届かなかったプレゼント

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 3 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月28日〜01月05日

リプレイ公開日:2009年01月08日

●オープニング

 それは聖夜祭を間近に控えた日に起きた悲劇であった。
「じゃあ、俺、帰ります」
 半年間を過ごした職場の同僚、そして雇い主に頭を下げた青年に向けられる視線は優しく暖かい。
「ああ、気をつけて帰れよ。ソマリ。ゆっくり休んで新年が明けたら戻ってきてくれ」
 田舎育ちの青年ソマリはキャメロットのある大工の下に修行がてら働きに出てきていたのだ。
 真面目で熱心な態度は同僚、先輩、雇い主にも好かれ可愛がられていた。
「でも、故郷の村まで歩いて三日だろ? 大変だな。キャメロットで聖夜祭を過ごした方がいいんじゃないか? プレゼントは送ってさ」
「そうだよ。一緒に聖夜祭を楽しもうぜ」
 腕を引っ張って誘う若者達の頭をぽん、ぽん。
 年長の男性がゲンコツで叩いた。
「バーカ。こいつには故郷で待ってる奴がいるんだ。邪魔すんじゃねえ!」
「待ってるって‥‥、解った。彼女だな!」
 青年の一言は、頭を叩かれた悔し紛れであったが、ソマリの顔は真っ赤になる。
「あっ! ‥‥あの‥‥その‥‥」
「あー! やっぱりそうだ。どんな女だ? 美人か?」
 ボカッ!
「バカ! ソマリをからかうな!」
 ハハハハハ。広がる笑い声はそれでも明るく、彼を包み込む。
「まあ、冗談はさておき、ご両親や家族によろしくな。楽しんで来い」
「はい‥‥ありがとうございます。行って来ます」
 そう言って見送られたソマリがキャメロットを出たのが一週間前の事。
 だが、彼らは知らなかったのだ。昨日まで。
 キャメロット近郊にデビルが溢れかえっていた事を。
 そして‥‥旅立ったソマリが、デビルの襲撃に巻き込まれ死んでいた事を‥‥。

 その依頼を持ってきた男は、キャメロットで店を構える大工の棟梁だった。
「届け物を頼みたい。場所はここから西に歩いて三日ほどの小さな村だ。そこにいるある一家と女性に届け物をして欲しいだ」
「届け物?」
 差し出された包みと、目の前の男性の顔を見比べて、係員は事情を察した。
 色を失い、蒼白の顔で手を握り締める男性と、踏み潰され血がこびりついた二つの荷物。
「これは‥‥まさか」
「ああ。俺のところで働いていた若い奴の遺品だ。こいつ、ソマリは先日キャメロットから故郷に戻る途中でデビルの襲撃に巻き込まれて命を落とした。これは通りすがりにその遺体を見つけたある冒険者が、俺たちの所に届けてくれたものなんだ」
 持ち物に名前も無く、手がかりも無い状態から、持ち物の中に大工の道具が入っていた事だけを頼りに、その人物は荷物を届けてくれた。
 必死に荷物を抱えていたから、きっと大事なものだったろうからと言ってくれたその人物にはどんなに言葉で感謝しても足りない。だから‥‥できなかった。遺体が今も街道に放置されたままになっている事を責める事は‥‥。
「今も、その周辺はデビルがうろついてるって話なんだ。本当はあいつを迎えに行ってやりたい。そしてちゃんと埋葬するか、故郷に返してやりたい。でも‥‥そんな事すら俺達にはできないんだ。‥‥ソマリ‥‥」
 ポトリ、男の手に涙が落ちる。
 見栄も何も無い、それは心からの涙だった。
「だから、せめて頼む。その荷物を奴の家族に届けてやってくれ。そして奴の死を伝えてやって欲しい。聖夜祭には間に合わないかもしれない。ただ、できるなら一刻も早く」
 聖夜祭までに彼は家に帰る予定だったという。
 きっと家族は今か、まだかと彼の帰りを待っているだろう。
 そんな彼らに新年を前に、家族の死を告げるのはあまりにも残酷かもしれないと思う。
「でも、それでも返してやりたいんだ。心だけでも、願いだけでもあいつを家族の下へ」

 託された荷物は死んだ青年が家族へ、そして恋人へ選んだ聖夜祭のプレゼントであると男は言う。
 訪れる事の無いサンタクロースを待つ彼らの元へ、せめて届けたかったプレゼントを‥‥。
 
 係員はそうして依頼を貼り出した。
 遅いサンタクロースを求める依頼を。 

 

●今回の参加者

 ea4910 インデックス・ラディエル(20歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb5868 ヴェニー・ブリッド(33歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec4348 木野崎 滋(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec4984 シャロン・シェフィールド(26歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec5570 ソペリエ・メハイエ(38歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●リプレイ本文

●闇からの使者達
 足音を忍ばせながら、気配を殺して‥‥それでも急いで冒険者達は進む。
「デビルは可能な限り避けていきましょう」
 声を潜めるシャロン・シェフィールド(ec4984)に仲間達は頷いた。
 まだ、この近辺はそれほどデビルが多いわけではない。
 けれど気が付けば、ところどころに「それ」はいた。
「いつの間に、キャメロットの近郊でさえこれほどのデビルが出るようになったのでしょうか?」
 テレスコープの魔法で周囲を確認したヴェニー・ブリッド(eb5868)が道を仲間に指示しながら呟く。
「先日、一度討伐隊が出たようですが‥‥元々いたものに加えて地獄から出てきたというものもいるようですから‥‥。仕方の無い事かもしれませんが‥‥」
 ジークリンデ・ケリン(eb3225)も顔を顰めた。所々に感じる腐臭は幾度体験しても慣れる筈の無いものだった。
「ん? あ、‥‥ライデン君‥‥」
 愛馬が道の横に足を止めたのを見てインデックス・ラディエル(ea4910)も足を止めた。
 視線の先には壊れた馬車と‥‥馬のたてがみが見えた。
「ごめんね、こんな時でもなければちゃんと調べて埋葬してあげたかったんだけどね‥‥。でも、いつか必ず‥‥」
 その髪を優しく撫でてから振り払うようにインデックスは前に進む。ライデン君、と呼ばれた愛馬もその後に続く。
「全てを救う事はできぬ。今、我らがすべきは我らの仕事を成し遂げる事だ」
 俯くインデックスに木野崎滋(ec4348)は静かに告げた。
「うん、解ってるよ。全部の犠牲者を埋葬したり故郷に返してあげるのは今は、ムリだもんね」
「人というものは無力なものです‥‥」
 ソペリエ・メハイエ(ec5570)も手を握り締めながら呟く。
 いつか、自分の力が高まればこんな思いはしなくて済むのだろうか?
「みんな同じですわ。どんなに力があっても、届かないものはありますの。人は‥‥必ず死ぬ。その運命から逃れる事はできない‥‥」
 けれど‥‥ジークリンデはそこで、言葉を止めて微笑する。
 その微笑の意味を冒険者は噛み締め、歩き始める。
 歩みを止めずただ前を向いて。

●発見
 街道から少し離れた森の中。
 教えられた場所から動く事無く『彼』はそこにいた。
「お迎えにあがりましたわ。ソマリさん」
 ヴェニーは静かに膝を折り、その頭に優しく手を触れた。
 情報が正しければ死亡してからもう二週間が経過している。
 冬であった事も幸いしてだろう。
 まだその外見は生前の面影をかなり残していた。ただ、腐敗による変質はどうしても避けられない。
 黒く変わった肌、落ち窪んだ瞳。
「本当に連れて帰るんですか?」
 まだ、迷うように言うシャロンにインデックスは祈りを捧げながら頷く。
「だって、このままにしておけないでしょう? アンデッドになる可能性もあるし‥‥」
「それは、解っていますが‥‥」
 シャロンの歯切れは悪い。遺族にこの遺体を見せていいものかと思うのだ。
「‥‥確かに、この青年も無念であったろう。こんな姿は見せたくはなかったに違いあるまい」
 滋はそう言いながらもシャロンに同意はしなかった。
「それでも、届けるべきだろう。想いも身体も‥‥これ以上欠けさせたくは無い」
「‥‥そう、ですね」
 自分自身に言い聞かせるようにシャロンは頷く。
 祈りを捧げ、魔法をかけて冷凍保存、そして寝袋に入れてからペガサスに積み込んで‥‥。
 インデックスとジークリンデそして滋が作業を続ける最中。
「どうしたの? わふたくん?」
 ヴェニーは文字通り泡を吹くように氷を吐き出す見張りの雪精霊を見ながら言った
「デビルが近づいて来るようです。数は‥‥10〜15。インプやグレムリンのようですが‥‥」
 眼を閉じてソベリエが告げた数は、普段であれば彼らに対処できない数ではない。だが‥‥
「お願い! あと少しだけ食い止めて! そしたら連れ出せて逃げられるから!」
 インデックスの叫びにシャロンは頷いて、弓を番えた。
「もう、これ以上何も、奪わせはしない‥‥。
「魔法で一度蹴散らすわ! あとは、倒してしまって!」
 魔法で自らを高め、ヴェニーは渾身のライトニングサンダーボルトを放った。
 超越の力で放たれた魔法に、悲鳴を上げてデビル達は吹き飛ばされていく。
「行きますよ。ゾフィエル‥‥。トゥシェ!」
 その隙を切り裂いていく戦闘馬で突撃していくソベリエ。
 滋と共に術者の詠唱と、遺体の確保を行いながらシャロンは一度だけ小さく眼を閉じた。
 グレムリンは金切り声をかけて襲ってくる。インプや小柄なデビル達も襲い掛かってくる。
 でも、そんなものは怖くなかった。
 仲間達の援護があるし、魔法の手助けもある。
 自分が放った聖なる矢もヴェニーの魔法で傷ついたデビルの額に苦も無く突き刺さっていく。
 彼女が本当に恐れていたものはデビルなどではなかった。
「積み込み、終わったよ! ライデン君の側に集まって! 一気に突破するから!」
「先を急ぎましょう。残っているデビルがいましたらファイヤーボムで‥‥」
「それはダメ! 森が火事になるから」
「解りました。それではストーンなどで足止めしましょう。彼らに関わっている暇など、もうありませんからね」
 ペガサスの背中に乗った大切なものを見てジークリンデはインデックスに頷き足を進めた。
 背後を守りながら滋やシャロンも後を追う。
 そう、デビルなどに足を止めている暇など無い。
 彼女らが本当に恐れる事はこれから始まるのだから。 

●残された願い
「‥‥ソマリ。ソマリ!!」
「どうして! どうしてなの!!
 冒険者達には解っていたことではあるが、目の前で繰り広げられる慟哭を正視することはできず、誰もが眼を背けていた。
 遺体に泣き縋る年老いた両親達。そして‥‥
「嘘でしょ‥‥! 帰ってくるって‥‥約束したじゃないの! これは‥‥嘘に決まってるわ」
 頭を掻き毟り悲鳴を上げる女性。
 喜びの新年を迎えていた村は悲しみに凍りついていた。
「あの子がローナ。ソマリの婚約者だよ」
 村人達はそう冒険者たちに教えてくれた。
「悲しい事ですが、嘘ではありません‥‥これをどうぞ。ソマリさんが、キャメロットで買い求め、持って帰る筈だった荷物です」
 代償に過ぎない。代償にもならないと解っているが、シャロンは親方から預かった荷物をローナの前に差し出した。
「あの人の‥‥荷物‥‥?」
 震える手でシャロンは荷物を開けて中身を取り出す。二つの荷物の一つは両親用。暖かい衣服や聖夜祭の飾りなどが入っている。そして、もう一つの荷物には‥‥
「これは!?」
 冒険者達も息を呑んだ。袋の中身。それは花嫁衣裳だったのだのだ。布に大事に包まれていた美しいドレスは見ただけでローナの為に用意されたものだと解った。美しい首飾り、そして指輪‥‥。
「あの人は‥‥公現祭が終わったら結婚しようって‥‥約束‥‥してたのに‥‥。許して! 私も」
「ダメです!」
 シャロンはとっさにローナの口の中に自分の手の指を入れた。
「うっ‥‥」
 小さくうめき声が上がる。自ら舌を噛もうとしたローナ。それをシャロンが止めたのだった。
「死なせて! お願いよ。あの人と結婚するの。あの人は約束を守ろうとしてくれた。だから私も約束を守らなくっちゃ!」
 シャロンが、そして冒険者達が一番恐れていたのはこれだった。
 ソマリを救出し、その遺体を持ち帰った時、家族達はそれを受け入れられるだろうか。と。
「止めて‥‥下さい。貴女が、彼の所に言っても彼はきっと喜びません」
 微かに血の滲む手をシャロンはインデックスに渡しながら、でも眼は真っ直ぐにローナ達を見ていた。
「でも私のせいで‥‥私が早く結婚したいと言ったから‥‥」
 死なせて下さい、そう膝を折るローナに滋は首を横に振った。
「ソマリ殿は誰かの為に帰ると無理をしたのではない。誰かの元に、帰る為自分がそうしたかったのではないか、と思う。命を落としたのは「誰かのせい」ではない、悲しみこそすれ誰も自身を責めぬよう‥そう彼も望むのではないだろうか」
「泣かないで‥‥ってあれ!」
 俯くローナの眼前でインデックスは指差した。
 遺体の上にふわりと浮かんだあの影は‥‥と。
「ソマリ」「ソマリさん‥‥」
 ぼんやりと浮かんだ影は、二人に優しく微笑するとお辞儀をし、上空を見た。
 瞬間、影はかき消すように光に溶けるように消える。優しい笑顔だけを家族と、婚約者に残して‥‥。
「哀しいけれど人は死ぬわ。でも思いは残って、彼は貴方達の心の中で生き続ける。だから、胸を張って生きて下さい、彼に誇れる自分でいる為に。彼はきっとそれを望んでいるから‥‥」
 ローナの目元から涙は消えない。親達の悲しみもそのままだ。
 だが‥‥
「皆さん、埋葬を致しましょう。悲しいけど、ソマリさんに、おかえりなさいを。そして、ソマリさんを送りだして下さい」
 インデックスの言葉に彼らは頷いた。
 頷けるようになった。
 それは悲しい真実を受け入れた証しであった。

●サンタクロースの祈り
 帰路。
「これで良かったのでしょうか?」
 報酬の代わりにと受け取ったクリスマス飾りを見つめながらシャロンは呟いた。
「彼のお土産です。どうぞお持ち下さい」
 少しずつ立ち直りつつあったが彼ら、遺族の傷は深い。
「遺体を見せるのも、幻を見せるのも、ショックが強すぎたんじゃ‥‥もっと別の方法があったんじゃ‥‥」
 もっといい方法があったのではと、思いが幾度も頭を過ぎる。
「でもあの人は帰れました。大切な人の所に。幻は嘘かもしれません。でも、心はきっと真実。正しい事だったと思います」
 慰めるように言ったルベリエの言葉に、シャロンは頷くと眼を閉じた。

「どうか‥‥安らかに‥‥」
「人は死んでも想いは残り、その想いを糧に人は生きていける。そう信じましょう」
 祈りは静かに冬の空気に溶けていく。
 帰れなかったサンタクロースの願いと共に。