【北海の悪夢】消えた船乗り

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:11 G 76 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月18日〜09月26日

リプレイ公開日:2008年09月27日

●オープニング

 メルドンの大津波からもう直ぐ一ヶ月が過ぎようとしている。
 死者重軽傷者が三桁にも及んだ今回の惨事。
 その傷跡は深く、町の完全復旧には数ヶ月。
 人々の心の傷が癒されるにはもっと時間がかかるだろうと言われている。
 それでも、人々が笑顔を見せ、前を向いて歩こうとし始めたのは冒険者のお陰であると言えるだろう。
 だが、メルドンの人々にはもう一人、恩人と仰ぐ人物がいた。
 その人物は津波の大災害直後のメルドンに、危険を恐れず船を着け、人々の救出にあたった。
 商品である筈の食料品も薬も衣服も全てを被災者の為に放出し、海に流された人々の救出も夜を徹して行ってくれた。
 救助隊である冒険者が来る事になったキャメロットへの連絡も彼がしてくれなければどれほど時間がかかったか解らない。
 貿易船ブランシュール号の船長オレルドと彼の部下達に感謝しない者はいなかったという。

「その船長が‥‥行方不明?」
 係員の問いかけに商船ブランシュール号の副長と名乗るエギルは頷いた。
 ブランシュール号とはオレルド・グランメルを船長とするイギリスの商船だ。
 乗組員の国籍は様々だが、腕利きの船乗りが揃っていると船長は自慢していた。
 今回のメルドンの大津波において、海上からメルドンに接近し人々の救援にあたった船として、知る者は知る存在となっていた。
 冒険者の何人かも会話こそ無かったかもしれないが顔を見れば、エギルや船員達と顔を合わせていた事に気付くだろう。
 そのエギルが依頼人として冒険者ギルドにやってきて告げたのがついさっきの事。
 彼は行方知れずになった船長を捜すのに協力して欲しいと係員に告げたのだ。
「そうだ。冒険者がメルドンを発つ前日から、船長の姿が町からも、船からも消えた。外出癖のある人ではあるが何も言わず責任のある仕事を放り出す人ではない!」
 財布も持たず、着の身着のままに近い形で彼は姿を消したと言う。
 そして失踪から一週間、帰ってくる気配はおろか町での目撃証言さえ無い。
「我々もメルドンの復興作業の手伝いをしながら船長を待っていたのだが、いよいよ心配になってきたんだ。メルドンで大津波が無ければこちらで荷を降ろし、新しい仕入れをしてもうノルマンに戻っている筈だったからな」
 それが取引先との契約であったから、とエギルは溜息をついた。
 事態の報告はしてあるので、多少は考慮もして貰えるだろうがこれは重大な契約違反になる。
 まして、責任者である船長がいないと解れば‥‥。
「一刻も早く船長には戻ってもらわないとならないんだが、俺達はこの辺の地理や事情にあまり明るくない。それにメルドンでできなくなった補給や仕入れの為に別の港町に行かなきゃならないから、あまりメルドンに長居もできないんだ。その事をパーシ様に相談したら、冒険者ギルドへの依頼を進められた」
 海は何が起きるか解らない。
 万が一のときは副長が船長代理として動かすシステムはできている。
 けれど‥‥
「俺たちの船の船長はオレルド船長だ。あの人が戻ってきてこそのブランシュール号‥‥。だから頼む。手がかりも何も無い状況で大変だとは思うが船長を捜してくれ」
 真剣な目で頭を下げるエギルに、係員は依頼の受理を告げた。
 
 グシャ。
「あっ!」
 海辺で遊んでいた子供達は悲鳴にも似た声をあげた。
 革靴が彼らの間を踏み抜けていく。
 足元には壊れた貝殻。
 家も何もかも失った子供達にとって、この貝殻は今、たった一つの宝物だったから。
「おじさん! 何するの?」
「ひどいよ!」
 涙声と共に、訴えた。
「あれ? おじさん‥‥は?」
 背中にかかる声も涙も聞こえないかのように歩き去る男は、やがて大波と共に子供達の前から姿を消す。
 全ての者からも‥‥。

 彼がどこに消えたのか。
 知るものは、今はまだいない。

●今回の参加者

 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3075 クリムゾン・コスタクルス(27歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb0062 ケイン・クロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ec0246 トゥルエノ・ラシーロ(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

タケシ・ダイワ(eb0607)/ クルス・ライン(ec3850

●リプレイ本文

○消えた男
 出発前、冒険者の一人、クリムゾン・コスタクルス(ea3075)は言った。
『情報がゼロに近い状態で考えても無意味さ。とにかく行動するしかねぇ』
「確かに、そうですね‥‥。考えても何も解りませんから」
 青い空、誰も答える者のいない空の上でリースフィア・エルスリード(eb2745)はそんな事を独りごちた。
 彼女と仲間達が向かうのはメルドン。
 幾度も通った空の道行きではあるが、彼女の脳には目を閉じるとあの日、あの時の絶望の光景が今も焼きついていた。
 海沿いに原型を留めて立つ家は無く、倒れた家の下敷きになった人々の唸り声が幻聴のように耳に残る。
 夏の暑さと水で腐敗は驚くほどに早く進み、吐き気がする程なのに鼻はその臭いにいつしか慣れて‥‥。
「うっ‥‥」
 思い返すだけで思わずこみ上げてくるものさえある。
 口を押さえかけた彼女の横をその時
「えっ?」
 驚くほどに涼やかな二陣の風が吹き抜けていった。
 秋風、ではなくそれは二羽の鷹。
 競い合うように踊るように飛んでいる鷹達にリースフィアが目をとめた時。
「お〜〜〜〜い!」
 彼女と愛馬以外の誰もいなかった筈の空の上で、リースフィアを呼ぶ声がした。
「マックスさん! ワケギさん!」
 見れば彼女よりも高度10m程下でフライングブルームに乗ったマックス・アームストロング(ea6970)とワケギ・ハルハラ(ea9957)が彼女に向けて手を振っていたのだ。
「顔色が優れぬようであるが、大丈夫であるか?」
 心配そうなマックスに大丈夫、と彼女は微笑む。実際、胸の中は透くように軽くなっていた。
「それより、どうしたんですか? お二人とも? 向こうの方達と聞き込みをしていたのでは?」
「あ、その事について伝言である。向こうに着いたら一度、集合して情報の掏りあわせと共通理解を図ろうと‥‥」
「シルヴィアさん達は、もう少し遅れそうですから。先についても少し待っていて下さいとの事でした。あの鷹さんから伺った事もお話したいので‥‥」
「解りました」
「では、また後で、である」 
 馬首ならぬ箒首を返して二人は下に降りていく。
 街道では馬と共に歩く仲間達が見える。
「確かに余計な事など考えている時間は無いですね。行きましょう。アイオーン」
 リースフィアは馬首をメルドンに向ける。
 微かに感じた思いを、風と共に振り払って。
 
「オレルド船長はパーシ様の親代わり、とも言える方だったそうです」
 全員が揃った野営場所。
 炎を囲んだ中央でシルヴィア・クロスロード(eb3671)は仲間達にそう告げた。
 今回の仕事は行方不明になったブランシュール号の船長オレルド・グランメルの捜索である。
 現在の所、冒険者に与えられている手がかりは殆ど無い。
 影の依頼人であり、オレルド船長を良く知るパーシが話してくれた情報は皆に知らせるべきであった。
「黒髪、黒い瞳。髭も立派なものだったね。何より鍛えあがられた身体が見事だった。身長はともかく体型は私と引けを取らなかった、と記憶しているよ」
 薪を入れたヒースクリフ・ムーア(ea0286)の前で炎が爆ぜた。
 彼らはメルドンの町の少し手前にベースキャンプとも言える野営地を立てていた。
 メルドンの宿屋はまだ機能していない。家を失いテント暮らしなどをしている者も多いだろう。
 今回は復興の手助けをする訳でもない彼らが無思慮に中に入るべきではないだろうというそれは冒険者達の思慮であったのだ。
 とはいえ、調査の為には中に入らない訳にはいかない。
 明日から直ぐにでも捜索を開始する為に冒険者はリースフィアと空の上で約束したとおりそれぞれの情報を交換していたのだ。
「船と海が恋人とおっしゃっており、家族は少なくともイギリスにはいないとか」
「まあ、海の男だから港ごとに女が居ないとは限らないが、と笑ってたけどまあ、これは流石に冗談でしょ」
「トゥルエノさん!」
 顔を赤らめる奥手な友にくすくすと笑いながらトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)はウインクする。
 冗談はさておき
「と、とにかく、パーシ様は失踪の心当たりはまるで無い、とおっしゃっていました。ここ暫く会っていないので何があったら解らないが‥‥とも気にしておられましたが」
「そうなればやはりこの失踪は不可解なものと言う事になる。私もあの船長には世話になった事があるが決して自らの仕事を放り出すような人ではないからな」
「でも、ヒースクリフさんの言うとおり特徴のある外見の人でしたから、一週間以上も目撃証言なし、というのもおかしい話では?」
 話には聞いていたがルシフェル・クライム(ea0673)、ケイン・クロード(eb0062)も状況に首を捻らずにいられない。
「誰にも行き先を告げずに、着の身着のままで。自分で失踪したので無ければ事故か事件でしょうが、事故ならば一週間の間手がかりなしというのもおかしい事です。そして‥‥事件ならば」
「誰が、いったい何の為に?」
 そう、最大の疑問点はこことなる。
「デビル‥‥でしょうか?」
「!」
 ジークリンデ・ケリン(eb3225)のさりげない一言。けれど冒険者達の間に緊張が広がった。
 誰もがそうでは? と思いつつ口に出せなかった事、言い出せなかった名である。
「何の要求も、動きも現在の所無いようですから、逆に言えば確かにデビルが関わっている可能性はあるでしょう。でも、それでも疑問は消えません。何故『彼』が消えなくてはならなかったのか?」
 リースフィアの言葉に答えられる者はいない。
「まあ、考えすぎたってどうしようもないよ。っていうよりあたし達はそれを調べる為に雇われているんだからね」
 だがクリムゾンは笑う。
「前にも言ったろ? 情報がゼロに近い状態で考えても無意味さ。とにかく行動するしかねぇってな」
 彼女の言葉に、笑顔に冒険者達の間に漂いかけていた暗い思いは鮮やかに消えていった。
「その通りだ。悩むのは後にしよう。レディ」
「ええ。解っています」
 冒険者達も頭を切りかえて前を向く。
 事件や依頼は計算とは違う。
 どんなに机の前で考えても答えは出ない。
 今は、その答えを出す為の計算式を行動で導き出す時なのかもしれない。
「では、作戦を決めるのである。デビルが関わっている可能性が少しでもある以上、絶対原則として単独行動はしないということは必ず守って‥‥」
「僕とクリムゾンさん‥‥。シルヴィアさんはトゥルエノさんとペアですね」
 炎を囲んでの相談は夜遅くまで続いていた。
 
○いなくなった英雄
 どんな捜査もまず、出発地点から。
 翌朝、メルドンでの調査を開始したヒースクリフとリースフィアが最初にやってきたのはオレルド船長の船、ブランシュール号だった。
「間に合って良かったです。もう少ししたら我々はノルマンへ船出する所でしたから」
 副船長であり依頼人でもあるエギルは、前触れも無い冒険者の訪問を快く迎え、船の中を案内してくれた。
 この船そのものはリースフィアにとって乗船は初めてではない。
 以前幽霊船団との戦いの時、船団への突入に使われたのは何れの時もこのブランシュール号だったからだ。
 とはいえ、勿論その時も中や奥まで入った事は無い。
 自分達とは違う形で命をかける男達の戦場に迂闊に入るべきではないと思えたからだ。
 丁寧に磨きこまれた船内を抜け、冒険者達はある一室へと案内された。
「ここが船長の私室です。船の人間が最後に船長を目撃したものここでした」
「目撃者はどなたかな?」
「コックです。夕食もそこそこに用がある、と部屋に戻った船長に夜食を持っていったのが深夜少し前。その後、翌朝まで船長がいなくなっていた事に誰も気付きませんでしたから‥‥」
 話を聞きながら二人は室内の探索を行う。あまり飾り気の無いシンプルな部屋だ。
 部屋の広さそのものはさっき見せてもらった船員達の部屋とそう大差は無い。
 船員が数名で使っている部屋を一人で二室使っている事や寝室と、本棚や机のあるいわば書斎のような部屋が別々になっているのは船長の特権であろうが特に贅沢をしているわけでもなさそうだ。
「確かに船員さんたちの部屋とはかなり離れていますね。何かあっても気付きにくいかも‥‥」
「でも、見張りは立っています。船に誰か陸から余所者が乗り込んできたら解りますよ!」
「だが‥‥、ああ、あった。あった。これ、お借りしてもいいだろうか?」
 書棚、書類棚を丁寧に調べていたヒースクリフは捜していた者を見つけ手に取った。
「あっ! それは!」
 エギルが目を見開いた。驚いたように声をあげ、慌ててそれを奪い取る。彼が手に取った書物は
『Rog Book』
 ようは航海日誌である。
「船の記録は無関係な人には見せられません!」
 声を荒げるエギルだが、ヒースクリフは口調静かに、でも少しも譲る事無くこう告げた。
「失礼は承知だが、今は少しでも手がかりが必要なんだ。閲覧を許可してもらえないかな? 勿論、必要箇所以外の他言はしないとお約束する」
 船の記録、船長の記録。
 日誌、日記と呼ばれるものを無関係者が見るのはいつの世もタブーではあるが、今はそんな事は言っていられない。
 確かに非常事態なのだ‥‥。
「‥‥どうぞ」
 暫く躊躇しながらもエギルは冒険者達に本を差し出す。
 本を受け取り数ページを見ていたヒースクリフはあるページを見ると声を上げた。
「‥‥まさか。レディ!」
「なんですか?」
 机の下を確認していたリースフィアは小さな羊皮紙の切れ端を指で摘んだ。船長の臭いの残る私物が無いかと捜していたのだが、それを一時手放しヒースクリフの方へと向かう。
「これを見てくれたまえ。一月前の十五日の記述だ」
「えっ‥‥これは!?」
 二人は顔を見合わせる。そこには‥‥。 

「‥‥そうですか‥‥ありがとうございました」
 教会を出てきたジークリンデははあ、と深い溜息をつく。
「どうも、空回りしているであるなあ」
 隣を歩くマックスの吐き出す息も深い。
「皆さん、疲れきっておいででしたから‥‥」
 メルドンの街に入った冒険者達は二人一組での調査、聞き込みを続けていた。
 それぞれに手分けをしてオレルド船長の行方を捜すのだ。
 メルドンの街は先日の大津波で一度壊滅に近いダメージを受けた。
 イギリスの騎士や多くの職人達のおかげで瓦礫の多くは取り除かれて一時期の荒れ果てた廃墟のイメージは少しずつであるが消えつつある。
 けれども多くの人々はまだ元の生活に戻れた訳ではない。
 家を失った人々。仕事を失った人々。彼らの多くはまだ日々を生きるのに精一杯だった。
 そんな彼らから探し人の情報を聞き出すことは容易い事ではないと、冒険者達は僅か半日で思い知らされていた。
「それでも、さっきは少し、それらしい話が聞けたのではないでござるか?」
 だが落ち込んでばかりはいられない。マックスは声と表情を出来る限り明るくしてジークリンデに話しかけた。
「海辺で彼を見かけた、という話ですか? 確かにあの話は興味深いと思います。けれど‥‥本当にそれが噂に聞く船長さん、なのでしょうか?」
「どういう事、でござるか?」
 問いかけるマックスの顔をジークリンデは静かに見つめる。
 落ち込んではいない。
 冷静に状況を把握している目だ。
「さっきの証言は子供から話を聞いた、とおっしゃった親御さんからのものでしたよね。あの方達はおっしゃっていました。『その男は子供達が大切にしている貝殻を踏み潰して行った』と。私は、直接面識がありませんが、皆さんからの話を聞く限りオレルド氏はそのような事をなさる方ではないと思われるのですが‥‥」
「た、確かに‥‥」
 マックスは腕を組む。彼には幾度かオレルド船長との面識があった。
 僅かではあるが会見した印象から考えてもオレルド船長はそのような事をする人物では絶対に無い。
 むしろ子供好きで、船から下りると子供達に土産話や円卓の騎士の話をよく聞かせていたくらいだ。
「聞き込みからもオレルド氏は失踪までは豪放闊達で、人々に好かれる方と解ります。それが‥‥もし豹変したとしたのなら‥‥それは‥‥」
「ジークリンデ殿‥‥」
 唾を飲み込みながらマックスは昨日の夜の話を思い出す。やはり船長は‥‥
「結論を出すには早すぎますね。まずはこの街での最後の目撃証言となる子供達とお会いしてみましょう。それから皆さんが得た情報を改めて確認してみないと‥‥」
 先を歩くジークリンデ。その後を遅れないようにマックスは追いかけていった。

 海辺を歩いていたシルヴィアは、足元の木切れを拾いあげる。
「どうしたの? シルヴィア?」
 声をかけられて彼女は無言で『それ』をトゥルエノに渡した。
「これは?」
 どこから見てもそれは木の破片。だが良く見れば加工した跡が見られる。
「船の残骸だと思われます。先日の大津波でこの街は多くの船を失いました。けれども奇跡的に残った小船が何隻かあった筈なのです。なのに、今来て見たらそれが1艘も無かった。しかも‥‥」
「しかも‥‥なんなの?」
 問いかけるトゥルエノにシルヴィアは木材の一部を指差す。
「ここの所、見て下さい。それは何か巨大な力で破壊された跡です。しかも、ごく最近」
 見れば確かに折れた木の色は白い。
「この街に船を破壊する何かがいたって‥‥事?」
「今、ここに来ている慰問団の皆さんも、復興作業をしている方達も船を作りこそすれ破壊する事など在りえません」 
 シルヴィアは手を胸元に押さえる。
 海辺で遊んでいる子供達は何か知らないか?
 何か手がかりは無いかと捜していた途中、偶然見つけた船の残骸。真新しい誰かの破壊活動の残滓。
 ‥‥船長の調査には関係の無い事のように思えるが
(「なんでしょう‥‥。胸騒ぎがしてなりません。何か恐ろしい事がここで起ころうとしていや、もう起きているのでは‥‥」)
 そんな事を考えたその時だ。
「シルヴィア! あれ!!」
 トゥルエノが指差した先にシルヴィアは考えるより先に走り出していた。

 バサッ!
 突然かけられた砂と粉。粉には砕かれた貝の殻が混じっていて危うく顔を切るところだった。
「クリムゾンさん!」
 あまりにも突然の行動に側にいたワケギは、まだ何が起きたか解らないでいた。。
「お前! あのジジイの仲間か? 怪物なのか?」
 そう言った子供が、クリムゾンに砂をかけたのだ。
「怪物? ‥‥どういう事だい? あたし達が捜しているのはオレルド船長と言う人だよ。お前さん達にとっても恩人じゃないのかい?」
「黙れ! あいつは怪物だ。俺達を騙す為に人間のフリをしていたんだ!」
 興奮したようにまくし立てる少年の前にクリムゾンは膝を折り、少年の手をしっかりと握りしめた。
 少年の後ろには怯えるような少女と、さらに小さな子供達が居る。
「何が、あったか話してみないかい? 騙すって事はそのじいさま、優しかったんだろ?」
「‥‥うっ‥‥」
 かけられた砂と粉を払う事無く、真っ直ぐに少年を見つめたクリムゾンとその手のぬくもりに、彼は少し戸惑うような顔をするとぽつり‥‥
「‥たん‥だ」
 小さな声で呟いた。
「何です?」
「見たんだよ! あの男が、オレルドって船長が俺達の父ちゃん達の船を壊していくのをさ!」
「えっ?」
 手が横に大きくなぎ払われた。振りほどかれたクリムゾンの手。
 だがそこにクリムゾンは子供のやりきれない思いを見た気がした。
「その事をよく話して貰えませんか?」
 ワケギがニッコリと微笑む。
「おにいちゃん‥‥」
 躊躇いがちに裾を引く妹に促されるように、兄は小さく頷くと
「あのさ‥‥」
 静かに話し始めた。
 クリムゾンとワケギはそれを黙って聞いた。
 少し離れた所に立つ二組に手で、大丈夫と合図をしながら。

○現れた男
 深夜、冒険者のベースキャンプ。
「結論から言うと現在までで最後の、本当に最後の目撃証言は二日前の夕方。海辺で見たものだと思われます。ただ、それが本当に『オレルド船長』なのかは疑問が残る所ですが‥‥」
 ワケギは仲間達に、今日の調査結果を仲間達に伝えた。
「どういうことだ?」
 問うルシフェルにクリムゾンが答える。
「オレルド船長はデビルみたいな怪物によって魅了されて、操られてる状態なのかなぁって思う。根拠はないけど、それ以外に思いつかねぇんだ」
 子供達は言っていた。
 その日、船長は海辺にやってきた。今までなら遊んでくれ、いろいろな話をしてくれたのにその日は取り囲む子供達を大きな手で振り払ったのだと。
「痛いよ!」「何をするの?」
 子供達の涙も何も気づかないかのように彼らの間を踏みぬけていった彼は、
「‥‥邪魔‥‥だ‥‥」
 そういうと指先一本を差し伸べた。
 その途端、海辺に並んでいた船は湧き上がる水の球に次々砕かれて行った。
「お父さんの船が‥‥」「何をするんだ!」
 子供達の声が、思いが船長の背中に叩きつけられるその光景が見えるようでもあった。
 だが、そこから先はどうしても想像できない。
「船長は海に歩いていって、そしていきなりいなくなったんだ。人は誰もいなかった。ただとんでもなく大きな尻尾が海に見えて遠ざかって行った。あの船長、怪物だったんだよ!」
「人間が怪物に化けて、海に消えたって子供達は言ってた。大事な貝殻を壊された子もいるって怒ってたよ」
『大好きだったのに』『信じていたのに』
 ワケギの説明を補足しながらクリムゾンはそう結んだ。
「でも、あたしはそうは思わない‥‥怪物に魅了されたか憑依されて、操られてそして、連れ去られたんだ。魔法を使うっていうんなら憑依だね。きっと‥‥」
 ただ海に生き、人を操る事ができるデビルがいるかどうかはクリムゾンのモンスター知識を持ってしてもはっきりとは解らないと付け加える。
「でも、何故? 何の為に‥‥」
 だがそのシルヴィアの問いにはなおの事、誰も答えられはしなかった。
 冒険者達の間に沈黙が広がる。そこに
「一つ、聞いてもらえないか?」
 ヒースクリフが言葉を射した。
「私達はオレルド船長の船の船に行ってきました‥‥。そこであるモノを見つけたんです」
 今まで話を聞くに専念し言葉を挟まなかったヒースクリフとリースフィア。二人は顔を見合せ一冊の本を冒険者の前に差し出す。
 正確にはノート、日誌であるのだが。
「ここの八月十五日の日付にこうあります。
『深夜、不思議な気配に目が覚めた。何かがあった。そんな予感がしたのだ。飛び起き甲板に出る。見張りは何も見えない。と言った。波も少し高めだが以上は無い。だが胸騒ぎがした。遠くに何が見えた気がした。あれは‥‥まさか‥‥。
 急ごう。メルドンで何かが起きている気がする‥‥』
 この日はメルドンで大津波があった日です。船長さんはこの日、何かを見たようです。それに失踪の原因があるかもしれません」
「本来ならメルドンに着くのはもっと遅くなる筈だったらしい。船長が無理を押す形で行って結果メルドンの救出に役立てた、とエギル氏は言っていたね」
 船長の失踪には何か影がある。裏がある。
 最初から解っていた事ではあるが、冒険者達はそれを改めて再確認していた。

 捜索を開始して数日。
 冒険者達は聞き込みを始めとする様々な調査を継続して行っていた。
 サンワードの魔法、犬を使った臭いの捜索。
 海に消えたと言うことからケルピーを使って海の方まで探してみたが船長の行方はようとして知れなかった。
 調査期間はもう直ぐ終了。明日にはキャメロットに戻らなくてはならない。
「しかし、まったく手がかり無しとはな。やれやれだ」
 最後の日も手がかり無しで戻らなくてはならない。
 溜息と共に歩くルシフェルとケインは
「ええ、彼以外に失踪した人も見つかりませんでしたしね。やはり、彼でなくてはならない理由が‥‥ん?」
 ふと、楽しげな笑い声に足を止めた。
「ああ、だいぶ盛り上がっているようだな」
 別依頼の慰問チームだとルシフェルは優しく微笑んだ。
 最初の日に聞き込みをしたり、人が集まる場所であるからと調査に何度か足を運んだが、お互いの目的の違いからあまり深く関われなかった、と話すルシフェルの言葉は‥‥
「おい!」
 どうやら耳には入っていなかったようである。
「あ! はい、すみません。あの‥‥ルシフェルさん?」
「なんだ?」
 耳に囁かれたケインの願いにルシフェルは苦笑し、肩を少し上げた。
 けれど、反対は、しない。
「ありがとうございます!!」
 嬉しそうに走っていくケインを見送り、彼らに背を向けた瞬間
「「ルシフェル!」さん!!」
「わっ! ワケギ殿! クリムゾン殿?」
 彼は顔面0距離に仲間の顔を見つけた。
 慌てて後ずさり。接触こそ免れたものの尻餅をつくルシフェルに謝るより先
「この近くにデビルがいるらしいんだ。捜すの手伝っておくれ!」
 クリムゾンは必死の形相でさらに顔を近づけた。
「デビル?」
「石の中の蝶が反応してるんです。この近辺にいるのは間違い無いのですが‥‥ああ、遠ざかる‥‥」
 ワケギが石の中の蝶を見つめながら悲鳴にも近い声をあげる。
 確かに蝶の羽ばたきは目に見えて弱くなっている。
「ケインはどこだい? 早くデビルを捜さないと、大変な事に‥‥」
「しまった!」
 ルシフェルは振り向いた。さっきまでそこにいた恋人達の姿は無い。
「まさか‥‥! クリムゾン! ワケギ。追うぞ!」
 仲間達を待つ時間も連絡する時間も無い。
(「無事でいてくれよ‥‥」)
 祈る思いでルシフェルは落ちる夕日に染まる黄金の海原に走っていった。

「少し‥‥早いけど、誕生日おめでとう」
「ありがとう‥‥。来てくれて‥‥嬉しい」 
 恋人達は手を繋ぎながら同じ風景を見つめていた。
「綺麗‥‥ね」
「ああ‥‥、もっと一緒にいたかったし、見たかったね」
「うん‥‥」
 互いが互いの意思で依頼を受けた以上仕方が無いと解っている。
 だが、恋人同士にとって
「やっぱり大事な時に大切な人と居られない、ていうのは寂しいし辛い‥‥」
 一時でも離れているのは一緒にいられない事は寂しい事なのだ。
「オレルド船長も、同じ、だったのかな」
 黄金の風景を共に肩を並べて見つめながら、同じ時を生きる喜びを噛み締めながらケインはふと、そんな事を思っていた。
「ケイン?」
「いや、オレルド船長の失踪の理由を考えてたんですよ。パーシ卿が来てくれなかった事に失望して、本当にその隙をデビルに突かれたなら‥‥」
『残念ながら違う。これこそが、私の本来の姿なのだ!』
 低く勝ち誇ったような声と
 ぴゅ〜〜〜っ!
 笛のような音が同時に聞こえる。そして‥‥ケインは気付いた。
「えっ?」
「危ない!」
 飛んできたのは巨大な水球。
 恋人より一瞬早くそれに気付いたケインは恋人を突き飛ばすようにして地面に伏せた。
 その一瞬後を
 そして海を見る。
「あなたは‥‥」
 逆光。落ちゆく夕日。金色の海、悪条件が重なりよくは見えない。
 けれども、海の上に『立っている』誰かが居る。
「オレルド船長!」
 名前を呼びながらもケインはその名に彼が答えてくれるとは思えなかった。
 黒髪、黒い瞳、黒い髭。恰幅のとれた肉体。外見は紛れもなくオレルド船長だ。
 だが案の定『彼』はにやりと笑うとその名を否定する。
『人の名はもう捨てた。私は海を統べるもの。そして世界の秩序を破壊するもの。これより先、私は海の王としてお前達の前に立ちふさがるだろう』
「貴方はデビルだと‥‥」
「待て!」
 恋人を背に庇っていたケインは背にかかる声から仲間達の到着を知る。
 『彼』の出現直後から覆いかぶさるようなプレッシャーがケインを襲っていた。一人では大事な人を守るのが精一杯だ。
 けれど彼らと協力すれば『彼』を捕まえられるかもしれない。
 だが、そんな甘い願いを『彼』は鼻で笑って否定する。
『目的は果たした。完全に目覚めた以上もうこの地にも用は無い。よく聞け、そして覚えておくがいい。冒険者よ‥‥』
「待て!」
 放たれた魔法、聖なる矢。
 だがどちらも当たる瞬間『彼』の姿は溶ける様にそこから消えた。
「くそっ! 逃がしたか‥‥」
 悔しげな冒険者と、誰もいなくなった海と
『よく覚えておくがいい。冒険者よ‥‥』
 呪いめいた言葉を残して‥‥。

○戻らない船長
 冒険者達は翌日、メルドンを後にした。
 船長を発見はできなかったが、もうここには居ないだろうし、姿を現しもしないだろうという魔法と、経験からの冒険者達の判断だった。
「なんて‥‥説明したらいいのであるか‥‥」
 マックスは頭を抱えている。
 冒険者達の表情も、どん底以上に暗い。
 昨夜の悪夢。
 冒険者達は眼前にオレルド船長を確認しながら取り逃がしてしまった。
「あの状況からして結論は一つなのですが‥‥」
「そんな事、ある筈ありません!! オレルド船長が‥‥なんて‥‥」
 必死に近いシルヴィアの否定も、どこか空しい。
「こんな事を知ったらあの方は‥‥また‥‥」
 頭を抱えるシルヴィア。彼女だけではない。
 冒険者全てが、そこにいた者もそうでない者も思い、願っていた。
 昨夕の状況と本人の自白があってなお。
「オレルド船長はデビルなどでは無い」
 と。
 もし、それが真実であるならばパーシはデビルを親代わりとする事になる。
 円卓の騎士の大スキャンダルだ。
『よく聞くがいい。冒険者よ。パーシ・ヴァルは常に他者を犠牲にして栄光を掴む悪魔の子だ。いずれ我々の元へとやってくるだろう。その時犠牲になりたくなければ奴から離れる事だな‥‥』
「信じません。そんな事」
 シルヴィアはきっぱりという。恋する乙女は愛する相手、敬愛する主がデビルの子だ、なととは勿論信じないし冒険者達も信じない。
 彼を一度でも知るものならば同じだろう。
 けれど‥‥他の者達はどうであろうか‥‥。
「でも、あのプレッシャーはただ事ではありませんでした。皆さんや、向こうの人達が来てくれなければ」
 愛する人を守れなかったかもしれない。ケインはつよく唇を噛んだ。
 ふと
「‥‥お兄ちゃん、お姉ちゃん」
 冒険者達は自分達に呼びかける声に気付いた。
 慌てて下を見る。
「えっ?」
 そこには、オレルド船長を目撃したと証言した子供達が集まっていたのだ。
「貴方達‥‥そうだ!」
 シルヴィアはバックパックから波打ち際の貝殻を差し出し貝殻を壊されたという子供に差し出す。
「これはお詫びです。壊された宝物の代わりにはならないでしょうが‥‥」
 けれど
「いらない」
 それは‥‥押し返された。
「えっ? そんなに怒っているのですか?」
「船長さん、見つけたら‥‥船長さんにあげて」
「元々、船長さんにお礼にあげるつもりだったから」
「えっ?」
 さらに驚く冒険者にあの時の少年が一歩前に出て頭を下げた。 
「この間はゴメンなさい。僕ら‥‥あの船長さん。大好きなんだ。とっても優しかったし、いろいろ楽しいお話してくれたし、パーシ様の、円卓の騎士の知り合いなんでしょう? 船を壊したのは、きっと何かの間違いなんだ。僕ら、そう信じることにしたんだ」
「船長さん見つけたら、また遊んでって伝えて!」
 子供達の言葉に冒険者達は返す言葉がない。
 真実はとても伝えられない。
「‥‥解りました。確かに‥‥」
 貝殻を握り締めたシルヴィアはそれだけ言うのが精一杯だった。

 船長は探し出せず、依頼は失敗の形になる。
 だが彼らは情報を持っている。
 重要で、そして伝えるのが辛い情報を。

 ぴるる〜〜。
 鷹が二羽、空を飛んでいる。惑うように旋回していた。
 そのうちの一匹は時折寂しそうな声をあげて。
 ‥‥テレパシーを使わなくても冒険者にはあの鳴き声の意味が解っていた。
 
 冒険者達は帰る。
 慰問にやってきた冒険者達の舞台と街に背を向けて。
 けれど一つの確信がある‥‥。
 冒険者が持ち帰るこの依頼結果はやがてこれからのイギリスを、海を揺るがす大きな事件のきっかけとなるだろう‥‥と。