【北海の悪夢】海の民の願い『裏』

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:4人

冒険期間:06月17日〜06月24日

リプレイ公開日:2008年06月24日

●オープニング

 ――大海が災厄の警鐘を鳴らすかの如くうねる。
 5月15日頃からイギリス周辺の近海で海難事故が頻発するようになっていた。
 始めこそ被害は少なかったものの、紺碧の大海原は底の見えない闇に彩られたように不気味な静けさと共に忍び寄り、次々と船舶を襲い、異常事態に拍車を掛けてゆく。
 王宮騎士団も対応に急いだが、相手は広大な大海。人員不足が否めない。地表を徘徊するモンスターも暖かな季節と共に増え始め、犯罪者も後を絶たない現状、人手を割くにも限界があった。
「リチャード侯爵も動いたと聞いたが、去年の暮れといい、海で何が起きているというのだ?」
 チェスター侯爵であり円卓の騎士『獅子心王』の異名もつリチャード・ライオンハートも北海の混乱に動き出したと、アーサー王に知らせが届いていた。自領であるチェスターへの物資の流入に異常が出ることも懸念しており、重い腰をあげたという。
「キャメロットから遠方の海岸沿いは、港町の領主達が何とかしてくれる筈だが‥‥後は冒険者の働きに期待するしかないか」
 現状キャメロットから2日程度の距離にあるテムズ川河口付近の港町が北海に出る最短地域だ。

「?」
 係員は目を見開いた。それから瞬きを三度。
 やってきた二人の顔を確認してから膝を追って目線を合わせ、
「どうしたんだい? さっき父さんと一緒に帰ったんじゃなかったのか?」
 そう、問いかけた。
 ギルドの扉を躊躇いがちに開けたのは8歳くらいの男の子と6歳くらいの女の子。
「ニコルとゲルダ、だったよな。何か忘れ物か?」
 係員の質問にニコルはポケットの中から銅貨を小さな手にいっぱい握り締めてそれを係員に差し出した。
「ぼーけんしゃにおねがいがあるんだ。ゲルダを海に返してあげて! ゲルダは海の子‥‥マーメイドなんだ!」
「えっ?」
 少女を見る。怯えた顔でニコルの陰に隠れるこの子が、海の子‥‥マーメイド?
 それから、ニコルから話を聞きだした。
 子供から行きつ戻りつする話を聞きだすのはなかなか大変だったが要約するとこうなる。
 ある嵐の次の日。浜辺で貝拾いをしていたニコルが流木と共に流れついたであろう女の子を見つけた。
 怪我をしていたので家に連れ帰り、看病した。
 やがてニコルは家族に話す。
 彼女がマーメイドの子供である事を。
「さいしょは、人魚のすがただったんだ。海から上がってきた時にはビックリした。周りを見回して、とにかく逃げなきゃって感じだったから連れてきたんだ。身体がかわいて、目が覚めたら人間の足になったのもビックリしたけど‥‥」  
 彼女は人に怯え、殆ど何も話そうとはしなかった。ゲルダというのは一家が彼女につけた呼び名である。
 ニコルにしがみつき、彼女は離れる事を嫌がるだけだ。
 ただ親と逸れてしまった事。その過程でギルマンに追いかけられて怪我をした事は表情や身振り手振りで伝わってきた。
「でも、お父さんは言うんだ。ゲルダが人魚だってことは、他の人にはもちろん村の皆にもなるべく知らせない方がいい、って。よくを出した人間につかまったりするコトがあるかもしれないって」
 父親の言うとおりだろう、と係員も思う。
 勿論、そういうごく人間は一部ではあるのだが、確かに存在する。
 悲しい事に‥‥。
「だから、ギルマンの退治をたのみに行くって言うお父さんについて来たんだ。おねがいします。ぼーけんしゃのお兄ちゃん。お姉ちゃんたち。ゲルダを海につれて行ってあげて」
 ニコルは頭を下げる。
 小さな女の子を守ろうとする男の子の思いが、願いが冒険者達にも伝わってくるようだった。
 
「あの娘は人魚の子供の筈だ」
 一人の男が家を覗き込む。
 今、家にいるのは女が一人。
 この家に住むのは夫婦とその息子だけだから、今は外出しているのだろう。
「親戚の子を預かってるって言ったが俺は騙されないぞ。最初にあの娘を見つけたのは俺なんだから!」
 男は手を握り締め歯噛みをする。
 彼は少し前、海辺で流れ着いた人魚の子供を見つけた。
 人魚を見るのは初めてだったが、人魚の肉を食べると不老不死になる、という噂があるから、きっと高く売れるに違いない。
 そう思って彼は捕まえようとしたのだ。
 人魚は彼から逃げるように海に飛び込んだ。
 だが外海にはギルマンがいる。遠くには行けない筈だ。
 捕まえるための網とロープを持って来て懸命に捜したのにその後彼は人魚を見つけることができなかった。
 それもその筈、人魚はこの家の子供に横取りされていたのだ。
「絶対に、逃がさないぞ。あの娘は俺の物だ!」
 眼を血走らせて笑う男の存在を、まだ冒険者もニコルたちも知る由は無い。

●今回の参加者

 eb5357 ラルフィリア・ラドリィ(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb5463 朱 鈴麗(19歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb5858 雷瀬 龍(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 ec3246 セフィード・ウェバー(59歳・♂・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ec4007 レイ・プラティーノ(33歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ec4047 シャルル・ノワール(23歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

フレイア・ヴォルフ(ea6557)/ リーナ・メイアル(eb3667)/ ロキ・ボルテン(ec0168)/ フィアル・ストラティ(ec1359

●リプレイ本文

○少女の微笑み
 6月とは思えない暑い日が続く中、少し早足の道行き。
「大丈夫かな? ニコル? ゲルダ?」
 ベゾムの上からセフィード・ウェバー(ec3246)が馬上の子供達に声をかける。
「僕は大丈夫だけどゲルダが、ちょっと疲れてるみたいだ」
 ニコルと呼びかけられた少年は言って、振り返る。
 確かに法衣に包まれた女の子ゲルダは顔に微かな汗を滴らせている。息も少し荒い。
「確かにこの暑さは水辺に棲む者には少々辛い。顔も隠しているしな。休憩をとってやってはもらえぬか?」
 髪、正確にはモミアゲを汗と一緒に掻き上げる雷瀬龍(eb5858)の言葉に
「龍さんのおっしゃるとおりです!」
 シャルル・ノワール(ec4047)は声高に表する。
「余り急ぎすぎて、ゲルダちゃんが体調を崩しては元も子も‥‥だから‥‥」
「いいですよ。休憩にしましょう。フィアル・ストラティさんから貰ったお弁当もありますし」
「だそうです。良かったですね。龍さん♪」
 ひらひらとレイ・プラティーノ(ec4007)が舞い降りたのを見てシャルルは龍にしだれかかる。
 ぞわ!
「お菓子は食べられるかの? 疲れた時は甘いものが一番じゃ」
 微かに感じた気配を気のせいにして龍は木陰の仲間達の元へ足を向ける。
 朱鈴麗(eb5463)が差し出した焼き菓子を少年ニコルは口に入れているが、少女ゲルダは手に持ったままだ。
「無理に食べずとも良いが、食べられぬ訳ではなかろう?」
 心配そうな鈴麗の横を通り過ぎてほぼ同じ服装をしたラルフィリア・ラドリィ(eb5357)はゲルダの横に座った。
 手には焼き菓子を摘まんで。遠めなら見分けがつかないだろう。
「服と、同じ。ゲルダちゃんちょっとだけ僕といっしょ?」
 小さく微笑み菓子を口に運ぶ。
「美味しい。食べない?」
 ラルフィリアの声にゲルダは頷いてからぱくん、それを口に入れた。
 味は言うまでもない。二個、三個と口に運ぶ笑顔が答えだ。
「おかーさんたちと逢わせてあげるね? だからちょっとがまん」
「食べ終わったら少し遊ぶか? 軽業でも見せて進ぜよう」
 頭を撫でるラルフィリア、そして龍の言葉に食べる手を止めたゲルダはうん、と頷いた。
 旅の間、時々見せてくれるようになった微かな笑みは、人も人魚も変わらぬ可愛らしいもので
「ゲルダちゃん、可愛い!! この可愛い子や純粋な気持ちを汚れた欲望の餌食にはさせません!!」
 シャルルのみならず冒険者全員の気持ちを一つにしていた。

○届いた手紙
 カラカラ。
 暗くなった外で何かが乾いた音を立てる。
「来たか?」
「うん」
 ラルフィリアは届いたばかりの手紙を見ながら頷いた。
 キャメロットではロキ・ボルテンも感じなかった視線が海に着いてからというもの強く感じられるようになった。
 家に付いてからはより、はっきりと。絡み付くような嫌な視線だ。
「でも鳴子にひっかるようなのはしろうと。数以外はきっと問題ない」
 今、家の周りには簡易な罠が仕掛けてある。
 人を傷つけるものではなく、相手の接近、侵入を知る為の物であるが。
 フレイア・ヴォルフ直伝の罠は彼女達を旅路のみならず今も助けてくれている。
 そしてもう一つ彼女が手配してくれたのはギルマン退治の冒険者との連携。
「明日、決行だって。時間は昼間」
 届いた手紙を皆の前に広げてラルフィリアは話す。
 今、この海域の近くの海にはギルマンが多く出没している。
 一刻も早くゲルダを海に返してやりたいのにそれができない理由の一つだ。
 だが、逆に考えればこれはチャンスとなる。
 もう一つの理由。おそらくゲルダを狙っているあの視線の主達と対峙する。
「ではその時間に合わせて準備をしましょう。問題は船ですが‥‥」
 冒険者が使えるのは小船二隻。それから鈴麗が頼んだものも用意ができた。とジムは言ってくれた。
 船の操船はニコルとレイが担当する。ジムもサポートしてくれるなら問題ないだろう。
「僕も漁師の息子。船の操船くらいできる。ゲルダの為だもん」
「皆さんはどうか船の事は気にせず思うとおりになさって下さい」
 真っ直ぐな瞳の親子に、冒険者は頷き答える。
「では、決行はこちらも明日。ゲルダが親御殿に再び見えるように全力でいくのだ!」
 声は潜めた彼らの打ち合わせは夜遅くまで続いていた。

○海に消えた人魚
 翌朝
「もう出かけるの?」
「お友達‥‥ギルマン退治に行くの。お見送り」
「私も依頼を出した手前だからね。行ってくるよ」
「僕も!」
「解りました。‥‥行ってらっしゃい」
 冒険者と親子八人が家を出たのを数え、確認してその男は手を握り締めた。
「よし! 今がチャンスだ。家には人魚と女だけ! 行くぞ!」
 背後の仲間に合図をすると男は扉を蹴り飛ばした。
「人魚を出せ!」
 ナイフを構え男達は部屋の中を捜すが大人の女以外はおらず人の気配もない。
 そして気付いた。さっきの冒険者達は‥‥
「しまった!」
 去っていく男達を見守り、一人残った母は静かに手を祈りに組んだ。
「どうか神よ。貴方の子らに祝福を‥‥」

 海のギルマンはもう全滅に近い。
 敵は直ぐに追ってくるだろう。機会は今をおいてない。
「行くぞ!」
 背中から不可視のマントと少女を下ろした雷の前に
 シュン!
 ナイフが飛んできた。
「何?」
 振り返るとそこに目を血走らせた男達がいた。
「そいつを返して貰おうか。それは元々俺が見つけた獲物なんだ」
「ゲルダは大事な友達だ。お前になんか渡さない!」
「何を!」
 男が船に駆け寄ろうとした瞬間だった。
『己の醜き欲望の為にか弱き少女を犠牲にする。
 人として恥ずかしくはないのですか?
 貴方に誇りはないのですか!』
 男の耳元でそんな声がしたのは。
 驚き男が足を止めた一瞬にいくつもの事が同時に起きた。
 少女を乗せた船は海に向かい、男の足はセフィードの魔法で止まる。
「くそっ! お前らあの船を追え!」
 仲間の船出と男達が海岸に残されていた船で後を追うのを確認してセフィードは
「君達の負けだよ」
 静かに微笑んだ。

「ふん、他愛も無いものじゃ」
 水の上をゆっくり歩いて船に戻った鈴麗はニコルたちの船に舞い降りるとニッコリと微笑んだ。
 男に雇われたのだろう、冒険者を追って来たごろつきは鈴麗が船を沈め、龍がきっちりとおしおきをした。
 命からがら岸辺に戻っていったから、もう追ってくる事はないだろう。
 ギルマンも一匹近づいてきたが、奴が牙を向けるより海より走った稲妻の方が早かった。
「すまぬの。感謝する」
 静かになった海を確かめ
「あとはこの子の親を捜すだけか‥‥」
 鈴麗は周りを見回した。
「いた! あれ! ゲルダちゃん」
 やがて声を上げラルフィリアは指差した。
 その先には半身を水に沈めた男女が‥‥
「おとうさん! おかあさん!」
 ゲルダは船から海へ飛び込もうとして、後ろを振り返った。
「‥‥行けよ。ゲルダ」
 ニコルは顔を背けながら呟き、冒険者達もそれぞれに頷く。
「迎えに来たのだな。良い親御さんだ、言う事をよく聞き達者で暮らせよ。側まで送ろう」
 頭を撫でた龍に頷くと、ゲルダは一度だけニコルの首に抱きつき
「あり‥‥がとう」
 囁くと服を脱ぎ捨て海へ飛び込む。
「!」
 銀の尾が水に跳ねる。
 龍は確かにゲルダを親元に送り届けてくれた。
 遠くからでも見える親子の喜び。そして彼らはお辞儀をして去っていく。それを見つめる少年の肩に手をやるラルフィリア。
「よかったね。ゲルダちゃん‥‥ニコルくん」
 彼らの目には知らず銀の雫が溢れていた。

○海からの感謝
「いっちゃった‥‥。本当に、もう行っちゃったんだ」
 夜の海辺に佇むニコルの肩に鈴麗はそっと手を置いた。
 浜辺の向こうではギルマン退治の冒険者達が酒盛りを開いているがそこに入る気にはなれなかった。
 少年は戻ってきてからずっと海を見つめている。これが一番良かったと解っていても寂しい筈だ。
 数日間を共に過ごした少女。妹のように思っていたのだろう。
 少年の目には涙が浮かんでいる。
「この数日間はあの子にとって幸せな時だった筈です。でなければ慣れない馬上で、あんな幸せな顔はできません」
「そうです‥‥。きっと彼女にとっては初恋に近いものでしたよ。貴方にとっても短いけれど素敵な出逢いではありませんでしたか?」
 レイが、シャルルが旅路を、ここ数日を思い出しながら告げる。見守るような優しさに
「うん‥‥」
 ニコルは静かに頷いた。
 別れは寂しく悲しい。でも彼女は有るべき場所に帰ったのだ。
「ん?」
 ふと、龍がモミアゲ、基、耳を動かした。微かに聞こえてくる覚えのある調べ。
「確かリーナ・メイアルが歌っていた‥‥でも、何故?」
「みんな! 見て! あれ!」
 ラルフィリアが指差した先に見えるあれは‥‥
「ゲルダ‥‥」
 マーメイドの少女が月光の中歌っていた。
 彼女の歌声はセイレーンのような力を持ってはいない。技術も無く魔力も無い、ただの歌声だ。
 だが、心は伝わってくる。元より最初に聞いた歌も異国の歌。歌詞の意味は解らない。
 けれど‥‥
「『心から‥‥伝える、ありがとう、‥‥大好き。また会いましょう‥‥』 ステキですね」
 シャルルの言葉に頷きニコルは、水辺から手を振る。
「ありがとう! また会おうね!」
 月光の元、歌声は長く、長く続く。
 冒険者は歌声が遠ざかり消えるまでいつまでも、いつまでも海を見つめていた。

 翌朝。
「おや?」
 海岸を散策していたセフィードは『それ』に気付いて拾い上げる。
「貝殻でしょうか? なかなかに珍しいですね?」
 7つの色々な色の貝殻は、目にも美しかった。
 保存食を忘れた仲間の食事やもてなしの礼にニコルからの報酬は殆ど使ってしまったので、実質ただ働きに近かった今回の依頼。
 けれど
「これは‥‥彼女からの報酬かもしれませんね。皆にも届けるとしましょうか?」
 貝殻を抱いて振り返った朝焼けの海に、跳ねた水しぶきは高く、美しく輝いていた。