【小さな薔薇の祈り】花盗人の夢
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月09日〜09月14日
リプレイ公開日:2008年09月17日
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●オープニング
「ごめんなさい。許して下さい‥‥」
彼は心の中で幾度も謝りながら手を伸ばし花を手折る。
悪い事だとは知りながらも
「僕の夢の為。皆を幸せにする‥‥を作る為に‥‥。許して下さい」
広大な薔薇の園に怒声が響き渡る。
「まただ! またやられた!」
庭師の声に近くで働いていた者達が全員が集まる。
「どうしたの? 一体?」
「ミーナ様‥‥」
主たるの訪れに頭を下げる庭師達。彼らの指差した先を見て
「まあ‥‥。これは‥‥」
彼女ミーナは顔を顰めた。
薔薇の枝が折られている。
この花には昨日、大輪の薔薇が開きかけていた筈なのに。
「お嬢様、だんだん奴はエスカレートしています」
庭師達が奴、と呼ぶのは先月からこの花園に現れている花盗人の事だ。
今までは盛りを終えた薔薇を中心に、目立たないように盗っていたようだが、最近は満開の美しい花を選んで盗っていっている。
「このままでは秋薔薇の出荷にも影響が‥‥」
「解っています‥‥でも‥‥」
彼女は静かに目を閉じた。
何かを探すように。
そして顔を上げ、
「いいえ、やはりなんとかしないといけませんね」
決意するように目を開けたのだった。
花盗人の確保。
冒険者ギルドにやってきた娘ミーナの依頼を係員は再度確認する。
薔薇園の主ミーナが、花を盗む存在がいる。と冒険者ギルドにやってきて依頼を出したのは先週の事。
その時は冒険者の都合が付かず見送られたが、もう一度なんとか頼めないか。とミーナは言うのである。
「花盗人は夜毎訪れます。見張りを立ててもみたのですが。どうしても見つけられなくて‥‥」
今回はなんとしても捕まえたいと彼女は言う。勿論、多少手荒な真似になるのも承知していると。
「花を盗っていく、という事は花が好きだということ。花が好きな人に悪い人はいないと思いたいのですが‥‥、とにかくよろしくお願いします」
依頼人が帰った後、係員は前の依頼書を引っ張り出して見直した。
彼女は言っていたっけ。
『‥‥できるならあまり手荒な手段は使わないで頂きたいのです。その方は‥‥とてもいい香りを残していったんです』
『いくつもの薔薇の香りが絡まりあっていて、私も嗅いだ事の無い本当に不思議な香りでした。あの香りは何なのか。ひょっとしたらその方が何か知っているかもしれない。だから‥‥』
あの時、彼女はまるで、まだ見ぬ相手に恋をしているようだった。
今回は、流石にそうも言ってはいられないのだろうが、その背が彼には少し寂しそうに見えた。
依頼書を張り出しながら思う。
薔薇は人の目を、香りは心を楽しませ安らがせる。
叶うなら小さな薔薇の祈りが指し示す先には、幸せがあるように‥‥と。
●リプレイ本文
○秋薔薇の庭
以前来た時は夏の薔薇の盛りだった。
華やかに咲く薔薇に仲間達と感嘆の声を上げた事をヒースクリフ・ムーア(ea0286)は覚えている。
その時よりは花の数は減っている。けれど
「美しいものですね‥‥。夏より色鮮やかかもしれません」
ワケギ・ハルハラ(ea9957)の吐息にヒースクリフは無言で頷いた。
秋の薔薇は落ち着いた色合いで冒険者達を迎えてくれている。
「きれー! かわいー! いいにお〜い♪」
はしゃいだ声をあげるパラーリア・ゲラー(eb2257)をあらあら、と微笑んで見つめながら
「でも、本当に良い匂いですこと」
ルースアン・テイルストン(ec4179)も花の香りをいっぱいに吸い込んでいた。
「この綺麗な花を盗む人がいるんですね‥‥」
膝を折り、花に手を触れながらマロース・フィリオネル(ec3138)は寂しそうに呟く。
「確かに‥‥花盗人は罪にならず何て言ったりもするけど花に心奪われて一輪手折ると言うならまだしも、こう大量にしかも何度も繰り返すとなると風情も何もあったもんじゃないなあ」
ヒースクリフも腕を組む。花は大地と共にあるのが一番美しいのに。と。
「犯人は、なんとしても捕まえましょう」
「キッチリ捕まえて折檻ね。駄目なものは駄目ってきちんと教えておかないと、きっと悲劇に繋がると思うから、その辺をきっちりするのが大人の役割だと思うのよ」
シェリル・オレアリス(eb4803)は楽しげに笑って言うとジークリンデ・ケリン(eb3225)の肩を叩く。
冒険者達はこの花泥棒の犯人にある予測を持っていた。
「植物などに造詣が深く、魔法か隠密行動の知識がある。そして、最初は遠慮していたのにだんだんエスカレートしていく無思慮な行動は‥‥」
「ええ」
いくつかの手がかりは一つの犯人像を描き出す。
「とりあえず捕縛して事情を確かめましょう。こっちです」
ここを良く知るワケギの後を歩きながら、ふと鼻腔をくすぐる香りにヒルケイプ・リーツ(ec1007)は足を止めた。
「複雑で美しい花の香り‥‥。ミーナさんはその方と会ってみたいのでしょうか?」
立場上彼女は口に出せないかもしれないけれど。
ヒルケイプはある決意を胸に仲間達の後を追って行った。
○思う人、思われ人
「昨日も花がいくつも盗まれました。見張りはいたのですが、どうしても姿を見つけられなかった、と」
花の手入れをするミーナは冒険者達の質問に答えながらも、どこかホッとしたように見える。
勿論、と言っていいのか表情は冴えない。
「皆さんならきっと‥‥あっ!」
ミーナの手に薔薇の棘が刺さる。紅い球の出来た指を手に取り
「君が沈んでいては、この子達も不安になってしまうよ」
ヒースクリフは静かに微笑んだ。
「犯人については私達が何とかしてみせる」
「だいじょーぶ。花どろぼーさんは、ちゃんとメッ! してあげるから」
「ミーナさんの意思を無視して処分したりはしません。お約束します」
冒険者達の優しい気遣い。使用人達を指揮する上のものとして見せられなかった思いを彼らはちゃんと理解してくれている。
ミーナは頭を下げて
「お願いします」
心からの思いで、そう告げていた。
シャッ、シャッ!
「そう、そこはそんな感じ。髪はもう少し長いかしら。あら?」
「お帰りなさい」
マロースは走らせていたペンと筆を止めて聞き込みから戻ってきた仲間を出迎える。
「どうでしたか? 聞き込みの様子は?」
「それらしい噂を聞きました。‥‥あら、良い出来ですわ。そうこんな感じの子供らしいです」
キャメロットでの聞き込みから帰ってきたシェリルはマロースが描いていた絵を見て頷いた。
ジークリンデのパーストを元にマロースが描いた「犯人」のデッサンである。
少年の姿が描かれている。
「足跡や痕跡からしても予想通り犯人は子供だろう」
ヒースクリフの言葉にワケギは仲間と顔を合わせた。
「なら、おそらく彼に間違いないですね」
数ヶ月前、春の終わり頃から街外れの小屋を借りて一人暮らしをしている少年がいる。
少年はいつも不思議な薔薇の香りを纏っていると彼らは聞いたのだ。
「彼は周囲とも殆ど人付き合いが無いのだそうです。いつも小屋に篭って何かをしていると‥‥」
「不自然な様子や薔薇の香りが周囲にも怪しまれているようですわ。このままでは、彼が逃げ出すか掴まるかは間近ではないかと‥‥」
心配そうに告げるルースアンの言葉を
「そんなのダメ!」
叫びにも似た思いが遮った。冒険者の視線の先。そこには手を握り締めるパラーリアが。
「みんなが幸せにっ! だよ。人のものを盗んだって幸せにはなれないってこと、ちゃんと教えてあげなくっちゃ! そして、彼も幸せにしてあげなくっちゃ!」
力説するパラーリアの頭をヒースクリフはぽん、と優しく叩く。そして
「ああ。決着をつけよう。ミーナの為、薔薇の為、そして‥‥彼の為に」
仲間達に促す。
冒険者全員の思いは、今、一つだった。
○花盗人にあいの手を
深夜、少年は籠を背負い、自分の小屋を出た。
魔法の靴を履き、薔薇の園の近くまで来ると呪文を唱える。
姿消しのそれは魔法だった。
周囲が見えにくくなるが、彼の目的のモノのありかは目では無く、鼻が教えてくれる
満月も近いが幸い、月は雲間に隠れている。
周囲に人の気配も‥‥ない。
今日も、今までと同じく問題は無いだろう。
「よしっ! あと、少しだから、許してくれよ‥‥」
少年はそう呟き、一際美しく咲いた花に手を伸ばした。
だがその瞬間。
「みーつけた!」
突然足元が揺れ、そこに、確かにさっきまで何もいなかった場所に
「ジャーン! はなどろぼーさん。逃がさないよ〜」
少女が現れたのだ。自分は見えにくい筈なのに、彼女は確かに自分の方を見ている。
「姿は見えなくても、貴方からは花の匂いがします」
「貴方には解らないのですか? 花々の嘆きの声が」
「いっ!」
少年は見えにくい目を擦り、見る。周囲から聞こえる女性達の声。
そして目の前に浮かんで消える涙を流した小精霊の姿。
「うわああ〜〜〜っ!!」
籠を放り投げて少年は走り逃げた。錯乱したかのように首を振りながら走る彼はいつの間にか自分の姿を消していた魔法が切れている事にさえ気付かない。
シュン!
微かな音と共に投げられた縄が少年の足元を絡めとり、
「わあっ!」
地面とキスさせた。頭上に落ちた厚い毛布を振り払おうとした手は凍りついたように止まり、やがて動く事さえできなくなっている。
動かなくなった腰。下げられない顔は断罪のように前に構えられた刃から逃げることさえ出来ない。
「愚かな花盗人。覚悟をする事だ」
「ワケギさん。こちらです。的確な指示、ありがとうございます。おかげで先回りできました」
「無事、捕まえたようですね。怪我は無いかしら」
「私達は無いよ〜。でも、この子はどうだろう‥‥。だいじょうぶ?」
その瞬間、風が強く流れ雲を飛ばし、14夜の月を現した。
照らされた月光の下。少年は知る事になる。
自分の前に立つ、八人の冒険者に自らの罪が暴かれた事を‥‥。
○願いの香油
「ごめんなさい」
捕らえられた少年は驚くほどにすんなりと自らの罪を認め、謝罪した。
パラーリアの魅了の効果もあったろうが、元々罪の意識はあったのかもしれない。
「どうしても薔薇が欲しかったんです。それも、沢山‥‥」
翌日、冒険者を案内した彼の小屋の中には溢れかえる薔薇の香りがあった。
「木の枠の中に‥‥これは麻布?」
膝を折りシェリルは部屋中に並べられた仕掛けを見つめる。
木枠の中には薔薇が敷き詰められ、その下の麻布に香りを移している。
「麻布には油が染みこませてあります。薔薇の香りを油に移して絞って香油を作るんです。魔法で作る香水もあるけどとても高価なので自分の手で作ろうと‥‥でも、肝心の良い薔薇が手に入らなくて‥‥」
少年ユーリは小さな小瓶を大事そうに抱いた。
「魔法の素質があった僕に兄は師匠の下で勉強をさせてくれました。けど僕は本当は兄を助けて一緒に働くのが夢なんです。この香油はその為に必要で。薔薇を盗むのは良くないと解っていたけど‥‥」
「でも、夢ってとっても大切だけど自分の夢の為に他人の夢を壊してそれで掴んだ夢って幸せかなぁ。お兄ちゃんだってきっと喜ばないよ」
パラーリアだけではない。冒険者皆が厳しく、優しい言葉を積もらせる。
「今のままでは香水も嘆きの香りを出すことでしょうね」
「大切なのは心の在り様であり、後ろめたい心で夢を叶えても、それは必ず潰えるのよ」
「他人の幸せを奪って作り上げた物は、どんなに素晴らしい物でも、人を幸せに出来ないと思いますよ」
「如何なる理由が有れ、君の行為がミーナ嬢を悲しませた事は変わらない。そして君はこの花がこれから楽しませたであろう人達からもその幸せを奪ったんだ」
冒険者一人一人の言葉を噛み締めるように少年は頷く。
「はい‥‥」
「なら、貴方がまずしなければならない事は解るわね」
「‥‥はい」
彼の目には躊躇いはあっても、迷いはもう無かった。
その後、全ての顛末を知らされ
「どうしますか? ミーナさん」
最終的な判断を任せられたミーナは差し出された香油の瓶と
「大事な薔薇を盗んで‥‥本当にごめんなさい」
頭を下げる少年を見つめた。
どちらからもあの時、感じた、彼女を惹きつけた、甘い香りがしてくる。
「もし道を誤っているのだとしたら、正しい道に戻ることも償いにならないでしょうか?」
そっと囁かれたヒルケイプの言葉を背に彼女は目を閉じ、冒険者を見て頷いた。
そして貴族らしく顔を上げ、宣言したのだった。
「私は彼に‥‥」
それから数日後、冒険者達は見ることになる。
秋薔薇の園で、庭師達にからかわれながら働く少年と、それを優しく見つめるミーナの姿を。
彼らの笑顔は満開の薔薇のように、いや、それ以上に美しく輝いていた。