●リプレイ本文
○傷ついた薔薇の園
冒険者達を出迎えたのは一面に広がる薔薇の園。
「ぉぉ、ここが噂に名高い薔薇園であるか」
甘さが頭に、身体に広がる。薔薇の香りにむせ返るようだ。
だがその花園を汚すものがある。
足元に散り落ちる、それは朽ちかけた薔薇の花びら達だった。
「おやおや、こいつはかわいそうねぇ〜」
拾い上げた花びらを見ながらレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)は呟く。
ベルベットのような紅い花びらに茶色の染みがいくつも付いている。
「まったく同意だ。そして、やはり原因はあれかな?」
腕組みをしながら頷くラーイ・カナン(eb7636)の視線の先には花の上を飛び回る蜂達、そしてそれを狙うように高く飛ぶラージビーが‥‥。
「はい。そうです」
冒険者を案内してきたこの薔薇園の主、ミーナは悲しげに頷く。
「どうやら薔薇の園に集まる蜜蜂を狙っているようなのです。虫だけならまだしも‥‥彼らは」
「‥‥あ、今、茂みの中へ!」
ワケギ・ハルハラ(ea9957)が指差した先、薔薇の上を飛んでいたラージビーが、花の中へ急降下していくのが見えた。
気配を隠して近づいた冒険者達の前で
バサッ!
遠慮ない蜂の突進が薔薇の垣根に向かっていった。
花びらが飛ぶように舞う。薔薇の茎が折れる音がする。
顔を歪めるミーナ。
暫くの後、ラージビーは去っていった。
「っ!」
冒険者の足元に残された『もの』にクリムゾン・コスタクルス(ea3075)でさえ思わず唇を噛み締めた。
幾枚もの蜜蜂の羽。葉に飛び散った虫の体液。
そして穴の開いた花びらと、折れた薔薇の無残な姿。
ミーナは涙ぐみながら折れた花をそっと抱きしめる。
「精一杯咲いてこれから沢山の人に見てもらえる筈だったのに‥‥ごめんなさい」
「かわいそうに」
ヒースクリフ・ムーア(ea0286)は囁き振りかえる。
そしてミーナに向けて
「レディ」
騎士らしく膝を折った。
「君の愛するこの子達は必ずや守り抜いて見せるよ。だから安心して待っていてくれ給え」
「薔薇は好きだ。広い庭に満開に咲き誇る薔薇を楽しみたいな。その為には全力で力を貸そう」
(「そして、彼女に笑顔を」)
シア・シーシア(eb7628)は本当の思いを言葉にはせずに、微笑みかける。
二人だけではない。
「任せとけって! ラージビーが怖くて冒険者が務まるかっての」
「通常のスズメバチの十倍もあるラージビーは一般人には危険だ。今は六匹でも数が増えれば危険度は増す。今のうちに退治しておきたい」
冒険者達、一人ひとりの見せる誠実な眼差しに、そして無言で差し出された小さな子犬の暖かいぬくもりのような優しい思いにミーナは涙を手で拭い
「はい」
静かにそう頷いた。
○決意の一矢
「やっぱり無理か」
竪琴を置き、シアは大きな溜息をついた。
ダメ元、ではあったがメロディーの魔法で蜂をおびき出せないか、と思ったのだ。
「そうすれば薔薇園や仲間達に被害を出さずに済むかと思ったのだが‥‥」
真剣に奏でること30分。蜂達が集まってくる様子は無かった。
「多分、ある程度、歌の意味を理解する頭がないと効かないんだよ。いい歌だとは思ったけどね」
指輪や薬を確認しながら楠木麻(ea8087)はシアを慰めるように言った。
少し残念ではあるが、そこは彼もプロ、すっぱりと気持ちを切り替え立ち上がる。
「と、なれば第二案で行くしかないな。危険な分、一気に片をつけないと」
音楽が止まったと同時に彼らは動き出す手はずになっている。
「よし、こっちも準備OK。ヒースクリフさん達の方へ行こう」
荷物の確認を終えた麻の言葉にシアは頷く。
「あっちで待ち伏せだな。了解‥‥って、麻? 何をしている?」
瓶の薬を一気飲みしていた麻に驚いた顔でシアは問う。
「何、って解毒剤。先に飲んどいたら蜂に刺されても大丈夫かな〜って」
「先に飲んだって意味無いぞ。それは身体の中の毒を消し去るものなんだから」
「そんな〜。解毒薬一本無駄にした〜」
だが冗談めいたそんな二人も、もう今にも始まる戦いに真剣な眼差しをしていた。
それをマックス・アームストロング(ea6970)が見つけたのは屋敷の人間達の避難を完了させ、仲間を待っている間の事であった。屋敷の隅、農具置き場の軒先に作られていたのだ。そのラージビーの巣は。
「普通の蜂の巣の数倍はあるわね〜」
レオンスートの言葉は賞賛半分、そして冷静な分析半分だ。
「聞いてみたんだけど、普通のスズメバチって最初は女王蜂が巣を作って、それを働き蜂が広げていくって。なら、きっと今は本当にここに巣を構え始めたばかり、なんだと思うわ」
「だとしたら、ラーイ殿の心配どおり今は六匹でも、さらに増える可能性があるのである。‥‥巨大蜂も生きる為に巣を作り、食っているのであろうが‥‥すまぬが、看過はできぬな」
「だね。‥‥じゃ、用意はいいかい? いくよ!」
仲間の頷きを確認し、クリムゾンは弓に番えた矢を引き絞り放った。
シュッ!
微かな音を立てて矢は飛び、
バキン!
巨大な巣の根元を真っ直ぐに射抜いた。第二矢は入口のあたりに刺さる。そして第三矢が再び根元を狙った次の瞬間。
グシャン。
なんとも表現のしようの無い音がした。巣が地面に落ちたのだ。
白いさなぎのようなものが、木や土で固められた巣の破片と共に散らばる。
そして
ブーーーーン! ブーーン!
予想通りの展開となった。巣の中、近辺にいたであろう蜂達は自らの巣の崩壊の原因が、一番近くにいた生物であると判断、襲ってきたのだ。
「危ない!」
レオンスートの声にとっさにクリムゾンは身を横に翻した。
怒りに狂った巨大蜂の攻撃。
「思った以上に早いか!」
「ここでの戦闘は不利だわ。早く行くわよ!」
「了解なのである」
近寄ってきた蜂が自分達に尻を、針を向ける。
その隙を剣で払うと冒険者達は渾身のスピードで、場を離れたのだった。
彼らの頭上にぽつぽつと雨の雫が落ちようとしていた。
○消える命
元は薔薇に潤いを与える為のもの。傷ついた薔薇達にとって慈雨となればと思っていただけにワケギは想像以上の効果に少し複雑な思いを抱いていた。
冒険者を襲ってきたラージビー四匹は、自分達の倍数の敵に囲まれてあまりにもあっさり地面に落ちていた。待ち伏せにほぼ近い形で準備していた冒険者達。
息を切らせる仲間達や魔法使いである自分を庇うようにして前に出たヒースクリフやラーイの剣に躊躇いは無く、雨で動きを鈍らせていたラージビーの敵では無かったのだ。
シアのムーンアローは的確に敵を打ち抜き、クリムゾンも迎撃に移ってからは素早いラージビーにさえ劣らぬスピードで敵を射抜いている。止めは麻のグラビティーキャノンだ。
「喰らえ、『アサッチの雄叫び』!グラララァ〜」
弱りきっていた所、動きを封じられ地面に叩き付けられた蜂達は、もう二度と動く事は無かった。
万が一を考え羽を切り、土に亡骸は埋めた。
「依頼は六匹よね。あと、二匹多分どっかにいるんだわ。なんとかして探し出さないと‥‥」
薔薇園を数名ずつに別れ捜索しながらワケギは、半ば崩壊した巣を見つめて呟いた。
できるならこの巣も壊すではなく、ラージビーも殺すでなくなんとか生かしてやりたかったのだが
「また、甘いと言われるのかもしれませんね‥‥でも‥‥」
巣にアイスコフィンをかけ取り除こうとしたその時だ。
「わあっ!」
「ワケギ殿!」
突然の悲鳴にマックスは駆け寄った。見れば崩壊した巣の中から一際大きな蜂が飛び出してワケギを狙っている。どうやらもう刺されてしまったようだ。一刻の猶予も無い。
「今、行くのである!」
オーラの魔法を纏い、剣を握り締めマックスは突進した。尻の針を向けそれを迎え撃とうとする敵。素早さは蜂のほうが上。マックスの剣を持つ手に針が刺さる! だが瞬間!
「ムーンアロー! 女王蜂を撃て!」
シアの魔法が刹那のアドバンテージを稼ぎ、その瞬間を見逃さずマックスは蜂を袈裟懸けにした。
羽を打ち抜かれ、身体を裂かれそれでもバタバタ足を動かし続ける蜂に、
「ごめんなさいね。怨んでもいいわよ」
レオンスートは止めを刺す。さっき向こうで一匹蜂を倒したからこれで倒せば最後だろう。
これは多分女王蜂。女王が死ねば種の存続はありえない。
もしこの蜂もこんなに大きくなければ益虫として大事にされたかもしれない。人の身勝手だとは思うけれども
「それでも、守りたいものがあるから。ね」
ワケギの看病に集まる仲間達を見ながら、誰に言うとも無く呟いた。
○新しく咲く花
ワケギの怪我は大した事は無く身体を侵していた毒は解毒剤で、傷はラーイの魔法で直ぐに治癒された。
「ご迷惑をおかけしました」
いくつかの植木鉢を抱え、すまなそうに頭を下げるワケギに仲間達はそれぞれの顔で微笑み首を振る。
「気にしない事である。それより急ぐである」
ワケギの植木鉢をひょいと持つとマックスは仲間達を促した。
彼らの待つ先でミーナが薔薇と共に恩人を待っている。
「今回はありがとうございました。なんとお礼を行ったら良いか‥‥」
「そんな事はいい。それより楽しみにしていた。お願いしてもいいかな?」
ヒースクリフの言葉にミーナは頷き、冒険者達に一株づつ苗を差し出す。
それを冒険者達はミーナの指導の元植木鉢に植えていった。
「どんな色の花が咲くのでしょう」
手についた土を払った冒険者達の前に八個の植木鉢が並んだ。
「これは皆さんの花。秋咲きの薔薇です。咲いたら皆さんにお知らせします。それまで大事に私達が預かりますね」
「楽しみね」
散ってしまった花は戻らない。消えた命も戻らない。
だが新しく生まれる命もある。
新しく咲く花もあるだろう。
それが冒険者はとても楽しみであった。
翌日、ワケギは凍らせた蜂の巣を遠くの山に置いてきた。
僅かに命を繋いだ幼虫達がその後どうなったかは定かではない。