【黙示録】闇の扉

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月21日〜12月26日

リプレイ公開日:2008年12月31日

●オープニング

 それは、何の前触れもなしに突然起こった。
 空気がきしむような耳鳴り。そして始まる空間の歪み。
 水に垂らした墨のようにそれは徐々に場を侵食していく。
 やがて一瞬の黒い光が輝き、黒い、醜い空間が開いていった。
 その穴を潜り抜けてやってきたのは闇の申し子達。
 黙示録の戦いの、それは始まりであった。

「それは‥‥本当か?」
 円卓の騎士パーシ・ヴァルの問いに報告を伝えに来た騎士は、
「間違いなく」
 と真っ直ぐに答えた。
 ここ数日、イギリス、特にキャメロット近郊でのデビルの増加は冒険者のみならずイギリス、王都を守る騎士団にも大きな動揺を与えていた。
 何の前触れもなしに現れたデビル達。
 いきなり城下に入ってきた数こそ少ないものの、王都の外側に位置する町や村では少なくない被害が出ていた。
 キャメロット近郊のある村では村人の多くが突然のデビル襲来の犠牲になった。
 一家全滅した例さえあり今も、彼らは家々に閉じこもり怯えて暮らしている。
 本当ならば間近に控えた聖夜祭を前に華やぐ筈の路地に、今、人影は殆ど見えなかった。
「地獄からの月道のようなものが突然開き、そこからデビルが現れているようなのです。十数匹、いえ、数十匹ものデビルが一度に現れては何の抵抗手段を持たない人々はひとたまりもありません」
 調査に放たれた騎士達はそうパーシ・ヴァルに告げていた。
 彼らとて命がけの任務である。だが、命を惜しんでいる時間は、一欠けらとてない。
「それで? 奴らの出現地点は解ったのか? その月道のようなものの場所は?」
「それは、まだはっきりとは解りません。どうやらそれほど長い時間開いているわけではないようなのです。ただ‥‥デビルが明らかに多く集まっている場所は発見しました。上位デビルに率いられており、今までの統率の無いデビルの群れとは明らかに一線を画しております」
「統率のあるデビルの集団? それは、本当か?」
「間違いなく」
 部下の言葉にパーシは歯を強く噛み締めると、立ち上がり槍を握った。
「パーシ様?」
「数匹の下位デビルならともかく統率されたデビルの軍団など城下に入れるわけにはいかない。俺が出る!」
 歩き出しドアに向かうパーシ。
 それを副官も、他の部下達も止めようとする。
「しかし! 城下の警備は! それに‥‥」
「言う必要は無い!」
 パーシを気遣う部下の言いかけた言葉をパーシ・ヴァルは遮る。
「お前達は王城と城下の警備に当たれ。俺は‥‥一人で行く」
「パーシ様‥‥」
 言葉も無い部下達に、振り返ったパーシの目は笑みを浮かべていた。
「心配するな。厳密に言えば一人じゃない。冒険者と共に行く。後を任せたぞ」
「はっ!」
 彼らは進み行く円卓の騎士の背中を無言で見送った。

 完全武装でやってきた円卓の騎士の様子は、いつもとはどこか違っていた。
「今回の依頼はあくまで俺個人の出す依頼だ。王宮からの依頼では無い事を解っておいてくれ」
 そう言って円卓の騎士パーシ・ヴァルは依頼書を差し出した。
 内容はデビル退治。
 だがその期限と数ははっきりと記されてはいない。
「キャメロットより徒歩半日ほどの距離にある村の周辺にデビルが集まっている、という情報があった。その集団はあるデビルに率いられ、他の場所に出没すしている逸れたデビルなどとは一線を画しているという」
 現在確認されているデビルは30体前後。
 だが、今後増加の可能性はある。
「今まで、その近辺にデビルの出現例などは無かった。また目撃証言などもまったく無かったのに彼らはいきなりその地に現れたのだという。まるで湧いて出たかのように」
 周辺の村々を襲い、やがて彼らは進軍してくるだろう。 
「そのデビルの軍勢を退治する事。そしてデビルがそこに集った訳を調べる事だ」
 パーシ・ヴァルはそう告げて報酬を差し出す。
「デビルの増加、そして突然の襲撃。‥‥何かがある。そう思わずにはいられない。デビル相手にはほんの僅かの出遅れが命取りになる。協力を頼む」
 そう言った彼の目には今までに無い、決意の色が浮かんでいた。

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ec0557 ラミア・リュミスヴェルン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ec2418 アイシャ・オルテンシア(24歳・♀・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

ヒナ・ティアコネート(ec4296

●リプレイ本文

●戦いの始まり
 早く、風のように早く。彼と彼の愛馬は駆け抜けていく。
「おい! 待てよ! パーシ殿!」
 リ・ル(ea3888)は彼のやや後方を魔法の靴で走り、追いかける。
「のんびりしている時間は無い。ついて来れないと言うなら後から来い」
 後ろを振り向くことなく走り続ける円卓の騎士。
 雷と呼ばれる彼の速さを見つめながら、
「くそっ、置いていかれてたまるか!」
 唇を噛んだキット・ファゼータ(ea2307)は仲間達と共にさらに駆け出す。
 先を行くパーシ・ヴァルの背中を追いかけて‥‥。

 薄暗くなりかけた空。
 その雲の狭間から天馬が舞い降りた。
「お帰りなさい。どう‥‥でした?」
 出迎えたラミア・リュミスヴェルン(ec0557)に地上に降り立った天馬の背中からひらりと飛び降りたリースフィア・エルスリード(eb2745)は髪を揺らし頷く。
「とりあえず、近隣の街や村にはデビルに警戒するように、暫くは家や村から出ないようにと言ってきました。ここから先半径数kmはデビルが多く集まっていますからね」
 リースフィア・エルスリード(eb2745)の言葉は冷静で、事態をよく把握しているが、その言葉の端々に微かな苛立ちをラミアも感じていた。
「デビルはそれほど多いのですか?」
「ええ、空から見える程には‥‥」
 リースフィアは微かにだが唇を噛みしめていた。
 上空を飛ぶデビルも数匹いた。
 彼女を見つけ遮ろうとした敵はもれなく落としてきたが、それはあくまで偵察役の雑魚だろう。
 自分達が空を飛ぶことで敵に冒険者の来訪が気付かれてしまうのはある程度予想済みであり折込みずみだ。
「殆どの村や街にはまだデビルの輪は届いていません。保存食もパーシ卿に言われた分と、私の分も合わせておいてきましたし、後は騎士団の護衛が付く前に私達がデビルを殲滅させれば良いのです。聖夜祭は楽しく迎えられますよ。きっと」
 彼女の自分に言い聞かせるような言葉にラミアはなんとなく周囲の状況の厳しさを察していた。
 殆ど、ということは間に合わなかった村もあるのだとも。
「そう言えば偵察に行かれた皆さんは、どうしていらっしゃいますか?」
 リースフィアの問いにまだ、戻ってきていないとラミアは答える。
 本陣というにはささやかだが小さな拠点はラミアとセレナ・ザーン(ea9951)が守っている。
 上空にはくるりと輪を描くように鷹が一羽。
 ここから先は危険だと知らせるように舞っている。
「皆さん、大丈夫でしょうか? ウチ、少し心配で‥‥」
「大丈夫ですよ。皆さん、素人ではありませんから」
 セレナはラミアの心配を打ち消すように明るく笑う。
 これが普通の冒険者達であればまだ心配もあるところであるが、今回参加した人物達は誰をとっても名だたる戦士ばかり。
 枠に嵌らず、だからこそ生き抜いてきた勇士達だ。
「もうじき夜です。そろそろ皆さん、戻ってくるでしょう。夕食の準備を手伝って頂けますか? 皆さん、身体を冷やして戻っておいででしょうから‥‥」
「‥‥あ、はい‥‥でも、あんまりウチ‥‥料理とか得意では‥‥」
「暖かいスープとか程度です。大丈夫です。私も上手と言えるほどではありませんから‥‥」
 二人を手伝いながら、リースフィアは少しずつ暗さを増していく空を無言で、思いを込めて見つめていた。

●見えない未来
 夜更け。暗闇の中焚き火の爆ぜる音だけが妙に響いている。
「生存者は‥‥たった一人か‥‥」
 炎と、その奥に毛布に包まれて眠る男の子を見つめながら、パーシ・ヴァルは悔しげに呟き、手を握った。
「精一杯急ぎ、捜したのであるが‥‥間に合わなかったのである」
「もう少し、時間をかければまだ、誰かいたかもしれませんが‥‥申し訳ありません」
 自らの剣を捧げた主にマックス・アームストロング(ea6970)とシルヴィア・クロスロード(eb3671)は膝を折り頭を垂れる。
 彼らによれば、この森に一番近い村は、すでに死の村となっていたという。
「十数人程の小さな集落だったようです。村のあちらこちらに遺体は転がっていました。発見できたのはおそらく両親が必死で守ったと思われる納屋に隠れていたあの子のみ‥‥」
「ですが‥‥、デビルによって殺された者達が多く、生きた死者となっていて‥‥一人助け出すにも‥‥、私達は‥‥!」
「アイシャさん!」
 二人を弁護するように言いかけたアイシャ・オルテンシア(ec2418)の言葉をシルヴィアは遮って、再び頭を下げた。 
「言い訳は致しません。‥‥力足りず申し訳ありませんでした」
「いや‥‥」
 パーシは頭を下げる三人に首を振った。
「誤解するな。お前達を責めたわけではない。ただ、思った以上に奴らの動きが早かった事。その認識の甘さを悔やんでいるだけだ。もし、俺がもう少し早く決断していれば‥‥」
「仕方ない、なんて言うつもりはないが、もう済んでしまった事だ、後悔したって巻き戻しできる訳じゃない」
 リルは腕を組みながら騎士達を、仲間達をそしてパーシ・ヴァルを見た。
 彼らが二人で見てきた者は、もはやこの世の地獄にも似たものだった。
 魂を奪われ、打ち捨てられた死体達。懸命に逃げてきても彼らは最後まで救いの光を見つける事はできなかったのだろう。
 無念のまま目を見開いた彼らに今、彼らができたのは目を閉じてやることだけだった。
「確かに‥‥、もうこの近辺に生存者の発見は難しいだろう。だが、それは逆に言えばあのデビル群と周囲を気にせず戦える、ということだ。これから出会う人間がいたらそれは生きた死者と思ったほうがいい」
 同意したように頷くルシフェル・クライム(ea0673)。
 彼の言葉に、冒険者達はそれぞれが小さく身体を震わせた。
『あのデビル群』
 ルシフェルが言ったとおりこの先の森にはかなりの数のデビルが群れをなすかのように集まっていた。
 その数は冒険者が偵察の最中、倒したものを引いても数十を未だ下らない。
 しかも、彼らは陣のようなものを組み冒険者と同じように拠点を構えていたのだ。
 冒険者達が見た限りでは陣は三陣に分かれて周囲の様子を窺っているようだ。
 外周に位置するグレムリンやインプなどの低級デビル。
 その内側にはアクババのような身体の大きなデビルが何匹もいた。オーガ種も数匹見えたし、アンデッドも周囲をうろついている。
 そして、何よりその先に指揮官らしいデビルが見えた。
「連中は、何かを待っているような感じだった。そして何かが来たら進軍しようと準備を整えているのだと思う。『何を』待っているかの興味はあるが‥‥早く倒してしまった方がいいと俺は考える」
「同感だ。できるだけ早い方がいい。調査はそのあとでもいいだろう」
 偵察に出ていた冒険者の姿が見られている可能性もある。キット達の提案を断る者はだれもいなかった。
 決行は明日の朝。
 交代の見張り以外の冒険者は、身体を休めようと横になる。
 森は寒かった。
 それは、きっと気温のせいだけでは無かったのだろうけど‥‥。

 バサバサバサッ。
 大きな羽ばたき音がその灯りの元に降りてきたのは深夜を回ってからの事であった。
「マナウス! 遅い!」
「遅くなってすまなかった」
 今回の依頼を受けた冒険者の最後の一人。
 マナウス・ドラッケン(ea0021)は天馬を落ち着かせると、そのまま火の側へとやってくる。
「あー、寒かった。夜の、しかも早駆けは凍りつくかと思ったぜ」
「まあ、でも間に合ってよかった。予定を早める事にしたんだ。‥‥決行は明日だ」
 湯を差し出したリルの言葉にそうか、とマナウスは頷いた。
「生存者探索は終わりってことか」
 たった一言で彼は、現状を殆ど理解したようである。 
 覚悟を決めたように、何も見えない闇の向こうを見つめている。
「そちらの方は、どうだった? 何か解ったか?」
「! パーシ卿」
 仮眠を取っていた筈のパーシ、だけではない。気がつけば全ての冒険者達が周囲にいる。
 彼らの真剣な眼差しに、適当な言葉で濁す事などできるはずも無く‥‥。
「すみません。目ぼしい事は何も解りませんでした」
 マナウスはパーシに、そして仲間達に頭を下げた。
 彼が遅れて来たのは突然のデビル襲来。
 その意味や目的を調べたいと彼が望んだからである。
『何も無ければいいのさ、何もね。この嫌な予感が気のせいならそれで良い‥‥』
 宮廷図書館に行き、古い文献や書物をできるだけ調べた。
 図書館長や司書、さらにはヒナ・ティアコネートの力をも借りて叶う限りの全てをだ。
 しかし「触れてはならないもの」「見てはならないもの」そんな伝説もそれらしい情報も図書館の中には残されていなかった。
 いや、正確に言えば一つだけ気になるものはあった。
 だが、それはこの戦いにはあまり意味の無い話。
 だから情報として記憶して、そのものを持ち出すことはしていない。
「本の中で解る事なんてたかが知れてる。あとは、連中から直接聞き出したほうが確かだと思う‥‥」
「結局はそれしかないであるな」
「解った。ご苦労だった。話は聞いたと思うが決行は明日の朝だ。今は、ゆっくり身体を休めるように、皆もだ」
 パーシに促され冒険者達はそれぞれの閨に戻っていく。
「マナウス。とりあえずお前も休め。殆ど寝てないだろう?」
「交代の時間や襲撃があったら起すから」
 視線の先は漆黒の闇。
「ああ‥‥すまない」
 仲間達の言葉に従ってマナウスは立ち上がった。
『その扉を潜った先は、まさに地獄であった』
 ふと、過ぎった文献の一文を頭から振り払って‥‥。 

●闇への扉
「現在確認できているデビルは30体匹前後‥‥。陣形にも大きな変化は無いようだ」
 翌朝。リルは最新の情報を仲間達にそう知らせた。
 デビルの本陣は、まだ動いてはいない。
 外周の下級デビル達がそれぞれ好き勝手に村を襲ったり、周囲で騒いだりしているが彼らは、何かを待っているようでもあった。
「奴らが何を企んでいるかは解らんが、奴らに下手に時間を与えて状況が悪化しては元も子もない。一気に攻めるぞ」
「解りました」
 冒険者達は頷く。指揮をパーシが執ることに大きな異存を持つ者は誰もいなかった。
「地上部隊はまず魚燐の陣形で敵中を突破し、指揮官である上位デビルを狙うと良いと思います。敵の指揮が高ければまた別の陣形を取る事も必要でしょうが、まずは一点集中突破、その後守りを固め持久戦へと持ち込むのが良いのではないでしょうか?」
 東方の兵法書を片手にセレナは陣を地面に指で描く。
 魚の鱗にも似た尖った五角形。
「ならば、俺がこの先頭を受け持とう。冒険者は背後と側面から援護を」
「パーシ様!」
 シルヴィアは作戦開始直前であるというのに思わず声を荒げていた。
「どうして貴方はいつも先頭に立つと言われるのですか? 貴方の身に何かあれば‥‥」
「シルヴィア」
 返すパーシの言葉は決して強くは無い。
「俺の騎士が俺に意見するのか?」
 強い視線。込められた『何か』にシルヴィアは言葉を失っていた。
「意見だなんて‥‥そんな‥‥私は‥‥ただ‥‥」
「一人で先行するわけではない。側面を固め陣形を整えて進むのが魚鱗の陣形というものなのだろう? 槍の穂先と同じ。先頭をもっとも尖らせておくのが常道ではないか?」
「言ってくれるね。パーシ卿。あんたがこの中で一番鋭いってか。まあ、否定はしないが‥‥」
 茶化すようにリルが肩を竦める。そして二人の間に割り込み、パーシの瞳を強く見つめた。
 揺ぎ無い眼差し。いつもと変わる事の無い‥‥。
「‥‥了解。先頭は任せた。俺とキットはあんたの側面に付く。その後方にルシフェルとマックスが付いて最後方をラミアとセレナが守る、それでいいな?」
「私達ペガサスの騎乗者は、制空権を確保します。上空からの攻撃は無いと信じて下さい」
 リースフィアがマナウスと共に胸に手を当てて告げる。
 誓うようなその言葉に、地上部隊となる冒険者達は躊躇い無く頷いた。
「シルヴィアさんも、来て頂けますね?」
 翼を持つデビルがどれほどいるか解らない。なればこそ、自分の行くべき方向は一つと知りながらもシルヴィアは、だが一瞬迷った。
「パーシ様‥‥」
 縋るような眼差しは、緑の強い瞳に弾かれた。
「行け。行ってお前のするべき事をしろ。それが俺の騎士たるものの務めだ」
「はい!」
 シルヴィアは真っ直ぐに答える。そこにもう迷いは無かった。
「あの‥‥私は?」
 名前を呼ばれる事が無かったアイシャが震える声で問う。だが主の言葉は
「お前はここで本陣を守れ」
 居残りと告げていた。
「何故ですか? 私も‥‥」
「不安要素を戦場に出すわけにはいかない。万が一にも戦いの最中に狂化された時、そのフォローをしてやる余裕はないからな」
「あ‥‥っ」
 アイシャは俯いた。返す言葉は無い。
 戦闘の緊張感が彼女を狂化させる。ハーフエルフの背負う枷を彼女を痛感していた。
「それに、生存者を一人にさせておけるか? お前も俺の騎士。お前のなすべき事を成せ。これは命令だ」
「解りました‥‥」
 全ての冒険者が自らの役割を確認した。
 日は、もう高くなりつつある。
 太陽を味方につけてあとは戦うのみだ。
「手加減の必要は無い。全力で戦い、倒せ!」
「了解!」
「行くぞ!」
 武器を握り締めて駆け出す冒険者達。
 デビルとの戦いの幕が今、切って落とされた。

 自分が何故戦いに置いていかれたのかと、アイシャは正直、少し不満に思っていた。
 生存者の保護が重要であるのも解る。
 戦闘時狂化されては‥‥というのも理解はできている。
 けれど、自分は騎士。
 タリスマンで張った結界の中で剣を握り締めながら、かすかな悔し涙が零れる。
 戦闘の中で役に立てなくて何の意味があるだろう。と‥‥
 だが‥‥、戦闘が開始されてからはその不満は、驚くほどの時間で消失した。
 地上、天空。その両方で繰り広げられる戦いに彼女は見とれたのだ。
 空に飛ぶデビルは10匹以上、地上の敵も20を超える。
 3倍近い敵を相手に、戦う冒険者達の技は驚くほどに鋭く、そして美しかった。
 天馬を駆り、戦う三人。
 一人は馬上から鋭く目にも止まらぬ速さ弓を射て、飛び交うデビルの翼を奪っていく。
 その翼をさらに切り裂き、貫くリースフィアとシルヴィア。
 特にリースフィアの槍さばきは薄桃色の光を纏ってまるで踊っているかのようであった。
 人間の動き、武器の捌きと言うのは突き詰め、極めて行けば美しさえ感じるのだと実感させられる。
 それは、地上部隊の冒険者達にも言えることであった。
 地上のデビル達はただ、無思慮に襲ってくるわけではない。
 突入してきた敵を排除しようと彼らなりの陣形を組んで、冒険者達を分断させようとしていたのが見て取れた。 
 並の冒険者達であれば、もしかしたらその統率された攻撃に驚き、陣を分断されていたかもしれない。
 けれど、彼らはそうではなかった。
 両剣使いのラミアは、後方から次々に襲い寄せるデビルに微かに息を切らせているが、彼女を守るように援護し、ソードボンバーで打ち払う。
 銀の十字架を掲げたマックスはデビルが放った黒い衝撃波も微かに顔を歪めただけで受け流し、逆に踏み込んで切り裂く。
 微かに頬についた傷はルシフェルがリカバーで癒していく。
 呼吸は正にぴったりであった。
 そして何より、まるで三人が一人であるかのように動く、リルとキット、そしてパーシ。
「キット! パーシ! 前方左、斜め前から三匹、右横から二匹だ」
「了解だ! パーシ!」
「任せておけ!」
 リルが正確に把握した敵の位置と場所を仲間に伝え、キットが少し離れた所からソニックブームで牽制。
 足や動きを僅かでも止める。
 それは、ほんの刹那の隙であるがパーシにとってはそれで充分であったようだ。
 一閃で二匹、そしてまた一匹とデビルは確実に討たれ消えていく。
「私はは‥‥まだあの中に入れない‥‥」
 その時アイシャは自分の身分、そして能力と立場を正確に把握していた。
 実力を身につけ自身の狂化の宿命をねじ伏せ無ければ、多少の戦闘はともかく、本当の戦いでは足手まといになるだけなのだと気がついたのだ。
「アイシャ!」
 頭上から声がする。アイシャは自分の背中に縋りつく子供を庇ったまま、落下してきたデビルを木刀で打ち払った。
 すかさず止めを刺し、天を仰いだ。
 自分の方を見て、マナウスが親指を立てている。
 アイシャも指を立てて合図すると、再び男の子を背に剣を構える。
「お姉ちゃん?」
「大丈夫。君は私が守るから‥‥」
 微かに頬に浮かんだ悔し涙を手で拭いて
「王宮騎士見習い、アイシャ・オルテンシア。ここから先へは進ませぬ!」
 はぐれ集まって来たデビルから、子供を、本陣を守るという、自らの成すべき事を果たすために。

 自分達の三倍に近い数のデビルを倒し、道を切り開くまでどのくらいかかっただろうか?
 彼らは本陣の最奥、までやっと辿り着いた。
「まったく、苦労させてくれるぜ。‥‥だが、もう逃がさない」
 荒い息を吐き出しながら、だがリルは真っ直ぐに目の前の敵を睨みつけた。
 護衛と思われる強い気配を発するデビル達を従え指揮をするのは黒馬に跨る、黒い騎士‥‥。
「お前は‥‥アビゴールか?」
『いかにも‥‥。我々の攻撃を打ち破り、進軍を邪魔し、ここまで到達したお前達も、ただの冒険者ではなないと見た』
 自分達を認める目。
 だが、パーシも、冒険者も誰一人それをありがたいなどとは思ってはいないようだった。
「進軍と今、言ったか」
 鋭い目でアビゴールを睨んだ。
『その通り。我らは地上への進軍を命じられている。冒険者などの目が他所へと向けられているうちにキャメロットに進軍し、それを落とせと‥‥』
「そのような事を我らが許すと思うか!」
『お前達が許そうと許すまいと関係は無い。我らは我らの主の命に従って戦うのみ』
 それは将と将。互いに譲れないものに命をかけるもの同士‥‥。
「ならば、我が名にかけて、ここでお前達を討つ!」
 微かに空を見上げてパーシ・ヴァルは槍を構え
『お前達はイギリスの軍ではない冒険者であろう。軍は動いてはいない。ならば、お前達を討てば進軍の邪魔をするものは無い! 今しばらくの時が欲しかったが、お前達はここで倒す! いざ、勝負!』 
 アビゴールは馬上から剣を抜く。
 一騎打ちの様相に見えたが‥‥それは、唐突におきた。
「避けろ、皆!」
 上空から舞い降りた鷹を確認し、キットが大きく声をあげる。
「えっ?」
「早く!」
 声に促され驚くより早く、冒険者は全員が背後に飛びのいた。パーシもまた同様にアビゴールとの戦いの場から瞬時に離れる。
 と、同時。空から矢の雨が降った。魔法を帯びた数矢がアビゴールの腕、ヘルホースの頭上、そして僅かに生き残っていたデビル達にも突き刺さる。
『うわああっ!』
「今だ!」
 その隙を見逃す冒険者ではなかった。
 即座に踏み込み、護衛のデビル達を切り伏せ、アビゴールを地面に引き落とす。
「許すのである!」
 ヘルホースの首をマックスは切り落とし、アビゴールの喉元にはパーシの槍と‥‥冒険者の剣が、武器が当てられた。
「ここまでだ」
『ふ‥‥、一騎打ちと見せかけた不意打ちか。人とも思えぬ狡猾さだな』
 アビゴールが嘲笑にも似た呟きを投げかける。それをパーシは逃げる事無く受け止めた。
「俺達には守るものがある。その為には何だってする。どんな策であろうと取る。卑怯、狡猾と謗られるのなら受けよう。どんな恨みさえも‥‥全て‥‥」
『なるほど‥‥気に入られるわけだ‥‥』
「なにっ? お前何か知って‥‥」
 パーシとアビゴールの会話が続く中、
「何だ? これは‥‥」
 一人、ルシフェルは周辺に不思議な違和感を感じていた。
 暮れかけた空に月が浮かぶ。
 それを合図にしたかのように空気が軋むように鳴り始めた。微かに感じる空間の揺れ。
「何かが‥‥近づいて来る‥‥?」
 そして‥‥唐突にそれは始まった。
 アビゴールとパーシと冒険者、彼らが集まる丁度中央に不思議な黒い染みと光が広がり‥‥
「危ない!」
 驚く間もなく爆ぜる!
「うわああっ!」
 後ずさる冒険者達とは逆に、アビゴールは一気に起き上がると、渾身の力でパーシの槍を振り払い、立ち上がった。
『待っていたぞ。地獄の援軍よ。我が元へ。そして‥‥冒険者を根絶やしに‥‥』
「しまった!」
 そして黒い空間に向けて飛ぼうとする。
「させるかああ!」「逃がさん!」
 ルシフェルが閉ざすように空間の前に仁王立ち、キットがソニックブームを足元に放つ。そして‥‥
「消えよ。デビル!」
 飛ばされた槍の代わりにパーシは服の中に隠していた短刀でアビゴールの背を深く突き刺した。
『ぐっ!! ‥‥お許し‥‥を』
 断末魔の叫びは扉は森中に、いや黒い空間の先まで届いて、人間の勝利を宣言する。
 その結果か‥‥黒い空間は微かに揺れて後、何も吐き出す事無く、まだ漂っていた。
「あれが‥‥ひょっとしたら転移の抜け道じゃ‥‥」
 キットが無造作に顔を寄せ‥‥穴を覗き込む。だが、
「これは!」
 次の瞬間顔を引き寄せ戻した。
 その手は微かに振るえさえも見せている。
「おい、キット‥‥何が見えたんだ? その先には‥‥何がある?」
 彼が答えるより先に
「皆様! 門が揺れています!」
「閉じる‥‥。きっと‥‥」
 セレナとラミアの悲鳴にも似た声が冒険者を呼んだ。
「下がれ、キット。皆!」
 後退した彼らの目の前で開いた時を逆回しにしたように黒い染みは消え‥‥、空間の揺れも収まり‥‥森は静寂を取り戻した。 
 空間の歪みをルシフェルが察知してから時間にしておそらく数分。
 その時、冒険者達はとりあえずではあるが、今回の件が終わった事を感じていた。

●絶望の彼方の光 
「あの先にあったのは地獄だ‥‥」
 後にキットはそう語った。
 荒涼とした荒れた大地。
 空は赤く血と炎の色に染まり、大地と空気は黒く淀んでる。
 ほんの少し覗いただけでも吐き気がしてくるほどのそれは淀んだ世界であった。と‥‥。
「覗いた先にデビルが山のようにいた。通路に入りこっちに突入しようとしていたようだった」
 今思えば危ない所だったのかもしれないと、冷や汗が出る。
 万が一深入り、地獄の中でデビルに囲まれれば例えキットであろうとひとたまりもなかったに違いない。
「やはりあの、空間に突然現れた入口が地獄からの通路であることに間違いはないようだな。だが‥‥解らん」
 地面を叩き、木々を調べ、そしてルシフェルは空を仰ぐ。
 何故、あの扉はここに開いたのだろうか?
 何か特殊な仕掛けがあったのか、それとも座標が決められているのか。
「あの男の子は、少し前に村の入口近くで同じようなものを見たと言っていました。デビルを吐き出し、数分で消えたと言っていましたので同じものかと‥‥」
 アイシャの言葉に生き残りの男の子と村を冒険者も調べに行ったが、二つの場所に共通点は無くデビル出現の道がそこに開いた理由はまったく解らなかった。
「アビゴールを討ち取ったのは失敗だったか。奴からもっと情報を引き出せれば‥‥」
 悔しげなパーシ・ヴァル。
「単なる偶然で、ランダムに好きな場所に道を開けるとしたら‥‥こちらからは手出しができませんね」
 リースフィアも口惜しそうに言う。
「ですが、あの場の判断に間違いは無かったと思います。あの時、アビゴールを討ち取らなければ地獄からの通路から大量のデビルが出てきていた可能性がありますから‥‥」
 アビゴールは言った。
『待っていた。地獄の軍勢よ‥‥』
 と。彼らはキャメロットを襲撃するための第一部隊で、第二部隊の到着を待って進軍する予定だったと思われる。おそらくはその扉が開かれるのは地獄からのみで、しかも指定を動かす事はこちらからはできない。
「もし、それができていれば、私達が襲撃を開始した時点で援軍を呼び寄せる事もできたでしょうから‥‥」
 セレナの推察はおそらく正しい。故にアビゴールは時間を稼ぐようにぎりぎりまで自分からは動かず『待って』いたのだ。援軍の到着を。
「あの時、アビゴールを倒した事とキットが扉から顔を覗かせた事で、あのデビル達はこっちでの待ち伏せを察知して出てこなかった。結果、デビルの侵攻を止められたってことを考えれば、まずまず成功だったんじゃないか? それに‥‥」
 リルは、あれ、と後ろを指差した。
 冒険者達が最初に保護した男の子が、泣きじゃくっていた。
 それを受け止めているのはアイシャ、ではなく一人の女性。あの子供の姉であるという。
 デビルの殲滅後、冒険者達は改めて村やその近辺での生存者捜索を行った。
 村にはやはり生存者は無く、周辺で発見されたのも遺体ばかりであったが幸い近くの狩小屋に逃げ込んだ幾人かの生存者を発見する事が出来たのだ。
 万が一の事も考えてデビルの憑依などが無いかも調べたが、まったくの影響なし。
 主戦場となった場所と反対方向に逃げ出した事が幸いしたのだろう。
「‥‥本当に、ありがとうございました」
 生存者達は、死者の回収と埋葬を手伝った冒険者達にそう言って頭を下げた。
「デビルの襲来はあまりにも突然の事で、私達は何も出来ませんでした。ただ震え、死を待つしかできなかったんです」
 生き延びたとはいえ彼らの多くは大切な者を失った。
 村を捨て、いずれ他の地に移り住まなければならなくなるだろう‥‥。
「けれど、こうして命を救っていただいた事を感謝します。貴方方は私達の救世主です。死んだ者達の分まで私達は生きていきますから‥‥必ず‥‥」
 目元に涙を浮かべながらも、絶望の縁から彼らは立ち上がろうとしている。
 その強さを、冒険者達は今は眩しげに見つめる事しかできなかった。 
 
 出来る限りの調査を終え、冒険者達は生存者を伴いキャメロットへと帰還した。
 生存者達から聞き出したデビルが出現した門の場所には監視の為の騎士が配置されている。
 何か起きればまた連絡が来るだろう。
「彼らが望む場所に扉を開けるのであれば‥‥無駄な事だろうがな」
 パーシは呟くが、万が一何かが起きた場合、それを早く知れれば対処は早くできる筈だ。今回のように。
 デビルの進軍を阻止し、僅かながらも生存者を救出した。
 地獄からのデビルが出現する通路を眼前で確認もした。
 今回の依頼は十分に成功であったといえるだろう。だが‥‥
「結局は何も解っては無い。いつ‥‥どうしてデビルがやってくるかも、その対処方法も‥‥」
 ルシフェルは吐き出すように呟く。
 これは長い仕事になりそうだ。デビルの目的を知り、地獄からいつ来るかも解らない進軍を食い止め、キャメロットのみならずイギリスからデビルの不安を取り除くのはいつの日になることか‥‥。
 けれど、冒険者の目に迷いは無い。
「だが、諦めたらそこで終わりだからな」
「ああ、負けるつもりは無い。相手がデビルであろうと、魔王であろうとな‥‥」
 強い思いと視線で前を向く、冒険者を一番背後からパーシは微笑みながら見つめていた。
「パーシ様」
 ふと、横にやってきたシルヴィアが声をかける。
「なんだ?」
「城下に戻られたら丁度聖夜祭です。リトル・レディの下に帰られますね?」
 確認するようなシルヴィアに、いや、とパーシは首を横に振る。
「王城に戻る。本来なら城から出るつもりも無かったからな‥‥」
「そんな‥‥」
「シルヴィア殿‥‥」
 俯くシルヴィアにマックスは首を振る。
 彼の立場はわかっている。けれど‥‥。
 そんな彼女の頭をパーシはポン、と叩き、手の中に短刀を落とす。
「‥‥これは‥‥」
「返す。助かった。銀のナイフではやはり少々心もとなかったからな‥‥」
『デビルにどれだけ効くか分かりませんが、どうぞお持ちになって下さい』
 自分がそう言って戦いの前に差し出したカルンウェンハン。
 それを助かったと言われた喜びと、返された寂しさが、一人で聖夜祭を迎える少女への思いと共にシルヴィアの胸を過ぎる。だが
「また、次も頼むぞ」
 恋する乙女の心など現金なものである。
「次‥‥はい!」
 たった一言で笑顔になって走り出すシルヴィアを見送りながら‥‥
「いつもながら罪だね。パーシ卿。‥‥だが、次も俺達を呼んでくれよ」
 笑うリルに、彼は最後までイエスとは答えなかった。

 城下で冒険者に使用した道具などを可能な限り補充して、パーシは城に戻っていった。
 保護した生存者達は教会へ。
 そしていずれは新しい場所で新しい人生を歩んでいくだろう。
 今日は聖夜祭。例年の賑わいはキャメロットには無かったが戻ってきた冒険者達を聖夜祭のクリスマスツリーが出迎える。

 デビルとの戦いはこれで終結ではない。始まりでもない。
 古くから、彼らの知らない昔から始まっている。
 そして、これから長く、長く続くであろう事を冒険者は知っている。
 けれども彼らは祈っていた。

 全ての人々にどうか、光あれ‥‥と。