【北海の港町】深淵からの誘い
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 94 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月25日〜07月03日
リプレイ公開日:2008年06月30日
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●オープニング
――大海が災厄の警鐘を鳴らすかの如くうねる。
5月15日頃からイギリス周辺の近海で海難事故が頻発するようになっていた。
始めこそ被害は少なかったものの、紺碧の大海原は底の見えない闇に彩られたように不気味な静けさと共に忍び寄り、次々と船舶を襲い、異常事態に拍車を掛けてゆく。
王宮騎士団も対応に急いだが、相手は広大な大海。人員不足が否めない。地表を徘徊するモンスターも暖かな季節と共に増え始め、犯罪者も後を絶たない現状、人手を割くにも限界があった。
「リチャード侯爵も動いたと聞いたが、去年の暮れといい、海で何が起きているというのだ?」
チェスター侯爵であり円卓の騎士『獅子心王』の異名もつリチャード・ライオンハートも北海の混乱に動き出したと、アーサー王に知らせが届いていた。自領であるチェスターへの物資の流入に異常が出ることも懸念しており、重い腰をあげたという。
「キャメロットから遠方の海岸沿いは、港町の領主達が何とかしてくれる筈だが‥‥後は冒険者の働きに期待するしかないか」
キャメロットから北東、徒歩4日で辿り着くロッチフォード東端の港町『メルドン』でも北海の異常による余波が訪れていた。
主に漁猟で支えられている素朴で小さな港町で、大らかな性格の民が多い。特色はないものの、漁で獲れた海の幸が民の自慢で、酒場や食堂、宿屋など幾つか見掛けられ、船乗り達の憩いの場だ。
メルドンからキャメロットの冒険者ギルドに依頼が届くようになったのは最近の事である‥‥。
セイレーンの退治。
それが冒険者ギルドに出された依頼であった。
メルドンの周辺では昔から囁かれている噂があった。
船乗りや町の青年を誘惑し、海に連れ去る美女の伝説だ。
その者は海より現れ、海より美しい瞳で男の心を射抜き、銀の鈴よりも美しい声で男の心を魅了すると言う。
彼女に誘われ去った男は決して街に戻ることは無いとも。
「今まではあくまで伝説ってくらいのもので、そんなに頻繁に事件がおきていた訳じゃないらしい。だが、ここ数ヶ月解っているだけで四人が行方不明になっている。全員が男だ」
消えた男達にはいくつかの共通点がある。
海辺で美しい女性とで出会った、と嬉しげに周囲の者に話す。
日中は、いつもその女の事を思っているのか心ここにあらずと言った風情で過ごし、夜毎逢引を繰り返す。
そしてある日、姿を消すのだ。
「消えた奴らの中で戻ってきた者はいないので、はっきりとした事は今まで解らなかった。だが、この間一人の男がまた犠牲になって、どうやらセイレーンに誑かされてるってのが明らかになったんだそうだ」
男の名はホルダー。正確に言えば彼はまだ犠牲にはなっていない。
なりかかってはいるのだが。
「そいつには結婚間近の婚約者がいた。だが、突然婚約を解消すると言い出した。
相思相愛だったはずなのに。
突然の変化を不審に思った仲間がホルダーの後をつけると、海から出てきた女が奴を待っていた‥‥」
関係者達がホルダーの名を呼ぶと女は、海に向かって走り、水に飛び込むとそのまま姿を消す。
跳ねる飛沫に、魚の尾っぽが見えた。
『マーメイド‥‥? いや、セイレーンか?』
『待ってくれ! セイラ! 俺を連れて行ってくれ!』
半狂乱になった男は自分から海に飛び込もうとした。
仲間は、なんとか彼を街まで連れ戻り、彼の家族、そして婚約者達に事情を話したのだ。
「依頼主はその男、ホルダーの家族と婚約者。ホルダーはセイレーンに魅了されている。セイレーンに誘われた者の最後は死と決まっているから例え怨まれても彼を助けたい、という事だ」
男にとってはセイレーンは心の恋人。
セイレーンにとってはおそらく餌でしか無いだろうに‥‥。
どう成功しても生木を裂く結果にしかなるまいが、怨まれても彼を助けたいという関係者達の思いを否定する事はできなかった。
それは、少し前の事。
彼は夕暮れの海を見つめていた。
彼は船乗りではなかった。
海は好きだった。船乗りを目指した事も有る。
だが、彼には何よりも愛している恋人がいた。
彼女を悲しませたくはないと、地上で安定した仕事を選び、そしてもう直ぐ結婚する。
船乗りを目指した友人の一人は最近の、海での怪事に巻き込まれ命を落としていた。
だから、きっと自分は幸せなのだろうと彼は思う。
思うのにそれでも、時々誘われるように海に来てしまう自分を止められないでいた。
夕日が没していく水平線は沈み行く太陽の光を映し、まるで金色の絨毯を敷き詰めたようだ。
日中の水晶と碧玉を溶かしたような蒼、朝のオレンジ色の瑞々しい輝き。
漆黒のベールの中、月光を映し出す夜さえも美しく、海は彼を魅了する。
「それも、いい加減に止めないとな‥‥」
苦笑しながら彼は海に背を向けた。
数日後には結婚式。家では彼女が待っていることだろう。
「ん?」
彼は振り返り、もう一度海を見た。
気のせいだろうか?
誰かに呼ばれたような気がしたのだ。
「いや‥‥誰か呼んでる。確かに‥‥。あれは!」
そこに、彼にとっての海が、美しい海が微笑んでいた。
「出せ! 俺をここから出すんだ」
外から閂がかけられた扉をドンドン、と男は叩き続ける。狂ったように。
「お願い! 正気に戻って!」
涙ぐみ扉を押さえる娘を、家族も心配そうに見つめる。
「俺は、行かなくっちゃならないんだ! 彼女の所へ! 本当の恋人が待ってるんだ!」
「私は‥‥本当の恋人じゃなかったの‥‥ホルダー」
泣きながらも彼女は扉の前から離れようとはしない。
「行かないで‥‥ホルダー」
『愛しているよ。ミイヤ』
そう言って微笑んでくれた彼を、決して失いたくは無いから‥‥。
●リプレイ本文
○誘われる恋人達
街では恋人同士海に行ってはいけないと言われている。
愛し合う男女が海に行くと、セイレーンが男を誘惑するのだと。
「この街の料理美味しいし海も綺麗。夕日を受けた海はもっとステキでしょうね。明日にでも行ってみようかしら。ね、マナウス?」
酒場での一踊りを終えて幸せそうに微笑むレア・クラウス(eb8226)に
「止めときな。恋人同士で海に行くもんじゃない。あんたの大切な人がセイレーンに誘われるぜ」
マスターは真剣な顔でそう告げた。
「セイレーン?」
竪琴を弾く手を止めるマナウス・ドラッケン(ea0021)に彼の酒場での雇い主はああ、と頷く。
「この街の海辺にはセイレーンが出るんだ。美しい歌と容姿で男の心を誘惑し海へと誘う魔物がな。美形とか恋人がいる男とかにセイレーンは目が無いらしいから。お前さんみたいなのはイチコロだぜ?」
「あら? 大丈夫よね。マナウスは私をちゃんと守ってくれるもの♪」
背中から甘えるように枝垂れかかるレイの手に自分の手を重ねながら
「ああ、勿論だ。必ず」
マナウスは静かに笑う。
ペガサスでやってきた銀の踊り子と吟遊詩人の恋人同士はこの二〜三日で人々の噂を集めていた。
「まあ、それだけ仲がいいなら心配も無いだろうが一応気をつけることだ。ミイナんとこみたいに生木を裂かれて泣く事のないようにな」
ラブで幸せそうな二人に苦笑しながら店長は背中を向ける。けれど
「セイレーンね‥‥。惚れたはれたにとやかく言うとつもりはないけれど、魔力でってのはちょっとね。まあそう言う問題ですらないのだけれど‥‥」
「目移りするのが男のサガ‥‥たぁ言わないが、思いを捻じ曲げられて女性が泣くのは一寸見逃せないな」
二人の目は笑っても、甘えてもふざけてもいなかった。
○悲しき二人
彼は女の名を呼び続けていた。
「セイラ! セイラァッ!」
「仕方、無いですね」
溜息をつきユーリユーラス・リグリット(ea3071)は竪琴に指を当てる。
奏でる静かな調べに眠りの魔法を込めて。
「セイ‥‥ラ」
崩れ落ちたホルダーが寝息を立て始めたのを確認して瀬崎鐶(ec0097)はそっと部屋の戸を開けた。
傷の手当をする鐶を側で少女は見つめている。震えながらも離れようとしない彼女に
「‥‥はい」
鐶は白い布を手渡した。
「‥‥ミイヤさん。これを水で塗らしてきて。手伝って欲しいの。手当てを」
「は、はい‥‥」
ミイヤと呼ばれた少女は頷き走る。
冒険者が到着した時
『私は‥‥もう‥‥』
今にも死を選びそうだった少女は少なくとも少し生気を取り戻しつつある。
それがユーリユーラスの竪琴の効果か鐶の贈った香り袋のお陰かは解らないが‥‥。
手当てをし彼の着替えと看病を手伝い、冒険者に話をしながらミイヤは少しずつ前を向き始めているようだ。
「大変だったですね‥‥」
「‥‥大丈夫。必ず彼は帰ってくるから」
微笑むユーリユーラスと抱きしめた鐶の前で、その胸でずっと我慢をし続けたミイヤはやっと泣く事ができたという。
ガブリエル・シヴァレイド(eb0379)は手に拳を握り締めて言った。
「本当の恋人はセイラなんかじゃないなの。今までも、そしてこれからもずっとミイヤしかいないなの!」
「そうね。生き物の生態に文句をつけるつもりはないけれど、恋仲を引き裂くのは感心出来ないわ」
窓の外から中の様子を見ていたトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)も頷く。
「レンによるとセイレーンは美形でしかも、何かを強く思っている人を好むらしいわ。海が荒れた後によく噂を聞く、とも」
数日の間レン・オリミヤ(ec4115)はこの暑さの中、懸命に情報を集めてくれた。
セイレーンはひょっとしたら荒れる海で弱った身体を治す滋養に男を誘うのかもしれない。
「あの様子だと早く決着をつけた方がよさそうだわ。マナウス達にも連絡しましょう」
頷くガブリエル。トゥルエノはその後を追いながら一度だけ降りかえり
「待っていてね」
窓に思いを強く送った。
○勝利の女神達
バチン!
平手の音が海岸に響く。
「しっかりしてよ! マナウス!」
レアがマナウスの頬を打ったのだ。
「私と一緒にいる時に、他の女に目を向けないで!」
瞬きするマナウスの頭に
「ねぼけてる暇は、無いわよ!」
『おきろぉ!』
内と外から衝撃が走る。
彼を守る、彼が守る女性達からの『声』はレアの思いと共に一瞬で海色の目に囚われかけた心の呪縛からマナウスを完全に開放した。
「‥‥目、覚めた? ‥‥マナウス? セイレーンはあそこ‥‥今度は見える?」
駆け寄るレンの指先を見つめ
「ああ、もう‥‥大丈夫だ」
マナウスは頷いた。
自分がいる砂浜から約10m。波打ち際に彼女は立っている。
見た目は完全に人間。美しく高貴ささえも漂わせる絶世の美女。
囮役としてセイレーンを誘う筈のマナウスは一瞬、逆にその瞳に目と心を奪われた。
けれど二度と同じ事は無い。
彼女を見ればその正体は完全に知れるとマナウスは思う。
彼女、セイレーンは怒り狂っていた。自分の魅了に抗われた事を。
『おのれ‥‥! 何故?』
「悪いな。俺にはお前よりも魅力的な女神達がついているんでな」
小さく肩を竦め剣を握り直す。にじり寄られる恐怖と敵意にセイレーンは後退しそのまま海に逃げようとし
「マナウス!」
『キャアアア!』
背中からの攻撃に悲鳴を上げた。
猛る氷の吹雪はセイレーンを海辺から砂地へ、冒険者の待つ場所へと強く押し出した。
「ガブリエル!」
見えない仲間の援護射撃を冒険者達は無駄にはしない。瞬間で間を詰め完全な包囲網でセイレーンを取り込んだのだった。
怒り狂う彼女は正しく鬼女の形相で、伸びた爪を乱れ掻く様に暴れ始めた。
「危ない!」
トゥルエノと鐶の武器の刃がセイレーンの手と腹を抉る。
「ギャアッッ!」
膝を付くセイレーン。
「あ〜あ、怖かったあ〜。ありがとう。二人とも」
あと、彼女の一歩で喉ぶえに爪が届くかもしれなかったユーリユーラスが二人の肩に降りる。
「‥‥やって、いいか? レン?」
微かに寂しげな目をしていたレンは静かに頷く。
「生きる為に食べる。貴方の気持ちも解るけど、その滋養にもう誰もさせたくないのよ」
「‥‥解ってる。‥‥特にホルダー、今セイレーンと一緒にはしたらだめだから」
弱肉強食、人の我侭。複雑な思いを胸に抱いたままレンは鞭を構えようとして‥‥
「任せておきな」
マナウスに止められた。
「‥‥マナウス?」
「後ろの仲間を守るのが俺達の役目だ。いろんな意味でな」
既に命の火の消えかかったセイレーンを見下ろしながらマナウスはオーラの力を自らに纏わせる。
「理由もあったろう。だが‥‥俺達はあんたの存在を許すわけにはいかない」
振り上げたナイフは、一撃で彼女の命を海に返していた。
○真実の思い
「大丈夫?」
細い指に紅い筋の残るレアの手を気遣うように鐶はそっと握り緊めた。
「ありがとう」
セイレーンの死を報告して後、暫くホルダーは暴れていた。
「セイラを返せええ!」
それを鐶達が押さえレアが落ち着かせ、そしてやっと冒険者達はここに。
事件のあった海岸線に戻ってきていたのだった。
「俺達にできるのは、ここまで‥‥だな」
マナウスは海を見つめながら呟く。
もはやこの海には誘惑するセイレーンはいない。波打ち際に戯れるペンギンや動物達がいるのみ。
「それは仕方ないわ。恋人同士の事は、最終的には本人達以外どうすることもできないんだもの。彼女の頑張り次第だわ」
「‥‥うん」
「私達にできるのは、手助けだけだもんね」
セイレーン退治と言う依頼を終えた冒険者は帰路、自然とここに足が向いてしまった。
トゥルエノは肩を竦め、レンは水に濡れた水鳥を抱きしめながら頷き、ガブリエルは下を向く。
皆、同じ思いを胸に抱いていた。
「あの二人、元の恋人同士に戻れるのかしら」
心配そうに呟いたレアの言葉そのものを。
人魚の魔魅力は自ら払おうとしない限り魔法と違って術者が死んでも簡単に消えないと言うし、セイレーンを倒した時のホルダーの涙もホンモノだった。
セイレーン退治後目覚めたホルダーは、冒険者に感謝の言葉を口にすることは無くミイヤも、あえてホルダーに会おうとはしなかった。
確かにあの二人。もう、何も無かった頃と同じには戻る事はできないだろう。
「けど‥‥です」
ユーリユーラスは竪琴を軽くかき鳴らしながら目を伏せ、そして目を開ける。
「きっと、大丈夫です! 大切な人や思いを! ホルダーさんは思い出してくれるです!」
セイレーン退治の次の日、ユーリユーラスはホルダーの枕元で竪琴を奏でた。
‥‥朝の光が包むように 優しく受け止めてくれる
言葉より確かなときが 暖かな思いに満たされていく
優しい思いで 大切な場所。
優しい言葉 大切なモノ
側にいるよ ずっと側に
手を伸ばせば届く その幸せ
忘れないで 大切な人を‥‥
その時、まだホルダーは眠ったままだったが、彼の目には涙が浮かんでいた。
部屋の外で待つミイヤの目尻にも‥‥。
フレイア・ヴォルフは言っていた。歌は心に必ず届くと。
「同じ、気持ちがあるならきっと」
「そうだな。行くか? レア」
マナウスはレアを行きと同じように天馬に誘う。
その時! 鼻腔を甘い香りがくすぐった。
「あれは‥‥何だろう?」
初夏なのに春のような‥‥
「‥‥みんな! あれ!」
レンが後ろの高台を指差す。
そこには二人、寄り添って立つホルダーとミイヤの姿があった。
冒険者に向かって頭を下げる彼ら。
まだ頼りなげだが、二人の手は確かに強く握られて‥‥。
「もう、大丈夫だね!」
ガブリエルは嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。行こう!」
「レア、気をつけて。自分を大切にね」
「おいおい!」
笑い声と共に飛び立つ天馬。歩き出す冒険者。
青い海と、潮風と恋人達はその姿が見えなくなるまで彼らをずっと見つめていた。