届かなかったバレンタイン
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月24日〜03月01日
リプレイ公開日:2009年03月02日
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●オープニング
厳重に内側から鍵のかけられた部屋。
「ミリカ。いい加減に出ておいで! いつまでも部屋に篭っていても仕方ないだろう?」
父は何度目か解らないほどの回数、その扉を叩いた。
でも娘の返事は変わらない。
「イヤ! もう誰の顔も見たくないの。放って置いて! でないと私、死ぬからね!」
小さく開いた扉から魔法の暴風が放たれ、父親を階段下まで吹き飛ばす。
「うわっ!」
父親の落下と同時に扉は閉められ、もう開くことは無い。
全てを拒絶し、部屋に閉じこもる娘に、どうしたらいいか解らないと彼は深く、深く溜息をついたのだった。
「ミリカは本当に気立てのいい、優しい娘だったんです」
依頼人であるその男性は、涙ながらにそう言った。
「いわゆる美人ではないかもしれないけれど、笑顔が愛らしくて、歌声も可愛らしくて‥‥それなのに、それなのに‥‥」
声を詰まらせた男性を慰めるように、係員は優しく問いかける。
「そのお嬢さんは、いつお亡くなりになられたのですか?」
だが、その男性ははっ? という顔で瞬きし‥‥答えた。
「いえ、生きてますが‥‥」
がくっ。
思わずコケかけたのを表には出さなかったのは流石にプロである。
しかし、目の前の男性を見ながら係員は思う。
涙ながらに娘の事を過去形で語る男性が冒険者ギルドにやってきた。
てっきり故人の娘の敵討ちとか、そういう依頼かと思ったのだが、では彼は何を求めてここにやってきたのだろう。‥‥と。
その疑問を口にするより前に男性は、依頼書を差し出す。
依頼内容は‥‥娘を部屋の外に出す事?
「私の娘は、一人の男性に恋をしておりました。ですが彼には恋人がいて‥‥、バレンタインの頃、相手に思いを伝えたのですが‥‥早い話、振られてしまったのです」
娘を振った男性を怨んでいるわけではない、と彼は言う。
「元々、娘が一方的に憧れていただけで、恋人との交際も長く、娘の出る幕は元々無かったのです」
ただ、それ以降、娘は家に閉じこもってしまった。
一日の大半を部屋で過ごし、部屋を出る時も、食事など最低限の用事の為だけで‥‥。
「妻に先立たれてから男手一人で育てて来たのですが、やはり至らなかったのでしょう。このままでは病気になってしまいます」
「でも、娘さんでしょう? 多少強引に連れ出すとかはできないんですか?」
「実は‥‥」
ここに至り男性は、やっと冒険者ギルドに依頼を出した本当の理由を告げる。
「娘は魔法を使うのです。才能があると子供の頃から手ほどきされ、今では地の魔法と風の魔法をかなり扱えます。なので‥‥」
ああ、と係員は納得する。
魔法使い、特に地魔法使いに篭られては、一般人が簡単に手出しはできまい。
「お願いです。娘を部屋から連れ出して下さい。そして‥‥なんとか励ましてやっては貰えないでしょうか?」
始まりはありふれた恋の終わり。
冒険者のみならず、多くの人が一度は体験する事である。
ただ、彼女はそこから逃げ出す術を持っていた。
自分の居心地のいい場所に篭り、嘆く事ができた。
その行為を否定する事はできない。
だが、彼女には知ってもらわなければならない。
いつまでも部屋の中にいては何も変わらないのだ、ということを。
その為の第一歩を、冒険者は手助けする事ができるだろうか‥‥。
●リプレイ本文
●心の扉
その青年は誠実な商売をする、商人の息子だった。
父の商いをその誠実さごと受け継いだ彼は顧客ごと受け継ぎ、商売を広げた。
そして、今度六月に幼馴染のパン屋の娘と結婚するという。
誰からも祝福される恋人同士である。
「お幸せそうですね」
パン屋で小さな買い物をしたワケギ・ハルハラ(ea9957)は応対をしてくれた娘にそう笑いかけた。
丁度、用事で来ていた婚約者との間を言われたのだと気がついて、彼女は顔を赤らめると
「‥‥ありがとうございます」
と本当に嬉しそうに頷いたのだった。
「彼女を必ず幸せにするつもりです」
堂々と言う婚約者の青年にそうですか、と頷いて店を出たワケギ。
彼は焼きたてのパンを割りながら呟いた。
「どうやら、本当に割り込む幕は無いようですね」
湯気が上がるパンからは幸せの香りがした。
「だーっ! お父さん、ちょっと情けなさすぎ。あと、甘やかせすぎ! 父親なんだから、もう少しビシッといかないと!」
「はい‥‥申し訳ありません」
自分の娘のようなディーネ・ノート(ea1542)にミリカの父はしゅん、と頭を下げた。
娘と冒険者にかかれば、男手と仕立ての腕で娘を育ててきた服飾商人も形無しである。
「まあまあ。状況が状況、情けない親というのも酷だよ。出来る限りの事はしてあげよう」
宥める伏見鎮葉(ec5421)にそうだね。とディーネは素直に頷き引いた。
元より彼女とで娘を心配する父親を責めるつもりなどは無いのだ。
「この食器類は片付けてもいいかな?」
「皿も壊れるといけませんから箱に入れて‥‥あっ!」
ガシン! 手を滑らせたのであろう。木の皿の一つが床に音を立てて落ちた。
「すみません。壊れて‥‥ないですよね?」
おろおろと慌てるシルヴィア・クロスロード(eb3671)に皿を拾ったルザリア・レイバーン(ec1621)は大丈夫、と微笑む。ホッとした顔のシルヴィア。ミリカが皿や食器を壊さないように片付けているのに自分が壊しては意味が無い。
「で、確かにミリカさんは、食事にはここに降りてくるんだよね?」
確認するディーネにミリカの父は、はい、と答える。
「最初の頃は部屋の前に食事を入れた籠を置いておいたこともあるのですが、最近は食事などの時には部屋から出てきてくれるようになったので」
「上等。親父さん。暫くは食事の差し入れは禁止だ。私達に任せておくれだね?」
「はい‥‥ですが‥‥」
鎮葉の言葉に俯く父親。娘可愛さ半分。冒険者に事態を押し付けた後ろめたさ半分、といった顔の彼ににシルヴィアは皿を置くと静かに微笑みかけた。
「私達を信じてください。必ずミリカさんの心の扉を開いてみせますから」
同情でも義務でもない。シルヴィアの暖かい笑みに彼は
「お願いします」
冒険者に深く頭を下げた。
心からの感謝を込めて。
●拒絶の彼方
正直、ここ数日というものミリカは苛立っていた。
第一には空腹。彼女は丸一日殆ど何も口にしてはいない。
部屋の中に僅かに残されていた菓子や飲み物ももう底をついている。
いつもだったら部屋の外に食べ物をおいてくれる筈なのに、それもない。
ミリカには理由が解っていた。
それが彼女を苛立たせている、そして部屋から足を踏み出せないもう一つの理由でもあったからだ。
「! また聞こえる。‥‥冒険者ね?」
歌は直ぐに消えて下に降りていった。顔を顰めたままミリカは爪を噛む。
「お父さんは私のことを冒険者に投げたのね。このまま空腹になれば私が諦めて部屋を出る。その時に捕まえて貰おうとしているんだわ」
思惑通り彼女の空腹も渇きももう限界であった。
「いいわ。冒険者なんか怖くないもの。蹴散らしてやるわ。あのイライラする歌ごと。私の気持ちは、誰にも解らない‥‥」
足元の羊皮紙を踏んで‥‥彼女は扉を開けた。
「今のは! ‥‥うわあっ!」
途端、シルヴィアは膝を付いた。黒い帯に足元を取られたかのような感覚に彼女は、魔法の力を感じ
「来ました!」
振り返り部屋の中に向けて声を上げた。
中に待機していた冒険者達は身構える。
無論、彼らもシルヴィアが言うまでも無く魔法の発動と、術者の接近に気付いていた。
挨拶なしの魔法攻撃。
ミリカの心理を現すそれを知りながら、けれども台所に現れ、足を踏み入れたミリカに向けた冒険者の最初の動きは攻撃、ではなかった。
「やっほー。はじめまして〜♪」
「えっ?」
朗らかに片手を上げるディーネ。その笑顔に明らかに意表が疲れたようなミリカの一瞬の隙をついてシルヴィアとルザリアが退路となる台所の入口を封鎖する。
「しまった!」
もう一度、と魔法を発動させるミリカ。
薄緑の光が彼女を取り囲んだ。
「なんです?」
一瞥して変わったところ無いようなミリカにシルヴィアは瞬きするが、ディーネの眼差しは笑顔を絶やさず、だが真剣みを増してミリカを見つめていた。
「バキュームフィールド、風の檻で引き篭ったね」
「やれやれ。根競べかな。魔力が切れるか腹が減るか、それとも私達が倒れるかの」
くすと笑う鎮葉に
「倒れません。絶対に!」
シルヴィアが手を握り締めた。そんな彼女を見てディーネはある決意を決めたように前を向いた。
そしてルザリアと視線を一度だけ合わせて頷きあうと二人、一気に前に走り出たのだ。
「やめて! 近寄らないで!」
身体を鈍く縛るような目に見えない鎖。揺れる地震。そして黒い衝撃波。
冒険者に向けて精一杯の拒絶が襲い掛かる。
それでもディーネは、冒険者達もミリカに魔法を、剣を向けようとはしなかった。
幾度も立ち上がり、ミリカの方を見つめている。
「なんで? どうして?」
狼狽するミリカの前にはもうディーネが立っていた。頬や顔に細かい傷がいくつも付いている。
それでも、彼女はミリカから目をそらさない。
後一歩近づけば手が触れる。ミリカは逃げようとする。けれど‥‥彼女の足は動かなかった。
『〜同じ立場の方がいて
貴女の気持ちが解るから〜
どうか聞いて、僕らの思い〜♪
優しい君に〜思いを込めて〜』
聞こえてくる調べと、幾度魔法を放っても立ち上がる冒険者。
そしてディーネの笑顔と差し出された手がそうさせたのだ。
「ねえ。いっしょに美味しいものたべよ?」
真っ直ぐに自分に向けられた久しぶりの笑顔、そして自分を抱きしめる手に、ミリカは息を深く吐き出し魔法を解き放つと‥‥
「えっ? あの? なに?」
泣き始めたのだった。ディーネの腕の中で‥‥。
●優しい思い
窓は壊れ、壁に穴も開いていたりする台所。
けれどお茶を入れる道具や皿は避難させて置いたので無事だった。
「お口に合うと良いのだが‥‥」
ルザリアが入れたハーブティをシルヴィアは、そっとミリカの前にケーキと一緒に差し出す。
「疲れたときには甘いものが一番ですよ。心の疲れにも効果的です」
「少しはすっきりした? じゃあ、後は思いっきり私達にぶちまけちゃいなさい。溜まってた自分の気持ちをね。胸に痞えてるモノを聞く事はできるから。どーんと来いよ♪」
ウインクするディーネの明るい笑顔に、くすっ。
ミリカは小さく微笑んだ。そしてその明るさにつられて自分の思いを、静かに、だが少しずつ語り始めていた。
時折涙を見せながらも、微笑む事ができるようになったミリカを見て鎮葉も小さく笑う。それは安堵の笑みだった。
彼女は最初に自分達に攻撃した時には見えなかった瞳の色をしている。
「解ります。私も好きな人に振られたことがありますから‥‥」
おそらく手紙を受け取ったときには社交辞令にしか思えなかったであろうシルヴィアの言葉が、今の彼女にはちゃんと届いているようだし
「ミリカさん。貴方は優しい人ですよ。彼を力ずくで奪わなかったのは、ミリカさんが彼を本当に愛していて、彼の幸せを願ったからでしょうか? きっと新しい恋が見つかります」
ワケギの言葉も受け止めているようだ。自分を優しいと言われて否定できるという事は元はちゃんとした思考のできる女性なのだろう。
そして何より
「まあ、私が言える事は、相手に思いを伝えた勇気だけは忘れないで、って事で。絶対にしっかりと受け止めてくれる人がちゃんと現れるわよ。ね?」
傷だらけの顔のまま、笑いかけるディーネに
「ごめんなさい」
と彼女は謝った。
だから鎮葉は何も言わなかった。
多分頭を撫でたルザリアも同じ気持ちだろう。
彼女はもう大丈夫だ、きっと立ち直れる。と。
全てを吐き出して、甘いものを食べて、心と身体を温めればきっと、明日には新しい笑顔で笑える筈だ。と‥‥。
●愛されていた娘
「わ! これもらっていいの?」
白いドレスを着たディーネはくるんと一回転してからミリカの父に問う。
掃除の着替えにしては随分と豪華すぎる。
「はい。娘を救って頂いたそのせめてものお礼です」
ミリカの魔法と冒険者との戦闘で壊れた台所の掃除と、片付けの後汚れた服の着替えにと冒険者達はドレスをそれぞれ貰ったのだった。ワケギがもらったのは美しい帯であったが、冒険者にとっての一番の報酬はきっとこれではなかったと思われる。
「‥‥ほら。約束したろう?」
それを証明するのは鎮葉に促され
「お父さん!」
そう呼んだミリカである。
「ミリカ‥‥」
「心配を‥‥かけてゴメンなさい」
自らの非を認め、頭を下げた娘。そして
「いいんだよ‥‥もう‥‥」
娘を抱きしめる父親。父の胸に顔を埋める娘。
その光景が何よりもかけがえの無いものと冒険者達はちゃんと知っていたから。
その後、ミリカは魔法の才能をさらに伸ばすため、ケンブリッジに旅立ったという。
愛した人の結婚式を、笑顔と拍手で祝福してから‥‥。
花嫁から投げられたブーケと
『辛い事もあるけれど素敵なものも沢山もらった筈です。
そんな素敵な想いまで、どうかなかった事にはしないで下さい 』
そう励ました冒険者の心を持って‥‥。