アップルジュースを守れ?

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月12日〜11月17日

リプレイ公開日:2008年11月19日

●オープニング

 もう、冬にも近くなった晩秋。
 木々を赤く彩る秋、最後の贈り物がある。
 それがリンゴ。
 食べて良し、ジュースにして良し、料理にも使えれば酒にもなる万能の果実である。
 このリンゴ園にも冬を前に多くの注文が殺到している。
 一年間丹精を込めて育ててきたリンゴの収穫を前にして、一番忙しくも楽しいシーズンの筈なのに。
 皆で楽しく笑いあえる筈なのに。
「どうして! どうして畑に出ちゃダメなの!」
 少女の悲痛な叫びが家の中に響いた。
「仕方が無いでしょう? 畑にゴブリンが出るのですもの。お兄ちゃんがどんな目に合わされたかわかっているでしょう?」
 今にも籠を背に駆け出して行きかねない娘を、母親は必死で諌める。
「でも! こうしている間にもお父さんが植えた大事なリンゴの木が‥‥、せっかく生ったリンゴの実が‥‥」
 窓の外に広がる果樹園。彼ら家族の大事な大事な畑。
 そこは今、ゴブリンたちの宴会場になっていた。
「お兄ちゃん達が冒険者を連れてきてくれるまで、もう少しの辛抱よ。‥‥ね?」
 母親の言葉に少女は、涙ながらに頷き、そして手を合わせた。
「神様。どうか私達にお力をお貸し下さい。あのゴブリンたちから大事なリンゴをお守り下さい‥‥」
 と。

 少女が神に祈っていたのとほぼ同時刻。
「お願いします。ゴブリンを退治して下さい」
 少年は冒険者ギルドでそう言って頭を下げた。
 彼はキャメロットから一日ほどの村でリンゴ園を営む家族の長男。
 収穫間近の農園にゴブリンがやってきて果樹園を荒らすのだと、必死に訴えていた。
 見れば、右腕は白い布で吊られ、頭には包帯。目元にも青あざがある。
「収穫時期のリンゴを奴らは遠慮なくもぎ取って食べてしまいます。僕も奴らを追い出そうとしたけど、とても歯が立たなくて‥‥」
 父親を最近亡くし、母と子供二人でやっている小さな果樹園。
 一年間の収入のほぼ全てがこの時期の収穫にかかっていると言うのに、ゴブリンたちのおかげで今年の収穫は殆ど進んでいない。
 それどころか、彼らが一欠けらの情けも無く食べるリンゴの数は決して少なくなく、このままでは一日ごとに木、一本が裸にされていくだろう。
 やってきたゴブリンの数は10匹弱。一匹はリーダー格なのか、少し身体が大きかったという。
「お願いです! どうか一日でも早くゴブリンを退治して下さい」
 リンゴの収穫が減ればリンゴは高騰するだろう。
 ひょっとしたら酒場のアップルパイやアップルジュースの値段にも影響が出るかもしれない。

 秋の宝石、幸せの果実を守って欲しい。
 願いと祈りを込めた願いが、冒険者ギルドに張り出された。
 下戸と甘党の思いと一緒に‥‥。

●今回の参加者

 ea6382 イェーガー・ラタイン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb0062 ケイン・クロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb5522 フィオナ・ファルケナーゲ(32歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 eb5534 天堂 朔耶(23歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec3138 マロース・フィリオネル(34歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

○農場の救世主
 冒険者ギルド依頼を出して直ぐ、依頼人でもある少年は家に戻ろうとした。
「母さんと、妹が待っているんです。だから、早く戻らないと‥‥」
 だが、ほぼ着の身着のまま。
 最低限の荷物さえ持たずにやってきた彼の衰弱と疲労は半端で無いと見ているだけで誰もが気付いていた。
「あ‥‥っ」
 よろめいて倒れかけた少年を
「おっと! 危ない!」
 イェーガー・ラタイン(ea6382)がとっさに支えた。
「無理はいけませんよ。少しでも休まないと‥‥」
 差し伸べられたマロース・フィリオネル(ec3138)の手から放たれた光が少年の傷を塞いでいく。
「とりあえず、傷は塞ぎました。あとはゆっくり休んで体力を回復させる事です」
「休んでいる‥‥暇なんてないんです。早く、‥‥一刻も早く戻らないと‥‥」
 それでも立ち上がり、歩こうとする少年。
 溜息をつくとケイン・クロード(eb0062)は
「こら!」
 トン! 
 彼の額を軽く指で突いた。再びよろめいた彼は椅子へとお尻を落とす。
「わっ!」
「これから収穫の本番なのに一家の大黒柱がそんなフラフラじゃ色々と大変だろう? 僕達を信じてくれないかい?」 
 ニッコリ笑った青年は王宮騎士。
 ぼんやりとする少年の肩に乗ったフィオナ・ファルケナーゲ(eb5522)も、その指で頬を突く。
「秋の味覚をゴブリンに独り占めさせるのはもったいないものね。今の貴方の仕事は依頼を受けた私達を信じる事。そして身体を治すことよ」
 柔らかく笑ったフィオナに少年は迷いながらもはい、と頷く。
「どうか‥‥お願いします」
「よっしゃあ〜。お願いされた! 頑張るよ〜」
 ワンワン。ニャーン!
 足元の愛猫と愛犬と共に天堂朔耶(eb5534)が気勢を上げる。
 家族の幸せと美味しいリンゴ。そして下戸の友たるアップルパイとジュースを守る為。
 冒険者達は立ち上がったのであった。

○晩秋のピクニック?
 11月もそろそろ半ばを過ぎるイギリスは雪こそまだだが、日中も大分寒さが厳しくなってきていた。
「リンゴは寒さに強いって言うけどこの寒さの中収穫って大変だねえ」
 腕の中に猫と犬を抱いていた朔耶は手を、焚き火に近づけた。
 ひょいと降りた動物たちはくんくん、と鼻をいい匂いに動かしている。
「そうですね。だから、一刻も早く収穫できるようにしてあげないとね。っとそろそろいいかな?」
 焼き具合を確かめ、ケインは鉄串をくるくると回した。
 焼き色、香り、文句は無さそうだ。
「これで、いいでしょう。まだ熱いですし‥‥気をつけて下さいね」
「りょーかい!! う〜ん、美味しそう。ゴブリンの餌にはもったいないなあ〜」
 じゅるる、よだれが出かけた朔耶を諌めるように彼女の愛犬総司朗が吠える。
 ひょっとしたら自分も欲しいと言っているのかもしれないが。
「できれば木や果実に影響を与えないように、向こうの空き地まで誘導できますか? 僕も援護しますから」
 目算で距離を測っていたイェーガーの問いかけに任せて! と昨夜は胸を叩く。
 朔夜ができるだけ近くまで寄って肉の匂いでゴブリンたちをおびき寄せる。
 隙を見てイェーガーが矢で狙撃し、戦意を奪いつつおびき寄せた敵と皆で倒すというのが戦法だ。
「逃げ足には自信あり! でも、おっかけてきたら助けてね」
「それはこちらに任せて下さい。必ず、助けます」
 ケインにマロース、フィオナも頷く。
「よーし! そんじゃいってきまーす!」
 金串二本しっかりと握り締めて朔夜は走り出す。
「僕達も行きましょう」
「ええ」
 冒険者達もそれに合わせて動き始める。
 強い秋風が、これからの戦いには似合わない甘い香りをそっと冒険者の鼻腔へと運んでいた。

○欲望の果てに
 転がるように朔夜とイェーガーが走って来たのはそれから冒険者たちが持ち場に着き間もなくの事だった。
「来たよ! 来た来た!」
 追いかけてきたのはゴブリンが五匹。ほぼ半分というところだ。
「ケインさん!」
「一匹は射抜きましたが‥‥後は、お願いします!! ‥‥ふう!」
「任せて下さい」
 主の呼び声に答えて天馬が羽ばたく。
 それと呼応するように決意を決めたケインが剣を鞘から引き抜く。
「‥‥悪いけど、速攻で倒させてもらうよ。零式‥‥翔け抜けろ、飛燕!」
 最初から手加減は一切無い。
 当たり前の日本刀からの一撃が、彼の手から放たれて衝撃波へと変わる。
『ぐあああっう!』
 半ば吹き飛ばされるようにゴブリンは、地面に転がり唸りを上げた。
 その隙に朔夜とフィオナはマロースの作った結界に転がり込む。
「大丈夫ですか?」
 気遣うマローネに、大丈夫、大丈夫と言いながら呼吸を整えた。
 フィオナもまた深く深呼吸をする。
「私じゃ大したことはできないものね。だったらせめてできることはしないと」
 瞬きをして『外』を見る。ケインが相手をしている五匹の後方、残り三匹と一匹もこちらに近づいてくる。
『さっきのリンゴみたいになりたくなかったらとっとと立ち退くことね! でないと本当に命の保障はしないわよ!!』
 ビクン! ゴブリン達の足が一瞬止まった。
 その隙を見逃さず、天上から微かな音と共に矢の雨がゴブリン達に降り注ぐ。
『ぐえっ!』『ぐああっ!』
 天馬に乗ったイェーガーからの射撃。
 致命傷こそ無いものの、身体のあちこちに矢が刺さった状態のゴブリン達は、もはや僅かな冷静ささえも完璧に喪失していた。
「よーし! いよいよ仮面ニンジャー・シバ すぺっく4の出番だあ〜! リンゴを食い荒らしてあの子泣かせたのお前達? 悪いけど、やっちゃうよ? いいよね?」
 ひらりと軽やかに彼らの前に立った朔夜を狂ったように追い掛け回す。
 その行動そのものが自らの命を縮めているとさえ、気付かずに、倒れ動けなくなるまで。
「あんまり深入りすると危ないよ! ほ〜ら!」
 朔夜が足を止める。小さな身体に打ち込まれようとした棍棒は天より下って来た矢に弾かれ地面に落ちる。
「これでお・し・ま・い!」
 ボンと蹴り飛ばされて倒れるゴブリン。朔夜がそれを見下ろし、周囲の敵を再び確かめようとした時、残っていたのは彼らより一回り大きなゴブリンが一匹のみ、であった。
「速やかに立ち去りなさい、と言っても聞かないのでしょうね?」
 マローネが言うとおり、最後のゴブリンはもはや何も耳に入らない状態で、ただ目の前のマローネを討ち果たそうと真っ直ぐ駆けて来る。
「全ては‥‥主の御心のままに‥‥」
 伸ばされた手から放たれた白い光が、ゴブリンの身体を縛る。瞬間、三筋からの攻撃が一瞬でゴブリンの命を吹き消した。
「説得の、必要はもう無いみたいね」
「ああ、可哀想だったけど‥‥」
 フィオネ達が見下ろす先には最後まで、欲望と本能に従って果てたモンスター達の哀れな末路だけが転がっていた。
 
○紅い宝石
「うわ〜っ♪ 可愛い〜〜!」
 農場に歓声が響いている。
 惨状の後片付けを終えたマローネが顔を上げる。
 その先では仲間達が楽しそうにリンゴ狩りをしていた。
「マローネさんも早くおいでよ!」
 手招きする朔耶。その手には彼女の頬より紅いリンゴが握られていた。
「丁度お手ごろサイズ。んにゅ♪ 真っ赤で綺麗で本当に美味しそうなのです♪ ではでは、いっただきま‥‥んにょ!?」 
 今、正にかぶりつこうとしていた朔夜の足元できゅん、きゅんと鳴きながら仔犬が裾を引っ張る。
「なに? つまみ食いはだめっ? て。いいじゃない。一個くらい」
「一個や二個くらいなら食べてもいいですよ。皆さんが守ってくださったリンゴですし」
 取り入れをする果樹園の主人がそう言って笑う。
「ほら〜。ああ言ってるんだからね。では改めていただきま〜す」
 仔犬を諌めるように手で押さえると、朔夜は見せ付けるようにシャクッ! と音を立てて齧った。
「う〜ん、甘くてほんのり酸っぱくてサイコー! あともう一つ‥‥」
 夢中になって食べる朔夜をイェーガーやフィオナ。
「一つや二つで収まりそうにないですね」
 木臼に乗って加わったマローネも笑いながら見ている。
「ホントウね。そう言えば、リンゴって何の象徴か知ってる?」
 高いところのリンゴに木臼から手を伸ばすマローネの耳元でフィオナが囁く。
「なんですか?」
「答えはね‥‥」
「!!」
 マローネの耳が、頬がリンゴよりも紅くなる。
「どうしたんです〜?」
「知りません!」
「ほえっ?」
 背を向けたまま、飛び去るマローネをフィオナは笑いながら、他の者達は首をかしげ見送ったのだった。

○紅い宝石
 収穫の後は、勿論実食。
「沢山食べてくださいね」
 その日の夕食のテーブルには採りたてのリンゴで作った様々な料理が並んでいた。
「素材がいいと、作りがいもあるなあ」
 アップルパイにリンゴジャム。ケーキにジュースにリンゴソースの肉料理。
 その料理の半分を作ったケインが嬉しそうに言う。
「美味しいよ〜」
「本当にステキなお味です」
 少女達はお土産のジャムと、甘いアップルパイに頬を完全に落としている。
「こっちもステキだわ」
 フィオネが少年の酌で飲んでいるのはシードル。
「これは近くの農場で作ってるものですがお口に合いますか?」
「ああ、し・あ・わ・せ」
 うっとりと既に夢見心地である。
「リンゴの料理やお菓子も教えてもらいました。戻ったら実践してみようと思ってます。喜んでくれるといいんだけど‥‥」
「きっと、喜びますよ。‥‥お疲れ様でした」
 ほんの少し、誰かを思って頬を赤らめるケインはイェーガーと顔を合わせ、静かに杯を鳴らせたのだった。 

「大したお礼もできず、すみません‥‥」
 家族はそう言ってすまなそうに頭を下げた。
 冒険者に与えられた報酬は少しのお金と料理、それから一瓶のアップルジャムだけ。
 けれど
「いいえ。もう報酬は頂きましたよ」
 冒険者達はそう言って笑ったと言う。
 翌日彼らは去っていった。
 取り戻された家族の笑顔と幸せという報酬を胸に‥‥。