【幸せのお菓子】甘くて優しいベリーの夢
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月08日〜08月13日
リプレイ公開日:2008年08月16日
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●オープニング
その依頼を出してきたのは一人の娘であった。
「ベリーを摘みに行きたいんです」
彼女の名はエレ、近くのパン屋の娘で夏になると毎年ギルドにやってくる。
彼女の家の名物はベリーのジャム。
人気商品であるが、新鮮なものが採れる時期は限られている。
この時期にたくさん集めてジャムにするのだ。
だがベリーがご馳走であるのは人間だけの事ではない。
毎年ベリー摘みは森の獣達との競争でもある。
「今年もその手伝いだな?」
微笑む係員に、はいと答えたエレはさらに何事かを言いかけて頬を紅くした。
「それと‥‥あの‥‥」
「なんだ?」
「私、婚約したんです。カルダスさんっていう近くの食料品店の息子さんと‥‥」
「ほお! それはおめでとう!」
思いがけない報告に心から係員は祝福する。
思えば最初に彼女がギルドに来た頃は少女と言えるくらいだったが、もうそんなに大きくなったのかと思うとなかなか感慨深い。
「ただ、彼はノルマンで修行してきたくらい腕の立つ料理人で‥‥私も決して下手ではないと思いますけど、できれば彼の役に立ちたくて‥‥」
彼の店はお菓子を目玉とする食料品店。
一度は両親の頃潰れたのを彼が立て直した。その努力にエレは心引かれたのだと言う。
結婚はまだもう少し先。店が完全に軌道に乗ったら、と彼と約束した。
「それで、ベリーを使った何か新しいお菓子を考えて店のメニューにして欲しいと思うんです。冒険者の皆さんは料理上手の方が多いから力を貸して頂きたくて‥‥」
なるほど、と頷き係員は依頼書を変更する。
第一の目的はベリーの採取。
第二の目的はベリーを使った新メニューの開発。
「お金のお礼は大してできませんが、出来立てのベリージャムは一瓶プレゼントします。どうぞ、よろしくお願いします」
夏の宝石ベリー。
そのジャムの甘さは人々を幸福にする。
だが、どうやら今回はジャムよりも甘い依頼になりそうだった。
●リプレイ本文
○夏の宝石
森の中は八月とは思えない程涼しい。
緑の木々が冒険者達を灼熱の太陽から守ってくれる天幕になるからだろう。
その美しい天幕の中で
「うわっ! あった、あった。‥‥こりゃあ、大きいねえ」
「ふむ。このラズベリー。親指の先ほどある。見事だ」
「おまけに綺麗やねえ。宝石みたいや」
「こらっ! ラティ。つまみ食いしちゃダメ!」
冒険者達の楽しげな声が響いた。
「ここは私達家族が自生の苗をより良い形に植え替えて育てた所。褒めて頂くと嬉しいです」
嬉しそうに笑う依頼人エレの言葉になるほど、と尾花満(ea5322)は頷く。
人と自然の融合がこの宝を育むのだろう。敬意を込めて木に一礼。
そして手の中に落ちたベリーを口に運ぶ。
「これは‥‥」
料理人が作りえない素の美しい味がそこにある。
ぽん。
感動する満の肩を妻が微笑み叩く。
「さて頑張って採ろうかね。ジャムにする分と料理する分。籠一つや二つじゃ足りないだろうしね」
フレイア・ヴォルフ(ea6557)は手を握るが
「力仕事は任せて下さい。料理ではお役に立てそうもありませんから」
ルーウィン・ルクレール(ea1364)の言葉に、肩を竦め苦笑いを浮かべる。
自分も、とは思っても口には出さない。代わりに腕をまくった。
赤と青と紫の苺たちの林で、これから楽しいベリー摘みが始まるのだ。
「約束、覚えていて下さったんですね‥‥ヒルケイプさん」
「今年は一緒にベリーを摘めますね」
「ええ、嬉しいです」
籠を手に提げ笑いあうエレとヒルケイプ・リーツ(ec1007)に
「なあなあ、ちょっと聞きたいことがあるんやけど」
藤村凪(eb3310)は近づいた。
「なんですか?」
「うち、こういう仕事はあんまり経験ないんや。なんかこう、気をつけなきゃならんとことか、コツとかあったら教えてもらえんやろか?」
昨年も参加したヒルケイプと雇い主であるエレへの素直な質問にエスナ・ウォルター(eb0752)や他の冒険者も気になったようで視線が集まる。
「木を痛めなければ、それほど気にしなくても大丈夫です。楽しく摘んで下さい」
微笑むエレにウインクをして
「じゃあ、一つだけ」
ヒルケイプは指を立てた。
「『嫌がる実』は摘まないであげて下さいね」
「はい?」
目を瞬かせる凪、他の冒険者も首を捻っている。
昨年の自分を思い出し、くすくすと笑いながら
「さあ、早く摘みましょう」
ヒルケイプは宝石の茂みへと仲間達を誘った。
○幸せのコツ
「なるほど〜。そうなんですか」
「そういう意味やったんか。よう解ったわ」
ベリー摘みを始めた冒険者達は皆、そんな感想を口にする。
またヒルケイプは含むように笑う。昨年の自分もそんな感じだった。と。
実際に摘み取りを体験してみると良く解る。
完熟の実はラズベリーもブルーベリーも、力を入れなくても手の中に落ちてくる。
逆に力を入れてもぎ取らないような実をちぎると、それをつまみ食いした時に顔を顰める事になる。
「触れても枝から落ちない実、強く引っ張らないと取れない実はまだ酸っぱいですので採らないであげて下さいね」
木を痛めないように優しく実に触れる事が結果的に美味しい実の選別に繋がる。
「ホンマに面白いもんやなあ〜」
コツを心得た冒険者達の手によって、ベリーは籠にドンドン集まってくる。
ルーウィンの馬、ヒルケイプのロバの背にももういくつかの籠が結び付けられている。
「あと少ししたら休憩して、野営の準備をしましょう。この予定だと明日の午前中には予定した分が摘めそうです」
まだまだ、木には実がついている。けれど根こそぎ採ってはいけない。
「森の動物さん達とまた来年来る時の為に取り過ぎにも注意せんとあかんな」
そう。有り余る恵みをくれる森へのそれは礼儀だ。
「あれ? フレイアさんはどうしたんですか?」
周囲をきょろきょろと捜すエスナ。気がつけば満の手には籠が二つ。
「心配は無用。じきに戻って参るだろう」
心からの信頼しあっている夫婦。
ふと、エレは採取の手を止めて満の方へ近づいた。
「あの‥‥ご夫婦、なんですよね? 凄く仲が宜しいですけど‥‥何か秘訣みたいなものはありますか?」
「は?」
突然の問いに満の手も止まる。
だが目の前の娘の持つ思いに気付くと微笑んで、真剣に答えた。
「そんな大それたものはないのだがな。常に相手への感謝の気持ちを忘れないこの一点に尽きる様な気がする‥‥。夫婦とは元は他人同士、違うのが当たり前。だからこそお互いが持たぬものを補い合い成長していけると思うからな」
「何の話だい?」
がさがさ。茂みの向こうからいきなりフレイアが顔を出す。
「フレイア!」
顔を背ける満。フレイアの両手にはベリーとは違う森の恵みがあった。
「見ておくれ。大漁だよ。新鮮なハーブと野兎。今夜の夕飯にしよう」
「フレイアさんも料理をされるんですか?」
「いや、あたしは料理は苦手でね。満に頼りっぱなし。夫婦円満のコツは頼る所は頼る事だよ」
「な、なら‥‥その調理は拙者がしよう。フレイア。ここを頼む。木が低いから腰を痛めぬようにな」
籠を押し付け、ハーブと兎を半ば強引に受け取った満は、スタスタとその場を後にする。
「なんだい。一体?」
首を傾げたフレイアには彼の行動の意味も、仲間達が自分達に向ける優しい笑みの訳も解ってはいなかったろうが‥‥。
○キッチンの暑い夏
去年も使ったエレの店のキッチン。人気の店だけあってかなり大きく使いやすい。
そこで
「さてと、では始めましょうか」
ヒルケイプは腕をまくった。毎年恒例のジャム作り。こちらはヒルケイプと、フレイア。そしてルーウィンが担当する。
パン屋の娘エレがいるしそう難しい工程も無い。指示に従っていれば失敗はない筈だ。
大鍋にベリーを入れ、砂糖を入れて煮詰める。作業の途中。
「そういえば、エレさん。ご婚約おめでとうございます」
ヒルケイプの祝福にエレは木ベラを持つ手を止め恥ずかしそうに下を向く。
「あ‥‥その、ありがとうございます」
その隠しても隠し切れない幸せな顔に紅い頬。ヒルケイプは少しイジワルな気分にもなる。
「なれそめを伺ってもいいですか? それからどんなところに惹かれたとか、プロポーズの言葉とかも、参考に」
だから質問攻めにしてみた。勿論本当に参考、という気もあるが。
「参考‥‥って、なんの参考なんですか?」
「あー、あたしもちょっと興味があるねえ」
「フレイアさんまで‥‥」
エレの顔はもう耳まで赤い。鍋の中で混ざり合うベリーよりも。
「話に夢中になるのはいいですが、焦げますよ‥‥」
「あっ! いけない!」
「恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。好きな方の役に立ちたいだなんて立派です。いいお嫁さんになれますよ」
エレの話題変換は失敗。楽しげな恋愛談義は続いている。
それを聞く料理組。
「なんだか暑いですね?」
汗を拭いながらベリーを潰すエスナにそうか? と満は皿を置く。
「でも、幸せなエレさんのお手伝いはしたいです。美味しいものを‥‥よいしょっと」
料理に夢中のエスナの横で凪は思わず喉を鳴らす。
「しっかし、満はん、料理上手やね。ケーキもパイもこのまま売れそうや‥‥ちょっと味見してええかな?」
並べられたベリーの菓子達はどれも見栄え美しい。
「無論」
「わーい。いっただきま〜す」
切り分けられたパウンドケーキをつまみ口に運ぶ。
「うわっ! ごっつううま! これ絶対売れるわ!」
「砂糖の代りに蜂蜜を使ってみた。切り分けて売れば手頃だろう。こちらの飲み物もなかなか良い出来だ。
流石フレイア」
満も満足そうである。だが
「ほら、エスナちゃんも食べてみ〜って、えっ!」
ケーキを手にくるりとエスナの方を向いた凪は息を呑む。
「プロポーズの言葉は‥‥その新しい家族と共に、新しい味を作っていきたいって‥‥」
「本当に暑いです‥‥」
「ちょっと、エスナちゃん?」
気がつけばエスナの料理台は水びたし。氷柱も立っている。しかもエスナは防寒具着用?
「‥‥フリーズフィールド♪」
「こら! ここはキッチンで!」
「満さん、退避や! 試作品持って退避〜〜!」
不思議な青い光と白い霧の中、エスナは微笑む。
「美味しいもの、作りますから待ってて下さいね‥‥ってアレ?」
いつの間にか消えた仲間に首を傾げながら。
○ベリー色の幸せ
「キッチンでのフリーズフィールドは止めような」
凪に注意されエスナはしゅんと肩を下げる。
「ごめんなさい」
「でも、ま、シャーベットは美味しいし、ジュースも冷えたし。いいんじゃない?」
フレイアの言葉に仲間は頷く。
「僕の為に、ありがとうエレ‥‥」
「少しでも貴方の役に立ちたくて‥‥」
目の前で広がるベリーより甘いラブラブ空間を見ている為にはこれくらいのクールダウンは必要だ。
エスナも胸を撫で下ろす。
「リオン殿もご結婚か。いい嫁を迎えてあの店も安心だな」
満は嬉しそうにジュースの入った杯を掲げる。
エレの気持ちと冒険者の提案を婚約者リオンは喜び、店に採用すると言っていた。
かつてのお菓子コンクール1位のアイデアを2位が料理するのなら大人気は間違いあるまい。
「さてハーブも乾いたし、報酬も貰った。そろそろ帰るとしようか?」
「フレイア?」
ベリーと一緒に干していたハーブを取るとフレイアは満の手を引く。
「目の前でいちゃつかれると‥‥対抗したく、じゃなくて、二人の邪魔、あんまりしちゃ悪いだろ!」
それもそうだ。
立ち上がりかけた冒険者達に気付いたのだろう。
エレは走り寄ると
「本当にありがとうございます」
頭を下げた。恋人も並んで会釈をする。
「また、良ければ来年も一緒にジャムを作りましょう」
「ええ。ぜひ」
渡されたジャムと贈られたブローチを握り締めヒルケイプは握手する。
ベリーのような紅い実はルビーよりも美しく輝いていた。
恋人達の未来のように。
唇に残る甘い夢と共に。