【英雄 想う人】届けたい思い

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月19日〜12月24日

リプレイ公開日:2007年12月27日

●オープニング

 その近辺を歩く者達はふと足を止めて、その音楽的な響きに聞き入り、流麗な動きに見入っていた。
 場所は王城の庭。
 鉄の音が鳴り響いている。
 槍を振るうは円卓の騎士パーシ・ヴァル。
 休暇を終え戻ってきた彼が、部下達に稽古をつけているのだろうと見れば解った。
 もう一つ、見るものが見れば明らかな事がある。それは実力の差と戦いの結果。
 手加減し立ち合わせてもらっているというのに数合でもう若い騎士の息は上がっていた。
 カーン!
 剣が手から弾き飛ばされ地面に落ちる。
「参りました」
 騎士は膝を折り、頭を下げた。これで五人。連続で倒したというのにパーシの息はまったく乱れていない。
「まったく、情けないぞ。俺が留守の間ちゃんと稽古をしていたのか?」
「申し訳ありません」
 パーシの留守を預かっていた騎士が頭を下げる。
 仕事が忙しかっただのは無論言い訳になどならない。
「いいか? 騎士は人を守るものだ。その為には力が要る。志し無き力は無意味だが、力なき志も無力なんだ。だから、騎士はいつでも強くなければならない。その意思を忘れてはならないんだ」
「はっ!」
 騎士達は頭を下げる。一言、一言の重みに返す言葉も無かった。
「まあ、とはいえいつも同じような面子とやってばかりでは訓練内容もマンネリになるか。騎士同士の戦いだと技や戦い方も限られるしな‥‥」
 槍を肩に担ぎ、パーシは溜息をつく。
 言葉には決して出さないが彼自身にも思いがあった。
(「‥‥本気で戦いたい。一人でできる鍛錬にも限界がある。もっと‥‥強くなるために」)
「ではパーシ様、以前のように冒険者に訓練の相手を頼んではいかがでしょうか?」
「冒険者に?」
 部下の言葉にパーシはふと顎に手を当てた。
「前回の訓練に参加した者達は、冒険者との経験をとても貴重なものと言っておりました。その後劇的に成長した者、独り立ちした者も多いですし話を聞き、機会ががあればと憧れるものも多いようです。あの戦争以後に入ってきた新兵もおりますし、どうかまたあのような機会を作っていただく事はできませんでしょうか?」
「確かに、名案ではあるな‥‥」
 呟くパーシに騎士の表情が嬉しそうに咲く。
「では!」
「バックアップは俺がしよう。手配を進めるといい」
「解りました」
 笑顔で動き出す騎士達を見送りながらパーシはふと、何かを思い出していた。
 そして‥‥。

『私は貴方が好きです。この想いは貴方にだって譲れません。どんな答えでも私はずっと貴方が好きです。どうかパーシ・ヴァルの答えを聞かせて下さい』
『今のお前には返事はできない。俺の目指す場所への道をまだお前は共に歩けない。側にいられても足手纏いだ』
 どこから、誰がどう見てもあれは完全無欠の失恋だった。と皆が言うし自分でもそう思う。
 それでも彼女、シルヴィア・クロスロード(eb3671)は諦めてなどいなかった。
「どなたか私と一緒にパーシ様に挑もうと言う心意気のある方はいらっしゃいますか?」
 依頼から帰ってその日には彼女は、仲間達に呼びかけていた。
 それでもなかなか芳しい返事と結果は得られない。
(「できるなら一刻も早く返事が欲しい。そして、この思いの行き先を‥‥」)
 とはいえ、それも簡単ではない。
 多忙を極める円卓の騎士との手合わせなど一冒険者にそうそう望むべくもないからだ。
(「いっそ、屋敷に乗り込もうかしら。それとも城を訪問して‥‥」
 そんな事を考えながら歩いていたある日の事だ。
「あれ? 貴女はシルヴィアさん、でしたよね?」
 彼女が若い騎士に呼びとめられたのは。
「貴方は、確かパーシ様の部下の方‥‥?」
 直接名乗りあったわけではないが、同じ人物を挟んだ知り合い同士。顔を見れば思い出す。
 頭を下げ挨拶をしあった。
「これから、どちらに行かれるんですか?」
 社交辞令のようにシルヴィアは問い、
「冒険者ギルドへ。パーシ様に頼まれた依頼を出すんですよ。パーシ様と我々騎士が訓練合宿を行うのでその手伝いをして欲しいとの事なので」
 それに若い騎士は答えた。
「パーシ様の‥‥依頼? 訓練合宿?」
 瞬きした彼女の背後で突然
「ドロボー!」
 悲鳴が聞こえる。
「泥棒?」
 若い騎士は慌て振り向いて後を追おうと走り出す。
 手に持った書類をシルヴィアに預けて。
「すみません、シルヴィアさん。その依頼、急ぎなんです。僕が夜までに戻らなければギルドに届けていただけませんか? お願いします!」
「あ、ちょっと‥‥。待って‥‥」
 振り向かず走り出した騎士が去った後には
「パーシ様からの依頼‥‥」
 依頼書を預かったまま佇むシルヴィアが残された。
 暫く考えるように依頼書を抱えていた彼女は、何かを決心すると踵を返して走り出していった。

「これで、よろしいのですか?」
「ご苦労」

 そうして、冒険者ギルドにて。
「パーシ卿主催の騎士訓練合宿の教官募集、か。場所はパーシ卿の館、対象となる騎士は十五名。教官募集は十名。訓練内容は自由っと」
 依頼書を見ながら確認する係員に
「それで、お願いがあるんですが‥‥」
「ん?」
 依頼書を届けた女騎士が言う。
「その依頼の報酬、私が出させて頂いてもいいですか?」
「へっ? どうしてだい?」
 当たり前の質問に彼女シルヴィアは答える。
「私、パーシ様に挑もうと思ったんです。いろいろと事情があるんですけど、彼に戦いを挑んで勝ちたいと思っています」
「パーシ卿に挑む、か。そりゃあ大変だろうな」
「ええ、1対1では無理だと身に染みています。だから、仲間の力を借りたいんです。パーシ様もそうおっしゃっていたし、何より他者と一緒に協力して戦う事の大切さを解って頂きたいから‥‥」
「一人じゃ勝てないしな」
「ええ」
 係員とシルヴィア、両方が顔を見合わせ頷き、苦笑する。
 教官の仕事をこなせばパーシは冒険者の手合わせに応じてくれると依頼書にもあるし、問題も無いだろう。
 元々押しかけてでも手合わせを頼むつもりだったシルヴィアにとってはこれは渡りに船と言える。
「解った。この訓練依頼。主催はあくまでパーシだが、依頼人はあんたとして出そう。仲間にはあんたから声をかけてくれ」
「はい!」
 係員の言葉に、シルヴィアは元気よく答えて手を握り締める。その手の中には彼女の決意が共に握られていた。
「今度こそ‥‥必ず‥‥」
 渾身の思いを込めて挑もう。
 あの人に思いを伝えられるように。
 あの人から答えを返してもらえるように。
 そして何より、この年に悔いを残すことの無いように‥‥。

●今回の参加者

 ea1274 ヤングヴラド・ツェペシュ(25歳・♂・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3094 夜十字 信人(29歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ec0246 トゥルエノ・ラシーロ(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec3769 アネカ・グラムランド(25歳・♀・神聖騎士・パラ・フランク王国)

●サポート参加者

オウ・ホー(eb2626)/ 沢良宜 命(ec3755

●リプレイ本文

○戦闘合宿 一日目 序章
 ここはキャメロットの外れ、パーシ・ヴァルの館。
「やっほー! パーシ様、みんな〜」
 その前の広場で武器の準備などをしていた騎士達はそれぞれが手を休め声の方向に顔を向け
「パーシ様。冒険者の皆さんがおいでになりました」
 一様に笑顔を見せた。
「‥‥着いたか。ご苦労だったな。冒険者。募集に応じてくれて礼を言う」
 同じく庭で騎士達の準備を指揮していたのは円卓の騎士であり、この屋敷の主であり、今回の依頼の主催者パーシ・ヴァル。
「パーシ様、お久しぶりですっ! お元気でしたかっ!」
 明るく元気よく礼をとるアネカ・グラムランド(ec3769)に、そしてその背後の冒険者達に微笑みかける。
「ああ。お前も元気そうだな。イギリスを離れていたという噂だったが?」
「はい! ちょっとジャパンまで。でも、大切な友達の一大事ですからっ!」
「一大事?」
「あの‥‥アネカさん」
 話弾む二人の後ろで身を縮こませたシルヴィア・クロスロード(eb3671)がアネカの背中をトトンと叩いた。
「お気持ちはとても嬉しいのですが、私はいつまでこの格好を?」
 おそらくは話を止めようとしたのだろう。けれどもそれはアネカには通じない。
 それどころか逆に‥‥
「もうっ! シルヴィアちゃんたらまだ恥ずかしがってるの? ほら、パーシ様、見てみて〜」
 おもいっきり、ぐいっと引っ張られてしまった。シルヴィアは転がるようにその姿をパーシの眼前へと表す。
 普通の服装であれば彼女もここまで恥じらいはしなかったろう。
 今のシルヴィアの服装はジャパンの巫女装束。半ば無理やりアネカと沢良宜命に着付けられた服装だ。
 動きやすく可愛らしい服だと思う。とても恥ずかしいのだが。
 それでもシルヴィアがこの格好でここまで来たのには理由があった。
 ‥‥少し期待があったのだ。いつもとは違う服装。何か声をかけて貰えるのではないか。と。
 その期待は‥‥
「早速で悪いが、準備を始めてくれ。こちらの用意はほぼ整っている。何か必要なものがあれば用意させよう。では昼食後に」
 叶わなかった。帰ってきたのは完全なスルー。シルヴィアの横を通り過ぎて去っていくパーシ
「あちゃ〜っ」
 額を押えたフレイア・ヴォルフ(ea6557)の声と一緒に、冒険者達は去っていくパーシとそれを見送るシルヴィアの背中を黙って見つめていた。

 怒り心頭。顔も赤く、頬は風船のように丸く膨らんでいる。
「もう! パーシ様って無神経すぎるよ!」
 ぷんぷんと、完全に腹を立てているアネカの横でシルヴィアは
「いえ、いいんです。こうなるであろうことは予想していましたし、おしゃれを褒めてもらうためにここに来たわけではありませんから」
 マントを肩で止め、髪を結いなおしている。もう完全にいつもの服装だ。
「でも、あの方はなんとなく、解っていてワザとスルーした。そんな感じもするんですよね‥‥」
 与えられた部屋で訓練の準備をしていた女性達。
 その中でリースフィア・エルスリード(eb2745)も身支度を整えながらもさっきの邂逅の印象を口にする。
「ワザと? なんで?」
「解りません。単なるカンですから。思いに答えられないと伝えるつもりだったのか。それとも‥‥」
 首を傾げるアネカ。リースフィアとてまだ少女であり、複雑な恋愛の機微と人の心が解ろうはずも無い。
 だが、そんな二人の話を聞きながらも
「どっちでも構いません。私はただ、あの人に自分の思いを伝えたい。そしてちゃんと答えを受け取りたい。それだけですから」
 シルヴィアはきっぱりとそう断言する。彼女の瞳に迷いや揺らぎは無い様だ。
「私的な思いに依頼を利用するのも、皆さんの力をお借りするのも、本当は良くないのかもしれないとも思いますが‥‥どうぞお力をお貸し下さい」
 頭を下げるシルヴィアに
「勿論だよ! その為に来たんだからね!」
「シルヴィアさんの大勝負ですね。私もできるだけのことをしますよ」
 アネカやリースフィアは笑顔で頷いた。フレイアも二人に比べると若干複雑な顔をしながらも頷いている。
 そして
(「なんだか、可愛いわね。まるでローマで必死に自分の居場所を探していた私みたい」)
「あの‥‥トゥルエノさん‥‥でしたよね?」
 微笑しながら彼女達を見つめていたトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)は呼びかけられ、ハッと気付いて瞬きする。見れば目の前に顔を覗き込むシルヴィアの瞳がある。
「大丈夫、でしょうか? 何か気に障ることでも?」
「ああ、そうじゃないの。ごめんなさい。ちょっと考え事をしていただけ。勿論、私も協力するわ」
「では、そろそろ行きましょうか? 時間です。どんな事も、まずはやるべきことをやってからですからね」
 リースフィアに促され、外に向けて歩き出す『仲間』達。
 それを最後尾で見送りながら
「一生懸命な彼女に力を貸す。望みが叶えられるように。その為に私は依頼を受けたのだもの」
 トゥルエノは小さく自らに誓うように‥‥呟いたのだった。

○訓練合宿 一日目
 初日は集団戦の訓練となった。
 冒険者にとっては到着して直ぐの話になるが、それを厭う参加者は流石にいない。
「相変わらず歴戦の皆さんが揃っていらっしゃいますね。これもパーシ卿のご人徳ということでしょうか?」
 二手に別れた「敵」と「味方」
 その味方の方を見ながらワケギ・ハルハラ(ea9957)は微笑んだ。
 彼は唯一の前回合宿参加者。
 前回は周りのメンバーの顔ぶれに引け目を感じる事もあったが、今回はそんな事は言っていられない。
 逆に前回の話をして、仲間達に教える立場である。
 訓練計画を話し合い、ルール等を確認する。さらに用意してきたスクロールを確認して使う手順を考える。
 今回も唯一の魔法の使い手だ。
 戦闘にリアリティを出すためにも的確な使用を心がけないと。軽い武者震いが背中を走った。
「まあ、そんなに硬くなるなよ。気楽に行こうぜ。まだメインは先の話だ」
 ぽん、と閃我絶狼(ea3991)はワケギの背中を叩いた。はい、とワケギも頷く。
 仕事としてのメインは騎士達の指導である一日、二日目だが、冒険者達の真の目的は三日目にある。
「とはいえ、仕事に手を抜くつもりはありません。しっかりいきましょう」
 指揮官役のリースフィアの言葉に
「若き騎士達と汗を流すのもまた楽しみなのだ! 一年ぶりのキャメロット。この活気はやはり楽しいのだ!」
 かか、とヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)が笑い頷く。
 故郷の匂い感じる仲間だけではなく、参加した冒険者達だけでもなく、騎士達の目も皆、真剣であり輝いている。それが伝わってくる。
「任された以上は勝たねば意味が無い。一山幾らの黒の騎士だがそのくらいの事は心得ている」
「センパイ、硬く考えすぎだって〜。でも、来てくれてありがと。これで百人力だよ! 一緒に頑張ろうね!」
 お前は逆に明るく考えすぎだ‥‥、とツッコむことはせず夜十字信人(ea3094)は無言でアネカの頭をポン、叩いていく。 
 この不器用な後輩を信人は大事に思っていた。彼女と、彼女の大事な友人の義に助太刀してもいいと思う程には。
「まあ、野次馬根性というのもあるがな」
「ん? なんか言った? センパイ?」
 振り返ったアネカに答えず信人は手に持った布を頭へと巻きつけた。
 第一日目のルールは実戦形式の集団戦闘。
 身体のどこかに付けられた布を取られたら死亡扱いで退場だ。
 武器も本物を使用するので怪我をした場合も速やかに退場しなくてはならない。
「おっ? 怪我の治療役はヴィアンカか。よろしくな。絶っ太。お姫様を守れよ」
 微笑する絶狼は見学につれてきた狼を少女に渡し貸す。
「わーい! ありがと。一緒に見学しよーね♪」
 狼ももうこの少女の愛情表現に抵抗はしない。されるがままに、広場の端で身を丸くした。
「では、用意はいいか?」
 中央に立つパーシの右手が高く上がる。
 騎士達も冒険者も、互いに顔を見合わせ頷いた。決意に瞳が輝く。
「俺は今日のところは審判役。勝負には介入しない。どちらも手加減なく真剣に取り組むように」
 もう一度全員の頭が前に揺れる。それを確認しパーシは声を上げた。 
「では‥‥始め!」
 と。
 冬には珍しい青空の下、高く、鋭い鉄の音が響き渡った。
 
 一日目の集団戦闘は結局のところは冒険者の勝利に終わった。
「でも、かなりのところまで追い詰められましたね。危ないところでした」
 終了後指揮官役のリースフィアは溜息をつきながらそう自分達の戦いを評した。
 まずは十人の部隊となる自分達のフォーメーションを前衛、後衛と分ける。
 前衛には主として戦士、ナイトを配備。
 ルーウィン・ルクレール(ea1364)を指揮官に二人ずつがペア組む形式で敵と対峙することにした。
 前衛後方、実質中衛を守るのが絶狼と信人。彼らの前を守る形でアネカとヤングヴラドが陣をとり、シルヴィアとトゥルエノは遊撃隊として立ち回る。
 隙があれば本陣の方までさえも乗り込んでいく勢いだった。
 後衛はいわば本陣。そこまで肉薄される事ないようにするのが大事だが、万が一の事を考えて魔法使いであるワケギと弓使いであるフレイアが指揮官を守る。
 完璧なフォーメーションだった。
 だが、いざ戦闘開始となると敵である相手も、前回のように無思慮な突入はして来なかった。
 彼らは自分達の実力が多くの冒険者には及ばない事を理解して、唯一の利である人数を生かし有利に戦いを運ぼうとしたのだ。
 まずは同じように本陣を立てそこに全体を把握する指揮官を置く。
 そして、三人ずつが防御と攻撃、そして周囲の把握を担当しながら近づいてきたのだ。
 最初に狙われたのはやはり、シルヴィアとトゥルエノの二人だった。
「! しまった!」
 場の撹乱が目的の為、僅かながら先行していた所を二人は前後から取り囲まれる形で分断された。
「やるわね! でも簡単に負けてはあげないわよ!」
 軽く舌打ちしながらトゥルエノはシルヴィアに目配せした。シルヴィアは頷き数歩下がる。
 それに気付いた騎士達が考える間も与えずトゥルエノは
「たああっ!!」
 渾身のソードボンバーを眼前へと放った。
「ぐあああっ!」
 勢い強く騎士達を吹き飛ばす衝撃。よろめき、あるいは倒れた騎士からシルヴィアは白い布を素早く奪っていく。勿論、騎士達とてただやられるわけではない。三本目に手を伸ばしかけたシルヴィアになんとか体勢を立て直した騎士達は今度はトゥルエノと分断させる形でシルヴィアの前に立ちふさがり、襲い掛かる。
「シルヴィアさん!」
「くっ!」
 迫る白刃。トゥルエノの方も手がいっぱいでなかなか助けにいけない。追い詰められ膝を付きかけたその時
「あっ! 後ろ、危ない!」
「えっ?」
 突然シルヴィアは声を上げ、騎士の後ろを指差した。
 とっさに後ろを振り向く騎士。だが彼は次の瞬間
「うわっ!」
 地面に落ちる事となった。
「大丈夫? シルヴィアちゃん!」
 駆け寄ってくるアネカに礼を言いながらシルヴィアは気絶した騎士から布を取る。
 アネカが来てくれなければ、そして騎士が誘いに乗ってくれなければ危ないところだった、とシルヴィアは思う。
「少し、卑怯かもしれませんけどね‥‥」
「戦闘だもん、仕方ないよ」
 苦笑するシルヴィアとアネカの背後で
「あーっ! もうやられちゃったじゃないの! そっち! 後は任せたわよ!」
 ややヒステリック気味になりながら、布を取られたトゥルエノが叫ぶ。
「あっ! 本陣の方にもうだいぶ敵が集まっているセンパイ達なら大丈夫だと思うけどボクもヴラドさんのところに戻らなくっちゃ‥‥急ごう!!」
 まだ、訓練は終わっていない。走り出したアネカに頷いてシルヴィアも走り出した。
 その頃
「取り囲め! 敵の武器は大きい。間合いに入るときは気をつけるんだ」
 中衛、冒険者達の本陣への道を守る信人はそんな騎士達の会話を聞き小さく微笑した。
「考え方は間違っては無い。だが、一つミスがあった。悪いな、既に俺の間合いだ!」
 ミミクリーで伸びた腕と大きく振り回された斬魔刀の勢いが油断した騎士達の何人かを吹き飛ばす。
「絶狼さん! 左手側、近づいてきます」
 背後からのリースフィアの声に絶狼は素早く身を翻した。見れば気配を消して近づいてくる騎士が確かに真横に近づいてきていた。
 一瞬足を止める騎士の剣を叩き落す。
 奇襲失敗。
「くそっ! あの矢さえ飛んでこなければ!」
 舌打ちする間もなく彼は右腕の布を取られ退場する。
 何とか生き残り振り返った絶狼は、自分に援護の矢を放ってくれた救いの女神に気付くと小さく、指でサインをきったのだった。
「神こそ我が岩、我が救い、砦の塔。我は決して動揺しない。止まれ! 汝は神の加護を受けぬもの!」
「あ、足が動かない‥‥」
「油断大敵ってね!」
 それから、数刻後。
「そこまで!」
 夕闇と声によって終了を迎えた戦闘に
「私達もまだまだですね」
 リースフィアはそう呟いた。
「結局、後衛の僕らのところまでたどり着いた騎士は一人。一方、僕らの損害はトゥルエノさんとアネカさんのみ。ほぼ僕らの圧勝だと思いますが?」
 ワケギの言葉に頷きながらも指揮官としてリースフィアは冷静に今回の戦闘を振り返る。
「結果から見れば確かにそうですが、もう少し圧勝を望まれていたのではないかなと‥‥」
 今回はどちらかというと場を守り、敵を迎撃する作戦が主だった為こちらからの攻撃はあまり強くはなかった。逆にあちらは積極的に攻めに出てきたので僅かな遊撃部隊は各個撃破に捕らわれてしまったのだ。
 集団戦闘の難しいところはここにある。
 全体的な作戦と、技、力に冒険者が勝っていたこと、相手側に指揮官が無く、こちらは逆に指揮がしっかりと行われた。差は正直それくらいのこと。最終的な勝利は手にしたが、冒険者側にしてみても課題の残る戦いだった。
「課題が見つかったのなら、それを今後に生かしていけばいい。もっと、強くなれる」
 パーシは部下と冒険者をそう言って労ってくれた。
「機会があればファランクスも試してはみたかったのだが‥‥」
「あれは乱戦には向かない戦法だ。集団対集団ならある程度の効果をはっきするだろうが」
「ソードボンバーもあまり連発はできないものね」
「一撃の威力を頼みにする時にはそれが不発に陥った時のことも考えておかねばならないぞ。特に戦闘時に冷静さを失うのは命取りだ」
「あ‥‥っ、バレていた?」
「手や首を伸ばして戦うのもいいアイデアではあるが、そこを狙われると意外に脆いぞ。伸ばしている間、体そのものは手薄になりがちだしな」
「‥‥なるほど」
「わーい、センパイ怒られた〜」
「黙れ」
「パーシ様。魔法や遠距離からの攻撃にはどう対応したら‥‥」
「そうです。最後の最後で道行きを止められたあの壁には本当に」
「私は矢に動きを止められました。対応策が無いと遠距離攻撃はなすすべがないですよね」
「だから、常にいくつもの結果を考え想定して動かないといけない。特に部下を指揮する立場はな」
「耳が痛いですね」
 冒険者、騎士が入り混じって互いの問題点を話し合っている。その中心に立ち両者を纏めるのはパーシ・ヴァル。
 リースフィアは思う。もし、彼が指揮をしていたら結果は逆転していたかもしれない。と。 
「ほとんどモンスターですね。‥‥でも」
「負けるわけにはいきません。絶対に」
 横に立つシルヴィアの決意が彼女の気持ちも代弁してくれた。
「最終日、頑張りましょうね。シルヴィアさん」
 声をかけ、前を向く。その視線の先。楽しげな輪の中心にありながら、その中に自らは入ることの無い彼が、どこか寂しそうに彼女にも思えたから‥‥。

○訓練合宿 二日目
「仕事ができた。少し席を外す。夜には戻る」
 そう言ってパーシが城に戻っていったこともあり、二日目は冒険者たちがそれぞれに得意分野で騎士達に指導をすることにした。
 午前中は座学
「えっと‥‥人に教えるなどガラではなのですが、僕の経験を踏まえて魔法使いのよくある魔法の使い方を‥‥」
 というどこか控えめ&引き気味のワケギに対して
「我が輩はノルマンのテンプルナイトである! これを機にノルマンでのデビル暗躍の話をさせて頂こう」
 対照的にヤングヴラドの声は朗々と騎士達に語りかける。
 だが、どちらの冒険者の話も騎士達はあくびひとつ出すことなく真剣な眼差しで聞いていた。
「魔法はいくつか組み合わせることによって劇的に効果は倍増されます。悪用されるとこれ以上恐ろしいものはありません。対抗策は完璧なものは無いのですが、やはりパーシさんの言ったとおり油断しないこと。そして常に魔法を使われるかもしれないという心構えをもっておくことです」
「‥‥で、あるからして! イギリスでもデビルの暗躍があったと聞くが、かくのごとく魔の者達は狡猾で残忍であるので、慈愛神の地上代行者である我々は奴らに勝る心と技を身に着けなくてはならないのである!」
 講義後彼らに贈られた拍手は義理ではない、心からの思いの篭ったものであった。
「スゴイね。みんな真剣な顔で聞いてるよ。ね、センパイ‥‥ってあれ?」
 木陰での座学、それを少し離れたところで聞いていたアネカは横でいつの間にか眠っている信人に気づく。
「休息をとるのも修行のうちだ‥‥ってあれ、本気だったのお〜!」
 その言葉通り彼は、午後になり、冒険者達が騎士達に個別に指導をつけ始めても目覚める様子を見せなかった。ずいぶんにぎやかであるのに。だ。
「弓は実践ではなかなか主役になれないかもしれない。でも、ほんの少しの隙は確実に作れる。その隙があれば‥‥解るだろ?」
 あちらの壁沿いではフレイアが騎士達に弓の扱いを教えているし、向こう側では戦士達が騎士達を相手に模擬戦をしているようだ。
「流派は違っても、技の使い方は同じです。相手の動きをよく見て下さい」
 ルーウィンの指導が騎士としての戦い方としての指導であれば
「ほらほら! 油断するなよ! 盾ってってのはただの飾りじゃないんだ!」
 絶狼が実践的な戦い方を教える。そしてシルヴィアは‥‥
「うわっ!」
 突然の砂埃に目を押さえる騎士。その隙をついて、剣の側面で腹部を払った。
 どうやら、さらに実戦的な裏技を教えているようだ。
「戦場ではあるもの全てが武器です。目に見えない武器にも気を配って下さいね」
「はい!!」
 騎士達は学べることすべてを学ぼうと真剣そのものだ。
「う〜ん、本当にいいのかなあ〜」
 遠くではヴィアンカさえが体力づくりをしているというのに。
 思いながらもアネカは借りてきた毛布を信人にかける。その時、ふと気づいたのだ。
「あれ? パーシ様?」
 いつの間に戻ってきていたのかパーシが屋敷の中から、訓練風景を見ているのを。
「誰を見てるんだろ?」
 パーシ・ヴァルの視線の先は遠すぎて見えず、また表情もうかがい知る事はできない。
 ただ、その眼差しに深い何かが込められているようにアネカには思えてならなかった。

 そして二日目の夜。廊下を歩き自室へと戻ろうとするパーシ・ヴァルをシルヴィアは
「待ってください! 大事なお願いがあります!」
 引きとめ、強い声でそう言った。
「なんだ?」
 パーシもまた足を止めそれを受け止める。
「明日は合宿の最終日です。どうか、パーシ様と我々冒険者の対決をさせて下さい!」
「我々?」
「はい。私に協力してくれる冒険者と一緒に戦います。そして私達が勝ったら‥‥この間の返事を‥‥」
 ふっ‥‥。
(「えっ?」)
 シルヴィアは瞬きした。微かにパーシの頬に笑みが浮かんだからだ。
 あの笑みの意味は一体‥‥。
「良かろう。だが手加減はしないぞ」
「勿論です! 一人で戦うパーシ様に私達は絶対に負けませんから!」
 握り締めた拳にさらに力を入れ、顔面を赤くして走り去る。シルヴィア。
「ねえ、パーシさん。騎士って女性を慈しみ守るものでしょ? おとーさまの格言は間違ってないと思うけど?」
「僕は単独行動は命取りになると、教えたんですが‥‥。友人には初心を忘れるなとも言われましたし」
 父と友人オウ・ホーの力と言葉を借りてアネカとワケギはパーシに思いを告げる。
 願いは同じ、シルヴィアの思いへの後押しだ。だがパーシの返事は意外にも
「俺は一人で戦っているわけではない。一人でできることなどたかが知れている。それは解っているつもりなんだがな‥‥」
 だった。
「なら‥‥なぜ‥‥」
 ワケギの問いには答えぬままパーシは歩み去り部屋に入り扉を閉めた。
 彼の、円卓の騎士の思いはこの扉のような固い思いに阻まれ伺うことはできない。
 明日になれば知れるだろうか?
 二人は口に出せない思いを抱いたまま、静かに部屋へと戻っていった。

○訓練合宿 三日目
 人が二十人以上いるとは思えない静寂に、場は支配されていた。
 訓練最終日。今、パーシと冒険者の模擬戦が開始されようとしている。
「では、よろしいですか?」
 冒険者の中で唯一模擬戦に参加しないワケギが、両者に確認する。
 一方は円卓の騎士パーシ・ヴァル。銀鎧に勇者の槍。完璧な正装であり武装で。
 もう一方は九人の冒険者。その先頭にはシルヴィアが立っている。
「そういえば貴方の前に立つのは初めてですね。雷の騎士の力、体験させてもらいます」
 リースフィアも微かに緊張したように名乗りを上げた。
「戦場で名乗りは不要。刃が上げる血飛沫と火花が其れだと思え‥‥だな」
 剣を抜く信人の眼差しも厳しい。
 決して弱くない冒険者達が集っての一対九。いかにパーシ・ヴァルとはいえ不利であろうと思われるのに挑む冒険者の側に楽観の空気は微塵も無い。
 微かな呪文詠唱。パーシの周りをオーラの光が包む。
「俺は呪文がそう得意ではない。だから、この力が切れる前に勝負を決めよう。さあ、かかってくるがいい!」
 槍を構えるパーシに、冒険者達もそれぞれが武器を構えた。ルーウィンも光を纏う。
「では‥‥始め!」
 開始の合図と当時、ほぼ全員が一直線へパーシの元へと走っていく。
 先手必勝。彼に余計な小細工など通じはすまい。
 リースフィアとトゥルエノが前から盾と剣を持って直進し、その一歩後手から絶狼とシルヴィアが続いていた。間合いを埋めるのは一瞬。だが、彼らが近づいたその一瞬。パーシは右横へと既に移動していた。
「えっ?」
 丁度シルヴィアの眼前。驚くシルヴィアの眼前でパーシは槍をそのまま横に回転させた。
「危ない!」
 フレイアの声にシルヴィアが槍の攻撃を交わした直後、パーシは攻撃の勢いを殺さぬまま冒険者の背後へと回り込んだ。後ろ側に回り込まれ、アネカとヤングヴラド、そして信人が前衛へと変わる。
「俺達の方が組しやすいと見たか? 甘く見るな! アネカ!」
「う、うん! センパイ!」
 信人の檄にアネカは盾に力を込める。勝負は一瞬だ。この一瞬を持ちこたえれば仲間達も方向を変えて敵を囲める。
「そう簡単には倒れてやらん。俺も意地があるんでな? 」
 パーシの急所を狙った攻撃を交わして信人も武器を狙っての渾身の攻撃を叩き込む。
「武器を破壊し、戦意を‥‥砕く!!」
 だが、パーシの槍はしなやかに彼の攻撃を受け流し、いなした
 まるで水流の流れのよう。見ている者たちからの驚きのため息が漏れた。
 流石にそこから次の攻撃に移ることはできなかったようで。後方へまた逃れようと彼の足がまた地面を蹴る。
「逃がしません!」
「繋げてみせる。次の攻撃へ!」
 信人が作った絶好のタイミング。そこを逃がすまいと方向を変えたリースフィアとトゥルエノの武器が走る。だが、雷の二つ名を持つ騎士。彼の足は既に方向を見定めており、跳ぼうとしている。ほんの一瞬、このままでは届かないように思えた。だが、その一瞬を
「止まれ! 速き足よ! コアギュレイト!」
「危ないよ!」
 二人、二つの仲間の技が止めた。魔法と矢の牽制。どちらもパーシの足を縛るものではない。だが、一瞬の間を埋めることはできる、そしてできたのだ。その貴重な刹那で
「パーシ様‥‥、逃がしません」
 冒険者という籠に雷を閉じ込めることが。
「隙あり!」
 普段と違う絶狼の右からの剣を捌こうとパーシが槍を構える。だが、同時に踏み込んでくる左からの攻撃が
「ここまです!」
 首筋に触れた。
「あっ!」
 シルヴィアがパーシの背後をとったのだ。
「パーシ卿、あんたの負けだ」
 ある意味囮の役を務めた形になった絶狼が楽しげに微笑む。
 冒険者達は見事に攻撃を、ひとつの目的へと繋げたのだ。
 槍を落としパーシは手を上げた。
「なるほど、見事だ‥‥」
 冒険者の間に安堵が広がる。だが‥‥
「だが、甘い!」
「えっ?」
 冒険者が勝利を確信した瞬間パーシは鎧の中から小さなナイフを取り出して、自分の首元の剣を力任せに弾きあげる。そして
「あっ!」
 次の瞬間さっきまで自分がされていたのと同じことをシルヴィアにしたのだ。
 曰く、背後を取り、首元に剣を。
「俺に勝とうとするなら最後まで気を抜くな。目に見えない武器にも気をつけろと、教えたのだろう?」
 唇を噛むシルヴィア。冒険者達も悔しげだ。
 シルヴィアの肩からナイフが落ちる。それと共にパーシが放れて行く気配をシルヴィアは感じていた。
「パーシ様!」
「とはいえ、技の鋭さ、連携は見事だった。本気で久しぶりに戦えたな。後は、最後の詰めをな。勝負というものは敵を叩き伏せるだけではないぞ。どうすれば『勝てる』のかよく考えてみることだ」
 言い終わった頃、パーシの光も解けた。勝負は時間にすれば本当に僅かなもの。
 でも、見る者そして為す者に代え難い体験となったのだった。

○訓練合宿 終章
 夕刻、庭の片隅でパーシの残した短剣を握り締めたまま佇むシルヴィアに、
「俺には昔、愛した人がいた」
 背後から低い声が降った。
「パーシ様!」
「俺は絶望に沈んでいた俺を救い出してくれた。何も知らなかった俺に色々な事を教えてくれた。
 俺の出発点であり、帰る場所。太陽。俺はそれを守りたかった。彼女の愛するもの全てを、そして彼女の笑顔を守れる騎士でありたかった。
 だがそれは叶わなかった。俺の力が不足していた為。俺に愛と全てを与えてくれた女を、俺は俺自身の過ちで失った。だから騎士として生きようと思うなら、愛する者を側に置くべきではない。その時そう決意した」
「それは、間違っています!」
 シルヴィアは必死で反論する。
「愛するものと騎士としての志、両方を逃げず守っている方もいるではありませんか! 一人でできることなどたかが知れています! 失う事を恐れ、大切なものを遠ざけてしまうのは間違っているというのです!」
「ああ、今はそれは違うと解っている。だが、俺は騎士としての自分の行き方を愛する者の為に変える事はできない。そして俺が騎士である限り俺の側には戦いがあるだろう。‥‥シルヴィア」
 振り返ったパーシの新緑の瞳がシルヴィアを射る。
「は、はい!」
「お前は俺を愛していると言った。では、問おう。お前は俺の何になりたいというのか? 帰る場所か? それとも血塗られた戦場さえも共に行く者か?」
「それは‥‥」
 彼女は言葉に詰まった。彼女の望みは共に歩く事。どんな場所でも側に在ること。だがそれを告げるには‥‥
『俺の目指す場所への道をまだお前は共に歩けない。側にいられても足手纏いだ』
 かつて彼に言われた言葉が胸に詰まる。
「今のお前はまだ中途半端だ。だから、答えられないと俺は言った。解るか?」
「はい‥‥」
 俯きシルヴィアは答えた。考えが甘かった。彼に勝てば全てに答えが出ると思っていた。
『勝つ』
 その言葉の意味も考えずに。
「今回は私の考え不足でした」
 シルヴィアは頭を下げる。でも、瞳と心は下がってはいない。
「でも‥‥私は貴方の側にいたい。今はダメでもいつか、貴方の横に並び立てる者になって見せます。だから、その時は‥‥」
 告げるまっすぐな瞳にパーシは静かに微笑んで、近づくとシルヴィアの頭をぽん、と叩いた。
「その短剣はお前に預けよう。いつかお前が答えを持って俺の前に立つまでな‥‥」
「パーシ‥‥様」
 シルヴィアは夕日を受け黄金に染まる背中をいつまでも見つめていた。

 翌日、冒険者たちはパーシの館を後にする。
 報酬と騎士たちからの感謝の印を手にして。
「なんだか嬉しいね。大事にしよっと」
 シルバーナイフを一人一本ずつ。決して高いものではないが騎士達の心が篭っている。
 彼らがイギリスを守るならこの国がデビルにいいようにされることはきっとないだろう。
「我が輩達もそんなことはさせぬ故にな」
「そうね」
 目的は『ほぼ』達した。にこやかな笑顔の冒険者の中、一人不機嫌な表情を浮かべるものがいた。
「ヴィアンカ。どうしたんだ?」
 頬を膨らませた少女は呟く。
「だってあの人、お母さんの短剣持ってるんだもの」
「は? お母さん? お父さんではなくて?」
 ヴィアンカによればあの短剣はパーシの妻の形見。
 ヴィアンカが欲しいとねだってもくれなかったものだと言う。
「なんだ、パーシ卿。何やかんや言いつつ結構認めてるんだ? ‥‥その内尻に敷かれるぞ」
「そんなことさせないもん!」
「まあ、武器を持つのはもっと体力をつけてからの話ですよ」
 そんな会話が聞こえているのか、いないのか。シルヴィアは短剣を握り締めて思い出す。
 帰り際、ワケギの言葉に
「一人で強くなるのには限界があり、他の人と想いを共に歩んでこそもっと前に進める、今回初心に返りそう思いました」
 頷いてくれたことを。
(「パーシ様が皆の為に強くなろうとするなら私は、彼の為に強くなろう」)
 誓いを胸に
「シルヴィアさん、行きましょう」
 彼女は駆けていく。

 友の下へ。未来に向かって。