夢の竪琴

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月18日〜07月23日

リプレイ公開日:2004年07月21日

●オープニング

バタン!!

「失礼、邪魔をするよ」
 そう言って入ってきた人物は、明らかに取り乱しているようだ。
 ギルドの中を見回して叫ぶような声で言った。
「誰か、手の空いている人はいないか? うちの‥弟子がいなくなったんだ!」
「弟子? あんたのか?」
 頷く頭に銀の髪がさらりとなびく。
「ああ、私のたった一人の弟子だ。家出とかそういうのではないことは解っている。というか、行ったであろう場所は解っているんだ」
「ん? どこだ? この街の中じゃないのか?」
「北の森だ。」
 冒険者達の顔色がかすかだが曇る。
 北の森は、冒険者達にとってはそれほど危険な場所でもなければ、遠くもない。
 ゆっくり歩いても3日で往復できる距離だ。
 だが、それは冒険者ならば。
 今の世界。素人が一人で無事に行って戻れる保障が出来る場所では決してない。
 危険な獣もいるし、植物もある。僅かではあるが、ゴブリンを見たという噂もある。
「あいつは、材料を取りにいったんだ。自分にとって最初で、ひょっとしたら最後になるかも知れない作品の‥」
(「材料? 作品?」)
 その時彼らは気付いた。目の前の人物が普段、町の外に滅多なことで出るような人物ではない事を。
 白い肌、だが、太く強さを持った指。
「あんたは? 職人か?」
 頭がまた前に動く。楽器職人だと名乗った人物はその弟子、少年はおそらく楽器の材料を探すために家を出たのだと語った。
「あの子は楽器職人を目指して私のところで修行をしていた。だが、やっと初めての楽器を任せるという時に家の母親が倒れたと連絡があった。今は大したことは無いがおそらく家に戻ることになる。だから、最初で最後かもしれない楽器を材料選びから拘りたいとあいつはずっと‥言っていたんだ」
 当然師匠は反対する。危険だと。街で揃えられない材料ではないのだから、と。
 少年は頷いたかに見えた。だが、朝起きていれば彼はいない。
 知り合いを当たり、街中を探したが‥いない。
 マント、ランタン、採取道具と地図が無くなり、食料も減っていた。と、なればもう行った場所は一つしかない。良質の材料である木材がこの近くで唯一生えている場所。北の森。
「私が追っていきたいが‥かえって足手まといになるだろう。どうか‥あの子を連れ戻して欲しい。大事な預かり子で、大事な‥弟子なんだ。」
 涙を流し頭を下げる師匠の肩に、暖かい手が触れる。

 涙を拭って、彼らは、あなたはこう言うだろう。
「解った。任せておけ。」
 と。

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea0353 パトリアンナ・ケイジ(51歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0387 シャロン・リーンハルト(25歳・♀・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea0459 ニューラ・ナハトファルター(25歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea0702 フェシス・ラズィエリ(21歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ea0749 ルーシェ・アトレリア(27歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea2066 ヴァイエ・ゼーレンフォル(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 俯いていた楽器職人が周囲の冒険者に気付いたのは声をかけられるより少し遅かった。
「えっ?」
 バン! 力強く叩かれた肩に顔を上げる。
「ほら、泣くんじゃないよ。心配なのは解るけど、師匠はドンと構えてなきゃ!」
 パトリアンナ・ケイジ(ea0353)が豪快に笑った。
「お世話になっている楽器職人さんの頼みです〜任せてください〜」
 銀の髪のルーシェ・アトレリア(ea0749)はグッと力こぶしを握り締める。
「で、師匠。まず伺いたい。彼が探している木材の種類と具体的な場所をな」
 マナウス・ドラッケン(ea0021)の問いに彼は予備の地図を広げ、場所に印をつけ木の特徴を記す。
「ああ、これはスプルース 松の一種ですね」
 葉の形やその他の特徴から植物に詳しいヴァイエ・ゼーレンフォル(ea2066)には解ったようだ。
「よし、急ぐぞ!」
 ファイターのリ・ル(ea3888)が仲間に声をかけ駆け出し‥かけて
 ピタッ
 足を止めた。振り返り真顔で師匠に問う。
「その子の名前は?」
「あ‥カイです。金髪で碧眼。13歳の男の子。どうぞ‥よろしくお願いします」
 精一杯の思いを込めて頭を下げる師匠に冒険者たちは微笑み、優しく頷いて、今度こそ駆け出していった。

「どうだ? いそうか〜?」
「う〜ん、まだ見えないです。もうちょっと調べてみます〜」
 シャロン・リーンハルト(ea0387)はパトリアンナの呼び声に明るく返事をしてまた森の中を飛び始めた。
 昨日一日は街道をかなり急いで歩いてきた。子供の足を考えると、かなり差は詰まっているはずだ。しかし森に向かったのならいつまでも街道を歩いてはいまい。
 北の森に近づいたとき彼らは相談してフォーメーションを組み森に入った。右翼にパトリアンナとフェシス・ラズィエリ(ea0702)そしてシャロンが回り、左翼の前方をリ・ルとヴァイエそしてシフールのニューラ・ナハトファルター(ea0459)が調べる。
 左翼の後方からルーシェとマナウスが後に付く。
「こっちもまだです。ゴメンなさい。リルさん」
 荷物を持たせてしまったリルにニューラはくるり回って頭を下げた。リルは首と手を横に振る。
「別にいいって。でも‥あいつは今頃、何を思っているんだろうな」
 真剣に少年の事を思うリルの眼差しはどこか、遠い。
「そうですね。早く見つけてあげないと! じゃあ、もう一回行ってきます!」
 軽く空を舞うシフールを微笑んで見つめながら、リルも調査を再開した。

 パチパチパチ‥‥。燃える焚き火に枝を折って入れる。
「どうして見つからないんだろうな?」
 結局、二日目の夜を彼らは森の中で迎えた。目がいいシフールが飛び回って探し、森に土地感を持つ仲間も多いのにどうしても少年の痕跡を見つけることができなかったのだ。
 一巡目のリルとシャロンから交代し、マナウスとルーシェが野営の見張りを始めた。火を見つめ深く息を吐く彼にルーシェは微笑みかける。
「一人で怖いでしょうね‥? どうしたんです。マナウスさん?」
「シッ! 何か聞こえないか?」
 マナウスはルーシェの小さい口を押さえて耳を静かに森に向けた。火のはぜる音以外に、微かに彼にだけ聞こえる音が‥ある。
「‥あ‥さん。せ‥い。」
 すすり泣くような声。
(「どこだ?」)
 彼は全霊で声を追った。意外にも声は彼らが来た街道側の方から聞こえてくる。
「みんなを起こしてくれ。あの子らしい子を見つけた」
「解りました」
 仲間を待ちながらマナウスは小さく舌をうつ。
(「そうか‥迂闊だったな」)
 先に行ったとばかり考えて探した。だが、実際は殆ど先に進んでいなかったのだろう。山歩きにも旅にも慣れていない子どもだということを忘れて先ばかり見ていた。
「前ばかり見ていても見つからない筈だ」
 次に見張りに立つはずだったフェシスはマナウスと顔を合わせて苦笑した。

 街道にほど近い森の中で、少年は膝を抱えていた。薄っぺらいバックパックを抱きしめ、マントで何とか身体を隠す。
(「犬に追いかけられたせいで、食べ物無くなっちゃった。地図はあるけど道わかんない。帰れないし、動けないよ」)
「くすん‥お母さん、先生‥ん? なんだろう、あの音? 竪琴? 笛? 歌? こんな森の中で?」
 耳に入るもの、目に入るもの。風の音さえも全てが恐怖だったのに、その音は何故か少年の心に灯りを灯した。優しく、暖かい。
(「誰か、いるのかな? 助けて‥くれるかな?」)
 少年は立ち上がり、ゆっくりと近づいていく。彼が作りたいと願った、大好きな音楽の側へと‥。

 ルーシェとシャロンは竪琴で奏でた。静かで穏やかな曲を。寄り添うように優しくフェシスの横笛が響き、ランプの光の華の中をニューラが踊った。
 まるで伝説の妖精の輪。やがて彼らは気付く。演奏に引き付けられるかのように近寄ってきた金の光‥、小さな足音を。
「見つけたぜ! 迷子のお弟子さん!」
「あなたがカイ君ですね。私たちは貴方のお師匠さんに頼まれて、貴方を探しに来たんです」
 突然パトリアンナに背後から抱きしめられた(羽交い絞めともいう)少年カイは一時呆然としていたがヴァイエの言葉に‥
「僕は帰らないよ。帰らないってば! もう時間が無いんだから絶対に材料を見つけるまでは帰らないんだあ!」
 手足をばたつかせて暴れだした。ため息をつくヴァイエの後ろ、リルがゆっくりと近づき膝をつくと
 ピン!
 カイの額を弾く。
「イタッ!」
「警戒すんなよ。話は聞いてる。プロとして最高の楽器を作りたいんだろう、修行してきた自分っていう存在の証を立てるために。それは素晴らしいことだと思うぞ。でも今のお前のしたことは無茶だ。もう、解ってるだろう?」
 ボロボロのカイの様子を見てリルは笑いかける。
「‥うん」
 俯くカイ。抵抗は無くなったと判断しパトリアンナは手を放した。二人をそっと見つめている。
「あ〜、いろいろ言いたい事あるんだが、上手く言えないな。でも、これだけは言っとく。ここにいる奴らはみんなお前を助けたいと思って来たんだ」
「‥ごめんなさい」
 自分が迷惑をかけたことを認めない子供では無いらしい。素直に頭を下げるカイにフェシスは頷いた。
「じゃ行くか?」
「どこに?」
「お前さんが探してるものを、探しにさ」
「手伝ってくれるの!」
「その為に私たちは来たのですわ。お手伝いさせてください」
 ヴァイエの優しい微笑とリルの笑顔。そして取り巻く仲間達の頷きにカイの顔はパアッと輝いた。
「ありがとう!」
「俺達は仲間なんだ。しっかりやろうぜ。相棒!」
「それじゃ、頑張って見つけよ〜☆」
 エイエイオーのポーズで気合を入れるシャロンに微笑みながらカイを囲み、火を囲み、彼らはその夜眠りに付いた。

「木材って、ホントはちゃんと乾燥させなきゃいい音が出ないって聞くけど、いいんですか?」
 翌日、スプルースの林の中、木を探すカイの肩でニューラは聞いた。彼女とルーシェがカイの側に付き他の仲間達は周囲の偵察と護衛をしている。
 探すのはカイ。彼が自分で探したいと望んだからだ。
「うん、本当は1年以上乾燥させるのが理想的。でも、僕が作るリラは共鳴胴とかそれほど凝らなくていいから多少は大丈夫なんだ。僕には‥時間も無いしね」
「ねえ、楽器職人になる夢、諦めて後悔しませんか?」
 寂しげなカイの言葉にルーシェが問いかける。ずっと聞いてみたかったのだ。家族は大事だが後悔はして欲しくないから。
「ん? 諦めないよ。僕。母さんも大事だけど僕は楽器職人の夢は捨てないもん。そりゃあ、家に帰ったら先生みたいな凄いのはできなくなるけど、でもお祭りの楽器とか作ってさ、皆を楽しませてあげるんだ!」
「そうですか。偉いですね。カイ君」
 どこか弟を見るような心で見つめるルーシェの横、カイは触れたいくつめかの木にこれ!と声をあげた。
 近づいてきたリルやマナウスに手伝って貰いながら木を切り、いくつかの材木をにしたカイはボロボロになったバックパックを取り出す。
 彼が守ったカバンの中に唯一残っていたもの。それは‥
「苗木?」
 誰ともない声にカイは頷く。手で土を掻いて優しく切り株の横に植える。
「僕の夢の為に奪ってしまった木の代わり。いつかこの木がまた誰かの夢を叶えてくれるように‥」
「優しき少年。汝に神の恵みあれかし」
「えっ、あ‥」
 ニューラの唇が優しくカイの額に触れた。シフールの祝福。ウブな13歳の少年の頬は当然、真っ赤に染まった。

 さらに二日後、彼らは無事キャメロットに帰り着く。
 行きにカイを困らせた犬やキツネも冒険者達と一緒の時には大した障害にならなかった。
 彼らを出迎えた師匠に、少年が拳骨と大目玉を喰らうのを冒険者達は微笑ましく見つめている。
 助けて〜。というカイの涙目の願いは無視をして。

 師匠は彼らに、カイと一緒に頭を下げた。
「本当にありがとうございました」
「いや、礼には及びません。いつか、どこかであなたとカイ君の作った楽器の合奏を聞けたら、それが最高の報酬です」
「夢、叶えられますように」
 マナウスとヴァイエの言葉にカイはハイ!と元気に頷く。
「またな、相棒」
 差し出されたリルの大きな手をカイは強く握り返した。白いけど力のある、師匠と良く似た手で。
 カイがお礼にと差し出したオカリナは唯一使えるフェシスが受取った。
 彼が始めて作った品だという。
「カイ君ね、いつかシフール用の軽い竪琴、発明するって〜」
 シャロンはくるくると楽しそうに回っている。
「夢は捨てないか。いい男になるよ。あの子」
「ええ、いい子ですね」
 まるで母親と姉のような気分で、パトリアンナとルーシェはいつまでも自分達に手を振る少年を、その笑顔を見つめていた。

 彼の竪琴はいつか誰かの手に渡り、冒険者達に夢の調べを聞かせるかもしれない。
その日が来る事を彼らは‥祈ろうと思った。