見つめる男

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 75 C

参加人数:3人

サポート参加人数:1人

冒険期間:02月01日〜02月09日

リプレイ公開日:2009年02月08日

●オープニング

 海は荒れ、闇は蠢く。
『まだだ。まだまだ、これからだ‥‥』
 イギリスのみならず全世界に広がりつつある瘴気を感じたのか『彼』は空を見上げ呟いた。
『待っているがいい。お楽しみはこれからだ。‥‥お前の大事な者達も迎えてやろう。闇の賓客としてな』
 『彼』はそう言って楽しげに笑う。
 暗闇の奥の何かに向かって‥‥。

 新年が明け、公現祭が終われば冬の休みも完全に終わる。
 けれど、王宮に、冒険者に、そして北海に休みなどは実は無かった。
「北の海が再び荒れ始めています。デビルがまた多く、目撃されるようになってきたのです」
 王城からの使者が係員に伝えるのと、ほぼ時同じくして、北海からはまたデビル襲来による退治や、調査の依頼が多く舞い込んできていた。
「これらの依頼に参加される方々に、依頼を追加したいと言うのが我が主の仰せです」
 若い騎士は依頼書を差し出しながら告げる。
 依頼主はパーシ・ヴァル。
 依頼内容は先の時と同じ『船長』の捜索である。
「ご存知の方も多いことですので、もう隠しませんが今回の北海でのデビル騒動の影に常に一人の『人間』の姿があると言われています。その人物は『船長』と呼ばれている初老の男性。円卓の騎士パーシ・ヴァル様にとってかの方は身内同然なのだそうです」
 その人物はデビルの出現や陰謀の表裏に常に存在し、人々を苦しめているという。自らをデビル。『海の王』であると名乗って‥‥。
「『船長』を発見した場合、可能な限り確保して欲しい。それが難しければ何らかの情報を。それがパーシ様からの依頼です」
 デビルを指揮する者。
 その正体が人であれ、デビルであれ発見し、会話し、可能であれば捕らえれば解る事がある筈だ。
「現在、パーシ様は城を動く事が叶いません。ですが、表に出さずとも家族を心配なさっているお気持ちはお持ちの筈。どうか、よろしくお願いします‥‥」
 頭を下げた騎士の背後に見えた思いを係員は差し出された報酬と依頼書と共に受け取った。

 ある日、その海辺の村に一隻の船が流れ着いた。
 正確には船だったもの、であるが。
 その船はモンスターに襲われたらしく、帆柱が折れ、船首は崩れ、所々に穴が開き酷い有様だった。
 船に生存者は無く、ただ、いくらかの積荷とメルドンの貿易船であることを書き記した航海日誌のみが残されていた。
 村人達は積荷をメルドンに送り、船は焼き、おそらく海に消えたであろう船乗り達の冥福を心から祈ったという。

 それから数日後の事であった。
 一人の初老の男性が、その村に訪れたのは。
 彼は無言で村人の事を見ると、フンと鼻を鳴らし村を後にした。
 と、言っても村を完全に後にしたわけではない。
 海辺にテントを張り、そこに住み着いたのだ。
「この真冬に、あんな所でテント住まいなんて自殺するようなものだ!」
 村人達は男を心配し、止めるようにと声をかけた。
 だが男は
「うるさい!」
 そう声を張り上げると
「グラン! クルガ! ガイン!こいつらを黙らせろ!」
 テントの後ろに向かって声を上げた。
 名前に答えるように飛び出してきたのは
「わっ!」
 大きな犬だった。それも数匹‥‥。
 人々を追い払うかのように唸りをあげる犬達を前に人々は逃げ出すしかなく、以後彼に近づくさえできなくなったという。
 人を拒み、海を見つめ、何かを探すような男。彼を見て
「あいつは一体何者なんだ? 何の為にあんな所に?」
「まさか、噂の男じゃ‥‥」
 そんな噂が不安と共に広まるのは直ぐであった。

 メルドン近くの村からの依頼は『男を、村から追い出す事』であるそうだ。
 だが、男は実際には人々に危害を加えてはおらず、表立った迷惑をかけているわけでもない。
 力ずくで追い出していいものだろうか‥‥。
 考えた末に係員はその依頼を若手の冒険者たちに任せることにした。
 固く閉ざされているであろうその男の心に冒険者達が光を灯してくれる事を信じて‥‥。

●今回の参加者

 ea6382 イェーガー・ラタイン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ec0538 オルガ・バラバノフ(20歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

藤枝 育(ec4328

●リプレイ本文

○心の鏡
 空から見える海は、空の色と同じ、いやそれ以上に深い蒼。
「海の色というのは本当は空の色を映しているそうですよ。だから、空が暗い時は暗く、蒼い時はどこまでも蒼く見える、とか‥‥」
 天馬と並んで飛ぶ友ワケギ・ハルハラ(ea9957)の言葉に
「そうですね」
 イェーガー・ラタイン(ea6382)は頷いた。
 海は人や、風や時、思い。いろいろなものを映し出す鏡のようなものなのかもしれない。
「ならば、その男性の前で海は何を映しているのでしょうか?」
 イェーガーの背後、同じものを見つめながらオルガ・バラバノフ(ec0538)も呟く。
 それはまだ、冒険者達には解らない。
 けれど
「解ろうとする事はできます。解りあおうとする事もできます」
 思いは通じるとワケギは信じていたのだ。
 この事件。
 怪しい人物がいる。ひょっとしたら噂のデビル『船長』ではないか。という懸念からギルドに回されて来たのだが、多くの冒険者達は話を聞いた時から件の人物が、『船長』である、という疑いは完全に消していた。
 外見も違うし、年恰好も違う。そして何より犬を連れている。
『船長』では在り得なかった。
 だが、彼は何か目的を持ってその場所にいる。逆に言えば目的を果たせば彼はその地から離れることだろう。
「イェーガーさん、オルガさん、では予定通りに。そちらはお任せします」
 ワケギはそう言って自分が跨っていた空飛ぶ箒の柄に力を入れる。
「解りました。どうぞお気をつけて」
「後ほど、村でお待ちしています」
 ワケギは二人から離れ、目的地からも遠ざかっていく。
 だが、それを見送る二人には心配の眼差しは無い。
「手がかりが見つかるといいですね」
「私達も急ぎましょう」
 そして二人が向かうのも、まずは目的地から程近い村。
 目的を果たすよりも先に、彼らにはすると決めた事があったのである。

○願いと奇跡
 その家に訪れた来客を出迎えるのは
「帰れ! ワシに構うな!」
「ワッ?」
 怒声にも似た声と、水。犬達の威嚇であった。
 オルガはひょいと身をかわし水を避ける。
 ハーフエルフとしての迫害は慣れているが、これはその手のものとは質が違う。
 完全な拒否。人を信じない眼差し。だが‥‥
「別に私達、怪しいものではないですよ。ただ‥‥」
「煩い! お前達、そいつを追い払え!」
 犬達に命令し、逃げるようにオルガに背を向けるその老人に、オルガは否定的な気持ちを持つ事ができなかった。
「なんでしょうね? あの悲しそうな瞳は‥‥、君達なら知ってるかな?」
『‥‥』
 膝を折り、犬達と目線を合わせる少女に、犬達は吠え掛かる事はなぜか無かった。
 それはきっと、話しかけたものと話しかけられたもの。
 どちらも胸に、同じ思いを抱いていたからである。

「あの男性は何かを探しているようでもあります。何を捜しているか話してくれれば力にもなれるのですが‥‥」
 村人達はそう言って小さく溜息をついた。
 始めは不審な人物に不安な気持ちを持ってもいたが、冒険者に説明されるまでも無く彼らもあの老人が『船長』では無い事はなんとなく解っていた。
 日毎、夜毎、海辺を歩き岩場の一つ一つまで覗くようにして彼は歩いている。
 犬達も何かの匂いを追っているようで‥‥、それが何かを探している仕草だと彼らにも解ったのだ。
 そして、その眼差しにも覚えがあった‥‥。
「あの方はきっと、難破した船の遺族だと思うのです。ご本人は船乗りではないでしょう。でもきっと家族が‥‥」
 それがおそらく真相であろうとイェーガーも頷く。
 待っていた家族の死亡を告げる連絡が届く。
 けれども遺体は無く、遺品も無い。
 死を信じられず、海を彷徨う‥‥。
「悲しい‥‥ことですね」
 手を握り締め、イェーガーは顔を上げた。
 そして村長、村人、全ての人たちに頭を下げる。
「力で追い出すのは最終手段にしたいと、僕達は考えています。どうか‥‥もう少し待って頂けませんか?」
 誠実なイェーガーの願いに首を振る者はいなかった。それどころか逆に
「これは‥‥?」
 イェーガーは村の長から、ある一つの包みを受け取ったのだ。
「最近、海辺に打ち上げられていたものです。難破した船の遺留品の一つでしょう」
 幾重にも羊皮紙で包まれた銀の十字架が結ばれた包み。
 冒険者の誠実で手にしたそれが後に小さな奇跡を起す事を今の彼は知らない。
 けれど、水にずっと包まれていたそれは、彼の手の中で不思議なぬくもりを感じさせていた。

○届いた思い
 今日も一日、海辺を歩き、だが何の手がかりも得られず日が暮れる。
「くっ‥‥。やはり、諦めるしかないのか‥‥」
 吐き出すような呟きと共にテーブルを叩く男の心と身体はもう限界に近づいてきていた。
「あの子の生きた証しは‥‥もう‥‥」
 くう〜ん、きゅう〜ん。
 心配そうに擦り寄る犬達。だが、その瞬間。
 男も、そして犬達も動きを止め目を見張り、耳を欹てた。
 彼らの耳に届いたのは調べ。竪琴の音色だった。
 それは名手のものではない。だが、今まで海の音、風の音しか聞いてこなかった彼らにはまるで、天上からの音楽に聞こえた‥‥。
「なんだ?」
 驚く彼らに、今度は歌が聞こえてきた。
『教えて下さい 貴方がここにいる訳を〜
 教えて下さい けして動かぬその訳を〜』
 不思議な、呼びかけに男は外に飛び出した。犬達も後を追う。
 小屋の前には落ち行く夕日と、海を背に歌う魔法使いが立っていた。
 横で竪琴を鳴らすのは吟遊詩人の少女。
 彼らを守るように側に戦士が立っているが、剣は鞘に入ったまま足元に置かれている。
「お前達は一体!」
 荒げかけた声は止まる。
『貴方にとり大事な方を
 待っているのですか?
 帰って来る筈の
 船を探してるのですか?』
 歌う魔法使いワケギの声があまりにも優しく、柔らかく心にしみこんで来たから‥‥。
(「貴方の気持ちが解る‥‥。力になりたい‥‥」)
 メロディーの魔法歌に込められた願いと共に、冒険者達の優しさも彼の心には確かに伝わってくる。
『海に問いかけて
 答えてくれるのですか?
 教えて下さい‥‥
 答えて下さい‥‥
 私達は貴方を、助けたい‥‥』
 それでも耳を押さえ、首を振る男は彼が縋る唯一の、家族にそう命じた。
「煩い、うるさい、うるさーい! グラン! クルガ! ガイン! こいつらを黙らせろ!」
 だが
 くう〜〜ん。
 犬達はまるで、首を横に振るように動かすと、主の命には従わずその真っ直ぐな目で、逆に彼を見ている。
 その瞳の澄み切った輝きはワケギや側でこちらを見る冒険者と同じ色をしていて‥‥
「くそっ、く‥‥‥‥」
 やがて彼は膝を折って泣きじゃくった。
 それは、彼自身が今まで、他者の優しさを拒むことによって保ってきた強さが、思いが折れた瞬間であった。
 冒険者はそれを黙って静かに見つめていた。

 冒険者の調べでも解っていた事だが男性は、やはり先に難破した船の乗員の家族であった。
「あれは、私の一人息子だった。安定した生活の為ノルマンで織物などを学んで‥‥修行を終え、帰ってきて村で我々と一緒に暮らす筈だったのだ」
 だが、その帰還の船が魔物に襲われ沈没した。
 貿易船に乗客がいたなど思いもしなかったのだろう。
 その職人の家族の所に死亡の連絡は最後まで届かなかったのだ。
 息子が戻らない事を心配した父はメルドンに捜しにいき、難破の事実を知る。
 だが、遺体も遺品も見つからない状況で、同じように憔悴しきって息子を心配する妻を納得させる事はできない。だからせめて何か手がかりをと、彼はここにやってきたのだ。
「恋人も、子供も無く息子は死んでいった。何の生きた証しも残さず死ぬなど‥‥あまりにも哀れすぎる‥‥」
 泣きじゃくる男に息子が育てていたという犬達は心配そうに寄り添う。
「貴方のお気持ちは解ります。ですが一つだけ云える事は、貴方がここに居続けたとしても、何も変わらないと思います。奥様も貴方を待っている筈。どうか‥‥」
 ワケギの言葉に男は答えない。彼とて解っているのだ。だが‥‥。
 ふとイェーガーはあることを思い出した。
 そんな奇跡があるわけはない。だが‥‥もしかしたら。
「これを、見て頂けますか?」
 イェーガーは一つの包みを男の前に差し出した。
 男はゆっくりとそれに触れ、やがて十字架を見ると手を驚くほどに早め、封を開いた。
 そして‥‥抱きしめる。
「アントン‥‥」
 それは見事な織物のタピスリーだった。父と母と、彼、そして犬達が笑い合う一幅の絵画。
 それは、家族の為に一人の職人が心を込めて作った生きた証。
「亡くなった息子さんも戻ってくる訳ではありませんし、貴方がここに留まる事で、貴方も亡くなった彼らも前に進む事ができなくなります。それを彼は望んでいないと思います」
 息子の形見を抱きしめた男性の涙と思い。
 そして、息子から家族へのメッセージを冒険者達は見届けたのだった。
 
○誓いの海
 冒険者達は、男性が数日を過ごした小屋から海を見つめていた。
 彼は息子の形見を持って犬達と共に故郷に帰った。
 残っているのは冒険者と、イェーガーの手に握られた十字架だけである。
 海は、冒険者達が来た時と同じように蒼く美しい。
 けど、これは冒険者が美しいと感じているからだろう。
 同じ海を見ていた老人は、きっと帰る瞬間まで美しいと思えなかったであろうから。
 彼は前に進んだ。進む事ができた。
 だが、それを為したのは冒険者の行動ではない。小さな奇跡である。
 ならば、自分達ができるのは何だろう。
「この海の平和を取り戻す事でしょうか? 一刻も早く」
 イェーガーの言葉にワケギもオルガも頷く。
 再び海で、命を失うものが無いように。
 悲しい目で海を見つめる者が出ないように‥‥。
 十字架と、海に彼らは誓っていた。

 その後、村人は海辺に鎮魂の石碑を建てた。
 亡くなった船員達と、一人の職人の為に‥‥。