【騎士として】上に立つ者

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月26日〜06月29日

リプレイ公開日:2008年07月04日

●オープニング

 その日、冒険者ギルドに訪れた少女はまだ、明らかに場に慣れていない様子だった。
 金色の髪、青い瞳。育ちの良さそうな外見に豪奢ではないが整った身なり。
 あれはどこから見ても貴族階級に属する者だろう。
 慣れた雰囲気の冒険者の中を、少しきょろきょろと歩き、カウンターに向かう。
 そして、
「すみません。依頼を出すのはここでいいのでしょうか?」
 カウンターで騎士と話をしていた係員に、少女はそう声をかけた。
 ちょっと待って、と言いかけた係員をその騎士は手で制し、目で促す。
 自分は後でいいから、彼女の方に言ってやれ、という事だろう。
 そう理解して係員は少女の前に立つ。
「お待たせしました。何か、御用でしょうか?」
 依頼を受ける役目の係員として。
「失礼をしたならごめんなさい。よく勝手が解らないんです。ギルドに来て依頼を受けたのもまだ三つくらい‥‥かな?」
 軽く首をかしげながら謝罪をし、彼女は改めて自己紹介とここに来た用件を係員に告げた。
「ボクはファティナ・アガルティア(ec4936)。貴族で、騎士やってます。と言ってもまだ、騎士としても冒険者としても駆け出しで経験とか全然無いんですけど」
 少し俯くファティナは恥ずかしげに顔を伏せる。
 今まで受けた依頼は羊の捜索とか商人の護衛とか‥‥。
 決してそれが悪いとは思わないが、騎士としてまだ華々しく戦場に立ったり‥‥はしていないのだ。
「でも! このままでいいとは思ってないんですよね。だから、できることは何でもやってみようと思ってるんです! というわけで、お願いです。ボクを鍛えてください!」 
 依頼書と一緒に顔を挙げ、彼女は係員にそう告げ、思いを手渡した。
「鍛える?」
 受け取った依頼書には確かに、自分を鍛えてくれる教師募集、と書いてあった。
「貴族として、騎士として立つ以上自分の行動に責任を取れるようにならなくっちゃいけません! でも、その為の経験値がボクには圧倒的に不足してるんです。だから!」
 それを教えて貰おうと言う訳か。
 依頼書を見ながら係員は納得した。貴族の少女らしい真っ直ぐな依頼だ。
「ボクのうちに家庭教師に来てくれてもかまわないし、こっちから指定の場所に出向いてもいいです。とにかくびしばし‥‥って、何笑ってるんですか? そこの人!」
 カウンターで、笑いをこらえている騎士に気付いたのだろう。
 ファティナはビシッと指を指し抗議する。
「乙女の切実な願いを笑うなんて騎士としてあるまじき事ですよ!」
「お、おい‥‥。あんた‥‥」
「いや‥‥これは失礼をした」
 慌て顔の係員を無視してその騎士は、立ち上がり騎士として完璧な礼を返す。
 その仕草、立ち居振る舞い、そして身体から放たれる『気』に彼女は知らず、後ろに下がっていた。
「貴方は‥‥まさか」
 瞬きをし、目の前の人物を見る。勿論、直接出会った事はない。
 だが、イギリスで生まれ育った者なら、まして貴族であり騎士であるなら一度以上は聞いている。
 円卓の騎士の伝説を‥‥。
「イギリスの騎士。パーシ・ヴァル。お見知りおきを。レディ」
「ごめんなさいっ!! 失礼しましたっ!!」
 頭を下げるファティナをパーシはイタズラっぽく見つめている。
「謝る必要は無い。先に無礼をしたのは確かにこっちだからな」
 そして恐縮するファティナに彼はこう告げたのだった。
「もし、良ければさっきの失礼の侘びにその依頼、俺が受けても構わないかな?」
「へっ?」
 ファティナの整った顔が驚きに崩れる。
「依頼って?」
「貴族、騎士教育の教官役だ」
「えっ? パーシ‥‥様が?」
「それとも、俺では役者不足かな?」
「そんな!!」
 即答で返った答えになら決まりだ、とパーシ・ヴァルは笑う。
「場所はどこにする? 手狭なら俺の家を使っても構わないぞ‥‥」
「えーっと、ちょっと考えます」
 あまりの急な展開に頭がついていかないファティナに、そうか、とパーシは笑って頷いた。
「ただ、俺は生来の貴族ではない。騎士として、はともかく貴族としての教育はできるかどうか怪しいな。それに騎士として、貴族としてにこだわりすぎると自分の成長の幅を狭めてしまう。どうせ学ぶならいろいろな冒険者からいろいろな事を学んだ方がいい。また同じ立場の者と一緒に自らを高めあうのもいいだろう」
 そう言ってパーシはファティナの依頼に少し、アドバイスを加える。
 貴族として、騎士として、そして冒険者として共に成長しあう為の勉強会を行おうと。
 互いに教えあい、学びあい、己を高めようと呼びかけてみてはどうか、と‥‥。
「無論、俺も全面的に協力しよう。暫く城に勤めているが、当日には戻りできる限りの手伝いをする。どうだ?」
「あ‥‥はい。お願いします」
 まだ気持ちの整理のつかない彼女は詳しくは後で、改めて‥‥と依頼書と報酬を出して戻っていく。
「少し、驚かしすぎたかな?」
 ギルドに残ったパーシは、彼女の背中を見送り、小さく笑っている。
「でも、よろしいのですか? パーシ様」
 係員は円卓の騎士に問う。
 今、イギリスはいろいろと大変で円卓の騎士も、暇ではない筈だ。
 北海の異変、ゴーストシップの船団の噂。近いうちに討伐隊が出るとの話もあるのに。
「いや、だからこそだ」
 パーシ・ヴァルは答える。さっきまでの笑みを孕んだものではなく、その眼差しには真剣な光が浮かんでいる。
「イギリスに限らず世界は、時代は留まる事を知らず動いている。その中で未来を作っていくのいつも前を向く、新しい力だ」
 先を行くものは後ろから来るものを導き、後ろから来るものはその手と背に学び後に続く。
 そうして未来は作られていくのだ。
「俺は、好きだし、期待しているんだ。この国を共に作っていく仲間や若い力が。それにかえって俺の方が学ぶ事が多いかもしれん。次の戦いに向けて気持ちを入れ替える為にも楽しみにしているさ」
 常に高みを目指し進む騎士はそう言って微笑む。
 後ろから来る者に手を差し伸べて‥‥。
 

●今回の参加者

 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec4929 リューリィ・リン(23歳・♀・レンジャー・シフール・イギリス王国)
 ec4936 ファティナ・アガルティア(24歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

フィーナ・ウィンスレット(ea5556

●リプレイ本文

○夏の特別合宿
 円卓の騎士パーシ・ヴァルの館はキャメロットの郊外にある。
 国内最高の騎士の家としては慎ましい部類に入るのだろうが、それでも一応貴族の家。
 整えられた屋敷と調度。そして使用人達が冒険者達を迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ようこそ。お待ち申し上げておりました」
「お初にお目にかかります。今回はお世話になります」
 明るい笑顔で出迎えてくれた家令見習いの青年に少し緊張の面持ちでファティナ・アガルティア(ec4936)は答えると背筋を伸ばし頭を下げた。
「これが円卓の騎士のお宅ですか?」
「ファティに着いて来ましたけど円卓の騎士様の館にお邪魔できるなんて緊張です!」
 キョロキョロと興味深げに周囲を見回すのはリューリィ・リン(ec4929)とヒルケイプ・リーツ(ec1007)。
 滅多に見られず来られない場所に興味津々の二人よりはファティナは流石に少し落ち着いている。
 とはいえ、
「ルシールは元気か? リフ。その格好からしてまだスタインを引退させてないようだが」
「はい。まだまだ円卓の騎士の家を預かるには未熟だと。毎日修行中ですよ」
 キット・ファゼータ(ea2307)のように既に何度か訪れた事があり、使用人とも顔見知りのベテラン冒険者達に比べると緊張しているのは自分自身一番良く解っている。
(「三日間しかないのだもの。少しでも時間を無駄にしないように頑張らなくっちゃ」)
 そんな事を考えているうちに冒険者達は応接室に招きいれられた。
「よく来たな。歓迎しよう」
 銀の鎧にマント。円卓の騎士としての正装で迎えたパーシに
「こ、今回は依頼を受けて下さいまして、ありがとうございますっ! 三日間どうぞよろしくお願いします!」
 緊張しながらもファティナは丁寧に挨拶をする。
 彼女とは反対に
「よう! お久しぶり、って言うには早いか‥‥また世話になるぜ」
「パーシ卿も忙しいのに大変だ。ま、よろしく頼む」
 リ・ル(ea3888)や閃我絶狼(ea3991)は親しみを込めた眼差しでサインをきる。
「ほう、お前達も来ているとは。豪華で賑やか合宿になりそうだ。‥‥いろいろな意味で、な」
 彼の言葉に
「ふっ」
 とルーウィン・ルクレール(ea1364)は微かに、本当に微かに微笑む。
 パーシとルーウィンだけでは無い。
 冒険者の約半分は同じ顔で、同じ物を見る。
 皆の視線の先には不可思議な形の石像と
「あれ? こんな所に石像あったっけ? でも、こんなおサルの石像部屋に飾っておくなんてパーシ様、趣味わる〜い」
 それをげしげしと蹴飛ばすティズ・ティン(ea7694)。
(「ちょ、ちょっと止めるで、ござる‥‥。息が‥‥息が‥‥」)
 そんな石像の声は聞こえてこないがベテラン冒険者達の多くはもう正体に気付いているようだ。
 肩を竦め微笑する。
 パーシもまた小さく笑うと
「さて」
 大きな声で言って、冒険者達を部屋の外へと促した。
「屋敷内を案内しよう。今回泊まるのは館の外でいいんだな?」
「はい。テント、保存食も持参しましたから」
「豪華な家の中でのんびりと身体を休めるのもいいが、どうせなら真似事でも野宿の経験や注意点を学んだ方がいいと思ってな
 バタン。
「なるほど。なら、食事はどうする? 用意はしてあるが‥‥」
「自炊と半々くらいが‥‥、私も‥‥手伝う‥‥」
 閉められたドアと遠ざかる声。それを確かめて後
「ふ〜〜〜う。死ぬかと思ったでござる」
 応接室にドサリという音と共にそんな溜息が落ちた。
「せっかく驚かそうと思ったのに、タイミングを逸したでござる」
 残念、と呟きながら猿の着ぐるみを纏った葉霧幻蔵(ea5683)は溜息を落とす。
 石像に化けて皆が油断した所を驚かす、という作戦は良かったがピグマリオンリングの効果が息を止めている間しかないのは誤算であった。
 パーシ達が部屋を出るまでなんとか息を止めていたのは意地であるが
「ティズ殿、解っててやったのであるまいな? とにかく‥‥後でなんとかリベンジを」
「幻蔵」
「はいいっ!!」
 いきなり開いた扉とかけられた声に幻蔵は飛び上がり、きをつけをする。
「せっかくの合宿の邪魔をする事と、ここで俺に変身するのは無しに頼むぞ。他は、まあ大目に見よう。早く来い」
 扉から覗いた円卓の騎士の笑みに幻蔵は、はあ〜と深い溜息をつく。
「やっぱり、あのお人はめっさ怖いのでござる」
「何か言ったか?」
「! いえっ!!」
 イギリスの名だたる名物男も円卓の騎士の前にあっては形無しだ。
 彼を良く知る冒険者達はくすりと笑い、
「?」
 良く知らない少女達は首を傾げたのであった。

○教えて貰える事
 キンキン、カンカチン。
 鋼が歌う。戦士と騎士の剣戟に合わせて。
 優勢なのは少年。
 楽しげに笑う年下の少年の剣がファティナの手に絡みつく。
「ほらほら、ファティナ。右が空いてるぞ!」
「は、はい!!」
 なんとか懸命にそれから逃れ、盾を構えなおす。だが、左手に意識を向けた瞬間。
「だから、右が甘いって!」
 右の脇腹に剣の峰が入った。
「わっ!」
 痛みと衝撃に尻餅をつくファティナ。それを確かめて
「そこまで!」
「大丈夫ですか?」
「ルーウィン、オーラリカバーよろしく。さっ、治ったら次だ。もう一戦行くぞ!」
「おや、終わったか。少し休憩させてやれ。もう体力も切れかけてるだろう」
「最初にボコにした奴に言われたくないな。まあ、いいけど‥‥」
 手合わせを止めたパーシと、治療担当のルーウィンが近寄ってきた。
「八戦全敗‥‥。勝てるとは思ってはいなかったですけど‥‥少し凹みますね」
 はあ、と大きく溜息をつくファティナは腕と腹の打ち身と擦り傷の治療を受けながら、目の前に立つ二人を見つめた。
 槍を右手に持つパーシと、剣を肩に担ぐキット。
「凄いですね〜」
 木陰で観戦するヒルケイプは素直に感心し
「やっぱり、経験をつんだ人って凄いわね」
 リューリィも頷くが、当のファティナにはそうはいかないのだろう。
 一日目は体力のあるうちに、と実戦を通した戦い方パーシとキット、そしてルーウィンやリル。実戦系戦士を相手に手合わせを行うことになった。
 最初はパーシとティズの馬上戦闘。
「騎士ならやっっぱり馬上戦でも見せてあげたいから模擬戦しない?私もあんまりしていないからやってみたいしね」
 そう言った彼女の提案で行われたそれは、実際互いに槍を使ってのチャージング、すれ違いざまの技の応酬と、大迫力で互いに完全な真剣勝負では無かったにしても騎士としての醍醐味をファティナに見せるものとなった。
 だが、ここまでは有る意味他人事。
 この勝負の後はファティナがしごかれる立場となるのだ。
 最初に約束だから、とパーシが相手をしてくれる。緊張の面持ちで剣を握り締めたファティナは
「始め!」
 というリルの合図とほぼ同時
「えっ‥‥あっ?」
 声を上げた。気付けば手が痺れ、剣が落ちている。
 パーシの位置は殆ど変わっていないというのに。何があったと言うのか
「おい、パーシ。初心者騎士相手に何を本気出してんだよ」
 呆れ顔のキットがパーシを諌めるように近づいてきた。
 槍を引きパーシは微笑、というか邪笑する。
「まあ、最初だからな。テストみたいなものだ」
「テスト?」
「とはいえ、今のはあんまりでしょう。せめてもう少し立ち合わせてあげないと」
「ほら、大丈夫か? まったくいきなり本気でいくんだから‥‥」
 ぼんやりとしているリルに剣を拾って渡されて、ここで初めてファティナはハッと、気付いたように顔を上げる。
「あの! 今、何が起きたんでしょうか?」
「あ、‥‥解ってなかったか?」
「はい、あの‥‥気付いたら」
 ファティナの返事に顔を見合わせて戦士達は苦笑し、そして‥‥
「了解。実力は解った。あとは、みっちり行くぞ」
 パーシは槍を持つ手を右から左に持ち替えた。
「パーシ! 後で代われ! 身長差があるから俺の方が接近戦で戦える!」
「では私も後ほど。色んな相手と戦った方がいいでしょう」
「覚悟して置けよ。今夜まともに眠れると思うな?」
 そう笑ったのは邪笑を浮かべるパーシ。
 パンチと共にリューリィに運ばれたフィーナ・ウィンスレットからの手紙を参照したのか完璧な半眼の笑み。
 そして‥‥
 訓練の結果、ファティナは身動きできないほどの疲労に襲われる事になったのだ。
 パーシは利き腕と反対の手で戦っていたのに、一歩たりともその場所から移動させられなかったしルーウィンとキットの手合わせでは、剣、斧、ナイフにフレイルと一戦ごとに変えられる武器に翻弄されて、結局大きく手加減されていると解っているのに一矢も報いる事ができなかった。
「まあ、あの連中相手に駆け出しの冒険者が勝とう、ってのは無理な話だからな。良くやった方だと思うぞ」
 絶狼は慰め、ルーウェンは傷を治してくれたが限界まで動かした身体は、もう指先一本動かない。
(「最初から実力が足りないのは解っていたけど‥‥こんなに違うなんて‥‥」
 膝を付いたまま肩を震わせるファティナの肩を慰めるようにリルはポンと叩いた。
「自分の実力不足が解ったかい? なら、今回の戦いは十分意味があった事になる。なあ?」
 みんな? 振り向いたパーシと冒険者達は頷く。そして、手を伸ばし彼女の手を強く引き上げ、立たせてくれた。
「戦いの意味?」
「そうだ。まずは自分の実力を知ること。そして経験を積む事。それが大事なんだ。一度でも戦えば次にそれを考えながら戦う事ができるだろ?」
 ファティナの問いにキットが頷き答える。
「どんな武器を使うか、先に教えてくれる敵などいませんからね」
「自分に不利な武器を使われて、負けた。卑怯だ。なんて泣いてみても実戦では誰も助けてはくれない。負け犬の遠吠えだ。だからこそ勝つ為にどうしたらいいか。常に考えながら戦うんだ。どんなに不恰好でも生きていれば勝ちだからな」
「不恰好でも‥‥。でも騎士としての誇りは‥‥」
 リルの言葉を正しいと理解しながらも、ファティナは騎士として返事を淀み、悩む。
「そこが純粋な貴族、騎士と冒険者の違いだな。ファティナ。『お前は』どちらでありたい?」
 彼女の迷いを見透かしたようにパーシは問うた。
「どちら?」
「そう、どんなと言い換えてもいい。お前はどんな騎士になりたい?」
「私が目指す騎士の姿‥‥ですか?」
 さらに返答の言葉を捜すファティナ。だが、容易に答えは見つからない。
「この三日間の間にそれを捜す事だ。もう日も暮れる。今日のところは上がるぞ」
 パーシは背中を向けて去っていく。宿題とも思える難問を残して。
「そうだな。また後で時間があれば見てやるよ。今回はここまで。‥‥なんてな!」 
「えっ?」
 ぼんやりとしたファティナの首にナイフの鋼の感触が触れる。
 いきなり油断した彼女にキットが暗器を抜刀したのだ。
「油断大敵、って事ですね‥‥」
 一日目。最後の最後までいい所無しで終わったファティナ。
 慰めるように近寄りかけた友とファティナを
「みんな〜、ご飯だよ〜!」
 屋敷の中からティズが手招きする。
「俺らや、パーシ殿に言われた事をよーく考えてみるんだな」
 それによって学びたい事も違ってくるだろう?
 笑いながらリルは仲間を促しパーシの後を追う。
 彼ら言葉を心の中で反芻しながら、ファティナは親友達と共に彼らの行く先を見つめ追いかけて行った。

「美味しいご飯を食べて、元気出そー!」
 一日目。パーシの屋敷のキッチンを借りて料理人とティズが作った料理は本当に美味しく、冒険者達は舌鼓をうった。
「よろしければ飲み物も揃えております」
「おっ! 気が効くな」
「客だからってもてなすな。気持ち悪い。どっちかというと押しかけてきたようなもんだからな」
 それぞれの対応は様々だが、明日の夜は野外で食べる計画なので
「俺は少し外出するが、ゆっくり食事をするといい」
 そう言ったパーシの言葉に今夜は甘える事にしたのだ。
「やっぱり、こっちの方が楽しいなって‥‥あれ? どうしたの? 疲れて喉が通らないとか? ひょっとして不味い?」
 ティズはファティナの顔を覗き込んだ。食事の手が止まっていた事が気になったのだろう。
「すみません。そんな事は無いんですけど‥‥」
 そう言いながらファティナは顔を上げた。
「パーシ様を見ていると、解らなくなってくるんです。パーシ様は騎士だから貴族、ですよね。でも気さくで貴族としての責任とかあんまり考えてはおられないような気がして‥‥。ティズさんも騎士なのにメイドしてますよね?」
「うーん、騎士だから貴族って訳でもないんだけどね。ちなみに、ロシア生まれなんで、私は貴族の令嬢じゃないよ。騎士は実力で上がってくる人もいるから‥‥」
 ファティナの真面目な問いにティズは苦笑しながら 
「うぅん、貴族かぁ。メイドとしはほどほどに協力してくれる人がいいかなぁ。何もしてくれないのも困るけど、何でも自分でやっちゃう人もやりにくいって感じだね。パーシ様なんかは何でも自分でできちゃうから、メイドとしてはやり甲斐がなくなる対象だね」
 考え答えた。茶化すようでもあるが、彼女なりの真剣な答えだ。
「でも、ファティナ。貴族ってそんなに特別かな? そんなに教えて貰わなきゃならない程難しい?」
「えっ?」
 瞬きするファティナの横で、ティズは微笑む。
「おーい、ティズ〜。リューリィがこの料理教えて欲しいって」
「はーい。今行く。んじゃまた後でね。もう少し気楽になってもいいんじゃないかな?」
 手を振るとティズは走っていく。その後、新たな宿題を抱えてしまったファティナの食事の手はその後も進む事は無かった。
 その様子を気にする視線に気付く事も無く‥‥。

 二日目は座学が中心となる。
 パーシが急な呼び出しで
「午後には戻る。先にいろいろ教えてやってくれ」
 と言って城に戻った為、朝のうちは絶狼が中心となってファティナ達に実体験を元にした魔法について講義を行ったのだ。
「ナイトもそうだと思うけど、俺達みたいな戦士系は魔法に対しては後手を取りやすい。特に地の魔法使いなんかには強力で抵抗不可能の魔法を使う奴がたくさんいるんだ」
 微かに思い出すのは遠い地で出会った既に亡いかつての敵魔法使い。
「例えばストーンは抵抗に失敗すると即、行動不能になってしまう。自分ではどうにもできないところが辛いよな。それからローリンググラヴィティー。これは対象が範囲内全て、なんで自分がどんなに抵抗しても空中に持ち上げられてしまう。で、落下させられてしまうわけだ。二階より高いとこから落とされたら、まあ、直ぐには動けなくなるな」
「はーい。空を飛んでるシフールはどうなるんですか?」
「落下衝撃は受けなくても、重力反転でバランスを崩したりは良くあるみたいだ。油断はしない方がいいと思う」
 リューリィやヒルケイプもうんうん、と頷く。
「冒険者をしながら騎士をやっていると、正面きっての斬り合いとかばかりではなく、そういう自分とはまったくタイプの違う相手と頭を使った戦いをしなけりゃならない時も多い。最近はレンジャー系の連中だってスクロールを使ってくる事があるし、俺だってちょっとは魔法を使うしな」
 彼もまた騎士としての戦い方に拘り過ぎるのはどうか、と忠告する。
「抵抗できない魔法ってのは人間を対象にせず周囲の地形や空間を変質させる物が多い、対抗策は一網打尽にならないよう仲間同士配置に気を配るとか伏兵を置いて相手の隙を突くとか事前の作戦で対応する方が現実的だな。ある程度以上のレベルになるとやっぱり敵も厳しい事が多い。いろいろ工夫が必要なんだよ」
 その中で生き延びる為にはあらゆる可能性、あらゆる方法を考え、それを実行に移せるようになった方が良い、と‥‥。
「魔法使いの弱点は呪文の詠唱時間だと言われているが、殆どの魔法使いが高速詠唱を身に付けているし、弱点を解っているからそれの対処もできている‥‥。午後にはパーシ卿も戻ってくるだろうから、外で演習をしてみるか?」
「はい」
 ファティナの返事は良い。それに頷いて絶狼は
「じゃあ、後でな。ゆっくり休息はとっておくこと。昨日ので筋肉痛してるだろ?」
 微笑して
「スクロールや魅了魔法についてだが、これについては俺より詳しい奴がいるから、今度は悪魔の使う魔法についてだな‥‥」
 講義を続けたのだった。

 昼食後、戻ってきたパーシを交え、庭での演習が再開された。
 昨日の実戦戦闘とは違い、魔法やスクロールの実技体験だ。
「と、言っても触り程度だけどな。ほら、軽く合わせてみようか?」
 ファティナを手招きして絶狼は剣を抜き、構える。
「魔法の実戦じゃ無かったんですか?」
「いいから!」
 言われファティナも剣を構える。
(「身体は確かに重いですけど昨日みたいにいい所無しでは‥‥。せめて一太刀‥‥ってえっ?」)
 目を離した覚えは無いのに、いきなり眼前の絶狼が消えた。きょろきょと右左、顔を動かすファティナの背後。
「ほい、詰み、だ」
 剣を首元に当てた絶狼が声をかける。
「こういう魔法の使い方もあるんだ。敵が剣士だからって油断しない事!」
 注意をしてから彼は剣を引くとゆっくり今の行動の流れを見せてくれた。
 高速詠唱でアースダイブを使い、地面の中からファティナの後ろに回り込んだのだ。
「なるほど‥‥」
 感心したように頷くファティナの後方で
「ふっ、ふっ、ふ〜〜っ」
 怪しげな笑みが揺れる。
 いつの間にか後ろを取られた絶狼もファティナと一緒に慌てて振り返った。
「ついでに言えば魔法にはこんなのもあるでござる! 出でよ! 大ガマ!」
 ゲオゲオオ〜!
 正確に言えば忍術であるが、突然現れた謎の生物。
 見上げるような大ガマに、
「か、カエル?」
 ファティナの顔と動きが凍りつく。ガハハと笑う幻蔵。
「これはカエルではなくて大ガマで‥‥って。何を皆そのようにマジになって倒すのであるかあ??」
 だがその笑みは、歴戦の冒険者の一撃ずつであっさりと消失した。涙で訴える幻蔵への返事は
「今は、俺の話し中」
 と絶狼。
「まだ世慣れしてない女の子にディープすぎる世界を見せない方がいいと思います」
 ルーウィンは微笑み
「ガマには罪はないけど、まあついでだから」
 キットはしれっと答える。
「教わったとおり、小柄な身体を生かす為には小さなナイフでの急所狙いが最適ですね」
 昨日、パーシと一緒に武器の扱い方から、気配遮断の基本めで教えたリューリィにもニッコリと笑われて‥‥
「ひ、酷いのでござる〜〜。今に見ているのでござる〜〜」
 幻蔵は思いっきり涙を流して立ち去った。
「あの‥‥いいんですか?」
 心配そうなファティナに
「ああ、いいのいいの。でもな、世の中にはどんな敵がいるか、出るか解らないって事だけは忘れない方がいいぞ。な? パーシ殿?」
 言いながらリルはパーシに軽く微笑む。
 去り際幻蔵がパーシに何か合図をしていった事に彼だけは気付いたから。
 
 そしてその日の夕食。
 野外で冒険者達はリューリィとヒルケイプが作った食事に舌鼓をうった。
「野外では保存食に頼る事が多いと思うけど、それだけ食べているのもつまらないし、偏っちゃうわよね。でも、こうして少し工夫するだけでも料理とか美味しくできると思うから」
 当たり前の保存食を暖めなおしたり、肉や野菜と調理しなおしたり。
「結構旨いな」
「これくらいならできるかな。いつも仲間に頼ってたけど‥‥」
 男性冒険者が多い今回、教えられるばかりだった&見学が主だった女性陣にとっては良い機会となったようである。その中で
「明日は最終日です。時間を無駄にはできませんね!」
「私も明日はもっと具体的に」
 意気あがる仲間達から少し離れてヒルケイプは高鳴る胸を押さえていた。
「うまくいくでしょうか。なんだかワクワクしますね」
 幻蔵に誘われた悪巧み。その開始がもう目前に迫っていた。
 
 深夜。
「キャアア!」
 絹を裂くような悲鳴に冒険者達は目を覚ました。
「起きろー!」
「何だ?」「夜襲か?」
 寝ぼけ眼の少女達とは違い、男達とティズの用意は早い。
 見張りのキットの元に駆け寄った。
「声は屋敷の方からだ」
「接近してきてはいないんだが‥‥、何があったんだ?」
 真っ暗闇の中、状況を探ろうとした冒険者の質問に答えるかのように聞こえた第二声。
 澄んだ女性声であった。
「お猿が! お猿の怪物が〜〜」
「しまった! こっちじゃなくて屋敷を狙うか!」
「行くぞ!」
 冒険者達は屋敷に向かい走る。
 だがその瞬間、
「キャア!」
 ずべっ! 
 ティズが地面にキスをした。
「ティズ!」
「イタタ! みんな、気をつけて足元に罠があるよ!」
 だが、ティズの警告はやや遅かった。
「フフフ‥‥大ガマのか〜た〜きでござる!」
「うわああっ!」
 その日、パーシの家の庭の夜の天気は快晴。だが、所により色つき卵と大ガマが降ったそうである。

○教えては貰えない事
「まったく、偉い事してくれたぜ。ゲンちゃんもさ」
 あちらこちらに色染みのついた服を洗いながらリルは楽しげに毒づいた。
「油断は大敵、でござろう? それにあれでも加減と工夫はしたのでござる。ヒルケイプ殿の色付け卵ではシャレにならんのでわざわざ薄い色水入り卵を作ったのでござるしな」
「パーシ様はこの事を知っていたから昨夜は屋敷に戻られたのですね。流石です‥‥」
「あーん。髪に色水ついてごわごわする〜」
「すみません。つい調子にノリました」
 顔を洗ったり、髪を洗ったり大忙しの冒険者達にヒルケイプはすまなそうに頭を下げるが、冒険者達は勿論口ほど怒ってはいない。
「気にしなくていいって。見事に一本取られたから。俺達もまだまだだな」
 絶狼に微笑まれ少し微笑むヒルケイプ。
 昨日の夜の幻蔵とヒルケイプの夜襲訓練は後始末に若干、スケジュール調整を余儀なくさせた、本来ならパーシの講義でもあろうが‥‥
「パーシ、手合わせを頼む」
 譲れないことがある。服を着替えたキットは真っ直ぐにパーシの前に立った。
「いいだろう。手加減は無しだ」
 冒険者達のざわめきが止まった。二人の間と回りに空間ができる。
 そして‥‥合図の必要は無かった。
 ほぼ、同時に二人は地面を蹴り鋼の音を響かせた。
「す‥‥凄い‥‥」
 声を上げるファティナは打ちのめされる気分でその光景を見ていた。
 一昨日冒険者やパーシがつけてくれた稽古の時、相手の強さに手も足も出ない気分だったが、その時見せた「強さ」など彼らのほんの一部以下でしかなかったことに気付いたのだ。
「どっちもまた腕を上げてるな」
「リルはいいのか? 手合わせしなくて」
 腕組みをしながら観戦するリルに絶狼は問うが微笑して首を振る。
「そんな欲は消えたな。ヴィアンカに怒られるのもイヤだし、俺は俺らしく強くあればいい」
 冗談めいた声、だが真剣な目でリルはリューリィやヒルケイプ、そしてファティナに言う。
「でも、良く見ておいたほうがいい。あれが、この国最高レベルの戦いって奴だ」
 打ち込まれた長剣は槍の穂先に弾かれ、軌道を変える。それをさらに飛ばそうと打ち込まれた払いを腕の力と意思で止めてキットは剣を握り直す。
 最初に戦いを挑んだ時、二度目の時。
 手合わせを繰り返す度、自分は強くなった。だが目の前の男はますます強くなっていく。
 リルの言葉は聞こえてはいないが、彼もパーシに負けないと言う執着にも似た欲はいつか失せていた。
 けれど、それとは別にこの男にいつまでも負けてはいたくないと思う。
 例え、勝てなくても‥‥。
「パーシ!」
 踏み込んできた打ち込みをカウンターとオフシフトで避けてキットはパーシに問う。
「夢とは何だ?」
 鋼が歌うように答える。
「諦めない限りいつか、手に入れられる未来!」
「なら運命は!」
「与えられた使命。だがそれを決め選ぶのは自分自身だ!」
「ならば冒険者は!」
「夢と運命を見つけ、手にする為に生きる探求者。不可能を可能にする意思を持つ勇士だ」
 キン!
 一際高い音が空に響き渡った。キットの剣が弾かれ空を舞い、地面に落ちた。
 パーシの槍がキットを微動だにする事無く指す。だが、ひるむ事無くキットは一歩を進み出て剣を拾う。
「今は、俺の負けだ。だが冒険者は横一線、先達の者であろうとも強くなろうと言う姿勢は変わらない」
 そして剣をパーシに向けた。槍と剣が交差するように白い輝きを放つ。
「不可能を可能にするのが冒険者であるというのなら、俺はいつかお前を超えるという不可能を可能にする」
「ああ、期待しているぞ」
 互いに武器を収め微笑む二人。
 彼らを見つめ
「凄い‥‥」
 ファティナはそれ以外何も言う事ができなかった。

 キットとパーシの手合わせが終わって直ぐ、
「申し訳ありませんでした」
 ファティナはパーシの前に立ち頭を下げた。
「何を謝る?」
 リューリィに武器の指南をしていた手を止めてファティナに答えた。
「いろいろな意味で、自分の考えが足りなかったように思うんです。騎士として、貴族としてその心得を教わろうっていうのは、甘かったかなって。本当はそんな事、人から教えて貰う事じゃないんですよね」
 微笑するパーシ。その表情がファティナの出した答えを肯定していた。 
「人にアドバイスを仰ぐことは恥ではないが、言われたままに行動しては進歩しない。どんな情報も自分の中で消化し、自分の言葉で蓄積する事が大切だと思うぜ」
「そうですね。自身のラインを見つけることとかが一番大事だと思いますよ。全てはそれからです」
 リルとルーウィン。二人の言葉に頷きパーシは続けた。
「騎士は自分以外の『何か』の為に戦う者。その何かが、戦士と騎士の分かれ目だ。お前が真実騎士になりたいと思うなら、まずはその『何か』を見つける事だ。そしてそれを守る為に強くなる事。そうすれば自ずと騎士として貴族として自分が目指す姿が見えてくるだろう」
「はい」
 ファティナは頷く。まずは自分の中に譲れぬ芯を作れとパーシは言うのだ。
 それが騎士として、いずれは人を導く責任を持つ貴族としての心構えに繋がるのだろう。
「志し無き力は無意味、だが力なき志もまた無力だ。人は誰でも望む未来を手に入れる事ができる可能性を持っている。それを掴めるかどうかは自分次第だ」
「なあ、パーシ卿?」
 今まで黙って聞いていた絶狼がふと顔を上げた。どうしても友人が聞きたいと言っていた事がある。と。
「いつか誰かの幸せが、自分の幸せだと言ったと聞く。じゃあ一方の幸せや命の為にもう一方を犠牲にしなければならない時、そしてその判断を即断しなければならない場合、どうする?」
「ぎりぎりまで考えて、両方助ける道がないか捜すだろう。だが、本当にその時が来たら迷わずどちらかを切り捨てる。そしてその罪も背負って生きる。少しでも多くの人の幸せを守る為に戦う。それが俺の選んだ騎士の道だからだ」
 迷い無き答え。
「やれやれ。パーシ殿、徐々にペースアップで頼むぜ」
 リルの苦笑をパーシは軽く笑顔と手で払う。
 そして、先に止まっていたリューリィの元に指導の続きに戻っていく。
 その背中を見ながら立つファティナに幻蔵は
「貴族とは家柄や財産ではない。精神『スピリット』心『ハート』であると言った人がいるのでござる。貴族という存在もまた本当は特別なものではないのかもしれないでござる」
 と、いつもの賑やかさとは無縁の静かな微笑みで告げた。
「精神に、心。これも教えられるものではないかもしれないのでござるな。でも、貴女ならきっと気付けるでござるよ。あの人のように‥‥」
 指された指の先、そこには仲間達と微笑むパーシの姿があった。
 
○太陽の笑顔
 三日間はあっという間に過ぎた。
「本当に、ありがとうございました」
 ファティナは思いを込めて頭を下げた。
 屋敷の前に立つパーシだけにではない。参加してくれた冒険者、そして友全てへの感謝の気持ちを込めて。
「少しでも役に立ったんならいいんだがな」
「身体の方は大丈夫か?」
 気遣ってくれる冒険者達に、ファティナは笑顔で首を振る。
「もちろん! 大丈夫です」
 本当は身体の節々、痛い所は無いが不思議に気持ちは爽やかだった。
「自分がどれほど未熟か、今回の事でよく解りましたから。今回の事を胸に必ず立派な騎士になってみせます!」
 強い宣言、真っ直ぐな心はこの三日間の間に折れる事無く、逆に強さを増したようだ。
 贈られた銀のナイフを胸に誓うファティナに
「期待しているぞ。お前の『答え』にな」
 パーシは本当に優しく眩しい笑みを浮かべた。
「あ、そうだ。パーシ様。ちょっとしゃがんで下さいな」
「ん? なんだ?」
 ちょいちょい、手招きしたファティナは膝をついたパーシの頬に顔を寄せ
「♪」
 小さくキスをした。
「えっ?」「わっ!」「なに?」「おおっ!」
 驚く冒険者達。だが、当の二人は何でもない顔で離れ微笑む。
「頑張れよ」
「はい。ありがとうございました」
 長いようで短かった合宿はこうして終わりを告げた。
 
 帰り道
「なあなあ、あいつがこの事知ったらどう思うかな?」
「知らないってのは強いよなあ。でも、あれだ。感謝のキスだからパーシ殿もヴィアンカとかと同じ感じなんじゃないのか?」
「そうするとそれはそれで、ヴィアンカが拗ねそうだな」
 後ろでこそこそと話す男達。その前を颯爽と歩くファティナに
「どう? 答えは出せそう?」
 ヒルケイプは問う。
『お前はどんな騎士になりたいのか?』
 騎士として貴族としての心得を教えて貰う。
 自分は今、まだそれ以前の存在だったけれど学ぶ事は多かった。 
「今はまだはっきりとは言葉に出せないけどまたパーシ様の前に立てたら、必ず!」
 
 そう言って笑顔で空を見上げたファティナの頭上には夏を告げる太陽が眩しく輝いていた。