【北海の悪夢】希望の光の照らす先

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 97 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月18日〜09月28日

リプレイ公開日:2008年09月27日

●オープニング

 ある日、冒険者ギルドに、一人の少女がやってきた。
「お兄ちゃん達、いる?」
 明るい声と共に金の髪が踊るように飛び跳ねた。
 ひょいと背伸びしてカウンターを覗き込む少女を冒険者達は勿論、係員も知っている。
「ヴィアンカ‥‥様?」
 円卓の騎士パーシ・ヴァルの娘。ヴィアンカだ。
 彼女は教会で修行をするシスターでもある。
 けれど、一人で出歩く事ができる身分ではいろいろ無い筈なのだが‥‥。
「突然の依頼で申し訳ありません。教会と叔父様‥‥円卓の騎士パーシ・ヴァル様からの依頼を預かって参りました」
 一人では無かったようだ。
 係員は背筋を伸ばす。
 ヴィアンカの後ろには銀の髪が美しい、娘が立っていた。
 彼女はマリーベル・ディナス。彼女も教会のシスターであった筈だ。
「教会と円卓の騎士からの依頼?」
「はい。教会のシスター達の護衛とメルドンの慰問を」
 係員の問いにベルは頷き依頼書を差し出した。
 メルドンの大津波。
 深夜の大災害が起こした爪あとは未だ大きく残っている。
 騎士団や職人なども多くキャメロットから派遣されて復旧の目処こそ立ってきたものの人々の心の傷はまだ当然のようだが癒えてはいない。
「そこで私達キャメロットの教会のシスターが数名、メルドンに行く事になりました。人々の傷の手当や心のケアの為に」
「私も行くんだよ〜。いっぱいお手伝いするんだ!」
 嬉しそうにヴィアンカは微笑む。
 女子供をあの悲惨な場所へ、とも思うが人々の心に癒しを与えるためというのであれば、確かに高位の司祭達よりも彼女らの方が適任なのかもしれない。
「ただ、私達は戦いは不得手なので、護衛をして下さる冒険者を募集するようにとパーシ叔父様から言われました。そして、もし余裕や希望があれば踊りや歌でメルドンの人々を励ます技を持った方も‥‥と」
 つまり、冒険者を含めて、メルドンへ慰問団を派遣する、という事なのだろう。
「メルドンの惨状は聞いています。私達で出来る事があれば、全力で力を尽くしたいと思うので、どうぞよろしくお願いします」
「一緒に行こうよ。ね!」
「遊びに行くんじゃないのよ。よろしくお願いします」
 はしゃぐヴィアンカを諌めてベルは頭を下げた。
 空気を察してヴィアンカも真面目に頭を下げ‥‥また、顔を上げた。
「あ、あとね。オレルドのおじいちゃんって知ってる?」
「オレルド? ってあの船長か?」
「うん!」
 ヴィアンカは大きく頷き、外を指差した。窓の外の空、見ればくるくると鷹が巡っている。
「あれ、オレルドのおじいちゃんの鷹なの。一度、おじいちゃんの所に戻った筈なのに、なんでかキャメロットに戻ってきたんだよ。おじいちゃん、もうすぐお誕生日なのに。だからプレゼント渡した意思お父さんから、おじいちゃんにって渡すものも預かってるの。だから、ね。お願い! あの子返しにいくのとおじいちゃんに会うのにも付き合って! ‥‥って、どうしたの?」
 瞬きをする冒険者達に少女は不思議そうに首を傾げていた。

 去っていく子供達を見送りってから彼らは壁を見た。
 時を同じくして貼り出されたもう一つのメルドン行きの依頼がある。
 その依頼内容は『オレルド船長の捜索』
 冒険者は理解した。
 これは、パーシ・ヴァルからのもう一つの依頼だ。
 円卓の騎士として今はキャメロット離れられない男からの家族を思う願いだと‥‥。

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb0752 エスナ・ウォルター(19歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec1783 空木 怜(37歳・♂・クレリック・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ラーズ・ヴァリス(ec4168

●リプレイ本文

○誇り高きモノ
 高いキャメロットの王城のさらに上空。
 鷹が青空で旋回している。
 空に向けて騎士は手を伸ばす。
「来い! ノア!」
 鷹は騎士の呼び声に、一瞬、羽ばたきを止めた。
 そして、ゆっくりと滑降し、そして騎士の手へと。
「凄いですね。あれだけ魔法で呼んだのに‥‥」
「心の絆に勝るものはない、ということなのでしょうか‥‥」
 驚きに目を見開く魔法使いや騎士、そして
「お父さん、いいなあ〜」
 少し悔しげに呟く娘の前で、父である騎士は凛々しく微笑むと集まった冒険者達の前に腕に止まった鷹を差し出した。
「こいつの名はノア。オレルド船長の鷹だ。伝令役の様な事もしている。今回、メルドンの危機をキャメロットに知らせたのはこいつだ」
「ヴィアンカには懐いてないのか?」
「うん‥‥。言う事聞いてくれない。まだ遊ばれてるっておじいちゃん言ってた」
 しょんぼりと俯く少女ヴィアンカの頭をキット・ファゼータ(ea2307)は無言で撫でる。
 かつて自分がされた事があるように‥‥。あの頃は子供扱いするなという気分にもなったが、今はなんとなく彼らの気持ちが解るような気がしていた。
 そんな子供達の様子を腕組みしながら見つめるリ・ル(ea3888)の肘をつんつんと誰かが突いている。
「なんだ?」
 振り向いた先には空木怜(ec1783)が疑問符を浮かべた顔で立っていた。
「え〜と、あの行方不明中の船長があの娘のじいちゃんって事は円卓の騎士の‥‥?」
 一番事情に詳しそうなリルに声を潜めてヴィアンカに聞こえないように、と配慮しての事だったが
「直接の血縁は無い。母上の古くからの友人で、子供の頃からの数少ない知人だが母上ははっきりと父では無いと言っていた」
 その配慮を無にするようにきっぱりとした返事が返っていた。
「パーシ卿」
 苦笑するようにマナウス・ドラッケン(ea0021)は肩を竦める。彼は正直だ。正直すぎる程に。
「我が子のように可愛がって貰ったが、船長の家族の話を聞いた事は無い。いつだったか、ヴィアンカが生まれた頃、聞いてみた事があるが海と船が恋人と笑っていたよ」
 微笑するパーシ。だが、その目には心配の色が確かにある。
 今回、メルドンに時を同じくして向かう冒険者のチームは二つ。
 一つは自分達、メルドンに向かうシスター達を護衛するチームともう一つは行方不明になった貿易船の船長オレルド氏を捜すチーム。
 そのどちらの派遣にもパーシ・ヴァルの意思が見える。
 父とも思う家族を案ずる気持ちとキャメロットを離れられない円卓の騎士の立場。
 その両方が二つの依頼と言う変則的な形を生んだのだ。
「へ〜。そうだったんですかあ〜? あの船長さんは以外にロマンチストなんですねえぇ〜」
 リアルに感心、納得したようにエリンティア・フューゲル(ea3868)は頷く。
「だからヴィアンカはオレルド船長とは顔見知りなのか、じゃあメルドンに行った事もあるのか?」
 閃我絶狼(ea3991)の問いにうん、とヴィアンカは大きく首を前に振った。
「昔の事はわかんない。さいきんはね〜一回だけ。お船にも乗せてもらったよ。あとはおじいちゃんがキャメロットに来た時何度か会った。ノアはいっつも髪の毛引っ張ったりしていじめるの」
「こいつはプライドの高い鳥だからな」 
「‥‥大丈夫ですわ。ヴィアンカ様。ノアさんはヴィアンカ様のこと、大好きだそうですから」
「えっ?」
 腕に鷹を止まらせ真面目な顔で話をしていたセレナ・ザーン(ea9951)はパーシのからかいを諌めるようにヴィアンカに微笑んだ。
 驚いた顔で瞬きするヴィアンカがセレナとその腕を見た直後、
 バサバサバサッ!
「‥‥あっ!」
「ノア!」
 羽ばたきと共にノアと呼ばれた鷹は大空へ舞い上がっていった。
「あ〜。やっぱり一緒に行ってはくれないのでしょうかぁ〜?」
 残念そうに空を見上げるエリンティア。
『オレルド船長を探すのに協力して下さいねぇ』
 彼の言葉と願いから鷹は逃げてしまった形になる。
「人間とはつるまない、とも‥‥」
「本当にプライドの高い鳥なんでござるなあ〜」
「一緒に来て欲しかったのであるが‥‥」
 上空でくるくると回る鳥を残念そうに、文字通り指をくわえて空を仰ぐ大男二人。そんな葉霧幻蔵(ea5683)を諌めるようにリルは微笑んだ。
「仕方ないさ。鳥を縛りつけはできない。それに、自分で探す。と言いつつ、一人じゃなくて一羽で先に行く様子も無い。俺達の事を待ってるようでもある」
「話は聞けたんだろ? セレナ?」
 空を見上げるセレナに絶狼は問いかけ、若い魔法使いと共に彼女は頷いた。
「ええ。ただ、彼も詳しい事は解らないそうです。夜、何かが来た音が聞こえた。その後船長は姿を消した。と」
「自分も船長を捜す。お前らは誰が船長を連れ去ったか調べろ、と言っていました。それは、僕達の仕事ですね」
 セレナは『彼』の言葉を仲間と、そしてパーシに伝えた。
「お前も行け! カムシン。ノアと喧嘩するなよ」
 キットの鷹カムシンが空に放され、先に飛んだノアと城門を越えたのとほぼ同時。
「あの‥‥シスター達の用意も済んだようです。そろそろ出発した方が‥‥」
 小走りでエスナ・ウォルター(eb0752)が走ってきた。懸命に走ってきたので息を切らせているようだ。
 冒険者達は顔を見合わせた。あまり護衛対象を待たせるもの拙いだろう。
「俺からも伝えておこう。後で何人かがここに来る約束になっていた筈だからな。お前達は先に進め」
 促すパーシに箒を持った二人は礼を取り、頷く。
「了解したのである。ヴィアンカ殿。オレルド殿の捜索は吾輩達に任せるである。では出発である」
「お先に。向こうでお待ちしています」
 飛び立つ二人にヴィアンカは無邪気に手を振る。
「おじちゃん、おにいちゃん。おじいちゃんをよろしくね〜〜〜!」
 後ろで広がる苦笑いや生暖かい笑みを知る由もなく‥‥。
「そうだな‥‥。よし! いくぞ。ヴィアンカ。おじちゃんに任せとけ」
 半ばヤケ半分にリルは手を叩くとヴィアンカの背を押す。
「はーい! じゃあ、お父さん。行ってきま〜〜す!」
 明るく手を振る少女は、後ろを振り向かず走っていく。
 その後ろを守るように行く冒険者達は
「‥‥頼んだぞ」
 娘に聞こえないように呟かれた願いに一度だけ振り向くと無言である者は指を立て、ある者は頷き進んでいった。
 少女と、仲間と鷹の後を。

○笑顔の使者 
 冒険者とシスター達の一団がメルドンに着いたのは出発から三日後の事だった。
 普段であれば魔法の靴や箒を使って一日で駆け抜けるところであるが、今回は体力の無いシスター達を護衛しながらであったから無理も無い。
「やっと着いた。旅って大変だね」
 欠伸と伸びをしながら身体を伸ばすヴィアンカ。その額をちょんと、指でキットは小突いた。
「毎日夜更かししてるからだ。お前には大事な仕事があるんだろ? 大丈夫なのか?」
 えへっと笑って、だがヴィアンカは表情を切り替える。
「だって、お兄ちゃんと一緒にいられるんだもの。寝てるのもったいなくて。でも、大丈夫だよ。ちゃんとお仕事は頑張る!」
 輝いた瞳は揺ぎ無く、キットを見つめる。その眼差しを受け止め
「そうか‥‥」
 キットはヴィアンカの頭を撫でた。
「それなら俺は側に居よう。力仕事なら任せとけ」
「わーい!」
 はしゃぐヴィアンカ達の前に
「お待ちしてましたぁ〜」
 箒で先行していたエリンティアが現れたのだ。
「うちの子がお世話になりましたぁ〜。みんな、待っていましたよ」
「みんな?」
 首を捻る必要は無かった。
「うわー。本当にぼうけんしゃだ〜。都のシスターもいるぞ〜」
「私達を助けにきてくれたの?」「一緒にあそんでくれるかなあ?」「子供もいるし遊んでくれるよ」
 わいわい、がやがや。
 エリンティアの背後に沢山の人々が集まっているのだ。
「みんな、この災害で家や家族を失った人たちばかりですぅ〜。今までは生きるのが精一杯だった。けれどこれからはきっと別の光が必要なんですぅ〜」
 そっと囁く声に、冒険者達は、シスターも無言で頷いた。
「さあ! やるでござるよ〜。よーってらっしゃい見てらっしゃい明日から向こうの広場で我ら芸人が特別公演を行うでござる。滅多に見れない最高の演技、とくとご覧あれ〜」
 いつの間にか完璧に着ぐるみに着替えた幻蔵は大見得をきって人々の目をひきつけている。
「うわ〜、すげー。おっちゃん、にんげん?」
「遊んで。あそんで?」
 既に子供達からは大人気である。
 やれやれと肩を竦めるリル。
「我ら芸人って、どこまで数に入ってんだか‥‥。まあ、人手が必要な時は言ってくれ。手はいくらでも貸すから。とりあえずは活動場所の確保だな。どこに荷物を入れればいい?」
「では、シスターの方は教会へ‥‥どうぞ」
「炊き出しのお手伝いもしますね」
「怪我人はまだ多いかい? 復興作業で怪我をした人とかは」
「それは、こちらに‥‥」
 休む間もなく動き出した冒険者達。
「お疲れでは無いのですか?」
 シスターの一人が気遣うように聞いた。
 自分達は庇われながら歩いた。夜もゆっくりと眠らせてもらった。けれど彼らは大丈夫なのだろうか? と思っているのかもしれない。けれど
「俺達の事は気にしなくていい」
 心配げな顔を見せるシスターにマナウスも、リルも冒険者達は皆、首をふり笑顔を見せた。
「そうそう。心配そうな顔や疲れた笑顔じゃ人々を癒せない。あんた達の最初の仕事は明るく元気である事だ。ああいう風にな」
 リルが指差した先にはもう動き始めているヴィアンカ、キット、セレナ、そしてベルがいる。
「そのおなべ貸して。はこぶのてつだう!」
「おい、ヴィアンカ。顔が汚れるぞ」
「いいの。いいの。お手伝いするの。お兄ちゃんはたべものはこんで?」
「タグザの大鍋、落とすなよ〜。壊れたら大事だぞ〜」
「ヴィアンカ様。私もお手伝いしますわ。一緒に運びましょう」
「こっちで宜しいんですよね。マナウスさん?」
「ああ、頼む」
 子供達に声をかけ、そしてマナウスはシスター達に手を差し出した。
「こういう場は初めてかな。でも、やれることをやる。それだけは変わらないさ」
「は、はい!」
 正直な話、メルドンのあまりの被害に顔と心を俯かせていたのであろうシスター達は、その言葉に前を向く。
 自分達の役目を取り戻す。
「さあ、行くぞ。仕事は山積みだ」
 歩き出す一行。
 その列の最後を守りながら絶狼は
「居なくなったオレルド船長、今だ爪痕を残す街。‥‥確かに問題はこれからって所なんだろうな。ここで俺達は何ができるか‥‥。何をしてやれるか‥‥」
 小さく、小さく呟いた。
 誰にも聞かせない思いを。

 深夜。
 教会で寝付いたヴィアンカの髪を撫でていたセレナは、トントン。
 音に気がつき立ち上がった。
 窓を叩く音。そして
「出てこれるか? セレナ。エスナ」
 リルの声だ。
「解りました。ベル様、ここをよろしくお願いします」
「任せて下さい」
 既に眠りについたシスターやヴィアンカをまだ眠っていなかったベルに任せ二人はそっと外に出た。
「ご苦労さん。いろいろ大変だったな」
 労うリルにいいえ、とセレナは笑う。
「皆さんの方こそ、力仕事と護衛。お疲れ様でした」
「復興しつつあるとはいえ、まだまだ傷跡は大きいからな。退屈している間だけはなさそうだ」
「明日からは、いよいよ我々の慰問劇団の始まりでござる。エスナ殿もよろしくお願いするでござるよ」
「‥‥あ、はい。リルさんや幻蔵さんみたいに上手くはいかないと思いますが‥‥頑張ります」
 ぐっと、手を握ったエスナに軽く微笑んでから
「で、向こうはどうだって言ってたんだ?」
 キットは腕を組んで幻蔵と絶狼に問いかける。向こう、とは同じくメルドンに滞在しているオレルド船長捜索班の事だ。
 向こうとの連絡役のような役割を果たしていた彼らは、さっき現時点での情報を交換してきたのである。
 二人は顔を見合わせると向こうの冒険者達の話を仲間達に伝えた。
「まず、第一にオレルド船長の消息はまだ掴めてはいないようでござる。手がかり殆ど0であるからして仕方ないといえば仕方ないでござるが‥‥」
「だか、最後の目撃証言がとんでもない事になってる。数日前、彼は魔法のような力で船を破壊しそして波と共に海に消えたってな」
「おい!? ちょっと待て。魔法? あの船長が魔法使いだなんて話は聞いてないぞ!」
 驚くリルに勿論、と絶狼は頷く。オレルド船長が魔法を使用でき無い事は彼の船の船員達にも確認してある。と。
「じゃあ‥‥一体?」
 声を荒げかけたリルは、ハッと気がついた。仲間達もきっと同様だろう。
「デビルか何かに囚われている‥‥と?」
「今はその方向で調査を進めてるらしい。憑依か魅了、おそらく憑依じゃないかと思うんだが‥‥」
「どちらであれ、船長の姿で悪事を働かれたら、厄介な事になるな」
 不安な思いは、ちょっとした事でどう転がるか解らない。恩人の豹変がメルドンの人々に知れればどれほど不安を与えるか想像するだに恐ろしい。
「とにかく、今のところは様子を見た方がいい。俺達は俺達の役割を果たし、人々の心を安定させる。それが向こうの連中の情報収集をやりやすくし、ひいては船長の事を助けるのにも繋がると思うんだ。俺は明日あたりから不安を抱えてる人達のカウンセリングをしてみる」
「なら俺達は予定通り、演技や技で人々を励まそう。少しでも心の支えになるようにな」
「不安は顔に出すなよ。いつも笑顔でいるんだ」
 頷きあい、それぞれの場所へと戻る冒険者達。
「そう言えば鷹は? キット?」
「そう言えば戻ってこないな。でも、餌は食べに戻ってる。ノアも一緒に食ってるみたいだから大丈夫だとは思うけど‥‥ん?」
 暗い星空を一度だけ見上げ、キットは首を捻った。
 一瞬、指輪の中の蝶が揺れた気がしたのは気のせいだろうか?
 それが気のせいでは無い事。闇に紛れ自分達を見つめる視線がある事に冒険者達はまだ気がついてはいなかった。

○光と闇の舞台俳優
「こういう時しいスキル持ってないと力仕事になるわけだ。文句はないけど‥‥」
 よいしょっ。
 キットは頼まれた荷物を楽屋に運び溜息をついた。
「兄ちゃん。楽屋に入ってもいい?」
 顔を覗かせる子供達。それを
「いろんな意味で危ないから止めとけ。それにもう直ぐ始まるぞ」
 両手で押し出してキットは外へと促した。
 キットを兄ちゃんと呼ぶ子供達。
 ここ数日、キットはヴィアンカの護衛をする傍ら、災害にあった子供達とのコミュニケーションをとっていた。
 元々、他のシスター達と異なり最年少のヴィアンカに求められていたのは「子供達と遊ぶ事」である。
 金髪碧眼、見るからに貴族の娘であるヴィアンカをメルドンの子供達は最初、遠巻きに見つめるだけだった。
 だがヴィアンカは貴族にありがちな高慢さの無い、素直な子供である。
 自分から鍋を運び、炊き出しを手伝い、そして笑いかける。
 差し出された手と手を取り合えば子供達が仲良くなるのは直ぐであった。
 キットもまた、仕事の合間子供達と遊ぶ。
 蹴鞠を使ってのボール遊びをきっかけに、かけっこや鬼ごっこなど身体を使って全力で遊んでくれるキットもまた子供達に受け入れられて‥‥今日の慰問劇団の特別公演に一緒に行こうと誘われたのだ。
「まあ、何をやるかは知ってるけど、ここは一緒に楽しませてもらうとするか?」
「うん!」
 仮ごしらえの舞台の前には人々が満員。
 その前方。
 子供の為に作られた特別席で、子供達を周囲にヴィアンカを横に、小さな子供を膝に乗せキットは座る。
 わくわくという思いが見えそうな中、
 シャラーン、シャラーン。
 優しい鈴の音が響いた。ざわめきが止まり、人々の注目が集まる中三度目の鈴の音と共に、
 ドドドドド。舞台の中央に着ぐるみ猪が突進してきたのだ。
 舞台の中央を越えても勢い止まらず、このまま退場か。と思われたのだが、そこは足で勢いを殺して一気にバク転。
 彼は見事に舞台の中央へと戻っていった。
「れでぃーす、あーんどじぇんとるまん!そして、そして良い子のみなさん。
 これから冒険者の特別劇場。大かあーにばるを行うのでござる」
「「「「「わあっ!」」」」
 満員の会場からの、満場の拍手。
 それを両手を広げて受け止めた舞台の猪は大きく息を吸い、口上を述べ始める。
「“笑う門に福来たる”というのは遠い異国の言葉でござる。
 辛い時、苦しい時でも、一時忘れて笑いましょう
 笑わにゃ損々、私ら笑顔のお手伝い
 さあさ、皆、笑って頂戴な
 笑って、福を呼びませぅ
 あ、それそれ、それ、シャン、シャンしゃん!」
 手拍子で人々を促しリズムを取る。
 子供達は勿論、ヴィアンカも、大人もみんな人々もすっかり彼の技法に引き込まれていた。
「流石だな。掴みは完璧か‥‥」
 感心するキットの前で
「次は劇団きっての美少女エスナの猛獣? ショーでござる。拍手〜〜〜」
 幻蔵は司会も勤め次の出演者を誘導した。
 出て来たのは猛獣、という言葉とは想像もつかない着ぐるみ美少女と白い狼だった。
 狼の方は猛獣と言え無い事も無いが‥‥。
 ざわめく客席に向かい犬の着ぐるみを来たエスナはぺこり、頭を下げた。
「えっ、えと‥‥今から、このラティ君が私の投げたボールを全部キャッチして見せます。見事成功したら、拍手をお願いしますっ!」
 そして緊張の面持ちでフロストウルフを座らせると
「行くよ! ラティ‥‥。ていやっ!!」
 大きな身振りでボールを投げるエスナ。見事にキャッチして拍手喝采‥‥の予定だったのだが。
「あり?」
 ウルフは座ったまま、ひょいと頭を動かしボールを避けていた。
「避けちゃダメだよ。ラティ。じゃあ、もう一回。えいっ!」
 だが今度もボールは横をすり抜けていく。
 その後、何度投げてもボールは全て、ひょいひょいひょい。
 ウルフの上下左右を抜けていく。
 その様子は見ているだけでも微笑ましく、またコミカルで、いつしか人々の間からは笑顔と拍手が生まれていた。
「も‥‥もう。怒ったよ。最後の一球受けてみよ〜〜」
 どこかフラフラになりながら最後のボールを投げようとした時、故意かはたまた偶然からか。
 ウルフの足元からエスナの足元にボールが転がってきて。
「ふみゃっ!」
 彼女はお約束のごとくボールを踏んで、滑って‥‥転んだのだった。
「あ〜〜。目の前にボールじゃなくて星が飛んでますうぅ〜〜」
 パタ。
 倒れた少女と、まったく表情を変えない狼の対比に、人々は大爆笑。
 予定とはまったく違った形になったが、エスナの舞台は大成功に終わった。
「さあて、次に控えますは右手左手両の手を、自在に操るジャグラーリ〜ル〜!」
 拍手と共に現れたのは良く知る知人。だが、キットは
「ブッ!」
 思わず息を吹きだし、我が目を疑った。
 あのリルがまるごとまんげつを着て、のっしのっしと歩いてくるのだ。
「アレ‥‥リルおじちゃんだよね?」
「ああ‥‥随分思い切ったなあ〜。でも、あれで何するつもりだろ。そもそも動けんのかな?」
 まんまるの月の着ぐるみは肥満体型とほぼ同じ。
 動きにくい事この上ない筈だが、軽い民族音楽に合わせたリルの動きは軽快で、さっきエスナがこぼして行ったボールを次から次へと拾っては見事なジャグリングを披露し始めたのだ。
 それは、冒険者の目からも、素人の目から見ても見事なもので、惜しみない拍手が送られる。
「流石、お見事でござるな。さて‥‥次は‥‥」
「ちょっと待った。ゲンちゃん。とって置きの技も見せてやるから、ちょーっと協力願えるかな?」
 ニヤッ。彼の十八番。邪笑に打ち合わせてはあったにも関わらず、思わず幻蔵の頬に汗が流れる。
 立ち尽くした幻蔵の両手両肩、そして頭上にリンゴを置くと
「さあ、一瞬だからお見逃し無く! えいっ!!」
 彼はウィップを一閃。本当に瞬きする間に5つのリンゴを見事に落としたのだった。
 紙一重。怪我一つ無い幻蔵とリルに再び拍手が上がる。
「あ‥‥あ〜。ビックリした。さてさて、次は軽業でござる〜〜。一座きっての美女ゲン子さん、どうぞ〜〜」
 ささっと陰に隠れた幻蔵と入れ違いにグラマーな美女が美しい衣装を纏って現れた。
 大人達の歓声が上がる中、彼女は木の上や張られたロープの上を軽やかに舞う。
 それは、鈴の音と相まってまるで夢を見ているかのようであったという。
 やがて彼女がロープの上からジャンプして、見事に着地を決めると割れんばかりの喝采が起きる。
 それを優雅に受け止めるとゲン子は姿を消して、代わりに息を切らせたまるごといのししが戻って来たのだった。
「では、最後はその名も高いマナウス・ドラッケン氏の竪琴でござる。皆さんもよければご一緒に‥‥」
「私はただの楽士に過ぎませんよ。少々多芸な、ね‥‥」
 舞台の中央に立ったマナウスは軽く一礼して椅子に座ると、竪琴を静かに、優しく爪弾いた。
 既に街の中で何度か彼の竪琴を耳にした者も多い。
 歌が得意なシスターとのペアが好評で、今日も横に立つシスターにマナウスは目で合図をした。タイミングを合わせ、歌い始める二人。奏でられる曲、全てに拍手が起こった。
 キャメロットの古謡、メルドンの舟歌。そして楽しい楽しい恋の歌。
 人々の小さな歌声はやがて大きな歌の輪になり、そして‥‥大合唱になった。
 それぞれの思いを込めた歌は高く、高く、青空へと響いていったという。

「あれ?」
 夢のような祭りが終わって、暫し
「ふにゃ? いつの間に寝てたのかなあ。あれ?」
 ヴィアンカは寝ぼけ眼の目を擦り、ふと気がついて顔を左右に振る。
「ヴィアンカ様、ご無事でしたか? 良かった」
 セレナが駆け寄って安堵の声を上げているが、周囲に彼女が捜す人物はいない。
「お兄ちゃんは?」
「キットさんは‥‥今、別の方に行ってらっしゃいます。直ぐに戻ってきますから、一緒に教会に帰りましょう‥‥」
「ホント‥‥?」
 心配そうなヴィアンカの手を勿論、とセレナは握って一緒に道を歩く。
 セレナはヴィアンカに最後まで知らせなかった。
 振り返った彼女の視線の先、憔悴しきったエスナと彼女を抱きかかえる恋人。
 そして、深刻な顔で集う冒険者達がいた事を‥‥。

○心の爪痕
 その日、彼女は怜の前に手を組み、涙しながら言った。
「私だけ助かった事に罪悪感を感じています。母も、父も弟妹も死んだというのに私だけ生きていてもいいのでしょうか?」
 彼女は災害の後、休む間もなく働いてついには倒れた教会のシスターだった。
「どうして、そんなに無理をするんだい。心の中に何を溜めている?」
 いつまでも絶えぬ笑顔を気にした怜が彼女の異変に気付かなければ彼女は死ぬまで働き続けていたかもしれない。
「俺は‥‥貴女の悩み、苦しみは解らない。だが‥‥君が生き延びた事、ここにある事にきっと意味はあるのだと思う。月並みな言葉しか出ないけど‥‥死んだ家族の分まで君は、きっと幸せにならなければいけないんだよ」
 精一杯の思いで紡いだ言葉に、彼女は涙し、ありがとう、と言って帰っていった。
 彼女の心の傷は一朝一夕では消えまいが、いつか生きている幸せを感じられる日が来るだろう。
「まるで‥‥あいつみたいな悩みだったな」
 その怜の話を聞いてキットは吐き出すように呟いていた。
 冒険者達の表向きの行動に、変化は無い。
「ほら、料理が出来たぞ。味は‥‥多分そう変じゃない筈だが」
「あったかいシチューだ。お代わりもあるぞ〜」
 炊き出しを手伝い、治療や復興作業を手伝い、働く冒険者達。
 だが、明らかに変わった彼らの様子にシスター達、特にヴィアンカとベルは首を捻っていた。
「一体、何があったのかしら?」
 と。

 冒険者達は慰問公演の日、あった出来事に対して沈黙を守る事を決めていた。
 あの日、出演を終えて恋人と逢瀬を楽しんでいたエスナの前にオレルド船長が現れたのだ。
 水の魔法で二人に攻撃してきた彼は、海上に立ち、冒険者達にこう宣言したという。
『人の名はもう捨てた。私は海を統べるもの。そして世界の秩序を破壊するもの。これより先、私は海の王としてお前達の前に立ちふさがるだろう』
 船長は姿を消したが、冒険者達の心にメルドン以上の爪痕を残していった。
『彼は、水上に立っていました。憑依されている人物にはそんな事はできない筈です』
「魅了されていたとしても‥‥あんな事は言えませんよね‥‥まさか‥‥本当に?」
「ふん! 馬鹿馬鹿しい。カムシンも、ノアもあれは船長じゃ、人間じゃないって言ってるんだ」
 不安げな仲間達の様子をキットは鼻で吹き飛ばした。
 石の中の蝶に気付いたキットも、ヴィアンカを置いて後を追いかけたのだった。
 彼自身は船長が海に立っていたという光景を実際目撃していなかったし、向こうのチームに教えてもらったデビルが言い残して言っていた事など信じるつもりはさらさら無い。
 だが、自分自身が海の王だと告げ、世界の秩序を破壊する、と言い残して船長が姿を消したのは事実である。
 先行して戻った調査隊は今頃、パーシ・ヴァルに報告をしているかもしれない。
 いずれ、ヴィアンカやベルにもそれを告げなくてはならない時が来るだろう。
 けれど‥‥
「これ、鳥なのかなあ。なんだかずんぐりだね」
「狼って始めて触った。ふかふかだあ〜」
「おじちゃん。見てみて。二個で上手に回せる様になったんだよ。練習したら三個もできるかな?」
 自分達の救い主である船長を心の支えとする人々や子供達。
 そして‥‥
「お兄ちゃん! 早く、早く!!」
 輝く笑顔を見せるヴィアンカ達の心を、笑顔を今は、曇らせたくは無かったのだ。
 もう暫くの間だけは‥‥。

 派遣の期間が終わり、冒険者とシスター達がキャメロットに戻る日がやってきた。
「ありがとうございました‥‥。本当に‥‥」
 街の半分以上の人々が見送りに来て、別れを惜しんでくれた。
「皆さんのおかげで生きる勇気が湧いてきました」
「不安を受け止めて貰えて‥‥どれほど嬉しかったか‥‥」
「お料理、美味しかったよ〜」
 人々は口々に感謝の言葉を述べてくれた。
「また来るから! いっしょに遊ぼうね」
 無邪気な約束をし、ヴィアンカは街の子供達にいつまでも手を振っていたものだ。
「楽しかった、なんて言ったらふきんしん、なのかもしれないけど、楽しかったなあ」
 笑顔で言うヴィアンカ。だが、
「おじいちゃん、見つからなかったなあ。プレゼント、渡したかったのに‥‥」
 その顔はほんの少し寂しげだった。
「プレゼントや預かり物も渡せなくて残念だったな。でも何だ、ヴィアンカが頑張ってお手伝いしてればじきに戻ってきてくれるよ」
 絶狼の慰めにうん、と頷いたものの表情はやはり冴えない。
「ヴィアンカ」
「なあに?」
 俯いて歩いていた少女を呼び止めたキットはポケットからごそごそと何かを取り出すと
 パチン。
 髪に何かを止めた。
「えっ?」
 ヴィアンカは自分の頭を何度も触る。キットが触れた場所には透き通った感触の何かがあったのだ。
「やるよ。今回頑張ったご褒美と‥‥ま、お守りだな」
「ありがとう!」
 ヴィアンカはキットの首に飛びつき頬にキスをする。彼女の髪には瞳と同じ色の蒼鼈甲の髪留が輝いていた。
「そういえばベルさぁ〜ん。ご家族はご息災ですかぁ〜?」
 くるくると回るヴィアンカを見つめ、エリンティアはある人物を思い出していた。
 悪魔に利用された悲しい女性を。
「元気で、いるとは思います。直接会ったりはしていないですけど‥‥」
「そうですかぁ〜。近い内に遊びに行きたいものですねぇ〜」
 遠い地を思い出しながらエリンティアは呟き、同時にこれからの事に思いを馳せていた。
 彼のみでなく、冒険者の多くが感じていた。
 近づきつつある闇の気配を。
「できるならぁ〜、二度とあんなことは繰り返したくないですぅ〜」
「ああ‥‥。絶対にな‥‥」
 戻りつつあるメルドンの人々の息吹。そして大事な者達の笑顔。
 それをこれから何があろうとも、決して失わせはしないと、冒険者達は心に決めていた。

 空は秋晴れ。リルは空を見上げ
「おい! あれを見ろ」
 そう声を上げた。連れ立って飛んでいた二羽の鷹が一度交差すると、左右に分かれて行ったのだ。
 右に行った鷹は降下し、主の呼び声に答え、キットの腕へ。
「カムシン!」
「ノア!」
 だが左に飛んだ鷹は呼び声に耳を止める事無く、真っ直ぐに去って行った。
「ノア!」
 彼は消える。メルドンへと真っ直ぐに飛んで。

 冒険者が再び誇り高き『彼』と『彼ら』に再会するのはまだもう少し先の話となる。