ドキドキ、ワクワク、王城見学ツアー

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:01月18日〜01月23日

リプレイ公開日:2008年01月28日

●オープニング

 その日、冒険者ギルドを訪れた少女がいた。
 幾人かの冒険者を名指しで呼んだその少女。
「お前は‥‥ヴィアンカか?」
 彼女の来訪を一番最初に気付いたのはそのうちの一人リ・ル(ea3888)であった。
「あ、リルのおじさん! お兄ちゃん達はいる? 相談したい事があるの」
「誰がおじさんだ!」
 とは口に出さず
「ああ、あいつらなら向こうにいるだろう。お兄さんが呼んできてやるから待ってろ」
 ヴィアンカを抱き上げると椅子に座らせて、指を立てた。

 そして数分後。
「ヴィアンカ。相談ってなんだ?」
 やってきた『お兄ちゃん』は少女に問う。
 真剣な眼差しの少女は
「お父さんの役に立ちたいの!」
 そう言って立ち上がり『お兄ちゃん』の元へと詰め寄る。
「お・おい、ちょっと待てよ。ヴィアンカ! なんだ? 急に?」
「急にじゃないもん! ずっと、ずっと考えてたもん!」
「わっ! 近づくな。転ぶ、転ぶ!」
 急接近。
 0距離の蒼の瞳に戸惑いながら、何とか逃げずに少年は少女の身体を受け止めた。
 そして、思いも受け止める。
 周りの冒険者達もその様子を微笑みつつ見つめていた。
 彼女は円卓の騎士パーシ・ヴァルの娘。ヴィアンカ。
 現在彼女はキャメロットの教会に保護観察の立場で預けられていた。
 事情は、‥‥まあ、いろいろある。
 生まれて直ぐにパーシと生き別れ、ジーザス教黒の教団に育てられていたのが最大の原因ではあるが改宗が終わった以降も教会預かりなのは、それ以上に『円卓の騎士の家族』が危険を伴うのが大きな理由なのであった。
 円卓の騎士にはその立場ゆえ敵も多い。
 家族はもとより、留守宅でさえ恨みの対象になることはままある。
 ましてや彼は男やもめ。彼女を守り育てる母親が存在しない現状、ある意味キャメロットで一番安全な教会に預けておくのは、彼女の身の安全には一番であろうと思えた。
 無論、ヴィアンカに寂しさはある。
 自分ひとりの父であってほしいと思う事も。
 けれど、それを望んではいけない事も彼女は‥‥誰よりも良く知っていた。
「だから、お父さんのお手伝いをしたいの! いっつも忙しいって言ってるから。ね! だから手伝って!」
「ヴィアンカ‥‥」
 緑の瞳が少年を写す。彼は返答の言葉を失っていた。
 冒険者が知るのは殆どの場合依頼人としての彼のみだ。
 立場上円卓の騎士であったり、冒険者であったりするが、正直通常彼がどんな仕事をして、何をしているのか良くは知らない。
 冒険者や、まして子供が手伝えるタイプの仕事では無いのは、確かであるが。
「でも、な‥‥あいつもいろいろと仕事があるんだろ。いきなり押しかけてもどうかな‥‥」
「仕事があるから手伝いたいの! 何か少しでもいいから!」
 真剣な眼差しを受け、懸命に彼女が納得できる答えを探す少年の肩を
「いいじゃないか。けなげでいいと思うぞ。そーいう考え」
「リル!」
 横で聞いていたリルはポンと叩いた。表情はニヤニヤとどこか楽しげで、キャメロット元祖(?)邪笑さえ浮かべている。
「でも、親が何をしているのか知らなきゃ、手伝い様もないだろう? ひとつ城に見学に行ってみないか?」
「お城に‥‥けんがく?」
 足を止めて少女はリルを見上げる。
「そうだ。まあ、冒険者に円卓の騎士の仕事っていうある意味機密をどこまで見せてくれるか解らんが、城に入ることそのものは割りと普通にできるはずだから、職場のおとうさんをちょっと覗く位はできるだろ。俺もちょっとやりたいことがあるしな‥‥行ってみたくはないか?」
「行きたい!」
 ぴょん、と飛び上がった少女の頬に笑顔が咲く。
「よーし。参加者募って『円卓の騎士を見る王城見学ツアー』だ。お前さんも行くだろ?」
 少し迷い顔の少年にリルは笑いかけた。少年は別に一緒に行くことを迷っているわけではない。
「そりゃあ‥‥まあ」
 ただ、王城には気になる人物がいる。このツアーだとまず間違いなく出会うことになるだろう。
 それが、それだけが少し二の足を踏む理由であるのだが‥‥。
「わーい! お兄ちゃん達とお城だ! わーい、わーい!!」
 この少女の笑顔の前でその我侭を口にするのも野暮に思えた。
「今まで城に連れて行って貰った事、無かったのか?」
「うん! だからすっごく嬉しい!」
「よーし! 一緒に行くか!」
 楽しげに笑いあう二人を、まるで保護者の笑顔で見つめていたリルは同じようにその様子を少し離れたテーブルで見ていた青年に近づくと
「お前さんも一緒に行かないか?」
 声をかけた。
「お前さんの立場もいろいろあるだろうが、たまには主の職場を見ておくのも悪くないと思うぜ。それに‥‥」
「それに?」
 円卓の騎士の補佐役の名を持つ青年は、リルの言葉の続きを待った。
 本当は、なんとなく続きが解っていたけれど。
「例のお姫さんも連れてきてやればいい。少しは気晴らしになるんじゃないか? 兄が、そしてパーシが目指していたものが何か知ったらさ」
 リルはそれだけ言って少年と少女の下へと戻っていく。
「ヴィアンカ。お前な‥‥」
「うん、何々?」
「そうだな」
 ずっと心の中に刺さっていた棘。彼女に少しでも笑顔と元気を与えられるなら‥‥。
 青年はリルの背中に静かに頷きを返したのだった。

「王城見学?」
 届けられた書類を見てパーシは仕事の手を止めた。
 娘の名と、同行の冒険者の名をそこに見つけたからだ。
「どう、なさいますか?」
 部下の言葉に苦笑しながら彼は他の書類と同じように、その申請書を処理する。
「別にかまわないだろう。見られて困るものでなし、ああ。だが王家の方々や他の騎士、貴族の面々の迷惑にならないように当日は誰かがついてやるといい」
「解りました。でも、‥‥よろしいのですか?」
 心配そうな部下の問いに、彼が返した返事は笑顔、のみであった。

『王城見学ツアー参加者募集』
 そんな張り紙がギルドに張り出されたのはそれから暫くしての事である。

●今回の参加者

 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3245 ギリアム・バルセイド(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)

●サポート参加者

葉霧 幻蔵(ea5683)/ アイン・アルシュタイト(ec0123)/ ラティアナ・グレイヴァード(ec4311

●リプレイ本文

○王城見学ツアー
 キャメロットの王城はそれほど閉鎖的ではなく、基本的に門戸は開かれている。
 だがその中をゆっくり見て歩いたものは多くない。
 仮にも王国のトップが住まう城、である。一般人が簡単に出入りできる場所ではないからだ。
 だから開かれた王城見学ツアー。
 この機会にじっくりと見てみたい。と参加を望むものは以外に多かった。
 そして、当日。身なりを整えた参加者達はギルドの前に集う。
「面白そうな依頼だな。俺も混ぜてもらうぞ!」
 楽しそうに笑ったギリアム・バルセイド(ea3245)はふと、周囲を見回し見知った顔に気付くと
「おい、マックス。奴は‥‥来ないだろうな?」
 声を潜めて問うた。
「大丈夫である。棲家に封印したのでバッチリ平和なのである!」
 マックス・アームストロング(ea6970)の答えにそれは良かった、と胸を撫で下ろす。
 これから向かうのは仮にも王城だ。彼が来たら唯ではすまないだろう。
 だがこれで楽しいツアーになりそうだ。
「一度、行って、ちゃんと中を見てみたかったんだよね」
「王城に正規に入ったことはありますが、見学という形はまた新鮮です。一緒に楽しみましょうね」
 ティズ・ティン(ea7694)やリースフィア・エルスリード(eb2745)も誘ったパーシの姪ベルと笑顔を見せている。
 パーシの娘ヴィアンカも大好きな冒険者と一緒にいられてご機嫌だ。
「よしよし、いい子にはお兄さんがお年玉をやろう」 
「わ〜い! リ・ル(ea3888)おじさんありがとう」
「おじさんではない! ヴィアンカ、ワザと言ってるな?」
「リル、あんまりヴィアンカを甘やかすとパーシが煩いぞ」
「まあ、いいじゃないか? ヴィアンカも自分の出来る事を探そうとする年頃になったんだしな‥‥。ああ、絶っ太は留守番中だ。流石に城には連れていけないからな。家のペット達のまとめ役を‥‥ん?」
 楽しげな会話は、ふと現れた存在に止まった。
 彼らの視線の先には七神蒼汰(ea7244)に手を引かれた女性がいる。
「あ‥‥」
「ヘンルーダさん」
 リースフィアとヴィアンカの表情が微かに曇る。
「あの時貴女の言葉‥‥どこまでが本心で‥‥」
「待て、リースフィア。その話はまたな」
「ヴィアンカもだ」
 リルとキット・ファゼータ(ea2307)がそれぞれに声をかけ止める。
 少女達も素直にそれに従った。
「よし! これでとにかくも全員揃ったな。じゃあ、行くとするか!」
 明るく、力強くリルが手を高く上げる。
「‥‥頑張れよ。恋人未満!」
 ぽん、と蒼汰の肩を叩き閃我絶狼(ea3991)は前に進んだ。
 その後に続くようにキットやヴィアンカ、リースフィアなど参加者が続いていく。
 それぞれの思いを胸に、彼らは目的地への歩を進める。
 王城という高き場所へ向かって。

○国の仕事 
 王城内を見学、と言っても勝手にどこでも見ていいと言うわけにはいかず彼らはパーシの部下である騎士の後につく形で場内を巡っていた。
 王城内でもよく足を運ぶ方である王宮図書館では、図書館長に挨拶をし、宮廷絵師の部屋では彼らの描く芸術作品に目を瞬かせる。
「ほお、これは先の聖杯探索行の絵であるな」
 興味深そうにマックスは羊皮紙に向かう絵師の手元を覗き込んだ。
「王家の方よりのご依頼にて描いております。絵という形で記録を残すのも我らの仕事です」
 なるほど、と感心の表情で頷く。幾人もの絵師の絵はそれぞれの個性があって興味深かった。
「ご依頼があれば姫君方の肖像画も」
 微笑む絵師に少女達も微かに頬を赤らめる場面もあった。
「そしてここは謁見の間。王が一般の方や諸国の使者と面会する場所です」
 案内役の騎士が参加者に説明する。
 今は無人の玉座があるだけだが、警備の騎士等は油断無く配置されている。
「なるほど、王が一番人と近づく場所というところか」
 絶狼は借り物のマントを直しながら普段来たとしてもゆっくり見ることのない場所を注意深く観察する。
 一方、リルは懐に入れていた羊皮紙に無言で触れる。
 ある要望が描かれた手紙。できれば王に直接渡したかったのだが‥‥。
「直接話をする事はできないかな?」
「王家の方への面会は許可されておりません」
 そうか、と頷いてリルは羊皮紙を差し出した。
「ではこれを王に渡してくれないか? 騒乱時の円卓の騎士関係者の王城または関連施設への一括収容‥‥一言で言えば王への要望が書いてある。受理されるのは簡単ではないと解っているが‥‥」
「解りました。必ずお届けします」
「頼む」
 騎士は真面目な顔で手紙を受け取り、礼をとって運ぶ。
「聞き入れてくれるといいんだが‥‥」
 王宮に来ても王家の者達は遠い。それを実感しながらリルは騎士の背中を見つめ、見送った。

「ほお〜こりゃあ、凄い」
 微かに口笛を吹いてギリアムは呟いた。
 王宮の執務室。普段は入れない場所を少し見学する事が許されたのだ。
 入室はできず、覗くだけではあるが。
「流石にイギリス全土を動かすだけあって、仕事量は一領主の比じゃないか?」
 ギリアムの言葉通り、人々が行き来し働くそこではどの部屋でも文書や仕事が積み重なっている。
「あっ、お父さんだ!」
 ある部屋でヴィアンカが小さな声を出した。静かにと指を立てられ慌てて口を押える。
 見れば確かに奥まった部屋の一つでパーシが騎士や、文書に囲まれ仕事をしていた。
「依頼の時とはえらく違うなぁ‥‥。真面目に見える。これも宮仕えってやつか」
 普段のパーシが不真面目であるというわけではあるが、確かに普段の戦士の顔とは違って見える。
「パーシ様は王城や城下の警備を中心に行っておられます。騎士の配置や指導なども」
「円卓の騎士ともあれば腕だけではダメってこと‥‥ん?」
「どしたの? ヴィアンカちゃん、ほら、お父さんに手を振らないの?」
 一番楽しみにしていたであろうヴィアンカが、何故かパーシの顔を見たとたん表情を曇らせたのだ。
 心配そうに問う冒険者にヴィアンカは
「すごく‥‥忙しそう」
 と俯く。
「そうだな。お父さんは疲れてるな。でも‥‥」
 悲しげな少女にリルは膝を折り、何事かを囁く。
「何してんだ? あいつ?」
 二人の横で瞬きするキット。
 一方ヘンルーダは蒼汰の横でパーシの仕事ぶりを無言で見つめていた。 
 ‥‥ずっと。

○上に昇る為の力
 王宮にはさまざまな人間達がいる。
 小間使い、料理人、庭師、そして衛士や騎士。
 支え維持する多くの人間達がいてこそ国も城も成り立つのだ。
「王家の皆様、騎士の方々、皆、それを解ってくださいます。だから私達はこの仕事に誇りを持って働けるのです」
「そうだよね〜、やっぱりメイドの醍醐味は喜んでもらうにつきるもん。っといけない、いけない!」
 ティズは城内の使用人のそんな言葉を胸に抱きながら廊下を早足で歩いていた。
 二日目の見学。
 使用人達彼女は話をしてた。
 彼らが誇りを持つ仕事には踏み込めなかったが、有意義な話ができた。
 結果、遅れてしまったのだ。
 きっと今頃‥‥
「わっ! もう始まってる!」
 訓練場で響く鉄の音。ティズは慌てて人ごみの横をすり抜けた。
 そこでは、マックスとパーシの模擬訓練が行われている。
「つっ! ここまでである!」
 強く打ち付けられた槍の一撃に痺れた手を擦りながらマックスは膝を折った。
「とりあえず、今の我輩の力量はこんな処であるか。しかしこんなことで“あの悪魔”に何処まで喰らいつけるであろうか?」
「腕は上がってる。後は的確なフットワークと‥‥」
「だが‥‥」
「パーシさん、次の手合わせを頂けるでしょうか?」
 マックスとの戦いの後も息を切らす事のないパーシにリースフィアは問う。
 抜かれた魔法剣。身体に帯びる光。だがパーシはいつもと変わらぬ様子と武器で
「いいだろう」
 槍を構えた。1対1の真剣勝負だ。
(「この人に小細工は無意味。なら、真っ直ぐ打ち込むのみ!」)
 リースフィアは唾を飲み込むと、一気に踏み込んだ。
 一直線の攻撃は避けられ受け流された。第二刀からは拮抗した実力の打ち合い。
 その中で
(「ああ‥‥そうなんですね」)
 リースフィアは感じ、気付いていた。
 技巧だけならばパーシと自分はそれほど離れていると思わない。届かないとも思わない。
 だが、こうして打ち合って勝てる気がまだ彼女にはまったくしなかった。
「素直で真っ直ぐな剣だ」
 彼は彼女の剣と技をそう称する。
 剣、いや戦いにおいて勝敗を左右するのは技術だけではない。
 技量が同じ時、その結果を決めるのは戦闘の中で相手を見て行動を予測し対応する言わば戦闘考察力。
 戦いの中、僅かな率からでも勝利を掴み取る為の思考と理論。
 そしてそれを実現する技術があって、初めて勝利を掴む事ができるのだろう。
 それを持つか否か、知るか否かが上に昇るものとの差なのかもしれない。
(「でも、いつかは必ず」)
 キン!
 高い音と共に剣が落ちた。
「参りました。ありがとうございます」
 頭を下げるリースフィア。拍手と歓声に包まれた見物人。その背後で
「円卓の騎士は王国の宝。失わないように配慮しよう」
「えっ?」
 振り返ったリルはいつの間に増えていたギャラリーの中に良く知った姿を見、尊い声を聞いた気がした。
 気のせいかもしれないが。
 
○黄金の誓い
 二日間の見学も終わり、という夕方。
「皆、ちょっと来ないか? ちょっと見せたいものがあるんだ」
 パーシ・ヴァルはそう参加者達を呼び寄せると、仕事終わりに抱きついてきたヴィアンカと共に歩き出した。
 廊下と階段を長く行き
「ここだ」
 開かれた扉の向こうを見て
「うわ〜!」「綺麗ですね」
 少女達は声を上げた。
 そこは王城の塔の天辺。
 キャメロットの街、さらに遠くまでが一望できた。
 夕焼けに染まった街並は朱金に輝き眩しいほどに美しい。
「なるほど‥‥な」
 リルは呟く。パーシは何も言わないが彼が冒険者に『何を』見せたかったのかはよく解った。
 美しいイギリス。生きていく人々の営みや思い、全て‥‥。
 口に出して言うと陳腐になってしまうが、その尊さは冒険者達にも理解できた。
「お前が守りたいものは解った。けど! 俺はお前と同じ道は行かないからな」
「お兄ちゃん?」
 父の腕の中からヴィアンカはキットを見る。
 揺ぎ無く父を見つめる彼。その表情は楽しそうでもあり、父もまた嬉しそうな笑顔で答えている。
「ああ、お前達にしかできないことをしろ。期待しているぞ」
 偽りない褒め言葉に照れたように少年は駆け出した。 
「言われるまでも無い! 来いよ。ヴィアンカ」
「お兄ちゃん!」
 腕の中からトンと降りてキットの後をう。冒険者達も微笑みながらその後に続く。
 リルは絶狼と顔を見合わせ、静かに戸を閉めた。
 二人を残して‥‥。

「プレゼントありがとう。でも‥‥返す」
「えっ?」
 迎えに言った時渡したプレゼントをヘンルーダは蒼汰の手に戻した。
「気に入らなかったのか?」
「そうじゃない。ただ、まだ誰にも甘えたくないの。何も返せないし。パールの家も出てじき一人暮らしするつもりだし」
「そっか‥‥」
 呟いて蒼汰は荷物を受け取る。
 思いが伝わらなかったかと、少し寂しく思いながら。だが
「その代わり!」
 ふと手首が蒼汰の首に回った。そして頬に暖かいものが‥‥触れる?
「ん? なんだ? あっ!」
 いきなりのキス。
 狼狽する彼はヘンルーダに渡したペンダントの片割れが取られた事に気付くのが少し、遅れた。
「これ少し借りるね。ペンダント。片割れじゃ寂しいって言うし」
「! それは二人で片方ずつ持つから意味が‥‥」
「うん。だからちゃんと返すわ。いつか貴方の隣に立って貴方の恋人になれる時に。だから‥‥待っててくれる?」
 ペンダントを握るヘンルーダの思いに彼は頷いた。
 顔を照れたように背け夕日を見つめる彼女に自分のマフラーをそっと羽織らせて。
「これも貸しておくよ。後で返事と一緒に返してくれ。で、これからどうするつもりなんだ?」
「騎士を目指そうと思う。まだ憎しみはあるけどパールや、兄様。そして‥‥貴方とちゃんと並んで歩きたいから」
 彼女の眼差しは真っ直ぐ蒼汰を見つめていた。少し頬を赤らめながら
「そうか。これからどんな道を選んでも俺は協力するよ。‥‥そうだ」
 蒼汰は彼女を見つめ問う。
「なあ? また犬を飼おうって気持ちにはなれないか?」
 今は、まだ、と彼女は目を伏せた。
「でも、ね。いつかはまた飼いたいと思うの。その時はフローの分まで大事にするから。きっと‥‥」
 微笑み静かに肩を寄せる少女、太陽と眼下の光景、そして手の中の指輪に彼は胸の中で誓いを立てた。
 当たり前の指輪が、でも今の彼には特別なものに見える。
(「アルバ殿。貴方のこの指輪に誓う、想いを受け継ぐ事を‥‥。この国と、彼女を守ることを」)
 太陽が沈むまで二人はその光景を一緒に見つめていた。

「どうだヴィアンカ、今の自分が手伝えそうな事、見つかったか?」
 帰り道、絶狼は意地悪な質問だと思いつつ、前を歩く少女に問うた。
「ううん。今はまだ何にもできない、って解った」
「そうだろうな」
 落ち込んでいるだろうと思った少女に手を伸ばす。だが少女はくるり回って微笑んだ。
「でも今は、だもん! いつかはお兄ちゃんみたいに、お父さんやお兄ちゃんに頼りにされるようになって見せるから!」
 小さな手に胸に、短剣を抱きしめて踊るように。
 キットは苦笑する。
『これをやるよ。いいか? この剣は絶対抜くな。お前が困った時、俺やパーシが必ず駆けつける』
『万が一間に合わない時、自分以外の誰かを守る時のみ抜いていい。お前には戦いと無縁の優しい世界にいて欲しいんだ』
『でも‥‥』
 あの短剣を渡した時に贈った言葉の返事がこれ。あの子はただ守られるだけのお姫様ではいたくないというのだ。自分も一緒に大切な者を守りたいと‥‥。
「まったく誰に似たんだか‥‥ってわっ!」
「お兄ちゃん! 大好き!」
 抱きついてきた少女に驚きながらもキットは彼女の流れるような金髪をくしゃと撫でた。
 満面の笑みの少女はリルにウインクする。リルは小さく肩を竦めた。
『ヴィアンカにしかできない癒しの魔法がある。顔を合わせたら満面の笑顔で挨拶しながら抱きつくんだ。ああ、これは本当に好きな相手にも結構効くぞ』
 どうやら、あの子はさっきの忠告を早速実践中らしい。
 蒼汰は誓いを新たにし、キットも自分のやるべき事を確認しただろう。リースフィアやマックス達も気付いた事があるようだし、この依頼が皆の足場固めになればという願いは叶ったと思う。
「本質的な“強さ”‥‥か。俺も欲しいかな?」
 独り言のように呟いたマックスの言葉をリルは噛み締め、思う。
 微笑む子供達、恋人達。大切な者達を守っていく為に‥‥。
 
 振り返った光の中、イギリスの王城は、変わらず立っていた。
 人々の希望と思いを見守るように。