【海魔の影】海からの呼び声

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 62 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月02日〜01月09日

リプレイ公開日:2008年01月09日

●オープニング

 ‥‥夜毎、呼ぶ声がする。
 あの人の最期の声が、私を呼んでいるのだ‥‥。
 きっと‥‥。

 聖夜祭で楽しげなイギリス。
 だが、その光景はこの街には当てはまらない。
 悲しみの涙と、嘆きに溢れていた。
 それは、ほんの数日前の雨の日の事。
「みんな! 大変だ! 来てくれ! 早く!」
 港の監視者。その青年が家々を必死に回り人々を呼んだ。
 彼らは港に集まりそこで、信じられないものを見る。
「あれは‥‥一体何だというんだ?」
「船がボロボロよ。帆も破れて‥‥見て! 船底に穴が!」
 港にいた別の船乗り達、船を出迎えに来た船乗りの妻達がそれぞれに声を上げる。
 彼らが言うとおりその船は走っているのが不思議なほど、ボロボロだった。
「一体何があったの? 乗組員達は無事なの?」
「見ろ! おい! あのままでは暗礁にぶつかるぞ!」
「おーい! 曲がれ、曲がるんだ!」
「危ない!」
 港からの声は波頭の打ちつける音と、風の音、雨の音できっと聞こえなかったのだろう。
 それとも、聞こえていたとしても、どうしようも無かったのか‥‥。
 ゴオオン!
 地面さえも揺らすような地響きと
「あああっ!!」「キャアア!」
 悲鳴と共に船は暗礁に打ちつけられ、そして、砕け散った。
「助けに行くぞ!」
「無理だ! この大嵐の中。二次遭難しちまうぞ」
「だからって放っておくのかよ!」
「あなた! あなたああっ!」
 男も女も、誰も何もできぬままもどかしい一夜が過ぎたのだった。

 そして‥‥次の日。
「いくつもの死体が港に流れついたそうだ。乗組員十人ほぼ全員だ」
 最近北海から地中海にかけての海が、尋常でないほど荒れていると聞く。
 その影響なのだろう。こういった難破船の話もよく聞くようになった。
 悲しい話ではあるのだが。
「積荷も殆ど海に沈んだ。その損害もだが貴重な人材を多く失ったことが大きい。街は悲しみに沈んでいる」
 依頼人も目を伏せた。彼は港の世話役だと言う。
「それで、冒険者に頼みたいのは難破船の乗組員の捜索なんだ。さっき、ほぼ全員と言ったとおり、後二人、乗組員がまだ見つかっていないんだ。そう遠くには行っていないと思うんだが‥‥」
 その捜索を依頼したい。と彼は言った。
「勿論、我々も捜索をしている。だが、遠くに流されたのか、それとも逆に船の中に取り残されているのかもしれない‥‥だから、我々とはまったく違う捜査の視点や魔法、技術を持っている冒険者を募りたい。捜索に必要な協力は惜しまない」
 目的の場所はキャメロットから北東の河口沿い。
 ドーバーに向かい合う小さな港町だ。
 ほぼ漁業で生計をたて、ごく稀にノルマンからの交易船も着く。
 海で生計を立てる土地。このような事件が今まで無かったわけではないか、聖夜祭前の悲劇は街に大ダメージを与えている。
「あと、できれば街を励ませるような技術を持っている冒険者も歓迎する。歌とか踊りとかで慰めてやってほしいんだ」
 新年最初の仕事としては、明るいものとはならないだろう。
 だが‥‥
「実は行方不明の船員の一人は俺の娘婿なんだ。この秋に結婚したばかりでな。毎日娘は海を見つめて泣いてやがる。あいつの声が聞こえるってな。生きているとは思えないんだがせめて‥‥少しでも救いが欲しい。頼む」
 依頼人の思いは冒険者にも伝わる。
 新しい年だからこそ、せめて希望の光を、と‥‥。


 波間に浮かぶ影に、聞こえる声に妻は呼びかける。
「あなた! どこにいるの? 何を言いたいの?」
 波頭を打つ飛沫は彼女に何も答えてはくれなかった。

●今回の参加者

 ea4910 インデックス・ラディエル(20歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb2020 オ???奪?Ε汽?坤辧璽?(60歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2357 サラン・ヘリオドール(33歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb7700 シャノン・カスール(31歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

○沈黙の海
 冬の海は荒れた印象を与える。
 岩肌に打ち付ける白い波頭。
 それを見つめながら
「寂しい海、ですわね」
 セレナ・ザーン(ea9951)は静かに呟いた。
 夏だったらもう少し明るく見えたのかも‥‥。いやきっとそうは見えないだろう。
 風景は見るものの心象に大きく左右される。
 幾多の人々を飲み込んだ海は、きっといつまでも悲しみを湛えたまま。
「だからこそ、少しでも早く船に遺された人を救い出してあげないといけないと。この海を見る人々の為にも」
 隣に立つワケギ・ハルハラ(ea9957)の言葉にセレナは頷いた。
「この天候はあまり長続きしそうにないわ。インデックスさんが戻ってきたら早めに作戦を実行に移しましょう」
 天候を見ていたサラン・ヘリオドール(eb2357)の言葉にシャノン・カスール(eb7700)は準備をしようと馬に近寄ろうとするが、その足は海辺を歩き来る仲間を見つけ止まり、走り出す。
「アザートさん! どうしたんです? ずぶ濡れで!」
「この女が海に落ちた。なんとか助けたのだが‥‥寒い」
「当たり前です! さあ、早く火の側に!!」
 セレナやサランに促されアザート・イヲ・マズナ(eb2628)は焚き火の側に寄って身体を温めた。
「一体、何があったんです?」
 身体を暖める為にと用意された新巻き鮭や仲間の保存食を食べながら彼は言う。 
「海岸沿いに死体が流れ着いていないか、見ていたそしたら、近くの岩場から、この女が落ちたんだ‥‥」
「この人は‥‥まさか‥‥」
 女達に手当てをされる女性を見ながらワケギは呟く。
 町に情報収集に行った時に見かけた。彼女は確か、行方不明になった船員の‥‥。
「‥‥なるほど‥‥な」
 服の着替えが終わったのを見てアザートはまだ意識の無いままの女性を立ち上がるとそっと抱き上げた。
「どうするんです?」
「こっちは任せた。俺は忘れた保存食を仕入れがてらこいつを町に連れて行っておく。あと‥‥セレナ」
「はい?」
 何事かを耳元に囁いてアザートは去っていく。
「何を言ってたのじゃ?」
 オルロック・サンズヒート(eb2020)の問いにセレナは一度、海を見つめそして仲間達の方に向かい合って、答えた。
(「何かを言いたがっている奴がいる。話を聞いてやってくれ」)
「待っている人がいます。迎えに行きましょう」
 と。

○見つけられた願い
「そこそこ! もうちょっと右!」
 横を飛ぶ凧と、地上に向けてインデックス・ラディエル(ea4910)は声を上げた。
 真下に見えるのは海と、小船が一艘。
「ふう〜。空の上の寒さは身にこたえるのお。大丈夫か? セレナ殿」
 高さと寒さに少し目がくらみながらもセレナは大凧に懸命に捕まり下を見つめていた。
「ほら、多分あそこだよ!」
 ペガサスに乗るインデックスが指差す先。
 深い蒼の奥に、小さく、淀んだ黒が見えた。
「ここから見えるということは、それほど深くは沈んでいないのかもしれませんね。あとはシャノンさんの魔法が効いてくれれば‥‥あっ!」
 二人が話している間に、海に変化が起こった。
 海の水がある地点でまるで渦を巻くように動くと、次の瞬間。左右に引いていったのだ。
 あたかもその部分だけ円筒でくりぬいたように水が消えた海。
 その中から朽ち果てた船が姿を現した。
「よかった。かなりなところまで出てきてるよ」
「でも、完全に水底まで出ているわけでもありませんね」
「お嬢ちゃんたち。のんびりしている暇は無いぞい」
 オルロックの言葉に頷き
「ええ、急ぎましょう」
 船に向けて合図を送りゆっくりとセレナの乗った凧は降りていく。それをサポートするように寄り添うインデックス達と、海の上から近づいてく船と共に。

 足元の水溜りを踏みながら、冒険者達はゆっくりと甲板を歩く。
 あちらこちらの折れた船橋やマストが嵐の悲惨さを物語る。
「海に落ちないように気をつけて」
 サランの進言に従って船にロープで命綱をつけながら歩いて行った。
「これは、積み荷じゃのお。中身は‥‥ワインか」
 オルロックは言いながら小箱に触れる。船の引き上げも試みるつもりだが失敗した時の為少しでも見つけた荷物は救い上げておこうと
「ワケギ殿。手伝ってくれるかの?」
「はい」
 冒険者達の乗ってきた船へと運ぶ。
「あとは、船に取り残されたという人が見つかれば‥‥あ!」
「どうしたの?」
 ふと立ち止まったセレナにサランは声をかけ、耳を澄ませた。
「確かに、聞こえるね。誰かの‥‥声?」
 三人は手を繋いでゆっくりと船室を歩く。そして‥‥
「あ‥‥」
 見つけた。
 舵の前に立つ『人』を。手には死の瞬間まで握り締めていたであろう舵のハンドル。
 死後硬直などとうに解けている筈なのに彼の手は舵から離れない。
「もう、大丈夫です。貴方はたどり着いたのですわ」
 水に濡れ膨れた手にセレナはそっと自分の手を重ね呼びかける。
 その言葉を待っていたかのように『彼』は床に崩れ、倒れ落ちた。
「本当にお疲れ様でした」
 布を巻いた遺体はインデックスとセレナが船へと運ぶ。
「私、もう一回りしてくるわ。できるだけ遺品を集めてくる。これもくくりつけて来るから」
「気をつけて!」
 走り出したサランを見送り二人も急ぎ足で甲板と側の小船へと戻った。
 船には呪文に集中するシャノン。水域を下げたマジカルタブエイドの効果時間はもう直ぐ切れてしまう。
「間に合うでしょうか? サランさんは‥‥」
 心配そうに見つめるワケギ。まだ姿は見えない。
「迎えに行きます!」
 セレナが走り出しかけた時、サランの命綱が動いた。
 船の荷室から走り出し駆けて来るサラン。
「早く!」
 船の甲板から命綱を解き、インデックスのペガサスに飛び乗るとほぼ同時、だった。
「わあっ!」
 音も無く魔法が解け、水が元の場所へと戻ったのは。
「危ないところでしたね」
 空の上のサラン達を見つめ安堵の笑みを浮かべるセレナとは反対に
「う〜ん。やっぱり無理じゃったかのお」
 オルロックの表情は残念そうだった。
 船のあちらこちらに結びつけた船を浮かべる為の皮袋は、残念ながら効果を示さなかったようだ。
「なんなら、もう一度やってみますが? 重ねがけはできないようですが、一度ずつなら‥‥」
 魔法のスクロールを広げて言うシャノンにとりあえずセレナは首を横に振る。
「まずは、ご遺体と遺品を遺族の方達に届けましょう。それが最優先です」
「そうですね‥‥」
 頷くセレナは消え行く船と横の遺体、そして服のもの入れに入れた小さなものに触れながら遠い何かを見つめていた。


○届けられた思い
 岩場で見つかった遺体と船から発見された遺体。
「あなた‥‥!」
「船長!!」
 二体、いや二人の身体は冒険者の力によって発見され、町に運び込まれた。
 若い船員の妻は彼に寄り添い、船長もまた船主や元船員達に礼を持って迎えられた。
「お前‥‥まだ後を追おうなどと考えているのか?」
 服の下に煌くものを見てアザートは船員の妻に問うた。彼女はアザートが海で助けた女である。
 彼は彼女が海に落ちたのが事故では無かった事に気付いていた。
 だから、ずっと彼女の側にいたのだ。着かず、離れず。
「だって‥‥あの人は私を呼んでる。一緒にいってあげなくては!」
「それは‥‥違う」
「えっ?」
 言ってアザートは手の中に握り締めていた物を差し出した。
「それは!」
 それは、小さな船の玩具だった。水に濡れ、染みだらけ。けれど
「その男からの預かりものだ。どうか、幸せに‥‥、そして生まれてくる子よ。健やかにと」
 冒険者だけでない。その場にいたもの全てには美しく思えた。
 船員が死の瞬間まで握り締めていたもの。我が子への愛がそこに溢れていたからだ。
「そして、これは貴女に。彼は一緒に来て欲しいなどとは望んでいなかった。ただ、貴方とそして遺された子の幸せを願っていただけなのです」
 ポケットから差し出した小さな指輪を手に握らせてセレナは言った。
 アザートに教えられて行った場所に立っていた遺体。
 彼は恨み言は何一つ言わなかった。
 ただ、生きて。自分の分まで幸せに‥‥と。その思いだけを伝えて消えたのだ。
 幽霊の思いは妻に確実に伝わっただろう。
 アザートの手から船を受け取り、指輪と重ね、彼女は涙する。
「あなた‥‥あなた‥‥」
 雫を受ける遺体の状態はシャノンが心配する程に酷いものではあった。
 生きていた頃の面影はもうどこにも感じられない。
 けれど、どこか優しく微笑んでいるように見えたのはきっと冒険者の気のせいではなかっただろう。
 彼らはそう信じたかった。

○海からの贈り物
「彼らはきっと最後まで生きる事と船を守ることを諦めなかったと思う。本当に強い人達‥‥。彼らに天の扉が開かれん事を‥‥」
 聖書を広げインデックスは祈りを捧げていた。
「もうあんな事は無いと願いたいですね。天災は悲しすぎます」
 頷きならセレナは顔を上げて前を見る。
 彼らの視線の先には海辺に篝火と人々。そして仲間の姿があった。
 死者を見送る灯火の中、陽の霊鳥を肩にサランが人々を力づける舞を舞っていた。
 再生を表す太陽の踊り。伴奏を付けるのはアザート。

『沈んだ方々も天国へ向かう
 私達みんなで送るから‥‥』

 ワケギも心からの思いを込めて歌っていた。
「彼らが少しでも前に向かう手助けができたのなら良いのですが‥‥」
 海辺で拾った貝を弄びながらシャノンは人々とそして、海を見つめる。
 待つ人たちの元へと還れた遺体と荷物。 
「きっと大丈夫じゃ。見るがいい。海は変わらず美しい」
 報酬のワインを傾けながら言うオルロック。
 海に眠る船乗りの魂達。
 冒険者は彼らが残したものを届ける事ができた筈だ。
 海はオルロックの言葉通り、星と月を写して美しく輝いていた。

『悲しみを超えて立ち上がるのならば
 輝く明日はきっと来る』

 冒険者は信じたいと思った。
 このような悲劇はもう無いと。
 輝く明日は来る。と。