●リプレイ本文
○風の行く先
王城から戻ってきた冒険者達は溜息をついた。
「どうしたの? お父さんは?」
手に持った飾りを置いてヴィアンカ・ヴァルは気遣うように声をかける。
他の冒険者達も作業の手を止めた。
「何か、あったのですか?」
心配げなヴィアンカを気遣うようにセレナ・ザーン(ea9951)もまた仲間達に問いかけた。
今回の依頼は仕事、というより楽しいパーティ。
教会から許可を得てヴィアンカを家に連れてきて、彼女の父であるパーシ・ヴァルを呼んでくる。
冒険者全員が責任を取ると約束してヴィアンカの外出許可は無事取る事ができた。
後は城で仕事をしているであろうパーシを連れてくるだけ。
何も難しいことは無いと思ったのに。
「リトル・レディ」
「なあに?」
大きく息を吐き、膝を折ったシルヴィア・クロスロード(eb3671)はヴィアンカに目を合わせると静かに告げた。
「パーシ様は、休暇を取られて外出されたのだそうです。お城にはいらっしゃいませんでした」
「えっ?」
少女の顔が落胆の色を浮かべる。
冒険者達もそれぞれがなんとも言えない顔になった。
「どこに行ったか、解るのか?」
ぽぽん、慰めるようにヴィアンカの肩を無言で叩くとキット・ファゼータ(ea2307)がシルヴィアに問いかけた。
首を横に振るシルヴィアの返事をリースフィア・エルスリード(eb2745)が補足した。
「いつもの通り、何も言わずに出かけられたようです。気持ちは解らないでもありませんが‥‥」
『まったく‥‥困ったものです』
シルヴィアとの城からの帰り道、交わした言葉をリースフィアはここでは口にしなかった。
城に入り、パーシに面会を求め、事情を知るまでの僅かな時間であるが、彼女らは場内で『例の事件』におけるパーシへの風当たりを身体で感じていた。
元々、パーシ・ヴァルは王城の中では異質な成り上がりの騎士。
今まで実力でねじ伏せてきた様々な妬み、嫉みが今回の件で一気に浮かび上がってきたのかもしれない。
『パーシ様にとって今、城はあまり居心地のいい場所ではないようですね。それで‥‥気分転換に出られたのでしょうか?』
『デビルの言ったことをそのまま信じるとかどうかしていますね。デビルの計略と断じて、相手にするべきではないのです』
だが、組織の中で生きる人間にとって、そう考え自分を保ち続ける事がそれほど簡単な事では無い事をリースフィア自身も解っている。
自分達のような自由な冒険者とは違う組織の中間管理職が、周りから言われ続け、しかも確たる証拠もないとなれば‥‥。
「リースフィアさん?」
問いかけるヴィアンカの言葉にリースフィアはハッとすると、首を横に振った。
「今はまだ解りません。でも、見当はついているので皆さんと、ヴィアンカさんがよければ捜しに行って来ようと思うのですがどうでしょうか?」
「誕生日は明日。それには少し間に合わないかもしれませんが、リトル・レディの外出許可の一週間。その間には必ず連れて帰って来ますから‥‥」
明らかに落胆の表情を浮かべたヴィアンカであるが、二人の言葉に顔をあげ、小さく頷いた。
「解った。お父さんにないしょで、なんて考えていたのも悪かったの。遅れてもいいよ。私、待ってるから‥‥」
くしゃくしゃ。
柔らかい金の髪を撫でる手がある。感触に顔をさらに上げるとふくれっつらのキットの顔があった。
「お前は悪くない。必ず連れて帰ってくるから準備をして待ってろ」
「お兄ちゃん‥‥」
「及ばずながら、我が輩もお手伝いをするのである」
「一人よりも二人、二人よりも三人だよな。パーシ卿の事だからどこにいったかいるのか解らねえし、人手は多いほうがいいだろ?」
進み出たマックス・アームストロング(ea6970)とクリムゾン・コスタクルス(ea3075)はウインクをして微笑む。
「俺も手伝おう。捜査情報収集なら手伝えるかもしれないからな」
ファビオン・シルフィールド(ec4114)も名乗り出た。
あんまり人数が多いと‥‥少し不安になったシルヴィアだったが
「私はヴィアンカ様とこちらでパーティの用意をしていますわ。いつ、皆さんがお戻りになられてもいいように」
「あたしもこっちに残るわ。ヴィアンカもあんまり皆がいっちゃうと寂しいでしょうしね。一緒にお料理作って待ってましょ。教えてあげるわ」
「私も‥‥お料理教えてもらいたいですし‥‥」
シルヴィアや皆の気持ちを察したかのようにセレナ・ザーン(ea9951)。トゥルエノ・ラシーロ(ec0246)、エスナ・ウォルター(eb0752)がヴィアンカの側に寄りそう。
彼女達がいるなら大丈夫だろう。リースフィアもシルヴィアと顔を合わせ微笑む。
そして仲間達に声をかけた。
「なら、早速。かなり先行されている上に私達の考える場所が目的地ならどこもかなり遠いですから急ぐに越した事はありません」
それから、出発まで数十分足らず。
「‥‥大丈夫ですわ。必ず間に合います」
「うん」
気遣うセレナにヴィアンカは笑顔で頷きながら、旅立つ冒険者達を見送っていた。
「皆が、無事で帰ってきますように‥‥」
小さな手で祈りを捧げながら。
「あら? そう言えば幻蔵も来るって言ってたんだけど、見ないわねえ?」
「‥‥私も、見ていません。どうしたんでしょうか?」
その頃、パーシ・ヴァル邸では
「大事なお屋敷に不審者の侵入は許されません」
「ふひんしゃへははいほへはる。へっはへぼばう。ふはひんぼほ!」
「さて、どなたでしょうか?」
床に簀巻きにされ転がされた葉霧幻蔵(ea5683)に館を守る無敵の家令がニッコリと微笑んでいた。
○思い出の場所
秋の収穫祭に賑わうシャフツベリー。
だが、その喧騒は街外れのこの墓所までは及んではいない。
静かなこの場所で花束を抱えやってきたリースフィアが
「これは‥‥」
一番最初に見たのは墓標の前に捧げられた白く小さな花束だった。
「どうした?」
膝を折り、花に触れるリースフィアに問うファビオン。
「どうやら、ここははずれかもしれません」
リースフィアは花を静かに元の場所に戻して、自分の持ってきた花を捧げ、それだけ言うと静かに目を閉じた。
「はずれ?」
「はずれというのは正確ではありませんね。すでにパーシ卿はここを通り過ぎている可能性が高い、という事です」
膝の土を払い、リースフィアは立ち上がる。そして墓標を目で指してファビアンの疑問に‥‥答えた。
「ここは、パーシ卿の奥方の墓所なのです。この地はパーシ卿が奥方と出会い、結婚し、その新婚生活を過ごした場所。そして‥‥最愛の奥方と息女を失った場所でもあるのです」
「失った? 今回の依頼人は卿の娘だった筈だろう? どういう‥‥」
詳しくを話すと長くなるが、リースフィアは自分の知る限りの事を話して聞かせた。
かつてパーシが壊滅させた犯罪組織の残党に奥方を殺され、娘を誘拐された事。
「なるほど‥‥」
「ヴィアンカさんをつい最近までパーシ卿は死んだと思っていました。まだほぼ0の上京から親子を始めて一〜二年。関係がぎこちないのはまあ仕方ない事でしょう。今更円卓の騎士を止めるわけにもいきませんし‥‥」
仕事を理由に家に殆ど帰らず、娘は教会に預けっぱなし。
外目から見れば自分の生き方の為に、家族を犠牲にしていると確かに言えるかも知れない。
「他にここから遠く無い村、エイムズベリーにはパーシ卿の親友の墓所もあります。彼に槍の技を教えた師でもあったとか。だから、私はこの地方にパーシ卿が墓参に来ていると思いました。それはどうやら間違ってはいなかったようですが、もうここからは離れているかもしれません」
「墓ばかりだな‥‥」
小さなファビアンの呟きに応えず、リースフィアはもう一度だけ墓石に向かって頭を下げると外套を翻した。
「今度はエイムズベリーに向かいましょう。向こうのアルバ殿‥‥パーシ卿の親友の墓地にも花が捧げられているようなら、もうこの地の捜索は終了してもいいと思います。念のためご領主に伝言だけお願いして墓参りの報告もしていかないと。パーシ卿の奥方はご領主の妹君だったそうですよ‥‥」
「ああ、だから花を供えて来てくれと‥‥」
会話と説明をしながら歩くリースフィアの脳裏からは
『墓ばかりだな‥‥』
おそらく何の気なしに口にしたであろうファビアンの呟きが何故か耳から離れなかった。
「ちっ‥‥」
美しい森に似合わないと知りながらもキットは小さく舌を打っていた。
「どうしたでござる」
「すれ違ったか‥‥」
行方不明になったパーシ・ヴァルを捜す捜索隊第二班。
キットとマックスはパーシの生まれ故郷の森へとやってきた。
円卓の騎士パーシ・ヴァルの物語はこの地に育った少年が騎士を夢見た事から始まる。
彼にとって全ての始まりの場所であり、母親が眠る場所。
「あいつは、きっとここに来る」
そう決め打ってやってきたキットとマックスは決して間違ってはいなかったのだが、どうやら一足遅かったようだった。
少しぬかるむ土に行きと、帰りであろうワンセットの馬の足跡が微かに残っている。
これは森に、おそらくほんの数日前に馬に乗った人物がやってきて、そして帰って行ったことを意味していた。
「どうするである? 帰るであるか? 拙者はジーノ殿とレーツェル殿にちょっと挨拶もしてきたいのであるが‥‥」
「帰る‥‥か」
言いかけてキットは頭上を見る。深い木々の葉陰から相棒がくるり旋回しているのが見える。
「カムシン!」
呼ばれた鷹は真っ直ぐにキットの元に舞い降りて、そして肩に止まる。
微かに目で会話し合い、キットの止まっていた足が再び動き始めた。
森の奥に向かって。
マックスも微かに微笑してその後を追いかけたのだった。
前にこの森に来たのは初夏この頃だったろうか。
満開の花に包まれた墓所も、その頃に比べればやや閑散としている。
それでも色づいた落ち葉はまるで絨毯のようで、それを踏みながらマックスとキットは静かに墓標の前に立った。
「ご母堂。お久しぶりなのである」
『ジーノ殿、レーツェル殿、お久しぶりなのである』
さっき墓守である老夫婦に挨拶したのと同じかそれ以上の礼でマックスは墓石に向かって頭を下げ‥‥
「ん? これは?」
あるものが捧げられているのに気がついて手に取った。
ずしりと重い、上質の大剣である。
「これはフランベルジュ? ‥‥魔法を帯びているようであるな? でも、何故このような所に‥‥」
彼も騎士。興味深そうに裏表と剣を見つめるマックスに
「ヒゲ、じゃなくて‥‥マックス。それはパーシのものだ。墓に戻しておけ」
「パーシ卿の?」
自慢のヒゲを撫でながら、だがマックスはキットの言うとおり剣を墓に戻した。
「そいつは確か、父親の形見だった筈なんだ。パーシは母親に挨拶に来たんだろ。爺さん達に話も聞いたし、もうここには用は無いさ」
「父親の形見? それを母親の墓に、ということは‥‥まさかパーシ卿は?」
振り返り歩き去ろうとするキットをマックスは追う。
「そんな事はない」
キットは即答する。あのフランベルジュは一度手にした事がある。
その重みも意味も知っている。
「別にパーシは凹んでたり迷ってるわけじゃないと思う。あいつが剣を捨てたり、まして騎士を止めたりするなんて事は決してありえない」
「なら‥‥」
「むしろ決意を確固たるものにする為に旅立ったんじゃないかと俺は思う。迷わない為に、自分のやるべき事をする為に‥‥」
円卓の騎士として自分のやるべき事。
「キャメロットに戻ろう。俺達は奴を信じて待てばいいんだ。ちょっと遠回りだったけどな」
足元の色づいた落ち葉を一枚拾って、キットは歩みを速める。
彼らが振り返ることは二度と無かった。
おそらく、先にこの地を訪れた騎士のように‥‥。
「大当たり、って奴か」
港で、彼を見つけ出したクリムゾンは声をかけずにその背中を見つめていた。
「シルヴィアに知らせに行かないとな‥‥」
シルヴィアと二人、パーシの捜索にやってきたクリムゾンは早くに自分達が当たりを引いた事に気付く。
道々で負傷者の手当てをしたり、崩壊した街で見かけるようになったゴロツキを叩きのめしたり、子供達と遊んだり、気さくで強い騎士の噂は街中に広がっていたからだ。
「シルヴィア! 皆、ちょっとこの子借りるよ」
救援物資の配布や復興作業を手伝っているうちに抜けられなくなったシルヴィアがいる。
人々に声をかけ、クリムゾンは彼女の手を引いた。
「まったく、真面目すぎなんだよ。あんたもさ」
「それはまあ‥‥。でも、パーシ様がこちらに来ている事とか情報収集も。だから見つけたって言ってるんだよ。ほら!」
クリムゾンが指差す先、夕日の中に彼は立っていた。
彼は崩壊した港、その残骸の上を越え、海にもっとも近いところで夕日に色づく海を見ている。
その背に秘められた思いの深さ。
いろいろな意味でのそれを感じ、シルヴィアでさえ、しばらくは声がかけられなかった。
「シルヴィア」
「ええ‥‥」
クリムゾンに励まされ、シルヴィアはパーシと同じ波止に立ち
「何を見ておいでですか?」
静かに声をかけた。
パーシはもう二人には気付いていたのだろう。振り返らないまま、静かに答える。
「海を‥‥。幼い頃、騎士と言う夢に出会うまでは海に憧れた。この広い海をどこまでも進んでいけたら。まだ見たことの無い世界をこの目に見ることができたらと、な‥‥」
それを与えてくれた恩人が今はいない。
彼はデビルかもしれない。
次に出会うときは敵となるかもしれない。
その思いにもきっと彼は足を止めることは無いだろう。
「俺には本当に大切なものがたくさんあった。守りたいものもたくさんあった。だが、その多くは俺が先に進むごとに失われていった‥‥」
海に消えたデビルは言ったという
『パーシ・ヴァルは常に他者を犠牲にして栄光を掴む悪魔の子だ』
「俺にはまだ大切なものがたくさんある。守るべきものもな。デビルの言う事など信じるつもりは無い。全てを守りきる。今なら、それができると‥‥信じている」
デビルの呪詛。それが人の心に不和の種を撒く奴らの手口であると知っているからパーシは足を止めることは無いだろう。どんな呪いも、不安も彼にとっては絹糸のようなものに過ぎないのかもしれない。
その揺ぎ無い瞳は前を見つめている。ただ‥‥
「信じて下さい」
シルヴィアは彼の側に立ちそう言った。
足場は細く、危険で今にも崩れ落ちそう。けれど、懸命に彼女はその横に近づき自らの思いを告げる。
「私は共に歩む為、歩み続ける為に傍に行きます。今はまだ力が足りないかもしれないけど、約束します。貴方の犠牲には決してならないと‥‥。だから私の安全の為に遠ざけるのはなしです。連れて行って下さい。‥‥いいえ、一緒に行きましょう」
パーシは海から視線を静かにシルヴィアへと移した。
今からそう遠くない前、まだ剣を持つ手もおぼつかなかった少女が今、一人の騎士として女性として彼の横に立とうとしている。微かな微笑がパーシの頬に浮かんだ。
「まだまだ、早いな」
振り返り、トンとシルヴィアを押してパーシは波止を下る。
「あわわわっ!」
足場にふらつくシルヴィアはなんとか体勢を立て直し、苦笑と微笑。それらが交じり合った笑みで先を行く敬愛する騎士の背中を見つめた。
「パーシ様」
彼は迷ってはいない。その行く先をちゃんと見据えている。
覚悟も決めているのだろう。けれど、
「パーシ。追いかけっこは終わりだぜ。捕まえたから、一緒にキャメロットに戻ってもらう。それが今回のあたい達の仕事でね」
「追いかけっこ? 逃げたつもりは無いし、ちゃんと許可もとってきたつもりだが‥‥?」
「一方的な置手紙を許可とは言わない! あんたがいなくなった事を心配してる人がいるんだよ!」
「心配? まあ、見つかった以上帰るが、依頼主は誰なんだ?」
「リトル・レディです。パーシ様を呼んでいますので戻って下さい。‥‥逃がしませんよ」
冗談めいた会話にシルヴィアは誓いの思いを隠す。
「遠くを見据える槍は足元を縛る糸を切るには不向き。ならば、私はその剣になりましょう」
真朱に染まった海と消え行く太陽。そして胸に深く刻んで。
○一週間遅れのバースデイ
そして10月17日。
「一週間遅れになっちゃったけど、お父さん。お誕生日おめでとう!」
「「「「「「「「「「おめでとう!」」」」」」」」」」
シルヴィアと、クリムゾンに両腕を押さえられ、半ば拉致られる形で家に戻ってきたパーシ・ヴァルは突然の「それ」に目を丸くした。
頭上から舞い散るいろいろな色の布吹雪。そして落下してきた白い布には大きくHAPPY BIRTHDAYの文字が。部屋の中はリボンや華やかな色の布で囲まれ、普段飾り気の無いリビングがまるで王城のホールのようにと、いうのは言い過ぎだが、美しく飾られている。
依頼に参加した冒険者達は、ある者はくすくすと、ある者は含むように、ある者は隠す事無く大爆笑しその光景を鑑賞する。頭にリボンの切れ端をいくつもつけ、状況に目を丸くするパーシなど滅多に見れるものではない。
目隠しをされ、背中におんぶしていた少女の声だけで開けた扉の先に、まさかこのようなものが待っているとは流石の彼も気付かなかったようだ。
彼の背中から降りると少女は丁寧にお辞儀をした。
少しおめかしをして、髪には真紅に染まった落ち葉が1枚。
「誕生日‥‥?」
「10月10日。お父さんの誕生日! 忘れていたでしょ? それでお祝いをしたかったから、冒険者のみんなに手伝って、って頼んだの!。お父さんがいないから捜しても貰って」
見回す冒険者達の顔も笑顔で溢れていた。
「だから、おいかけっこか‥‥」
「そうだよ。捜すの苦労したんだから!」
「パーティの準備を整えたのはヴィアンカ様ですわ。私達はお手伝いをしただけです」
「そうそう。料理もね、ヴィアンカが本当に頑張ったんだから!」
「飾り玉から出てきた布の文字も‥‥ヴィアンカさんが、描いたんです‥‥」
居残り組からの賛辞を受けて、照れくさそうにヴィアンカは微笑み、でも首を振る。
「でもね、一人じゃここまではできなかったの! この飾り玉はエスナお姉ちゃんが前にやったのをおしえてくれて、‥‥かごでできてるんだよ! そして、トゥルエノお姉ちゃんは、おりょうりおしえてくれたの!」
エスナとトゥルエノは微笑し顔を合わせる。
この一週間のヴィアンカの奮戦振りを思い出しながら。
普段滅多にやる機会が無い為だろう。
お世辞にもヴィアンカは家事や料理が得意であるとは言えなかった。
けれど
「お父さんの為にがんばるの!」
手を傷だらけにしながら頑張ったのだ。
『お父さんの誕生日お祝いしたいのね? わかるわ。お父さんいつも大変だものね。お姉ちゃんも昔同じ事考えたから。私はあなたの味方よ。一緒にお父さんを驚かせてあげましょうね』
『私も、その気持ちわかります。お手伝いさせて下さい』
だから、半分以上依頼抜き、仕事抜きで二人は協力をしたのだった。
その結果がこの部屋であり、このテーブルである。
「ごちそう、みんなからも沢山貰ったし‥‥。あ、あと‥‥これ!」
服の隠しから取り出したそれを、ヴィアンカははい、とパーシに手渡した。
「誕生日プレゼントだよ」
布で包まれリボンで結ばれたそれを冒険者の目視の中、パーシはそっと開く。
中から出てきたのは、小さな銀の半円球がついたペンダントだった。
「それは、ロケットペンダントと呼ばれるものです。まだあまり一般的ではありませんが、特別に作って貰いました。中を開けてみて頂けますか?」
「開ける? これか?」
セレナに促され、パーシは半円球の横の留め金を外した。
「これは‥‥」
「なんだ?」「ほお〜」「‥‥凄く可愛い」
パーシの手元を裏から覗き見た冒険者達が声を上げる。ペンダントは小さな箱のようになっていて、中に肖像画がはめ込んであったのだ。
「リトル・レディの肖像画ですね。でも、こんなに小さく精密に‥‥セレナさんが描かれたんですか?」
「ええ、拙いですが一生懸命描かせて頂きました」
「失敗したのである。拙者も絵にすればよかったであるか。‥‥いやいやここまでのものが描けたかどうか‥‥」
絵の中で少女は本当に美しく微笑んでいた。
『ヴィアンカ様、パーシ卿の事を頭に思い浮かべて、パーシ卿に向けるつもりでにっこりと微笑んでくださいませ』
あの時の、そして今背伸びしてロケットペンダントを父親に付けてあげる少女の笑顔に及ぶとは思わないが‥‥
「ヴィアンカ様のプレゼントのリクエストは自分の代わりにおとうさんといっしょにいてくれるもの。これなら、いつでもヴィアンカ様とパーシ様はご一緒ですわ」
「大切にしてくれる?」
首から下がったロケットをパーシは強く握り締めた。
「ああ‥‥ありがとう」
「ではでは! パーティのはじまりでござる。さあさあ〜、各々方それぞれのカップを手にとって!」
今までヴィアンカの為に黙っていた幻蔵が、いよいよ本領発揮と高らかに声をあげる。
「そうですね‥‥。あとは、パーティを楽しみましょう」
「うん! ごちそうさめないうちに!」
「せっかくだからな。頂こう」
幻蔵やリースフィアの言葉にヴィアンカがまず最初にカップをとり、パーシ、冒険者達も続く。
キットや、使用人達も含めて皆の注目が一点に集まる。
視線は幻蔵に、心はパーシ・ヴァルに。
「では! 我らが円卓の騎士パーシ殿の誕生を心より祝って、かんぱ〜い!」
「乾杯!」
上がった声は心からの祝福に満ちていた。
始まったパーティは開始から数刻、以外に静かなものとなっていた。
「いよいよパーティともなればゲンちゃんの出番でござる」
最初のうちは賑やかに会場を盛り上げていた幻蔵。
わざわざ小さなシフールの竪琴で音楽のようなものを爪弾いたり、軽業や変化の術を使った出し物をしたり。
「ではでは、次は美しいおねえさんにへんしん! ‥‥ウッフン(はあと)」
彼は多少やりすぎの感はあったものの、パーティを大いに盛り上げてくれたからだ。
だが、その多少がだんだんエスカレートしてくるのも幻蔵クオリティ(?)
「次は大ガマ出現でござる! ぁぁ、それと拙者の大ガマ。消化液も飛ばせる様になったでごさるよ。ここでご披露を‥‥」
「大ガマ‥‥ってカエル?」
びくりと背中を振るわせたヴィアンカはキットの後ろに隠れる。それを見て
「おい! 屋敷の中で‥‥」
止めかけたキットであるが
「出でよ! 大ガ‥‥」
召喚の詠唱に入った幻蔵の方が早く
「お屋敷での無謀はご遠慮下さい」
その背後に回りこみ、静かに頭を下げたスタインの方が、早かった。
「うっ! 忍者の背後に回りこむとは‥‥いつの間に‥‥」
「せっかくのパーティでございます。どうか程ほどに‥‥」
「わ、わかったのでござる」
丁寧だが有無を言わせぬ口調に流石の幻蔵も、そこから先はかなり大人しくなった。
今は、エスナが奏でる竪琴が、柔らかな調べを響かせている。
「ステキなパーティね‥‥」
トゥルエノはパーシ・ヴァルにそんな声をかけた。
彼女が腕によりをかけた料理はもうほぼなくなってきている。
特にローマ風味の料理はなかなか目新しく完売もしている。
だが、彼女が喜んでいるのはそれではあるまい。
「何がだ?」
「貴方も、ヴィアンカも愛されてるんだって事。羨ましいくらいかな」
「‥‥そうだな」
パーシは静かに答え、愛しげに会場を見つめた。
彼の横には冒険者から送られたプレゼントが重ねられている。
鷹のマント留め、石の中の蝶。
「誰かさんとおそろい、なのでござる」
意味深な笑いと共に渡されたレミエラの結晶。
「あ、今お前勘違いしただろ。これは聖夜祭にお前からヴィアンカにプレゼントする為の物だ。子供が喜ぶ物なんて考え付かないだろ? 感謝しろよ? そして、ちゃんと渡せよ。‥‥ま、とりあえずおめでとう、だな」
そう言ってキットが投げてよこしたサンタクロースの人形。
そして
「突然いなくなってどれだけ心配したか!」
とハリセンのツッコミと共に渡されたドライシードルの首には不思議な輝きを放つ指輪が紐に通して結んであった。
「いいか? ヴィアンカ。誕生日ってのは一年で一度、皆に祝われなくちゃいけない日なんだ。だから今日は思いっきり祝うんだ。そしたら自分の誕生日にもきっと皆も来てくれる」
「うん!」
「ヴィアンカさん‥‥。一緒に歌いませんか? 練習した、あの歌ですよ」
「はーい! お兄ちゃん達も歌おう?」
「俺もか?」
キットだけではなく、ファビアンや他の冒険者達も巻き込んでソロだった歌はデュエットになり、トリオになり、そしてハーモニーになる。
部屋に響く、祝福の調べ。セレナの用意したバースデイソング。
デビルに呪われた者に贈られる、誕生の喜びと祝い。
優しいまでに心の篭った音楽を
「俺は、幸せものだ‥‥」
円卓の騎士は静かに、深く胸に刻み込んでいた。
「そうね。ずっと仲良く幸せでいて。私達の為にも‥‥」
杯を掲げて微笑む冒険者の思いと共に。
○夢のあと、未来の前
楽しい時間はあっという間に終わってしまう。
「ハクション!」
くしゃみをするキットにヴィアンカは大丈夫? と首を傾げた。
「大丈夫だ。少し最近は寒くなってきたからな」
パーティの終わり、疲れて眠ってしまったヴィアンカに自分の外套をかけたなどとは言う事ではない。
微笑するパーシからフンと顔を彼は背けた。
『迷ってるのか?』
昨夜キットがそう問いかけた相手は
「俺が、迷うと思うのか?」
悔しいまでに鮮やかに微笑み、そう言ってのけたのだ。
「ふん、よく言うぜ。お前がそうならこの場で叩き伏せてやろうと思ってたトコだ。ここで暴れるとスタインに怒られるから今はしないけどな」
小さく微笑しキットは立ち上がりパーシと視線を合わせる。
最初に出会った頃から思えば身長はだいぶ伸びた。技や技量も今は遠く及ばないとは思わない。
けれども、今も、この男は彼にとって大きな存在だった。
「いつか言ったよな。お前が変わらない限り俺も変わらない、とそして俺をガッカリさせるなよ、とも。まさか、忘れて無いな?」
「ああ、覚えている」
「今も、それは変わらない。一人で抱え込むな。考えすぎた果てなんてろくなことにならないんだからな」
「私も同感です。パーシ卿。取り戻す機会は必ず1度はあります。焦らず、今はできることをしましょう」
「苦しみも悲しみも、分け合えば乗り越えられると思うから。だから貴方が最善と思うことをして下さい」
言葉に出さない冒険者達もそれぞれの思いでパーシを見つめる。
「ああ‥‥。必ず、取り戻すさ。イギリスの海の平和も、幸せな故郷も、そして‥‥」
彼は一番取り戻したいと思うものを言葉にはしなかった。
だが、冒険者達にはその思いは確かに伝わったのだ。
考え事をしていたのだろう。
「どうかしたの? 本当に」
「わっ!」
知らず目の前に来ていた大きな蒼い瞳にキットはぎりぎりまで気付かず、結果驚いて後ずさった。
「な、なんでもないさ」
「ヴィアンカさんが可愛いから見惚れてたのかも♪」
「襲われない様に気をつけて下さいね」
冗談めかしてからかい笑う少女達に
「おい! こら!」
キットは手を振り上げた。
「仲がいいんだな」
「ふむ、微笑ましいである」
「まったくでござる」
生暖かく見守る冒険者達。
「まったく! 早くヴィアンカを送っていくぞ。全員で責任を持つって約束したんだから皆で送らないと」
パーシの斜め横で見ていたシルヴィアはキットの様子に小さく微笑んでからパーシの前に進み出て頭を下げた。
「今回は楽しかったです。ありがとうございました」
トゥルエノとキット達の後を追おうとするシルヴィアを
「シルヴィア!」
パーシは呼び止めた。
「えっ?」
シュン!
微かな音と共にシルヴィアの手に何かが落ちてきた。
手の中を開いてみる。それは槍の意匠が施された小さな紋章。
これには見覚えがある。確か、パーシの部下である騎士達が見につけていた‥‥。
「俺の騎士隊の紋章だ。いつでも城に来るがいい。それを身に付ける覚悟ができたのならな」
「それは!」
パーシは応えず、城へと戻っていく。
「おとうさ〜ん! またね〜〜!!」
手を振るヴィアンカの声が聞こえたのだろう。彼は振り返り手を振る。
それが自分に当てたものではないと解っているけれど‥‥。
『貴方が私欲の為に誰かを犠牲にした時は私が貴方を倒しましょう』
昨夜パーシだけに告げた決意のこれが返事なのだろう。
「ありがとうございます」
シルヴィアは手の中に紋章を、強く、強く握り締め静かに膝を折って去っていく円卓の騎士の姿を見送った。
「そう言えば、ヴィアンカの誕生日っていつなんだ?」
「冬! 1月の5日だってお父さん言ってた。11歳になるんだよ。私だって直ぐにお兄ちゃんにおいつくんだから!」
真っ直ぐに少年を見つめる少女の瞳。
「そんなに急がなくていいさ。それにお前が大きくなっただけ俺も育つんだから、差は縮まらないさ」
「いいもん! 見てればいいんだから。直ぐに大きくなって、セレナやトゥルエノお姉ちゃんみたいなグラマーになっておとうさんとけっこんするんだから!」
「えっ?」「えええっ!!」
その爆弾発言に驚いて声をあげたのは誰だったか。大慌てをしたのは誰だったか。
大爆笑したのは誰だったか。
してやったりの顔でイタズラっぽく笑うヴィアンカの顔を見たのはだれだったか。
とにもかくにも秋の誕生パーティを終えた参加者達は、最後まで幸せな気分と笑顔を持ってそれぞれの帰路についたのだった。