森の宵 花の唄 人の夢

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月20日〜04月03日

リプレイ公開日:2008年03月28日

●オープニング

 恵みの風が吹いている。
 こうして立っているだけでも空気の色が確かに変わってきたのを感じる。
 それが春の訪れというものなのだろう。
「う〜ん! 良い月になってきたわね〜。なんか、いいことが起きそうな気がする。‥‥よしっ!!」
 空を見上げていたレヴィ・ネコノミロクン(ea4164)は呟いた。
 そして
「今こそ念願を叶えるとき〜! ‥‥住処の掃除も終わったし、よいしょっと!」
 彼女は掛け声と共にバックパックを背負うと、
「いざ行かん! 旅立ちの場所へ!」
 鼻歌を歌いながらある場所へと向かったのだった。

「すまないんだけど、‥‥ちょっとこれ貼っといてくんないかしら?」
「はあっ?」
 係員は瞬きしながらやってきた冒険者が差し出したその羊皮紙を見つめた。
「え〜っと、【探検隊募集 酒の湧き出る泉を一緒に探しませんか?】ですか?」
 レヴィ・ネコノミロクンと名乗った女性は
「そうのとーり!」
 嬉しそうに頷いた。
「むか〜し、むかしから伝説があるのです。曰く! ある山奥。森の奥のそのまた奥に不思議な泉があり。その泉からは尽きる事無く酒が湧き出で、たどり着いたものを至福の時に誘うという‥‥」
 うっとりと語っていたレヴィは、だが突然、表情をキッと整え指を指す。
「あー! そこの君! 今、バカにした顔したな〜〜!」
「あ! いえ! そんな事はありませんよ?」
 慌てて手を振る係員。だが、レヴィは拗ねたようにぷい! と顔を背けてしまった。
「ふ〜んだ! み〜んな馬鹿にするんだから! あ、思い出した。そう言えばこの間も酒場でこの話をしてたらどっかのお馬鹿が‥‥」
 こめかみに微かな血筋を立てながら語るレヴィ。
 ‥‥いろいろ紆余曲折や八つ当たりっぽいのがあったものの、‥‥まあ、内容を要約すると酒の湧き出る泉があるという伝説を聞き友人と話していたらどっかの酔っ払いに突っかかられ馬鹿にされたのだという。
『かーっ! あんたガキだね〜。そんな夢みたいな作り話を真に受けるなんてよー。ワッハッハー』
「夢のどこが悪いのよ! それにその伝説は作り話じゃきっとない! もう何年も春になると誰とも無く話し始めるらしいし、実際に行ったと言う奴もいるって話しだし! 何よりお酒よ! 飲めども注げども決して枯れる事のない酒の泉! これを見過ごして何が酒好きか! どんな美酒か、酒造りに携わるものとして絶対にこれは見逃せないってがお馬鹿な人はわからんのです!」
 ドン! とカウンターを叩くレヴィ。
 もう青筋どころか怒りのオーラ全快だ。
「あーっ! もうせっかく忘れかけてたのに! とにかく! その伝説を確かめ真実である事を証明する為にここにレヴィ・ネコノミロクンの名にかけて探検隊の結成をここに宣言する!」
 ビシッ! 指を天井に向け立つレヴィ。
「えーっと、『年齢性別種族・経歴・職業不問』で、よろしいのですね?」
 彼女の雄たけびをナチュラルにスルーして係員は問う。
 どうやら正式に依頼として受理してくれるようだ、という思いがあったかどうか解らないが、
「あ。うん、それでよろしく。これ、報酬だから」
 咳払いを一つすると居住まいを正してレヴィは報酬の袋を差し出した。
 中には結構な枚数の金貨が入っている。
「『酒好き、美形歓迎‥‥』これ、未成年や下戸でもいいんですか?」
「あ、もちろんOK。フォローとかしてくれると助かるかも。で、ついでにこれも報酬。家の掃除してたら出てきた指輪と鎧も付けるから。う〜ん、レヴィちゃん太っ腹!」
「はい、解りました。では、確かにお受けします」
 ‥‥これくらいの相手に動じていてはギルドの係員は務まらない、ということだろうか?
 なんとなく、微かな敗北感を感じつつも、レヴィは
「んじゃま! よっろしくう〜!」
 明るくサインを切って外へ出て行った。

 風が微かに若葉の匂いや春風を運んでくる。
 何か、いいことが起きそうな気がするのはきっとレヴィだけではないだろう。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea3827 ウォル・レヴィン(19歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea4164 レヴィ・ネコノミロクン(26歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb9943 ロッド・エルメロイ(23歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec0177 シリル・ロルカ(19歳・♂・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ec4491 ラムセス・ミンス(18歳・♂・ジプシー・ジャイアント・エジプト)

●リプレイ本文

○酒の泉捜索探検隊
 三月、快晴の空の下。
「本日より森に突入。目的地まであと予定通りなら二日の行程‥‥」
 ロッド・エルメロイ(eb9943)は羊皮紙の余白にそんなメモをしている。
「下ばっかり見てると危ないぞ! ほら」
 地図を見ながら歩くロッドにキット・ファゼータ(ea2307)は声をかえる。
「わっ!」
 気がつけば目の前に大きな木。幹にあやうくキスをするところだ。
「あ〜ぶないデスよ〜。ちゅーいしましょー」
「ほら、そう言う貴方も。前、前!」
「あわわわ!」
 ドン!
 自分より頭一つ以上大きな少年ラムセス・ミンス(ec4491)の尻餅にネフティス・ネト・アメン(ea2834)ははあ、と溜息をついた。
 周囲からはくすくすという笑い声。
「ごめんなさーい。つい、可愛い小鳥がいたので気になってしまいましたー」
 照れたようにラムセスは頭を掻いて立ち上がった。
「でも、ラムセスさんの気持ちも解りますよ。本当に良い陽気です」
 木にいくつめかのリボンを結びながらシリル・ロルカ(ec0177)は微笑み空を見上げる。
 緑の隙間からのぞく木漏れ日も春色だ。
「うん! こんないい日が続いているんだもの! オマケにメンバーもサイコー! 絶対にいいことが起きる! 間違いない!」
 レヴィ・ネコノミロクン(ea4164)はメンバーを見回し、ぐっ、と拳を握り締めた。
「お酒の湧き出る泉か〜、夢があっていいよな〜」
「ジャパンにも養老の滝という昔話がありますし、世界各地こういう伝説、多いんですよね」
 軽く伸びをしたウォル・レヴィン(ea3827)に沖田光(ea0029)が説明する。
「そう! 伝説が多いってことはその根拠となるものがあるってこと! 酒の湧き出る泉はきっとあるわ。みんな絶対にみつけだしましょー!」
 レヴィの笑顔が弾ける。仲間達も微笑み、頷く。
 酒の湧き出る泉は確かに魅力的だ。
 だがこの依頼に参加した冒険者にとって彼女の夢を追う瞳こそが魅力的なのかもしれない。
 そんな事を思いながらも誰も口にはせず
「えーっと、次はこっち! 行きましょう?」
「OK。レヴィ隊長。頼りにしてるわよ」
 酒の泉捜索レヴィ探検隊は森の中を歩いて行った。

○いんたーみっしょん?
「前言撤回。頼りにできないわね〜」 
 眉を上げネフティスは、はあと溜息をついた。
「ごめ〜ん」
 その前でレヴィが借りてきた猫のように身を縮こませている。
 キャメロットを出て五日目のこと。
「レヴィさんのせいではありません。責めないであげて下さい」
 ロッドが庇うように言うがレヴィの顔はそれでも上がらなかった。
 予定の日数過ぎてもなかなか目的地にたどり着かない。
「どうして? なんで目印さえ出てこないの?」
 冒険者が焦り始めた時、ロッドが気付いたのだ。
「レヴィさん! この地図‥‥さかさまです!」
「えっ?」
 元々、目印のあまりない森の地図で、横の書き込みまでさかさまだったから気付かなかったのだろう。
 つまり冒険者は思いっきり反対方向に来てしまったのだ。
「本当にごめん。どうしたら‥‥」
 落ち込むレヴィの頭上から
「そんなの簡単デス。美味しいもの食べて忘れるデース」
 明るい声が振ってきた。
「えっ?」
 見ればラムセスが何匹もの魚を抱えている。
「ウィルさんがとってきてくれたデス。これとキットさんの人参とお肉も入れて今日はナベにするそーデス」
 ニッコリと笑うラムセスの後ろには男性陣が揃っている。
 誰一人、怒る顔、攻める顔の者はいない。
「失敗なんか気にするな。間違えたらやりなおせばいい。それだけだ」
「大丈夫です。道には印があるから戻るのは簡単です」
「時間はまだあります。焦る必要は無ありません」
「みんな‥‥」
 うっすらと涙ぐむレヴィの背中を
「あー! もう泣かないの。隊長なんだからしっかりしてよね。ほらその地図見せて。サンワードで今度は間違わないように調べてあげるから」
 ネフティスが叩く。ロッドも頷いてくれる。
「‥‥そうね。よーし! 今度は間違わないわよー。腹ごしらえしたら戻りましょう」
 元気を取り戻したレヴィに安心したように仲間達も笑う。
「とっておきの新巻鮭も出そう!」 
「お餅とマタタビいる?」
 そんな冒険者の明るい声は夜遅くまで森に響いていた。

○花月夜の宴
 地図を何度も、何度も確かめてレヴィは呟いた。
「これが伝説の泉?」
 道に迷い、深い森を何日も歩き続け十日目の夕刻。
 冒険者は地図の指し示す目的の場所にたどり着いたのだ。
 森の奥の小さな広場。上り始めた月を泉は水面に写している。
 音もなく輝き、澄んだ美しい水を湛えている鏡のような湖面。
「やったじゃない! レヴィ。ほら、飲んでみてみて!」
 はしゃぐネフティスとは正反対にレヴィは静かに近づき、泉に向けて膝を折る。
 酒好きを自称する自分がこういうときには恨めしいとレヴィは思った。
 なんとなく感じる。伸ばした手に触れたこの液体は酒ではないと。
「これは‥‥水?」
 そう‥‥水。
「確かに‥‥水デ〜ス」
 冒険者達が口々に手のひらを泉に付ける。
「でも、美味しい」「こんな水初めてですね」「‥‥なんだか甘いような気もするな」
 疲れきった身体に染み渡るような甘露。
 滅多に味わえない美味しい水。けれど
「でも‥‥、やっぱり‥‥嘘だったの?」
 レヴィは明らかに落胆した顔だ。
「あんなに歩き回って、みんなで探し回った‥‥これが伝説の正体? やっぱり嘘だったのかしら‥‥」
 肩を落とし俯く。だが‥‥
「ちょっと! レヴィ! レヴィってば!」
 服を引っ張るネフティスに声をかけられてレヴィは始めて気付いた。
「なんだ?」「これは!」「なんと‥‥」
 仲間達が、まるで信じられないものを見るような目で立ち尽くしていることに。
「何?」
「ほら!」
 ネフティスが伸ばした指の先にふわり、透き通るような羽根の妖精が舞い降りていた。
「わあっ!」
 気付けば太陽が落ちた紫色の空気の中、妖精たちがそこかしこで踊っている。
「見ろよ」
 上り始めた光が、泉に光を弾き、雫のような光が水辺の花。その蕾達に降り注ぐ。
 一輪、一輪と開く花達。
 花が開く度に妖精が生まれ、空に舞って行く。いつの間にか泉の側の花は満開で
「これは‥‥美しい‥‥」
 話術に長けたシリルでさえ、そう言うのが精一杯だった。
 甘い春の芳香漂う、泉のステージで踊る妖精達。
 それは‥‥確かに夢のように美しい光景である。
「ん?」
 桃色の羽根の精霊がキットの手を引く。まるで、踊ろう? と言っているかのように。
「なんだか僕も踊りたくなってきたデス〜」
 光の小妖精は気付けばもう金の羽根の妖精と楽しげに踊っている。
 馬や鷹、虎でさえも柔らかい笑顔で甘い芳香にまどろんでいた。
「‥‥!」
 〜♪〜♪〜
 シリルが妖精の竪琴を爪弾く。妖精達の踊りが一瞬止まり、さらに楽しげにまた舞い始める。
 月光とカンテラの灯火。木々さえも黄金に輝くようだ。
「レヴィ。踊らない?」「一緒に踊りましょー」
 場の空気に酔ったかのように頬を赤らめたレヴィは頷くロット達と共に妖精の輪の中に入っていった。

○春色の夢
 翌朝の目覚めた冒険者達は誰ともなくこう、口にした。
「あれは‥‥夢だったのかな?」
 目の前の泉は酒ではなかったから、誰一人、ただの一滴も水を飲んではいない。
 なのに、昨日の夜はまるで極上の美酒に酔ったようないい気持ちで、一晩中みんなで踊り明かし、気付けば目を閉じていた。
 今も微かで、甘い酩酊感が身体に残っている。
「俺はいいよ」
 最初はそんな事を言って照れていたキットでさえ、最後には小さな妖精のキスに頬を赤らめていた。
 あの妖精は、どこか誰かに似ていたような‥‥。
「違う! あー、俺は何を考えてるんだ〜!」
「一緒に宴会でもすれば良かったかな。妖精達と酒盛りなんて滅多にできなかったのに」
「僕は嬉しかったデスよ〜。妖精とダンスなんてメッタにできないデスから〜」
「コスモ。お前まで‥‥、マタタビの花でも咲いているのでしょうか?」
 楽しげな少年達の前で、泉に膝を付くレヴィ。
 掬った雫を口に付けてみてもそれはやはり水。
 でも‥‥
「ねえ、レヴィ。あの伝説は嘘じゃなかったと思うわよ。だって『たどり着いたものを至福の時に誘う』という伝説は本当だったもの」
 ネフティスの言葉にロッドも頷く。
「確かに、昨夜の出来事は夢のようでした。未知の場所に、挑み神秘を発見する、とても素晴らしい思い出です。レヴィさん‥‥有難うございます」
「みんな‥‥」
 気付けば共に旅をしてきた仲間達がみんな、優しい笑みを浮かべている。
「レヴィ‥‥泣いちゃダメよ」
 肩を叩くネフティスの優しさに一度だけ眼を閉じたレヴィは
「だいじょーぶ! これは新しい冒険の始まりだから。あたしは諦めたりしないわ。『酒の泉』はきっと何処かにあるはず! ここが違っただけ。いつか必ず見つけ出してみせるから!」
 元気良く立ち上がりくるり、泉に背を向けた。
「そうだな。もう見つからないと決まったわけでなし」
「それじゃあ帰りましょうか。酒場で慰労会と参りましょう。今回の唄は泉と春花の妖精と、レヴィさんに捧げます」
 竪琴を抱えたシリルの提案に手を上げるレヴィ。
「いいわね。よーし。レヴィちゃんのおごりだー!」
「そういえば、報酬のアイテムはどうするの?」
「誰にあげるなんて決められないな〜。よーし、酒場でくじびき〜!」
「おいおい‥‥」
 また仲間達の声が弾み、湧く。楽しげに。
 
 帰り際、レヴィは、最後に一度だけ泉を振り返る。
「ステキな夢を‥‥ありがとう」
 答えを待たずにレヴィは仲間を追いかけた。
 だから、彼女は気付かなかった。
 バックパックのなかから微かな月光色の光が返事をするようにはじけたことを。

 その後、冒険者達が森を離れるまで、彼らの周囲から花と甘い香りが消えることはなかったという。
 春の訪れを感じながら冒険者達は森を後にした。