【続 誰もいない家】人喰いの館

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月02日〜06月07日

リプレイ公開日:2008年06月09日

●オープニング

 それは、ある冬の本当に突然の事だった。
 ある老夫婦の乗っていた馬車が事故にあったのだ。
 旅先であった為、身元が直ぐには解らず、また冬だった事から遺体を運ぶ事もできず旅先で二人は埋葬された。
 子、孫はそれぞれ独立しキャメロットには住んでいない。
 他に身寄りや親戚もいないので近所の人たちも彼らが死んだ事を知ったのはこの春の事だった。
 大しては無かった遺産は子や孫が処分したらしい。
 家は買い手が着くまではそのままにしておくと彼らは言って帰って行った。
 そして彼ら二人の住んでいた家は誰も住む者のいない、空き家になった。
 ‥‥はず、だった。

 今、下町のある一角はちょっとした騒ぎになっていた。
 住人がある日突然、何の前触れも無く消えるのだ。
 最初に消えたのは一人の少女だった。
 次に消えたのはそれを捜していた少年。
 その後は少女の母親、少女と少年を捜していた少年の兄と続く。
 そして、昨日、彼らを捜していた近所の男性も消えた。
 これで、五人。
 彼らの殆どは誰も家出、失踪の理由は持っていない。
 強いて言えば、少年が最初に消えた少女の失踪に責任を感じていたが、それくらいだ。
 何か、事件に巻き込まれたのだろうか。
 それとも何か、恐ろしい事が起きているのだろうか。
 人々が怯えながらも消えた者達を捜していた丁度、その頃だ。
「この近くに空き家があると聞いてやってまいりました。この近辺に家を買いたいと思うので見せて頂きたいのですが」
 若い夫婦がやってきて言ったのは。
 二人が家に入って一昼夜。
 周囲の者達はそこで始めて気がついた。
 夫婦が出てこない事に。
 消えてしまった事に‥‥。
「ねえ、ひょっとしたら消えてしまった人たちは‥‥」
「捜しに行かなくっちゃ!」
「でも! 俺達まで喰われたらどうする! 何がいるか、何があるかわかんないんだぞ!」
 人々の足はそこで止まる。
 恐ろしさのあまり、誰も中に入れない。
 そして無言で見上げた。
 人の気配は今も無いのに、何かがあるその家を。
 誰もいない家。人喰いの館を‥‥。

 係員はその依頼書と、場所を何度も見返して確認した。
「この家は、まさか‥‥」
 依頼は下町の住人達から。
 入った人物が消えてしまう家の調査をして欲しいというもの。
 だが、その家はかつて少女と少年が一度ずつ、やはりその家を調べて欲しいと依頼を出した家だったのだ。
 少女ミミィは言っていた。
『家にはね、私より小さな子がいるの。その子はね、はずかしがりやさんでね。めったにでてこないの。よるによくでてくるみたいなんだけど』 
 少年キルシュは言っていた。
『ミミィが言っていた家には僕が入ろうとすると地震が起きる。人の気配は何も無かった。あの家にはきっと何かがある。誰かがいるんだ』
 ひょっとしたら、ミミィの言っていた『小さなはずかしがりや』が地震を起こし、人を消しているのだろうか? ミミィはそんなに悪いものでは無いと思っていたようだが‥‥。
「でも、本当に人を消しているのなら、いいも悪いも無いな」
 係員は今回、ベテランの冒険者に依頼を出すことにした。
 何が起きるか解らない調査。
 下手をすれば冒険者まで「消えて」しまうかもしれないからだ。
 準備の途中、係員はふと、考える。
 かつて、その家は人が住んでいた頃は小さくても明るい、笑顔の絶えない家だったという。
 しかし、今は笑い声があがる事もなく、明かりも灯される事は無い。
 誰もいない家。人の住まない家。人を喰う家。
 家がもし心を持っていたとしたら、一体何を思っているのだろうか。‥‥と。
 

 家の中には前よりも住人が増えていた。
 暖炉の前には少女が座り、横に母親が手を伸ばしている。
 腕を組んだ夫婦はテーブル側の少年を見つめる兄、二人を注意するように目を見開く男性。
 穏やかな家族の姿がそこにある。
 それは彼が待ち望んだもの。
 元々持っていたのに突然失って、寂しくて、悲しくて、取り戻したくて、やっと手に入れたもの。
 けれど、彼は気付けなかった。
 一歩も動く事無く、一言も話すことの無い者達を見つめる目に雫が溜まっている事に。
 自分の心にぽっかりと開いた穴に。
 自分が幸せではない事に‥‥。

 だから、彼はまた呪文を唱える。
 新しい家族を増やすために。
 大好きだったあの言葉。
『ただいま』
 をもう一度聞くために‥‥。

 

●今回の参加者

 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3245 ギリアム・バルセイド(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ec0246 トゥルエノ・ラシーロ(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec0843 雀尾 嵐淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec3138 マロース・フィリオネル(34歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3793 オグマ・リゴネメティス(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

サラン・ヘリオドール(eb2357)/ エリオス・ラインフィルド(eb2439)/ 鳳 美夕(ec0583

●リプレイ本文

○ままごとの終わり
 キャメロットから遠い小さな村にその墓はあった。
 墓石に刻まれたのは名前だけ。
 寂しい墓に花を供え
「お二方」
 シルヴィア・クロスロード(eb3671)は礼を取り、墓の前に膝を付いた。
 手を組み祈りを捧げる。
「どうぞお力をお貸し下さい。貴方方の愛した家と大切な子の為に‥‥」
 答えの言葉は返らない。
 ただ、彼女の頬を撫でる風は優しく、それが老夫婦の思いのように感じられて
「お約束します。必ず、お二方のお気持ちを伝えます」
 シルヴィアは遺された遺品のマントを抱きしめて誓ったのだった。

「ハーディ? それが『小さな恥ずかしがりや』の名前か?」
「そうなの。オレ達が聞いた限りでは。‥‥ね? 嵐淡?」
 片目を閉じたレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)の言葉にはい、と答えて雀尾嵐淡(ec0843)はギリアム・バルセイド(ea3245)に続けた。
 冒険者達は全員で調査を依頼された家について調べていた。
 元の持ち主は急な事故で亡くなっていたので話は聞けなかった。だから亡くなった老夫婦の親族‥‥独立して家を出たという子供を捜しに行って来たのだ。
「と、言ってもね。話を聞いた子供達も、はっきりとその存在を見た事は無いとか、覚えてないって言ってたの。ただ、家の中に不思議な存在を感じることが良くあって、例えばお菓子が無くなった時『ハーディが食べた』。失くし物が見つかった時『ハーディが見つけてくれた』というように言っていたと‥‥」
 それは決して嫌な存在ではなかった。むしろ子供の頃からあの家は楽しくて大好きだったと皆、口をそろえて言う。
「そうそう一人、可愛い女の子が言ってたわよ。ハーディと遊んだ事があるって」
『お兄ちゃん、しんじてくれる?』
 勿論よ、と頷いたレオンスートにその少女は囁いたのだ。 
『毛もじゃらだったけどね。とってもやさしかったよ。またいっしょに遊びたいな』
「大人になると忘れちゃうのかもしれないわね。自分の隣にいた不思議なトモダチ、いや家族の事も」
「‥‥そう、ですね」
 噛み締めるようにオグマ・リゴネメティス(ec3793)は頷く。
「しかし、その特徴からしてやっぱりブラウニーですね。あの家にいる不思議な存在というのは」
「ああ、そう俺もそう思う。”小さな子供”で”恥ずかしがりや””夜に出てくる”。その時点で妖精の類みたいだと思っていたんだ」
 ワケギ・ハルハラ(ea9957)にギリアム・バルセイド(ea3245)は同意した。
 エリオス・ラインフィルドもブラウニーの噂を聞いたという。
 ブラウニー、家に住み着き、その家に幸せをもたらすと呼ばれる家妖精。
 しかし家は人が住まなければただの箱。
「誰も住まない家が寂しくて、暴走してしまったのかも。可哀想な事です」
 絵筆を走らせる手を止め、マロース・フィリオネル(ec3138)は呟く。
 おそらくそれが真実。しかし
「でも、可哀想だけど家族ごっこはこれで終わり‥‥失ったものは戻ってはこないもの」
 冷静に、自分の心の同情の思いさえ切って捨てるようにトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)はきっぱりと言った。
「でも、終わればまた新しい続きができる。彼に、ちゃんとさよならを言わせてあげましょう」
 空を見上げトゥルエノは告げる。もうすぐ仲間が戻ってくる筈。
 そうしたら彼の悲しいままごとを終わらせてあげよう。
 彼女の思いは、仲間達全員の思いだった。

○帰ってきた人
 屋敷の掃除をしていた『彼』は扉が開く音にハッと顔を上げた。
「おじゃまします。誰かいませんか?」
 聞こえる足音はいくつも。怯えたように身体を震わせ隠れようとしたその時。
「ハーディ」
『彼』はその呼び声に足を止めた。
 人々が入ってくる。その先頭に立っている人物が着ているあのマントは!
 フード付きマントが落ちその下から、懐かしい顔が覗く‥‥。
「ただいま‥‥今、帰ったよ」
『!!』
 けむくじゃらの顔が、それでも喜びの笑顔に咲いた。嬉しそうに飛び跳ね駆け寄ろうとした瞬間、
『?』
 もう一度見たその人物の顔に彼はピタリ、動きを止め瞬きをした。
 何かがおかしい、と言うように‥‥。
「すまない、長い間一人ぼっちにしてしまって‥‥」
『!?』
 彼の表情を言葉にするなら『違う!』だろう。
 慌てて彼は飛びずさり、入ってきた人物達を威嚇するように唸りをあげる。彼の振り上げた手が光を帯びる。
 だがその時
「ダメでしょ。ハーディ。こんな事をしちゃ!」
 マロースの、たった一言の声が彼を止めた。
 青い瞳が彼を射抜く。動きを止めた彼をトゥルエノとシルヴィアが優しくそっと抱きしめた。
「寂しかったのね。でも‥‥もう終わりにしましょう」
 魔法は放たれなかった。庇おうと構えていたオグマもギリアムも力を抜く。
 そこには悲しげに目を閉じて泣くブラウニーがいたのだった。

○できなかったさよなら
 館の中には行方不明者全員がいた。
「よかった。呼吸反応が無かったから心配したけど‥‥信じて良かった」
「ええ、本当に」
 ホッとしたように言うオグマにワケギは心から同意した。
 サンワード、エックスレイビジョン、ブレスセンサー、サラン・ヘリオドールの占いまでがこの館にいる『存在』がこの事件の犯人だと告げていた。そして消えた人々は家の中にいるとも。
「なるほど。こういうことだったのね」
 レオンスートはうんうん、と頷く。石化した行方不明者達が家のあちらこちらに配置されている。父親、母親、その子供夫婦に三人の兄弟。偶然かもしれないがそれは亡くなった老夫婦の昔の家族編成にとてもよく似ていた。
「家族が欲しかったのしら。貴方‥‥」
 顔を背け俯くブラウニー。
「そう‥‥なら、本当は感じているのね。老夫婦がもう帰っては来ない事を‥‥」
 トゥルエノの問いに涙のような雫が滴り落ち答えた。
「でも、誰もちゃんとは話してくれなかったでしょうね。老夫婦は旅の途中で事故で亡くなりました。旦那さんの方は即死に近かったそうですが、奥様の方はいくらか意識がある時があって‥‥ハーディ、とうわ言を繰り返していたそうですよ」
 瞬きしたシルヴィアの眼差しを受けてミミクリーを解いた嵐淡は自分が着ていたマントをブラウニー、ハーディに渡す。さよならも言えなかった大切な人の形見を‥‥。
 マントを愛しげに抱きしめる彼の背中にシルヴィアは静かに声をかける。
「お願いです。彼らを解放して頂けませんか?」
「!!」
 ぶんぶんと首が横に振られる。イヤだ、イヤだとダダを捏ねるように。
『また一人になるのはイヤだ』
 彼の全身がそう言っていた。
「お前が望んだのは”共に暮らす存在”じゃないのか? こんな物言わぬ”置物”といることじゃないだろうが!」
「寂しい気持ちは分かります。でも彼らを閉じ込めてはいけません。沢山の人が居るのに、前よりずっと寂しいと思いませんか? 思い出して。貴方が取り戻したかったのは、どんな笑顔が溢れる家でしたか?」
 厳しいギリアムと優しいシルヴィアの説得にハーディは逃げるように目をそらした。だが、その視線の先にはマロースの青い瞳が。
 亡くなった老夫婦の夫人も青い瞳だったらしいと、オグマは思い出す。きっと彼も思い出しているのだろう。夫人の事を。
「ねえ」
 静かに膝を折るとトゥルエノはハーディに語りかける。
「喪った人は戻っては来ないの。けれど貴方がここに縛られる事を、彼らは決して望んではいないわ。だから、ちゃんとお別れを言いましょう。貴方はもう‥‥いいえ、ずっと一人では無いのだから」
 冒険者達の眼差しは、暖かく柔らかい。包み込むような優しさの中、ハーディは立ち上がり‥‥トゥルエノの首に手を回した。トゥルエノはそっとハーディを抱きあげ、頭を撫でる。
「おかえりなさい」
 シルヴィアは微笑み、帰ってきた彼をそう迎えた。

○人の住む家
 屋敷の庭の片隅に小さな墓標が二つ立てられた。
 名前は刻まれていない。この下にあるのは、老夫婦の絵とオグマが集め記した思い出の書かれたスクロール。
 その前には沢山の花が供えられていた。
 周囲には庭の花が寄せ植えられ、これから長い時、この墓地を花で飾ってくれるだろう。
「本当によろしいのですか?」
 墓地に手を合わせる若い夫婦にワケギは問いかける。
「ええ。事情は解りましたから。きっと私達家族や生まれてくる子供の良い友になってくれると思います」
 冒険者達が行った老夫婦の略式葬儀の後、ブラウニー、ハーディは姿を消した。
 ブラウニーは家妖精だから、おそらく家のどこかにいるだろう。そう話し、できるなら嫌わないで欲しいと話したワケギに、嵐淡の魔法によって石化を解かれた若い夫婦は、この家を買うと約束したのだ。
「ハーディ、うちに来てくれればいいのに」「うちでもいいよ‥‥。疑ったお詫びに‥‥大事にする」
「こら! 犬猫じゃないのよ!」
 メッと子供達、桜餅を食べながら微笑むミミィとキルシュにレオンスートは顔を合わせた。
 でも、少しホッとした。あの子が‥‥もう一度と求めていた、親子みんなで笑い合う家族はきっとこの家に戻ってくるだろう。
「もう、この家が人を喰う事は無いな」
「ええ」
 頷きあうギリアムとシルヴィア。その横でリュートを奏でていたマロースは、ふと足元に気付いた。
「十字架?」
 特別な飾りも何も無い、ただの十字架。金銭価値はきっと無い。
 けれど‥‥
「プレゼントのお礼でしょうか? ありがとうございます」
『彼』の思いを受け止めてマロースはそれを握り締めた。

 冒険者は家を後にする。
 若い夫婦がいつまでも手を振って見送ってくれる。
「あら?」
 帰り際トゥエルノは四葉のクローバーを拾い上げた。
 そのまま家に手を振り返す。
 ふと、彼女は見た気がした。きっと幻だろうけど。
 窓から手を振るハーディとかつていた老夫婦の笑顔を。
 
 その家が人を喰う事は二度と無く、笑い声が耐える事も二度と無かったという。