【ケンブリッジ奪還】子供たちの願い

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜4lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月21日〜09月26日

リプレイ公開日:2004年09月24日

●オープニング

「なに? モンスターがケンブリッジに!?」
 円卓を囲むアーサー王は、騎士からの報告に瞳を研ぎ澄ませた。突然の事態に言葉を呑み込んだままの王に、円卓の騎士は、それぞれに口を開く。
「ケンブリッジといえば、学問を広げている町ですな」
「しかし、魔法も騎士道も学んでいる筈だ。何ゆえモンスターの侵入を許したのか?」
「まだ実戦を経験していない者達だ。怖気づいたのだろう」
「しかも、多くの若者がモンスターの襲来に統率が取れるとは思えんな」
「何という事だ! 今月の下旬には学園祭が開催される予定だというのにッ!!」
「ではモンスター討伐に行きますかな? アーサー王」
「それはどうかのぅ?」
 円卓の騎士が一斉に腰を上げようとした時。室内に飛び込んで来たのは、老人のような口調であるが、鈴を転がしたような少女の声だ。聞き覚えのある声に、アーサーと円卓の騎士は視線を流す。視界に映ったのは、白の装束を身に纏った、金髪の少女であった。細い華奢な手には、杖が携われている。どこか神秘的な雰囲気を若さの中に漂わしていた。
「何か考えがあるのか?」
「騎士団が動くのは好ましくないじゃろう? キャメロットの民に不安を抱かせるし‥‥もし、これが陽動だったとしたらどうじゃ?」
「では、どうしろと?」
 彼女はアーサーの父、ウーゼル・ペンドラゴン時代から相談役として度々助言と共に導いて来たのである。若き王も例外ではない。彼は少女に縋るような視線を向けた。
「冒険者に依頼を出すのじゃ。ギルドに一斉に依頼を出し、彼等に任せるのじゃよ♪ さすれば、騎士団は不意の事態に対処できよう」
 こうして冒険者ギルドに依頼が公開された――――

「あのね、おにいちゃんがね、まだ、なかにいるの」
 服の裾を、誰かが引いた。
 それは、少女。いや、少女と言うのもまだ早いかもしれない、まだ5〜6歳くらいの女の子だ。
 彼女の指は、目の前の大きな建物を指差していた。
「兄さんは、一緒に逃げてこなかったのか?」
 大人の一人が膝を折り、女の子と視線を合わせた。
「とちゅうまでは、いっしょににげてきたの。でもね。あたしがね、ママのつくってくれた、だいじなミミをね、わすれてきちゃったの。そしたらね、ヴァルおにいちゃんがね、とってきてやるから、さきににげてろ、ってでもね、でもね‥もどってこないの‥」
 話しながらも、もう、彼女の蒼い瞳は涙でいっぱいで、いまにも滴り落ちそうで‥慌てて手を振った。
「だ、大丈夫だ。すぐ戻ってくるさ」
「でもね、でもね、もんすたーがたくさん、いたんだよ。たくさん、たくさん。それでもだいじょうぶ?」
「モンスター? それってどんな奴だい?」
「あのね、はいいろでね、こーもりみたいなはねをしてて、おっきくて、あとね‥しっぽとんがってた!」
 話からすると、インプが紛れ込んでいるらしい。それも、たくさん、たくさん、と指折りいう以上、一匹二匹ではあるまい。
「ねえ、だいじょうぶ?」
 彼女の願いに返事はまだ返らない。

 はあ、はあ。息を切らせながら少年は走る。
「く・くるな。来るなってば‥ ファイアーコントロール!」
「ッグゲゲ!」
 壁の炎が、突然インプたちにまるで矢の様に襲い掛かる。炎が視線を遮る一瞬の隙。
 彼は、教室に滑り込み、机の下に身を隠した。
 息を潜め、静かに‥静かに‥自分自身に言い聞かせる。
(「なんとしてでも、ここから脱出するんだ。二ナが待ってる。大丈夫、脱出できる。きっと‥」)
 手の中の不器用な、でも丁寧に作られた人形が、二ナの、そして母親の笑顔に見えた。
「大丈夫、母さん。守って見せるから。二ナも、二ナの笑顔も‥」
「ウキキ!」
(「しまった!」)
 無意識に、口にした言葉を聞かれたのだろうか? インプたちがまた集まってくる気配を少年は感じた。
 教室を飛び出し、昇降口へと向かうが‥
「ゲッ! あっちからも来た!」
 向こうからも、そっちからも、あっちからも、こっちからも‥
 彼は逃げた。逃げ道は今は、ただ一つ。
 階段の上へと‥

 少女は祈りを捧げる。
「おにいちゃん‥はやくもどってきて‥」

 少年は、願い、誓う。
「絶対、二ナのところに帰るんだ!」

 願いを聞く、冒険者はいずこ‥

●今回の参加者

 ea0071 シエラ・クライン(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea0355 アクア・サフィアート(27歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea0422 ノア・カールライト(37歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2065 藤宮 深雪(27歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea2366 時雨 桜華(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5738 睦月 焔(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7013 フルーレ・リオルネット(34歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 眼前の建物は、ほんの数日前と変わらぬ姿でそこにある。
 子供たちの声と、笑顔。鮮やかな日常が溢れていた建物を今、取り巻くのは‥魔物たち。
 歓声の代りに響くのは平和を切り裂く闇色の声。
「おにいちゃん‥」
 危険を避け子供達は避難を命じられた。だが、それを拒み女の子は建物を見つめている。
「二ナ‥早くいらっしゃい」
 教師らしい大人の手を、彼女は全身全霊で拒否する。
「いや! 二ナまってるの! おにいちゃんがもどってくるの、ここで!」
 勢いづいた二ナの顔は
 ぽすっ‥
 誰かの皮の鎧に吸い込まれるようにぶつかり止まった。
「えっ?」
 聳え立つ大きな身体を見上げようとした二ナを、膝を折り目線を合わせたノア・カールライト(ea0422)の碧の目が優しく見つめる。
「大丈夫、お兄ちゃんは必ず、私たちが助け出します。だから貴女はここで待っていてください」
 ノアの指とハンカチが、二ナの涙をそっと拭う。横から伸びた白い手も二ナの不安な心を溶かすように優しく、髪を撫でた。
「妹思いの優しいお兄ちゃん‥絶対助けてあげるから!」
 明るく笑ったアクア・サフィアート(ea0355)は心の中で祈る。
(「それまで、無事でいて‥」)
 拭われた涙は、改めて生まれては来なかった。二ナはこくり、小さく頷く。
「おねがいします」
「時間は無い! 早く行こうぜ!」
 建物を睨みつけてキット・ファゼータ(ea2307)は仲間を促す。大人を捕まえ建物の内部構造などを確認していたフルーレ・リオルネット(ea7013)も頷いた。
 馬車から降りてきたばかりの時雨桜華(ea2366)、睦月焔(ea5738)の浪人たちの目にも迷い、恐れは存在しない。
「二人の笑顔を守るためにも‥必ず助け出しましょう」
 優しいが強い意志を込めた藤宮深雪(ea2065)の言葉に彼らはお互いの心を誓い合う。
「ヴァル君の保護と脱出‥タイムアタックになりそうですね、急ぎましょう‥GO!」
 シエラ・クライン(ea0071)の合図で彼らは走り出した。
 一人の為に駆け出していく勇者。二ナはずっと‥姿が見えなくなるまで見続けていた。
 
 建物の入り口をふさぐ数匹の魔物の影が見えた。
「ったく、どこから涌いて出たんだか‥行くぞ。焔」
「先手‥必勝!」
 懐に潜り込んでのスマッシュと、ソニックブーム、二つのCOが同時に炸裂する。発生した衝撃風が‥魔物をよろめかせ、吹き飛ばした。
「キ‥キッ!」
 だが、ダメージは通らない。
「ちっ‥やっぱり通常攻撃じゃキツイか‥ アクア嬢!」
「おっけー! ‥ウォーターボム!」
 ゴウン!
 体勢を崩したところに魔法‥魔物達は回避できずに攻撃を喰う。残りのメンバーが近寄った時には目を回したインプが二体横たわっていた。
「やっぱりインプ‥やっかいだな」
 インプを蹴飛ばした時雨の呟きの横を仲間たちが駆け抜けていく。二階に先行する役目、B班だ。
 一人目を閉じていた深雪が彼らの背後に向かって声をかけた。
「二階にインプが集まりかけているようです。さらに上にいくほど気配が少なくなります。二階に急いでください」
「解った! 任せろ」
 親指を立ててキットは微笑み仲間たちと階段を上っていく。この時、焔は覚悟を決めていた。
「俺達は先行するのを諦めよう。魔法の使えるメンバーが少ない以上、先に進むより退路を確保した方がいい」
 一階を軽く捜索し後は、階段の確保。それが一番安全かもしれない。仲間たちも反対しなかった。
「いいよ。みんなで戻らなくっちゃ♪」
「反対する理由はありません」
「‥仕方ねえな。じゃあ行くぞ」
 一階のインプ達が階段の側に集まってくる。彼らは階段を背に敵を睨みつけた。

 二階に上がってすぐ、目の前に立ち塞がったのは三匹のインプ。槍を構えながらノアは声を上げた。
 見えないヴァルへの呼びかけだ。
「こちらが近づいたら姿を見せてください。それまでは声を出さず、じっとして」
「ヴァル! 俺達が行くまで隠れてろ!」
 声に答えるように二階の教室から、カタン と音がしたのにフルーレは気付く。インプの動いた音かもしれない。だが‥
「炎よ、紅の魔女の呼び声に応じ、その命に従え…。ファイヤーコントロール」
 に、シエラはファイアーコントロールをかけた。壁の松明が突然巨大化して、二匹の身体を取り囲むように焼く。
「ウギャア!」
 怯んだ敵にノアは躊躇わずホーリーをかけた。倒れるインプ。彼とシエラがインプを引き付けている隙にキットは扉を蹴った。

 部屋の中にはまだ敵の気配を感じなかった。油断せず、剣を構えながら部屋を歩きキットは叫ぶ。
「いるのか! ヴァル!」
 動かない空気。背後では仲間達が戦っている。だが彼は信じた。仲間を、そして自分のカンを‥
 カタン
 黒板の前、教卓の下から小さな頭が覗く。小柄な自分よりもさらに小さい身体‥、いくつかの擦り傷と、火傷。
 だが、それでもしっかりと前を見つめている。
 現れた少年は喉を鳴らして、キットを見た。
「助けに‥来たの? 僕を?」
「‥ああ。良く頑張ったな。さすがお兄ちゃんだ。もう心配ないからな」
 キットは、少年を抱きしめた。強く、しっかりと。
 自分より少し大きいだけの剣士。だが‥今まで兄として妹を守る。それだけを考えて生きてきた少年は始めてのそのぬくもりに心を託した。
「紅月旅団はなあ、イロモノばっかじゃねえんだ。やる時はきっちりやるぜ!」
「?」
「何でもない。妹が待ってる。行くぞ!」
「ウン!」

「ウキキ‥」
 何とか目の前のインプを倒したと思えばまた次のインプが‥
「‥うっ‥」
 五匹目のインプが伸ばした指の先、呪文詠唱を続けるノアとシエラを守って戦っていたフルーレは目元を押さえるように膝を付いた。
「どうしたんです? フルーレさん」
「何でもない‥ただ、目眩が‥」
 インプの指先に生まれる白い球。駆け寄ったノアがリカバーをと駆け寄ったのを‥止める声がした。
「待って! 先にインプを倒すんだ! ファイアーコントロール!」
 小さな炎がインプの手元で爆ぜた。ノアのホーリーでインプは沈黙する。
「それはデスハートン 悪魔の魔法だ。その白い球を飲んで。体力が回復するはずだよ」
 言われたとおりフルーレがその球を飲むと、目眩は消え立ち上がることができた。
「ありがとう‥君がヴァルか? 私より役に立ちそうだな」
 苦笑するフルーレの言葉に少年ヴァルは首を振る。
「違うよ‥貴方達が来てくれなかったら僕は‥」
「話は後に。脱出しましょう」
 また、インプが近づいてくる。シエラの言葉に、フルーレはヴァルの手を取った。
「ああ、まだ終わっては居ない。ミミを助けたいなら力を振り絞れ! 私達は必ずそれに答えよう!」 
「ハイ!」
「ヴァル君、こっちへ‥」
 ノアのマントに庇われながら、ヴァルも走り出した。冒険者と共に、勇気を持って‥

 階段の下、四人の息が荒く吐かれた。
「ホントにどっから湧くんだよ!」
 インプに対して決定打を持たない剣士。彼らは苦戦を余儀なくされる。桜華の呟きにも疲労の色が混じり始めていた。
「俺は俺に出来ることをするだけだ‥ソニックブーム!」
 焔は冷静に数度目のソニックブームを放つ。桜華と焔が足止めした敵を、ウォーターボム。それで何とか敵を止め続けている。
「無事見つかったかなあ、っと又来た‥えぃ!」
 窓からくるのか次々増えてくる敵に小さく舌打ちしてアクアはまた魔法を唱える。
「‥‥あ! 来ました」
 背後から回復魔法で援護し続けていた深雪の声が明るく撥ねる。
 駆け下りてくる仲間の足音、そして小さいながらも確かに自分の足で降りてくる少年の姿‥
「よくご無事で! あなたが‥ヴァル君? 一人でよく頑張りましたね」
 再び抱きしめられたヴァルは明らかにキットの時とは違う表情を見せた。顔を真っ赤にする様子にキットもシエラも苦笑する。
「もう長居は無用です! 脱出しましょう」
 後は‥脱出するのみだ!
「最後にもう一回、プ・レ・ゼ・ン・ト!」
 ブワッ!
 特大の魔法がインプたちの前で炸裂した。
「ウゲゲッ!」
 インプたちが次に目を開けた解き、冒険者達の姿は、どこにも見えなかった。

「おにいちゃん!」
「二ナ!」
 駆け寄ってきた小さな小さな妹の身体を、兄はしっかりと抱きしめた。
 紅潮した頬、笑顔の中に溢れる涙、純粋に注がれる思いを全て受け止めて‥
「しんぱいしたんだよ、しんぱいしたんだよ‥よかったよ〜」
 妹の髪をそっと撫でてからヴァルは持っていた人形を二ナの前に差し出した。
「ミミ!」
「大事な友達だろ。もう、忘れるなよ」
「うん‥ありがとう。ミミ‥ごめんね」
 人形に頬擦りした二ナをフッと笑顔で見つめると、ヴァルは冒険者達のほうを向いた。
「ありがとうございます。このご恩は忘れません!」
 ぺっこりと、二ナも小さな頭を下げる。人形にも、頭を下げさせて。
「ありがとうございました」 
「未熟者が無茶すんじゃねえぞ …まぁ、なんにせよ無事で良かった、良く頑張ったな」
「約束は守りましたよ」
 ヴァルと、二ナそれぞれに焔とノアは笑いかける。
 救出成功。幸いポーションのおかげで深手のものはいない。
 小さな擦り傷の手当てはヴァルの火傷も含めて深雪がリカバーをかけた。
 最後に手当てをしてもらいながら、桜華は小さく呟いた
「それにしても、キツかった。こりゃ依頼主に報酬の上乗せを‥あつっ!」
 ピタッ!
 ムギュ!
 コツン!
「なにすんだ! 怪我人に!」
 治療を止められ、足を踏まれ、頭に拳骨が落ちた。三つとも女性の力とはいえダメージはある。
 喰ってかかる桜華に足を踏んだシエラはこう語る。
「せっかくいい気分なんですからぶち壊さないで下さい」
 拳骨を落としたフルーレは笑う。
「野暮なことは今回は言いっこなしにしないか? エレガントじゃない」
「報酬は、あれで十分。そう思いませんか?」
 治療を再開した深雪は指を指す。
 きゃきゃとはしゃぎ兄の足元に纏わり付く二ナ。それを抱きあげぐるぐると回すヴァル。
 二人きりの兄妹の、幸せそうな‥笑顔‥
「まあ‥な」

 次の依頼へと向かう冒険者達を二ナとヴァルは最後まで見送った。
「優しいくて強い心があればいつか立派なウィザードになれるよ! がんばって」
「本当にありがとうございました」
 アクアと握手をしてから、ヴァルはキットに向かい合った。
「僕、いつか冒険者になります。あなたみたいに‥その時は仲間に入れてもらえますか?」
 守るものがいる。自分のように冒険に出ることは彼には難しいかもしれない。でも‥キットは笑いかけた。
「ああ、その時は、一緒に冒険しようぜ」
 差し出された手をヴァルはしっかりと握り締めた。自分と変わらないくらいなのに‥ずっと、ずっと大きく見える。

 たった一人の為に全力を尽くした冒険者達。
 その姿は、ケンブリッジの戦いの中では小さな功績に過ぎなかったかもしれない。
 だが‥少なくとも二人の子供たちの中では誰よりも偉大な英雄として心の中に残り続けることになるだろう。