●リプレイ本文
○収穫祭への招待
秋の街道を冒険者達は歩いていた。
晩秋の街道はほんの少し前までのハロウィンの喧騒が嘘のように穏やかで静かだった。
「う〜ん、いい天気だね〜。もう少ししたら寒くなって旅も大変になるから今くらいが一番歩きやすくていいよね〜」
伸びをしながら笑うティズ・ティン(ea7694)に
「そうですね」
セレナ・ザーン(ea9951)は静かに頷いた。そして、横を歩く二人連れにも声をかける。
「大丈夫ですか? お二人とも? お疲れではありませんか?」
声をかけられた二人は顔をあげ、異口同音に首を振る。
一人は薔薇を育てる貴族の娘。もう一人は皮細工職人の息子で魔法使い見習い。
どちらも旅には慣れていないだろうという配慮だったのだが
「僕は大丈夫です。旅は初めてじゃないし。どちらかというとミーナの方が‥‥」
「私も、平気です。いい天気ですし、旅なんて本当に生まれて初めてですから楽しいですわ」
二人とも、元気そうに笑っている。
「それならばいいが、ユーリ君も、ミーナ君も無理は禁物だよ。大丈夫。時間はたっぷりあるからね。疲れたら私の馬に乗るのもいいだろう。いつでも言いたまえ」
旅なれないゲスト二人を気遣うようにヒースクリフ・ムーア(ea0286)は声をかけた。
「ありがとうございます。でも、疲れなんか感じませんよ。シャフツベリーに帰れて、兄さんに会えるんだから。そして‥‥これも‥‥」
自分の背中にちらりと目をやるユーリと呼ばれた少年。
その表情は自信に満ちている。
これと同じ物を冒険者達は見た記憶があった。
「やはり、兄弟なんですね。製作をしていた時、そして完成させた時のアントニアさんと同じ目をしていますよ」
小さく笑ってワケギ・ハルハラ(ea9957)はユーリと名を呼んだ少年に告げる。
「そうですか?」
そしてユーリは照れくさそうに頭をかきながら笑っていた。
「バックパックの中に入っているのは香油ですか?」
ワケギの問いにはいと、ユーリは頷く。
今年、最後の薔薇を調合して作った特別な香りの香油は、厳重に包まれている筈だが、微かに優しい甘さを空気に漂わせている。
「あれからいろいろ工夫して、やっと満足のいくものができたんです。まだ量産はできないし、魔法のかかった品物に比べれば本当に香りも弱い、拙いものかもしれないけれど‥‥」
「思いは篭っているという事ですね。それが一番だと思いますよ」
ワケギは頷く。
ユーリは自分と同じ魔法を学ぶものであった。
だから、だろうか。なんとなく他人とは思えなかったところもある。
(「彼はきっと‥‥」)
共に歩く少女を気遣いながら故郷への道を歩むユーリ。
微笑を浮かべながらワケギは、この旅で出来る限り彼の助けになってあげたいと思っていたのだった。
「どうしたのでござる?」
「えっ! あっ! なに?」
ふと、一団の最後尾を歩いていたトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)は突然かけられた声に驚き、慌て後ずさった。
声をかけてきたのは葉霧幻蔵(ea5683)。
いつものように忍者とは思えぬ賑やかな服装をしてはいるが、声は潜められ、静かにかけられたようで、他の仲間達は気付いていないようだった。
「あ‥‥ゴメン。心配かけた?」
自分の様子も、心の中も‥‥。
気付いたのは彼だけだったろう事をトゥルエノは少しホッとして顔を上げた。
「いつもの元気が無い様であるが‥‥」
「大丈夫。別になんて事はないの。ただ、少し‥‥ね」
振り返るトゥルエノ。彼女が見つめる先に今、見えるものは何もない。
けれど
「例の試験の事でござるか?」
「!? どうして?」
それが解るというように幻蔵は静かに声をかける。
「拙者の知人も試験を受けているのでござる。それに確かトゥルエノ殿の御友人も‥‥」
「‥‥ええ、そう。でも、内緒にしてね」
微笑と苦笑が混ざり合ったような笑みを浮かべトゥルエノは頷いた。
仲間達にも、同行者にもできれば気付かれたくはない。
この依頼の招待主にはなおの事。
「あ〜あ、ほんの少し、日程がずれてれば良かったんだけどなあ〜」
その愚痴は本来ならずっと心の中に仕舞っておくつもりだった。
重なった二枚の招待状。
収穫祭と親友の王宮騎士採用試験。
『やったじゃない! 絶対に応援に行くわ! 頑張って!』
この異国の地で始めてできた友。
彼女といるだけで幸せな気持ちになれて、彼女の為に戦おうと決めた親友の一生に一度の晴れ舞台。
けれど‥‥トゥルエノはここにいる。
「いいのでござるか?」
心配そうな幻蔵にトゥルエノは明るく笑い首を振る。
「いいの。もう忘れて。私が、選び決めた事だから。そうね。少し先を急ぎましょうか? アリスが待っているわ」
言葉通り足を速めたトゥルエノの背中を見つめながら、幻蔵は約束どおり沈黙を守ってその後を仲間と共に追いかけたのだった。
○招待者二人
冒険者の多くがシャフツベリーの秋を知っている。
聖ミカエル祭に始まり、ハロウィン。そして収穫祭が終わるともう、冬がやって来る。
晩秋のシャフツベリーの最後を彩る収穫祭に賑わう街で
「いらっしゃーい! 待ってたよ〜」
待ち合わせた場所で、少女は大きく手を振っていた。
「アリスちゃん! 遊びに来たよ!」
颯爽と馬から降りたティズと、その横に立つトゥルエノにアリスは真っ直ぐに駆け寄った。
「待ってたの。ずっと待ってたの。来てくれてありがとう」
「招待ありがとう。アリス、一緒に遊びましょう」
「うん! いっぱい、いっぱい遊ぼう! 私、友達と一緒にお祭りするの初めてなの」
微笑む冒険者達の手をアリスはしっかりと取る。
その懸命なまでの思いとはしゃぎっぷりに、二人は応えて手を握り返した。
「護衛のお兄さん達。アリスちゃんはしっかりと責任を持って面倒を見るから、お祭りの間は自由にさせてね」
背後に立っていた男達は無言で、頭を下げて去っていく。
優しいボディーガード達が退場したのも、喜びの余り気付かなかったであろうアリスは
「これからどうする? 夜はうちに泊まってね。明日にはお店ももっと出るし、最後の夜は旅芸人の劇とかいろいろあるのよ‥‥って、あ‥‥れ?」
やっとある事に気付き、瞬きをする。
「二人‥‥だけ? 他の人達は?」
「他の人達もシャフツベリーには来てるよ。とりあえず男の人たちはアントニアさんのところに泊まるって。レディの家に泊まるのも拙いでしょ?」
慰めるように頭を撫でるティズ。アリスの表情は少し静かになり、だが、うん、と頷く。
「アントニアだって皆に結果、見て欲しいよね。あれ、っと最優秀になるもの‥‥」
自分が壊してしまうかもしれなかった作品。
彼女は反省し、後悔している。だからこそ‥‥。
トゥルエノは俯く少女を後ろから抱きしめる。
「作品展が終わったら、一緒に謝りに行きましょ。きっとアントニアは許してくれるわ。ね?」
「そうだね。恋人は無理でも友達にはなれるよ。もう一回ちゃんとやりなおせばいいんだよ」
ティズもまた優しく前から抱きしめる。
二つの暖かい腕に抱かれ、アリスの目からは小さな雫が落ちた。
「ありがとう‥‥」
二人は彼女の気持ちを受け止めると、そっと手を肩から離す。
けれど‥‥
「さあ、あとは本当に遊びましょう。この街はあまり良く知らないの。案内してくれるかしら?」
「はーい! 私、案内できるよ。ちょっと行きたい所もあるから行ってもいいかな?」
「行きたい所?」
「そう。会いたい人がいるの。っていうよりアリスにも会わせたい人?」
「あ、それって噂のヴェル君だったり?」
「何で知ってるの! あ、せっかくのお祭りだからおめかししよー。私いいもの持ってきたんだ」
「おめかし?」
賑やかな会話がやがて路地を通って消えていっても彼女らの手が離れる事は無かったという。
それとほぼ時は同じ。
こちらも待ち合わせ場所で
「お待ちしていました」
彼らはもう一人の招待者の挨拶を受けていた。
「この度はお世話になりました」
優しい面差しの青年は、冒険者に丁寧な礼を取ると、一歩前に進み出る。
ヒースクリフの方に向かって。いや、正確にはその背に隠れた少年に向かって、だ。
「‥‥ユーリ」
ビクン。身体を震わせて少年はヒースクリフの背に再びしがみ付く。
「ユーリさん」
かけられたワケギの声にもユーリの身体は動かない。やはりこうなったか、とワケギは小さく溜息をついた。
『お兄様がユーリ様にお会いしたいとの事ですわ。ぜひ、直接会って祝福してあげて下さい。よければミーナ様もご一緒しませんか』
セレナがそう誘った時、ユーリの返事は瞬時のイエス、であった。
「シャフツベリーに帰れる! 兄さんとまた一緒に仕事ができる! ミーナも一緒に行こう! 兄さんを紹介するよ!」
ミーナの手を取り、キャメロットを出たときには、ある種の自信さえ見せていたユーリだが、シャフツベリーに近づくにつれて、徐々にその表情に緊張を漂わせるようになっていったのだ。
「兄さんに、怒られたら‥‥どうしよう」
彼は自分の行動を省みて青ざめる。
せっかく弟子入りさせてもらった魔法使いの所を飛び出し、心配をかけた。
さらに盗みに手を染め、冒険者の手を煩わせた。
兄の為とはいえ、許され見逃してもらったとはいえ、それを知れば兄はきっと傷つくに違いない。
「顔を‥‥合わせられないよ」
思い悩むユーリに
「気にしなくていいのよ。おかげで薔薇の新しい使い道ができたのだし」
と花を盗まれた薔薇園の少女ミーナは告げ、ヒースクリフも
「当事者同士で解決した事。気後れする必要は無い。話さなくても良いし、話すにしても堂々と会って話して来ると良い」
そう言ってくれた。冒険者達の励ましに背を押され、なんとかここまでやってきたユーリであったが、実際に兄と会うとやはり自分のしてきた事を恥じてしまうようだった。
ユーリにとってアントニアは本当に大事な存在なのだろう。
頷き、ワケギはヒースクリフの背に自分も近づいていく。
「ユーリ君」
そして‥‥ユーリの背中を軽く、本当に軽く押した。
「ワッ!」
ワケギの意図を感じヒースクリフも身をサッと横に避ける。
転がるように前に出たユーリと、顔を合わせるアントニア。
「わ、ワケギさん‥‥」
「旅の間も、言いましたよね。どんな道を選ぶにしても後悔をしない道を選んで下さい、と。ユーリ君が本当にしたいことはなんですか?」
「ぼ、僕は‥‥」
ワケギの言葉、冒険者達の暖かい思い、そして自分を見つめる少女の眼差し。
「ミーナさん‥‥」
それらを受けて、ユーリは一歩前に出た。そこには優しい笑みの兄が立っている。
「ユーリ‥‥」
「兄さん」
決意を込めてユーリは顔を上げて思いを告げる。
「心配を、かけてごめん。魔法使いになれって、期待にも添えなくてゴメン! でも、でも僕は‥‥兄さんと一緒に工房で仕事をしていきたいんだ。父さんや母さんのように。だから‥‥」
俯く少年。だがその前に二本の手が差し伸べられた。
「兄さん‥‥」
「お帰り。ユーリ」
「兄さん!!」
兄弟の再会を絆の復活を冒険者達は、見届け、見守る。
「良かったですね」
「ミーナ君‥‥」
柔らかく、だが、どこか寂しそうに見つめる少女と共に‥‥。
○新しい絆、新しい友
「元より、アントニア様はユーリ様の思いも願いも理解していたようだね」
独り言のようにヒースクリフは呟く。
「ペガサス、ふぁんたじぃ〜!♪」
もうすぐ、収穫祭のメインイベント。
工芸展の結果発表が行われる。
広場に集まった人々は期待に胸を膨らませ、賑やかに場を和ませる芸人の技や歌に見惚れ、聞き惚れていた。
「今年の芸人の腕は、いつも以上だな」
人々賛辞を受け軽業を続ける幻蔵。
多くの人々が彼に惹き付けられている為、彼らの会話を聞くものはこの場にはいないだろう。
「そっか‥‥。じゃあ、ユーリ君はこっちに残るんだ」
「ああ。そのようだね。師匠に謝罪し、アントニア君と一緒に家を継ぐと言っていたよ」
「それなら、‥‥うまくいくかな?」
希望の篭った声の主が視線の先の少女を見る。トゥルエノと楽しげに出し物を見ているアリス。
彼女にこの祭りの間に贈り物ができたら‥‥と。
それにヒースクリフは応えず、答えず、いつしか奏でられたリュートの調べとそれに重ねられた歌声に頭を上げた。
「発表ももう直ぐだろう。ほら。彼らも来た様だ。では、また後で‥‥」
そして人ごみに消えたヒースクリフを見送ったワケギと幻蔵の演奏が終わる頃、
「ティズ!」
明るい声がティズを呼んだ。
「あ、ごめんね。ちょっと友達と会っていたから。どう? お祭りは楽しんだ?」
「うん! 私、こんなにお祭りが楽しかったの始めて!」
満開の笑顔に、良かった。とティズは頷く。
トゥルエノと一緒に彼女はこの祭りを過ごしていた。
特に特別な事をしたわけではない、とトゥルエノは言う。
「買い物をして、お芝居や芸人の芸を見て、それから美味しいものを食べてね」
特に珍しくも無い祭りの楽しみ方。
けれどもそれをアリスは知らなかったのだ。
一人ではできない事だから。
「ティズ! ヴェルどうしたの?」
考え事にふけるティズをアリスは呼び戻す。ああ、と笑ってティズは特設の舞台袖を指差した。
「ヴェルは領主の息子だからね。あそこ。発表が終わったら遊びに来てくれるって言ってたよ」
「そうか‥‥」
ヴェルを紹介した時、アリスは頬を赤らめていた。
女性と見まごう美少年だから無理も無いだろう。
(「本当に、まだ恋に恋してただけだったのかもね」)
彼が友達になってくれれば、またアリスの運命も変わるかもしれない。
だが、できればその前に、とティズは目をある場所に向けた。
もう直ぐ、工芸展の発表が始まる。その前に‥‥やっておきたい事があったのだ。
「そろそろかな‥‥?」
「えっ?」
「せっかくのお祭りですもの。お兄様の晴れ舞台だけでなく、少し見て回ってはいかがですか? ほら、幻蔵様があちらで何かなさっていますわ」
「あっ!」
アリスは口を押さえ、声を上げる。
そこにはアントニアとユーリ。そして冒険者達の姿があった。
人ごみは工芸展の発表を前に盛り上がりを見せる。
だが、その賑わいの中で、まるでそこだけ切り離されたように沈黙が支配していた。
アリスとアントニア。二人の視線が交差する。
「お前! アリスだな! 兄さんを!」
最初に動き出そうとしたのはユーリだった。話に聞くアリスは兄を困らせる仇敵。
拳を振り上げ、くってかかろうとする。だが、それは未遂に終わった。
一本の腕と
「ごめんなさい!!」
アリスの謝罪がユーリの動きを止めたからである。
「えっ?」
少女にいきなり頭を下げられて戸惑うユーリを、ヒースクリフがさりげに後ろから肩を止める。
それを確かめるようにしてアントニアは前に進み出ていった。
「ゴメンなさい。ごめんなさない。私に‥‥、私‥‥」
肩を震わせ、それ以上の言葉が紡ぎ出せないアリスの前に膝を折ると、アントニアは
ふわり、その手で頭を撫でた。
「えっ?」
顔を上げるアリス。その前には暖かいアントニアの笑顔があった。
「ありがとう。僕を助けてくれて。ありがとう。僕を好きになってくれて。君がいなかったら僕は孤独の中、自分に自信を持てずにいたかもしれない。君の存在が僕を救ってくれたんだ‥‥」
「私‥‥が?」
「そう。恋人にはまだなれないけど、友達にはなれる。もう一度、最初からやりなおさないかい? 友達として今度は色々教えて上げられるよ。冒険者の皆さんほどじゃないけれど‥‥」
どうかな? 邪心無く笑いかけるアントニアにまだアリスの身体は強張って動かない。
「ともだち‥‥になってくれるの?」
彼女の緊張をほぐすようにアントニアは後ろを振り向いて、指を指す。
「僕がダメなら、あれなんかどう?」
「アレって俺?」
「他にいないだろう? 頭も悪くないし、素材も悪くないと思うんだけど‥‥」
微笑する兄に弟はフン! と顔を背ける。
「誰が兄さんを苦しめた女なんかと‥‥」
その様子に冒険者の中から進み出た少女がいた。
「なら、私ではダメでしょうか?」
「えっ?」
驚いたのはユーリだけでは無かった。冒険者達も驚き瞬きする。
「ミーナ‥‥さん?」
「私もアリスさんのお友達になりたいです。住まいがキャメロットなのでいつも一緒にはいられませんが‥‥どうでしょうか?」
「いいの?」
「ミーナさん! そんな奴‥‥」
言いかけ、飛び出しかけたユーリを今度は強く、ヒースクリフの腕が止める。
「当事者同士では既に解決した事。周りがどうこう言う事じゃあ無いさ。ましてミーナ君が自分で友達になりたいと思った相手を止める権利は君には無い」
「でも! あいつは‥‥」
食い下がる少年に、はあ、と大きく溜息をついてヒースクリフは囁いた。
「目の前の事に精一杯になる余りに、周りの人の想いに気付く事無く過ちを犯してしまう。誰にだって有る事だよ。君には覚えが無いのかい?」
「あ‥‥」
小さな声だったから少女達も、兄も気付いてはいなかったろう。
けれど俯く少年と彼を見守るワケギにはその言葉は届いていた。
「僕の、友人の言葉です。過去の過ちを忘れてしまえば、その過去にいつかは復讐されるでしょう。
けど過去の過ちに拘り過ぎたら、人は決して前に進む事は出来ません。また他人の過ちを許す事が出来れば、人はもっと幸せになれると思います。貴方はどの道を選びたいですか?」
「長い人生、嫌いなもの抱えて生きるのって結構ソンだと思うなあ?」
「いいんですか? 変な事を拘っているうちにミーナ様も、お兄様もとられてしまうかもしれませんよ?」
「そんな!」
ユーリは冒険者達の言葉を噛み締めながら前を向く。
そこにはもう古くからの友達のように打ち解けた二人の少女の笑顔があった。
まるで薔薇のような‥‥。
「‥‥やるよ」
「えっ?」
「許してやるよ。だけど、友達になんかならない。側であいつが兄さんやミーナさんに酷い事しないか、見てやるんだ!」
放して! ユーリが身体を捻らせる前にヒースクリフの手は彼を解放する。
駆け寄っていく少年と、それを受け止める少女達。
「やれやれ、素直じゃないねえ」
「でも、これでいいと思いますわ。わだかまりも少し解けたでしょうしそれに『出会いが最悪の方が仲良くなりやすい』ということもあるかもしれませんもの」
「そうですね‥‥」
楽しげに笑いあう子供達。
それを冒険者とアントニアは黙って微笑みながら、見つめていた。
その日の夜。
トントン。
「遅くなってすみません、まだいらっしゃいますか?」
ノックと共に開いた扉。そこから覗いた頭に
「シーッ! アリス達が寝てるから静かにね。大人達は二次会に行ったよ」
ティズは口元に指を立て告げた。そうですか。頷きながら入ってきたのは銀色の少年。手にはいくつかの羊皮紙が抱えられている。
「何かアントニア達に用事があるなら行く? 場所は解るよ?」
「いえ、お邪魔をするつもりはありませんから。後でこれをアントニアさんに渡して頂ければ大丈夫です」
契約書、注文書。領主家お抱えの証明書。それは工芸展優勝者の未来を約束する書類だった。
「香りという付加価値のある皮細工は、これからのシャフツベリーの重要な工芸品となるでしょう。全力でバックアップするとの父からの伝言です」
「そう、良かった‥‥」
ティズは書類を受け取り微笑した。
祭りでのアントニアの工芸展優勝は冒険者のみならず多くの人々に喜びを与え、拍手と祝福を得た。
工房を出ていた職人たちも祝いに訪れ、近々戻ってくるとの話も出たという。
「これで、本当に工房も安泰だね。良かった。安心してキャメロットに戻れるよ‥‥」
「今回はお役に立てず申し訳ありません」
頭を下げる青年にティズは首を振る。
「そんな事ない。これは、私達の仕事だもん。それに、ヴェルにはこれからの事を頼みたいしね‥‥」
「それはお任せ下さい」
ヴェルははっきりと頷いた。
冒険者達はあくまで旅人。いつでも側にいてあげることはできない。
本当の事態解決には側にいてくれる人たちの力が必要なのだ。
だから、冒険者達はアントニアとの和解を勧めた。ユーリをアリスと近づけた。
「僕で、できることは出来る限り」
「カッコよくなったね。ヴェル‥‥。背、伸びたんじゃない?」
「ティズさんも‥‥
「うん、もう直ぐヴェルを追い抜かしちゃうかもよ」
笑いあって二人は澄み切った星空を共に見上げる。
いつか、並んだ同じ目線で、同じ星空を‥‥。
○さよならのその先
収穫祭も終わった祭り明けの朝。
「今回は本当にありがとうございました」
アントニアとユーリはキャメロットに帰る冒険者を見送りに、門のところまでやってきていた。
「お土産ありがとう。大事にするね」
小さな包みを抱いてティズはそう礼を返した。
「本当に、行っちゃうの?」
ヴェルと、泣き出しそうな顔のアリスも一緒である。
「また、来てくれる?」
泣き出しそうな顔で服の裾を掴むアリスを
「勿論よ」
トゥルエノは微笑んで抱きしめた。
胸にはローズブローチ。約束の証しにあげたこの小さな品物をアリスは昨夜から離そうとはしない。
「みんながいなくなっちゃったら、私、また一人になっちゃう」
「大丈夫。もう貴女は一人なんかじゃないから」
「そうですわ。何かあったらいつでも駆けつけます」
「春になったらキャメロットに来て下さい。素晴らしい薔薇の花でお迎えしますから‥‥」
「約束したでしょ? アリス。どっちが先に素敵な恋をするか競争だって。寂しがってる暇は無いよ。友達をいっぱい作らなくっちゃ‥‥」
「でも‥‥」
俯くアリスに
「ぺがさすふぁんたじー!!」
突然飛び込んできた着ぐるみ芸人が、小さく、何事か囁いていく。
「えっ?」
「ねえ、もっと遊んでよ〜〜」
「芸見せて! 芸!!」
子供達を引き連れて、まるで跳ぶように走り去っていく姿は一瞬の事で、冒険者達ですら、何が起きたか解ってはいないようだがアリスの表情は確かに変わった。
「どうか、またいつでもおいで下さい。心からお待ちしています」
領主の名代として凛々しく立つヴェルに
「うん! でも次に来る頃にはヴェルに釣り合うぐらいにはならないとね」
ティズは意味深に微笑んでくるり、背を向けた。
「えっ? それは、どういう‥‥」
返事はせず、ティズはそのまま歩き出す。冒険者たちも続く。
「さようなら〜」
「また来てね〜〜」
振られた手は冒険者達の姿が見えなくなっても、長く長く続いていたという。
冒険者もまたそれにずっと手を振りかえしていた。
「あれで、良かったのかね? ミーナ君?」
帰路。ヒースクリフは一人歩く少女にそう声をかけた。
「何が、ですか?」
変わらない表情。変わらない笑顔。
ヒースクリフはだからこそ、深く溜息をついた。
「君はもう少し我侭言った方が良いよ。もっと他に、本当に言いたかった気持ちが有るんじゃないかい?」
ユーリに側にいて欲しい。
彼女は本当はそう言いたかったのではないか。ヒースクリフはそう思っていた。
一人ぼっちの寂しさを彼女は良く知っているから、新しい大事な友達を、大事な家族を失いたくは無かったのではないか? と。
「家族は一緒に暮らすのが一番です。どんな友達も家族には叶いません」
ミーナは静かに微笑んでそう答える。確かにそうだろうが‥‥
「それに、私は一人ぼっちじゃありません。薔薇園もあるし、友達もいますから」
「そうそう。それにね」
ティズは意味深の笑みでおいでおいで、とミーナに手を振る。
「何です?」
近寄ったミーナの鼻先でふわり、薔薇の香りがした。
「これは!?」
「ミーナローゼ、だって。彼の作った薔薇の香油。彼の気持ちだって言ってたよ」
「それから、これは手紙です。ユーリさんと、アリスさんから」
ワケギが預かった手紙を受け取ったミーナは、震える手でそれを開くと涙と共に抱きしめた。
どんな文章が書かれていたのか、冒険者は聞かず、見なかった。
けれど、それが優しい孤独な少女に笑みと希望を与えるものであった事だけは確信したのである。
「よかったわね‥‥」
トゥルエノはミーナを抱きしめ、空を仰ぐ。
暖かい涙と優しい香り。
自分の選択が間違っていなかった事を確信しながら、親友の瞳の色と同じ青空を‥‥。
そしてシャフツベリーの広場。
「あ〜あ、つまんねえなあ〜。祭りも終わったし、芸人もいなくなっちゃったしさ〜」
「ねえ、じゃあ、向こうで石蹴りしよう!」
さっきまで芸人を追いかけて集まった子供達は場所を変えようと立ち上がる。
そこに
「待って!」
声をかけた少女がいた。
子供達の視線が少女に集まる。震える手で少女はポケットの中のブローチと、冒険者達に贈った皮細工を握り締める。
勇気を振り絞るように、顔を上げる。
『友達のできる呪文を教えてしんぜよう。言う勇気さえあれば簡単でござる』
心に届いた言葉が背中を押す。
「一緒に‥‥遊ぼう!」
差し出された手が答え。
明るい笑い声が返事。
シャフツベリーの路地に祭りが終わって冬が来てもも子供達の笑い声が消えることは無かったという。
薔薇の香りに包まれた少女の花のような笑顔と共に‥‥。