●リプレイ本文
○海に向かって
冒険者は急ぎ足で歩いていた。
天気は快晴。普通に歩いていても少し汗ばむ程だ。
「夏も近づいてきたって事か。これで海水浴と洒落込めればよかったんだが、荒れた北海じゃそうはいきそうに無いな。‥‥大丈夫か? 無理はするなよ」
馬上からリ・ル(ea3888)は徒歩で歩く仲間にそう声をかけた。
大丈夫です、アルテス・リアレイ(ea5898)は歩きながら頷く。
「何も起きないとは限らないのでここでは無理をせず、体力を消耗しないようにきちんと温存していきますよ」
「そうしろよ。向こうに着いてからが本番だからな」
リルの言葉にアルテス以外の冒険者も頷いている。
最近は空飛ぶ箒や魔法の靴。又は空を行く魔獣などで急ぎ行く多かった依頼の道行。
だが今回は全員が揃わないと船はどのみち出せないだろうし、急ぐのもあまり意味が無い。
だから冒険者達は普通の徒歩よりも少し早いくらいに歩いていく。
目的地は北海の港町。
そこで、円卓の騎士と幽霊船が待っている。
「やれやれ、物好きだな、俺も」
ジョーイ・ジョルディーノ(ea2856)は肩を軽く竦めた。横でアンドリュー・カールセン(ea5936)が笑っている。
「円卓の騎士の依頼を受けて、良く判んねぇモンに乗り込むなんてな。これも冒険者の性って奴か?」
あまり『表』に出てくる事は多くない彼である。それでも‥‥
「だが確かに気になるな」
冒険者としての思いはきっと皆、同じ。アンドリューは呟いた。
「ああいう彷徨い船ってのはもっと遠洋を放浪するものと思っていた。それが一箇所に留まるとはな」
「そもそも、ゴーストシップと呼ばれる存在の目撃礼はそう多くありません。図書館でも殆ど情報らしい情報は得られませんでしたから」
リースフィア・エルスリード(eb2745)は答える。彼女も直接見たことは無い。
殆どの冒険者にとって未知の戦い、未知の敵である。
「ゴーストシップか。その名のとおりならぱっと思いつくのはアンデッドだが‥‥これもデビルとか関ってるのかね?」
「どうしてそう思うのである?」
「最近事件と来たら、でな」
「確かに‥‥」
頷きながらマックス・アームストロング(ea6970)は無意識に指輪に手を触れた。閃我絶狼(ea3991)の言うとおり近頃の事件の裏でこの石の中の蝶が役に立つ事は少なくない。
そんな事は無いに越した事は無いのだが‥‥。
「最近、ギルドにも海関連の依頼が多く来ています。来ていない事件もきっと多いのでしょう。多発するのは偶然か必然か‥‥。必然であるならそれを仕組んでいるものがいるのか‥‥」
「幽霊船に荒れる海。一体北海で何が起こっているのでしょうか?」
シルヴィア・クロスロード(eb3671)の言葉に今は、明確に返事を返せるものはまだいない。
それを調べに行くのだから‥‥。
「考えてみたら海での依頼は久しぶりですねぇ、それにあの時は船には乗らなかったですしぃ、実質初めてと言えますぅ。不謹慎かもしれませんけどぉ〜。少し楽しみですぅ〜」
「まあ、な」
いつもと変わらずマイペースなエリンティア・フューゲル(ea3868)にクロック・ランベリー(eb3776)は苦笑しながら頷く。
本当に先の見えない依頼であるから、これくらいの方がいいのかもしれない。
円卓の騎士と海での冒険。確かに心躍る展開でもある。
「不謹慎‥‥」
ふとシルヴィアは頬を赤らめる。
見送りに着てくれたヒルケイプ・リーツの言葉を思い出したからだ。
『どうか、ご無事で。いつか、私も円卓の騎士様のお供を出来るようになりたい‥‥いいえ、なってみせます!』
拳を握り締めて言った彼女はほんの少し前の自分だ。
胸の中を今も占める思い‥‥。
「とにかく、急ぎましょう。パーシ様が待っています」
それを振り切るかのように首を振りシルヴィアは早足で進む。
仲間達のある者はそれに苦笑し、ある者は首を傾げながら、でも同じ道を歩いて行った。
目の前にはどこまでも続く水の平原。
大海原とは良く言ったものだ。風が草をなびかせるように、波頭は揺れ白い飛沫を弾かせている。
広がる水の連なりに、髪を掻き分ける海風に、鼻腔をくすぐる潮の香りに遠く懐かしい何かを感じる。
海というものはそういうものである。
冒険者達がパーシに指定された港町はそんな海を臨む岬から直ぐの場所にあった。
通常であればさぞかし人の熱気で賑わうのであろうと思える。
だが、今は人々の多くがその表情を淀ませていた。
「全ては、あの船のせいだ」
出迎えたパーシはそう言って、冒険者達に案内した港の舳先から遠く、湾の向こうを指差した。
「‥‥確かに、見えるのである」
視力に自信がある方ではないマックスにも姿が見て取れた。
小さな玩具のような船が。
「ここからだと小さく見えるが、大きさは約20m。帆船としてもかなり大きな部類に入るだろう」
頷く冒険者に
「俺もここ数日の間何度か、漁船で接近を試みた」
パーシはさらに続ける。
「だが、こちらが側に寄るとあの船は正確にこちらの位置を把握して追いかけてくる。逃げるのが精一杯だったな」
「人や、乗組員の気配は?」
マックスの問いにパーシは首を横に振る。
「接近と言えるレベルのところまで近づいてはいないからはっきりとは言えないが、少なくとも生きている人間が乗船、操船している様子は無い。あの船が確認されてから数週間になるが、港などに接舷してもいないしな」
人が乗っているなら、必ず食べ物飲み物が必要になる。
それが必要ないのであれば、正しい生き物では無いと、言う事なのだろう。
「まあ、それは最初から解っていた事だからな。後はそれがデビルか‥‥アンデッドか」
絶狼の言葉に頷くと、パーシは冒険者達の前に真っ直ぐに立った。
冒険者達へと指示を告げる。
「明日の朝を待って出航する。今日は、ゆっくりと休んで‥‥」
その声を太い声が遮った。
「こら、パーシ!」
「オレルド船長?」
船長?
その呼び声に冒険者達は瞬きして、パーシの後ろに現れた男性を見る。
「俺に挨拶もなしか? 明日は皆、俺の船に乗るんだ。顔くらい見せるもんだろう?」
赤銅色の肌に黒い髪と瞳。ジャイアントでは無いだろうに2m近い身長は冒険者の多くを見上げさせた。
たくましい身体には無駄な筋肉は一つも無い、精悍な海の男だ。
「あ、すみません‥‥冒険者の皆。彼はオレルド。明日俺達を幽霊船に案内してくれる船の船長だ」
パーシは素直に頭を下げ、船長に一人ひとりの冒険者を紹介する。
話を聞きながら船長は腕を胸板の前に組み、じっと十人、それぞれの冒険者達の顔を見て‥‥
「よし! みんないい面構えだ。パーシ坊よりいい目をしているかもな!」
大きな声で言い笑った。
リルの肩に手を置き、警戒のアンテナを張っていたジョーイの背中をバンと叩く。
アルテスやアンドリューに至っては子供扱い。頭まで撫でられていた。
「パーシ‥‥坊?」
「船長。子供扱いはいい加減に」
呆然と瞬きするシルヴィアの前で苦笑したパーシの反論など聞こうともせず
「とにかく明日は俺に任せておけ。全員必ず無事に幽霊船まで運んでやるぜ! っと、その前にまずは腹ごしらえ。それから酒だな。今日は気分がいい。俺が驕ってやるぞ!」
大きな声で笑い、スタスタと歩き去る船長を、冒険者は肩を竦めたパーシと共に、ただ呆然と見つめ見送り
「ほら! 何もたもたしてやがる。行くぞ!」
追いかけたのだった。
○戦いの始まり
「あの船長さん、55歳でいらっしゃるそうですよ。とても見えませんよね」
自分の背中から聞こえてくるシルヴィアの声にリースフィアは頷き返した。
「確かに年とは思えぬ覇気を持った方でいらっしゃいますね。‥‥そう言えば随分と昨夜は楽しそうでしたけど‥‥大丈夫ですか?」
天馬の馬上はかなり揺れる。それを気にしてくれたのだろう。シルヴィアは大丈夫です。と微笑んだ。
「船の揺れとかよりはずっと楽です。お酒も飲んではいませんし昨夜は、その‥‥パーシ様のお話を聞いただけです。船長さんはパーシ様のお母様とお知りあいらしく子供の頃のパーシ様を良くご存知だそうなのです」
言いながらシルヴィアは少し頬を赤らめる。事実、昨日の夜は楽しく、幸せであった。
『パーシは子供の頃から好奇心旺盛でなあ。俺が船に乗せてやったらマストの上に昇って降りられなくなって‥‥』
『船長!』
円卓の騎士としていつも、人々の前に立つパーシが子供扱いされる光景など滅多に見られるものではないのだから。
「あー、でも船長さんは大丈夫なのでしょうか? 随分お酒を召されていたようですけど」
心配そうなシルヴィアに今度はリースフィアが大丈夫、と告げる。
「まったく酔っていた様子はありませんでしたから。むしろ、心配なのは他の皆さんの船酔いとかですね」
さっき船を飛び立った時、皆かなり辛そうだった。
下を見る。今も風が強く波頭を揺らせているのが見て取れる。
天候は悪くはないが風が強いから下の船はかなり揺れているようだ。
エリンティアが持ち込んだお守りが効いてくれれば良いのだが‥‥。
「あ‥‥見えました。ゴーストシップです!」
湾と外海の丁度中間地点をシルヴィアは指差す。
そこには波間に漂うゴーストシップが確かにある。
「間違いありませんね。‥‥本当にこうして見るとあの船の異常さが目に付きます」
ボロボロで、今にも朽ち果てそうな木の船。走っているのが不思議なほど、穴や痛みが目立って見える。
迷走という言葉が相応しいくらいに、右に左に揺れる木の葉のように海を漂って‥‥。
「ん?」
リースフィアは瞬きをした。船が突然進路を変えた。
今まで目的も無く漂っていた船が今は、一つの場所に向かって動き始めている。
そう。仲間達の乗る船へ向かって。
「向こうも気付いたようですね」
ゴーストシップは話に聞く限り船が近づくと体当たりして近づいてくるのだとか。
船のサイズは正直かなり違う。ゴーストシップに比べ、皆の乗る船は半分ほどの大きさだ。
激突されたらあまり長い時間は持たないだろう。
ならば短期決戦で一気に攻めるしかない!
「いよいよ行動開始です。シルヴィアさん、しっかり掴まっていて下さいね。アイオーン。行きますよ!」
「はい!」
手綱に力を込めたリースフィアはシルヴィアの呼吸と手の感触を確かめると、薄桃色の光を纏い、一気に下降していった。
こちらは海上、船の上。
「来たぞ! 用意はいいか?」
マストの上、見張り台から滑り降りるように甲板に戻ってきたパーシは、冒険者達に声をかける。
接近してくる船はこの船の二倍はある。見上げるように大きい。
男達はそれぞれに武器を握り締め、頷いた。揺れが苦しいなど呻いている暇はもう無い。
「いよいよだな」
「あれが幽霊船ですかぁ、アンデットを操っている者が一緒に乗船していれば良いんですけどねぇ」
緊張の面持ちで冒険者達はそれぞれに準備をしていた。
ある者はレミエラの光を放ち、ある者はオーラの光を身に付け‥‥。
「‥‥昨日パーシ様がおっしゃったとおりぃ〜、今のところぉ〜船の中に呼吸をするものの反応はないですぅ〜。少なくともぉ〜、人間が乗り込んでアンデッドを操っている、という線は消えましたねぇ〜」
目を閉じていたエリンティアがいつもの口調で、けれど真剣に仲間達に報告する。
彼が行使した魔法はブレスセンサー。呼吸あるもの。つまり生命を探知する魔法だ。
「なら遠慮はいらないってわけだ」
「ああ。昨夜も話した通り、船の破壊に対して遠慮をする必要は無い。調査終了後、今後の憂いを断つ為にも完全破壊が望ましい」
「ま、できるかどうかは解らないけど、努力はしてみるとするか」
パーシの言葉にジョーイが手に持ったロープを弄んだ瞬間!
ドン!
鈍い音と衝撃が冒険者を襲った。船がこちらに向かって体当たりを開始したのだ。
「!」「パーシ卿!」
「大丈夫だ。そうそう直撃は無い。だがいいか? 一度皆が乗り移ったらこの船は回避行動に専念する。合図があるまで船は寄せられない」
ドドン!
二度目の体当たりに冒険者の身体が揺れる。頷いている余裕は無いがそれぞれの目が諾と答えていた。
「海にはぁ〜、とりあえず危険な海洋生物はいないようですぅ〜。いざという時は海に逃げ込んで下さいねぇ〜」
「了解だ。頼りにしてるぜ!」
前半はエリンティアに後半はパーシに目配せし、リルは剣を持ち直す。船と船との高さの差は1mあるかないか。敵がもう一度船を寄せてきた所が勝負だ。
空を見る。白い天馬が急降下を始めた。
「行くぞ!」
それとタイミングを合わせて、冒険者達はそれぞれがその身を翻した。
船から船へと‥‥。
○生きた、死の船
船の上は最後となるエリンティアが乗り込んだ時。
既に戦場となっていた。
「大丈夫ですかぁ〜、皆さ〜ん」
ふわりと甲板に舞い降りたエリンティアを守るように前に絶狼は駆けつけた。
「大丈夫は大丈夫だが‥‥エリンティア。幻影はもういらない。あいつらには効果無いからな!」
あいつら、と、目の前の敵を指差しながら肩を竦める。話しかける僅かな隙にも敵は近づいてくるが、
「避けろ!」
頭上から落下してきた帆布がそれを包み込んでくれた。
「なるほど〜。解りましたぁ〜」
ひらりと身をかわしてエリンティアは頷く。船橋に立つ何人かの幻影騎士。でくのぼうのように佇むそれを『あいつら』と呼ばれたアンデッド達は平気ですり抜けてくる。
「恐怖の感情無し、知性も無し。それどころか痛みの感覚も無い上に通常の武器も効かないようだ‥‥なっ!」
まるで手ごたえ無く、相手の身体をすり抜けていく己の武器にクロックは失望の色を隠せない。
「クロックさん! これを!」
白馬の背からソニックブームと共に飛び降りたシルヴィアは、自分が今まで使っていた短剣をクロックへと預けた。
「大事な、大事な剣です、壊したら祟りますよ!」
「了解した!」
小さく微笑し、今度はクロックがその剣でソニックブームを放つ。
冒険者達が左右から挟みこむようにして船に乗り込んだその時、最初に出迎えたのがこのモンスター達だった。
モンスターと言うには少々語弊がある。彼らは生きた死体。アンデッド。
けれど彼らには確かな実体があり、爪で襲い掛かっては冒険者の命をくびり落とそうとしていた。
ある時は足で歩きふわふわと宙に浮かびながら確かに実体にダメージを与えてくる様子は、ゴーストとズゥンビの中間と言えるだろう。
だがズゥンビよりやっかいな事に彼らはクロックの言ったとおり、いくら攻撃を与えてもまるで効果を感じず冒険者に襲い掛かってくるのだ。
シルヴィアのソニックで腹を割かれてもリルの木剣で頭を砕かれても、その歩みを止めることは無い。
いくらダメージを与えても動きを鈍らせる事なく、魔法の武器で無ければそのダメージさえも与える事はできない。
何度か攻撃を与えた後、突然崩れ落ちたりもしているので全然ダメージを受けていない訳ではないのだろうが、やっかいな相手だった。
幸い、と言っていいのか甲板にいた相手は10匹足らず。
数はもう半分くらいには減っている。
「‥‥あいつらは、もう行ったんだよな?」
「はい。一番最初に船室に降りて行ったのを確かめましたから」
背中合わせに戦っていたリースフィアとリルは、状況を互いに確認し頷きあう。
「ここは大丈夫だ。先に進んでくれ。エリンティア!」
「解りました。お願いします! 行きましょう。絶狼さん、マックスさん、シルヴィアさん!」
走り出すリースフィアの前に立ちはだかる敵を
「了解したのである! おりゃああ!!」
マックスがその突進で吹き飛ばしていく。
「エリンティア。しっかり着いて来いよ」
「解っていますぅ〜。待って下さいぃ〜」
「どうか、気をつけて‥‥」
最後尾のシルヴィアが扉を閉めたのを確かめて、リルはアルテスに告げる。
「さて、覚悟はいいか?」
「もちろん。必ずここを守りきりましょう」
笑いあう二人にクロックが声を上げる。
「海からまた上がってきたぞ! 向こうの船にも何匹か張り付いているが‥‥」
「そっちはパーシにお任せだ。下手に気にして手を回したら皆が戻ってきた時、甲板を奪われ戻れなくなる」
リースフィアの天馬もリルの言葉に同調するように嘶く。
「よし! 行くぞ!」
三人は新たなるアンデッド達を剣と魔法で出迎えに走った。
「久しぶりだな、JJと組むのは」
暗い船内を進みながらアンドリューは先を行くジョーイに声をかける。
「そうだ‥‥シッ!」
同時に同じものを感じてジョーイとアンドリューは、身を左右に隠す。
ふわふわと漂うアンデッドは甲板にいたモノと同じ。
「くそっ! 何匹いやがるんだ」
小さく毒づきながら気配を消して通り過ぎるのを待つ。
だがそれが彼らの前を過ぎようとした瞬間。
「な、何だ!」
船がまるで身を揺らすように大きく左右に揺れたのだ。
結果、二人は転がるようにアンデッドの前に姿を現す事になる。否応無く。
「ちっ! これで何度目だよ!」
さっきからずっと、こんな調子だとアンドリューは舌打ち短刀を構える。
何度も敵をやり過ごそうとしているのに、その時に限って船が揺れるのだ。
「くそっ! 腕が落ちたのか!?」
だが何度目か、なのでこのアンデッドの対応策も把握してきた。
こいつは痛みを感じず、その負の命が尽きるまで突進してくる。
足を斬っても空に浮かぶが目を封じれば周囲を認識する事はできなくなるようだ。
アンドリューは短刀を構え込めたレミエラの力で月の矢を放つ。
狙いは謝る事無くアンデッドの目へ。
「行くぞ!」
その隙に逃げ出す。これが、一番効率のいい進み方だった。
「違うな」
「何だ? JJ?」
走りながらアンドリューはジョーイの呟きに首を傾げる。
「俺達の腕が落ちたわけじゃない。俺のカンが違っていなければ‥‥」
「?」
周囲の気配。幾度もの有り得ない失敗に、船の様子。
幾つもの手がかりからジョーイはある一つの結論を導こうとしていた。
それは本当に偶然だった。
「伏せろ、シルヴィア!」
絶狼はとっさに後ろを振り向くと懐から聖水を後ろに向かって投げつけた。
「えっ‥‥はい!」
シルヴィアは身を言葉より早く膝を付き、その頭上をアンデッドの爪がシュンと音と共に空を裂いた。
「チッ!」
偶然後ろを向いた時、窓側から襲ってくるアンデッドに絶狼は気付いたのだ。無理な体勢からの投擲。
瓶はアンデッドの横をすり抜け、壁に当たる。
「結構な貴重品なのに‥‥って、何だ!?」
絶狼はその瞬間起きた事に慌て左右を見回した。
船が変な軋みを立てたのだ。ギシギシと。
「何をしたんですか? 絶狼さん?」
アンデッドを倒したシルヴィアが駆け寄り、聞いた。先を進んでいたマックス達も戻ってくる。
「いや‥‥聖水をアンデッドにかけようとして船にかかっただけで‥‥まさか?」
絶狼とほぼ同時に仲間達は同じ事を想像する。
「マックスさ〜ん。確か貴方も持ってましたよねぇ〜。聖水〜」
「うむ」
懐からマックスがさっき割れた瓶と同じものを取り出す。
「これに反応すれば‥‥」
意を決しマックスはそれを思いっきり壁に投げつけた!
船室はこれでほぼ全て回った。けれども何も見つからなかった。
人の気配は無く、特別な仕掛けも何も無い。航海日誌も、人の生きていた痕跡も何も‥‥。
ところどころ穴も開いていたのに何故か浸水しない不思議な船。
「これで、最後か!」
最後にたどり着いた船橋の一室。アンドリューが中の気配を確認し、扉を開けた。
中は確かに操舵室。舵が部屋の中央に確かに存在している。
なのに‥‥
「どうして、どうして舵が動いていないんだ!」
船は確かに動いている。それなのに、舵はぴくりとも動いてはいない。
「やっぱり‥‥か。まさかこんな面白いものに出会うことになるとは思っていなかった」
周囲のロープや舵の周りの部品、踏みつけ、壊し、切り裂くごとに船が揺れる。
そしてジョーイは両手のナイフを高く構えた。
「手伝え、アンドリュー。舵を壊す。多分効果は無いだろうが、少なくともこの船の誇りは止められる」
「どういう事だ?」
言われるまま短刀を構えるアンドリュー。
抗うように揺れる船の中、ジョーイは返事と結論を一緒に舵に渾身の攻撃を叩きつけた。
「この船はアンデッドとして生きている。自分の意思で動いているんだ!」
と。
ピーーーーッ!
「アルテス!」
「どうか聞こえますように。皆さん、早く戻って来て下さい!」
息を強く吹き込んだ横笛から口を離すとアルテスは何度目かのピュリファイを船にかける。
幾度と無く繰り返された戦闘の中で、甲板組の冒険者達もやがて船自体が意思を持っていることに気付き始めた。
本当ならば、もう少し細かい調査をしたいところである。
だがその計画を全て吹き飛ばす存在が、今近づきつつあったのだ。
「何があったんです!」
船室から駆け上がってきた冒険者達。
「良かった。あれを見て下さい」
五人の無事を確認したアルテスは指先を海の向こうに向けた。
「あれは?」「船?」
そう。水平線の先に小さな影が浮かんでいた。一、二、三隻の船。
「どこの船でしょうか? この危ない海域に」
「解らん! だが万が一にもこの船に近づけるわけにはいかないだろう。この船の正体も解ってきた。退却するぞ!」
冒険者を逃がすまいとするように船が前後左右に強く揺れる。
「エリンティア! 魔法の準備を!」
「解りましたぁ〜。こう言った攻撃魔法はあんまり好きじゃないんですけどねぇ、効率を考えるとこれが手っ取り早いですからねぇ〜」
空中に浮かび上がりスクロールを広げる。その隙にリル以外の仲間はゴーストシップから船長の船へと移動している。
「ジョーイ殿、アンドリュー殿!」
もう一度マックスがその肺活量で渾身の笛を吹く。それからほぼ直ぐだった。
「すまない!」「待たせた!」
最後の二人が戻ってきたのは。
「よし! エリンティア!」
二人を先に仲間の下へ送り、リルが合図をする。エリンティアのファイアーボムが甲板に落ちた破れた帆に移り、燃え上がった。
それを確認してリルが走り出そうとした瞬間。
「えっ?」
リルは思わず足を止めた。ほんの一瞬。けれど、それが思わぬ事態を生む。
ゴーストシップが、いきなり船の舳先をまわし方向を変えたのだ。
「わあっ!」
二隻の船を繋いでいたロープが切れ、リルは体勢を崩し倒れこんだ。
船は破片を落としながら、スピードを上げていく。周囲は炎に包まれているというのに。
「何だっていうんだ? 一体」
炎の中でリルは船が向かう方向にあるものを確かめる。それはさっき見つけた三隻の船。
それが何であるか今は煙でよく見えない。
「くそっ! このままじゃ‥‥」
リルは甲板を走りぬけ船尾へと逃げる。船のスピードは落ちているがかなり勢いがある。
「焼け死ぬよりはましか‥‥」
後方は炎、前方は海。意を決して海へ飛び込もうとしたその時だ。
「リルさん!」
前にやってきた救いの白い影にリルは躊躇い無く飛びついた。
リルが足を掴んだ瞬間、羽ばたき空に舞い上がった天馬。
その空の上でリルは沈み行く船と、遠ざかり消えていく船を見送っていた。
天馬を操るリースフィアと、その足に掴まるリル。
彼等が船に着地すると、先に船に戻っていた仲間達は取り囲むようにして迎えた。
「大丈夫であるか? 心配したのである!」
マックスは男泣き。オーラセンサーで確かめるまでも無く、紛れもない仲間の帰還である。
「お怪我はありませんか?」
「心配かけたな。気になる事があって‥‥、つい足が止まっちまった」
リルが短く笑うと、パーシはぽんと一つ肩を叩く。
「ご苦労だった。無事で何よりだ」
それで、それだけで甲板が笑顔に包まれる。
全員の気持ちは通じ合っていた。
○終わりと始まり
「つまり、あのゴーストシップは皮肉にもその呼称どおり、それ自体が一つのアンデッドである、と言う事だな。操船する者がいるのではなく、船自体にある種の意思があって動き、侵入者を排除しようとする‥‥」
甲板に並べられた酒も料理も手を付ける事無く、発せられた依頼人の問いに冒険者達は全員が無言で頷いた。
ゴーストシップで出会ったアンデッド、船内の調査結果、そして一番重要な事を今、報告した所だ。
「ああ、船内中を見て回ったが操舵室にも船長室にもどこにも、船を物理的に操作する存在はいなかった」
「念のため舵を壊したり、帆を落としたりもしてみたが運行そのものに影響が出た様子は無かったな」
苦笑するアンドリューとジョーイ。
船の中での妨害行為も隠す事無く説明する。
「そうか‥‥やっかいだな。ゴーストシップに乗り込む、と言う事はモンスターの腹の中に飛び込むというのも同意ということか」
確かにやっかいな存在だった。
普通の武器ではダメージを与える事さえできない。
「火もぉ〜、普通に船から切り離さない状態で、普通の炎だとぉ〜まったく効きませんでしたぁ〜。切り離すと平気なんですけどぉ〜。あ、魔法の炎は効きましたぁ〜。ただ、あれはタイミングが合わないとこっちが危険でもありますぅ〜」
普通の火が効かない。攻撃を与えようとするごとに船内が揺れたり崩れたりする。
下手に『ゴーストシップ』としての存在を殺してしまうと船そのものも倒壊してしまう。
それが、いつ起こるのか解らない。
今回調査を成功させ、ゴーストシップを倒し、かつ調査にあたった全員冒険者がほぼ無傷で戻れたのは彼らの実力と、作戦あらばであろう。
「船に乗っていたモンスター達は一体一体はそれほど強いわけではない。けれど準備をしていなければ囲まれた場合後手をとってしまう事も有り得るだろう。俺のように‥‥」
クロックは悔しげに唇を噛む。もしもシルヴィア‥‥仲間から魔法の武器を借りれなかったら間違いなく足手纏いだった。
だが一番厄介なのは、きっと‥‥。
「それで、奴の出現理由や、目的は解ったか?」
腕組みをしながら問うパーシに、少し考え水平線を見つめ
「目的か‥‥おそらく無いな」
リルは答えた。パーシ以外の人間であれば冗談かと怒られるところだろうが真剣な眼差しは変わらず冒険者を見つめる。
だからリルは続けた。
水平線に現れた船と『声』を思い出して。
「船にもモンスターにもさしたる知性は無いようだった。俺達にも、多分身体にとりついた虫を払いのけるような気分で攻撃してきただけなんだろう。だが‥‥」
あの時、船から戻ろうとした時に聞こえた『声』に船は反応した。
『戻れ!』
冒険者の攻撃を受け浸水も始まり、甲板は炎に包まれていた。
『死』はもう時間の問題であったろうに船は、最期の瞬間までその命令に従おうとしたのだ。
「俺達が発見し調べたゴーストシップはおそらく、あの声の主に率いられた船の一隻だったんだ。船は複数あったから船団、と言っていいかもしれない。その船団からあの船は何らかの理由で逸れ、戻ることが出来ず彷徨っていた‥‥」
その船団が何を目的とし、どこに行こうとしていたかは解らないが、とのリルの見解をアルテスが神聖騎士として受け継ぐ。
「逸れたあの船は指揮する存在が無くなり、どうしたらいいか考える事もできないまま、とりあえず近くを通る船に攻撃を続けたというのが真相ではないでしょうか? 生命を憎み、命あるものを仲間に引き入れようとするのは有る意味、アンデッドの本能ですから」
「なるほど、解った」
聞き終えたパーシは無言で立ち上がる。
「パーシ様!」
後を追うようにシルヴィアが立とうとするのを、彼は手で留める。
「今は身体を休めろ。お前達の体力も限界の筈だ。大丈夫。今は船団を追う事はしない。船長に港への帰還を頼んでくるだけだ」
「シルヴィアさん」
リースフィアに手を引かれ、シルヴィアはまた腰を下ろす。
正直、パーシの言うとおり身体は軋みをあげていた。
「パーシ殿。今後、どうするつもりだ。あの船団がいる限りは根本的な解決にはならないだろう?」
正確には船団を指揮する者、であるが。
絶狼の問いにパーシは
「今回得られた情報を持ち帰り、王や他の騎士達と検討する。船団がこのまま姿を消してくれるなら無理に追う事はしなくてもいいだろう。だが‥‥」
その先を言わずにパーシは船室へと降りていく。
けれど、その先を誰もが感じていた。
おそらく近いうち必ずまたゴーストシップと戦う時が来る。
その時の戦いは、間違いなく今回よりも厳しいものになる。と‥‥。
港に着くと同時、パーシは報告に戻ると一人先行してキャメロットに戻っていった。
「俺の仕事もここまでだな。なかなか楽しかったぜ」
残された冒険者達にオレルドはそう言って笑みを浮かべた。
彼は数日中にまた、ノルマンへ渡ると言う。
心配する冒険者に
「海に危険はつきものだ。ま、出会ったら一目散に逃げ出すさ」
彼はそう答える。豪快なものだ。
ゴーストシップの攻撃を見事に避けきった腕なら確かに大丈夫であろうが。
「どうかご無理はなさらないで下さいね。パーシ様が心配なさいます」
「まだまだ! あいつに心配されるほど老いぼれちゃいないさ」
心配するシルヴィアに、オレルドは手を振り‥‥そして囁いていった。
「あいつの心配は、お前さんがしてやりな」
「えっ?」
何を言われたのか、聞き返す間もなくオレルドは人ごみに消えていく。
「何かあったらいつでも呼んでくれ。お前さん達はいい冒険者だ。必ず力になると約束しよう」
去っていく船長と、広がる海。
それを交互に見つめながら冒険者達は、一つの冒険の終わりと次の冒険の始まりを確かに感じていた。