【幸せのお菓子】大きな胡桃の木の下で

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月25日〜09月28日

リプレイ公開日:2008年10月03日

●オープニング

 今年も、大きな胡桃の木が、たわわに実をつけた。
 彼女は木を見上げ‥‥そして祈りに手を組み、目を閉じる。
 この木を植えたのは、今から20年近く前の事。
 あの人は汗を流しながら木を植えてこう言ったっけ。

『胡桃は最高の家具を作るのに相応しい木なんだ。だから、僕の家では代々、娘が生まれたら胡桃の木を植える。そして、その娘が嫁いでいく時にその木を切って家具を作り持たせるんだ。父も、祖父もそうしてきた。僕も、そうするのが夢だったんだよ‥‥』
『まあ。でも、生まれてくるのが息子だったらどうするの?』
『あ、そうか‥‥。でも、なんとなく解る。きっと女の子だよ。君に良く似た‥‥ね』
 照れた彼の顔を今も覚えている。
 彼が死んで、十年以上も経つ今でも。

「お母さん!」
「エレ? どうしたの?」
 目を開けて彼女は駆けて来る娘を迎えた。
「お父さんが呼んでるわ。店番を頼むって‥‥。あ。胡桃の木。今年も随分沢山、実をつけたのね」
「ええ、今年が最後の実だから、頑張ってくれたみたいね」
 そう言うと、彼女は木と、娘を交互に見つめる。
 娘は、嬉しそうに、愛しそうに胡桃の木を見上げている。
 家の後ろで家族を守るように立つ大きな木は、店のシンボルでもあり、家族の自慢でもあった。
「でも‥‥、お母さん。本当にこの木、切っちゃうの?」
 母の思い、決意、それを知ってもなお、残念そうに娘は呟く。
「ええ。貴女も来年の春にはお嫁に行くのですもの。それが、この木を植えたあの人の願いだったから」
 胡桃の木を切ること。
 それを何よりも寂しく思っているのは母だと解っているから娘は何も言わず木を再び見上げた。
 そして‥‥
「だったら! 最後の胡桃の実で胡桃フェアやりましょう! 胡桃のパンとか、胡桃入りのお菓子とかいっぱい作って!」
 明るい提案をする。
「それもいいわね。じゃあ、いっそコンテストにしましょうか? 最優秀者には豪華粗品進呈って!」
「おいおい、何をしているんだ!? 早く店を手伝いに来てくれよ」
「「はーい!」」
 顔を見合わせあった母子は、もう一度だけ胡桃の木を振り返り、そして前を向いて走っていった。

 冒険者ギルドにこんな貼り紙が貼られたのはそれからしばらくの事だ。
 主催は近くのパン屋。

「お菓子コンテスト 〜胡桃を使ったお菓子大募集〜
 秋の実り、胡桃を使ったお菓子のアイデアを募集します。
 食べやすく、皆に長く愛される胡桃を使ったパン、お菓子のアイデアを考えて下さい。
 材料の胡桃は無料提供いたします。
 完成したお菓子を一般の人に試食していただき優勝を決定します。
 優勝者には豪華粗品進呈。
 参加賞も有り。
 料理自慢の皆さん、ぜひふるってご参加下さい」

 収穫祭前の小さいが楽しいイベントになりそうだ。
 貼り紙とその前に置かれた胡桃の籠が、秋の香りとそんな予感を冒険者に感じさせていた。



 

●今回の参加者

 ea5322 尾花 満(37歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb8226 レア・クラウス(19歳・♀・ジプシー・エルフ・ノルマン王国)
 ec1007 ヒルケイプ・リーツ(26歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 ec4929 リューリィ・リン(23歳・♀・レンジャー・シフール・イギリス王国)

●リプレイ本文

○思い出の胡桃の木
 胡桃。
 その食歴は長く、数千年以上前人に愛されてきたという。
「へえ、見事な木ですね」
 パン屋の娘、エレに案内された木を見上げながらヒルケイプ・リーツ(ec1007)は感心したように息をついた。
 まだ若い実がいくつも葡萄のように固まってなっている。
 外見はパッと見ると本当に葡萄かプラムのようだ。
「あ、これ割れてる。中身が見えるよ」
 足元には落下した実がいくつも。パックリと外皮が割れて中が見えているものもあれば、外皮が黒く腐っているものもある。
「あら、いらっしゃい」
 その一つ一つを拾って集めていた女性が振り返り笑顔で頭を下げる。
「母です」
 紹介するエレの横で、スッと尾花満(ea5322)は前に出た。
「拙者、尾花満と申す。こちらは妻のフレイア。この度はお役に立てるか解らぬが微力を尽くさせて頂こう」
「私はジプシーのレア・クラウス(eb8226)よ。よろしくね」 
 夫の紹介に合わせ会釈したフレイア・ヴォルフ(ea6557)と共に冒険者もそれぞれが今回の依頼人(?)に挨拶をする。
「いくつか持ち込みも頂いておりますが、生の調理も見せて頂きたいのでキッチンを使って頂くのは大歓迎ですわ。ぜひご自慢の腕を振るって下さいな」
「任せて、任せて! 鉄人のエプロン・大包丁・おたまとゴールデンカッティングボードの効果をすべて使って挑戦するよーっ」
 元気に拳を振り上げるリューリィ・リン(ec4929)の言葉に周囲からくすくすと笑い声が聞こえる。
「思い出し笑い禁止〜!」
 ぷいと顔を背けるリューリィ。
 詰め込みすぎたバックパックが重すぎて身動きできなかった彼女を皆が助けたのはついさっきの事だが、とりあえずは内緒にしておく。
「でも良い木だな。嫁ぐ娘の為に木を植える。良い風習であるな」
 満は夫人を見つめ、そしてもう一度改めて木を見上げた。
「あの人の一家の伝統なのだそうです。娘の誕生に木を植え、成長したらその木で家具を作る。共に育った木で作った家具を自分の妹が貰うのを見、やがて自分も子供にそうするのが夢だとあの人は言って‥‥」
 眩しそうに木を見上げる夫人。彼女の最初の夫が既に故人である事は聞いている。
 来年の春、彼女の娘が嫁ぐ事も‥‥。
「本当に良い風習である。さて拙者は子に何を残してやれるやら」
「満」
 感慨深げに木を見上げる夫に妻はかける言葉無く佇む。
「いや、さて置き今はこの貴重な胡桃をどう活かすか、考えると致そう。うむ、良い胡桃だ。腕が鳴る」
 地面に転がった果実を拾い、満は微笑む。
 それを見てエレもその母親も、妻も仲間達も楽しげな笑みを返したのだった。

○キッチンにて
 休日のキッチンには自由に使用して良いと用意された材料が並んでいる。
 小麦粉、卵、牛乳、砂糖。
 どれも上質なものばかり。
「それに胡桃。秋らしいお菓子ができそうですね」
「ヒルケイプさんは何を作るのですか?」
「ヒルケでいいですよ」
 笑いながらヒルケは手際よく小麦粉、牛乳、バターを混ぜてそれに軽く炒った胡桃を入れる。
「私は定番ですけどスコーンを作ろうと思います。あとでベリーのジャムを分けてくださいね」
 型に入れて成形。手際よく料理を勧めていくヒルケ。
 一方、他の三人+一人の料理はまだ料理の形態をしてはいなかった。
「まったく、手間のかかるものを」
 体重をかけて粉をこねる満。パイ生地を作っているのだ。パイ作りは特に手間がかかる。繰り返しの力作業が必要だ。
「ごめんね〜。私の分まで生地頼んで。あ、エレさん。今度はそれをすりつぶして!」
「はい」
 そんな満にリューリィは汗を拭きながら礼を言う。助手についてくれたエレや母親に手伝って貰うが人間サイズのキッチンでの料理はやはりシフールの彼女には大変のようだ。
 それでも身体にバターや粉を付けながら一生懸命に材料を捏ねている。
「そっちはアップルパイでしょ。私の方は胡桃のクリームを中に入れるの。ウォルナッツ・アリュメット、ってところかな? うん、美味しい」
 跳ねて鼻の頭についたクリームをペロリ舐めてリューリィは微笑む。
「確かに美味そうだ。‥‥ん?」
 ふと、満は手を止めた。そして
「フレイア。ここを頼む。体重をかけてしっかりとな」
 パイ生地を妻に託してキッチンの端で、材料を睨み立ち尽くすレアの元に近づいた。
「どうした? フレイアと何か考えていたのだろう?」
 声をかけられてレアは手にもっていたものを満に差し出しながら答えた。
「作ってみたいものはあるのよ。これ‥‥。でも、材料が整わなくて‥‥」
 それは満も思いついたが材料の問題から諦めた品だった。
「ジャパン以外ではなかなか手に入らぬからな。代わりにあれを使用してみてはどうかな。やや青臭さは残るかもしれんが」
「あ、それいいかも! 買ってくる。ありがとう。尾花!」
 耳打ちに表情を明るくして走っていくレアを見送りながら満は微笑む。せっかくのアイデア。できれば生かしてやりたかった。
 満足げに振り返る満を
「満〜」
 怨念めいた顔でフレイアが迎えた。
「な、何だ? フレイア?」
「体重をかけてってどういう‥‥」
「い・いや、他意は無い。拙者がやると生地にコシが出すぎてしまうと思ったまでだ。拙者はまだクレープ作りとリンゴの甘煮も作って‥‥」
「満!」
 くすくすくす。
 笑い声が広がる。お菓子作りの最高のエッセンスは楽しい気持ち。
 買い物を終えて戻ってきたレアも含め、昼下がりのキッチンには笑顔が耐えることは無かった。
 
○受け継がれる思い
「お楽しみの試食タ〜イム!」
 並べられた料理を自慢げに、嬉しげにフレイアは見つめている。
「フレイア」
 妻に軽く肩を竦めながら、満は完成した料理を机に並べた。
「こちらは胡桃入りアップルパイ。こっちは胡桃のクレープだ。で、これはおまけの胡桃パイ。パイ生地の端切れで作ってみた」
「私は胡桃のスコーンです。甘さは抑えてあるのでこの店自慢のジャムと一緒にどうぞ。少し苦みのある胡桃入りスコーンがリオンさん、甘くて宝石みたいなベリーのジャムがエレさん。このお菓子みたいに、お二人が一緒になって幸せな家庭になりますように♪」
「ジャーン! ウォルナッツ・アリュメット完成!」
 香ばしい香り、甘い香りが鼻腔をくすぐる中、
「あれ? どうしたの? できたんでしょ?」
 リューリィは作品を後ろ手に隠すレアの顔を覗き込んだ。
「まだ、味見をしてないのよ。イメージに近いとは思うんだけど‥‥」
 遠慮がちに差し出されたのは丸くシンプルなパンだった。
「胡桃はどこに?」
 首を傾げるエレの前でレアはそっとパンの一つを割る。目に鮮やかな緑のクリームの中から胡桃の欠片が顔を出していた。
「へえ、面白いですね」
「胡桃とえんどう豆の饅頭といったところかな? 良くできたのではないかな?」
 皆の賛辞にレアはホッとしたように息を深く付いた。
「じゃあ、皆で食べましょう。今、飲み物も持ってきます」
 丁度時間は三時過ぎ。冒険者は天気もいい裏庭に出したテーブルでそれぞれの菓子に手を伸ばした。
「うわ〜っ。このアップルパイ最高! リンゴの甘さと胡桃の香ばしさがいいなあ〜。流石尾花!」
「フレイアのアイデアだ。胡桃のパイも良いな。切った時の胡桃の香りがなんとも言えぬ」
「スコーンは定番に出来そうですね。いくつでもいけそうです」
「あ〜、このクレープ、穴が開いてる。でも‥‥味はいいよ。胡桃の歯ごたえと甘さが止まらなくなる」
「うん。洋風饅頭もいい感じだね。レア。ここまでのアイデアは私には出なかったなあ‥‥」
 作られた料理はどれも絶品でエレだけでなく、話を聞きつけた店長や従業員もやってきて庭はちょっとしたパーティのようになった。
 けれど
「奥様」
 一人寂しげに木を見上げる夫人に気がついたヒルケは静かに声をかけた。
「あ、あら。ごめんなさい」
「やっぱり、寂しくていらっしゃいますか?」
 彼女が時折浮かべる表情を、ヒルケのみならず冒険者も気付いていた。
「そうね。寂しくないと言ったら嘘になるわ。この木はあの人との思い出。家族の幸せそのものだったから。終わりはやはりね」
「別にまだ終わっちゃいないだろ?」
 足元に落ちた胡桃の実。それを拾って差し出しフレイアは微笑みかける。同じ母親の笑みで。
「また娘が生まれたら胡桃を植えて、名物にすればいい」
「この木はなくなってもその子供がエレさんの子供と一緒に育っていくのですから。受け継がれる想いも一緒に」
「ああ、羨ましいくらいだね」
「皆さん‥‥」
 三人の後ろで歓声が上がった。コンテスト用ではないがと言って差し出されたリューリィの祝い菓子。
 その白い美しさに皆が驚いたようだ。
「名づけて『ホワイト・メモリアル』冷たいお菓子で胡桃の樹の熱い想い出を永遠に」
「‥‥ありがとうございます」
 涙ぐむエレの肩をレアは叩くと胡桃の木、その下の母親と仲間、そして集まった人々に向けて優雅にお辞儀をした。
「一曲舞わせて頂くわ。実りをくれる季節への感謝をこめて。新たなる家族に大いなる実りがありますように‥‥」
 伴奏も無い舞。
 けれどもその美しさをエレは、家族は、そしてその場に居合わせた者達は決して忘れないと思ったという。

○コンテスト結果
 その後、パン屋の秋の胡桃フェアは大評判で連日人々が集まった。
 冒険者のものも含めた菓子の実食が大好評であったのは言うまでも無い。
 どれも大人気であったが、中でも洋風饅頭が一際人々の注目を集めたらしい。
 いくつかの品はパン屋の定番商品となったのは後日の話。

 そして数日後、冒険者達の下には参加賞のクッキーと、優勝者に豪華粗品が届く。
「うわ〜。おっきな壷」
 蓋の無い壷を覗き込んだレアは小さく微笑む。
 そこには一つぶ。小さな秋の贈り物が忍び込んでいた。
 割って食べたその胡桃の優しい味は、これからもきっと受け継がれていく幸せの味だった。