【黙示録】北海の決戦

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:13 G 57 C

参加人数:10人

サポート参加人数:4人

冒険期間:02月28日〜03月10日

リプレイ公開日:2009年03月09日

●オープニング

『そろそろ潮時か‥‥』
 かつて『船長』と呼ばれた人物はそう言って楽しげに笑った。
『本来なら、もう少し奴らを苦しめ、悩ませたかったのだが‥‥あやつのせいで‥‥』
 愚かな部下の失態に小さく苦笑し、だがまあいい、と余裕の笑みを浮かべると彼は振り返った。
 足元に跪くデビル達は並ではない力をその身から漂わせている。
 さらにその後方には、無数のインプやグレムリンなど下級のデビル達も集う。
『こちらの用意は整った。招待客を招くとしよう。いよいよだ‥‥。楽しみだ。なあ? 『船長』よ』
『彼』は氷柱とその中の人物に笑いかけると振り返り、デビル達に告げた。
『いよいよ、時が来た! 目的のものを我らの元へ!』
 地響きのような唸りは空間を支配し‥‥海を、時をうねらせる。
 それは‥‥メルドンを超え‥‥やがてキャメロットへと‥‥。

 王城に集った円卓の騎士達は差し出された一枚の羊皮紙に息を呑んだ。
「これは‥‥まさか‥‥パーシ殿」
 トリスタンの言葉の続きを理解し、パーシは頷く。
『円卓の騎士 パーシ・ヴァル
 汝が家族、オレルドを返して欲しくば、指定の時、指定の場所に来るべし。
 さもなくばオレルドの命は無い‥‥。海の王』
 それは、血で書かれた招待状。いや‥‥挑戦状であった。 
「昨夜王城に接近したデビルを倒した。そいつが持っていたものだ。差出人はおそらく‥‥」
「海の王‥‥リヴァイアサン‥‥」
 静かに告げたライオネルの言葉にパーシは無言で頷く。
 指定の場所はメルドンの先、数十kmの海のど真ん中である。
 そして海の調査を続けていたライオネルの元にはその場所を目指すかのようにデビルが集まっている、との報告も寄せられていた。
「間違いなく、これは罠だ。パーシ卿をおびき寄せる為の」
「おそらく」
 頷いたパーシは思い返すように目を閉じる。
 北海で起きた数々の事件。その結果を‥‥
「冒険者の調査と証言により、オレルド船長がデビルである、という疑義は消えた。貴公への追求もじき止むと思うが‥‥危険だな」
 トリスタンの言葉にああ、とパーシは頷き腕を組む。。
「船長がデビルに捕らえられ利用されているという事実に変わりはない。彼の命と多くの人々の命。秤にかけるまでも無いと思っていたのだが」
「パーシ卿!」
 ライオネルの責めにも似た呼びかけをスッと、ボールスは手で遮る。
「思っていた。それは過去形です。‥‥そうですね」
 そして、小さな微笑を浮かべ、真っ直ぐに彼はパーシを見た。
 その目にパーシもまた真っ直ぐな思いと眼差しで答える。決意の込められた微笑と共に‥‥。
「ああ。ある意味、これはチャンスといえる。俺に来いと言うのであればその場に必ず『奴』が現れる筈だ。その時を見逃さずリヴァイアサンを討つ!」
 おお! 手を握り締め意気上がるライオネル。
 トリスタン、ボールスの口元も綻んでいる。
「この国から海の脅威を取り除くチャンスだな」
 騎士としてこの国に剣を捧げた騎士に怯え惑いがあろう筈もないのだから。
「元より、一人で来いとは書いていないし指定の場所に辿り着く為には船が必要だ。力を貸してはもらえないだろうか?」
 円卓の騎士達の返事は一つであった。
 
 そうして冒険者ギルドに依頼が出される。
 先の幽霊船団との戦いとは比較にならない、イギリス王国とデビルとの大海戦が今、始まろうとしていた‥‥。 

「決戦だ。そう思ってくれていい」
 パーシ・ヴァルの言葉に係員も背筋が伸びる思いだった。
 銀の鎧に聖者の槍、真紅のマント。
 円卓の騎士パーシ・ヴァルの依頼。
 それは北海の海に集まるデビルとの一大決戦を告げていた。
「先の幽霊船退治と似ているが規模は比較にならない。メルドンの海の上には現在三桁を優に超えるデビルが終結しつつある。そして我らはその最奥にいる最強の敵と対峙しなくれはならないのだ」
 リヴァイアサンからの挑戦状。
『船長』を返して欲しければパーシに指定の場所に来いと呼ぶ、その挑戦状の存在はもうギルドの係員にも、冒険者にも届いている。
 指定場所はメルドン程近くの海域。
 数百のデビルの集まるど真ん中である。
「船で無いといけない場所である為、ライオネルが船を出す。船の護衛としてボールスがついてくれることになっているし、トリスタン卿もデビル掃討に力を貸してくれることになっている」
「トリスタン卿に、ボールス卿、ライオネル卿‥‥円卓の騎士がこれほど出撃とは‥‥」
 まさに決戦、一大海戦と呼ぶにそれは相応しい戦いになるだろう。
 厳しい、戦いにもなるだろうが‥‥。
「俺達の役目はリヴィアサンの元に辿り着き、これを倒す事。船長の救出は考えなくてもいい」
「パーシ様、まさか船長を見捨てるおつもりですか?」
「いざとなれば、そういう事もあるだろう。だが、そうならないように手はうってある。そもそも、デビルが約束をしたからと言って、それを素直に守るはずは無いのだ。
 だから我々の役目は悪魔の甘言に乗る事無く、デビルを‥‥リヴァイアサンを倒す事。それだけだ」
 指定日は10日後。
 それまで、どんなデビルが集まっているかは調べられても、敵がどんな状況でどれほど待ち受けているかは知る術は無い。
「敵の罠の中に入り、敵を倒そうというのだ。当然一番危険であるし、命の保証は無い。だが、俺は死ぬつもりは無い。自らの命と引き換えにしてもデビルを倒すなんて事はこれっぽっちも考えてはいない」
 強い、それは何にも躊躇わない、決意の眼差しだった。
「イギリスの海を守る命がけの戦いになる。けれどデビルを倒し、命を捨てず必ず生きて帰る。その強い意志と覚悟を持つ者の同行を願っている」
 それは、決戦の始まり。
 イギリスの北海を揺るがしていた海の悪魔との、イギリスの命運をかけた大決戦が今、正に始まろうとしていた。 

●今回の参加者

 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 ec0129 アンドリー・フィルス(39歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

アリオス・エルスリード(ea0439)/ レイル・セレイン(ea9938)/ セイル・ファースト(eb8642)/ アイン・アルシュタイト(ec0123

●リプレイ本文

●用意された戦場
『木を隠すなら森の中』
 という言葉がある。
 何かを隠そうとするのであれば、同じものが沢山ある所が一番目立たない、という例えである。
 と、同時にさらにこう続ける者もいる。
『森が無ければ作ればいい』
 北海の依頼に参加した冒険者達は後に、その言葉をデビルの狡猾さと共に噛み締める事になる。
 あの日、あの時起きた事と共に‥‥。

 北海の決戦に向けてパーシと共に旅立った冒険者達は指定された日の数日前に、メルドンに到着していた。
「お待ちしていました。パーシ卿。来てくれた事に感謝する。冒険者」
 礼を取る騎士はライオネル・ド・ガニスという。
 冒険者の何人かは見知った事も、共に戦った事もある。
 筋肉質の体格、ライオンのように靡く金髪。
 外見は全く似ていないが彼はボールス・ド・ガニスの弟。
 イギリスの海を守る円卓の騎士である。
 先行し、状況把握に動いていた彼とその部下達は、港で用意された船と共に冒険者とパーシを出迎える。
「また世話になる。ライオネル卿。だが‥‥多いな」
「はい‥‥」
 頷くライオネルはパーシと冒険者、彼らと同じ視点で海を見る。
 本来であるなら海鳥が楽しげに舞う空に飛ぶのはデビル。
 跳ねる魚の代わりにブルーマンやシーウォームが波間から顔を覗かせる様は、地獄へ手招きされているようでさえある。
「百では足りないな。二‥‥いや、もっとだな。数百というところか‥‥」
 多くはインプやグレムリンといった雑魚のデビルではあるが一隻の船で出れば、あっという間に取り囲まれてしまうだろう。
「よくぞこれだけのデビルを集めたものだ」
 パーシの呟きのとおり、どこから集まったのか解からないほど海を埋め尽くすデビルはあまりにも多かった。
「不思議に奴らは街や人を襲ったりはしないのです。ただ、何かを待つように海に集まっています。その数は日に日に増加していてまるで海への‥‥目的地への道を遮るように」
「俺達を待っているのではなかったのか?」
 苦笑し肩を竦めるパーシ。だがその目から真剣な光は一瞬たりとも消えてはいない。
「だが、どんな敵がいようと、大量のデビルに待ち構えられていようと‥‥逃げるわけには行かない。あの先に奴が待っているのだから」
 手を握り締め海を睨むパーシ・ヴァル。
「だけど、まだ約束の日じゃないぜ。それに敵の戦力を分散させる意味も込めてやっぱりボールス卿やトリスタン卿の到着を待った方がいい。気持ちは解かるけど先走りは禁物ってね」
 閃我絶狼(ea3991)の言葉に頷いてはいるが微かな、本人さえも気付いていないであろう苛立ちに揺れているようだ。
 それ気付いてか。
「焦る必要は無いと思うぜ。パーシ卿。時間までやるべきことは山ほどある」
 リ・ル(ea3888)はそう言って、ポン、パーシの背中を叩く。
 そして
「ライオネル卿、船はどこだろうか? ちょっと船に細工してもいいかな?」
 軽さを装った口調で問いかけたのだ。
「作戦に必要な事なら勿論構わない。案内しよう」
「それなら、私も船員さん達にお願いがあるので、ご同行させて下さい」
「あたしも手伝うよ」
 ライオネルに促されたリルと一緒にリースフィア・エルスリード(eb2745)やフレイア・ヴォルフ(ea6557)も付いていく。
『海の王』と名乗るデビルからの招待状が示す日まであと僅か。
 リルの言うとおり出来る限りの準備はしておくべきである。
「さて、俺達も‥‥」
 だが‥‥
「パーシ?」
 キット・ファゼータ(ea2307)は振り返った。
 パーシ・ヴァルはまだ海を見つめていたのだ。
 彼の視線は、海のデビルの群れの先、けぶるような靄の彼方にまだ見えない海の王を見ているようである。
「奴は一体何故、俺を‥‥?」
 そのパーシの問いは冒険者達も抱いていた疑問であった。
「確かにぃ〜それは不思議ですぅ〜。パーシ様を名指して呼び付けると言う事はどう言う思惑があるんでしょうねぇ」
 エリンティア・フューゲル(ea3868)はいつもと変わらぬ笑顔で、だが現実の疑問を投げかける。
「それにしてもデビルも頭が悪いですよねぇ〜。何で円卓の騎士一人にこんなに手をかけるんでしょうかぁ〜。いくら円卓の騎士が強くても一人でできることなんかたかが知れてますしぃ〜、悪魔の配下や協力者となったとしてもぉ〜影響や動揺はあるかもしれないですけどぉ〜それでも一人だけでは大勢に影響があるとは思えないですぅ〜。そんな事も解からないんですかねぇ〜」
 言葉や表現はあまり良くないがその通りだと、冒険者は思う。
 パーシ自身の考えも同じだろう。
 パーシの横顔に、キットはふと妙な既視感と嫌な事件と、嫌な相手を思い出す。
(「パーシを求めているのか? 金髪? 碧眼? いや、あのデビルが求めていたのは蒼い眼だったし‥‥」)
「それに一人で来いと指定しなかった以上、俺達がこうして集団で来る事は解かってた筈。何故だ? 円卓の騎士や冒険者の総攻撃を受けてなお、勝つ自信があるのか? 俺達を呼び寄せる理由は一体?」
「だとしたら、随分な自信って奴だ。自信過剰の鼻っ柱へし折って、連中が何考えてようが関係ねえ、叩き潰す! 完膚無きにまでだ!」
 秘めた熱情を顕にする閃我絶狼(ea3991)。逆にマックス・アームストロング(ea6970)はパーシ・ヴァルを無言で見つめるのみ。そして‥‥
「パーシ卿」
 アンドリー・フィルス(ec0129)は静かにパーシの前に立った。
 一つの純白の指輪を差し出して。
「これは?」
「テレパシーリング。お預けする。叶うなら適所でそれを使い、心話での指示をお願いしたい」
 アンドリーはパラディンである。イギリスでは半ば伝説に近い気高き騎士は、自分より若い騎士に向かって深い礼を捧げる。
「パーシ卿を悪魔の魔手に堕されることなく生還させることこそが第一義と踏まえる。その為に全力を尽くすと誓おう」
 そして、静かに顔を上げて言った。その表情は微笑みさえ、感じさせる。
「迷った時は思い出して欲しい。この負の連鎖を断つ為に我らは来たのだと。皆、心は同じである、と」
 一度目を閉じたパーシは、再び目を見開いて前を向くと、もう海を見ることは無かった。
 指輪を受け取り揺ぎ無い決意で仲間達に答える。
「確かに、今は余計な事を考えている余裕は無いな。目の前の事に全力を尽くすと俺も誓おう。謎は敵を倒せばきっと解る」
「それでいいさ。後ろを向くのは後でいい」
 仲間と笑い合い決意を固めるパーシ・ヴァル。
「行こう。トリスタン達が来る前に出来る限りの情報は集めておかねば」
「了解。じゃあ、俺もできるだけ海のデビルの分布を調べておこう。手伝ってくれるか?」
「勿論」
 迷い無く動き出す仲間達。
 その姿と心を頼もしいと思いつつもルシフェル・クライム(ea0673)は
「パーシ卿を呼ぶ狙いは何なのか‥‥まさか‥‥な」
 酒場やフレイアから噂で聞いた『ある噂』と、それが生む不安を胸から完全に払う事はできなかった‥‥。

●出陣
 船の準備と乗組員の準備。
 そして冒険者の乗船を終えた船は、今、正に出陣の合図を待っていた。
 桟橋には四人の円卓の騎士と二人の王宮騎士。
 トリスタン、ボールス、ライオネル。そして若き王宮騎士エクターとモードレッド。
 イギリスの柱となる騎士達がかつてない規模で集い、戦いに挑む。
「キャメロットの守りは心配するなと先生が言っていたぞ。補給も整えられている筈だ」
 モードレッドは託された伝言を伝えた。
 万が一にも円卓の騎士不在のキャメロットが襲われることの無いよう万全の対策は冒険者の提案と王都に残る騎士達によって練られている。
 あとは、海に向かうのみだ。
「あの時と似ているな‥‥」
 仲間達の顔を見回し微笑するパーシ。
 デビルの数も多く、人質も取られている。
 あの時よりも数倍厳しい状況。
 だがボールスは小さく微笑して頷く。
「そうですね。ですが、あの時以上に頼もしい仲間が増えています。何の問題もありませんよ」
「当たり前だ。俺達が力を貸すのだから背後は任せておいて貰って構わないぞ? なあ、トリスタン? コレット?」
「この姿の時はそれは止めて下さい。‥‥ですが、信頼を受けた以上、全力で役目を果たします。どうぞ、ご存分に」
 若い騎士達の頼もしい言葉に、トリスタンは満足そうに頷き‥‥そしてパーシを見た。
「これが罠である事は誰もが承知している事。だが、奴らの目的が見えてこない以上、その罠にあえて飛び込むという貴殿の考えは正しい。‥‥ここで決着をつけよう」
「ああ。海の悲劇はここで終わりにする。必ず!」
「兄者。お気をつけて!」
「ライオネルも‥‥」
 視線を交わしあい、頷き合って騎士達は船に乗り込んだ。
 エクターの船から感じる視線。
 優しき女騎士の思いを受け取って、パーシは微かに笑みを浮かべると薄紫の空と海。
 空に飛びかうデビル達に挑むように、射るようにパーシは声をあげた。
「出陣!」
 船は滑るように海を走る。
 それを待っていたかのようにデビル達もまた動き出していた。

 それぞれ、騎士達の率いる船が動き出したとほぼ同時、まず第一陣の襲撃が始まった。
「ちっ!」
 船にへばりついてくるデビルを片手で切り倒しながら、リルは唇の端で思った以上の状況に歯噛みする。
 想像以上の数のインプやグレムリン。
 見えない爪が彼の頬を切る。
 彼らは死を恐れないかのように仲間が切り倒されても、打ち倒されてもなお、船を襲ってくる。
「これは、本当にキリがないぞ」
 ルシフェルが数匹目のデビルを倒した直後、舵をとっていたライオネルが冒険者とそしてパーシに振り返って言ったのだった。
「これから船を全速力で進める。指定の海域まで足を止めないからしっかりと掴まっていてくれ」
「だが‥‥デビルたちが‥‥」
 言いかけたキットは差し出されたパーシの手と、その視線の先に気がついた。
 パーシ達の船を守るように、先に進み出たあの船は、その甲板で戦うのは‥‥
「トリスタン卿。モードレッド‥‥」
「早く、先に進め。パーシ!」
「ここは我らに任せて!」
 混戦の中、そんな声は当然聞こえない。デビルは勿論彼らの船にも集まっているのだ。
 いや、幾分か豪華に飾り立てられている分、向こうにこそ集まっている。
「行くぞ。彼らが囮となってくれている間に先に進む!」
「兄者の船は着いてくる筈だ。もっと陣の薄い所を抜く。行くぞ!」
 冒険者達は改めて自分達の役割を理解した。
 囮となってくれている仲間の分までも自分達は先に進まなくてはならないのだ。
 返事の代わりに船につけた命綱を確認し、柱などに手をかける。
 瞬間。ライオネルの駆る船は文字通りデビル達の陣を一直線につきぬけていったのであった。

●真実の海の王
『良く来たな。待っていたぞ。パーシ・ヴァル』
 デビルの包囲を突き抜けて辿り着いた約束の場所。
 ボールスと船の冒険者達が背後からのデビルを食い止めてくれている。
 青空さえ見える奇跡のような襲撃の合間。
 そこに‥‥二隻のゴーストシップが待っている。
 手前に一隻と、後方にさらに一隻。
 そして手前の一隻の先端に一人の男が立っていた。
「船長‥‥」
 行方不明になった船長と同じ服、同じ姿の『男』
 船の中央で、槍を握り締めたままパーシ・ヴァルは滅多にない大声を上げた。
「性懲りも無く、船長の姿を取るな! その姿で喋るな! 本物の船長はどこにいる!」
『騒ぐな。船長は‥‥ほら、そこだ』
 パチン。
 指音と視線の先、もう一方の船の中央、船室から数匹のデビル達に運ばれてくる人間がいる。
 ぐったりと意識の無いようなあれは‥‥。
 パーシの目、そして冒険者の目は同じものを確認する。
「船長!」
『動くな。動けば船長の命は無いぞ』
「もうとっくに殺しているんじゃないのか? そうだとすれば、人質としての価値は無いな」
 嫌味の篭ったリルの挑発をその『男』はふんと鼻で笑った。
『そう思うなら、そう思えばいい。だが、交渉はここまでだ。確実に二度と生き返る希望もないように念入りに引き裂いてくれよう』
 横に動きかけた手を
「待て!」
 パーシは声を上げ止めた。
「要求はなんだ?」 
 彼は『男』から視線を外さずそう問うた。
『まずは船首まで来い。一人で、だ』
 『男』はそう指示する。
「まさか、応じる気か?」
「ならぬ! ならぬである、パーシ殿!?」
「デビルを信用する事ほど愚かな事はないぞ!」
 冒険者達が引き止める声も聞かず、手にした指輪を嵌めなおし、歩いていく。
 頭上で様子を見る冒険者達も、手を出せない程に空気は張り詰めている。その中
「馬鹿が! ヴィアンカが待っているんだ。首根っこ引っつかんでも止めてやるぜ!」
 キットが飛びつき止めようとする。だが真っ直ぐの攻撃は一瞬で振り払われた。
「くそっ!」
 再び飛びかかろうとするキットに
「黙って、待っていろ」
 一度だけ視線を合わせたパーシはそれだけ言うとさらに歩みを進める。
「?」
 キットは、冒険者達と顔を合わせるとそれ以上パーシを止めはしなかった。
 もう一歩進めば海というその先端まで辿り着いたパーシを見て、満足げに笑った『男』はさらに、こう指示した。
『円卓の騎士よ。船長を返して欲しければ、お前がわが元へ来るのだ。さすれば船長を返してやろう』
 その声が聞こえた冒険者達は誰もが息を飲み込んだ。
 ある意味、予想通りの要求。
 だが、一番願われて欲しくなかった要求だった。
 パーシは一度だけ振り返り、仲間達を見る。
(「‥‥行かさないし、行って欲しくない。信じてるよ」)
(「そんな事をしても船長は喜ばないぜ」)
(「パーシ卿」)
 声に出さない、彼らの思いが伝わって来るようだった。
 そしてパーシは再度前を向き『男』を見た。
「俺を手に入れて何をするつもりだ。俺がお前達の思い通りになるとでも?」
『円卓の騎士を手駒にするのも面白そうだ。だが、お前には別の役目がある』
「別の役目? それは何だ」
『お前達が知る必要は無い。さあ、どうする? 返答は!?』
 目を伏せ沈黙するパーシ。その瞬間だった。
「やーめーろーーー!」
『男』とパーシのど真ん中に向けて呪文が放たれたのは。
「パーシ!」
 リルとキットがパーシを引き寄せる。頭上から放たれたローリンググラビティーが、船の舳先ごと『男』を宙に運び、そして甲板へと叩きつけた。
『貴様!』
 空を見上げた『男』をリースフィア、アンドリー、そして絶狼の視線が攻撃よりも鋭く射た。
「お前らはいつもそうだ。大切な人を盾に更なる絶望を要求してその見返りすら幼稚な言葉遊びで都合の良い解釈をして約束を守ったポーズだけ取る。
 何にせよやる事は変わんねぇんだろ?好きにしろよ、やってみろ! お前らが船長に味あわせた痛み、苦しみ、全て数億倍にして叩き返してやるからなぁ!!」
『良くぞ言った。ならば、その言葉通り船長を引き裂いてくれるわ! 船長を八つ裂きにしろ!』
 咆哮のような命令が、後方の船に飛ぶ。
 だが、それに答えたのは船長の悲鳴でも、デビルの雄たけびでもなく‥‥
「やったぜ! パーシ」
 船長の救出を告げる仲間からの『合図』であった。
『なんだと? まさか!』
 慌てふためいた『男』の目線の先には既に沈黙し、沈みつつあるゴーストシップがあった。
 僅かにパーシ達から視線が離れる。そして再び視線を戻した時
「デビルよ!」
 声に振り向いた『男』はそこに見ることになる。
「パーシ卿。好きに使っておくれ。あんたの弓の技、期待してるよ」
 フレイアの笑顔を思い出しながら星天弓を構え、矢を引き絞るパーシ・ヴァルの姿。
 そして‥‥放たれた矢と共に
「俺が、円卓の騎士がデビルに下ることは無い。イギリスが、信頼できる仲間がある限り、決してだ!」
 自らの命綱を切り飛び込んでくる。冒険者達の姿を。

 冒険者達が乗り込んだゴーストシップの甲板は、正しく乱戦の舞台となった。
 船には『男』とそれを護衛する数十のデビル。
 その中にはグレムリンなどばかりではなくアクババのような力の強いデビルも数多く混ざっていた。
 さらに水浸しのズゥンビを何匹も従えている。
『男』は彼らの背後から、水を操って冒険者の足元や眼前で爆発させる。
「うわっ!」
 体勢を崩しかけたキット。だが
「大丈夫ですか?」
 心配するように声をかけたセレナ・ザーン(ea9951)に返事の代わり、背後のデビルの足を切って答えた。
『ウギャア〜〜!』
 悲鳴と共に海に蹴り落とされたデビルは再び浮かんでは来ない。
 数こそ多いものの、デビル達一体一体の動きは鈍かった。
 その理由の一つはデビルの動きを阻害する三重結界。
 マックスが用意したものである。
「‥‥これで、よし! あとは、拙者も戦うのである! 我が意思もて邪を払う剣と鎧を。輝け我輩のソウルハート!」 
 ほんの僅かな行動阻害であっても、戦場では致命的かつ決定的な差となる。
「危ないですよぉ〜 下がってくださいぃ〜」
 呪文が放たれる。その前に冒険者は素早く避け、光の矢に射抜かれたのは見えぬ力に逃亡を幾重にも邪魔されたデビルのみであった。
 結界から逃れようと頭上に飛び上がったデビル達は、全て三匹の魔獣や天馬を操る冒険者達に落されていく。
 上空からの声とパーシからの心話伝言の指示にデビルは次々姿を消していった。
 援軍となるべきデビルはボールスの船とその冒険者が押し留めている。
 そんな戦いがどの程度続いただろうか。
 最後の護衛であるズゥンビをルシフェルが切り裂く頃には、甲板に残るのは冒険者と『男』だけになっていた。
 
「さあ、覚悟しやがれ」
「今まで散々こけにしてくれやがって。だが、これでもう終わりだ」
 自分を追い詰める冒険者達の二重、三重の円。
「男」の肩には船のパーシから放たれた矢が刺さり、目はフレイアの毒でふさがれている。
 だが冒険者は違和感に首を傾げる。
 人間であれば、既に動けないほどの重傷を目の前の『男』は負っている。
 なのに追い詰められた筈の『男』いや、デビルには余裕の笑みすら浮かんでいるのだ。
「! 何がおかしい!」
『確かに、な‥‥私は敗北するだろう。だが、我らの勝利は動かぬ! 円卓の騎士よ。その魂、なんとしても貰い受けるぞ!』
「なに!?」
 高笑いと共に『男』の姿が突然闇に包まれた。
 と、不思議な衝撃が走り、身体を割り男の姿が変化したのだ。
「うわっ!」
 10mを越えようかと言う巨体はゴーストシップの甲板を揺らし、冒険者にその魔手を伸ばす。
 冒険者は息を呑んだ。
 下半身が魚、上半身は人。
 マーメイドとも似た外見ではあるが、彼女らの持つ美しさや気品の欠片さえもありはしない。
「こいつが海の王か!?」
 衝撃音と只ならぬ事態に気付いたのだろう。
 パーシが船からこちらに移ってくる。それに気付いたフレイアは慌てて手を振った。
「パーシ卿! なるべく動かないでおくれって‥‥」
『円卓の騎士よ。その魂を我らの元へ‥‥』
「パーシ卿!」
 ガルーダから飛び降りたアンドリーがパラスプリントの飛行で、振るわれた巨手からパーシを救い出す。
 まだ目潰しは効いているのか、デビルの攻撃は、攻撃と言うよりも手当たり次第の破壊であって、一撃ごとに船を割り、冒険者達の足場を砕いていった。
 追い詰められた敵の最後のあがき。
 だがそれはあまりにも力強く、爪も、魔法も幾度と無く冒険者の身体を掠めている。
 腕を、顔を、肩を幾度と無く冒険者も傷付けられてなお、治療の為、足を止める余裕さえデビルは与えてはくれなかった。
「強敵だな」
 リルは右爪の攻撃を避けるとキットに目で合図した。
「このままではいずれ追い詰められる。一気に行くぞ!」 
 二人の様子を察知し足場を探るセレナにアンドリーは
「武運を!」
 彼女の構えるクレイモアにスライシングの呪文をかけた。と同時に自分も剣を構える。
「あの巨体です。一箇所への集中攻撃を狙いましょう」
 次から次へと繰り出される攻撃の嵐。
 だが、僅かな隙ができればその時こそ。
 セレナが手を握り締めた瞬間、待ちに待ったその隙は生まれた。
「ファイアーボム!」
「フレイア!」「あいよ!」
 呪文と、二方向からの目元を狙った矢の集中攻撃。
「今です!」「行くぞ!」
 セレナとアンドリーの渾身のスマッシュが尾を切り落とし
「リル!」「おうよ!」
 キットとリルの高い跳躍と攻撃が、胸の中央を狙うように貫いた。
 そして
「消えやがれ!!!!」
 ドラゴンから飛び降りた絶狼の霊験が、その眉間に突き刺さる。
『ぐあああっーー!!』
 断末魔の咆哮が海に響き渡った。
 ズシーン!
 重い音と共に倒れた巨体が船を砕いていく。さっき放ったエリンティアの魔法の炎も周囲に移り、踊り始めている。
 戦いに勝利し 一刻も早くその場から離れなければならない状況で、
『王よ‥‥、お許‥‥しを‥‥』
「なに!!!」
 だが、冒険者達はまるで凍りついたように動く事ができなかった。
「今、王よ‥‥と言った?」
「こいつは、リヴァイアサンじゃないのか? そんな!」
 その時だ。
「ライオネルさん!!」
 絶叫にも似たリースフィアの言葉とほぼ同時、パーシとボールスの船の真下から、水が立ち上がった。それは滝がまるで天に逆巻くよう。
 地震など問題にならない衝撃は、崩れかけていたゴーストシップのみならず、パーシの旗艦を粉々に砕き、冒険者、乗組員全てを海へと投げ出した。
 ボールスの船も直撃こそ受けなかったものの、衝撃の余波で水上の木の葉のように激しく左右に揺れている。デビルを追うどころか、冒険者達を助けに行く余裕もあるまい。
 海に落ちた冒険者達。その幾人かはペットに救い上げられ、幾人かは魔法で宙に浮かんだ。
 アイテムの力で海の上に立つ者もいれば、事前に用意しておいた樽に乗組員達と共にしがみつく者もいる。
 だが、彼らに共通している事が一つだけある。
 全ての者が目を離せなかった事だ。目の前の存在から。
 さっきのデビルがそれに比べれば子供に見える。それは巨大という言葉では言い表せぬ大海蛇であった。
 正確に言えば大海蛇というのは正しくない。
 魚に似た、だが魚と呼ぶにはあまりにも恐ろしい頭部。
 蛇のように伸びた背に生えた刃のようなヒレは舞い上げられた船の破片を簡単に砕いていく。尾が叩いた飛沫一つが大波を生み出す、正に海の王。
「‥‥まさか、あれが‥‥、あれこそが‥‥」
「レオン!! レオン!!」
 茫然自失の冒険者を正気に戻したのはボールスの絶叫であった。
 気が付けば大海蛇はその頭を返し、海に沈んでいく。
 その口に、一つの氷柱を加えたまま。
「パーシ! ボールス!!」
 トリスタンとモードレッド、そしてエクターの船が、海に投げ出された冒険者達や船の乗組員達を救出する。
 海に落ちて死んだ者は奇跡的にいなかった。
 だがただ一人
「レオン!!」
 円卓の騎士ライオネル。
 彼が海から救い上げられる事は無かったのである。

●敗北
 唯一の目撃者。
 リースフィアはこう語る。

「パーシさんがゴーストシップに移られて、入れ替わるように私は船に降りました。ゴーストシップでの戦いに加わるつもりだったのですが‥‥船から何か、悲鳴のようなものが聞こえたからです。アイオーンと共に船に降りると甲板に一人の船員が立っていたのに気付きました」
「危険です、船に戻りなさ‥‥?」
 注意しようと思った矢先、彼女はかつて感じた事のある、いやそれ以上の悪寒を目の前の船員から感じたのだという。
 さらに良く見れば男は全身を赤く血に染め、足は船から浮かんでいる。
 そして足元には倒れ伏すライオネルが‥‥。
「あれは‥‥まさか?」
 船員は腕を組み呟いている。
『さて、あの中の誰が『冠』なのか。やはりパーシという男の可能性が高いがなかなかに手ごわそうだ。手に入れるにはもう一工夫がいる。この男は、やや力不足だな。外れの可能性が高い。銀髪の騎士も悪くは無いがやはり‥‥最初はあの騎士が楽に手に入れられそうだ』
 船員の視線の先にはこの船を守るようにして戦うボールスの船、そしてその先には当然のように円卓の騎士ボールスがいる。ボールスが、こちらを向いた。
 倒れたライオネルに気付いたのだろうか。驚きの表情を浮かべると彼は白い光に包まれて‥‥
「ボールスさん?」
 瞬間、ライオネルに白い光が流れ込んだ。
 あれはギブライフ。倒れていたライオネルが指を動かす。
 一方のボールスはがっくりと膝を付く。
 船員は、それを見て嘲笑するように笑った!
『馬鹿が!』
「まさか!」
 駆け寄ろうと思った彼女より早く、彼の身体は宙に浮かび、瞬きの間に呪文を紡ぐ。
『まずは‥‥一つ』
 放たれた呪文は海を越えボールスに向かう。
「危ない!!!」
「兄者ああああ!!!」
「えっ?」
 まったく無警戒の方向からの絶叫。
 ボールスと冒険者達が気付いた時、見たものは船から今、正に落ちようとするライオネルの『氷柱』だった。
 回復したライオネルが、起き上がり魔法の射線に飛び込んで、これを遮ったのだと気付き『彼』は小さく舌を打つ。
『しくじったか‥‥。まあいい。ひょっとしたら、これが当たりということもあるかもしれん。違っていれば違っていたのでまた楽しめるだろうしな』
 そう言って『彼』は、楽しげに、声を上げて笑いながらライオネルの氷柱と追って海へ飛び降り‥‥その直後あの大海蛇が現れたのだった。

「あれこそが、本物のリヴァイアサンだと思われます。彼は最初から我々の側にいて、観察していたのです。『冠』の可能性がある『円卓の騎士』を手に入れる為に」
『冠』とはデビルを封印する力をものと言われている。
 それは剣であるとも、アイテムであるとも、あるいは徳の高い人の魂であるとも伝えられ真実は定かではない。
 あの船員、いやリヴァイアサンは『誰が「冠」か?』と呟いたという。
 その言葉は円卓の騎士の誰かがデビルを封印する力を持つ『冠』である可能性を持つという事を意味する。
「つまり今回の事は『円卓の騎士』を集め、観察する事こそが目的だったというのか? デビル数百を捨て駒にして!」
「そしてあわよくば誰かを手に入れることでしょう。おそらくは『船長』を攫ったのも偶然口封じかなにかの為に近づいた船長がパーシさん、円卓の騎士の関係者だと知り、近づくのに有効だと思ったからかもしれません。だから、ライオネルさんを連れ去り、そして最後に見せつけて行ったのです。海の王、リヴァイアサンの本当の姿を‥‥」
「くそっ! ならば俺達はみすみすその罠に嵌ったというのか!」
 パーシは壁を叩く。悔しさ、などと言う言葉では言い表せない思いがその一撃に込められているのを、そこにいる冒険者、トリスタン、エクター、モードレッドも感じていた。
「私でさえ、気付きませんでしたよ。まさか私が聖なる釘を預けた相手がリヴァイアサンであったなんて‥‥」
 どこかで、本人を殺し入れ替わったのかもしれないが‥‥。
 懸命に、冷静に告げようとしているリースフィアでさえ溢れ出る思いを抑えきれない。
 後悔してもしきれない。
 いくつもの『何故』が冒険者達を責め苛む。
 何故、デビルが身近に潜んでいる事を考えなかったのか。
 何故、目の前の敵がリヴァイアサンであると思い込んでしまったのか?
 何故、ライオネルや船員達を放置してしまったのか?
 誰か一人でも船に残り、ライオネル達を護衛していたら何かが変わったのだろうか?
 もし、デビルの数に惑わされず、石の中の蝶で常に状況を確認をしていたら、リヴァイアサンが潜んでいた事に気付けたのだろうか?
 あの大海蛇がリヴァイアサンのデビルとしての本性であるなら、人としての姿など本当に仮のもの。
 隣の誰がデビルであるかも解からない。
 僅かな油断が生死を分ける事を、冒険者達は身に染みて知っていた筈だ。
 もしや、ればを言えばキリは無く、意味も無い。
 前だけを見ていた事を後悔するつもりは無い。
 だが、もっと気をつけれなければならない事はあったのかもしれない。
 ほんの僅かな隙。
 だがデビルはそれを決して見逃してはくれないと解かっていたのに‥‥。
 エクターと冒険者が救出した船長は本物であったがデビルによって魂を奪われていた。
 リーダーデビルを倒すことに失敗し、結果として魂を取り戻せなかったので意識は戻っていないが、とにかくも生きている。
 けれど船長と引き換えに、イギリスはさらにかけがえの無い存在をこの決戦で失ったのだ。
「ボールスはどうしている?」
 顔を上げたパーシにリースフィアは首を振った。勿論横に‥‥だ。
「救助者の治療をしているルシフェルさんによれば、呆然として放心状態だそうです。皆さんが声をかけても聞こえていないような‥‥」
「そうか‥‥」
 アンドリーから借りた指輪を外し机に置いた。
 決戦前の誓いにも似た願いを思い出す。
『負の連鎖を断つ』
 なのに悲劇の連鎖は止められなかった。
 それどころか新たな悲劇を生み出してしまったのだ。
「この勝負、俺達の負けだな‥‥」
 冒険者に、仲間達に背を向け外を見つめるパーシ。
 窓の外には暗色の海。そして闇が沈む。
 冒険者と騎士達の心と同じ色で‥‥。

 北海に集ったデビル数百。
 その殆どは海に消え、船長は救出した。
 だが‥‥北海の決戦は騎士達の、冒険者達の圧倒的な敗北に終わったのである。