【血の宿命】兄と妹

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月09日〜01月14日

リプレイ公開日:2009年01月16日

●オープニング

 酒場で一人、静かな時を過ごしていたトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)はふと、自分を見つめる視線に気付いて顔を上げた。
 彼女は円卓の騎士に仕える王宮騎士。
 そして彼女の親友でもあった。
「どうしたの? こっちに来なさいよ!」
 躊躇いながら彼女はテーブルに近づくと‥‥
「お願いが、あるんです‥‥」
 静かにそう言った。
 いつも明るい彼女を躊躇わせる『何か』
 それを感じながらもトゥルエノは微笑んで答える。
「頼ってくれて嬉しいわ」
 と‥‥。

 トゥルエノは冒険者ギルドの係員に指差し言った。
「いい! あるところに働き者の女の子がいると思って!」
「依頼を出しに来た‥‥んですよね?」
「だから、その説明をしているの! 話は最後まで聞いてよ!」
 指を戸惑いが顔の係員の額に指し、注意をしてから彼女は話し始めた。
「その女の子は父一人、子一人。ある名家に住み込みで働いていたけど、美人で気立てもいいから皆に好かれていてね。今度その家の一人息子と結婚する事になったの。まあ、玉の輿って程じゃないけど、いい縁談よ。相手とも相思相愛でね」
 結婚の準備も整い、新年の公現祭明けに式を挙げる予定だという。
 めでたい話ではあるが、冒険者の絡む余地があるとは思えないのだが‥‥。
「これから出てくるの!」
 首を捻る係員にトゥルエノは続ける。
「でもね、その一人息子に横恋慕する女がいるわけよ。彼女はその結婚に承服できず、なんとかその結婚を取りやめさせようとしているの。いろいろ手を回したり、ゴロツキを雇ったりしてね‥‥。結婚式までその子の護衛をして欲しいっていうのが今回の依頼なの。手を貸してもらえないかしら‥‥」
「そういうことなら冒険者の領分ですね。解りました。依頼を出しておきましょう」
 係員は話を聞き、普通に依頼を受理してくれた。
「依頼を受けてくれる人がいたら、私のところに来るように伝えて。じゃあ、よろしくね!」
 普段以上に明るいそぶりを見せてトゥルエノはギルドを出る。
 だが、ギルドの扉を閉めてからその表情は一転した。
「冒険者ギルドはいいわよね‥‥。ハーフエルフでも平等に依頼を受けてくれる」
 暗い眼差しで王城を見つめるトゥルエノ。
 さっきの依頼には告げられない、続きがあるのだ‥‥。

「その少女の母親はハーフエルフなんです」
 親友はトゥルエノにそう告げた。
「私の同僚‥‥ハーフエルフの騎士の青年の、少女は妹なのです」
「ちょっと待って。ハーフエルフと人間が兄妹?」
 驚くトゥルエノに親友は頷く。
「彼の母親はロシアで同じハーフエルフの騎士と結婚し、彼をもうけました。ですが、その後事情から故国を離れイギリスに渡り‥‥人間の青年と結婚したのだそうです」 
 彼はロシアで騎士の家の跡取りとなる筈だったが行方知れずとなった母を捜し、イギリスにやってきて、その事実を知ったのだという。
「ハーフエルフと人間が結婚した場合、子供は人間で生まれます。ハーフエルフの子と万が一にも迫害されないように娘は父親と共に母親と離れて暮らす事になりました。けれど娘は結婚にあたり母に花嫁姿を見てもらいたいと思い、母はその姿を一目見たいと願っています。けれど‥‥ハーフエルフの娘と解れば半貴族にも近い名家の事、どんなトラブルになるかも解りません。ひいては結婚取り消しということさえ‥‥。ただ、花婿に恋慕する女がその事を嗅ぎ付け、母親を確保しようとしているとの話もあります。だから」
 結婚式までの間、病弱な母親を隠し、守って欲しい。
 そして‥‥当日冒険者に紛れその母親を結婚式に連れてきて欲しい、それが同僚に頼まれた依頼だと友は言う。
 同僚は今回の件に姿も名前も出せないし、出さない。
 彼の事が知れればさらなるスキャンダルとなる。
「娘や、妹の結婚式にさえ、堂々と出る事ができない‥‥」
 トゥルエノはこの依頼を引き受けた。
「きょうだい‥‥か」
 ハーフエルフが決して逃れる事のできない血の宿命を感じながら‥‥。

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ec0246 トゥルエノ・ラシーロ(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec0502 クローディア・ラシーロ(26歳・♀・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ec0886 クルト・ベッケンバウアー(29歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

○運命の出会い
 知らなければ、出会わなければ良かった。
「本当によろしいのですね? マティアさん‥‥」
 シルヴィア・クロスロード(eb3671)の問いにパーシ・ヴァルの騎士の一人。
 ハーフエルフのマティアは無言で頷いた。
「お願いする。無理を頼んですまない‥‥」
 吐き出す思いを静かに贈り物と共に受け取ってシルヴィアは部屋を後にする。
 そこには一人、涙する騎士の姿があった。

「白のテンプルナイト、クローディア・ラシーロ(ec0502)と申します。どうぞよしなに‥‥」
「俺はマナウス・ドラッケン(ea0021)。よろしくな」
「エリンティア・フューゲル(ea3868)ですぅ〜。結婚式はやっぱりぃ〜、幸せな日で無いといけませんよって、あれぇ〜?」
 依頼を受けた冒険者同士の初顔合わせ。自己紹介。
 その中、なぜか眼を見開くハーフエルフの戦士の前でエリンティアはおーい。と手を振った。
「あ‥‥、ごめんなさい。ぼーっとしちゃって。私は‥‥トゥルエノ・ラシーロ(ec0246)よろしくね」
「ラシーロ?」
 気付いたかのようにハッとしたのはその場ではクリステル・シャルダン(eb3862)のみ。
「珍しいですね。異国で同姓の方とめぐり合うとは。これも何かの縁。よろしくお願いします」
「え‥‥ええ、こちらこそ。よろしくね」
 騎士らしく丁寧な礼を取るクローディアに、トゥルエノは軽く笑みを作って不安を払い手を振った。
「集まってくれてありがとう。でもやる事は多いから手早く行きましょう」
「メインはハーフエルフの母親の護衛と、結婚式会場に連れてくる事、だったね」
 真剣な顔に戻ったトゥルエノにフレイア・ヴォルフ(ea6557)は確認する。
 頷くトゥルエノ。
「そうよ。差別を恐れて結出席に怯える彼女を結婚式会場に連れてくるのが第一。後は横恋慕しているという女に結婚式を壊さないように守るのが第二ね」
「邪魔者については僕らが調べるよ。それに下手な詮索をされない為にも僕らはあんまり花嫁に近寄らない方がいいと思う」
『僕ら』
 クルト・ベッケンバウアー(ec0886)の言葉の意味と視線にトゥルエノは肩を竦めながらも同意する。
「万が一の時はシルヴィアの方も動いてくれると思う。でも、結婚式にケチが付かないようになるべく未然に防ぎましょう」
「シルヴィアさんが協力して下さるなら安心です。彼女は幼馴染。良く知っていますから」
 時間はあまりない。
 それぞれに分担を決め動き始め別れる冒険者達。
 その時トゥルエノは無意識に振り返った。
 視線の先にいた人物は気付かなかったろうけれど。

○月の下の秘密
 夫人は穏やかで優しい目をしていた。
「この度はご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 借りた宿の一室で、息子からの依頼されて来た冒険者達にそう言って静かに彼女は頭を下げる。
「名乗る気はありません。母として姿を現すつもりも。ただ‥‥一目娘の花嫁姿を見たいのです」
「気持ちは解るよ。心配しないで‥‥あたし達を信じておくれ」
 俯く夫人の背中をフレイアは優しく撫でた。暖かい手は心を静かにほぐしていく。
「ありがとう‥‥ございます」
「明日は結婚式だ。まずはゆっくり身体を休める事。いいね?」
 夫人をそう促してからフレイアは部屋の外へ出る。廊下にはマスクで顔を隠したマナウスが立っている。
「どうだって? 向こうの様子は?」
 声を潜めて問うフレイアにマナウスは首を縦に振る。
「ああ、うまく行っているようだ。花嫁の方にも護衛が付いたし、二人もあっちに雇われた。クローディアも明日には合流する手はずだ。あとはこっちが下手を打たなきゃ大丈夫だろう」
「そりゃあ良かった。あのご夫人の狂化条件は月の光を浴びる事、らしいから結婚式の間は大丈夫だと思うよ。夜が彼女を狂わせる。‥‥最初の結婚の破綻の原因はその辺らしいね」
「辛いな‥‥。だが、ハーフエルフであろうと母の子に対する愛情に、違いなんてないさ。ある訳がない。必ず見せてやろう。子が親に贈る最大の贈り物。結婚式を‥‥」
 頷きあう二人はもう明日に迫った結婚式にどう向かうかを話し始めていた。

 淡い桃色のドレスが月光とランプの光に映える。だが
「太陽の下ではきっともっと似合います。綺麗ですよ」
 クリステルは花嫁の支度を手伝いながら心からの思いでそう言った。
「ありがとうございます」
 花嫁は美しく微笑む。まだ数日の付き合いであるがクリステルは彼女の誠実で真面目な性格を好ましく思い、依頼の事を抜きにしても彼女を守りたいと思うようになっていた。
「花婿さんもとても優しい方ですわね」
 忙しくても日に数度、必ず花嫁の元にやって来る花婿。二人が心から愛し合っているのが良く解る。
「彼にはエリンティアさんが付いているので大丈夫ですよ」
「そちらは心配していません。でも‥‥」
 ふと、花嫁が不安そうな表情を浮かべた。側にいるクリステルのみにそれは見せる表情、心である。
「本当に良いのでしょうか? 私があの人の花嫁になって。私は‥‥」
「しっ」
 クリステルは指を一本立てると彼女の口元に立てる。
「焦ってはいけません。無理に事を急ぐことよりゆっくり時を待つ事が大事な時もあります。皆が幸せになる為の秘密なら優しき母もきっとお許しくださいますわ」
「貴女には祝福を願う人が沢山いるんです。私達がここにいるのも、そしてこれもその証です」
「シルヴィアさん」
 静かなノックと共に入ってきたシルヴィアは、髪に虹色のリボンを結ぶ。
 高価なものではない。
 だが、そのリボンが大事なものに思えて花嫁はそっと愛しげに手を触れた。

 夜更け。
「いよいよ明日だな」
 星を見上げ佇むトゥルエノにクルトは声をかける。
「俺達なりのやり方で結婚式を祝福してやろう」
「‥‥そうね。今はそれだけを考えるわ」
 言い聞かせるような言葉の意味を、クルトはその時理解していなかった。
 ただ、彼女の真剣な思いは伝わってくる。
 それで十分だったから。

○鐘の鳴る時。
 教会の鐘が鳴る。
 結婚式の開始を告げる鐘だ。
 外には結婚を祝福する人や野次馬が集まり、ジャグリングなどで祝う芸人もいる。
 間もなく花嫁と花婿の馬車がやってくる。
 その中に、目深にフードを被った女性と、彼女に付き添う女性がいた。
 目立たぬよう、静かに立つ二人。
 けれど彼女らを狙い、注視していた五人の一団は密かに彼女らの手を掴むと
「な、何をするんですか!」
 力任せに引いた。
「いいから来い!!」
 人気の少ない所に引きこみ、そこでフードの女の正体を確認する。そして確かめた後、女を証拠に騒ぎを起して結婚式をぶち壊す、というのが男達の計画であったようだが‥‥。
「やれやれ。人ごみから離れてくれて助かったぜ」
「貴様!」
 いつの間にか彼らの背後にはさっきまでジャグリングをしていた男が、戦士として立っていた。
「結婚式を壊させはしない」
 側についていた女も鋭い目線で男達を射抜いている。
 誘いこんだつもりが誘い込まれた?
「たかが二人だ。やっちまえ!」
 リーダー格の男が声を荒げる。だが
「悪いね。五人なんだ」
「結婚式の邪魔はさせないわ」
 バキ! ボキッ!
 鈍い音と共に二人の仲間が倒れる音がする。振り返れば『仲間』の筈の二人のハーフエルフが武器を構え立っていた。
 自分に向けて。
 一対四。完全な敗北を知っても男はなお抵抗しようとする。女を人質にしてと地面を渾身で蹴り、フードの女性の手首を掴むが、瞬間、身体が縛られたように動けなくなり、やがて目の前が真っ暗になった。
 遠ざかる意識の中彼は
『今が結婚式の場である事に感謝なさい』
 そんな声を聞きフードの下に凛々しい女騎士の姿を見た。

○血の宿命
 式を終え、花と拍手に包まれた夫婦は笑顔で手を振っている。
 それを遠くから眺めるフードの『男性』に
「もっと近くに行かなくていいのかい?」
 フレイアは声をかけた。
「いいのです。私はこれで‥‥本当にもう‥‥」
 涙ぐむ母親の頬をフレイアはハンカチでそっと拭った。
 我が子の花嫁姿を一目、という冒険者は依頼を果たした。
 魔法の指輪で男性に変身している彼女を母親と花嫁も気付かないかもしれないけれど。
「大丈夫ですよぉ〜。いずれきっとまた会えるですぅ〜」
 エリンティアは爛漫に笑う。
「あの人は大体解ってるみたいですからぁ〜」
「えっ?」
 瞬きするクルトにエリンティアはウインクし話す。護衛がてら話をした花婿は良い器量の持ち主だったと。
 花婿は花嫁を秘密ごと受け止め、幸せにしてくれるだろうと。
「幸せへの道は‥‥焦らず、少しずつ‥‥ですよ」
 花嫁の花飾りを友に贈りクリステルは静かに眼を伏せた。
 自分の届かなかった幸せを掴んだ二人の未来に心から‥‥自分の分まで幸あれと。

「人の心は理屈じゃない。解っていても心がいう事を効かない事は良くあるわ。でも解ってるでしょ? 彼の心は手に入らない。忘れろなんて無理かもしれないけど‥‥貴女も幸せ見つけなさい」
 捕まえたゴロツキを転がし、首謀者の娘にそう言って家を出てきたトゥルエノは、だがその時本当は自分こそその言葉を噛み締めていた。親友の証言に隠された真実と共に。
『クローディアの父君ですか? 確か‥‥』
 エルフの母は言っていた。トゥルエノの父は旅の騎士。故郷に地位を持つ神聖騎士であると。
 友から聞いた彼女の父の名が確かであるのなら
「間違いない。あの子は私の妹だわ」 
 トゥルエノはそう確信していた。
 だが‥‥名乗れはしない。
「‥‥母も、身分も違うごろつき同然のハーフエルフが姉だなんて‥‥」
 彼女の心と未来に傷をつけるかもしれない。そう考えれば恐ろしくて。
 トゥルエノの視線の先には依頼の成功を仲間と微笑みあうクローディアがいる。
「マティア‥‥。教えて、どうしたらいいの?」
 結婚式と言う祝福の光の中、トゥルエノは誰も答えられない闇の中。
 問いを抱えたまま一人、立ち尽くしていた。