●リプレイ本文
○一日目のお誘い
新年を迎えたキャメロットは、夜になっても賑やかで鮮やかな喧騒と、活気。
そして笑い声に溢れていた。
「楽しいね。お兄ちゃん♪」
その笑い声の中でも一際明るく、涼やかな少女の声が後ろについて歩く少年の前で踊る。
「そうだな。今日は一日遊び倒そう。我が姫君」
「うん! よろしくね。ヴィアンカのナイトさん♪」
嬉しさを全身で表した少女が、丁寧な礼をとった一日限りに微笑みかける。
真似事に取ったさっきの騎士の礼も、自分を純真に慕ってくれる少女も、それを守ろうとする自分も思いもかけずキットは気に入っていた。
(「ホンモノのナイトになる気は無いが、これも悪くないか‥‥」)
キット・ファゼータ(ea2307)はそう思いながら
「ほら、迷子になるなよ!」
少女の手を自分の下に強く引き寄せた。
「今頃、ヴィアンカちゃんはキットとデートだね。楽しんでるかなあ?」
箒を操る手を止め、呟くティズ・ティン(ea7694)にそうですね。とセレナ・ザーン(ea9951)は頷いた。
「もう少し、時間があれば色々と教えて差し上げる事もできたのですが‥‥、それはパーティでのお楽しみ、としましょうか?」
「何々? 出かける前に何か、入れ知恵してたみたいだったけど、何をしてたの?」
興味津々という少女の眼差しでティズはセレナの側に顔を寄せる。
ここは円卓の騎士パーシ・ヴァルの館。
自分達、冒険者がここに集った理由は新年のお祝いに見せかけたヴィアンカの誕生日パーティの為。
だが、ヴィアンカの誕生日は一月五日。
男性衆の多くは買い物などに出かけている。
今ここにいるのはティズとセレナの二人と猫(?)だけ。
それまでパーティの事は秘密であると考えれば、それほど掃除や準備も焦る必要は無い。
仕事も好きだが、やはり恋バナと瞳を輝かせるティズに、くすりと笑ってセレナは応えた。
「別に入れ知恵、という程の事ではありません。ヴィアンカ様にレディの戦い方を少しお話しただけですわ」
「レディの戦い方?」
「ええ、戦いというのは血なまぐさい戦場だけで行われるものでもありませんから。ヴィアンカ様をお助けしてあげたいと思いまして」
意味深に笑うセレナ。
「そうだね」
笑いながらティズもまた仕事に戻ることにした。
「でも、あんまり無理して背伸びしなくてもいいと思うんだけどなあ〜」
小さい声を聞く者は少ない。
だが、同じ思いを持つものが決して少なく無い事を、二人と一匹は知っていた。
トントン。
ノックを二回。今は冒険に出ておらず、家にいるのは確認済み。
やがて出てくるであろう人物を待って七神蒼汰(ea7244)は少し、緊張の面持ちで髪を撫で付けた。
待つこと一分弱。
「は〜い‥‥。蒼汰」
「やあ、ヘンルーダ。久しぶりだ‥‥な‥‥っておい! 翡翠!」
ワンワン!
久しぶりに出会った恋人に感慨を持って微笑むより先に、蒼汰は足元で、飛び掛らんばかりにはしゃぐ犬をまず押さえなくてはならなかった。
「久しぶりね。翡翠。元気だった?」
ワウ!!
膝を折り、目線を合わせる娘ヘンルーダの胸に翡翠と呼ばれた犬は、主人の膝を踏み台にして飛び込んでいった。
「はは、やっぱり俺よりもヘンルーダの方が好きなのかな?」
半分苦笑、だが残りの半分は心からの笑みで蒼汰は楽しげに笑い合う二人を見守る。
「ところでどうしたの? 急に‥‥」
犬を落ち着かせ座らせたヘンルーダは、今度は恋人と向かい合う。
蒼汰は円卓の騎士に仕える騎士で、しかも冒険者。多忙である筈なのに‥‥。
真っ直ぐに自分を見つめる視線に少しうろたえながら
「まあ、さ。今は新年だし、それに‥‥ヴィアンカって知ってるだろ? パーシ卿の娘。彼女、もう直ぐ誕生日なんだ、それでパーティをする事になったんだけど‥‥」
唾を飲み込み本題を告げる。
「一緒に行かないか?」
「娘、そっか。パール結婚してたんだっけ‥‥」
一瞬、寂しげな眼をしたヘンルーダを蒼汰は見ないフリをした。そして明るいそぶりで話を続ける。
「パーシ卿は今、城に詰めきりなんだ。誕生日にも来れないっぽい。パーシ卿の子供の頃の話とかしてやったら喜ぶんじゃないかと思うんだけど‥‥どうかな?」
「まったく、しょうがない奴よね。いくら騎士だからって娘の誕生日をほっぽらかすなんて。兄様は、ちゃんと忙しくても私の誕生日祝ってくれたのに」
立ち上がり、膝の砂を叩いてヘンルーダは腕を組む。天下の円卓の騎士にこんな事を言える人物はそう多くはあるまい。だが‥‥
「それじゃあ‥‥」
「行ってあげるわ。あること無い事、話してあげる♪」
「ありがとう。ヘンルーダ! じゃあ、良かったら買い物にでも行かないか。明日準備で明後日パーティだから今日は付き合えるんだ」
蒼汰は手を差し出す。
「ええ、一緒に行きましょう」
ヘンルーダはその手をしっかりと繋ぎ、握り締めた。
両手に荷物を持っての帰り道。
「おっ‥‥!?」
リ・ル(ea3888)は見知った友を見つけ、手を振った。
「エリンティア。絶狼。どうした? 二人揃って?」
「いや、別に二人揃って、って訳じゃあないけどな」
「そうですねえぇ〜。偶然同じ行動をとってしまっただけなんですけどぉ〜」
見つけられた事に苦笑の笑みを浮かべながら、エリンティア・フューゲル(ea3868)と閃我絶狼(ea3991)は思わず顔を見合わせた。
「ディナス伯にな、ヴィアンカに手紙をくれないか、って書いて送ったんだよ。ヴィアンカにとって、数少ない身内だからな」
「僕はヴェル君にぃ〜、手紙を出しましたぁ〜。内容はほぼ同じですぅ〜」
「ディナス伯爵にヴェル、ヴィアンカの伯父と従兄弟‥‥だったっけか?」
シャフツベリーの事情にはあまり明るくないリルに二人は頷く。
伯爵の妹がヴィアンカの母でパーシ・ヴァルの妻なのだ。
「来るのは無理でもお祝いの手紙くらい貰えないかってな」
「日数的に返事が間に合うかは、びみょーですけどぉ〜、身内からのお祝いがあると言う事が重要ですからぁ〜」
二人の思いにリルは納得して頷く。
「実は俺もさっき教会に行って来た。」
「教会?」
「そう、ベルに会いにな‥‥」
ベルはディナス伯の娘。ヴィアンカには従姉妹にあたる。同じ教会で過ごす彼女をヴィアンカは姉のように慕っていた。
「誕生会に来てもらえないか、と話した。他に教会の友達とかもいたら、とも声をかけてきたんだが、来れるかどうかはまだ解らないと言ってたな」
ベルはシスターとしての修行を積み、クレリックとしてもう一人前と認められているらしい。
「時間が取れましたらぜひ。ただ‥‥彼女にとっては冒険者の皆さんや、伯父様との時間が一番だと思います」
しとやかにそう言ってベルは笑っていた。彼女の意見はとても正しい。
「でもなあ、一番来て欲しい奴は来れるかどうか解らないしなあ〜」
リルはそう言って溜息を吐き出した。
「流石にこの状況ではパーシ様もお忙しいですからねぇ、僕達と楽しい一時を過ごせたら良いですねぇ」
「まったく、こういう時に限ってあの風船騎士は動けないのな。勿論、俺達はちゃんと祝ってやるぞ、なあ絶っ太、閃華?」
足元と肩のペット達も同意にも似た頷きを見せる
「まあ、その為に呼ばれて、その為に集まったんだからな。精一杯楽しませてやろう。子供には幸せを独り占めする時間が必要だ」
リルは小さな邪笑を頬に浮かべている。
それに気付き、絶狼とエリンティアも彼の視線の先を見て、やはり同じように笑った。
「こら! ヴィアンカ。ひっつくな!」
「えへへ〜。や〜だよ♪」
幸せそうに笑う子供達の姿が見える。
「さて、俺達も帰るとするか。冬だから食べ物は腐らんだろうが‥‥」
「あ、しまった。俺、まだ買い物が残ってたんだ。米とショーユ。果たしてこのイギリスで売っているだろうか?」
「荷物もちなら手伝いますよぉ〜。あんまり重いのは困りますが〜」
「頑張れよ。じゃあ俺は先に帰って‥‥」
手を振りかけたリルの首元をがしっと絶狼が掴んだ。
「こら、逃げるな! ちょっと手伝え!」
「俺はもう荷物が手いっぱいでなあ〜」
リルの反論はエリンティアの有無を言わさぬ優しい笑みに遮られる。
「リルさんならまだまだ大丈夫ですぅ〜。期待してるですぅ〜」
「おい! こら! まて!」
引きづられていくリルと引きずっていく二人の横を向こうからは楽しげな子供達が、あちらからは仲良さげな恋人達が通り過ぎて行った。
○二日目は準備中
「ちょっと! こっちも手伝ってくれないかなあ?」
部屋の隅でがさがさ、ごそごそと、朝からずっと何かをしている葉霧幻蔵(ea5683)にティズは声をかける。
腰に手をあて、上から目線。ちょっと怒りモードだというのは幻蔵にも解る。
「すまないのでござる。でも、あと、もう少し準備をさせて欲しいのでござる。これは‥‥大事なパーティの出し物の仕込みで‥‥」
「ダーメ。ヴィアンカちゃんが帰ってくるまでに準備して、さらにそれを隠しておかなきゃなきゃならないんだから。仕込みはその後。バロちゃん。ご主人よーく見張ってて」
『にゃにゃっ!』
パーティ会場準備主任(?)ティズの言葉に幻蔵のケットシー、芭論はどうやらはい、と返事をしたようだった。
幻蔵を引っ張り布を差し出す。
掃除をしろ、という意味だろう。
「確かに猫の手も借りたいほど忙しいでござるが‥‥ちょっとくらい‥‥」
『にゃ! にゃっ!』
立ち上がり鳴き続ける様子は明らかに説教をしていると思われた。
「解った、解ったでござるよ。元よりやらなくてはならない事から逃げるつもりはないでござる」
大きく溜息をつきながら幻蔵はテーブルの上を布で拭き始める。
それを確認して
「じゃあ、キット、セレナ。こっち頼むね。私、台所の方手伝ってくるから。今回はメイドパワー全開だ〜♪」
ティズはキッチンに向かい、それと入れ替わるようにパーシの家の使用人達が会場となる応接の間に集まってきていた。
「しっかり頼むぞ。ヴィアンカの笑顔の為に‥‥」
キットの指示に使用人達も頷き、従う。パーシとヴィアンカがどれだけ使用人達に好かれているかが解るというものだ。
飾り付けの指示をしながら、ふと、気が付いてキットはセレナに問いかけた。
「なあ? シルヴィアとリースフィアはどうしたんだ?」
キッチンに向かったティズ。エリンティアと絶狼は庭での準備を担当し、幻蔵とセレナ。そして自分はここにいる。
蒼汰も犬を外に繋いだら戻ってくる筈だ。リルは、ヴィアンカを連れ出しての買い物中。
明日がいよいよパーティだから、今日が準備の正念場となる。
なのにこの忙しい時、シルヴィア・クロスロード(eb3671)とリースフィア・エルスリード(eb2745)二人の姿は朝から見えない。
どちらも真面目な騎士達だ。どこかの誰かと違って準備を逃げ出す事は無い筈なのに‥‥。
「お二人共、やりたいことがあるとおっしゃって出かけられましたわ。用事がすみ次第戻ってくるとおっしゃっていましたが‥‥」
「そうか‥‥、まあいいや。どっちにしろ待っている時間は無いし、後で話を聞かせてもらおう。ああ、その飾りはこっちにしよう」
気持ちを切り替え、指示を与え檄を飛ばすキット。
空気を入れ替えるために開いた窓からは、小さな妖精がふわり入ってきた。
「〜〜ござる〜♪」
「おお! 風香!」
戻ってきたエレメンタラーフェアリーは、クルリ回ると楽しげに風に乗って踊り始める。
主に伝言を受けた人と、それ以外の出会った人の話を拙くも主にしたのは、それから暫くの後のことだった。
冒険者達の多くが諦めてしまっている事がある。
「ヴィアンカさんが本当に望んでいるもの‥‥それは‥‥」
キャメロットの中心地、人々を守るようにそびえる王城を見ながらリースフィアは呟いた。
「誕生日に一人。人使用人や友人はいても肉親はおらず、それでも最初から騎士の娘としていたならば我慢するように、紛らわすために動いたでしょう。騎士の娘、貴族の娘であるのならそれも仕方ない事かもしれません。けれど‥‥」
彼女はそうではなかった。
生まれて間もなく誘拐され、家族と引き離されて育った。
やっと再会したのもつかの間、唯一の肉親と共に暮らせない日々。
聡いあの子はそれを口にはしないが、きっと誰よりも来て欲しいと望む人がいる筈だ。
彼女は言ったという。
『1月の5日だってお父さん言ってた』
これは、父親との誕生日をまともに過ごした事が無い事を意味するのではないだろうか。
「記念日の不在は今までの積み重ね‥‥ならば私のすべき事は‥‥」
大きく深呼吸してリースフィアは城の中に入る。
事情も彼の立場も解っている。
今頃はシルヴィアも彼女なりの思いで動いているだろう。さっき見覚えのあるフェアリーがいたから他の者も同じ事を考えたのかもしれない。
「無駄かもしれなくても、できる限りの事を‥‥」
そうして彼女は冒険者として謁見を申し込んだ。ある人物に‥‥。
買い物二日目。
共に人ごみの歩き方にも慣れた二人は、手を繋ぎ、いろいろな店をひやかしながら歩いていく。
「何か、いいの見つかったか? ヴィアンカ?」
「う〜ん、むずかしい! お兄ちゃん達やセレナなら大抵のもの、持ってるでしょ?」
どんなものがいいかなあ? 真剣に考えながら店を回る少女をリルは見守っている。
「もうじき公現祭だ。この間誕生日だったセレナと絶っ太。それにクリスマスにプレゼントをしてくれたキットにお返しのプレゼントなんてはどうだ?」
彼がそう言ってヴィアンカを館から連れ出したのだ。
ひらひらと蝶のように楽しげに歩く少女を見守る視線は半ば父親のようでさえある。
本人はあまり認めたくはないだろうが。
「これなんかどうかな? 黒いサーコート。持っているかもしれないけど、お兄ちゃんに似合うと思う」
「ああ、いいんじゃないか? 礼服ってのはあってあんま邪魔になるもんじゃないしな」
上等なコート、値段はそんなに安くは無いが‥‥
「なんなら出してやろうか?」
「ううん。おこづかい、けっこうあるし、お兄ちゃん達へのプレゼントだもん。自分のお金でなくっちゃ」
財布を開くヴィアンカの決意に、リルはそれ以上は言わなかった。
セレナ達にも買ったプレゼントを大事そうに抱えて歩く夕暮れ。
「ねえ、リル?」
ヴィアンカは足を止めて振り返らずに問いかけた。
「なんだ?」
いつも冗談めかして呼ぶのとは違う声と思いを感じたから真剣にリルは応え、答える。
「どうして、皆、来てくれているの? もうじき公現祭だから? お父さんに言われたから?」
「皆が集まるのはイヤなのか?」
「そんなこと無い! すごくうれしい。でも‥‥」
振り返ってリルを見る目は縋るよう‥‥。
自分の誕生日、ということに本当に思い当たってさえいないようだ。
うれしすぎて、幸せすぎて‥‥不安を感じているのだろうか? それとも、冒険者に迷惑をかけているのではないかと思っているのかもしれない。
リルは俯きかけたヴィアンカの頭に手をあて髪を撫でた。
「明日になれば解るさ。でも、一つだけ忘れないでいて欲しい事がある」
「なあに?」
ひょい。ヴィアンカを抱き上げてリルは目線を合わせると言った。
「皆、ヴィアンカの事が好きだってことをさ‥‥」
○三日目 サプライズパーティ
リルが思いっきり付き合い、遊び倒したのでヴィアンカの前日の帰宅はリルの背中の上からベッドへ。
だから翌朝、彼女は悲鳴をあげることになる。
「キャアア♪」
「「「「「「「「「「お誕生日おめでとう!」」」」」」」」」」
目覚めて最初、ヴィアンカを迎えてくれたのは使用人と冒険者達の満開の笑顔だった。
「さあさあ、起きて〜。顔を洗って〜メイクするよ〜」
「髪も整えましょうね。腕が鳴ります」
「ドレスも持ってきたから着替えましょう。ですから‥‥」
ニッコリ、シルヴィアは微笑むと‥‥
バン!
男性陣を部屋から蹴り出した。
「準備が出来るまで男子禁制!」
「あいたたた、でござる」
こっそり女装で紛れこもうとした幻蔵がお尻を撫でるその後ろ、閉ざされた扉の奥からは
「うわ〜、綺麗な肌。真っ白だね〜。ホント腕が鳴る鳴る♪」
「髪も柔らかくて長さも十分ですわ。少し大人っぽく纏めて見ましょうか?」
「衣装はどれがいいですか? やっぱり初日ですからオードソックスな淑女風にしてみましょうか? 首飾りはパーシ様からの贈り物ですよ」
ワイワイと楽しそうな声が響く。
「さて、じゃ、俺らは向こうでパーティの準備してっかね‥‥って、あれ?」
伸びをしながらふと絶狼は一番前を歩くリースフィアに気付き声をかけた。
「そっちに入らないのか?」
「ええ、あちらにお任せします。私のやるべき事はもう終わっているんです。後は結果を待つだけですから」
意味深な言葉と行動の意味に首を傾げる男達。
一人、なんとなくその意味を察したのか微笑を浮かべる幻蔵に微笑を返してリースフィアは前を歩いて行った。
そして待つこと数刻。
「ジャーン! お姫様の登場だよ〜♪」
三人の騎士達に伴われ入ってきた主役の登場に
「‥‥あっ!」
思わず冒険者達は言葉を失った。
ヴィアンカが美少女の部類に入る少女であった事は認識していた。だが‥‥
「おーい。キット〜。もどってこ〜い」
淡く少女らしいメイク。桜色の頬と唇が、ペールピンクのドレスに映えている。
春のリボンでアップに結ばれた髪を押さえるジャパン風のかんざし。
首飾りは蒼で、ドレスと瞳に良く映える。
初めて付けるイヤリングが気になるのか耳元を触れる仕草も愛らしく冒険者達はしばし、拍手すら忘れ見入っていた。
そう。キットでさえも呆然とさせるほど、化粧し、髪を整え、ドレスを纏ったヴィアンカは美しかったのだ。
「素材がいいからやりがいがあったね」
「ええ、完璧ですわ」
「あの‥‥変じゃない?」
「大丈夫ですよ。ほら、聞いてごらんなさい?」
心配そうなヴィアンカの背中をシルヴィアは、キットの前に押し出す。
「あ‥‥どうかな? お兄ちゃん?」
「‥‥あ、ああ。凄く可愛いぞ。良い服着せてもらったな」
その言葉にヴィアンカは
「うん! わーい。お兄ちゃんに褒められた〜」
満面の笑みと行動で喜びを表す。
「それじゃあ、これから誕生日パーティを始めましょう。今日は一日ヴィアンカ様の為に‥‥」
セレナの言葉に冒険者達がそれぞれのグラスを高く掲げる。
「お誕生日おめでとう!」
その言葉に、中心に立つヴィアンカはまるで薔薇の蕾のような笑顔で応えた。
「ありがとう‥‥すっごく‥‥うれしい」
と。
それからの時間は冒険者にとっても夢のように過ぎていった。
「めでためでたの誕生日ぃ〜♪
ヴィアンカ、御歳十一歳ぃ〜」
最初は大凧に乗っての登場を考えていたらしいが、それは流石に(一部有能な執事の)阻止を受け
いつもの(と言ってもド派手なシマウマの)衣装に落ち着いたがそこは キャメロットきっての宴会男。
葉隠幻蔵のいるところ、外れ無しのパーティがある。
「11歳だねぃ。大人だねぃ。何言ってんでぃ、大人じゃない。
まだ、大人じゃないんだ“乙女の歳”なんだよぅ〜!!」
乙女ぇ〜の御歳頃ぉ〜♪
季節は、春♪ 恋する☆乙女のぉ〜季節ぅ〜ん♪
“賀正ょぉッ♪”」
ケットシーと妖精をバックコーラスに歌う様子には誰もが爆笑せずにはいられなかった。
美しい布で飾られた部屋の中には、ティズの指揮の下、使用人達が腕を振るった料理が並べられ、その全ては舌鼓と共に冒険者達の胃袋へと納まった。
「うんうん、やっぱりメイドは楽しいな♪ それにご馳走を残さずに食べてもらえるのも料理人冥利に尽きるし‥‥って、あれ。側に行かなくていいの?」
給仕の傍ら、パーティの中央から離れて佇むキットにティズはそんな声をかけた。
キットの視線の先に常にヴィアンカがいる。
今は丁度絶狼の用意した『もち米』でイギリス風ジャパン新年行事『餅つき』をやっているところだ。
先に作っておく予定だったがパフォーマンスとして面白そうだとの意見があり、
綺麗に洗ったシールドの上の『米』を幻蔵がハンマーで叩くと、蒸された熱い米が周りに飛び散る。
「高かったんだから慎重にな!」
「キャア♪」「ヴィアンカ様、お気をつけて」「ワオン」「フニャン!」
声を上げる少女や動物達は楽しげだ。
「いいんだ。俺の目的はあの笑顔だからな」
「確かに。最高の笑顔です。私もこんなに可愛い妹が欲しかったですね」
シルヴィアの言葉にふん、とキットは鼻を鳴らす。
その日。キットが見つめる間、ヴィアンカの顔から笑みが消える事は無かった。
教会の友達がお祝いに来てくれたり‥‥ヴィアンカも共に歌った賛美の歌はとても美しかったし、幻蔵の踊りや歌はパーティを大いに盛り上げた。
蒼汰に付き添われてやってきたヘンルーダはプレゼント共にヴィアンカへの謝罪を口にし‥‥、ヴィアンカは新しい家族と彼女を呼んだという。
そして時間が昼から夜に変わる頃、家令が呼んだ吟遊の詩人達が静かな調べを奏で始める。
その中冒険者達から贈られたプレゼントをヴィアンカは開封していた。
「俺のお下がりで悪いがな。たまには遊べよ」
星空のカード、マジックパワーリング。
「これで気になるアイツもイチコロ☆でござる♪」
香水「パリの香」
「気に入ってもらえるとうれしいんだが‥‥」
亜麻のヴェール。
聖なるロザリオに、ぬいぐるみ。そして不思議な卵‥‥
「大切にできるか? 俺も何が生まれるか分からない。これから生まれてくるこの子にとってヴィアンカは母親になるんだ」
「うん! 絶対に大事にするから!」
冒険者たちの取り巻く中、一つ一つのプレゼントにヴィアンカは歓声を上げて喜びの思いを伝えた。
空には星明り、月明かり。
それは美しい反面、今日と言う日の終わりを静かに告げていた。
「楽しい時間って、凄く早いんだね‥‥。今日は、本当に楽しかった。皆、本当にありがとう」
白い天使のドレスを纏った少女はそう言って優雅に微笑み、お辞儀をする。
冒険者達はそれぞれに笑みで返す。
言葉で返せば陳腐になってしまいそうだった。
その笑顔が、最高の贈り物だと‥‥。
「さて、そろそろお開きかな。ヴィアンカも夜更かししすぎるとふりょーになるぞ」
「え〜、もっと〜」
キットの言葉に頬を膨らませかけたヴィアンカに、窓の外を見ていたリースフィアが視線を動かし微笑んだ。
「どうやら、もう一つプレゼントが来たようですよ」
「プレゼントが‥‥来た?」
首を傾げるヴィアンカの後ろで、静かに扉が開く。
「‥‥遅くなって、すまない」
振り返るヴィアンカ。その眼にはもう涙が浮かんでいた。
「ヴィアンカ。誕生日おめでとう‥‥」
「お、お父さん!!!」
パーシ・ヴァルの首元に抱きつくヴィアンカ。
髪飾りが落ち、化粧が涙で落ちても気にせず、その胸で泣きじゃくっている。
白い羽飾りを拾い上げ、シルヴィアは静かにキットに問うた。
「どうしましたか?」
「別に‥‥」
泣きじゃくる少女とそれを抱きしめる父親。
そしてそれを見つめる少年の上や冒険者達の上から、一月五日。
一人の少女にとって空に輝く星や月よりも眩しかった一日は静かに通り過ぎようとしていた。
○四日目、五日目。黄金の笑顔
キッチンも乙女の戦場である。
「ですから、ヴィアンカ様」
翌日。料理の仕方と共にセレナは静かにここ数日続けていたレディ教育の最後のレッスンをヴィアンカに教えていた。ちなみに料理のレクチャーを受けているのはもう一人いるが、レディ教育はヴィアンカにだけである。
「レディの武器は『大人の魅力』だけではありません。『大人の魅力』を身につけたことで、ヴィアンカ様の持つ『子供らしい魅力』をより際立たせる事もできるのです。二つの武器を使い分ける事ができればもう一人前のレディですわね」
「そうそう、お化粧と一緒。無理に背伸びしても似合わないの。‥‥まあ、キットやセレナ。そして私も11歳の頃はもう冒険者だったけどね。将来はクレリック? それともナイト? 冒険者になってパーシ様の手伝いをするって手もあるけど、パーシ様は厳しいよ」
ティズは指を立てウインクした。少女は桶の中身を混ぜる手を止めず、二人の顔を見上げた。
「‥‥それは解ってるけど、皆と今回みたいに一緒にいたいの。皆を助けられる人になりたい」
三人は顔を見合わせ微笑む。
「そっか〜。同じだね。私の目標メイドとして家を、ナイトとして主人を守れる素敵なレディだよ」」
「でも無理に背伸びする必要は無いですわ。皆、ヴィアンカ様が願えば直ぐに集まってくれます。そしてその笑顔は皆を幸せにしてくれるんですの」
「でも‥‥」
「リトル・レディ。パーシ様の帰る場所を守るのは貴女にしか出来ないことです。私は追いかけ、共に行くしかできません。でも貴女の所に必ず、パーシ様は帰ってくる。お互い違う道を行くからこそ、それぞれの形でパーシ様を支えられると思うのですが‥‥」
「でも‥‥私、シルヴィアさん、好きだけど嫌いだよ」
「それでいいです。わだかまりがなくなるまで、貴女は私の仕えるレディです。そしてライバルでもありますからね」
微笑したシルヴィアの手元を見て、ティズが声を上げる。
「あ、シルヴィアさん! 生地混ぜすぎちゃダメ! そこはざっくり切る様に!」
「あらあら、お料理はヴィアンカ様の方が上のようですわね。頑張ってくださいませ、ヴィアンカ様♪」」
鮮やかな笑い声が、キッチンの中に響いていた。
ハハハ、フフフ。
楽しげな声が聞こえるキッチンの前の廊下で
「余計なお世話でしたか?」
リースフィアは佇むキットに問いかける。彼は首を横に振った。
「別に。ヴィアンカが喜べばそれでいい‥‥ただ‥‥な」
その瞳はヴィアンカには決して見せない色を浮かべている。
パーシは一晩をヴィアンカと共に過ごし、早朝、彼女の目覚めを待って城に戻っていった。
「まったく、無茶をする‥‥。だが礼を言うぞ」
微かな微笑をリースフィアや幻蔵に残し去ろうとしていた円卓の騎士を
「待てよ」
キットは呼び止め問いかけたのだ。
「ヴィアンカはお前のことを好きだと言ってたぞ。お前はどうだ?」
最初の答えは即答で返った。
「言うまでも無い。あいつは俺にとってかけがえの無いものだ」
「ならば、お前はもしもの時、騎士としての立場や命を捨てられるか?」
第二の問いの答えは返らず、キットは歩み去るパーシの背中を見送った。
「近づけると遠ざけるを同時に。あいつの狡さは変わってない」
手を握り締めるキット。
パーシの弁護をリースフィアはしない。キットとて解っている。
遠く、それでも大きい背中が行動で示す意味を。
「俺は、あいつとは違う‥‥」
それだけ呟いてキットはキッチンから離れる。見送るリースフィアも踵を返した。
あの父子の未来に、同じ思いと願いを抱きながら‥‥。
翌日。
ヴィアンカは冒険者達、一人ひとりに小さな包みを手渡した。
「こんなことしかできなくてゴメンね」
それはヴィアンカ手作りのクッキー。
昨日、一日キッチンに篭ってティズやセレナと頑張った成果である。
「とんでもない。それに‥‥プレゼントまでありがとうございます」
「良かったな。絶っ太」
大事な人への贈り物。リルと一緒に選んだセレナへのスイートドロップと絶っ太の黒皮の首飾りはそれぞれにとても似合っていた。
「お兄ちゃんもステキだよ」
自分が選んだサーコートを着てくれたキットにヴィアンカは囁く。
「そうか‥‥なあ、ヴィアンカ?」
胸に卵を抱いて自分を見つめるヴィアンカにキットは膝を折って目線を合わせた。
「そろそろ俺のことは『お兄ちゃん』ではなく名前で呼ぶこと」
「えっ?」
真剣な思い。黒と蒼の瞳がそれぞれを瞳に写す。
「俺を慕ってくれてる証拠なのは分かる、でももうヴィアンカも冒険者だろ? これからは同じ仲間として兄弟は卒業だ。いいな?」
ヴィアンカの頬が微かに薔薇に染まり‥‥
「うん‥‥キット‥‥」
小さく、だがはっきりとした声で答えるヴィアンカ。くしゃくしゃと頭を撫でるキット。
その姿はまだ兄妹にしか見えなかったけれど、いずれ訪れるかもしれない未来を想像させ冒険者達を微笑ませた。
去り際、リルはヴィアンカに告げる。
「俺達はいつでもヴィアンカのためなら集まるよ。だからお前も寂しい人を見たら一緒に居てやれるような人になれ。人を幸せにできる者こそが、自ら幸せになる権利を持っているんだからな」
「うん! 今回は本当にありがとう」
それぞれの帰路につきながら冒険者達の多くは思っていた。
キャメロットに暗雲が迫りつつあるという。けれど、それを決して本当に近づけはしないと。
あの少女の薔薇の笑顔を護る為に。
「なあ? ヘンルーダ?」
「なあに?」
「誕生日いつだか、聞いてもいいか? 去年は知らなくて何も出来なかったけど、今年は‥‥さ」
「6月の23日、だったかしら? あなたは?」
「‥‥俺は」
そんな会話をする冒険者達の横を、大きな荷物を抱えた遠距離シフール便が通り過ぎていった。
数日後、シャフツベリーの伯父と従兄弟から美しい細工の置物と母親の思い出の記された手紙が届いたと冒険者は、教会の少女ベルと共にやってきたからヴィアンカから聞く。
それがエリンティアと絶狼からのプレゼント。父親の愚痴交じりではあったが嬉しいとヴィアンカは手紙を抱きしめていた。
「男女の仲ってのは難しいねぇ」
そうこぼしたリルにベルは答えず、微笑んでいたという。
「ありがとう。みんな。ありがとう‥‥キット」
夢のような誕生日を過ごし、微笑んだ少女の笑顔は花のようで少し大人びて見えた。