【白き祈りの花】遠い、思い出の場所

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 64 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月23日〜01月28日

リプレイ公開日:2008年01月30日

●オープニング

 一人の少女がいた。
 病に苦しみ、昨年の冬を越せないかもしれないと言われた少女だ。
 だが、奇跡は起きた。
 この世に二つとない美しい光景を見た少女は、周囲の人に励まされ、彼女は冬を乗り越えた。
 春を越え、夏を過ぎ、秋を乗り切り、ひょっとしたらこのまま頑張ってくれるのではないか。と思った時それは起きた。
 突然の発作、急激に悪くなっていく容態。
「リーフィア! しっかりしろ! しっかりするんだ!」
「頑張って!!」
 家族達の懸命の声。
 軋む心臓、詰まる喉。呼吸もままならぬ身体で、でも少女はその声に一生懸命答えようとする。
「おと‥‥さん、お‥‥かあ‥‥さん。‥‥おにい‥‥ちゃん」
 だが、どう見ても彼女の命の炎は風に吹き消される寸前の蝋燭であった。
「私、もう‥‥一度、雪‥‥みたい‥‥な。雪の‥‥お花‥‥と‥‥妖精さんに‥‥もう‥‥い‥‥」
「元気になれば必ず見られる! だから、頑張るんだ!」
 家族が必死で彼女の命を繋ぎ止める中、家族では無い少年は一人、窓の外からそれを見つめていた。
 そして‥‥森へと走り‥‥。

 あるキャラバンがその少年を冒険者ギルドに運んだのは、後で聞けば少年が家を出て二日後の事だったらしい。
 意識を殆ど無くし、歩く事さえできない彼を支えて運んだキャラバンの長はギルドの係員に告げた。
「この子がどうしても、家よりも先に冒険者ギルドに行かなきゃならない、って言うんでね」
「お願いだよ! 今すぐ、僕と一緒に来て! そしてオークを倒してよ!」
「オーク?」
 首を傾げる係員に少年は、頷く。
 その表情は必死を通り越した、涙さえも浮かべた顔だった。
「そうだよ。リーフィア、‥‥大事な友達が死にそうなんだ! 彼女は雪と雪の花を見たいって、雪の妖精にもう一度会いたいって。だから、俺、花と妖精を探しに森に行ったんだ。そしたら‥‥」
 森の奥、その広場にオークがいたのだと彼は言った。
 白い花を平気で踏み潰し、のっそのっそと歩くオークに
「あっ!」
 彼が声を上げるとオークは棍棒を振りかざし襲い掛かってきたという。
 必死に逃げる前からもオークが現れ、鈍い衝撃と痛みと共に彼は意識を失った。
(「殺される!」)
 そう思った自分が何故、森の奥の奥であるその広場から戻って来れたかは自分でも解らない。
「俺‥‥何もできなかった‥‥。ただ、オークにやられるだけで‥‥」
 ただ、遠のく意識の中。
『仕方ない。でも、‥‥の為だから助けてやる』
『あいつのおかげで‥‥森はめちゃくちゃなんだ。冒険者に頼んで助けて貰え。そしたら‥‥約束‥‥するから』
『それまで花と‥‥は、僕が守るから‥‥』
 自分を支える手と、そんな声を感じた‥‥。
「でも! そんな事はどうでもいい! 俺の事もどうでもいいんだ」
 彼は滲んだ涙を拭いて係員に全身で詰め寄る。
「リーフィア! リーフィアの為に雪の精霊を連れて行かなきゃならないんだ! その為にはもう一度森へ行かなきゃ。お願い! 僕を森へ連れてって。そして、オークをやっつけて!」
 少年ニルスの必死願いはオーク退治の依頼として受理された。

 後に、キャラバンの長はこう語る。
「あの少年を街道まで連れてきたのは、森の精霊かもしれませんね。あの森には子供の精霊がいるっていう噂があるんですよ。少年を助けた時、それらしい影を見たという者もいましたし」
 それで、係員も思い出した。
 昨年の冬、病の少女が冒険者と共に体験した奇跡。
 美しい風花の妖精の話を。
 そして、知る。
 今、少女が本当に危篤状態で、生死の境をさまよっている事を。
 少年達は命を賭けて走ったのだ。
 大切な少女の為に。

 もし、少女が望む雪の花を、精霊を見れたなら奇跡は二度起きるだろうか。
 それは、本当に手のひらに落ちて溶ける雪のような期待でしかないけれど、それでも奇跡を願う少年の為に依頼はいくつもの思いと共に張り出された。

●今回の参加者

 ea3153 ウィンディオ・プレイン(32歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec4006 ジョヴァンニ・カルダーラ(30歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 ec4115 レン・オリミヤ(20歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec4318 ミシェル・コクトー(23歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

アルディス・エルレイル(ea2913

●リプレイ本文

○白い花への願い
 花が空から落ちてくる。
「降って来たか。寒くなりそうだな」
 肩を震わせウィンディオ・プレイン(ea3153)は空を見上げた。
「じゃあ僕は先に行くよ! リーフィアを少しでも励ましたいから!」
「私も行きますわ。皆様、先に行っていて下さいませ」
 慌て飛んでいくアルディス・エルレイル。
 その後を追うミシェル・コクトー(ec4318)に
「‥‥わかった。気をつけて」
 レン・オリミヤ(ec4115)は手を振った。ふとジョヴァンニ・カルダーラ(ec4006)は横を見る。
 そこには二人を心配そうな顔で見送るニルス少年の顔がある。
 いや、彼が心配しているのは彼らが行く先にいる少女リーフィアだろう。
 明日をも知れぬ病の少女。
 大丈夫だろうか? 側にいてあげたい。そんな思いが伝わってくる。
 けれど
「少年。気持ちは判るが、今はできることをしよう。それが彼女を救う為の力になると信じて!」
 ウィンディオは励ますように肩を叩く。ニルスは
「うん!」
 強く頷き答えた。
「では行こう! 時間が惜しい」
 少年を愛馬に乗せ、ウィンディオも彼を抱くようにして跨る。
「うっ!」
 顔を顰めたニルスに
「ん? 君はまだ怪我が治りきっていないのかね?」
 ウィンディオはポーションを開け手渡した。
「飲みたまえ。君の想いの強さに感心させられた故の品。そして共に旅する仲間への配慮だ。気にする必要はない」
「ありがとう」
 素直に感謝しニルスは薬を飲み干した。
 真っ直ぐな瞳の少年。愛しさが胸に湧いてくる。
(「彼らを悲しませたり死なせたくはない。奇跡よもう一度‥‥」)
 空の花と神に祈りを捧げジョヴァンニも馬に跨り仲間と共に冒険者は走り出す。
 奇跡を起こす為に。

○託された思い
 森の入口で待つ仲間の前に
「お待たせしましたわ」
「‥‥待ってた‥‥おかえり」
 ミシェルはベゾムから降りて、ひらり着地する。
「どう‥‥だった?」
 集まってくる仲間とニルスに
「病状は芳しくありませんでした。‥‥それでも彼女は彼の事をとても心配していました」
 ミシェルは静かにそう告げた。

「一筋の光、伝えては頂けないかしら?」
 そう願うミシェルの言葉に家族は驚いた顔で、でも頷いた。
「‥‥リーフィア。ニルスが君の為に森に行っているそうだよ」
「みんなが、貴方の事を心配しているのよ‥‥!」
 彼ら呼びかけが聞こえたのか、微かに少女が眼を開けた。
 僅かに動く口元。
「リーフィア?」
 声を出す力もないのか、何かを訴えようとしているのに聞き取れない。
「‥‥危ない事、しないで。って言ってるよ。ニルスや君達の事心配してる」
「まあ‥‥」
 アルディスがテレパシーで伝えてくれた少女の思いに、ミシェルは強くリーフィアの手を握り締めた。
「解りました。でも私達は大丈夫ですから貴方も‥‥もう少し待っていて下さい」
 返事は無かったがミシェルは立ち上がる。気持ちは伝わったと信じて。
「想いは奇跡を起す‥‥私ももう一度だけ信じたいと思いますの。後をお願いしますわ」
 少女の思いを胸に彼女は知らず駆け出していた。

 美しい少女だったと思う。外見だけでなく心が。
 手の中の絵を握り締めながらミシェルは思い、空を見上げる。一度は止んだ雪がまた降りそうな気配だ。
「雪は嫌いです。でも‥‥彼らの為に何かしてあげたい。奇跡を導けるでしょうか? 私に‥‥」  
 不安げに呟くミシェルにレンは無言で手を繋ぎ、その思いを静かに受け止めていた。

 翌朝、冒険者達は本格的に森へ足を踏み入れた。
 ミシェルの語った容態を考えれば今日にも花と妖精を見つけて戻りたい。
 だがこの森は迷いの森。自分達を受け入れてくれるだろうか。
 馬を降りウィンディオは見えない誰かに呼びかけた。
「森の精霊よ。森を荒らす怪物を退治しに来たのだ。通してくれ!」
「聞こえる? リーフィアが死にそうなんだ。花を分けて!」
 ニルスも一緒に声を上げた。
「行こう。きっと先に進めるよ!」
「そうだな」
 細い木々の間を冒険者は自らの足で歩いていく。
 導かれるような道の先で、彼らは声を聞く。
『頼んだぞ。冒険者』
「えっ?」
 突然開けた森、広がる白い雪と花の溢れる空間に‥‥唸り声を上げて立つオークが立っていた。

○精霊達の声
「ぐおっ!」
 突然の来訪者にオークは目を見開くと唸り声と共に襲ってきた。 
 振り上げた棍棒が唸りをあげる。
「皆! 下がれ!」
 ウィンディオは盾で突然の攻撃を受けた声を上げる。
 仲間達を庇う彼にジョヴァンニは駆け寄り、女達は離れた。ニルスを連れて。
「僕も!」
「待つんだ!」
 近づきかけたニルスに
「花は傷付けたり汚さないように頑張るから」
 ジョヴァンニは微笑み声をかける。そして言葉通り森へとオークを誘導する。
 ニルスの足は止まる。彼の『言葉』の意味が解ったからだ。
「‥‥! 後ろ!」
 ニルスを守るミシェルの前に立ちレンは弓を素早く構えた。
 ウィンディオの対するオークともう一匹、二匹のオークが彼らの前にいる。
「‥‥ごめん!」
 素早く二射。レンは矢を放つ。できるならオークと会話をと思ったが彼らは聞く耳を持たない。
 なら戦いを躊躇う事はできない。仲間と少女の為に。
「うぎゃあ!」
 矢はオークの眼と手に刺さる。苦痛に暴れるオーク。
 その隙を視線で確かめ合い戦士達は一気に踏み込んでいく。
「行くぞ!」「了解!」
 第三の矢がオークの足を止める。
「‥‥ごめんね」
 やがて断末の声が森に響き消えていった。 

 冒険者のおかげで血に汚れる事無く広場は純白を守っていた。
 雪と木々の根元にスノードロップの花もまだ咲いている。
「出てきて! 雪の精霊! リーフィアが呼んでいるんだ!」
 広場の中央に立ちニルスは呼びかける。
 木々に積もった雪が風に舞い、ふわり広場に飛ぶと
「‥‥あっ?」
 冒険者にもうっすら風花と小さな精霊が舞うのが見えた。
 美しい光景。でも
「見惚れている暇はありませんね。精霊さん。どうか一緒に来て下さい?」
 ミシェルは呼びかけるが、返事は無い。
「箱に入れて‥‥雪と一緒に‥‥」
 用意していた箱をニルスは広げるが、それを
『止めといた方がいい』
 静かな声が止めた。
「えっ?」
 振り返る冒険者の前にいつの間にか子供が立っていた。
「あなた‥‥」
「君が森の精霊かね? 病気の少女の為、彼らの力が必要なのだ」
「彼女の願いを叶えられるのは花と精霊たちだけなんだ。お願いする」
 冒険者は正体に気付き真摯に願う。
 だが森の子は以外にも
『好きにすればいい。リーフィアの為ならいいよ』
 そう言ってくれた。
「でもさっき‥‥」
『連れてくなって行ってるんじゃない。花も持っていけよ。でも‥‥』
「‥‥でも?」
 謎の言葉にレンは首を傾げるが時間はない。
 反対されないのなら急がなくては。
 花を摘み束ね用意をした箱に雪と舞い降りた妖精を入れ蓋を閉じる。
「ありがとう。君からも何か言葉を伝えては貰えないかな?」
 帰り間際ジョヴァンニは感謝の言葉と共に問うた。
『また来て。待ってる。それだけ伝えて』
「確かに!」
 走り出した冒険者達。
 時間との競争の中、彼らは見送る森の子の寂しげな顔に気付く事はできなかった。

○奇跡の時
「リーフィアは! 無事?!」
 箱を抱え体当たりするようにニルスは部屋の扉を開けた。
「ニルス!」「無事だったんだね!」
 リドやリーフィアの両親が取り囲む中、ニルスは彼ら押し分けてベッドサイドに近づく。
「リーフィア!」
「昨日の夜から眼を覚まさないんだ。多分もう‥‥」
 呟くリドの言葉を無視してニルスはリーフィアの手を握り締める。 
「起きて! 花持ってきたしほら! 妖精だって連れてきたよ! ‥‥あっ!」
 木箱を開ける。だが、中の雪は全て水になっている。当然妖精もいない。
『連れてくなって行ってるわけじゃない。でも‥‥』
「そんな!」
 森の少年は知っていたのかもしれない。
 雪の精霊を連れて行くことはできないと‥‥。
 俯くミシェル。だがまだ諦めてはいなかった。
「眼を覚まして! 一緒にまた雪の精霊を見に行こうよ!」
「あなたとの再会を待ってる人もいるんだよ。必ず元気になれるからあきらめないで」
「まだだ! 早すぎる!」
「しっかり! 眼を覚まして!」
 多くの声、そして窓の外の微かな歌声が部屋に響いた時。
 箱の中と、少年の瞳から雫が少女の手に落ちた時。
「あっ‥‥」
 奇跡は起きた。
「ニル‥‥ス?」
「リーフィア!」
 少女が眼を覚ましたのだ。
 駆け寄る家族や冒険者。
 心配そうに集るいくつもの顔にリーフィアは
「ありがとう‥‥」
 花のような笑顔を返したのだった。
   
 二日後。
 冒険者達は再びリーフィアを見舞った。
 ベッドから少し身体を起こせるようになった彼女は笑顔で出迎えてくれた。
 横にはニルスとリドが寄り添い枕元には彼らが持ち帰ったスノードロップが飾られている。
「本当に皆さんのおかげです」
「ありがとう。リーフィアを助けてくれて」
 リドとニルス。二人から頭を下げられ冒険者の顔に照れが浮かぶ。
「私達は大した事はしていない。頑張ったのは少年だからな」
「でも皆、奇跡だと言ってました。後少しでも目覚めるのが遅れていたらって‥‥」
 本当の敵は時間。
 でもその敵に勝ち冒険者は少女の命と奇跡を手に入れたのだ。
「リーフィアさん。これをあげますわ」
 ミシェルはリボンを取り出しそっと少女の髪に結んだ。
「森の子から伝言です。また来て、待ってると。だから身体を治して。きっと‥‥虹の先まで見に行けるから」
「はい。本当にありがとうございました」
 感謝の言葉は部屋の中と外へ。
 冒険者と窓の外のレンはその言葉と
「‥‥こちらこそ‥‥ありがとう」
『これ僕の宝物なんだ。お礼だよ』
 贈られた古いメダルを握りしめ室内の仲間と同じ表情をした。
 微笑みという。

 空から白い花が舞う。
 あの森で見た精霊が踊るようなそれは優しい雪だった。