●リプレイ本文
●騙す者、騙される者
バシン!
高く乾いた音が酒場に響き渡った。
その場にいた人物達の視線が、一箇所に集まる。
二人の娘、二人の戦士が互いに向かい合い睨みあっていた。
「何よ! それが本性ね? 口では親友だ、種族なんて関係ないって言っても、結局はあんたも私の事を見下し、蔑んでいるんだわ!」
頬を叩いた娘は見ればハーフエルフだと解る。一方の叩かれた方は女騎士。
「そんな事はありません!」
凛々しい顔立ちにのみならず、その一挙一足が、そして言葉が選ばれた王宮騎士であると告げていた。
「だから何度も言っているのです? 仲介はできないと。それに王宮騎士の名は行いによって授けられるもの。金品やコネでなるものではないのです!」
「別に地位や名誉になんて興味は無いと言っているでしょう! お金だって充分にあるもの。私はただ、騎士になって皆を助けたい。貴方の手伝いがしたいだけなのよ! 親友の貴方の為に」
「なればこそ、本気で目指すのならば、先に行いを示すべきです! たとえ親友であっても、いいえ、親友だからこそ、絶対にお断りです!」
「この、わからずや!」
もう一度、パーン。高く音が響き、次の瞬間、扉が開く音と何かが走り去る音が同時に聞こえる。
「まったく、青春だねえ」
軽く杯を揺らす男の呟きを二人を見送った者達は、それぞれの思いで聞いていた。
事の始まりは王宮騎士からの依頼であった。
「我々は表立っては動けない。パーシ様はなおの事だ。その事は解っているね?」
主のいない執務室で、槍騎士隊副隊長ジーグネと対しているのは同じ隊に属する騎士二人。
確認するように問う依頼人にケイン・クロード(eb0062)ははい、と真っ直ぐに頷いた。
「解っています。だからこそ僕達に依頼が託された訳ですしね」
円卓の騎士の名をかたり騎士を目指す、または夢見る者達から金品を巻き上げる悪徳詐欺。
実際にパーシ・ヴァルの槍騎士隊の紋章を持っていたということからパーシ自身を疑う者は少なくても騎士隊員の関与を疑う者もいる。
「我々が調べて、そのような者はいないと言っても、身内の庇いあいと思われるだけだ。冒険者に調査を依頼したのはそういう意図もある」
冷静な第三者からの目。それが必要なのだとジーグネは言った。
「という事は我々もあまり騎士隊の者であるということは言わないほうがいいであるな。あくまで第三者たる冒険者、という事で‥‥」
書類を広げながらマックス・アームストロング(ea6970)は頷く。
元々正式に王宮騎士に任じられたとはいえ、彼ら二人、いやもう一人の三人の騎士には城内詰めの義務は与えられていない。
自由に動ける。それこそが彼らの仕事であり強みであるのだから。
「とはいえ、騎士隊の仲間の顔もよく解らないのは少し調査には不利であるな。そのトーヤ殿の顔も人となりも知らぬし‥‥」
「ジーグネ隊長!」
扉を開けて、三人目が入ってくる。
「シルヴィア。どうだったかな? トーヤの様子は?」
お客さん、であった頃は敬語も使われた事もあったが今は、騎士隊の一員としてこちらが今は礼を払う立場。
特別扱いされないことに感謝をしながらシルヴィア・クロスロード(eb3671)は丁寧に膝を折り、礼を取ると立ち上がって問うた。
「パーシ様からの許可は正式に取りました。今回の件、特にトーヤ殿に対する対応はお任せ頂けませんでしょうか?」
トーヤというのは部隊証である槍騎士の紋章を失っていた若い騎士だ。
詐欺を働いた人物に紋章を渡した疑いが彼にはかけられている。
何度かの追求に近い取調べにも彼は沈黙を守っていた。
それはつまり言えない理由をもって彼は槍騎士の紋章を手から離したという可能性を意味する。
彼が誰かを庇っている可能性を。
「彼はパーシ様への忠誠を失ってはいません。けれど、同じように大事な何かを持っている。それを守りたいと思っているようなのです」
それを聞き出すには強引な手法では決してダメだ。
言葉に出さないシルヴィアの思いにジーグネは静かに頷いた。
「解った。今回の件については私が判断を任せられている。全ては君達に任せよう」
「「「ありがとうございます」」」
三人の騎士はそれぞれにお辞儀をすると執務室から退場し動き出す。
一人は騎士団の内部調査に、一人は仲間と共に被害者の調査に。
そしてもう一人はトーヤの下へ‥‥。
真っ直ぐな瞳がヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)を見つめていた。
「おじさん、だれ?」
「おじさん‥‥」
くすくすと笑うアルヴィス・スヴィバル(ea2804)にヤングヴラドは苦笑して肩を竦めるしかなかった。
ちなみに彼は18歳。実年齢で言えばエルフであるアルヴィスの方がずっと高い。
まあ、6〜7歳の子供にしてみればある程度以上年上の男は皆、おじさんなのかもしれないが。
警戒を解くために聖職者の格好をしてきたのも悪かったかもしれないと思いながら
「間違っても年上の女性におばさん、などと言ってはいけないのである。おねえさん、と呼ぶと喜ばれると思うのであるよ」
ヤングヴラドはその男の子に向けて微笑んだ。
「ちなみに余はお兄さんと呼んで欲しいのだ」
「じゃあ、おにいさん。なんのごよう?」
(「賢いコであるな」)
心で呟き彼は少年ランドに問いかける。
彼ら二人は紹介詐欺の被害者である男性とその家族の調査にやってきたのだ。
「時流に乗った賢い方法だ、素直に感心するね。だけど子供を悲しませるのは気に食わないかな」
アルヴィスの呟きを指で制しつつ、同感と心で頷き、ヤングヴラドは話を続ける。
「余と彼は行方不明者の捜索を行う仕事を神よりの使命として行っているのである。‥‥早い話が君のお父さんを捜しに来たのだ。詳しい話を聞かせて欲しいのであるが‥‥」
「本当に? 本当にお父さんを捜してくれるの?」
少年の表情が劇的に変わった。
「お父さんがいなくなってから、お母さんずっと泣いてるんだ。おねがいだよ。お父さんをさがして!」
「無論である。だが、その為に聞きたいこともあるので、母上とお話をさせては貰えまいか?」
「うん、こっちだよ!」
ランドはヤングヴラドとアルヴィスを手招きし、家の中へと誘い入れる。
締め切られた店の裏から中に入る。おそらく野菜や食べ物を扱う商家なのだろう。
家の中には甘い香りと、どこか鼻をつくような匂いが交じりっていた。
「お父さんは、昔きしだったんだって。でも、お母さんとであっておみせをつぐためにきしをやめたんだって言ってた」
綺麗に整えられた古いけど小さくは無い家。生活に苦労は無さそうである。
けれども心ならずとも夢を諦めた事に、小さな後悔はあったのかもしれないとアルヴィスは思った。
「ぼくは、お父さんみたいなきしになりたかったんだ‥‥。でも、お母さんはそう言うと泣くんだよ‥‥」
「誰!」
微かな音と共に扉を開けたその先に暗い部屋。一人で涙ぐむ女性の姿があった。
「怪しいものではないのだ。余達は‥‥」
丁寧に神職者らしい言葉で中に入っていくヤングヴラド。その後に続こうとしたアルヴィスはふと、足元の少年の表情に気付いた。
「どうしたんだい?」
「お兄さんたちも、ぼくやおとうさんをたすけてくれる? ぼく一人じゃだめなんだ」
俯く少年。こんなに小さいのに彼は自分の無力を知っている‥‥
「ああ‥‥勿論」
『お兄さんたちも‥‥』その言葉に少し気になりながらもアルヴィスはランドに頷いて見せた。
「ぼくね。お父さんにもどってきてほしいんだ。きしになりたかった。けど、おかあさんをかなしませるくらいならきしにならなくてもいいっておもってる。おとうさんにもきしになってほしくない! きしって待ってる人をかなしませるんでしょ?」
「それは‥‥僕にはなんとも言えないな‥‥けど」
アルヴィスは膝を折り目線を合わせ、言葉を思いを伝えた。
「君のお父さんの想いは立派なものだ。だから君がお父さんの事を今でも好きで、騙した人を許せないと思うなら。君はその想いを汚すような真似をしちゃいけないよ」
「‥‥うん」
純粋な思いが、瞳が闇に汚されることの無いように、願い、祈りながら。
●一世一代の大芝居
「犯人はどうやらこの人物ですね」
ジークリンデ・ケリン(eb3225)の言葉に冒険者達は、それぞれに頷いた。
いくつかの情報書類や似顔絵が重なったテーブルの上。
そこにはジークリンデが指し示した一人の人物の調書がある。
元王宮の騎士団見習い。ベルガー。
正騎士に任じられる直前、両親の病の為に騎士団を辞めざるを得なかった人物。
「騎士見習いとして王宮にいた彼なら、内部事情も知っていて人々を信用させやすかったようですね」
目撃者の証言、状況の証拠。それに加えたジークリンデの魔法。
ルーウィン・ルクレール(ea1364)が言うとおり、名前こそ違っているがいくつもの犯人の条件に当てはまるのは彼しかいなかったのだ。
「さらに加えてトーヤ殿の同期であったそうです。ほぼ間違いは無いでしょう」
「元は正義感の強い人物であったようであるが、夢を諦めざるを得なかった悲しみが彼を罪へと走らせたのか‥‥」
微かな哀れみがマックスの目に浮かんでいる。だが
「でもぉ〜。それでも罪は罪ですぅ〜。同情はできても許す事はできませんよぉ〜」
柔らかく、でもきっぱりと言ったエリンティア・フューゲル(ea3868)の言葉にマックスは拳を握る。
「無論、なのである。これ以上彼に罪を犯させないためにも、早急の対応が必要なのである!」
「彼が今、どこにいるかも解りませんからね。ご両親が亡くなってその後あちらこちらを転々としているようです。ただ、酒場にはよく顔を出すと‥‥どうしました? リースフィアさん?」
ふと、ケインは横で考え事の表情を浮かべるリースフィア・エルスリード(eb2745)を見て、声をかけた。
「いえ‥‥、ちょっと気になっただけです」
心配をかけたかとリースフィアは首を振り、だが、胸から離れぬ心配を仲間達に告げる。
「随分、あっさりと犯人が割れたな‥‥、と」
瞬きする仲間達。
勿論、この調査結果は決して簡単に手に入れたものではない。
オルステッド・ブライオンを含む冒険者達が騎士団の内部、被害者、そして周囲の人物達からの繰り返し行った根気強い聞き込みと調査の賜物である。
だが‥‥
「この事件、下手をすれば大事件に発展しかねない重要な案件であると思っていました。パーシ卿は仮にも円卓の騎士。いろいろ敵の多い人ですがその名を名乗って悪事を働く以上、それなりの覚悟があっての事と思っていたのですが‥‥」
それでも、リースフィアは目の前の男の絵と行動に小物の印象を拭いきれなかったのだ。
これだけで終わらないのでは、とも‥‥。けれど
「でも、早急に解決が必要なのは同感です。疑問も本人を捕まえれば解る所もあるでしょう」
自らの思いを振り切るようにしてリースフィアは仲間達に、自分が止めてしまった作戦の相談を促す。
「そうね」
今まで沈黙を守っていたトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)は小さく笑うと腕を組んだ。彼女はこの作戦の中心人物なのだ。
「詐欺なんてね、騙されるのが悪い。だけど、騙す方はそれ以上に悪いわね。さっさと捕まえてしまいましょう。言ったとおり私が囮になるから」
「でも‥‥」
歯切れの悪そうなシルヴィアの肩をポンと叩いて、トゥルエノはウインクをする。
「私を信じて。‥‥人は、エルフもハーフエルフも皆、たった一人でも信頼できる人がいれば生きていけるもんなのよ」
「トゥルエノさん‥‥。解りました。よろしくお願いします。私も、トーヤさんをこれ以上苦しませたくありませんから‥‥」
頷きあった二人を囲み、冒険者達は作戦の打ち合わせに熱を入れる。
それを半歩だけ下がって見つめながらリースフィアは
「全てを取られた人はデビルにとって美味しい存在かも知れませんねぇ」
ふといつの間にか横にいたエリンティアの言葉に目元を上げた。
「どういう意味です?」
「いいえぇ〜。他意はないですぅ〜。ただ、ちょっと思っただけですぅ〜。リースフィアさんはそうおもいませんかぁ〜」
言うだけ言って輪の中に戻っていくエリンティア。その時リースフィアは首に手を触れていた。
おそらく、無意識に‥‥。
何かを感じながら。
そして、舞台は翌日の酒場にと戻る。
女戦士役トゥルエノと女騎士役シルヴィアの大喧嘩は瞬く間に酒場のみならず周囲の噂の的となった。
的、と言っても女騎士の方は喧嘩の後、酒場を離れてしまったので的となったのは正確にはトゥルエノのみであるが。
「マスター! エールもういっぱい!」
杯を乱暴にカウンターに叩きつけるトゥルエノに、マスターは心配そうに声をかける。
「まあ、荒れる気持ちは解るが、飲みすぎは身体に良くないよ」
「うるさい! あんたなんかに私の気持ちが解る筈ないでしょ!」
渡されたエールを煽り、トゥルエノはカウンターに突っ伏した。
「まったく、皆、私を馬鹿にして‥‥」
マスターにだけは事情を話してあるが、他のお客達は事情を知らないから彼女が本当に酔っていると思っているかもしれない。
と、ケインは思った。
周囲にいるお客の半分は冒険者。
半分は普通のお客。
そして‥‥一人、酒を煽りながら彼女を見つめる『お客』がいた。
微妙に服装、顔つきが違うものの冒険者のマークする詐欺事件容疑者ヘルガーなのである。
彼が酒場にいたからこそ、冒険者達のこの大芝居は実行に移された。
彼を騙しきれるかどうかが、この事件の解決にかかっているのだ。
少し緊張の面持ちのケインをマックスが軽く肘で突いて、前を向かせた。
そして‥‥暫くの時間が過ぎ‥‥
「かえる」
唐突にトゥルエノは立ち上がった。
ふらつき、よろめく足で店の外に出ようと歩き出した彼女。
だが、よろめき倒れる!
「危ない!」
誰かが声をあげかけた時、
「危ないですよ。大丈夫ですか?」
トゥルエノをヘルガーが支え、助けていた。
「あ‥‥ありがとう。助かったわ」
「随分、辛い事がお有りだったようですね」
戸惑い顔のトゥルエノに彼は微笑みかける。なかなかの美青年で好青年に見える。
「まあね‥‥。でも、どうしようも無い事なのよ。もう、いいの‥‥」
顔を伏せるトゥルエノにだが彼は笑みを崩さない。
「そんな悲しい事は言わない方がいいです。貴女に似合いません。良ければお話を聞かせて下さいませんか?」
「そうね‥‥。話を聞いてもらえるかしら。それだけでも嬉しいから」
トゥルエノは差し出された彼の腕を取った。
酒場を出て行く二人を、冒険者達は静かに追う。
「‥‥小物」
そう呟きながら。
●騎士の真実
そこは街外れの小さな広場。普段、人気の無い所の筈なのに、今は沢山の人間がいる。
「どういうことだよ!」
『彼』は悲鳴をあげた。
「動いてはいけません。少しでも動けば石化の魔法を撃ちます。そうでなくても逃がしはしませんが‥‥」
指を真っ直ぐに向けるのは手誰の魔法使い。
彼女を含めて10人近い冒険者が周囲を取り囲んでいた。
誰もかなりの実力者だと解ったから『彼』は自分をここに誘った剣士に掴みかかる。
「何であんた、こんな連中を連れているんだ? 話が違うじゃないか?」
「話が違うのは貴方の方じゃないですか? 私からこの剣を騙し取ろうとしたのでしょう? マチスさん。いいえ、クレメンテさんですか? それともラグナスさんと?」
「えっ?」
動揺する男に、冷静に答える男。いやリースフィア。
彼の眼前でさっきまで男性であった彼女は本当の姿へと戻る。
「本当にねえ。救いようが無いわ。ロサ。私だけだったらまだ騙されたって証拠が掴めなかったのに、一つの仕事が終わらないうちにもう一つの仕事に手を出すなんて」
冒険者の中から進み出たのはトゥルエノ、そして‥‥
「ヘルガー。もう止めてくれないか?」
「トーヤ‥‥」
王宮騎士と一緒に出てきた元親友に、ヘルガーと呼ばれた人物は目を合わせずに顔を背けてしまった。
この時点で彼は、自分の立場を完全に理解したようだった。
「解りましたか? 私達はパーシ卿の騎士団から依頼を受けた冒険者です。パーシ卿の騎士団の名を騙り詐欺を働く貴方を捕まえに来ました」
がくりと、彼は膝を落とし地面に座り込む。
この時点で彼は全てを認めたとほぼ同じだった。
昨夜、ヘルガーはロサと名乗ってトゥルエノの愚痴を聞いた。そして、彼女に騎士を目指すなら道がある。と話しかけたのだ。
どういう方法で、問いかけたトゥルエノに詐欺の手口を話そうとした矢先、
「クレメンテ! お前! 私の剣を返せ!」
突然襲い掛かってきた男性に詰め寄られ、彼はトゥルエノにまた連絡するからと言って半ば逃げるように去って行ってしまった。
「貴公はランド少年のお父上か‥‥」
ヤングヴラドとアルヴィスに宥められた彼は、冒険者達に自分があの男に襲い掛かったわけ‥‥自分が騙された事‥‥を話し
「剣を取り戻さなければ、私は家に帰れない!」
と告げた。
情報と確信を得たものの事実上作戦を破壊されてしまった冒険者は今度はリースフィアが囮となって、ヘルガーの誘い込みを行う。
今度は相手を警戒させないように大金を抱えた冒険者のフリをして。
「貴方は、小物です。ただ目先の欲に気を取られ周囲の判断もできずに人を騙している」
もし、ヘルガーが昨日の今日、暫くの間大人しくしていれば、尻尾はしばらく掴めなかったかもしれない。
だがリースフィアが魔法の指輪で化けた冒険者に声をかけた。
自分を過信し、目の前にぶら下げられた大金と魔法剣という餌に釣られて。
そして、今、ここに捉えられてしまったのだ。
「くそ‥‥。何で、何で俺ばっかり」
肩を落としてヘルガーは地面を叩く。
彼にトーヤはそっと近寄っていった。
「ヘルガー。君だって最初は騎士となる事を夢見ていたろう? よく一緒に話したじゃないか? この国でならパーシ卿のように腕だけで騎士を目指す事が出来る。大事な者を守る為に騎士になろうって‥‥」
静かに肩に触れようとしたトーヤの手を
「お前に何が解る!」
ヘルガーは強く払いのけた。
「俺は別に誰かの為に騎士になりたかった訳じゃない。ただ王宮騎士になって皆に尊敬される人物になりたかっただけなんだ。でも、その夢へあと一歩というところで夢を諦めなきゃならなくなった。同じような境遇だったの夢を掴んだお前に俺の気持ちなんて‥‥」
泣きじゃくるヘルガーを
「解りませんね。騎士の誇りを捨てた人の言い分なんて」
冷たい言葉が射抜いた。冒険者の視線が集まる。
「ケインさん‥‥」
腕組みをしたまま見下すようにケインはヘルガーを見て、言う。
「騎士というのは人を護る為に戦うもの。人の上に立つのはその結果に過ぎません。人の上に立つ事だけを願う者を尊敬する人もいないでしょう。何があったかは知りませんが、貴方は所詮本当の騎士にはなれない人だったんですよ」
「ケインさん! それは! ヘルガーだって‥‥」
ケインの厳しすぎる言葉からトーヤは親友を庇おうとする。だが、それをマックスとシルヴィア。いや二人だけではない。冒険者達が視線で、あるいは手で止めた。
仲間達の思いを受けてケインは静かに告げる。目蓋の裏に見えるのは大きすぎる背中。
「君も、一度はパーシ卿の側で働いたんだろう? 君はあの背中を見て何も感じなかったのかい?」
「あ‥‥っ」
幾度目か、首を下げるヘルガー。だが、今の彼は今までで一番苦しげな顔をしていた。
「大切な人を守る為の力や役目が自分にも与えられるとするなら‥‥それが、どんなに手を伸ばしても届かないと思われた、最高の騎士の下でともなれば‥‥誰だって信じてみたくなるはず。君だって以前はそんな気持ちを持っていた筈だ。なのに同じ気持ちを持っていた人を騙した。僕は、それが許せない」
「それは‥‥」
ケインは彼に手を差し伸べる。絶対に許せないと思っていた犯人。けれど‥‥
「どんな理由があったとしても、君の起した事は許される事じゃない。だけど‥‥然るべき法の裁きを受けてその後にできるなら再び騎士を目指して欲しい。騎士に本当に必要なのは剣でも鎧でも、勿論お金でもない。志だと思うから‥‥」
地面を塗らす彼にケインは手を差し伸べた。ヘルガーはその手を握り返しはしない。それが許されないと解っているからだ。
「許してくれ‥‥。トーヤ。すみませんでした‥‥パーシ様」
頭を下げるヘルガーの足元に、銀の紋章が転がり落ちていた。
●本当の黒幕
トントン。
「いらっしゃいませ。何か御用ですか?」
入ってきたのは体格立派な騎士と、魔法使いが二人。
「こちらは武器と鎧の専門店で‥‥、ああ、確か魔法剣の件でお見えになった方達ですね」
店主は手もみをしながら笑顔で彼らを迎えた。
「そのとおりである。先にもお話したとおり、以前この店で売られた魔法剣は騙し取られたものであると判明した。速やかに返却を願いたい」
王宮騎士の名に置いて、と要請する騎士マックス。他の二人は付き添いのように側につき、店内を見ている。
「相すみません。すでにその剣は売れてしまっておるのです。買い取った方をお教えしますのでそちらと交渉して頂けないでしょうか?」
店主はニコニコと笑顔を浮かべたまま、そう答えた。
「無いというのであれば仕方ないであるな‥‥。それでは」
販売先の名前を書かれた木片を受け取ってマックスは店を出る。
だが、魔法使い二人の動きは、彼よりも数歩遅れていた。
‥‥言葉を残していたからである。
「うまい方法を考えたものですねぇ〜。デビルも顔負けですぅ〜」
「今は、まだ証拠がありません。けれど‥‥いつか必ず」
「またのおいでを心よりお待ちしております」
二人が出て行ったのを確認して、店主はにやりと黒い‥‥笑みを浮かべていた。
それを窓から見つめるさらに黒い視線に気付く事はなく。
「おとうさん!」「あなた!」
走り寄って来た家族を、男性は大きく手を広げ受け止めた。
「すまなかった。迷惑をかけて‥‥本当にすまなかった」
腕の中に大事な者を抱きしめる男性を
「よかったであるな」
ヤングヴラドは微かに鼻を鳴らしながら嬉しそうに見つめていた。
犯人の捕縛の後、詐欺事件の最後の被害者であった男性は彼の帰りを待つ家族の下へ帰ることとなった。
「合わせる顔が無い」
落ち込む彼を救ったのはヤングヴラドとアルヴィスの説得。そして‥‥
「本気で王宮騎士を目指すのならば、私が貴方がたを雇いましょう。ですが私は一切手を貸しません、なれるかは貴方がた次第です」
そう告げたシルヴィアの言葉であった。王宮騎士の間違いの無い言葉、だが被害者達の多くは、彼もまたその手を取る事を是とはしなかった。
「今回の事で、解ったんです。私には全ての人々を守るという騎士の志は無い。ただ、その姿と栄光に憧れていただけだと。その栄光の陰に隠れた責任を知る事ができなかった自分に、騎士を目指す資格は無いのだと‥‥」
熱に浮かされたような思いが消え、冷静さを取り戻した彼らは口をそろえてそう言ったのだ。
「それに、騎士にならなくても私は大切な者を守れると知りました。大事な家族を守っていきます」
そう晴れやかに告げた者達にもう冒険者達は何もいう事はしなかった。
これも一つの選択であるのだから。
「すみませんでした。トゥルエノさん」
「いいのよ。あの笑顔守れたものね」
小さく囁く二人の視線の先には家族という幸せの姿がある。
その幸せを宝を守ろうとするのもまた大事な事なのだから‥‥。
「良かったね。お父さんが戻ってきて」
「うん! ありがとう。お兄ちゃん、お姉ちゃん」
幸せそうに笑うランドは、ふと思い出したようにアルヴィスを手招きし、背伸びをした。
「あのね‥‥」
「えっ?」
耳打たれた言葉の意味をアルヴィスがランドに問い直す前にランドは走っていってしまった。
「おーい! 剣を見つけてきたのである〜」
手を振るマックスと、家族の下へと‥‥。
油断していたつもりはない。予感もしていた。
だが、人ごみの中で悠然と笑う黒髪の男に
「何のようです?」
リースフィアは今はそう問うのが精一杯だった。
街中の人ごみの中『彼』はいきなり話しかけてきたのだ。
逃げる事はできなかった。もし、彼がその気になれば周囲の人々は一撃で命を奪われてしまう。
「お前の男装は見物であったが、やはりその金の髪は美しい女の姿にこそ相応しいな」
くくと笑う男の髪も、気が付けばまた金に揺れている。
「何の用事だと聞いているのです。ひょっとして今回の件も、貴方の差し金だったのですか?」
「いや、今回はちょっと恨み言を言いに来ただけだ。お前たちのお陰で白い果実を手に入れ損ねた、とな」
「白い‥‥果実?」
「ああ、好みに味付けできそうだったのに、横から掻っ攫われてしまったからな」
口で言うほど悔しげではないが『彼』は確かに恨みがましい口調で、そう告げる。
「まあ、今回は通りすがりに手を伸ばしただけだからお前達にやろう。もう一つ、黒い果実は今頃手に入れたろうしな」
「待ちなさい!」
「黙示録の時が近づいている。焦らずともまた直ぐに見える時が来るだろう。では、またな」
「アリオーシュ!」
リースフィアが伸ばした指先が届くより先にアリオーシュの姿はかき消すように消えた。
同時に走り始める。
彼の言葉と笑みは、どんなに走っても彼女の頭から消える事は無かった。
「今回の事件の黒幕は、彼が取引をしていた武器商人だと言うのですか?」
シルヴィアの問いにおそらく、とジークリンデとエリンティア、そしてルーウィンは頷いた。
「詐欺事件の犯人であるヘルガー氏よりもある意味、収入を得た人物がいます。それは特注の鎧や剣を販売し、さらに入手した魔法剣を好事家に売って利益を得たあの武器屋の店主なのです。そして彼を唆したのも‥‥」
リシーブメモリーで見えたものもホンの断片に過ぎない。
けれども見えた。
両親の看病に疲れ果てたヘルガーに金を貸した事。
そしてその返済の為に今回の策を授け、自分の店に被害者達を連れてこさせた事も。
「実際にはぁ〜、彼自身は何もしてませんからぁ〜、ヘルガーさんと違って罪を立証するのは難しいですねえぇ〜」
エリンティアの言葉に冒険者達はある者は唇を噛み、ある者は手を握り締めた。
ある意味、ヘルガーもまた被害者であったのかもしれない。
「彼のした事は決して許される事ではありません。けれど、トーヤさんが彼を庇おうとした気持ちも解らないでもありません。両親と夢を全て失った彼を少しでも慰めたいと紋章を貸した事も‥‥」
「でもヘルガーさんも、心の底ではあの紋章を汚したくないと思っていたようですね。彼が詐欺に使っていたのはレプリカでしたから‥‥。きっと彼は立ち直ってくれますよ」
「その時、本当にまた騎士を目指してくれるといいのですが‥‥」
微笑むケインにヤングヴラドは頷く。
「ランド君も、であるな‥‥。アルヴィス殿?」
被害者達と別れて後アルヴィスはずっと難しい顔をしていた。
ランドが言った言葉の意味をずっと考えていたからだ。
『あのね。黒いお兄ちゃんがね。教えてくれたんだ。本当に悪い奴は他にいるよ。って、困らせてやらないかって、手伝ってくれるよって言ったんだけど、猫を置いてくるだけで止めたんだ。お兄ちゃんと約束したからね』
「黒い‥‥お兄ちゃんに‥‥猫?」
「‥‥猫をどこかで見かけたのですか? どこで!」
息を切らせたリースフィアが冒険者の下へ走ってくる。
アルヴィスを問い詰めようとしたその時、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
「大変だー! 武器屋のオヤジさんが血まみれで倒れてる」
「医者だ! 医者を呼べ!」
冒険者は走り出していた。
もう間に合わないと、負けたと知っていても。
翼を持つ黒猫が口の中の珠をそっと主の手に落とす。
『ご苦労。まあ、行きがけの駄賃にしてはまずまずか‥‥』
微かに血に濡れた手の中の珠を満足そうに眺めながら、彼は目を閉じた。
あちらこちらで感じる、懐かしい空気。瘴気。そして魔気。
『こうしてのんびりと遊んでいられるのもあとわずかかもしれんな。私としては人間を全て滅ぼしたくはないのだがな‥‥』
くくと楽しげに笑う『彼』は楽しそうに上空から下界を見下ろす。
『人は面白い。我々が手を出さずとも、勝手に人を陥れ、魂を染めてくれる。さあ、踊るがいい。人間ども。楽しませてくれる事を期待しているぞ。最後の黙示録の時が終わるまでな‥‥』
そして本当の黒幕は消えて行った。
闇の帳の彼方へと‥‥。