っていった彼女は正式に依頼を出していく。
 参加者の腕は問わないと言っていったようだ。
 腕に自信のあるものが、丁寧に教えてやるもよし。
 逆に腕に自信のないものが一緒に作るのも、確かに良いカモフラージュになるだろう。
 なんとなく、係員は彼女の事情を察する。
 あれだけ、真剣にプレゼントを作りたいと願うのは、十中八九大事な恋人か好きな人の為。
 恋する乙女のけなげな願いに微笑みながら、彼女の依頼を係員は差し出した。

 彼と出会ったのはもう十年以上前の話。
 貴族の娘と、親戚の家の料理人の子供。
 初めから身分が違うと解っている。
「でも、好きなんだからしょうがないじゃない」
 彼の優しさも、賢さも、料理の腕も大好き。
 だから、せめて思いを伝えたい。
 誕生日を祝福する思いと共に。

 そんな願いを知ってか知らずか、暖炉の中ではちらちらとまだ小さな炎が笑うようにくすぶっていた。

●今回の参加者

 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb2357 サラン・ヘリオドール(33歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 ec3660 リディア・レノン(33歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

レア・クラウス(eb8226

●リプレイ本文

○キッチンの妖精?
 指定された家は思ったよりも立派な屋敷だった。
「‥‥‥‥」
 無言で屋敷の前に立ち見上げるアザート・イヲ・マズナ(eb2628)を
「貴方はどなたです? この屋敷に何か御用ですか?」
 門番の男は誰何した。口調は丁寧であるが声音は怪しい人物への警戒に満ちている。
 腕に抱いている猫とウサギがあまりにもミスマッチであるが故に。
「‥‥失礼します。ご挨拶が遅れました。‥‥私の名はマイ・グリン(ea5380)。‥‥こちらのお嬢様から料理指南の依頼を受けた冒険者です」
「一緒にお菓子を作って欲しい、という依頼があったの。話は通ってはいないのかしら?」
 依頼書を差し出すマイを補足するように後ろからサラン・ヘリオドール(eb2357)が笑いかける。
 見れば怪しい男だけではなく女性を含んだ四人組。
 ああ、というように門番は手を叩いた。
「そういえば、そんな話が。少々お待ち下さい。今、中に確認して参ります」
 走り出す門番に
「‥‥待って欲しい。この屋敷にはペットが飼われているのか?」
 アザートは表情の感じられない声で問う。
「屋敷の中では確か、小動物が飼われているようですが庭にはいないかと‥‥」
「そうか‥‥」
 頷くアザートの後ろ。リディア・レノン(ec3660)はその返事を聞き小さく呟く。
「小動物‥‥。まさか‥‥それかしらね?」
「‥‥リディアさん。何か心当たりでも?」
 振り返るマイにまあね、とリディアは答えた。
「友達‥‥が言っていたのよ。キッチンに妖精の影があり、それこそが障害の源なりってね‥‥」
 確かにレア・クラウスは占いの結果をそう言っていた。あまりにもロマンチックすぎて直ぐには信じられないのだが。
「キッチンの妖精? そんなものがいたら、料理を助けてくれそうなのにね」
「そうよね。普通はクッキー作りに爆発なんてしないわよね」
 肩を竦めるサランとリディア。だが、マイの表情は真剣であった。
「‥‥なるほど。クッキーの爆発原因は木の実を含むクッキー生地の水気、暖炉の火加減等の可能性を考えていたのですが、外的要因の可能性も否定してはいけないですね」
 深く思考を巡らせるマイの後ろで、息急き走る声がする。
「申し訳‥‥ありません‥‥。お待たせ‥‥しました」
 そう言って頭を下げたのは黒髪の少女。いかにも育ちのよさそうな黒髪の少女はやってきた冒険者達にぺこりと頭を下げた。
「私がエウロラです。今日はよろしくお願いします!」
「‥‥よろしくお願いします」「こちらこそ、よろしく」「ウィザードのリディア・レノンよ。よろしくね」「‥‥」
 四者四様の挨拶を受けて、エウロラは彼らを屋敷内へと招きいれた。
「庭に、こいつらを‥‥遊ばせて‥‥いいだろうか?」
「ええ、勿論」
 抱えていた動物を微かな笑みを浮かべながら下ろしたアザート。
 その時門番はハッとした顔を見せた。どうやら彼の『正体』に気付いたようである。
 だがアザートが心配した『言葉』や『行動』は投げかけられなかった。
 後にアザートはそれはきっと、エウロラの笑顔の為だろうと思ったのだった。

○イタズラな炎
「‥‥外的要因、確保です」
「この子がレアの言ってた子ね。まったくいたずらっ子だこと」
 くすくすと笑うリディア。他の冒険者達も目元が笑っている。
「‥‥えっと‥‥あの?」
 まだ状況が解らないという顔のエウロラの肩を叩いてサランは言った。
「クッキー爆発の原因は貴方の腕じゃなかった、ってことよ」
『はーなーしーて』
 サランの指差す先にはマイの指につままれた紅い髪の小さな妖精の姿があった。

 この子に最初に気付いた冒険者はリディアだった。
 BONN!
 いきなりの炎の爆発に慌てて後ろに飛びずさる。
「な! なあに! まだ、火をつけただけなのに」
 突然の音と声に冒険者達も慌てて駆け寄って竈を覗き込んだ。
「別に自分の腕のせいじゃないわよ。ホントよ! だって、まだ何も入れて‥‥」
「解っているわ」
 懸命に言い訳をしようとするリディアをサランは止めた。
「貴方のせいじゃないのは解ってる。見ても確かに火が燃えているだけ、よね‥‥。どうして爆発したのかしら」
「‥‥炎は、何か外的要因が無ければ爆発などはしない筈です。小麦粉、木の実‥‥その他に原因が無いとすれば‥‥あっ!」
 冷静に分析するマイの真横で、いきなりアザートは手近の鍋を掴み、その中に入れてあった水を
 バシャーン!
 一気に竈の中にぶちまけたのだった。止める暇も無い。あっけにとられる冒険者達。だがその水の下から。
『うきゃああーー!』
 甲高い悲鳴と共に何かが飛び出してくる。それを
 ベチン!
 まるで蝿でも叩くようにアザートは鍋で叩き落とした。
『うきゅっ』
 地面におっこちたものをマイは拾い上げる。
「‥‥これは、エレメンタラーフェアリーですね」
 それは小さな羽根の生えた妖精。マイの言うとおり、火のエレメンタラーフェアリーだったのだ。

 そこまでの事情を説明した後、サランはエウロラに言った。
「はっきりとしたことは解らないけどね。何かの理由でこの子は貴方の家の竈に迷い込んでしまったようなのよ。そして貴方のことが気に入ってついふざけてしまった、ということらしいわ」
「‥‥はた迷惑な話です。でも、悪気は無かったようなのです。どうなさいますか?」
 マイは指につまんだままのエレメンタラーフェアリーを差し出す。もう暴れる事も無く神妙に頭を下げる小さな妖精を、エウロラは両手に優しく受け取ると
「迷子で、一人で寂しかったのよね」
 柔らかい笑顔で頬摺りした。
「いいわ。許してあげる。でも、もうやらないでね。お願いだから」
 小さな額を指で軽く小突く。頭を押える妖精。でも反論、反撃は無かった。
『‥‥ふみ』
 妖精を机の上に置くとエウロラはくるり、背を向け冒険者に笑いかける。
「改めてクッキー作りの指導をお願いします!」
 この子が失敗の原因なら、もう依頼は取り下げられるかもしれない。
 そんな考えが頭を過ぎっていた冒険者達はその真摯な願いに、笑顔で頷く。
「「「‥‥「了解!」」」」」
『りょーか〜い!』
 言葉尻を捕らえた妖精と上げられた手に
「ハハハ!
 冒険者達とエウロラの笑顔が咲いた。

○調理実習中
「あっ!」
 サランが材料を混ぜるエウロラの様子を見て思わず声を上げる。
 と、同時にエウロラも間違いに気付く。
「ごめんなさい。ミルクが多すぎたみたい!」
「‥‥だから、目分量はダメだ、と何度も言っている筈です。料理の基本は、材料と調理法の足し算と掛け算です。手順を省くと正しい答えは出ないのですよ」
「耳が痛いわね」
「でも大丈夫よ。好きな人の為にお菓子を作るなんて素敵なこと♪ とびきりの愛情のこもったクッキーを作りましょうね」
 妖精を捕まえての後、屋敷のキッチンでは依頼どおりの調理実習が始まった。
 エウロラとリディアを生徒にサランとマイが料理を教える。
 アザートはいつの間にやら少し離れたところでエレメンタラーフェアリーと共に味見役である。
(「‥‥失敗の原因はエレメンタラーフェアリーだけではなかったのかもしれません)
 マイは口に出さない思いをそっと吐き出す。
 見ていると、確かにエウロラの料理の腕は少し、というよりかなり難がある。
 やったことが無いのを差し引いても慌てて材料の分量を間違える。手順を一つ、二つ、三つすっ飛ばしてしまうなど失敗の多いこと多い事。
 待ちきれず不安になり半生になってしまう。次には我慢のし過ぎで炭になる。
 冒険者がついていても、何度も何度も失敗していた。それは、おそらく持てない自分への自信のなさが原因だろうとマイは感じている。兄弟も無く忙しい両親。一人ぼっちの悲しさを妖精以上に彼女も知っているのだろう。
 だからこそマイは手伝いたいと思った。真摯に寂しさに逃げず、大事な人の為に料理をしようとする彼女を。
「‥‥今でこそ当たり前のように料理一般をこなしていますけど、私も最初の頃は酷い腕で、人にお見せ出来ないような料理を沢山作っていました。‥‥何事も練習あるのみで‥‥好いた方と一緒に練習出来るのなら、それは楽しい事でしょうね」
「思いを込めた料理以上のものはないですよ」
「‥‥基本的な事さえ守れていれば、後はどれだけ丁寧に、真心込めてる作れるか、です」
「はい!」
 めげず、諦めずエウロラはクッキーを作り続ける。
 味見をしていたアザートには解っていた。彼女の成長が。少しずつ炭が、美味に変わっていくのを。
「‥‥甘いものを食べ過ぎると、頭が痛くなるが‥‥ん?」
 ふと気がつけばアザートの前。冒険者達の間から良い香りと歓声が沸きあがっているのだ。
「やったわね!」
「はい!」
 微笑むエウロラ。彼女の手の中には完璧な狐色で美しいクッキーがふんわりと行儀よく並んでいた。

○思いの行方
 少女は小さな包みを抱いて、木戸をノックする。
「はい‥‥どなた‥‥お嬢様」
「誕生日、おめでとうレオニー、あの‥‥プレゼントとお話があるの」
 部屋の中に少女が入っていくのを見届けて、冒険者達は廊下の角からそっと離れ歩き始める。
「うまくいくといいですね」
 リディアの言葉にマイもサランも即答はできなかった。
 彼女の前途は実は多難である。
 身分違いの恋。
「私達にできることは、今はここまでだものね。エウロラさんはあまり隠し事が上手なようには思えないしもしかしたら恋心に気が付いている方もいるのでは‥‥?」
「‥‥おそらくな」
 アザートも頷く。親もあの顔からしてきっと気付いているだろう。良い顔はしていない。
 問題はこれから。でも‥‥
「‥‥彼女はきっと大丈夫です」
 マイはそう言って微笑んだ。
「‥‥料理で見せた努力と根気があればきっと」
「そうね。また困ったら助けに来ましょう」
 屋敷を出た冒険者達は同じ思いで振り返った。

 少女の思いの行方に、聖夜祭節の祝福があるように。‥‥と。