【北海の悪夢】海の民の願い『表』
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月17日〜06月24日
リプレイ公開日:2008年06月24日
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●オープニング
――大海が災厄の警鐘を鳴らすかの如くうねる。
5月15日頃からイギリス周辺の近海で海難事故が頻発するようになっていた。
始めこそ被害は少なかったものの、紺碧の大海原は底の見えない闇に彩られたように不気味な静けさと共に忍び寄り、次々と船舶を襲い、異常事態に拍車を掛けてゆく。
王宮騎士団も対応に急いだが、相手は広大な大海。人員不足が否めない。地表を徘徊するモンスターも暖かな季節と共に増え始め、犯罪者も後を絶たない現状、人手を割くにも限界があった。
「リチャード侯爵も動いたと聞いたが、去年の暮れといい、海で何が起きているというのだ?」
チェスター侯爵であり円卓の騎士『獅子心王』の異名もつリチャード・ライオンハートも北海の混乱に動き出したと、アーサー王に知らせが届いていた。自領であるチェスターへの物資の流入に異常が出ることも懸念しており、重い腰をあげたという。
「キャメロットから遠方の海岸沿いは、港町の領主達が何とかしてくれる筈だが‥‥後は冒険者の働きに期待するしかないか」
現状キャメロットから2日程度の距離にあるテムズ川河口付近の港町が北海に出る最短地域だ。
その日、ギルドにやってきたのは子供二人を連れた男性だった。
子供二人は男の子と女の子。
内気なのだろうか、男の子の後ろに隠れる女の子を、男の子は守るように背中で庇っていた。
漁師ジム。子供はニコルとゲルダと名乗った男性は依頼を出す。
「私達はテムズ川の河口近くに家と船を構えるものです。今回皆さんにお願いしたいのは、ギルマン退治です。村の近くの入江にギルマンが現れるようになってしまいました」
「ギルマン? マーメイドの親戚のようなものか?」
珍しいモンスターの名に係員は驚き眼を瞬かせた。
‥‥女の子が微かに肩を震わせたことに気付かないくらいに。
「似た種族なのでしょうが、全然姿や性質は違います。ギルマンというのは手足にヒレや水かきがあり、全身が鱗で覆われた人間のような姿をしています。頭は魚。マーメイドと違い凶暴で説得や交渉に応じようとせず、自分の本能の赴くままに諍いを起こすのです」
本来だったらこの近辺に生息する輩では無いのだが、近年、北海がいろいろな意味で荒れているため人里近くまでやってきたのかもしれないとジムは言う。
「数は10匹前後。集落近くの入江に住み着き、魚を喰い散らかしています。一匹一匹はそれほど強くは無いのですが、集団で現れるとやられてしまうことが多いのです」
彼らのせいで海に船を出す事もできない。
船が出せないと漁をすることもできない。
漁ができなければ、海に生きる彼らは生活する事ができない。
村人達にとっては正に死活問題だった。
「船は漁に使う小船をお貸しします。必要であれば、私が操船も致します。無事、ギルマンを退治するか追い出すことが出来れば、精一杯のお礼をさせて頂きます。これは、集落の民、皆からの依頼であり願いです。どうぞ、ご協力をお願い致します」
人々の願いの篭った依頼が出された。
●リプレイ本文
○導きの海
岬から海を見つめる。
今年、海に来たのは何度目だろう。とレイア・アローネ(eb8106)は思った。
一生海を見る事無く生きる者も多いというのに冒険者とはいえ、これで今年に入って四度目か。
「海に縁ができすぎてる。何かの前触れか、それとも導き?」
緊張の面持ちで海を見つめるレイアの肩を
「おいおい、始まる前からそんなに緊張してっといざって時、余裕が無くなるぜ!」
カジャ・ハイダル(ec0131)はぽーんと軽く叩いた。
「そうよ。確かにちょっとやっかいではあるけど、こっちは敵を倒せばいいだけなんだから気楽に行きましょ」
軽く片目を閉じるトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)に、そうだな、とレイアは頷いた。
同じ空と大地と海を知る仲間達の思いが心強い。
「余計な事を考えている暇は確かに無いな。向こうの為にもこの依頼は完遂しないと」
迷いを頭から振り払い彼女は腰の剣に手を当てる。
「海の神の思い宿りし剣よ。我らに加護を‥‥、って幻蔵? 一体何をしている?」
「こーい、こい鯉、って流石に鯉はおらんでござるな」
岬の先端から海を見下ろし何かを撒いている葉霧幻蔵(ea5683)の横に駆け寄った。
「だから、何を?」
「いや、何、ちょっとした実験でござる。‥‥ふむ、魚はやはりこれが好きなようでござるな」
「これ?」
幻蔵が懐にしまった物にレイアは首を傾げ幻蔵が見ていた岬の下、海を見た。
真下に見えるのは魚の跳ねた飛沫であろうか?
「遊びはそこまでだ。二人とも。これからの戦場は海だ。地の利は相手にある。気を引き締めてかからねば」
「別に遊んでいるわけでは‥‥」
叶朔夜(ea6769)の厳しい口調に幻蔵は頬を膨らませるが、急ぐ事に異存は無い。
「人々も待っているでしょうし、あちらの方たちよりも先に町に入るのがベストだと思います。よろしいですか?」
問うワケギ・ハルハラ(ea9957)に冒険者達は全員が頷いた。
町はもう直ぐそこ。急げば今日の夕食は町で摂れるだろう。
○援けを待つ者
「やっぱり‥‥甘いでしょうか?」
海岸で仲間達の返事を聞いたワケギは頭を下げた。
「ええ、悪いけど私はそう思う」
大工道具を握っていた幻蔵と朔夜は手を止め、声のする方を見る。
話をしているのはトゥルエノとワケギだ。
「貴方も向こうの話は聞いているでしょ? 一匹でも逃がせばあちらに行く可能性があるわ。無理でもこちらで全滅させる覚悟でいかないと」
「それは‥‥そうなのですが」
ギルマンとはいえ命。できるだけなら逃がす、追い出すに留めたいというワケギの気持ちは解るが、流石の二人も今、助け舟を出す事はできなかった。
「そうそう、こうしておけば足場も広く、ただの小舟よりも安定が良いと思うでござる」
「いざと言う時には分離できるようにしておくんだったな?」
借りた二隻の船に足場を付ける作業に没頭するふりをする。
「私も同感だ。ワケギ。君やカジャの魔法の可否が作戦の成功を大きく左右する。できれば迷って欲しくはないな」
「レイアさん‥‥」
二人の剣士の言葉にワケギの手は強く握り締められる。
解っていた事である。仲間以外に言うつもりも無かった事だ。
「待たせたな。操船してくれる漁師、網の準備。こっちは全部ついたぜ。決行は明日‥‥ってどうしたんだ?」
「いえ、何でもありません。解りました。明日は全力で自分の役目を果たします」
振り返り去っていくワケギを、仲間達は静かに、だが無言で見つめていた。
○戦いの彼方
翌朝
「手紙は送っておいたわ。全力で行きましょう」
トゥルエノの言葉に冒険者達は頷いた。
朝、一番に海に出てギルマン退治を開始する。
その行動はできるだけ人目につく様に、噂になるように。そうする事で『彼ら』はより動きやすくなる筈だ。
「船はお任せ下さい。皆さんはギルマン退治に専念を」
危険を承知で同行してくれた漁師達を危険な目には合わせられない。
冒険者達は覚悟と決意を新たにした。
「さて、問題はここからだな。どうやって水の中のギルマンをおびき出すか‥‥って、だから何をしている! 幻蔵?」
レイアは声を上げた。もし、同じ船に乗っていたら首根っこを掴んで止めていたかも知れない。
「こーい、こい鯉。そうら、ゴールドフレークでござるよぉ〜」
楽しげに(?)彼は船と船の間の足場からゴールドフレークを撒いているのだ。
「いや、魚をおびき寄せると言うゴールドフレークでござる。これを撒き餌にすればひょっとしたらギルマンも集まってくるのではないかな〜と」
「しょ、正気かって‥‥なに!?」
怒りかけたレイアではあるが、その言葉は最後まで発せられはしなかった。
頭上の鷲が警告のように頭上を回る。
「波が、動く‥‥来るぞ!」
「船の左右から一匹ずつ。前からも!」
前を見ていたカジャと魔法の探査を行っていたワケギが同時に声を上げた。
「まさか‥‥」
「いやあ〜本気で集まってくるとは。やってみるものでござるなあ〜」
「こら! もう敵がそこだぞ」
朔夜の言葉に幻蔵とレイアも、慌てて自分の頬を叩く。
「行くぞ!」「おう!」
冒険者が気合と剣を握り締めたと同時、
ギャアッ!!
飛沫を上げて、水を蹴りギルマンが飛び上がってきた。
一番の懸案だったおびき寄せが図らずも成功してしまった為、戦いは圧倒的に冒険者ペースであった。
おびき寄せられたギルマンの血が新たなるギルマンを誘い周囲にはギルマンの包囲網ができる。
だが集まってしまった事で逆に冒険者の思う壺。
「海で俺に勝てると思うなよ! どうだ! グラグラ来るだろう? それっ!」
カジャの魔法で水ごと地上に引き上げられたギルマン達は、その言葉が終わった瞬間海水上に叩き付けられた。強い衝撃を受け、水に浮かぶギルマンをレイアとトゥルエノが確実に討ち取っていく。
「ん?」
ふと気付いたように朔夜が下を見た。そして周囲を確かめ呪文を小さく唱えると
「朔夜殿!」
彼は水の中へと飛び込む。
それから僅か数分後。血と一匹のギルマンと共に朔夜は水から顔を上げた。
「この真下に一匹張り付いていたんだ。下には多分もういないと思うが、皆、気をつけろよ!」
だが、その頃にはもうその言葉は無用の心配となりかけていた。
ギルマンは魔法に、剣に一匹、また一匹と沈み、また浮かび上がっていく。もはや全滅に近い。
(「逃げて下さい。去るなら追いはしません」)
何度もワケギはテレパシーで呼びかけているがギルマンの意思は拳。答えは銛の一撃。
となればワケギも手加減はできなかった。
そして
「あれがおそらく最後の一匹だ!」
朔夜の言葉に冒険者全員が逃げ出そうとするギルマンを見る。
「くそっ、逃がすかよ!」
カジャがグラビティーキャノンの呪文を紡ぎかけ
「ダメよ! あれを見て!」
トゥルエノに止められる。
彼女の指先には少女の乗る船が見えた。
ギルマンが船に迫る。
「くそっ!」「危ない!」
だがその前に
ギャアッ!
悲鳴が轟いた。走る稲光。雷に打たれ沈む最後のギルマン。
ワケギが指先を降ろしたのはその姿が完全に見えなくなってからの事だった。
○命への感謝
ギルマン達の消えた海岸で
「よっしゃ酒盛りだ! 海の連中とバカ騒ぎと行くか! 」
「おっー!」
冒険者達は酒盛りを楽しんでいた。酒と料理とつまみはギルマンを倒してくれたお礼にと人々からの提供。
「ぷはーっ! この魚。癖があるが酒との愛称は悪くないでござる」
「そうね。お土産に貰っていこうかしら」
篝火を囲み
「これで、また安心して漁ができる」「魚も沢山取れるぞ!」
嬉しそうな人々の笑顔を見る。冒険者にとって、とても嬉しい礼となった。
そんな一面の笑顔の中
「どうした?」
朔夜はふと寂しげなワケギに声をかける。レイアも気付いたようだ。
笑顔の酒盛りの中での彼の様子に。
「すみません、大したことでは無いのですが‥‥」
手にした杯を置き、ワケギは静かに思いを口にする。
「ギルマンを説得する事はできませんでした。一方を救う為に他方の命を奪わなくてはならない。この魚を人が捕らえ、食べるようにそれが自然な事である、と解っても辛いな‥‥と思ってしまって。パーシさんや、戦う人達は皆こういう思いを抱いているのでしょうね」
ワケギは思っていた。彼らは強い。そして、自分にはその強さが無いとも。
(「それが無いと前に進めないとしたら‥‥自分は」)
手を握り締めるワケギにレイアは静かに近寄り、肩に手を置き告げる。
「命は確かにどんなものでも大切だ。けれど命は生きていく以上他の命を奪わずに生きていくことはできない」
戦士として剣を振るう以上、それは永遠の命題だ。簡単に答えは出ない。
宴会の中、いつしか仲間達の視線と思いも集まっている。
「けれど‥‥」
ふとレイアはある事に気付き顔を上げた。
「我侭かもしれない。けれど‥‥聞こえないか?」
「えっ?」
言われワケギは耳を澄ませた。漆黒の海の彼方から聞こえてくる微かな調べ。
伴奏も何も無い、魔力もない、ただの歌声。けれど‥‥
「心から伝える‥‥ありがとう‥‥?」
それが誰の歌声であるかは、冒険者には明白だった。
「命に感謝し精一杯与えられた命を生きる。それこそが生き残った者の使命であり責任だと思う。うまくは伝えられないが‥‥」
「‥‥いいえ。ありがとうございます」
照れたレイアにワケギは答える。
この歌声を、きっと『彼ら』も聞いているだろう。
自分達が成し遂げた事への感謝。
言葉にならない思いに‥‥だが、涙が止まらない。
「そうですね。だからこそ、この命を大切に精一杯生きなければならない」
透き通った歌声に耳を傾けながら、冒険者達は微笑み、その杯を掲げた。
海に、月に、そして歌声と命に捧げるように。
翌朝、冒険者は岬から見る。
海に乗り出す船と、水平線に跳ねる銀の鱗を。
それは朝の光の中、眩しいほどに輝いていた。